東方双夢譚   作:クジュラ・レイ

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復活、八俣遠呂智。


6 復活の刻

 魔理沙は行動不能となった霊夢を連れて、封印の地を脱出。そのまま上空へ飛び出した。

 その直後に封印の地そのものが崩壊し、脱出に使った縦穴が塞がったのを見て、魔理沙は息を呑んだ。もう数十秒遅れていれば、崩落に巻き込まれているところだった。

 

 やれやれ助かったと思っていると、封印の地から離れたところにある山から声が聞こえてきた。

 眺めてみれば、そこには自分達よりも先に脱出していた皆の姿があった。更に細かく目を凝らしてみれば、草薙剣を抱えている早苗と、先程縦穴の存在を教えてくれたアリスの姿もある。

 

「皆、そっちか!」

 

 魔理沙は霊夢を連れて、皆のいる山へ飛んだ。

 やがて着地すると、皆が集まってきて、そのうち慧音が声をかけてきた。

 

「霊夢、魔理沙、無事だったか!」

 

 魔理沙は頷いた。

 

「あぁ無事だった。だけど、霊夢と懐夢が……」

 

 慧音は魔理沙に肩を借りていた霊夢を見た。

 今霊夢は地面にとんび座りしていて、俯いていた。力が抜けているのか、肩が落ちており、地面に手の甲が付いている。

 そんな霊夢の心情を慧音は一目で把握し、悲しげな表情を浮かべた。

 

「霊夢……」

 

 その時、地面が波打つようにぐんっと持ち上がった。まるで地の底に巨大な怪物がいて、身震いをしているかのようにゆさゆさと揺れている。

 一同は焦りの声と悲鳴を上げて、白蓮が大きな声で言った。

 

「何、何なんです!?」

 

 直後、背後から地面が割れたような音と、大きな獣が咆哮したような轟音が響いてきて、一同は前のめりに倒れた。何事かと思って背後を振り向いて、一同は言葉を失った。

 そこは封印の地があった場所なのだが、今そこにはとても巨大な青白く輝く結晶が浮遊していた。更にそこから、結晶よりも大きく、それぞれ違う特徴を持った、白い鱗に身を包む八本の龍の首が生えている。

 その姿を見て、伊吹童子の話を聞いた者達は真っ先にそれが何なのかを悟った。

 本体である蒼い巨大な結晶から、それぞれ違う特徴を持つ、白い鱗に身を包んだ八本の龍の首を生やした姿をしている怪物といえば、一つしかない。

 そしてそれは、かつて幻想郷を支配しようと企み、博麗の巫女によって封印された魔神。

 今、自分達の目の前にいる怪物の名を、一同は叫んだ。

 

八俣遠呂智(ヤマタノオロチ)!!」

 

 八俣遠呂智の存在を知る者達の声で、他の者達は驚いて、そのうちのレミリアが魔理沙を見て言った。

 

「八俣遠呂智ですって!? 八雲紫の話に登場していたあの!?」

 

 魔理沙ではなく、早苗がそれに答えるように言った。

 

「間違いありません。白い鱗に、蒼い水晶の身体、それぞれ違う特徴を持つ八本の蛇の首。どれも八俣遠呂智の特徴と合致しています」

 

 アリスが続けて尋ねる。

 

「でも、あれが本当に八俣遠呂智っていう証拠は……」

 

 紫が割り込むように言う。

 

「いいえ。あれこそが、かつて幻想郷の支配を目論み、暴妖魔素を撒き散らして妖魔達を狂わせた今回の異変の元凶、『白の魔神』八俣遠呂智よ」

 

 一同が紫に視線を向けて驚きの声を上げると、永琳は咄嗟に魔力の波などを観測する術を八俣遠呂智と思われる怪物に向けて放った。

 それが終わると、永琳は顔を顰めた。

 

「その話、本当みたいね。あいつから、ものすごい濃度の暴妖魔素が放たれているわ」

 

 咲夜が口を両手で覆い、驚愕したような表情を浮かべる。

 

「あれが八俣遠呂智……なんて大きさなの」

 

 美鈴が焦ったように言う。

 

「あ、あんなのと戦うんですか!? 無理ですよ! あんな大きいの、勝てるわけないです!」

 

 その中、フランドールは興奮した様子で見せる。

 

「すごい! おっきなドラゴン! 素敵……殺したいくらい!!」

 

 パチュリーがフランドールへ視線を向ける。

 

「貴方でも無理よフラン! あいつは貴方達妖魔を狂わせる暴妖魔素の元凶……例え貴方が感染しない妖魔でも、その元凶に近付いたらどうなる事か……」

 

 鈴仙が永琳の陰に隠れるように動いて、呟く。

 

「あんな大きいの、月でも見た事がないよ」

 

 てゐが冷や汗をかく。

 

「月の科学力とかいうのを持ったとしても、勝てるか怪しいね」

 

 さとりが顔を険しくして呟く。

 

「あんなものが街や地底に攻め込んだら、どれほどの被害が出るかしら」

 

 その時、じっと八俣遠呂智の事を見ていた神奈子が、ある事に気付いて、早苗に声をかけた。

 

「おい早苗! 八俣遠呂智の水晶って、あいつの本体であり、腹みたいなものなんだよな?」

 

 早苗はきょとんとして、頷いた。

 

「あ、はい恐らく」

 

 神奈子は軽く歯ぎしりをした。

 

「だとすれば何てこった……あいつ、腹ん中に例の坊ちゃんを入れてる!」

 

 早苗は驚いた。

 

「坊ちゃん? それって懐夢くんの事ですか!?」

 

 その声は一同の耳にも届き、一斉に驚きの声を上げた。

 神奈子は指差した。

 

「ほら見てごらんよ、あいつの腹の中を!」

 

 一同は八俣遠呂智の本体である水晶に視線を向けた。

 水晶は蒼白く光っていながらも半透明になっていて、光の中にぽつんと何かが浮いているのが見えた。目を細めたり、凝らしたりして見たところ、それは神奈子の言う通り、懐夢だった。

 それがわかるや否、慧音は咲夜と同じように両手で口を押えた。

 

「まさか……本当に懐夢を基礎として復活したというのか……!?」

 

 紫は頷いた。

 

「言ったじゃない。あいつは懐夢を基礎に復活すると」

 

 直後、八俣遠呂智は天に向かって咆哮した。

 それは轟音と突風になって一同に襲い掛かり、一同は耳を塞ぎ、その場に伏せた。

 やがて音と風が止むと、輝夜が呟いた。

 

「何なのよもう! 調べてよ永琳!」

 

 永琳は咄嗟に魔力の波などを観測する術を発動させた。

 そして結果が出るなり、永琳は顔を蒼褪めさせた。

 

「なんてこと……八俣遠呂智の周囲に浮かんでいたとんでもない濃度の暴妖魔素が、幻想郷全土に向けて流れ始めたわ!」

 

 永琳の言葉に一同は驚き、妹紅が声を上げた。

 

「なんだと!?」

 

 魔理沙が焦りを浮かべる。

 

「とんでもない濃度って……そんなのが街とかに来たら、どうなるんだ!?」

 

 紫が顔を顰める。

 

「そんなものに来られたら、暴妖魔素を退ける結界も長くは持たない。すぐに結界は破られて、そこに住まう妖魔達は暴妖魔素に感染し、狂暴化してしまうでしょうね」

 

 紫は一同の前に出て、振り向いた。

 

「私はそれを防ぐために、ここに貴方達を招集した」

 

 式の藍が小さく「紫様」と呟くと、一同の注目が集まる中、紫は静かに言った。

 

「いい? これから作戦を話すわ」

 

 八俣遠呂智はこれから。暴妖魔素を出しながら、幻想郷各地に存在する街や都に攻め込み、刃向う人間達や妖魔達を根絶やしにして制圧し、最終的にこの幻想郷そのものを陥落させると思われる。そして幻想郷を支配下に置いた後は博麗大結界を通って外の世界へ侵攻し、外の世界も自らの手中へ収めんとするだろう。それだけは、何としてでも回避しなければならない。更に、もし八俣遠呂智が少しでも動けば、一番最初に天狗の里と河童の里が、次に街が被害を被るだろう。

 よって、八俣遠呂智はここで撃破してしなければならないのだ。

 紫が一旦説明を区切ると、白蓮が呟くように言った。

 

「あれをここで倒すんですか」

 

 にとりが焦ったように言う。

 

「無理だって! あんなのを私達だけで倒すなんて、どう考えたって不可能だ!」

 

 紫は首を横に振った。

 

「いいえ不可能ではないわ。だってここに揃っているのは、八俣遠呂智を封印する事も、そして八俣遠呂智を倒す事も出来る面子だもの」

 

 一同はきょとんとした。

 魔理沙がぽかんとした表情で紫に尋ねる。

 

「私達が、八俣遠呂智を倒す事が出来る面子だって?」

 

 紫は頷いた。

 

「正確に言えば、封印出来るってのは嘘で、本当は、倒す事が出来るメンバーだったのよ。貴方達全員が力を合わせれば、『白の魔神』八俣遠呂智を超える事だって不可能ではないわ。作戦はこうよ」

 

 紫は説明を再開した。

 八俣遠呂智の弱点はただ一つ。八本の首の根元にある本体だ。更にこの本体は暴妖魔素を生み、制御している器官でもあり、本体を攻撃し、破壊すれば八本の首も死に絶え、暴妖魔素も消滅する。

 しかし、八俣遠呂智だってただ本体を晒しているだけではない。八俣遠呂智は最大の特徴である八本の首を使って、並みの妖魔を圧倒する力を振るい、本体を守っている。

 もしも本体に危機が及ぼうものならば、八俣遠呂智は全ての首を一か所に集め、本体を攻撃する者の排除に全力を尽くすだろう。こうなってしまっては、本体に攻撃しようとしても首からの攻撃に晒され、やられてしまうだけだ。

 この状況を打破する方法は、ただ一つ。大勢で八俣遠呂智の首を攻撃し、注意を引き、本体から離れさせたところで残った極少数が手薄になった本体へ攻撃を仕掛け、そのまま倒すという作戦だ。

 

 現に、前大戦では、八俣遠呂智の首を大賢者達が本体から引き離し、疲弊させたところで博麗の巫女が草薙剣で首を切り落とし、最終的に本体を破壊するという作戦がなされた。結果、八俣遠呂智を封印する事に成功している。

 それを聞いた魔理沙は呟いた。

 

「その作戦を私達でやろうって事なのか」

 

 紫は頷いた。

 

「現にここには博麗の巫女、集めれば大賢者にも匹敵する力を持つ者達、そして鍵である草薙剣が揃っている。だから、この作戦を成功させるのも不可能じゃないわ」

 

 紫はゆっくりと目を閉じた。

 

「この作戦は、幻想郷の存亡を賭けた戦いになるわ。

 だけど、相手は強大な力を持つ妖魔、八俣遠呂智。その攻撃を喰らえば、下手しても下手しなくても、死ぬ可能性は高いわ。何人死傷者が出るかも予想できない」

 

 紫は目を開けた。

 

「恐らく、貴方達の中には逃げ出したいと思っている人たちもいるでしょう。でも、あいつの攻撃と侵略は幻想郷全土に及ぶ。どこにも逃げ場はないわ。……私はこれから八俣遠呂智へ挑む。もし貴方達に少しでも、幻想郷を護りたいという気持ちがあるのであれば、どうか力を貸してほしい」

 

 一同は互いを見あったり、辺りをきょろきょろと見まわした。それはまさに、勝てるかどうかも分からない戦いに行くべきか行かないべきか、迷っている仕草そのものだった。

 その時、その中から藍と橙が出てきて、紫に声をかけた。

 

「お供します、紫様」

 

 橙が少し怯えた様子を見せる。

 

「怖いですけど、幻想郷のためなら、行きます」

 

 紫はふっと笑って、二人の顔を交互に見た。

 

「ありがとう二人とも。死なないようにね」

 

 紫は表情を引き締めて、魔理沙と早苗と慧音を交互に見た。

 

「魔理沙、早苗、慧音。ちょっと、霊夢をお願いできるかしら」

 

 三人は首を傾げて、紫の見つめるところを見た。

 そこで、霊夢は(うずくま)るように体育座りをしていた。

 しかもこれだけの騒ぎが起きているというのに、全く動く気配を見せない。

 そんな霊夢を見て、魔理沙はハッと思い出した。

 封印の地から抜け出す前、懐夢を助けようと霊夢が嵐に逆らった時、霊夢はいつもの霊夢とは違う状態になっていた。まるで感情が爆発して、パニックを起こしたかのような、理解しがたいような状態だった。

 思い出すなり、魔理沙は紫に声をかけた。

 

「おい紫、霊夢はどうしたんだ?」

 

 紫は答えずに八俣遠呂智の方へ身体を向けた。

 

「貴方達は、どうにか霊夢を立ち直らせて頂戴。戦う意思がある人達は、このまま、私についてきて!」

 

 紫は二人を連れて、上空へ飛びあがり、八俣遠呂智目掛けて飛んで行った。

 その様子を一同はだんまりと見ていたが、やがてレミリアが口元を上げた。

 

「……やったろうじゃないの」

 

 咲夜や美鈴が吃驚したようにレミリアを見て、恐る恐る声をかける。

 

「お嬢様、まさかあれと戦うおつもりで?」

 

「そんな、無理ですよ!」

 

 レミリアは首を横に振った。

 

「無理でもやらなければならないわ。だってあいつに勝たなきゃせっかくの住める場所である幻想郷が滅んじゃうんだから。何もせずに滅ぶなんて、私はごめんよ」

 

 レミリアは睨むように八俣遠呂智へ視線を向けた。

 

「それに、あいつは私の友達を人質にとった。それが何よりも許せない。もう、頭に来たわ」

 

 レミリアは輝いた目で八俣遠呂智を見ているフランドールへ声をかけた。

 

「フラン、あのドラゴンのところに行くわよ。あいつと、遊びましょう」

 

 フランドールはレミリアと目を合わせた。

 

「ほんとお姉様!? あいつと遊んでいいの!?」

 

 レミリアは頷いた。

 

「えぇ。でもあいつは相当強いみたいだから、気を付けないと怪我しそうよ」

 

「怪我しないよ。寧ろあいつを、ばらばらに、ぐちゃぐちゃに、細かく……」

 

「おっけー、おっけー、その調子でお願い。それじゃ、行くわよ!」

 

 レミリアはフランドールとともに上空へ舞い上がり、八俣遠呂智へ向かった。

 咲夜と美鈴は焦りを見せたが、やがて美鈴が苦笑いした。

 

「もう、止めるのは無理っぽいですね」

 

 パチュリーが割って入る。

 

「当然よ。というか、あの子達のフォローに回らなきゃ、やばそうよ」

 

 咲夜は溜息を吐く。

 

「仕方ありません。お嬢様をお守りするのが私達の使命。蛇とダンスでもしましょうか」

 

 咲夜はナイフを、パチュリーは本を構え、美鈴は身構えると、そのまま勢いよく上空へ飛びあがり、レミリア達の後を追うように八俣遠呂智へ突撃した。

 紅魔館の者達が飛び立った直後、今度は輝夜が永琳と妹紅へ声をかけた。

 

「永琳、妹紅、行くわよ。この異変、さっさと終わらせたいところだし」

 

 永琳はふっと苦笑いする。

 

「そうね。私も早く元の営業に戻りたいし。貴方はゲームしたそうだし」

 

 輝夜はほほぉと呟く。

 

「あら、よくわかったわねぇ」

 

 妹紅がははっと笑う。

 

「ゲーム中毒野郎が。まぁいい。あの蛇倒さないと、お前との殺し合いも再開できないからな。協力してやる」

 

 続けて、永琳の後ろにいる鈴仙とてゐが永琳へ声をかける。

 

「師匠、私達も行きます!」

 

「あんなの倒して、永遠亭に帰りましょう!」

 

 永琳は振り向いて、二人と目を合わせた後、うんと頷いた。

 

「さ、行くわよ!」

 

 輝夜が叫ぶと、永遠亭の者達は地面を蹴って上空へ飛びあがり、八俣遠呂智へ突撃した。

 直後、腰の刀に手をかけていた妖夢の隣に、幽々子がすっと並んだ。

 

「妖夢、行くわよ」

 

 妖夢は首を横に振った。

 

「幽々子様はどこか安全なところでお待ちください。ここは私が!」

 

 幽々子は妖夢の前へ手を伸ばした。

 

「いいえ、私も行くわ。旧友が戦っているのを、黙ってみているわけにはいかないもの

 それに、紫や貴方が死ぬところを、見たくないしね」

 

 妖夢は幽々子と目を合わせた。

 

「幽々子様……」

 

 幽々子は頷いた。

 

「お願いだから、行かせて頂戴」

 

 妖夢は視線をそらし、困ったような表情を浮かべたが、すぐに表情を引き締め、幽々子へ視線を戻した。

 

「わかりました。共にまいりましょう。その時には、全力でお守りいたします」

 

 幽々子はふっと笑うと、上空へ飛びあがり、妖夢もまた同じように飛び上がると、八俣遠呂智へ向けて飛んだ。

 続いて、萃香、さとり、にとり、白蓮、星、神奈子、諏訪子も飛び上がって行き、この場には、霊夢、魔理沙、アリス、早苗、慧音、文、チルノ達が残された。

 魔理沙は辺りを見回して、呟いた。

 

「残ったのは私達だけか。向かって行った奴らも、案外少ないな」

 

 アリスは八俣遠呂智のいる方角を見た。

 

「八俣遠呂智……勝てるかどうかわからない相手だけど、紫の話じゃ戦わなきゃいけないんでしょうね」

 

 慧音は腕組みをする。

 

「いや、勝てるよ。博麗の巫女がいればな。だが……」

 

 全員の視線が、体育座りをしたまま動かない霊夢へ向けられた。

 先程から、続々と八俣遠呂智へ立ち向かう者達が現れたと言うのに、霊夢だけは完全に無反応で、この場から動き出そうとしない。

 いつもならば、自分から進んで異変の元凶へ立ち向かうはずだというのに。

 魔理沙はその場に屈み、霊夢の背中へ手を当てた。

 

「霊夢、ほら行くぞ。この戦いは、お前がメインなんだぞ」

 

 霊夢は小さく声を出した。

 

「戦ったら、何が変わるの」

 

 一同はきょとんとした。

 

「私はあいつにもう負けたんだ。

 草薙剣を振っても、あいつの結界を壊す事は出来なかった。あいつの復活を防げなかった。

 あの時懐夢を助けてあげる事が出来なかった」

 

 霊夢は身を縮めた。

 

「私は敗者だ。そんな敗者がどんなに戦ったところで、あれに勝てる事なんかない」

 

 魔理沙は焦ったように言う。

 

「どうしちまったんだよ霊夢。諦めるにはまだ早すぎるだろ!」

 

 霊夢は答えなかった。

 魔理沙が再度声をかけようとしたその時、霊夢のすすり泣く声が聞こえてきた。

 

「なんで……こうなるのよ」

 

 一同は「え?」と言った。

 霊夢の声は続いた。

 

「やっと、心の底から、大好きだって、言えるって思ったのに、今度こそ一緒にいられると思ったのに、なんで、こうなるのよッ」

 

 一同は口を閉ざした。しかし、直後慧音が霊夢に歩み寄り、がっと手を伸ばして霊夢の髪の毛を掴み、そのままぐいっと引っ張って、無理やり八俣遠呂智の方を向かせた。

 あまりに突然の事に霊夢も、学童達も、魔理沙達も唖然としてしまった。だが、すぐ後に霊夢は顔を顰めながら叫ぶように慧音に言った。

 

「何よ! 何すんのよ!!」

 

 慧音はがっと噛み付くように怒鳴った。

 

八俣遠呂智(あいつ)を見ろ!! 水晶のような腹の中に、懐夢が見えるだろう!?」

 

 霊夢は八俣遠呂智の本体である水晶に着目した。ここから相当距離があるため、米粒のように小さいが、確かに懐夢の姿があった。

 慧音は先程とは違って少し静かな声を出した。

 

「確かに懐夢はあいつの基礎になった。だが、取り込まれたにもかかわらず、あいつは八俣遠呂智の身体に溶けてしまっていない。

 これがどういう事だかわかるか?」

 

 霊夢は首を横に振った。

 慧音は答えた。

 

「あいつは八俣遠呂智に取り込まれただけであって、死んだわけではない。ただ単に、身体の中に入れられているだけなんだ。胃の腑でもなければ、心臓でもないところにな」

 

 慧音は霊夢の髪の毛から手を離した。霊夢はどさっと地面に倒れ込み、すぐに上半身を起こしたが、同時に慧音は腰を落とした。

 

「だから、諦めるのはまだ早いよ。いくつもの異変を解決してきたお前の力があれば、懐夢をあいつの身体の中から引き出す事だって出来るはずだ」

 

 慧音は霊夢と目を合わせた。

 

「お前、懐夢とまた暮らしたいんだろう? 懐夢とまた一緒にいたのだろう? そう思っているならば嘆いていないで、あいつのために戦うべきだ」

 

 霊夢は慧音の名を小さく呼んだ。

 直後、魔理沙も霊夢に歩み寄り、腰を落とした。

 

「多分、あいつは暴妖魔素妖怪と同じだ。あいつを倒す事が出来れば、懐夢はあいつから解放されるはずだ。

 だけど、八俣遠呂智を倒し、懐夢を救うなんて事は、私達にはできない」

 

 今度はアリスが歩み寄ってきて、腰を落とした。

 

「懐夢を救えるのは、きっと霊夢、貴方だけよ」

 

 最後に、早苗が草薙剣を持って歩み寄り、腰を落とした。

 

「八俣遠呂智を倒して懐夢くんを救うというのは、幻想郷を救うというのと同義です。

 お願いします霊夢さん。どうか幻想郷を、懐夢くんを、救ってはくださいませんか」

 

 霊夢は早苗の持つ草薙剣を見て、霊夢は思い出した。

 自分は懐夢に、「何かあったら必ず私が貴方を守る」と何度も言った。

 そして今、懐夢にこれ以上ないくらいの危機が迫っている。ここでもし逃げ出したり、諦めたりでもしたら、また懐夢に嘘を吐く事になり、更には、永遠に懐夢を失う事にもなる。

 それだけは嫌だ。

 もう、懐夢に嘘を吐かないと決めたのだから。

 霊夢は袖で涙を拭うと、早苗の持つ草薙剣の柄を掴みとって、立ち上がった。

 

「……やったろうじゃないの」

 

 ついに立ち上がった霊夢の姿に、霊夢以外の者達はわぁっと声を上げ、表情をぱあっと明るくした。

 と思いきや、後ろの方から声がした。

 

「無理ですよ!」

 

 霊夢達は振り向いた。そこには頭を両手で抱えて、蹲るような姿勢をして震えている文の姿があった。

 魔理沙は首を傾げて、文に声をかけた。

 

「文?」

 

 文は震える声で返した。

 

「もう無理ですよ……白の魔神には誰も勝てません……みんな、狂うんです……あの時みたいに……!!」

 

 その時、魔理沙が文に歩み寄って、霊夢の時のように腰を下ろした。

 

「文、この戦いはお前のトラウマを消す戦いでもある」

 

 文は震えるのをやめた。

 続けて早苗が腰を下ろした。

 

「あの蛇さえ倒れてしまえば、貴方のトラウマは消え、もう貴方を怯えさせるものはなくなります。

 ですから、怯えないで、どうか立ち向かってください」

 

 文は姿勢を変えようとはしなかった。

 その時、文を様子を見て、霊夢が険しい表情を浮かべて呟いた。

 

「文。あんたの事だから、仲間を狂わせたあいつの姿が恐ろしくてたまらないんだと思う。でもね」

 

 霊夢は文に歩み寄り、腰を下ろした。

 

「私があいつに勝つのに、あいつから懐夢を救うのに、あんたの持つ強い風の力が必要なの。だからお願い、どうか私に力を貸して」

 

 文は顔を上げて霊夢と目を合わせた。

 

「……私の持つ力が……?」

 

 霊夢は頷いた。

 

「そうよ。それに、あんたは、自分で思っている以上に強い人よ。だってあんたは、私達が放つ弾幕、光弾と熱弾の豪雨を恐れないんだから。

 きっと、あんたならあの八俣遠呂智に立ち向かう事だって出来るはずよ」

 

 文は頭から腕を離した。

 霊夢は苦笑いした。

 

「さっきまで泣いてたくせに何を言ってんだかって思ってるかもしれないけど……あんたなら戦えるわ。

 どうする? 戦う? 戦わない?」

 

 文は答えず、下を向いた。

 霊夢は懐から一枚の札を取り出して、文に差し出した。

 

「もし、あんたが戦わないを選択するなら、これを持って天狗の里に逃げなさい。

 これは簡易的に博麗の力場を作り出す札だから、これがあれば暴妖魔素にも感染しないわ」

 

 その時、文が霊夢の持つ札を振り払った。

 かと思いきや、顔を上げて、懐から葉の団扇を取り出して、手に持った。

 霊夢は一瞬驚いたが、すぐに笑みを浮かべた。

 

「文……戦ってくれるのね?」

 

 文は静かに頷いた。

 それを見て、霊夢を含んだ一同が表情を明るくした。

 しかしその直後、チルノが慧音に声をかけた。

 

「慧音先生、あたい達も戦いたいです!」

 

 慧音は振り向き、険しい表情を浮かべた。

 

「お前達は駄目だ! お前達の力では、あいつとの戦いは危険すぎる!」

 

 リグルが噛み付くように慧音に訴える。

 

「嫌です! 友達があんなふうになってるのに、それを見てるだけなんて、私達にはできません!」

 

 慧音は学童達を見回した。

 どれも、リグルのように必死で真剣な表情を浮かべており、皆本気で戦いたいと思っていると感じざるを得なかった。

 これを見て慧音は折れ、溜息を吐いた後、霊夢に声をかけた。

 

「霊夢、さっきの札、五枚ほどくれ」

 

 霊夢は頷き、慧音に札を五枚渡した。

 慧音は霊夢から受け取った札を、今度はチルノ達にそれぞれ一枚ずつ渡した。

 

「いいだろう。お前達も戦え。だがな、あいつはお前達の想像を遥かに超えるほど強い。もし危険だと思ったのならば、それを持って街へ逃げろ」

 

 チルノ達は頷いて、懐に札を仕舞い込み、にっと笑みを浮かべた。

 それを見た後、霊夢は八俣遠呂智の方を向き、足に力を込めた。

 

「さぁ皆、行くわよ!」

 

 霊夢は叫んだ後、地面を勢いよく蹴って上空へ飛び上がった。

 それに続いて魔理沙達も上空へ飛び上がり、霊夢に合流すると、八俣遠呂智へ突撃を開始した。

 

 やがて八俣遠呂智の近くまで接近すると、霊夢は近くを飛んでいた紫へ声をかけた。

 

「紫ッ!」

 

 紫は霊夢を見て、まるで感動したように表情を明るくした。

 

「霊夢……!!」

 

 霊夢は紫のすぐ傍まで行って、立ち止まった。

 

「状況は今どんな感じ?」

 

 紫曰く、今皆は必死に八俣遠呂智の首を相手にしているが、八本の首は地、水、火、風、氷、雷、闇、光の八つの属性をそれぞれ司っており、相性の悪い属性を持つ首に当たってしまった者達は苦戦を強いられており、そうでない者たちも、八俣遠呂智の持つ圧倒的な力に押されてしまっている状況だという。

 

「というよりも、全体的に人数不足よ。明らかに、八俣遠呂智を相手にするには少なすぎたわ」

 

 霊夢は驚いたような表情を浮かべる。

 

「そんな! あんたの話じゃ、これくらいで十分だったんじゃないの!?」

 

「誤算だったわ……」

 

「何よそれ」

 

 霊夢ががっくりと肩を落とすと、紫は霊夢へ指示を下した。

 

「霊夢、貴方はひとまず他の人達の援護に向かって。私も同じように首を相手にする。本体攻撃は後よ!」

 

 霊夢は頷き、紫に「死ぬんじゃないわよ」と一言呟くと、首と戦う者達の元へ飛んだ。

 




次回、本作最大の戦闘、八俣遠呂智との最終決戦。

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