東方双夢譚   作:クジュラ・レイ

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9 子の思い

 霊夢の言った事に一同は首を傾げ、そのうちの魔理沙が物事がよく理解できないような顔をして尋ねた。

 

「博麗神社にいると能力が使えなくなる? どういう事だそれ」

 

 霊夢は両掌を上げて首を横に振った。

 

「私だってわからないわよ。でもあの子、どうも博麗神社(ここ)にいるとスペルカードも使えなくなって、空を飛ぶ事も出来なくなるみたいなの」

 

 文が魔理沙と同じような表情を浮かべて挙手した。

 

「それって、博麗神社に限定されてるんですか?」

 

 霊夢は頷いた。

 

「えぇ。博麗神社(ここ)から出してみると、あの子の能力は復活したわ。私はこれを見て、ここにはあの子の能力の発動を妨げる何かがあるって思ってる」

 

 アリスが顎に手を添えて何かを考え出した。

 そんなアリスを不思議がり、魔理沙が声をかけた。

 

「どうしたアリス?」

 

 魔理沙に声をかけられた直後、アリスは霊夢と顔を合わせた。

 

「『博麗の力場』が彼に取り憑く何かの力を抑え込んでいるんじゃないかしら」

 

 一同の注目がアリスに集まり、そのうちの早苗が尋ねた。

 

「『博麗の力場』……?」

 

 アリスによると、ここ博麗神社は霊夢が扱う博麗の巫女の力、『調伏の力』が集まっている場所なのだという。『調伏の力』は妖怪には毒として作用し、力に長く触れた妖怪は力が出なくなる、いつも通り能力を使えなくなるなどの障害を起こし、あまりに長い時間力に触れ続ければどんどん衰弱し、最終的には死す。そしてこの作用は、力の大きな妖怪に程、強く、早く作用するらしい。

 既にこれを熟知していた霊夢はうんうんと頷き、一方で文は震え上がり、アリスに言った。

 

「という事は、私今危険じゃないですか!」

 

 アリスは溜息を吐いて文を見た。

 

「聞いてなかった? この力は強い妖怪にほど早く、強く作用するの。貴方はそんなに強い妖怪じゃないから、一月くらい居続けても大丈夫よ。まぁ、貴方が八雲紫くらいに力の強い妖怪だったなら話は別なのだけれど」

 

 文はほっとしたような表情を浮かべた。

 

「驚かさないでくださいよ、もう……」

 

 直後、霊夢は顎に手を添え『考える姿勢』をとった。

 懐夢は、ここにいるだけで能力が使えなくなる。その懐夢の能力は憑きものによって発動するもの。……そして、ここ博麗神社に満ち溢れる『博麗の力』は強い力を持つ妖怪に程強く、早く作用する。

 

(懐夢の身体に憑いてるものは、物凄く強い力を持った妖怪……!?)

 

 そうとしか考えられなかった。実際、とても強い力を持つ妖怪である紫すら長い時間いても障害を起こさないのに、懐夢の場合はここに戻ってくる、ここに入るだけで『博麗の力』による障害を起こす。こんな事になるのは、懐夢の身体に憑いているものが紫以上の力を持つ妖怪だからとしか考えられない。しかも、それの正体を確かめる方法がないため余計に性質が悪い。

 霊夢は文や魔理沙の質問を受け答えしているアリスを見た。

 もしかしたら自分達よりも遥かに長く生きている魔法使いであるアリスならば知っているかもしれない。

 

「ねぇアリス」

 

 霊夢の声にアリスは反応を示し、その方を向いた。

 

「博麗の力が非常に早く、強く作用するほど強力な力を持つ、人に憑依する妖怪って知らない?」

 

 アリスは腕組みをして目を閉じ、やがて顔を顰めさせた。

 

「強力な力を持つ、人に憑依する妖怪? んー、知らないわねぇ……」

 

「本当に?」

 

 アリスによれば、力の強い妖怪なんて八雲紫や風見幽香のように実体をしっかり持っているものばかりで、憑依型で強い力を持った妖怪など基本的には存在しないという。

 

「というか、私が見た事ないだけかもしれないけど」

 

 霊夢は「ふうん」と言った後、文の方を見た。

 

「じゃあ文、あんたは? 千年近く生きてて情報通のあんたなら……」

 

 文は首を横に振った。

 

「すみませんが、私も知りません。アリスさんの言うとおり、強い力を持った妖怪というのは必ず実体を持っているものなので、憑依型で強い力を持った妖怪など見た事ないです。というか、存在しないかもしれません」

 

 霊夢は再び顎に手を添えた。

 アリスと文が言うからには強い力を持った妖怪に憑依型は存在しないらしい。だが、それでは懐夢の身体に取り憑いているものの説明が付かなくなってしまう。懐夢の身体にいるのは一体何なのかと考えたその時、霊夢の頭の中に一筋の光が走った。

 

(もしかして……未確認の妖怪……?)

 

 霊夢の頭の中に走った光の正体は、これまで数回戦ってきた未確認妖怪の存在だった。

 もしかしたら、懐夢の身体に取り憑いているのはあれらの一種なのではないだろうか。もしそうだとすれば、アリスや文が知らないのにも説明がつく。

 

 霊夢は思い付くと、口を開いた。

 

「もしかしたら、懐夢の身体に取り憑いているのは、私達がつい最近戦った未確認の妖怪達の一種なんじゃないかしら」

 

 一同の注目が霊夢へ集まり、そのうち魔理沙が閃いたように言った。

 

「あ、そっか! 確かにそいつらの仲間ならアリスや文が知らなくても無理ないな」

 

 文が納得したような表情を浮かべた。

 

「なるほど、それがありましたか! 確かに、それならば情報が無い事にも頷けます」

 

 アリスも顎に手を添え、うんうんと頷いた。

 

「まだ確認されてない妖怪か……確かに、可能性としてはそれが一番高そうね」

 

 一同が納得する中、早苗が挙手し、口を開いた。

 

「あの!」

 

 一同の注目が早苗に集まり、そのうちの魔理沙が尋ねた。

 

「ん、どうしたよ早苗」

 

 早苗は少し険しい表情を浮かべた。

 

「懐夢くんの身体に得体の知れないものが憑いているのはわかります。でも、それが本当に妖怪であるという確証はあるんでしょうか」

 

 霊夢は早苗の顔を見た。

 

「えっと、つまり何が言いたいのよ」

 

 早苗は霊夢と目を合わせた。

 

「ようするに、懐夢くんの身体に憑いているのは本当に妖怪で合っているのかという事です」

 

 険しい顔で主張する早苗に魔理沙が面倒くさそうな表情を浮かべて言った。

 

「本当に妖怪で合ってるかだって? そんなの、合ってるに決まってるだろ」

 

 その時、霊夢は再び『考える姿勢』をした。

 この幻想郷には外の世界で忘れ去られて逃げてきた多くの種族が共存している。霊夢が知っている種族だけでも、自分や魔理沙のような人間、文や紫や萃香のような妖怪、チルノのような妖精、レミリアのような吸血鬼、妖夢のような半人半霊、懐夢や霖之助のような半妖、早苗のような現人神、神奈子のような神、映姫のような閻魔、神子のような神霊、魔神など多種多様だ。勿論、その中には人の身体に取り憑くという能力を持った者も大勢いるし、更にこの幻想郷には日々様々な種族がやってきているという話も聞いている。

 もし、その中の一つが懐夢の身体に憑いていたとしても、何ら不思議ではない。

 早苗の主張は間違っていないのだ。

 

「確かに、それも一理あるわね」

 

 霊夢が呟くと、早苗に集まっていた注目が一斉に霊夢へ向いた。

 霊夢は一同に説明を施し、それを聞いた魔理沙が納得したように言った。

 

「そういえばそうだな。この幻想郷には沢山の種族がいるから、妖怪以外で人に取り憑く能力を持ってるのが居ても不思議じゃないな。早苗の言ってる事、強ち間違ってないかも」

 

 早苗は魔理沙の方を向いて眉を寄せた。

 

「そうでしょう? 人に取り憑く能力を持ってるのは、妖怪だけじゃないんですよ」

 

 直後、霊夢が再度口を開いた。

 

「あぁ、でもね」

 

 一同の注目が再び霊夢に集まった。

 

「一つだけ、言えることがあるわ」

 

「それは何?」

 

 霊夢はゆっくり目を閉じ、やがて開いた。

 

「懐夢の身体に取り憑いているのは、妖怪、妖精、悪魔、吸血鬼、魔神等『博麗の力』を毒として受け、(よこしま)の力を使う存在をひっくるめた『妖魔』の類よ。それも、さっき言ったように『博麗の力』の効果がすぐ出るくらいに力がうんと強い奴」

 

 一同はごくりと息を呑んだ。

 霊夢はそんな一同を見回して、言った。

 

「そこで、あんた達に一つ頼みたい事があるの」

 

 霊夢はまたゆっくりと目を閉じ、やがて開いた。

 

「懐夢の身体に憑いてる妖魔について、調べてほしい」

 

 一同はきょとんとしたような表情を浮かべ、そのうちの早苗が言った。

 

「調べる……ですか?」

 

 霊夢は頷いた。

 

「えぇ。可能な限り情報を集めてもらいたいのよ。そして、それをもとに私があの子に術をかけて、懐夢に取り憑いてる奴を追い出せるか試してみる。きっと、懐夢の身体に憑いているのは、ろくなもんじゃないわ」

 

 霊夢は改めて一同を見回した。

 

「みんな、頼まれてくれるかしら」

 

 一同はしばらく黙っていたが、やがて魔理沙が霊夢の顔を見て答えた。

 

「私はやるぜ。懐夢は友達だからな」

 

 早苗が笑みを浮かべた。

 

「私もやります。まだ幻想郷の妖魔の事とか知りませんが、出来る限りやろうと思います。私だって、懐夢くんの友達ですし」

 

 文も笑んで挙手した。

 

「私もやります! 懐夢さんに取り憑いてる妖魔、どのくらいの猛者なのか知りたいですし!」

 

 霊夢は一同を見回して笑んだ。

 嬉しさが込み上げてきた。皆がこうして自分の頼みを聞いてくれたのが、全身が熱くなるほど嬉しかった。

 しかしその時、一人だけ何も言わなかったアリスがようやく口を開いた。

 

「待って頂戴、霊夢」

 

 霊夢を含んだ一同の注目がアリスへ集まった。

 アリスは霊夢の目をじっと見て、やがて言った。

 

「貴方が私達をここへ呼び、会議を開いた理由は承知したわ。そして、貴方が私達にやってもらいたい事も承知した」

 

 アリスは一息置いて、霊夢に尋ねた。

 

「でも、どうしてそこまで貴方は彼を助けたいと思うの? 彼は貴方にとって、結局何なの?」

 

 重い沈黙が部屋を覆い、アリスに向いていた一同の注目は霊夢へ戻った。

 霊夢はしばらく沈黙した後顔を引き締め、アリスの目を見て答えた。

 

「……守りたい子よ。この幻想郷中に存在する色んな危険から、守ってあげたい子」

 

「それは何故? どうしてそう思えるの」

 

「……あの子の家族になるって決めたから。一人ぼっちのあの子の家族になるって」

 

 アリスは黙り、じっと霊夢の目を見た後呟いた。

 

「なるほど……家族のためか……」

 

 やがて、アリスは微笑んだ。

 

「わかったわ。貴方の家族のため、協力しましょう」

 

 一同は表情をぱぁっと明るくした。

 霊夢はアリスに軽く頭を下げた。

 

「……ありがとう」

 

 直後、アリスは懐からメモ用紙とペンを取り出してテーブルに置き、霊夢に尋ねた。

 

「お礼よりも、貴方から聞きたい事があるわ」

 

 霊夢は顔を上げた。アリスは続けた。

 

「もう一度、彼の身体に憑いてる奴が彼に与えてる影響を教えて頂戴。メモしたいから」

 

 直後、文が焦ったように懐からメモ用紙とペンを取り出した。

 

「あ、待ってください! 私もメモします!」

 

 残った早苗と魔理沙はそれぞれ文とアリスのメモ用紙に注目し、アリスは霊夢に声をかけた。

 

「霊夢、話して頂戴」

 

 霊夢は頷き、懐夢の身に起きている異常、懐夢の身体に憑いているものが与えていると思われる影響を全て話し、アリスと文は霊夢の言葉を一つ一つ、出来る限り早くメモ用紙に書写した。

 霊夢の話が終わるとアリスはメモ内容を復唱した。

 

「髪の毛が白を混ぜたような色になり、右目の色が紅くなり、傷が異様な速度で治るようになり、取得に十ヶ月かかるはずのスペルカードと空を飛ぶ術がたったの二ヶ月で取得でき、それらは博麗神社にいると使えなくなり、嫌いなはずの酒を突然呑みたがるようになるけれど、博麗神社に帰ってくるとそうでなくなる……か」

 

 霊夢は頷いた。

 

「えぇ。それで間違いないわ」

 

 直後、魔理沙がアリスのメモを見ながら顰め面をした。

 

「パチュリーにも頼んではみるけど、こんなちょっとの情報で足りるかな。あいつの事だからもっと情報を寄越せみたいな事言って来るかもしれないぜ?」

 

 アリスは顔を上げて霊夢と目を合わせた。

 

「魔理沙の言うとおりね。もう少し情報が欲しいところだけど……霊夢、他に何かない?」

 

 霊夢は困ったような表情を浮かべた。

 懐夢の異常と言えばこのくらいで、他の異常など見た事が無い。

 

「ないわ。私が見てる中で確認できたのはこれだけよ」

 

 文も霊夢と同じように困ったような表情を浮かべてペンの先端で額をつんつんと突いた。

 

「情報が少ないですねぇ……せめてもう一つくらい何かしらの情報があればいいんですけど……」

 

「そんな事言われてもねぇ」

 

 霊夢が困ったように腕組みをしたその時、玄関から声が聞こえてきた。

 

「ただいまー」

 

 一同の注目は玄関の方へ向いた。

 続けて、何かがこの部屋に向かってやってくる足音が聞こえ、そしてそれがすぐそこまで来ると、先程の声の主が部屋の中へ入って来た。

 それは、懐夢だった。

 

「懐夢!」

 

 魔理沙が呼ぶと、霊夢は素早くテーブルの上の筆記帳を仕舞い込み、懐夢はきょとんとしたような表情を浮かべた。

 

「あれ……みんな、何やってるの?」

 

 一同が懐夢に注目する中、霊夢が尋ねた。

 

「お、お帰りなさい。随分と早く帰ってきたわね」

 

 懐夢は理由を話した。

 なんでも、チルノとミスティアが突然吐き気を訴え、嘔吐し、早退してしまい、後に慧音が帰った二人のためだと言って早めに授業を切り上げたため、帰ってきたらしい。

 その言葉を聞いて、アリスがさぞ意外そうな顔を浮かべた。

 

「へぇーっ、あのチルノでも病気する事があるのね」

 

 文が少し残念そうな顔をした。

 

「ミスティアさんもですかぁ……あの人の出す屋台のヤツメウナギの蒲焼、美味しいから好きなんですけどねぇ……今日はお休みですか」

 

 直後、霊夢が立ち上がり、懐夢に近寄って声をかけた。

 

「ねぇ懐夢、正直に答えてほしい事があるの」

 

 そう言われて、懐夢はびくりとして、顔を少し青褪めさせた。

 

「な、何? もしかして、僕また何か悪い事した?」

 

 霊夢は首を横に振り、両手を懐夢の両肩に乗せた。

 

「そうじゃないの。懐夢、近頃貴方、変わった事とかない?」

 

「変わった事?」

 

「そうよ。身体がおかしくなったとか、変な事を考えるようになったとか、ない?」

 

 懐夢は上を見て何かを考えているような表情を浮かべたが、すぐ顔を戻して首を振った。

 

「そんな事ないよ。ずっと変わりない」

 

「本当に?」

 

「うん」

 

 霊夢は懐夢の方から両手を離した。

 霊夢の予想は外れた。懐夢本人に尋ねれば、何か新しい情報を得られるのではないかと思っていたのだが、懐夢自身何も感じていないらしい。

 

「そう……ならいいわ。変な事聞いてごめんね」

 

 霊夢は苦笑して、懐夢の頭をぽんぽんと軽く叩いた。

 直後、懐夢は辺りを見回し、霊夢に尋ねた。

 

「ところで皆揃って何してたの?」

 

 魔理沙が答えた。

 

「ちょっとした会議だよ。ほら、この前七本首の竜とか出たろ? あれ以来あぁいうのが出てないか、皆で情報交換してたんだよ」

 

 懐夢は少し不安そうな表情を浮かべた。

 

「また、あんなのが出たの?」

 

 アリスが首を横に振る。

 

「いいえ。どうやらあぁいう妖怪はこの頃現れてないみたい。目撃情報も異変情報もないから、とりあえずどこも平和よ」

 

 文が苦笑いをする。

 

「もし現れてたんなら、私の新聞に載せてますよ」

 

 懐夢も「それもそうだね」と言って苦笑いした。

 直後、早苗が立ち上がった。

 

「さてと、そろそろ帰りますか。するべき事は、もう済みましたし」

 

 続けて魔理沙も立ち上がって、アリスの方を向いた。

 

「それもそうだな。アリス、パチュリーのところ行くぞ」

 

 アリスも続けて立ち上がり、頷いた。

 そして最後に、文が立ち上がった。

 

「私も新聞の編集をしなければなりませんし、帰ろうと思います」

 

 霊夢は皆の方を見て、顔を少し険しくした。

 

「頼んだわよ、皆」

 

 皆はニッと笑って頷き、今を出て縁側で靴を履くと上空へ舞い上がり、それぞれ向かうべき場所へ飛んで行った。

 その様子を、霊夢は懐夢と共にじっと見ていた。

 

 

       *

 

 

 その日の夜、九時半ごろ。

 霊夢は寝間着を着て、布団を敷いていた。

 風呂の中で、懐夢の身体に取り憑いている妖魔の事について考えていたら、ふと時間を忘れてしまい、風呂から上がるのがいつもより遅くなってしまった。

 その事で懐夢はずっと腹を立てていたらしく、霊夢がようやく上がって風呂場から出てくるや否怒ってきたが、苦笑いしながらお詫びに明日一番風呂に入らせてやると言ってやったところ、なんとか許してくれ、風呂場に入って行ってくれた。

 だが、その時霊夢の心はそこにはなかった。風呂場で一度妖魔の事について考え出したら、心がその方向へ向かって行ってしまい、それ以外の事が考えられなくなってしまっているのだ。

 

(懐夢の身体の妖魔……)

 

 それは、何故懐夢の身体に取り憑いたのだろうか。

 本来はどれほどの力を持った者なのだろうか。

 いかなる目的があって、懐夢の身体に取り憑いているというのだろうか。

 そして、これからどうするつもりなのだろうか。懐夢の身体を内側から支配して、自らの身体にするつもりなのか、はたまた懐夢の身体に取り憑いている事で生きながらえていて、ずっとこのままでいくつもりなのか。

 どんなに考えても、妖魔の目的などはわからなかったが、ただ一つだけ感じている事があった。

 懐夢の身体の妖魔は、放置してはならない存在だ。何も手を撃たないでおいたら、とても良からぬことが起こるような気がする。これまで体験した事が無いような、とても大きくて不吉な出来事が……。

 

「どうにかして……手を撃たないと。それも、早めに」

 

 霊夢が呟いたその時、背後の戸が開く音がした。

 振り向いてみると、そこには寝間着に身を包んだ懐夢の姿があった。

 風呂から上がったらしい。

 

「あら、上がったのね」

 

 懐夢は頷いた。

 

「火の始末もちゃんとして来たよ」

 

 懐夢はそう言うと、押入れの方に向かって自分の布団を出そうとしたが、霊夢が呼びとめた。

 

「あ、待って頂戴、懐夢」

 

 懐夢は不思議そうな顔をして霊夢を見た。

 霊夢は微笑んだ。

 

「今日は私の布団で、一緒に寝ましょう」

 

 懐夢はきょとんとした。

 

「え、何で?」

 

「特にこれって言った理由は無いわ。でも貴方と一緒に寝たいって思ったからよ」

 

 霊夢は表情を変えぬまま尋ねた。

 

「駄目かしら?」

 

 懐夢は首を振った。

 

「わかった。一緒に、寝る」

 

 懐夢が笑むと霊夢も笑み、明かりを消して布団の中へ滑り込んだ。

 それからちょっとして、懐夢が隣に入って来た。

 懐夢は胸元に顔を近付けて、すぅっと息を吸い込み、微笑んだ。

 

「霊夢の匂い……いい匂い……それに……とってもあったかい……」

 

 霊夢は懐夢の背に手を回して、その背中を撫でた。

 

「ほんと、貴方って私の匂い好きよね。どんな匂いなのかわかんないけど」

 

 懐夢は頷いた。

 

「大好きだよ……霊夢の匂いも、霊夢の事も」

 

 霊夢は少し驚いたような表情をして懐夢の顔を見た。

 

「私の事も……好き?」

 

 懐夢は霊夢の胸元に顔を埋め、呟くように言った。

 

「僕にとって霊夢の傍が一番あったかい場所で、この幻想郷で絶対僕が帰って来れる場所。霊夢が居るから、僕は安心して出かけられて、帰って来れる。これまでもそうだったし、これからもそう……」

 

 擦り寄る懐夢を見て、霊夢は胸の中に嬉しさと愛しさが込み上げてくるのを感じた。

 この前、白蓮に「懐夢は貴方が大好きなんだそうですよ」と言われた時、どうして嬉しさを感じたのかわからなかったが、今になってようやくそれがわかった。

 

(私……この子が好きなんだ……)

 

 懐夢は初めて博麗神社(ここ)に来た時から自分の事を慕ってくれた。

 自分自身の事を何一つ隠さずに話してくれた。

 自分の話も、嫌がらず全部聞いてくれた。

 自分との生活が楽しいと言ってくれた。

 突然貴方の拠り所になると言い出した自分を受け入れてくれた。

 そして今、自分こそが帰る場所だと言ってくれた。

 自分の事が大好きだと、言ってくれた。

 自分の事を、好きでいてくれている。

 

 そんな懐夢が、自分も好きになっていたのだ。

 懐夢が好きだから、大好きと言われて嬉しさと愛しさを感じるのだ。

 

 霊夢は懐夢の頭に手を伸ばし、その髪の毛を撫でた。少し長いそれは、絹のように柔らかな手触りだった。

 懐夢は気持ちよさそうにして、僅かに口を動かし独り言のように言った。

 

「……これからもずっと霊夢と一緒にいたい……ずっと……ずっと……」

 

 霊夢は両手でぎゅっと懐夢を抱き締めた。

 

「……私も好きよ懐夢。それに私も、貴方とずっと一緒にいたいわ。貴方は、私の大切な子だから」

 

 霊夢はそのまま、懐夢の髪の毛に顔を埋めた。

 

「ずっと貴方を……守るわ」

 

 懐夢から返事は帰って来なかった。

 どうしたのだろうと思ってその顔を見てみたところ、懐夢はくぅくぅと寝息を立てて、気持ちよさそうに眠っていた。

 その寝顔を見て、霊夢は微笑んだ。また、愛しさが込み上げてきた。

 霊夢はすやすやと眠る懐夢の頬を指先で軽くくすぐると、ゆっくりと瞳を閉じた。

 

(何が何でも……この子に取り憑く妖魔を出さなければ……)

 

 霊夢はそう決心すると、眠りの中へ落ちた。

 

 


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