東方双夢譚   作:クジュラ・レイ

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いよいよ、最終決戦。


7 蛇神

 こちらは、赤い角を生やし、龍のような輪郭を持った、炎を司る首。

 猛き焔を放つそれの相手をしているのは、にとり、幽々子、妖夢、咲夜、美鈴の五人だった。

 そのうち咲夜と美鈴は最初レミリアを守るべく戦おうとしたが、レミリアから命令により、他の者達と共闘していた。

 五人は、攻撃を仕掛けようとしても、炎の首が放つ体熱にやられ、近付く事すら困難な状態が続いており、戦況は劣勢。しかも、幽々子が遠距離攻撃を放つと炎の首は火炎放射をし、その攻撃を無力化するというこれまで見た事のない方法をとって、五人を驚かせている。

 

「何故かしら……攻撃を無力化するなんて」

 

 妖夢が楼観剣を構えなおして説明する。

 

「恐らく、炎の高熱によって、攻撃が溶かされていると考えられます」

 

 幽々子は驚いたような表情を浮かべる。

 

「あらすごい。炎って、そんなものまで溶かすのね」

 

 咲夜が溜息を吐いた後、二人に言った。

 

「違うわよ。炎は全てを溶かす高熱を持つだけでなく、穢れを清める浄化の力も持っているの。

 貴方達の邪念とか怨念とかが混ざってる攻撃は、あいつの炎で浄化されてしまうわ」

 

 美鈴は驚いた。

 

「え!? 炎ってそんな力があるんですか!?」

 

 咲夜は呆れたように答える。

 

「あるけれど、本当にそうであるかまではわからないし、もしかしたら違うかもしれない。

 まぁ魔神の放つ炎だから、浄化してるよりも、本当に溶かしてる可能性の方が高そうだけれど」

 

 にとりが目の前に青色の魔方陣を出現させ、八俣遠呂智へ向ける。

 

「そんな炎でも、水をかければ消える! 水符「河童の幻想大瀑布」!!」

 

 にとりがスペルカードを発動させると、目の前の魔方陣より猛烈な放水が開始され、炎の首は放水をもろに受けた。やがてにとりが放水を終了すると、それまで水をかけられて仰け反っていた炎の首も姿勢を戻した。様子を見る限りでは、あまり効果があったとは思えない。

 ぴんぴんしている炎の首を見て、にとりは驚いた。

 

「ちょ、水が効かない!?」

 

 咲夜は驚きながら、炎の首に目を凝らした。それまで気付かなかったが、炎の首のあちこちから水蒸気が上がっているのが見えた。

 

「なるほど、水に当たってはいたけれど、すぐに水蒸気に変えて無効化していたって事ね」

 

 妖夢が剣を構え直す。

 

「水の温度があいつの温度に負けたという事か。まぁ斬ろうと近付いただけで肌が焼けそうになったからな」

 

 にとりが額を拭う。

 

「体温が高すぎて水が蒸発する……困ったなぁ」

 

 その直後、炎の首はがぁっと吠え、口を大きく開くなり爆炎を放射。

 そのまま目の前にいる咲夜達を薙ぎ払おうと首を動かした。

 咲夜達は突然の火炎放射攻撃に驚いたが、素早く飛び回りって迫りくる熱風と爆炎を回避し、隙を突いてスペルカードを発動させた。

 

「彩符「彩雨」!!」

 

「幻葬「夜霧の幻影殺人鬼」!!」

 

「死蝶「華胥の永眠」!!」

 

「餓王剣「餓鬼十王の報い」!!」

 

「水符「ウォーターカーペット」!!」

 

 美鈴は光弾の雨を、咲夜は無数のナイフを、幽々子は蝶型の光弾を、妖夢は無数の斬撃を、にとりは洪水に等しき大量の水を、炎の首に向けて放った。

 五人のスペルカードはほぼ同時に炎の首へ着弾。炎の首は思い切り仰け反って、火炎放射を注視し、悲鳴を上げた。

 そこで五人はようやく攻撃が効いた事を確認し、そのうちの一人であるにとりは思わず声を上げた。

 

「効いた!」

 

 咲夜は汗をぬぐった。

 確かに、今攻撃は効果があった。八俣遠呂智の首が初めて悲鳴を上げた瞬間だ。

 しかし、今のでようやく首がダメージを受けたという事は、五人同時にスペルカードをぶつけなければ首にダメージを与える事は出来ないという事だ。

 その証拠に、これまで一人ずつスペルカードによる攻撃を仕掛けても、炎の首は悲鳴を上げるどころか傷一つ付ける事はなかった。

 

「……でもこれ、五人同時に仕掛けないとダメージを与えられないみたいね」

 

 咲夜は辺りを見回した。少し離れたところで、仲間達が戦っているのが見えた。

 

「他の人達も、無事だといいんだけど……」

 

 咲夜は呟いた後、炎の首へ視線を戻し、スペルカードを発動させた。

 

 

    *

 

 

 こちらは蒼い角を生やし、まるで水龍のような特徴を持った、水を司る首。

 蒼き水を操るそれと戦っているのは、妹紅、早苗、神奈子、諏訪子の四人だった。

 そのうち早苗は、水の首との戦いを始める際、たった四人でこれほど大きな首に勝つ事が出来るのかと不安を抱いたが、水を蒸発させるほどの高熱の爆炎を放つ妹紅、強大な力を持つ神である神奈子と諏訪子の存在もあってか、戦いは比較的有利な方向へ進み、その戦況は早苗を安心させてくれた。

 一方水の首はというと、立ち向かってきた者達が思いの他強い事に驚いている、焦っているような仕草を見せていた。

 水の首の仕草に妹紅はすぐに気付き、にっと笑った。

 

「おい見ろ! あいつ、焦ってるぞ」

 

 神奈子がはっと鼻で笑う。

 

「あの様子を見る限り、私達の強さを見誤っていたって感じだな」

 

 諏訪子がえっへんと言って、答える。

 

「こんな外観の人達からあんな強いスペルが飛び出すんだから、そりゃ驚くだろうね」

 

 直後、諏訪子は表情を険しくして、スペルカードを発動させる体勢を取った。

 

「さてと、この幻想郷にいる白い蛇神といえばミシャグジさまなんだ。

 幻想郷に、二人も白い蛇神は必要ないんだ。あんたには滅んでもらうよ八俣遠呂智」

 

 神奈子は諏訪子の顔を見てへぇーと言った。

 

「言うじゃないか諏訪子。普通蛙が蛇に睨まれたら硬直しそうなもんだが」

 

「私はただの蛙じゃないんでね。蛇に睨まれたくらいじゃびびらないよ」

 

 諏訪子は神奈子、妹紅、早苗に声をかけた。

 

「三人とも、もう一回スペルカードをぶつけるよ!」

 

 三人は了解し、再度スペルカードを放った。

 

「不死「火の鳥 -鳳翼天翔-」!!」

 

「奇跡「客星の明るい夜」!!」

 

「神具「洩矢の鉄の輪」!!」

 

「御柱「メテオリックオンバシラ」!!」

 

 妹紅は大量の鳥型火炎弾を、早苗は無数の、槍のように鋭利な光弾を、諏訪子は無数の巨大な鉄輪を、神奈子は巨大な柱をいくつも水の首へ向けて放った。

 水の首は迫り来る攻撃を避けようとしたが、その前に鳥型火炎弾が着弾し、爆発。

 爆発に呑み込まれて仰け反ったところを鋭利な光弾が降り注ぎ、無数の鉄輪が切り裂き、巨大な柱が降り注いだ。

 豪雨のような猛烈な攻撃に、水の首は大きく悲鳴を上げた。

 その悲鳴を聞くなり、妹紅は他の三人に指示を下した。

 

「いけるッ! このまま攻め潰すぞ!」

 

 諏訪子が答える。

 

「私達が他の誰よりも早くこいつを倒す!」

 

 神奈子が答える。

 

「こいつは私達でも倒せるって、皆に希望を与えるって事か! いいだろう!」

 

 早苗は頷いた。

 

「わかりました! 一気にやってしまいましょう!」

 

 四人はスペルカードの出力を上げた。その直後、水の首に降りかかる光弾や鉄輪が大きさと鋭さと威力を増し、水の首は更に悲鳴を上げた。

 その様子を見て、早苗はふと思った。

 自分は前に、神奈子からスペルカードの出力が少し弱いと言われたことがあった。その時からずっと、強い妖怪に遭ったらどう対処しようか、本当に自分は妖怪に勝つ事が出来るのか、自分の強さで守矢の巫女を続けていいのか、自分は強くなる事が出来るのかと不安だった。しかし、それは今消えた。

 何故なら、自分はこれまで付添ではあったものの、未確認妖怪を、暴妖魔素妖怪を撃破する事に成功している。

 そして今、こうして八俣遠呂智という未確認妖怪と暴妖魔素妖怪の元凶を追い詰める事が出来ている。そんな事が出来るくらいに、自分は強くなったのだ。

 今なら、こいつを倒す事だって出来るはず!

 

「このまま一気に!!」

 

 早苗が叫んだ次の瞬間、水の首は降り注ぐ光弾を跳ね除けながら、がっと首を上にあげた。跳ね除けられた光弾は、早苗が放っているものだった。

 突然首が動き出した事に四人は驚き、中でも光弾を跳ね除けられた早苗は呆然とした。

 

「え?」

 

 直後、水の首は呆然としている早苗に狙いを定めると、口をがっと開いた。

 そしてそのまま力を込めるなり、ビームやレーザー光線にも等しき極太の水流を放った。早苗は迫り来る水流を回避しようとしたが、その瞬間に水流に呑まれ、押し流されて近くの山の斜面に激突した。水の首と交戦していた者達が凍りつく中で、早苗は地面に力なく倒れた。

 直後、神奈子と諏訪子がほぼ同時に声を上げた。

 

「早苗ぇッ!!」

 

 神奈子と諏訪子は早苗を助けるべく飛ぼうとしたが、させぬと言わんばかりに水の首が再度水流を放出し、神奈子と諏訪子を薙ぎ払った。

 二人は水流を回避したが、水の首は逃がさないと言わんばかりに水流を放出して、二人を追いかけ続けた。その一方で、妹紅が隙を見てスペルカードを撃ち込もうとしたが、水の首はそれにすらも気付き、妹紅も巻き込んで薙ぎ払おうとした。妹紅もまた、二人と同じように迫り来た水流を回避したが、水の首は三人の攻撃を邪魔するように、巧みに水流を放出しながら高速で動くものだから、スペルカードを発動させる暇もない。

 もしここで早苗を助けに行こうものならば、真っ先に狙われるので、早苗を助けに行くこともできない。

 もはや、お手上げの状態だった。

 

 その最中、早苗はというと、衝突時の衝撃はさほど強くなく地面から起き上がれる状態だったが、水流に呑み込まれた際に水を飲み込んでしまい、吐き気に襲われて上手く呼吸が出来ず、咳き込んで動けなかった。しかし、十数回ほど咳き込むと、苦しさが薄れてきて、早苗は八俣遠呂智を見た。今、三人は自分をここに叩きつけた水流を吐き出し続ける水の首に追われている。

 

「いかなきゃ……」

 

 立ち上がったその時だった。ずきん、と左足に鈍く、強い痛みが走ってバランスが崩れ、早苗は倒れ込んだ。

 顔を顰めて、脂汗を噴出させながら腕を動かし、スカートを軽くめくって痛みの走る左足を見た。

 左足は腫れて、内出血をしたように青紫色に変色していた。衝突した際に打撲してしまったらしい。しかも、かなりひどいらしく、少し動かそうとするだけで激痛が走り、立ち上がる事が出来ても歩くのが難しい。

 空に飛び上がってしまえば、足を使わないので痛みが走らないとは思うが、飛び上がる際に足に力を込めなければならないため、飛び上がる事も出来そうにない。

 顔を顰めて足を押さえながら、早苗は呟いた。

 

「なんで……なんでこんな時に……!!」

 

 どうしてこんな怪我をしてしまうのかと思ったその時、遠くから神奈子と諏訪子の声が聞こえてきた。

 何かあったのかと思って八俣遠呂智の方を見たところ、水の首が首中に力を込めていた。恐らく、これまでにないほどの水流を放ち、こちらを叩き潰すつもりなのだろう。

 共に戦っていた神奈子と諏訪子、妹紅を探したところ、三人は水の首から近い位置の空中に、水泡のようなものに閉じ込められて、身動きが取れない状態になっていた。それを見て、早苗はあれが水の首が持つ術の一つである事をすぐに悟った。しかし、それは完全に予想外なものだった。

 

「拘束術!? まさかそんなものまで使えるなんて……!」

 

 早苗は目を見開いて、立ち上がって動こうとしたが、左足の激痛で立ち上がる事は出来なかった。その間にも水の首は着々と放出の準備を進めていて、今にもこちらを叩き潰す水流を放出しようとしている。

 これまで、何度も危機を迎えた。何度も死にそうになった。でもその度に様々な出来事が起きて、助かった。

 でも、今回は無理だ。どう考えたって何も起きそうにない。他の者達は他の首を相手にするので精一杯で、一緒に戦っていた三人は拘束されて動けない。

 這って動いたって、あいつの水流を避けれそうにない。

 

「今度こそ……駄目……?」

 

 呟くと、水の首が水流を放出した。

 空気を切り裂き、雨の日の猛烈な濁流のような音を出しながら水が迫ってくる。

 あれを受ければ、きっと身体が砕ける。どんなに身体を硬くしたところで、意味はない。

 

「夢符「二重結界」!!」

 

 もう諦めようと思っていたその時、ふと聞こえてきた声で早苗は目を開いた。

 そして、水流がいつまでたっても来ない事を不思議がった。代わりに激しい水流が壁か何かに当たっているような、水の跳ねる音だけが、耳に届いてくる。

 いったい、どうしたのだろう。また、神獣が助けに来てくれたのだろうか。

 早苗は首を動かして、音の聞こえる場所を見て、目を見開いた。

 霊夢が草薙剣を構えて、目の前に二重の結界を展開して、水流を防いでいる。

 自分を結界で水流から守ってくれている霊夢を、早苗は凍りつくように見つめた。

 

「れ、霊夢さん……?」

 

 水の跳ねる音に混じって霊夢の声が聞こえてきた。

 

「早苗、怪我はない!?」

 

 早苗は頷いた。

 

「いいえ、足を怪我してしまって……動けません」

 

「どこが悪いの? どこが痛む?」

 

「左足です」

 

 霊夢は懐から一枚札を取り出すと、さっと早苗の左足に投げつけて、貼り付けた。

 早苗が吃驚する最中、草薙剣から左手を離し、人差し指と中指を立てた。

 

「活ッ!」

 

 霊夢が一言呟くと、早苗の左足に貼り付いていた札は柔らかい光となって早苗の左足に吸い込まれるように消えた。

 次の瞬間、早苗はまた驚いたような表情を浮かべて、左足を頻りに触った。触れば必ずと言っていいほど走っていた激痛が、嘘のように消えている。

 スカートをめくって左足を直接見てみたところ、青紫色に変色していた肌が元に戻っていた。腫れも消えている。

 

「あれ、痛みが、腫れが」

 

 霊夢は草薙剣に左手を戻した。

 

「怪我なら今治したわ。立てるでしょう?」

 

 言われて、早苗は立ち上がった。左足の痛みが引いたおかげで、すんなりと立ち上がる事が出来た。

 早苗はすぐに地面を蹴って飛び上がり、霊夢のすぐ後ろへ飛んだ。

 

「霊夢さん、ありがとうございました!」

 

 霊夢は答える。

 

「お礼を言ってる暇があるなら、さっさとこの首を止めなさい!」

 

 早苗が背後から飛び去ると、霊夢は結界を解除した。その時、それまで結界を押さえつけていた水流が怒涛のように迫ってきたが、霊夢は素早く上空へ身を翻して回避。隙を作った水の首目掛けてスペルカード発動させた。

 

「霊符「夢想封印」!!」

 

 普段ならば両手に光が宿るが、両手の先にある草薙剣が光を宿した。

 それを霊夢が勢いよく振るうと、草薙剣が纏う光は七色に煌めく光弾となって水の首とその周囲へ飛翔。

 水の首は迫り来た光弾を避けようとしたが、その寸前で光弾は着弾し、爆発。調伏の力で構成された爆発を受けた水の首が大きな悲鳴を上げて早苗が叩きつけられた山へと倒れ込んだ。同時に爆発は妹紅、神奈子、諏訪子を閉じ込めていた水泡を割り、三人を解放した。

 霊夢と早苗は三人の元へ飛んで、声をかけた。

 

「神奈子様、諏訪子様、妹紅さん、大丈夫ですか!?」

 

 神奈子は頷いた。

 

「何とか。そういう早苗こそ大丈夫かい?」

 

「はい。霊夢さんが助けてくれたおかげです」

 

 霊夢は目を早苗達から逸らす。

 

「まぁこういうのは早苗の大好きな神獣がやるはずなんだけど、あんたらが苦戦してるのに神獣が来なかったように見えたから、援護に来たわ」

 

 諏訪子が目を半開きにする。

 

「援護っていうか、完全にあんたが倒しちゃったみたいだけど?」

 

 妹紅が下を見て、首を横に振る。

 

「いぃや。そういうわけでもなさそうだ」

 

 他の四人が「え?」と言った直後、倒れていた水の首は起き上がり、五人の目の前に再度姿を現した。

 霊夢の草薙剣による夢想封印を喰らって倒れた水の首が再び立ち上がった事に、早苗は驚きの声を上げた。

 

「そんな!」

 

 神奈子がぎりっと歯ぎしりをする。

 

「まだやろうってのかい。蛇じゃなくてゴキブリじゃないか」

 

 その時、水の首を見て、神奈子は気付いた。

 水の首は、鱗に亀裂や傷を付けて血をどくどくと流しており、息を荒くしている。

 誰が見ても、弱っているのがわかるような状態だった。

 それを察して、神奈子はふんと笑った。

 

「なるほど、立ち上がったはいいが、既に死に体って事かい」

 

 妹紅が肩を回す。

 

「もう一捻りくらいすれば、本当に倒せそうだな」

 

 その時、根元にある本体が突然輝き出し、直後に水の首が光を宿した。

 何事かと一同が視線を集めた次の瞬間、水の首の鱗に走る亀裂や傷が見る見るうちに塞がっていき、やがて光が止むと、水の首はかっと口を開き、吼えた。

 荒かった呼吸も、打って変わって穏やかになっている。

 一同は水の首が回復した事に唖然として、妹紅が静かに呟いた。

 

「自己再生とか、蓬莱人かよ?」

 

 霊夢は瞬時に思考を巡らせて、水の首に何が起きたのかを推測した。

 恐らく、水の首は自己再生したのではない。その根元にある本体が、傷付いた首を修復したのだ。その証拠に、水の首が再生する前に本体が強い輝きを宿していた。

 だが、もしこれが本当ならば、相当面倒だ。何故ならば首を傷付け、倒したところで本体が甦らせるから、何度首を倒してもきりがない。そんな戦いが続いては、こちらが消耗する一方で、やがてはこちらがやられてしまう。……紫が本体を叩かなければならないと言っていた理由が、今更になってわかった気がする。

 一刻も早く、本体を叩かねば!

 しかし、本体を叩こうとしても首が邪魔をしてくると紫は言っていた。だから、本体を叩くには首を封じる必要が……。

 

 考えていたその時、早苗が霊夢へ声をかけた。

 

「霊夢さん、ここはもう大丈夫です。

 霊夢さんは、他の人達を助けてください」

 

 霊夢はきょとんとして、答えた。

 

「何言ってるのよ。あんた達が苦戦してたから来たっていうのに」

 

 神奈子は「ハン!」と笑った。

 

「何を言ってる。私達はこいつとほぼ同等に戦う事が出来てるよ」

 

 諏訪子が続く。

 

「さっきのはちょっとしたアクシデントさ。だから、霊夢の力を借りなくたって、私達だけで何とかできるよ」

 

 霊夢は顔を顰める。

 

「本当に?」

 

 妹紅は頷いた。

 

「そうだとも。だから、お前は他のところへ行け。そして、そこで苦戦してる奴を助けろ!」

 

 皆から言われて、霊夢は半信半疑になりながらも頷いて、辺りを見回した。その時、ふと地を司る首と戦っている者達が目に入り込んで、驚いた。首と戦っている者達は基本的に三人から五人の組なのだが、地の首と戦っているのはたった一人だけで、他の人影が見えない。更にそれが八俣遠呂智にトラウマを持つ文である事がわかると、霊夢は顔を蒼くした。

 

「文!?」

 

 霊夢の叫びに、早苗は「えぇっ!?」と声を上げた。

 

「文さんがどうしたんですか!?」

 

「あの子、一人で戦ってる!」

 

 横耳で聞いていた神奈子が驚く。

 

「何だって!? この化け物と一人でやりあってるのかい!?」

 

 霊夢は歯ぎしりをした。八俣遠呂智はとてつもなく強力な妖怪だから一人で戦うには危険すぎる。それをわかっていて、他の者達は組んで戦いを繰り広げているのだ。しかし、文だけは何故か一人で戦っている。そして、さも当然のように苦戦を強いられている。

 いや、苦戦どころではない。ここからでも、文の服がズタズタになって、体中が鮮血で紅く染まり、足から血を滴らせているのがわかる。

 今文は、絶体絶命の危機に晒されているのだ。トラウマの、八俣遠呂智によって。

 このままでは、文が友達である懐夢が基礎となった八俣遠呂智に殺されてしまう。

 霊夢は文の名を叫ぶや否、全力で地の首の元へ飛んだ。

 

「文ぁッ!!」

 

 霊夢が文の元へ急ぐその間にも地の首は動きを見せた。がばっと口を開き、何かを吐き出そうとしているその仕草は、まさに弱り切った文に止めを刺そうとしているものだった。あれを防ぐには、地の首が攻撃に転じる前に、調伏の力を宿す草薙剣で横から攻撃し、大ダメージを与えて止めさせるしかないが、この距離からでは草薙剣による斬撃は届かない。

 霊夢は「間に合え!」と叫んでスペルカードを構え、発動させた。

 

「神霊「夢想封印」!!」

 

 水の首の時と同じように草薙剣が光を宿し、それを霊夢が力いっぱい振るうと、光はいくつもの七色に輝く巨大な光弾となって地の首へ放たれた。

 光弾は地の首の側面から接近し、地の首が文に攻撃を仕掛けようとした瞬間に光弾は着弾し、爆発。地の首は悲鳴を上げて仰け反った。

 突然七色の光の爆発が起きて、地の首が攻撃を中止した事に文はきょとんとしてその場に留まり、それを見計らって霊夢は文に接近した。

 

「文ッ!」

 

 文は声の聞こえてきた方を見て、ぱあっと表情を明るくした。

 やってきたのは、魔神を倒す最終兵器である草薙剣を持った霊夢だったからだ。

 

「霊夢さん!」

 

 霊夢は文の傍まで近付いて、文の身体を汚す鮮血の鼻を劈くような臭いに、思わず顔を顰めかけた。

 しかし、ここで顔を顰めてはいけないと思い、霊夢は首を軽くぶんぶんと横に振り、血の臭いを堪えて文に声をかけた。

 

「文、大丈夫? 酷い怪我……」

 

 文は苦笑いした。

 

「駄目です……私ひとりじゃ、どうにもなりません」

 

 霊夢は辺りを見回した。

 

「そもそもなんなのよこの状況は! どうして八俣遠呂智にトラウマを持つあんたが一人で戦わされてるのよ! 他の皆は!?」

 

「皆さん、他の首を相手にするのに精いっぱいで、援護できないんです……それに、私達自身もどうやら人数が足りてないみたいで……」

 

 文から話を聞いて、霊夢は紫の言っていた事の深刻さを理解した。人数が足りないと、首を相手に出来る者が少なくなり、結果として文のように重傷を負わされ、最終的に殺される者が現れる。

 

「もう! 何でこんな時に限って人数が足りてないのよ……!」

 

 霊夢は苛立ちながら懐から札を取り出して、文に尋ねた。

 

「文、傷は? どこが痛いの?」

 

 文は右手、右肩、左足、腹部、胸部に強い痛みがあると言い、霊夢は素早くその部分に札を貼り付けた。文は呻き、札は血を吸い込んで瞬時に赤黒く染まったが、霊夢は我慢なさいと言い、「活!」と唱えた。その次の瞬間、札は柔らかい光となって文の身体に吸い込まれ、傷を塞ぎ、身体を染めていた血を落とした。痛みが引いたのか、文はふぅと溜息を吐いた。

 

「た、助かりました」

 

 文は礼を言って、笑みを浮かべたが、霊夢は文が今それどころではない事に気付いた。

 傷を治したというのに、文の身体は小刻みに震えている。恐らく、今立ち向かっているのがトラウマである八俣遠呂智だからだろう。

 きっと、八俣遠呂智が怖くて、恐ろしくて、仕方ないのだろう。この場から逃げ出したくて、仕方がないに違いない。だから、こんなにも震えているのだ。きっと、攻撃などろくに出来ていないだろう。

 やはりあの時、天狗の里へ逃げさせるべきだったのだ。

 

「文、やっぱりあんたは天狗の里に逃げなさい」

 

 文は驚いた。

 

「え、何を言い出すんですか霊夢さん」

 

 霊夢は顔を顰めた。

 

「あんたはやっぱり八俣遠呂智と戦うべきじゃなかったのよ」

 

 文は苦笑いした。

 

「大丈夫ですよ。私はしっかり戦えます。まぁミスが続いて傷だらけにはなりましたが」

 

 霊夢は首を横に振った。

 

「嘘を吐かないで。あんた、ずっと震えてるじゃない。怖いんでしょうあいつが」

 

 文の表情から笑みが消え、俯いた。

 やがて、文から小さく声が聞こえてきた。

 

「……そうです。実のところ、八俣遠呂智が怖くて、全然攻撃できませんでした。正直、逃げ出したいです」

 

「ならなんで逃げないの」

 

 文は顔を上げた。

 

「だって、ここで逃げたら、必死で戦ってる皆さんに申し訳ないですし、それに」

 

「それに?」

 

「ここで逃げてしまったら、こいつが死んだ後も、ずっとこいつに苦しめられるような気がして、ならないんです。

 だから私は、自分の手でこいつを倒したいんです。こいつはもういないっていう実感が、欲しいんです。これだけは、いくら霊夢さんでも邪魔してもらいたくありません」

 

 文の瞳を見て、霊夢は文が本気である事を悟った。もう、文に退き下がる気持ちはない。本当に、八俣遠呂智を倒し、トラウマを克服しようとしている。

 ここまで強い意志を文が見せるのは初めてなものだから、霊夢は思わず息を呑んだ。そして、文の気持ちを邪魔したくないと思った。

 だが、文の意志は本物でも、文の力は明らかに八俣遠呂智に届いていない。現に、自分が来た時には血の首は全く傷を負っておらず、文は傷だらけで、もう一回攻撃を喰らえば死んでしまいそうだった。

 多分、このまま戦わせたところで、同じような事が繰り返されるだけだろう。そして、最終的には、文は八俣遠呂智に殺されてしまうかもしれない。とりあえず、今は文をこの場から離し、他の者達と合流させなければ危険だ。

 しかし、それでは地の首の注意を引く者がいなくなり、八俣遠呂智の本体を攻撃する際に地の首が本気になって邪魔をしてくるだろう。本体に攻撃を仕掛けるには、首を全て本体から引き離しておかなければならない。けれど、それを文がやるには力不足にも程がある。

 

「いったいどうすれば……!」

 

 思わずつぶやいたその時、どこからか声が聞こえてきた。

 

「古雨「黄泉中有の旅の雨」!!」

 

「審判「ラストジャッジメント」!!」

 

 


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