幻想郷のどこか、八雲紫の家。
紫の式である藍は、昼食の後片付けを終えて紫の部屋に向かっていた。
紫は昼食を摂った後は必ずと言っていいほど昼寝をする。その時は大体布団を敷かずに畳に寝転がり、何も身体にかけないまま眠るものだから、後から藍が掛布団を紫の身体にかける。そうでもしなきゃ、身体に悪いったらありゃしない。
藍は今、眠っている頃であろう紫の元に向かっている。何もかけずに眠っている紫の身体に掛布団をかけてやるためだ。
藍は何もかけないで寝る紫に不満を感じながら歩き続け、やがて紫の部屋の前に辿り着いた。
「紫様」と声をかけ、戸を開けて入ろうとしたその時、部屋から声が聞こえてきて藍は行動を止めた。
「もういいわよ。貴方はもうあの子にそんな事する必要はないわ」
紫の声だった。少し怒っているような声に聞こえる。
「あの子は、ある子と一緒にいたおかげで心を成長させる事が出来た。ついにはその子を養子にとって、尚且つ力をそのまま扱えてる。心だってその子のおかげで安定してきたわ。だから、もう貴方が干渉する必要はないの。離れて頂戴。あとは全部……」
紫の声が少し落ち着いたような声に変わった。
「え? えぇ。あの子はあれに勝ったわ。そして奇跡を起こしたわ。
貴方が消えると推測したあの子を、切り離して助け出した。あの子は私達の予想の斜め上をいったの。それくらいに、あの子は養子になったあの子を大事にしているのよ。あの子を、とても愛しているの」
紫の声が驚いたような声に変わった。
「なんですって? えぇ。養子は確かに認められてないでしょうね。でもあの子は彼女とは違う。養子をとったって彼女の二の舞にはならないわ!
確かに彼女と同じことをして、それ以上の結果を残したわ。でも、あの子は彼女とは根本的に違うわ。一緒にしないで。……もういいのよ。貴方は離れて頂戴。いいえ、離れなさい!」
紫の声が止まった数秒後、紫の激しい怒りの声が聞こえてきた。
「なんでそうなるのよ! 私はその姿勢そのものが間違っていると思うわ!
そのせいで、あの子はずっと苦しんできた! あんな目に遭わされてきた! 貴方はいつまであの子を鳥籠の中の鳥で居させるつもりなの!? それに、それのせいで何人犠牲になってきたと思っているの!? もうやめなさい!」
「いいえ違うわ! 確かに彼女以降にそういう制度を設けたのは貴方だし、それを認めたのも私達。私達も当初は賛成だったわ。でも貴方は年々それを厳しくして、いつの間にかあの子達を支配の領域に置いてる! 制御と支配は違うわ! 貴方のやってる事は、制御ではなく支配よ! 支配しているっていう自覚があるなら、もうやめなさい!」
紫の声が止まった。数秒後静かな紫の声が聞こえてきた。
「そう……どこまでもそれを続けるというのね。もういいわ。貴方の相談を持ちかけた私が馬鹿だった。
最後に言っておくわ。あの子はようやく愛せる人、愛してくれる人を見つけ出した。
貴方にあの子は奪わせない。あの子は、私が護り通すわ。あの子を……『
紫の声は止まった。
重い沈黙が続いたが、藍は紫が気になってとうとう紫の部屋の戸を開けた。
「あの……紫様」
藍はきょとんとした。誰かと話をしていたと思われる紫が、部屋の中央の畳で横になり、寝息を立てていたからだ。当然、身体には何もかけていない。
「あれ? 話をしていたんじゃなかったのか……?」
藍はまぁいいと呟くと部屋の中に入り、押入れを開けて薄い掛布団を手に取り、紫の身体にかけた。
その時、紫の顔が偶然目に映り、藍は小さく呟いた。
「それにしても今の話、なんだったんだ?」
紫があんなふうに怒る時は、だいたい幻想郷に危険が訪れた時か、または自分の大切なものに危険が及んだ時だ。
大抵の人や妖怪は紫を恐れて、手を出したりしない。だから紫があんなふうに怒りを露わにすることは基本的にはないのだが、今、紫は怒りを露わにして激しく怒鳴っていた。つまり、紫が話していた相手は紫を怒らせる事が出来るほどの人物である事を意味するが、自分はそんな人物など知らない。紫は一体、誰と話をしていたのだろうか。そして話し相手は、どれほどの人物なのだろうか。
「いったい誰と話をしていたんだ……?」
藍は首を傾げながら部屋を出て行った。
<<つづく?>>