東方双夢譚   作:クジュラ・レイ

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6 龍の式神

 霊夢はふと思った。

 近頃弾幕ごっこをしたのはいつ頃だっただろうか。遊びの一環としてスペルカードを使ったのはいつだっただろうか。

 近頃はこちらに本気で殺しにかかってくる謎の妖怪や今戦っている式神などとの命をかけた戦いばかりで、気を抜いて、いつもの遊びの感覚でスペルカードを撃った事が無い。今もこうして龍式神がこちらに本気で殺しにかかってきているから、本気で攻撃を避け、本気で攻撃を仕掛けなければならない。……いつになったらいつもの遊びの感覚に戻る事が出来るのだろうか。

 

「とっとと倒れなさい!」

 

 迫り来る龍式神の槍の切っ先を避け、龍式神が隙を作ったところで霊夢はスペルカードを発動させる。

 

「霊符「夢想封印」!!」

 

 霊夢の宣言の直後、その両手に七色の光が集い、その両手を振るうと七色の光は弾となって龍式神へ向かい、やがて龍式神の身体に直撃すると爆散した。しかし、その攻撃を喰らおうとも龍式神は何事もなかったかのようにしており、全くダメージを受けている様子が見られなかった。

 霊夢は驚いて、呟いた。

 

「攻撃が効いてない!?」

 

 それには紫が答えた。

 

「もっと威力を込めなければ駄目よ。こいつは、封印の場を守る最後の砦だから、ちょっとやそっとの攻撃じゃびくともしないわ!」

 

「最後の砦!? なんでそんなのが動き出して私達に襲いかかってるのよ!」

 

「わからないわ!」

 

 紫の言葉を聞いた直後、龍式神は槍を振り回し、霊夢を薙ぎ払おうとした。

 霊夢は驚き、咄嗟に後退して槍を避けたが、服の一部に槍の切っ先が当たり、その部分はすぱっと切れてしまった。

 切れた服を見て、霊夢は思わず息を呑んだ。少し掠っただけで服がこんなに綺麗にすぱっと切れた。もしこれほどの切れ味を誇る槍の刃が体に当たろうものならば、簡単に真っ二つにされてしまう事だろう。

 

「なんて切れ味……砥石で丹念に研いだのかしら?」

 

 霊夢が言った直後、龍式神は槍を構え直し、刃で一刀両断するかのように振り下ろしてきた。霊夢は真上からの刃の急襲を右方向に飛んで回避。その場で再度スペルカードを発動させた。

 

「神霊「夢想封印」ッ!!」

 

 霊夢が先程よりも強く叫ぶとその両手に七色の強い光が集い、先程の物よりも大きな光弾となって龍式神の元へ飛んだ。やがて龍式神に直撃するや否、大爆発を引き起こし、龍式神を呑み込んだ。

 爆発に呑まれた龍式神は大きくよろけてその場に跪き、それを見た紫は跪く龍式神に追い打ちを仕掛けた。

 

「幻巣「飛光虫ネスト」!」

 

 紫の宣言の直後、龍式神の周囲に無数の飛ぶ虫のような小さな光の球が出現。直後光の球は龍式神に向けてレーザー光線を照射し、龍式神を焼きながら飛び交った。

 しかしその数秒後、龍式神が突然立ち上がり、ぐおんっとその翼を羽ばたかせ、暴風を起こした。暴風は龍式神の周りを飛び交う光の球を押し流し、流された光の球はやがて壁に激突して、そのまま消えてしまった。

 それを見た霊夢は思わず驚いて声を上げた。

 

「紫のスペルカードを吹き消した!?」

 

 紫も息を呑んだ。

 

「想像以上ね……流石あの子の子供達……」

 

 紫が呟いた直後、龍式神は槍を振り回すのをやめて、その切っ先で紫を貫こうとした。

 紫は真後ろの空間にスキマを開き、その中に飛び込んで槍による攻撃を回避。龍式神は突然いなくなった目標に戸惑い、辺りをきょろきょろと見回した。

 直後、龍式神の背後にスキマが出現し、消えた紫がその中から飛び出し、龍式神へ突撃して真後ろについた。

 

「隙だらけよ! 境符「四重結界」!!」

 

 紫が宣言して両手を前へ突き出した直後、紫の両手に四重に重ねられた結界が出現し、結界から強力な衝撃波が前方へ発射され、龍式神の背中を直撃。衝撃波を受けた龍式神は前のめりになって倒れ込んだ。

 それを見て、霊夢は呟いた。

 

「やったの……?」

 

 直後、龍式神はすぐに起き上って紫と霊夢の方を向き、槍を構え直した。

 霊夢は吃驚して思わず身構え直した。

 

「紫の一撃を喰らったのにまだ倒れないっていうの!」

 

 紫が答える。

 

「でもダメージはしっかりと受けているわ。このまま攻めれば、いつか必ず倒せるわ!」

 

 霊夢が紫の隣に飛び、更に言う。

 

「いつかって、いつぐらい!?」

 

 紫は微笑んだ。

 

「そんなのわからないわ。まぁ、噛み砕いて言えばとりあえず攻撃し続けろって事ね」

 

 紫の言葉に霊夢が呆れたそのすぐ後、龍式神はかっとその口を大きく開いた。

 それに二人が気付くと、龍式神の口の中は白く光り始め、それを見た霊夢が言った。

 

「ちょ、何かやろうとしてないあれ?」

 

 紫は再度微笑んだ。

 

「えぇ。何かするつもりね。いつでも回避行動をとれるようにしなさい」

 

 紫はそう言うと背後にスキマを開き、その中へ飛び込んで消えてしまった。

 その場に残された霊夢は思わず焦り、紫を呼んだ。

 

「ちょ、紫!? なんで私だけ置いて行くのよ!」

 

 焦って辺りを見回すと、その時目に龍式神の口が映った。

 龍式神の口の中の光は一層強さを増しており、まるで何かを放とうとしているように見えた。

 それを見て、霊夢は冷や汗を垂らした。

 

「な、何吐くつもり……?」

 

 霊夢が呟いた直後、龍式神は口の中に溜めていたものを放った。

 それは、霊夢の放つ「夢想封印」によく似た色を放つ光弾で、放たれた光弾は真っ直ぐ霊夢の元へ飛んだ。

 霊夢は思わず吃驚して、慌てて右方向へ回避行動をとった。光弾は霊夢から外れたが、壁に当たる寸前でぎゅんっと方向転換し、再び霊夢へ突撃してきた。

 

「なッ!?」

 

 霊夢は光弾が戻ってきた事に驚き、再度回避行動をとって光弾を回避するが、光弾はすぐに方向転換して霊夢へ戻って来る。何度回避しても、その都度光弾は方向転換して戻ってくる。その誘導力はまるで、自分の放つ夢想封印そのものだった。

 

「くッ!!」

 

 霊夢は迫り来た光弾をもう一度回避すると、壁のすぐ近くに飛び、光弾を見た。光弾は猛スピードでこちらに向かって飛んできていた。そして、光弾が霊夢に直撃しようとしたその時霊夢は咄嗟に上方向へ飛び上がり、光弾を回避。光弾はそのまま壁に突っ込み、炸裂して消滅した。

 霊夢は再び龍式神を見て、息を呑んだ。

 

(今の……)

 

 明らかに、自分の放つ夢想封印によく似ていた。いや、もしかしたら、「同じ技」なのかもしれない。

 

「何で夢想封印が使えるの……?

 博麗の巫女が……生み出した存在だから……!?」

 

 霊夢が言った直後、龍式神は再度口を開き、口内を光らせ始めた。

 どうやら、もう一度あれを撃つつもりらしい。

 

「またやるのね……今度は一方的にやらせたりしないわ!」

 

 霊夢が身構えたその直後に、龍式神は再び七色に光る光弾を放った。

 光弾は霊夢目掛けて真っ直ぐ飛び、やがてすぐ目の前まで来ると、霊夢は右方向へ素早く動いて光弾を回避。目標を見失った光弾は壁にぶつかり炸裂、消滅した。

 その直後、霊夢はスペルカードを発動させた。

 

「神霊「夢想封印」!!」

 

 霊夢の宣言の後その両手に七色の強い光が集い、大きな光弾となって龍式神のあんぐりと開いた口の中目掛けて飛び、やがて龍式神の口の中に入り込み、そこで炸裂し、大爆発を引き起こした。

 龍式神は口の中を爆破されるや否、苦悶の咆哮を上げて後退した。

 龍式神に攻撃が通じたのを見て、霊夢は言った。

 

「どうよ! 口の中を爆破されたら、たまんないでしょ!」

 

 霊夢が誇らしげに言ったその時、どこからか声が聞こえてきた。

 

「考えたものね。霊夢」

 

 霊夢は辺りをきょろきょろと見回した。

 

「え、何?」

 

「廃線「ぶらり廃駅下車の旅」!!」

 

 声の直後龍式神の真後ろに巨大なスキマが出現し、中から何かが飛び出してきた。

 それは、ぼろぼろになった外の世界で使われているという電車だった。

 電車はスキマから飛び出すなり真っ直ぐ龍式神へ突進し、やがて直撃。電車の突進を受けた龍式神は思い切り上空へ跳ねあげられ、床に大きな音をたてて落ちた。龍式神を撥ねたぼろぼろの電車はそのまま真っ直ぐ走り続け、壁に突っ込もうとしたがその壁に電車が出てきたのと同じくらい巨大なスキマが出現し、電車はその中に吸い込まれるかのように消えて行った。

 

 突然の事に霊夢はあんぐりと口を開けてしまった。何が起きたのか、さっぱりわからない。

 

「え、なに、今の……?」

 

 霊夢が言った直後、また声が聞こえてきた。

 

「私のスペルカードだけど?」

 

 霊夢が辺りを見回すと、霊夢のすぐ隣にスキマが出現し、中から紫が出てきた。

 突然の紫に出現に霊夢は吃驚した。

 

「紫……今までどこ行ってたのよ! 私だけこの場に置いちゃって!」

 

 紫は苦笑いした。

 

「あいつの放つ光弾、妖怪にすごい効果を持つ攻撃でね。私が喰らったら結構拙いから、逃げてたのよ。まぁ人間である貴方は怪我をするだけで済むんだけどね」

 

 霊夢は怒った。

 

「いやいや、人間の私でもあんなの喰らったら普通の怪我じゃ済まないって!」

 

 その時、龍式神が咆哮を上げ、霊夢と紫は何事かと思ってその方を見た。

 龍式神は息を荒げ、目を赤く光らせていた。よく見てみればその目つきも今までとは比べ物にならないほど凶暴なものになっている。

 

「え、どうしたのあれ」

 

 霊夢の尋ねに紫は答える。

 

「どうやら怒っちゃったみたいね。電車に撥ねられて」

 

 紫の率直な答えに霊夢は顔を顰めた。

 

「あんたのせいでしょうが!」

 

 霊夢が怒鳴ったその時、怒れる龍式神の槍の切っ先が霊夢と紫の元に飛んできた。

 二人は驚き、咄嗟に回避行動をとったが、槍の切っ先が霊夢は袖に、紫はスカートの裾に当たり、その部分がすぱっと切れた。

 それを目の当たりにした霊夢は焦った。先程よりも攻撃速度が上がっている。

 

「ちょっ、さっきより攻撃が早くなってる!?」

 

 紫が冷静に龍式神を見ながら答える。

 

「怒っているのだから当然でしょう。気を付けなさい」

 

 霊夢は紫を見て言い返す。

 

「あんたもね!」

 

 霊夢が言った直後、霊夢に再び龍式神の槍が迫って来た。それも、先程よりも高速で。

 しかし霊夢はそれらをひらりと避け、その次の瞬間、再度スペルカードを発動させた。

 

「神霊「夢想封印」!!」

 

 霊夢の宣言の後、両手に七色の強い光が集い、大きな光弾となって龍式神に飛んだ。

 やがてそれらが龍式神の身体に着弾すると、光と衝撃波を出して炸裂し、それに巻き込まれた龍式神はよろけたかのように思えた。

 しかし、光弾の直撃を受けても龍式神は平然としており、直後霊夢に仕返しをするかのように槍を振り回した。自分の放った光弾に耐えた龍式神に霊夢は驚いたが、すぐに槍の接近を察知してスペルカードを発動させた。

 

「夢符「二重結界」!!」

 

 霊夢の宣言のすぐ後に目の前に二重に重ねられた結界が出現し、霊夢に迫って来た槍の切っ先を弾き返した。が、槍の切っ先が結界に衝突した時、想定を超えた衝撃が霊夢の体に圧し掛かり、霊夢は後退した。

 

「ぐっ……防いだのに押されるなんて……」

 

 どうやら、龍式神は速度だけではなく攻撃力も上がっているらしい。

 もしも、今の攻撃を防がなかったら、即死していたかもしれない。いや、例え即死を逃れたとしても瀕死の重傷を負っていたに違いない。

 

「そもそもこいつ、ちゃんと弱ってるのかしら。全く弱ってる様子が見えないんだけど」

 

 霊夢が呟くと、紫が答えた。

 紫によれば、弱ってはきているそうだ。現にこいつが今怒っているという事は、そこまで追い詰める事が出来ているという事らしい。

 それを聞いた霊夢は紫を見た。

 

「じゃあ、もうひと押しで倒せるかもしれないのね!?」

 

 紫は頷く。

 

「えぇ、もうひと頑張りよ霊夢!」

 

 紫が霊夢を見て言ったその時、龍式神が今度は紫に狙いを定めて槍を振り回した。

 霊夢は紫に槍の切っ先が襲いかかろうとしている事に気付き、慌てて声をかけた。

 

「紫、危ないッ!!」

 

「え?」

 

 次の瞬間、槍の切っ先は紫の横腹を切り裂いた。

 

「ぐあはッ!!」

 

 紫は苦悶の声を上げて地面へ落ち、傷口を抑えて地面に蹲った。傷口の方を見てみれば、傷口周辺の服がどす黒く染まっていた。

 霊夢は顔を青褪めさせて、叫んだ。

 

「紫ッ!」

 

 紫は傷口を抑えて顔を顰めながら、霊夢へ叫んだ。

 

「霊夢! 油断しては駄目!!」

 

 紫の叫びに霊夢が一瞬きょとんとした瞬間、龍式神がぐおんと身体を回し、遠心力を纏った長く太い尻尾で霊夢を薙ぎ払った。霊夢の身体はまるで強風の前に置かれた塵のように吹っ飛ばされ、やがて轟音を立てて壁に衝突し、めりこんだ。

 

「かはッ……」

 

 霊夢は力なく地面へ落ち、そのまま倒れ込んだ。

 それを見た紫もまた顔を青褪めさせ。叫んだ。

 

「霊夢ッ!!」

 

 紫の声を聞いて、霊夢は起き上がろうとしたが、全身に強く鈍い痛みが走り、視界がぐらぐらとして動けなかった。しかも、龍式神の尻尾に当たり壁に衝突した時、肺に強い衝撃が走ったのか、全く呼吸が出来ない。

 

「あ……ぐ……」

 

 霊夢は必死に顔を動かして龍式神の方を見た。

 視界がぐらぐらと揺れはいたものの、龍式神が怒り狂って槍を何度も何度も振りまわして吼えているのが見えた。恐らく、あの行動を終えた後こちらに襲いかかり、止めを刺すつもりでいるのだろう。その前に動き出さなければ殺される。

 

「……はぁッ!!」

 

 霊夢は大きく息を吸い、吐くと痛む手を動かし、懐から術式の書かれた札を五枚ほど取り出し、自らの身体に貼り付けると胸の前に手を持ってきて人差し指と中指を立てた。

 

「活ッ……!!」

 

 霊夢が呟いた次の瞬間、霊夢の身体に貼り付いていた札が柔らかい光となり、霊夢の身体に吸い込まれるように消えた。直後、全身を襲っていた鈍い痛みは消え、呼吸も元通りになった。これは緊急時によく使う治癒術だ。

 

「動ける……!」

 

 霊夢が呟き、動き出そうとしたのと同時に龍式神も動きだし、止めを刺そうと槍の切っ先を霊夢に向けて振り下ろした。

 

「ッ!」

 

 霊夢は龍式神の槍の接近を咄嗟に感じ取り、右方向へ地面を転がって槍を回避。槍は霊夢の元いた場所に轟音を立てて突き刺さった。その隙を突いて霊夢は上空へ舞い上がり、龍式神に向けて力を軽く力を溜めた。

 

「よくもやってくれたわね……とびっきりでかいのぶちかましてあげるわ!!」

 

 霊夢は叫ぶと溜めた力を解き放ち、スペルカードを発動させた。

 

「宝具「陰陽鬼神玉」!!」

 

 霊夢が両手を前に突き出すと霊夢の身の丈を超える巨大な光玉が目の前に出現し、それは怒れる龍式神の元に一目散に飛んだ。そして、それが龍式神に直撃すると炸裂し、光の大爆発を引き起こした。龍式神は爆発に呑まれ、口を大きく開けて怯んだ。

 その隙を突き、霊夢は龍式神に向けて再度スペルカードを放った。

 

「神霊「夢想封印」ッ!!」

 

 霊夢の両手に強い光が集い、やがてそれはいくつもの大きな光弾となって龍式神の開いた口の中へ飛んだ。

 そして、それらが龍式神の口の中に到達したその次の瞬間、光弾は一斉に炸裂、爆発し、龍式神の口の中を吹き飛ばした。再び口の中を爆破された龍式神はたまらず苦悶の咆哮を上げて大きく後退し、やがて地面へ倒れ込んだ。

 そのまま、龍式神は動かなくなった。

 霊夢は地面へ降りて倒れる龍式神をじっと見た。

 

「やったの……?」

 

 霊夢が呟いた次の瞬間、龍式神の身体は見る見るうちに光となり、すぐに消えてしまった。どうやら、倒す事に成功したらしい。

 

「やっと……倒せた……」

 

 霊夢は龍式神が倒れた事を確認すると、地面に座り込んだ。ようやく龍式神を倒せたという達成感と安堵感によって力が抜けてしまったのだ。

 だが、霊夢はすぐに立ち上がり、重傷を負って床に倒れる紫の元へ走った。

 

「紫! 大丈夫!?」

 

 紫は顔上げて霊夢を見た。顔には笑みを浮かべていたが、冷や汗をびっしょりとかいていた。

 

「霊夢……やったわね……」

 

「それよりもあんた、怪我の治療をしないと……!」

 

 霊夢は紫の身体の血でどす黒く染まっている部分を見たが、紫が手で押さえているせいで肝心な傷口が見えなかった。

 

「紫、痛むだろうけど手を退けて」

 

霊夢の指示に紫は頷き、ゆっくりとその手を傷口から離すと、赤黒く醜い傷口が現れた。すっぱりと斬れた深い傷口だった。そこから流れてくる鉄にも似た臭いと血腥い臭いが鼻をついたが、霊夢は気にせず懐から先程の治癒術に使ったものと同じ札を六枚ほど取り出し、その一枚目を傷口に貼り付けた。

 その時、紫が顔を顰めて呻いたが、霊夢は「我慢なさい」と言い、六枚すべてを傷口とその周囲に貼り付け、やがて先程のものと同じ治癒術を発動させた。直後、紫の身体に貼り付けられた札は暖かく柔らかい光となって紫の身体に吸い込まれるように消え、紫の横腹の大きな傷は見る見るうちに閉じて消えた。

 ひとまず、これで治療完了だ。

 

「傷口は閉じたわ。痛みの方は? まだ痛んだりする?」

 

 霊夢の問いかけに紫は首を振った。

 

「痛みも嘘みたいに引いてる。今なら立てるわ」

 

 紫はゆっくりと身体を起こし、霊夢と目を合わせて笑んだ。

 

「ありがとう霊夢。随分と高度な術を使えるようになったわね」

 

 霊夢は答える。

 

「もともと先代巫女(かあさん)の使ってた術だけど、まだそれには及んでないし、不完全なものよ。下手に動いたら、簡単に傷口開くわよ」

 

「それでも、ここまでできれば上出来よ」

 

 紫は立ち上がって、龍式神の方を見た。

 

「それにしても、最終防衛ラインの式神が動き出してしまうなんて……」

 

 霊夢は目を半開きにして紫を見た。

 

「何が『博麗の巫女と幻想郷の大賢者は襲わない』よ。思いっきり襲いかかってきてんじゃない。よくも騙してくれたものね」

 

 紫は霊夢と目を合わせた。

 

「いいえ。封印された巫女の作った式神は完璧よ。現に、貴方の母親である先代巫女を含めた歴代の巫女達がここに来た時、全然反応を示さなかったもの。反応を示したのは、貴方が初めてよ」

 

 霊夢は目を丸くした。

 

「こいつが動き出したのは私が初めてですって? 何よそれ! 私に博麗の巫女の資格がないとでも言うの!?」

 

 怒鳴る霊夢に紫は首を振った。

 

「そんな事は断じてないわ。現に貴方は先代巫女から力をちゃんと継承しているもの」

 

 霊夢は噛み付くように言った。

 

「じゃあ何であいつは襲いかかってきたのよ」

 

 紫は首を横に振り、困ったような表情を浮かべる。

 

「それがわからないから私も困っているのよ。なんで動き出して……」

 

 霊夢は「あー!」と大きな声を出した。

 

「もういいわ! さっき調べようとしたもののところ行くわよ!」

 

 霊夢はそう言うと紫から目線を逸らし、先程見つけた新緑色の光を放つものの方を向き、その方へ歩き出した。紫もその後を追い、やがて霊夢に追いついて、隣に並んで歩いた。

 少し歩くと、光を放つものの形がはっきりと見えてきた。新緑色の光を放つものは、台座に突き刺さった少し複雑な形をした新緑色の両刃剣だった。

 それを見て、霊夢は驚いた。

 

「剣だ……しかも新緑色の刃で少し複雑な形をしてる……」

 

 その時、霊夢の頭の中に一筋の光が走った。

 少し複雑な形は違うが、新緑色の両刃剣と言えば、童子や懐夢や母の話に出てきた、魔神八俣遠呂智を封印した伝説の聖剣、草薙剣の特徴と同じだ。まさか、これがあの伝説に登場した草薙剣だとでもいうのだろうか。

 

「これって、もしかして……!」

 

 霊夢が言いかけると、紫が割り込むように言った。

 

「そうよ。これこそが、八俣遠呂智を封印した神器、草薙剣」

 

 霊夢は目を丸くして紫を見た。

 

「これが草薙剣!?」

 

 紫はゆっくりと草薙剣に近寄った。

 

「同時に、八俣遠呂智の封印を司るもの」

 

 霊夢は驚いた。

 

「八俣遠呂智の封印を司るもの……ですって?」

 

 紫は頷いた。

 

「えぇ」

 

 紫によると、八俣遠呂智の封印の要にも草薙剣は使われたらしく、この剣が抜けてしまうと、八俣遠呂智の封印が解けてしまうらしい。

 それを聞いて、霊夢は思わず背筋を凍らせた。

 

「その剣が抜けたら、ほんとに封印が解けるの?」

 

 紫は表情を変えぬまま言った。

 

「いいえ。この剣が抜ければ、封印が大きく弱まるだけ。その時に手を打つ事が出来れば再度封印が出来る。でもね、もしその時失敗してしまえば……」

 

 霊夢は答える。

 

「……八俣遠呂智が復活する?」

 

 紫は頷いた。

 

「えぇ。八俣遠呂智が復活して、幻想郷は混沌に呑み込まれるわ。それだけじゃない。八俣遠呂智が復活して幻想郷で暴れていた当時よりも、もっと壮絶な事が起きるかもしれないわ」

 

 霊夢は目を丸くした。

 

「え、それってどんな?」

 

 紫は首を横に振った。

 

「教える必要はないわ。あくまで可能性の一つだから」

 

 霊夢は顔を顰めた。

 

「何よ。教えてくれたっていいじゃない」

 

「いいの貴方は知らなくて。さぁ、ここでの用事は済んだわ。帰りましょう」

 

 霊夢は言われて吃驚した。

 

「え! 帰るの!?」

 

 紫は首を傾げて霊夢を見た。

 

「えぇ。だって私の今回の目的は貴方に草薙剣が実在していて、そしてそれが八俣遠呂智の封印の鍵である事教える事だったからね。目的は達成されたから、もうここには用は無いわ」

 

 紫は先程まで傷のあったところを抑えた。

 

「それに、思わぬハプニングのせいで大怪我しちゃったからねぇ。早く休まないといけないし」

 

 霊夢はどこか紫の言葉が腑に落ちなかったが、とりあえず頷いた。

 紫にかけた治癒術は応急処置程度のもので、傷を軽く塞いだだけに過ぎない。早く帰って、じっくり治癒術をかけてやった方がいい。

 

「それもそうね……わかったわ。帰りましょう」

 

 霊夢はそう言うと、出口の方を向き、歩き出した。しかし、その直後ある事を思い付いて立ち止まり、振り返って紫と目を合わせた。

 

「あ、そうだ紫」

 

 紫は首を傾げる。

 

「何かしら?」

 

 霊夢は台座に刺さる草薙剣を見て、再度紫と目を合わせた。

 

「草薙剣って引き抜けるの?」

 

 紫は振り向いて草薙剣を一目見て、霊夢の方へ視線を戻し、頷いた。

 

「抜けるわよ。ただし、強力な術が施されているから、大賢者か博麗の巫女しか抜けないようになってる。だから、誰かに引き抜かれるなんて事は無いわよ」

 

 霊夢はそれを聞いて安心した。大賢者と博麗の巫女しか抜けないようになっているのならば、誰かのいたずらによって引き抜かれるような事は無い。

 

「なるほど……安心した。帰りましょうか」

 

「えぇ」

 

 霊夢と紫は出口へ向かい、やがて神殿を出て、扉を閉めて鍵を全て抜くと、天狗の里を目指して来た道を戻った。

 


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