東方双夢譚   作:クジュラ・レイ

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5 感染症

 霊夢達は博麗神社へ戻ってきた。その時、リグルの様子を見てみたところ、リグルはいつの間にか気を失ってぐったりとしていた。

 神社の境内に降り立つと、神社で霊夢達の帰りを待っていた早苗と懐夢が物音を聞き付けたのか、神社の中から出てきて、早苗が声をかけてきた。

 

「お帰りなさい! 無事だったんですね!」

 

 慧音が答える。

 

「あぁ無事だったとも」

 

 懐夢が続く。

 

「先生、リグルはどうなって……」

 

 懐夢は慧音の手元を見て言葉を切った。

 その様子に一同は一瞬首を傾げたが、そのうち魔理沙が言った。

 

「早苗に懐夢、布団と着るものを用意してくれないか。それに早苗、お前には治癒術の準備もしてもらいたい」

 

 魔理沙は横目でリグルを見た。

 

「問題の森から助け出したリグルがこの有様なんだ」

 

 早苗は慧音の抱えるリグルを見た。リグルは裸身で肌を青白くしながら慧音に抱かれていた。呼吸も、苦しそうに見える。

 早苗は現状を把握すると、神社の方を向いた。

 

「わかりました。霊夢さん、お布団と寝間着を借りますけど、いいですか?」

 

 霊夢は頷いた。

 

「えぇ結構よ。早くリグルを休ませてあげましょう。詳しい話はリグルを休ませた後で」

 

 早苗は「了解しました!」と言い、続けて慧音に声をかけた。

 

「寝室はこちらです! 付いて来てください!」

 

そう言って、早苗は神社の寝室の方へ駆けて行き、その後に続いてリグルを抱えた慧音と妹紅も神社の駆けていった。その場には、霊夢と魔理沙と懐夢だけが残され、そのうち魔理沙が言った。

 

「私達も行こう。リグルが心配だ」

 

 霊夢は頷いた。

 

「えぇ。早いところリグルから何が起きたのか、聞き出したいしね。懐夢、行きましょう」

 

 霊夢は懐夢の方を向いて、思わずきょとんとした。

懐夢は、じっとして顔を手で覆っていた。無論、何故このような事をしているのか二人は理解できず、互いに顔を合わせて首を軽く傾げ合った後懐夢の方へ顔を戻し、そのうち霊夢が尋ねた。

 

「どうしたの懐夢」

 

 懐夢は小さな声を出した。

 

「……リグル、いない?」

 

 魔理沙が答える。

 

「あぁいないよ。神社の中へ行っちゃったぜ」

 

 懐夢はゆっくりと顔から手を離した。懐夢は顔を真っ赤にしており、それを見た霊夢と魔理沙は軽く驚き、再度魔理沙が声をかけた。

 

「ど、どうしたよ懐夢」

 

 懐夢は小さく、ぎこちなく答えた。

 

「……り、リグルの裸……見ちゃった……」

 

 それを聞いて、霊夢は苦笑いしながら「あぁ~」と言った。

 そういえば、懐夢は自分達とは違い、男の子だ。女の子の裸を見れば、顔を赤くしたりして当然だ。

 懐夢が顔を真っ赤にしてぎこちなくしている理由を理解して苦笑いしていると、懐夢は顔を真っ赤にしたまま霊夢と目を合わせ、口を開いた。

 

「どうしよう霊夢! リグルが裸になってるところ見ちゃってたから、リグル怒ってるかなぁ!?」

 

 それには霊夢ではなく、魔理沙が苦笑いしながら答えた。

 

「そーいやお前男の子だったな。大丈夫だよ。あいつは気を失ってたからお前が見てた事なんて知らない。

 それにもしリグルがそんなこと聞いて来たら、お前はその場にはいなかったって言えばいい」

 

 懐夢は魔理沙と顔を合わせた。

 

「本当に?」

 

 霊夢が続いた。

 

「本当よ。さぁて、中に入りましょう。もうリグルの着替えも終わってる頃だろうし」

 

 そう言って、霊夢は魔理沙と懐夢を連れて神社の寝室方面へ向かって歩いた。

 神社の中へ入り、廊下を歩いて寝室の前に辿り着き、戸を開けてみると、部屋の中央でリグルが布団に包まって眠っており、その周りを囲むように早苗、慧音、妹紅が座っていた。

 そのうち、霊夢達の登場に気付いた慧音が霊夢達へ声をかけた。

 

「霊夢、遅かったな」

 

 霊夢と魔理沙は苦笑いをした。

 

「まぁ、少し……問題があってね」

 

「あぁ、ちょっとした問題がな。もう解決したけど」

 二人の答えに三人が首を傾げる中、霊夢、魔理沙、懐夢は寝室の中へ入り、その三人の近くまで歩いて座ると、そのうち霊夢が早苗に声をかけた。

 

「早苗、リグルの状態は?」

 

 早苗によると、リグルに服を着せて布団へ寝かし、守矢の神秘伝の治癒術をかけてみたところ、青白かったその肌は赤みを取り戻し、顔色も良くなり、呼吸も安定したそうだ。

 それを聞くなり霊夢と魔理沙はほっと一息を吐き、直後霊夢が言った。

 

「よかったわ。かなり冷たくなっててやばそうだったから、一時はどうなるかと思ったけど」

 

 慧音が苦笑を浮かべながら答える。

 

「私も安心したよ」

 

 その時、眠っているリグルの口がわずかに開き、声が漏れた。

 一同がリグルへ視線を集中させると、リグルはゆっくりと瞳を開いた。それを見た懐夢は思わずリグルへ大きな声をかけた。

 

「リグル!」

 

 リグルは目を動かし、懐夢の姿を目の中に入れると、再度口を開いた。

 

「……懐……夢……?」

 

 続いて、慧音がリグルへ声をかけた。

 

「リグル……よかった」

 

 リグルは慧音の方を見た。

 

「慧音……先生……」

 

 リグルはきょろときょろと目を動かし、部屋にいる者達一人一人を見て、その名を呟いた。

 

「それに……霊夢、魔理沙、早苗、妹紅……」

 

 名を呼ばれた者達は頷いた。直後リグルは慧音の方へ視線を戻した。

 

「慧音先生……ここはどこ……私……森にいたんじゃ……」

 

 霊夢は腕組みをした。

 

「ここは博麗神社よ。あんた、さっきの私達の話、聞いてなかったの?」

 

 リグルによると、慧音に抱きかかえられてすぐに気を失ってしまったらしく、しかも意識が朦朧としていたため霊夢達の話は聞き取れなかったそうだ。

 リグルは説明を終えると、懐夢と慧音の手を借りながらゆっくり上半身を起こした。そのすぐ後に、慧音が尋ねた。

 

「リグル、大丈夫か? どこか痛んだり、頭がぼーっとしたりしてないか?」

 

 リグルは首を横に振り、「大丈夫です」と小さく呟いた。しかしその声はとても小さく、本調子とは言えないものだった。

 続けて、懐夢がリグルの目の前に三本指を立てて尋ねた。

 

「リグル、これ何本に見える?」

 

 リグルは少し目を細めながら答えた。

 

「……三本……」

 

 それを聞くなり一同は安心した。リグルの意識は、正常だ。

 直後、霊夢は顔を険しくしてリグルへ声をかけた。

 

「リグル、貴方に聞きたい事が沢山あるんだけど、いいかしら?」

 

 リグルは霊夢へ視線を向けた後、頷いた。

 

「大丈夫」

 

 霊夢は表情を変えぬまま、尋ねた。

 

「それじゃ訊くけど、あんたの身に何が起きたの? なんであんな事をしたの?」

 

 リグルは首を少し傾げた。

 

「あんな事って……?」

 

 一同はきょとんとした。そのうち、魔理沙が尋ねた。

 

「まさかお前、憶えてないのか?」

 

 リグルは答えなかった。その後、魔理沙に続くように妹紅が尋ねた。

 

「……じゃあ、いつまでだったら憶えてる? 最新の記憶はどこらへんだ? そしてそれを話す事は出来るか?」

 

 慧音が妹紅を叱るように言った。

 

「妹紅、そこまで質問攻めする事ないだろう。リグルは病み上がりなんだぞ」

 

 慧音の言葉に答えず、リグルは軽く上を見た後、小さな声を出して答えた。

 

「……昨日の夜までだったら……憶えてる……」

 

 霊夢は口を開いた。

 

「それ、話してもらえる?」

 

 リグルは頷き、再度説明を始めた。

 リグルによれば、リグルは寺子屋から出て森に帰り、自宅で休んでいたが眠る事が出来ずにベッドの上で寝返りを繰り返していたらしい。

 そうしているうちに喉の渇きを覚え、いてもたっていられなくなり外に出てみたところそこで十数人の人間達に会ったという。しかしリグルはそこで妙な感覚と欲に襲われた。それは、あの人間達を殺したい、あの人間達を喰らいたいというリグルのような妖怪が抱く事のないはずの感覚と欲だったそうだ。その感覚と欲を抱いた直後、頭の中が真っ白になり、それ以降の記憶はないそうだ。

 リグルが説明を終えると、魔理沙が尋ねた。

 

「人間達を襲いたくなっただと? お前、そんな妖怪だっけか?」

 

 リグルは首を横に振った。

 

「ううん。でもあの時はそんな気がして……抑え込めなかった」

 

 早苗が少しおどおどした様子で尋ねた。

 

「えと……確認なんですが、今も私達を襲いたいとか思ってます?」

 

 リグルはもう一度首を横に振った。

 

「ない。そう思ってたのはあの時だけ」

 

 霊夢が続けて尋ねた。

 

「じゃあ、どうしてその時人間を襲いたいって思ったの?」

 

 リグルは俯いた。

 

「わからない……なんか、騒いでる人達を見ていたら、急にそんな気がしてきて……頭の中が真っ白になって……」

 

 リグルは顔を上げ、一同を見回した。

 

「ねぇ、皆はわかるの? あれ以降、私が何をしてたかを……」

 

 慧音がリグルの肩に手を乗せた。

 

「聞きたいか?」

 

 リグルは慧音の顔を見た後頷いた。

 直後、霊夢が軽く溜息をした。

 

「わかったわ。話してあげる。あんたが何をやってたのかを」

 

 霊夢は、先程森の様子、リグルとの遭遇、蟲の竜との戦闘の事を全てリグルに話した。

 そしてその話が終わるとリグルは顔を青白くして、頭を両手で押さえた。

 

「私……そんな事をしてたの……?」

 

「えぇ。森の蟲達を使って人間達を喰らい、森の草木を喰らい、無数の蟲を身に纏って蟲の姿をした竜のような妖怪になって暴れ回ったわ。どうやったのよ、あんなの」

 

 リグルは何回も首を横に振った。

 

「知らない……そんなの知らない……」

 

 その直後、リグルは何かに気付いたように表情を変え、霊夢に尋ねた。

 

「ねぇ、その子達は!? 私の身体になってたっていう蟲達はどうなったの!?」

 

 妹紅が答えた。

 

「皆死んだよ。竜となったお前が倒されたのと同時に一匹残らず死骸になって、葉を失った森に雪みたいに積もった。森もあの様子だから、きっと蟲達は全滅しただろうな」

 

「そん……な……」

 

 リグルはがっくりと肩を落とした。

 

「森と蟲達を守るのが私の使命なのに……それなのに……私が森を壊して蟲達を殺したなんてッ……!」

 

 リグルは両手で顔を覆い、声を出して泣き始めた。

 すぐ傍に寄り添っていた慧音は泣き出したリグルを抱きしめ、その背中を優しくゆっくりと撫でた。

 それを見ていた魔理沙は少し悲しげな表情を浮かべ、呟いた。

 

「それにしても、何でリグルがあんなことになったんだ? 今まで、あんな異変見た事ないよ」

 

 それには霊夢も同じ気持ちだった。今回は、既存の妖怪が全く別で強力な存在と化し、暴れ狂うという前代未聞の異変だ。とりあえずその変化してしまったリグルを元の姿に戻す事は出来たが、どうしてあのような事が起きたのか、そもそも竜となったリグルを倒す事によって本当に解決する事が出来たのか、全く分からないし見当もつかない。

 

(もしかして……異変はまだ終わってない……?)

 

 その時、霊夢はある事を思い出した。それは、リグルの意識が消えて竜となる前にリグルが訴えていた症状だ。リグルは竜になる前に、頭がぼーっとして物事をほとんど考えられない状態にあったと言っていた。

 思い出すなり、慧音に声をかけた。

 

「ねぇ慧音、リグルは昨日、頭がひどくぼーっとしてたそうね」

 

 慧音は不思議そうな顔をして霊夢と目を合わせた。

 

「あぁそうだが……それがどうかしたのか?」

 

 言われて、霊夢は『考える姿勢』をとった。

 リグルは突然そんな症状を訴えていて、その訴えの数時間後にあのような異変を引き起こした。もしかしたら、その症状こそがあの暴走の一歩手前のもの、病気で例えるならば初期症状なのではないだろうか。

 いや、そうとしか考えられない。というよりも、それ以外の原因が思い付かないのだ。

 

「それが……原因かも」

 

 呟くと、霊夢とリグル以外の者達の視線が霊夢へ集まり、そのうちの早苗が尋ねた。

 

「どういう事ですか?」

 

 霊夢は思い付いた事を一同に話した。それを聞いた一同の内、妹紅が言った。

 

「あの暴走は一種の病気のようなもので、頭がぼーっとするのが初期症状かもしれないだって?」

 

 霊夢は頷いた。

 早苗が続けて言った。

 

「確かに、言われてみればまるで病気のような感じですね。最初に軽い症状が出て、後々重い症状が来るみたいな」

 

 続いて魔理沙が凛とした声を出した。

 

「いや、もしかしたら本当に病気なのかもしれないな」

 

 一同の注目が魔理沙に集まった。

 魔理沙は続けた。

 

「考えても見ろ。この幻想郷は常に変化しているし、常に新しい『モノ』が外界からやってきたり、自生したりしてる。勿論、私ら人間とかリグル達妖怪が感染する疫病などもな」

 

 妹紅がぽんと手を叩いた。

 

「なるほど、今回の異変は新しく生まれた病気によるものかもしれないんだな」

 

 魔理沙が「そうだ」と言ったその直後、それまでリグルを慰めていた慧音が口を開いた。

 

「いや。新しく生まれた病気ではないよ」

 

 一同の注目が慧音に集まった。

 慧音によると、この前現れた三つ首の竜の妖怪と七つ首の竜の妖怪の事を調べていた時に、その妖怪達が生息していた時代に発生していたとされる病気が記されている資料を見つけたらしい。その中に記されている病気の中に、妖怪だけが(・・・・・)感染し、発病するという特異な病気があったという。

 それを聞いた一同は首を傾げ、懐夢が尋ねた。

 

「妖怪だけが感染する病気? そんなのがあるんですか?」

 

 慧音は頷いた。

 

「あぁ。私も少し疑ったが、どうやらあったらしい」

 

 魔理沙がハッとしたような表情を顔に浮かべる。

 

「もしかしてそれって!」

 

 慧音は魔理沙の方へ顔を向けた。

 

「そうだ。その病気こそ、リグルがなったものと同じ、感染した妖怪が別な妖怪へ変化し、暴走するというものだ。

その病気の初期症状はリグルと同じで、頭がぼーっとし、次第に元来持ちうる凶暴性、残虐性、狩猟本能が増していき、最終的に別な妖怪へ変化し、人間妖怪問わず襲いかかるようになる。当時は多くの妖怪が感染し、別な妖怪へ変化して人々を襲っていたらしい」

 

「えらい病気ね。でも私達、そんな病気を聞いたのも見たのも今回が初めてよ? それは昔からあった病気なんでしょう?」

 

 霊夢が尋ねると、慧音はその方へ顔を向けた。

 慧音によれば、その病気は『ある時』を境に現れ、同じく『ある時』を境に消えてなくなったそうだ。その『ある時』は、三つ首の竜の妖怪、七つ首の竜の妖怪の出現時期と消滅時期と合致しているらしい。

 それを聞いた霊夢は驚きの声を上げた。

 

「あの未確認妖怪達、昔の幻想郷に存在していた妖怪だったの?」

 

 慧音は頷いた。

 

「あぁ。この事実は結構前に知ったのだが、その時からずっとお前達に教えるのを忘れていたよ。すまなかった」

 

「そんなもんはどうだっていいよ。問題はそいつらの出現時期と消滅次期がその病気と同じって点だろ?」

 

 早苗が続いて尋ねた。

 

「どうしてその妖怪達の出現時期と消滅時期が、リグルさんが感染したとされる病気と同じなのか、わからないんですか?」

 

 慧音は困ったような表情を顔に浮かべた。

 

「わからないんだよそれが」

 

 慧音によると、その資料には『出現時期』と『消滅時期』とその妖怪の詳細などしか書かれておらず、どうして発生したのか、どうして消滅したのかなどの情報は載っていなかったという。

 それを聞いて、妹紅が顰め面をした。

 

「なぁんだそりゃ。理由が描かれていないとか、全然資料になってないじゃないか」

 

「そうなんだよ。私もどうして発生し、どうして消えたのかが一番知りたいところなのだが、何せ資料がそれ以外になく、その資料にも最低限の情報しか書かれていない有様だからな」

 

 その時、魔理沙が声を上げた。

 

「あぁんもぅ! 一番知りたい情報が載ってないとか、歯痒すぎる! なんで載ってないんだよ!」

 

 その中で、霊夢はいつもどおりの『考える姿勢』をしてじっとその事について考えていた。

 あの妖怪達は近頃生まれてまだ見つかっていなかった妖怪などではなく、昔の幻想郷で既に誕生し、すでに消滅したものだった。まぁそれは別にどうだっていいのだが、問題はリグルのかかったとされる感染症がその妖怪達と共に出現し、共に消えたという点だ。

 

(妖怪と、出現時期と消滅時期が同じ病気なんて……)

 

 そんな病気を聞いたのは初めてだ。それにそもそも、病気と妖怪というのは完全に違う存在で、出現時期と消滅時期が被ったりするというのは基本的にあり得ない。

 もしそのような事が本当に怒りえたというのであれば、その妖怪と病気には何らかの関係、または繋がりがあったという事だ。何らかの関係があった、繋がっていたのであれば、この事柄にも納得出来る。

だが、またここで疑問が浮かぶ。それは、その病気と妖怪達の関係だ。一体、その妖怪と病気に何の関係があったというのだろうか。

 

(その病気と妖怪は一緒に生まれて一緒に消えた……ッもしかして……!?)

 

 『何か』がその妖怪と病気を生み出していたのではないだろうか。その妖怪と病気はその『何か』の持つ力によって同時に生み出され、その『何か』の持つ力によって動いていた存在だった。そしてその『何か』はそのうち幻想郷から消え、『何か』の持つ力で生み出された妖怪と病気は動力源を失い、共に消滅した。そう仮定すれば、見事に辻褄が合う。

 思い付くと、霊夢は声を出した。

 

「もしかして、その妖怪とその病気はある一つの存在から生み出されたんじゃないかしら」

 

 一同の注目が霊夢に集まった。霊夢は、先程考えていた事を全て皆に話した。

 そして霊夢が話を終えると、慧音が言った。

 

「なるほどな……確かにそれならば辻褄が合う」

 

 妹紅が腕組みをする。

 

「何となく納得はできた。でもさ、それは何なんだ?」

 

 霊夢は首を傾げた。

 

「それはって?」

 

「ほら、その妖怪と病気を生み出した奴だよ。そいつは何なんだ? 妖怪か? 神か? それとも人間か?」

 

 霊夢は顔を顰めた。

 

「そこまではわからないわよ。っていうか、今私が言った話は全て仮定。ほんとかどうかなんてわからないし、あってるかどうかも怪しい」

 

 妹紅は「あ、そうか」と言って霊夢から視線を逸らした。

 その後、早苗が少し考えた様子で呟いた。

 

「でもなんにせよ、詳しく調べてみる必要がありそうですね」

 

 魔理沙が早苗の方を見る。

 

「それもそうだな。パチュリーとか紫とか童子とか大天狗とかが案外知ってるかもしれないから、今度聞きに行ってみようぜ」

 

 その時、それまで黙っていた懐夢がぎこちなく慧音に声をかけた。

 

「ねぇ、慧音先生」

 

 慧音は懐夢と目を合わせた。

 

「どうした?」

 

「リグルのかかった病気って、最初頭がぼーっとして、後々怪物になっちゃうんですよね?」

 

 慧音は頷いた。

 

「そうだと思われる。まぁどれも仮定の範囲を抜け出せていないけれどな」

 

 そう言われると、懐夢は一瞬で顔を青褪めさせた。

 その様子に慧音は驚いた。

 

「どうした? 顔色が一気に悪くなったぞ」

 

 懐夢はおどおどした様子で呟いた。

 

「……大ちゃんとルーミアも……リグルと同じ感じだった……」

 

 懐夢の呟きを聞いて、慧音は思わず「あ! 」と言ってしまった。

 そういえば、大妖精とルーミアも同じような症状を訴えていた。もしも、リグルのかかった感染症が大妖精とルーミアにも感染していたとすれば、今頃彼女らも暴走を引き起こして人間達や妖怪達を襲っているかもしれない。

 慧音は顔を青褪めさせて、一同に頼んだ。

 

「皆! 大妖精とルーミアだ! 至急この二人を探してくれ!」

 

 突然の慧音の頼みに一同は驚き、そのうちの妹紅が言った。

 

「なんでだ? なんでそんな奴らを探さなきゃいけない」

 

 慧音と懐夢は慌てながら、二人の事を探した。それを聞いた霊夢、魔理沙、妹紅、早苗の四人は驚きの声を上げ、魔理沙が言った。

 

「なんだって!? その二人もリグルと同じ状態になってるかもしれないだと!?」

 

 霊夢が顎に手を添える。

 

「やばいわね……もし本当にリグルと同じ感染症にかかってたなら、今頃強力な妖怪に変化して人々を襲ってるかもしれない。更には、街に攻め込むかも……!」

 

 早苗が慌てた様子を見せる。

 

「大変! すぐにその二人を見つけ出して、暴走を止めないと!」

 

 早苗が言ったその次の瞬間、玄関の戸が叩かれる音と声が部屋の中へ飛び込んできた。

 

「魔理沙! 魔理沙いるんだよね!?」

 

 呼ばれた魔理沙はピクリと反応を示した。

 

「この声って……」

 

 慧音が続けて言った。

 

「とにかく、出た方が良さそうだな。懐夢、リグルを頼んだ」

 

 慧音はそう言って、立ち上がった。

 慧音に続いて懐夢とリグルを除いたその場の全員が立ち上がり、声の聞こえてきた玄関へ向かい、その扉を霊夢が開いた。

 玄関先にいたのはウェーブがかかって外にはねている特徴的な蒼い髪の毛を数珠のような装飾品でツインテールにし、緑色のキャスケットを被り、白いブラウスに肩にポケットのついた水色の上着を纏い、裾に大量のポケットのついた青色のスカートを履き、胸元に紐で固定された鍵を付け、蒼い長靴を履き、背中に大きなリュックサックを担いだ水色の瞳の少女だった。

 その少女を見るなり、魔理沙は驚きの声を上げた。

 

「にとりじゃないか! どうしたんだ」

 

 この少女の名は河城にとり。妖怪の山の河童の里に住まい、様々な道具を作り出す能力と技術力を持ち、かつての異変の際魔理沙に協力した事がありそれ以降魔理沙の友達となっている少女だ。

 にとりは魔理沙の言葉に答えた。

 

「大変だよ魔理沙それに霊夢! 街に物凄い濃度の瘴気(ミアズマ)が流れ込んできて、街を包み込んでる!」

 

 瘴気。それは古来より病の原因とされ、山川の間から生じるとされる『猛毒の空気』だ。

 それを吸ってしまった生物はたちまち毒や病に侵され、死んでしまう。

ここ幻想郷でも、時折発生する事があるが、すぐに消える事がほとんどだ。

 それを聞いた霊夢は驚いた。

 

「なんですって? それはいつぐらいから?」

 

「さっきだよ! どこからともなく流れてきたと思ってたら、あっという間に街が瘴気に包み込まれちゃったんだ! こんな事、普通はあり得ないよ!」

 

「なるほど、どう見ても異変としか思えないから、私のところへ来たと」

 

 妹紅が少し眉を寄せて言う。

 

「何かが瘴気を街中でばら撒いたんじゃ?」

 

 慧音が答える。

 

「わからん、とにかく行ってみねば。人々や妖怪達の様子が心配だ」

 

 にとりが慧音に声をかけた。

 

「街に行くならこれを着けなきゃ駄目だよ」

 

 にとりはリュックサックを降ろし、その中へ手を突っ込むと鉄でできていて、ところどころに奇妙な円柱状がくっついているマスクのようなものをこの場にいる人数分取り出して見せた。

 そのマスクを見るなり、早苗が一言呟いた。

 

「……ガスマスク……ですか?」

 

 にとりが頷いた。

 

「私の発明品だよ。着ければ瘴気の中でも平気で呼吸できるようになる代物さ」

 

 霊夢が顎に手を添えた。

 

「なるほど、それがあれば瘴気の中でも呼吸できるのね。全く妙なもんばっかり発明するわねあんたは」

 

「河童なんてそんなもんさ」

 

 にとりが答えると、魔理沙がにとりの出したマスクを手に取った。

 

「よし、こいつを着けて街に行こう。にとり、どう着けるんだこれは?」

 

 にとりは魔理沙の方を向いた。

 

「飛びながら教えるよ! 今は一刻も早く街に行って瘴気発生の原因を探らないと」

 

 霊夢が頷く。

 

「それもそうね……ちょっと待ってて頂戴!」

 

 霊夢はそう言うと寝室へ戻り、懐夢に「異変を解決しに行ってくるからリグルと待っていなさい」と伝えて寝室を出て、玄関先に戻った。

 

「さぁ、行きましょう」

 

 霊夢が言うと一同は頷き、やがて神社を出て上空へ舞い上がり、瘴気が立ち込めているとされる街へ向かった。

 

 

 


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