東方双夢譚   作:クジュラ・レイ

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蛇神編 第伍章 風雲
1 奇病


 慧音は今、自宅で午前と午後に行った学童達の試験の採点をしていた。

 何故試験を実施したのかというと、学童達がしっかりと授業を聞いているかどうか気になり、それを試してみたくなったからだ。

あまりに突然の試験だったものだから、当初学童達は焦っていて、慧音自身も平均点は悪いはずだと思っていたが、そこまで悪い点の答案は見つからなかった。

 これを見て、慧音は嬉しさを感じざるを得なかった。

 

「うむ……やはり、しっかり聞いてくれているのだな」

 

 慧音の呟きに、近くで横になっている妹紅が答えた。

 

「国語かぁ……そんなの、何が楽しいんだか」

 

 慧音は苦笑を浮かべた。

 

「国語はいいぞ妹紅。国語は歴史とも繋がっているから、歴史の勉強も一緒に出来る。学童達には結構人気なんだぞ」

 

「はぁ~、そんなのが子供達に人気なのか」

 

「あぁ。おかげで悪い点の学童がいなかった。皆高得点を取ってくれたものだから、私も嬉しいよ。教えていた甲斐があったというものだ」

 

 妹紅は寝返りを打った後、欠伸をかいた。

 

「そりゃよかったな……ふぁぁ……」

 

 慧音は振り返って妹紅を見て、苦笑いした。

 

「また寝てないのか」

 

「あぁ……いつもどおり輝夜と殺り合ってたらいつの間にか午前五時。三十分も寝てないよ……」

 

 

 慧音は溜息を吐いた。

 

「おいおい、しっかりしろ。お前は迷いの竹林の案内人だろう?」

 

 妹紅は動かず答えた。

 

「だから、これから寝る。そうすれば、もう仕事中に眠くはならない……」

 

「そうか……」

 

 慧音は呟くと身体を元の向きに戻して試験の採点を再開した。

 ……が、すぐに違和感を感じ、手を止めてしまった。

 

(おや……?)

 

 慧音が違和感を感じて手を止めた答案はリグルの物だった。

 リグルと言えば、漢字をよく使う子で、知っている言葉ならば出来る限り漢字で書く癖を持っている。だから、国語で試験をすればリグルの答案は漢字だらけになる。

 ……だのに、この答案の回答は、漢字が極端に少なく、ほとんど平仮名だった。

 

 慧音は他の学童の答案を採点しているのではないかと思い、名前の記入欄を再確認した。

 しかしそこには、紛れもなくリグル・ナイトバグの名が書かれていた。この答案は、間違いなくリグルのものだった。

 

「どうしたというんだ……?」

 

 慧音の声に妹紅が反応したように声を出した。

 

「どうしたよ慧音。答案用紙に墨でもぶちまけたか?」

 

 慧音は振り返って、妹紅を手招きした。

 

「ちょっと来てみろ妹紅」

 

 妹紅は面倒臭そうに立ち上がり、慧音の隣まで歩いて座った。

 

「なんだよ」

 

 慧音はリグルの答案を指差した。

 

「これを見てくれ」

 

 妹紅は目を細めてリグルの答案を見たが、すぐに首を傾げた。

 

「……あの蟲の妖怪の答案用紙だな」

 

 慧音はリグルの答案用紙の平仮名が異常に多い部分を指差した。

 

「そうだが、ここをよく見てみてくれ」

 

 妹紅はまた目を細めて慧音の指差すところを見た。

 

「……平仮名が多いな」

 

 慧音は頷いた。

 

「そうだ。こいつは漢字をよく使う奴なんだが、今回はこのとおり平仮名だらけだ」

 

「ただ漢字使うのが面倒になっただけなんじゃないか?」

 

 慧音は首を横に振り、答案用紙のとある部分を指差した。。

 

「そんな感じじゃない。ここを見るんだ」

 

 妹紅は再度慧音の指差すところを見て、驚いた。

 そこには『むらのおとこたちは、やまへ出かけました』と書いてあったのだが、『村』や『男』や『山』などと言った、漢字で書いた方が簡単な言葉すらも平仮名で書かれていた。

 

「あれ……漢字で書いた方が楽なものすら漢字で書いてないのか」

 

「そうだ。だから私も驚いたんだよ。他の学童達の答案も見てみてくれ」

 

 妹紅は机に乗っている他の学童達の答案を手に取り、問題の部分を諳んじた。

 他の学童達の回答には『村の男たちは山へ出かけました』と、しっかり漢字で書いてあった。

 妹紅は更に他の学童達の答案用紙を手に取って問題の部分を諳んじたが、どれも問題の部分はしっかりと漢字で書かれていて、平仮名で書いているものはなかった。

 今のところ、平仮名で書いているのはリグルのものだけだった。

 

「……どうなってんだおい。他の学童達、しっかり漢字で書いてるぞ。書いてないのは、そいつだけだぞ」

 

「うむ……一体何があったというのか……あれ?」

 

 慧音はある事に気付いて、答案用紙を二枚机から取って諳んじた。

 妹紅は慧音を不思議がり、声をかけた。

 

「どうしたよ慧音」

 

 慧音は驚きの表情を浮かべて妹紅に手に取った二枚の答案用紙を見せた。

 

「妹紅、これを見てみろ」

 

 妹紅は目を細めて答案用紙を交互に諳んじて、また驚いた。

 その答案用紙も、リグルの答案用紙の同じように、漢字で書いた方が楽な言葉が平仮名で書かれてあった。

 

「こいつらもかよ……一体誰だ?」

 

 妹紅は答案用紙の名前の記入欄を見た。

 一枚目にはルーミア、二枚目には大妖精と書かれてあった。

 

「ルーミアと大妖精……?」

 

 慧音は頷いた。

 

「あぁ。今見たら、この子達も同じように書いてあった」

 

 妹紅は慧音と顔を合わせた。

 

「こいつらも、漢字をよく使う奴らなのか?」

 

 慧音は答えずに顎に手を添えた。

 ルーミアは午後の授業を受ける学童達の中では最下位から一つ上の成績の持ち主で、そこまで頭は良くない。だからこんな回答をしても別に不思議ではないが、一方大妖精は午後の授業を受ける学童達の中で最も良い成績を持っている子で、このような回答をする事はまずあり得ない。こんなに平仮名だらけの回答をしたのは、今回が初めてだ。

 

「……ルーミアは変じゃない。でも、大妖精は変だ」

 

 慧音は今考えた事とルーミアと大妖精の成績の事を妹紅に話した。

 妹紅は眉を寄せ、口を開いた。

 

「ルーミアはそこまで頭のいい奴じゃないからいいけど、大妖精は頭がいいからこんな回答をする事はあり得ない……か」

 

「あぁそうだ。全く、今までこんな事はなかったというのに……」

 

 苦い表情を浮かべる慧音に妹紅は尋ねた。

 

「ちなみに、午後の授業を受けてる奴らの成績の順番ってどうなってんだ」

 

 慧音は答えた。

 成績のいい順に並べれば大妖精、懐夢、リグル、ミスティア、ルーミア、チルノの順だという。

 それを聞いた妹紅は、少し驚いたような表情を浮かべた。

 

「リグルも結構頭いい方なんだな」

 

「あぁ。弾幕勝負は少し弱くても、頭の方は結構いい。侮れないぞ」

 

 妹紅は苦笑を浮かべた。

 

「それで、あのチルノが最下位か……」

 

 慧音も苦笑した。

 

「あぁ。弾幕勝負ではこの中で最も強いのだが、頭は最も弱いよ」

 

「なるほどそうか。それにしても、どうして大妖精とかリグルとかがこんな事になったんだ?」

 

「明日にでも尋ねてみるよ。どうしてこのような事になってしまっているのかってね。きっと答えてくれるよ彼女らなら」

 

 妹紅は「そうかねぇ」と言った後、大きな欠伸をし、眠そうな顔をして言った。

 

「慧音、私もう寝ていい?」

 

 慧音は苦笑を浮かべた。

 

「いいよ。さっさと寝た方がいい」

 

 妹紅は立ち上がり、慧音に「お休み」と一言言うと、寝室の方へゆっくりと歩いて行った。

 一方慧音は机の方を向き、三人の回答がどうしてこうなってるのか気にしながら、採点を再開した。

 

 

        *

 

 

 翌日。午後の授業の終了時間。

 慧音は授業の終わりに昨日の試験の用紙を学童達へ返した。試験の用紙を受け取った学童達は集まり、用紙の見せ合いを始め、そのうちルーミアが言った。

 

「ねぇ、皆は何点だったー?」

 

 ミスティアが用紙を皆から見える位置に出して答えた。

 

「私は七五点だよ。そこそこかなぁ」

 

 続いて懐夢が用紙を皆に見せた。

 

「僕は九十七点。もうちょっとで百点だったのになぁ。ルーミアは何点だったの?」

 

 ルーミアは苦笑いしながら用紙を出した。

 

「四十七点だったよ。あんまりよくなかったー」

 

 続いて、懐夢がチルノに声をかけた。

 

「チルノは何点だった?」

 

 チルノはひっそりと用紙を出した。

 

「……二五点……」

 

 チルノの点数に、一同は「あぁ……」と言い、そのうち懐夢が言った。

 

「だからいつも言ってるでしょ……弾幕ごっこよりも勉強した方がいいって」

 

 チルノは懐夢に怒った。

 

「むがー! あたいより弾幕勝負弱いのに何言うかー!!」

 

 懐夢は顰め面をして、怒るチルノに言い返した。

 

「だってそうでしょうが。第一チルノは、大ちゃんっていう心強い人と一緒に住んでるんだから、勉強くらい教えてもらえるでしょ」

 

 チルノは近くにいる大妖精の方を向いた。

 

「……大ちゃん、何点だった?」

 

 その時、懐夢、チルノ、ミスティア、ルーミアの三人は異変に気付いた。

 大妖精は、チルノに声をかけられたというのに全く反応を示さず、ただぼーっとしていた。

 よく見てみれば、近くに立っているリグルも同じような表情をして、ぼーっとしている。

 

「あれ、大ちゃん? どうしたの?」

 

 チルノがもう一度声をかけると、大妖精はゆっくりと首を動かしてチルノと目を合わせ、またゆっくりと口を開いた。

 

「なぁ……に……?」

 

 大妖精のゆっくりとした返事に一同は違和感を憶え、そのうちミスティアが言った。

 

「なぁにじゃないよ。どうしたの? さっきからすごくぼーっとしてるみたいだけど」

 

 続けて懐夢がリグルに声をかけた。

 

「リグルも、どうしたの? 大ちゃんみたいにぼーっとしちゃって」

 

 リグルもまた大妖精と同じようにゆっくりと首を動かし、懐夢と目を合わせた。

 

「……そう……なんだ……」

 

 一同は「え?」と言った。

 リグルはまたゆっくりとした口調で答えた。

 

「なんだか……すごく……あたまが……ぼーっと……しちゃって……」

 

 チルノは大妖精を見て、声をかけた。

 

「大ちゃんも同じ感じなの?」

 

 大妖精はゆっくりと答えた。

 

「すごく……あたまがぼーっとするの……」

 

 直後、それまで黙って話を聞いていた慧音が声を出した。

 

「リグル、大妖精、ちょっと来い」

 

 慧音の声に反応を示したリグルと大妖精はゆっくりとした歩調で慧音の元へ歩き、やがて慧音の目の前までやってくるとまたゆっくりと口を開いた。

 

「……なんでしょうか」

 

 大妖精の問いかけに、慧音は顔を険しくして答えた。

 

「お前達、大丈夫か? どこか悪くないか?」

 

 リグルが目を若干細めた。

 

「どこかって……どこ……ですか……?」

 

 慧音は少し目を丸くした。

 

「どこって、身体だよ。頭がぼーっとしている以外に悪いところはないのかと聞いてるんだ」

 

 リグルと大妖精は首を傾げて、慧音の問いかけに答えようとはしなかった。

 慧音は二人の様子を不審に思うと、二人のその額に手を当てた。二人の額は至って正常な温度で、熱くも冷たくもなかった。

 

「熱は無いようだな……それはいつからだ?」

 

「いつって……?」

 

「頭がぼーっとするようになった日だ。いつからそんな感じなんだ」

 

 リグルがゆっくりと答えた。

 リグルによると、頭がぼーっとして物事をうまく考えられなくなったのは、昨日の夕方辺りからだという。

 大妖精にも同じ問いをかけてみたところ、同じ答えが返ってきた。

 

「二人共同じタイミングか……となると、昨日の試験のあれもそれが原因か……?」

 

 リグルと大妖精は不思議そうな表情を浮かべた。

 慧音はそんな二人を交互に見てから言った。

 

「昨日の試験さ。お前達は漢字をよく使う子なのに、昨日の試験のときは全然漢字を使っていなかったじゃないか」

 

 大妖精は相変わらずぼーっとした様子で首を傾げた。

 

「そう……でしたっけ……?」

 

 慧音は少しうんざりしたように溜息を吐いた。

 

「そうだよ。答案用紙を見せてみなさい」

 

 リグルと大妖精は手に持っていた答案用紙を慧音に差し出した。

 慧音はそれを受け取ると、平仮名の多い解答部分を指差して、二人に見せた。

 

「この部分だよ。ほら、漢字で書いた方が楽な言葉すら漢字で書いてない。お前達なら、これくらい漢字で書けたろう?」

 

 リグルは自分の答案用紙を目を細めながら見て、呟いた。

 

「あれ……これ……どんなふう……だっけ……」

 

 慧音は「え?」と言い、後ろで二人を見ていた四人も思わず「え?」と言ってしまった。

 そのうち、大妖精も自分の答案用紙を見ながら、呟いた。

 

「これ……どんなかんじ……かいた……っけ……?」

 

 二人の言葉を聞いて慧音は驚いた。

 二人は今、こんな簡単な漢字すらも忘れてしまって、しかも思い出せずにいる。

 こんなの、ただ度忘れではない。決定的な記憶の混乱だ。

 それだけじゃない。二人の喋り方も歪でかなりおかしい。

 

「おい、お前達本当に大丈夫か?」

 

 リグルと大妖精は表情を変えずに慧音と目を合わせ、そのうちリグルが呟くように言った。

 

「なにが……ですか……?」

 

 大妖精が続いた。

 

「なにがだいじょうぶ……なん……ですか……?」

 

 慧音は変わらぬ二人をとうとう怒鳴った。

 

「もういい! お前達、もう帰るんだ! 帰って休め!」

 

 リグルと大妖精は頷き、振り返るとそのまま部屋の出口へ向かってゆっくりと歩き出した。

 慧音はそこでも驚いてしまった。二人は、自分の鞄の存在すらも忘れて帰ろうとしている。

 それには四人も気付き、そのうちのチルノと懐夢が二人に声をかけた。

 

「ちょっと待ってよ大ちゃん! 鞄忘れてるよ!」

 

「リグルも鞄忘れてる!」

 

 リグルと大妖精は振り返り、自分の机の元まで戻ってくると置いてある鞄を肩にかけて、再度部屋の出口の方へ向かって行った。

 そして、二人が部屋から出ると、重い沈黙が部屋を覆って、そのうち懐夢が言った。

 

「二人共……どうしちゃったんだろう。あんなふうに、ぼーっとしてるような事なかったのに」

 

 ミスティアが続く。

 

「ほんとだよね。なんか、喋り方もおかしかったし……」

 

 チルノが心配そうな表情を浮かべて俯いた。

 

「大ちゃんがあんなふうになったの初めて見た……」

 

 チルノは顔を上げるや否、慧音の方を向いた。

 

「慧音先生、あたいも帰ります。大ちゃんが心配なので」

 

 慧音は頷いた。

 

「あぁ。大妖精を頼む」

 

 チルノは鞄を持って立ち上がると、そそくさと部屋を出て行った。

 その場には、慧音、懐夢、ルーミア、ミスティアの四人が残されたが、そのうちの慧音は頭に手を当てて考える姿勢をしながら、呟いた。

 

「……妖怪の新たな奇病か……?」

 

 慧音の言葉に三人は反応を示し、その方を向いた。

 そのうち、ミスティアが尋ねた。

 

「奇病……ですか?」

 

 慧音は頷いた。

 

「あぁ。もしかしたら彼女らはこれまで発生した事のない病気にかかってしまっているかもしれない」

 

 懐夢は驚いたような表情を浮かべる。

 

「リグルと大ちゃん、病気になったんですか!?」

 

 慧音は溜息を吐いた。

 

「あくまで可能性だけどな。だが、そうでないとしても彼女達の様子はおかしすぎる」

 

 三人は互いの顔を見合い、そのうちミスティアが言った。

 

「大丈夫かな、あの二人……」

 

 懐夢が不安そうな顔をする。

 

「病気なんだとしたら薬を飲まないと……でも、どんな薬が効くんだろう」

 

 その中、慧音は考えた。

 あの二人が病気なのかそうでないのかわからないが、もしそうだとしたら永琳の造った薬を飲ませるべきだろう。そうすれば、病気を治す事が出来るだろうし、そうでなくてもあの頭の不調を治す事は出来るはずだ。

 

「永琳の作った薬ならとりあえず効くよ。今日、貰いに行って二人の元へ持っていこう」

 

 ミスティアが慧音を見た。

 

「それ、いいと思います。永琳先生の薬なら、よく効きますから」

 

 その中、懐夢は胸に手を当てて俯いた。

 

「そんなので……治るのかな……」

 

 慧音は不思議そうな顔をして懐夢を見た。

 

「どうした懐夢。胸が痛いのか?」

 

 懐夢は首を横に振った。

 

「そうじゃなくて、胸がざわざわするんです。このままだと、何か悪い事が起こってしまいそうな……そんな気がするんです」

 

「悪い事? どんな?」

 

「……そこまではわかりません。でもそんな気がして仕方がないんです」

 

 慧音は顎に手を添えた。

 

「そうか……対応を急ぐべきかもしれんな」

 

 慧音が言った直後、ミスティアがある事に気付いて、声を出した。

 

「あれ? ルーミア、どうしたの?」

 

 慧音と懐夢はルーミアを見て、少し驚いた。

 ルーミアの表情が、先程帰った二人と同じような事になってしまっている。

 

「ルーミア? どうしたの?」

 

 懐夢が声をかけてもルーミアは反応を示さなかった。

 続けて、慧音が声をかけた。

 

「おい、ルーミアどうした」

 

 ルーミアはそれまで閉じていた口をゆっくり開いた。

 

「……なんだか……ぼーっとする……」

 

 慧音は目を丸くした。

 

「お前もか? 今までなんともなかったではないか」

 

 ルーミアによると、こうなったのは二人が帰った辺りかららしい。

 懐夢はぼーっとするルーミアの額に手を当てて、もう片方の手を自分の額に当てた。

 

「……熱は無いね」

 

 懐夢が手を離すと、続けて慧音がルーミアに声をかけた。

 

「ルーミア、どんな状態だ?」

 

 ルーミアは答えた。

 今、頭が非常にぼーっとして、上手く物事を考えられない状態にあるらしい。

 慧音は立ち上がり、教壇から降りるとルーミアの席の前まで歩き、そこで腰を降ろしてルーミアの顔をじっと見た。ルーミアの顔は、リグルと大妖精と同じようにぼーっとして、物事をあまり考えていないような気の抜けたものになっていた。

 慧音はルーミアの顔を見た後、呟いた。

 

「これは……リグルや大妖精と同じような顔……か?」

 

 ルーミアはゆっくりと首を傾げた。

 

「そー……なの……かー……?」

 

「あぁ。リグルや大妖精と同じ顔をしているよ。現に、リグルと大妖精のように頭がボーっとして仕方がないのだろう?」

 

 ルーミアはゆっくりと頷いた。

 慧音は軽く溜息を吐いた。

 

「……これは本当に新たな病気を疑わなければならないようだ。ルーミア、お前も早く帰って休んだ方がいい。後で永琳から薬をもらって来てやる」

 

 ルーミアはまたゆっくりと頷き、自分の鞄を手に取って肩にかけると立ち上がり、そのままゆっくりと歩いて部屋を出て行った。

 部屋には慧音、懐夢、ミスティアの三人が残されたが、そのうち慧音が二人へ尋ねた。

 

「お前達は大丈夫か? 頭がボーっとするとか、物事がうまく考えられないとか、ないか?」

 

 二人は首を横に振った。

 慧音はひとまず安心したような表情を浮かべた。

 

「そうか……ならいいんだが、何かあると悪い。お前達も早く帰れ」

 

 慧音の言葉に二人は頷き、鞄の紐を肩にかけて立ち上がると慧音に向かって一礼し、部屋を出て行った。

 静まり返った部屋で、慧音はふと独り言を言った。

 

「さてと……永琳の元へ行くとするか」

 

 

 


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