東方双夢譚   作:クジュラ・レイ

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5 蛇神眠る地

 霊夢と紫は三つの鍵を持ち、八俣遠呂智の封印の地へ向かうべく妖怪の山の山中を歩いていた。何故歩いているのかというと、紫によれば空から進入できる場所ではないからで、山の中を歩いて行くしかそこへ辿り着く方法は無いからだという。

 道中、霊夢は顔や体に止まり、血を吸おうとして来る蚊を何匹も手で叩き落としていた。

 

「なんなのよもう! 藪蚊(やぶか)だらけじゃないのッ」

 

 紫が苦笑いする。

 

「仕方ないわ。この辺りには人間の血液を吸う事を何よりも好む蚊が沢山居るからね。まぁでも、外の世界に病気の素を持った蚊じゃないだけマシだと思いなさい」

 

 霊夢は紫を見る。

 

「病気の素を持ってる蚊? そんなのがいるわけ?」

 

 紫は頷く。

 

「いるわよ。マラリアっていう感染症でね、それを持った蚊に刺されると否応なしに発症させられてしまうわ。しかもこのマラリア、致死率も高いって話よ」

 

「蚊に刺されて病気になり、そのままぽっくりかい。たまったもんじゃないわね」

 

「まぁ、この国ではそんなのを持った蚊なんかいないんだけどね」

 

 霊夢が蚊を落としながら溜息を吐く。

 

「あぁもう! 蚊取り線香でも持ってくれば良かったわ」

 

 紫が顔に苦笑を浮かべる。

 

「あんな大きいのを持ってくるの? それなら河童の作った虫除けスプレーっていうのを使った方が効率がいいんじゃないかしら」

 

 霊夢は眉間にしわを寄せた。

 

「知らないわよそんなの。あぁ、早く封印の地に着かないかしら。そこなら蚊もいないだろうし」

 

 紫が表情を真顔に戻した。

 

「いないわよ。蚊一匹すら入れないような厳重な守りを敷いているからね」

 

 霊夢は紫を再度見た。

 

「そこまでするんだ。よっぽど他の人には入られたくない場所のようね」

 

 紫は頷く。

 

「えぇ。博麗の巫女と幻想郷の大賢者以外、絶対に入ってはならない場所として作り上げたからね」

 

 霊夢は目を丸くした。

 

「作り上げた? え、そこってあんた達が作った場所なわけ?」

 

 紫は視線を目の前に戻した。

 

「詳しい事は封印の地に着いたら話すわ。今は歩きましょう」

 

 紫の言葉がどうも腑に落ちなかったが、霊夢はひとまず頷き、目の前に視線を戻して、顔や体にへばりついてくる蚊を手で払い落しながら歩みを進めた。

 しばらく歩いていると、大きな扉が取り付けられた断崖が見えてきた。

 扉の形が完全に見えるほどの距離の場所で二人は立ち止まり、霊夢は自然豊かな辺りの風景に似合わぬ扉の出現に、目を細めた。

 

「何か物凄く不自然な扉があるんですけど」

 

 紫はゆっくり扉に歩み寄り、その前まで来たところで立ち止まり、その位置から霊夢に言った。

 

「これが、八俣遠呂智の封印の地に続く扉よ」

 

 霊夢は紫の隣まで歩き、やがて立ち止まると両手を腰に当てて扉を見回した。

 扉は霊夢の身の丈の五倍ほどの大きさで、全体的に灰色の堅そうな石で出来ていた。よく見てみればところどころに蛇の模様が彫られていて、鍵穴が三つある。

 

「これが封印の地への入口かぁ……随分と大きい扉ね」

 

 呟いた後、霊夢は周りを見回して気が付いた。

 ……辺りがとてつもなく静かだ。先程まで五月蠅いほど飛んできていた蚊も、そのほかの動物達と虫達の気配も完全に消えてしまっている。

丁度、先程寄って来た守矢神社の石段の前のようだ。

 

「ん、どうしたの霊夢?」

 

 紫に声をかけられると、霊夢は辺りを見回しながら答えた。

 

「紫……ここ、何でこんなに静かなの? さっきまでいた蚊とか、鳥とか、全部いなくなっちゃってるんだけど……」

 

 紫は表情を引き締めて言った。

 この扉には全ての生き物を退ける力が宿されており、生き物達はその力を放つ扉を嫌がって寄ってこないという。ちなみに、この力は人間も感じるそうで、この扉に近付いた人間曰く「扉に近付いた途端絶対に近寄りたくないような不快感に襲われた」だそうだ。

 

「貴方は博麗の巫女だから何も感じないのだろうけど」

 

 霊夢はフンフンと頷いて、納得したような表情を浮かべた。

 

「なるほど、だから博麗の巫女と幻想郷の大賢者しか入れない扉なのね」

 

 紫は苦笑いした。

 

「正確には、この封印の地そのものにそういう力を放つよう設定してあるんだけどね」

 

 紫は霊夢の方を向いた後、懐から二本の鍵を取り出して霊夢に差し出した。

 

「さぁ霊夢。扉を開けなさい」

 

 霊夢は懐から大天狗から借りた鍵を取り出すと紫から二本の鍵を受け取り、扉に近付き、三つの鍵穴に全ての鍵を差して回した。

 がちゃり。という金属音にも似た音が鳴り、次の瞬間、大きな石の扉は轟音を立てて勝手に動き、開いた。

 それを見て、霊夢は思わず驚いてしまった。

 

「……外の世界では一般的な『自動ドア』ってやつ?」

 

 紫は霊夢の言葉には答えず、呟いた。

 

「さぁ、いくわよ」

 

 紫は開いた扉の奥へ進み出し、霊夢も慌ててその後を追った。

 

 封印の地の中に入って、霊夢は立ち止まり、驚いた。

 

「ここが……八俣遠呂智の封印の地……?」

 

 封印の地は、雪のように真っ白い石柱と石畳と石壁で構成されている神々しい神殿のようだった。しかも部屋はここだけではないらしく、目の前には長い廊下が、辺りには通路がある。どうやら、かなりの規模で作られているらしい。

 

「こんなに神々しい場所が魔神の封印の地なんて、何か複雑」

 

 紫が辺りを見回しながら答える。

 

「ここは童子の力によって作られた場所だから、これが彼の趣味なんでしょうね」

 

 霊夢は驚いて紫と目を合わせた。

 

「えぇっ! ここ童子さんが作った場所なの?」

 

 紫は頷いた。

 

「えぇ。貴方も神社が倒壊した時、萃香の力で神社を建て直してもらったでしょう? 彼も、同じような力を使う事が出来るのよ」

 

 霊夢は顎に手を添えてもう一度辺りを見回した。

 

「たった一人で神殿を建設か……今度頼んで博麗神宮とか建ててもらおうかしら」

 

「無理だと思うわ。あぁ見えてそんな頼みとか聞かない人だからあの人」

 

 霊夢は苦笑いした。

 

「冗談よ。いくら私でもそんなに人をこき使ったりしないわ」

 

 霊夢は表情を戻した。

 

「ところで、これからどうすればいいの?」

 

 紫は奥の廊下を見た。

 

「私に付いてきなさい。ここの最奥部に八俣遠呂智の封印の鍵があるから、それを貴方に見せてあげる」

 

 そう言って、紫は歩き出した。霊夢は少し慌てた様子でその後を追い、やがてその隣まで来ると紫と並んで歩き、神殿の最奥部を目指した。

 その時、霊夢は辺りを見回して軽く驚いた。神殿のあちこちに、白と赤を基調とした西洋式と日本式が混ざり合っているような甲冑を身に纏った騎士のような何かが徘徊している。霊夢はこの騎士のような何かを不気味がり、紫に声をかけた。

 

「ね、ねぇ紫。あの徘徊してる武士みたいで騎士みたいなあれは何なの?」

 

 紫は霊夢の指すものを見た。

 

「あれが神殿を守る式神達よ。私達には何もしてこないから大丈夫よ」

 

 霊夢は「あぁ」と言って納得した。

 確かに、言われてみればそれっぽいものに見える。

 

「あれが式神かぁ。あのデザインは作った博麗の巫女の趣味?」

 

 紫は眉毛の上の辺りに人差し指を当てた。

 

「趣味っていうよりも、何も意識せず作り出したらあの形になったって言った方が妥当ね。私、その巫女が式神を作る瞬間見てるから」

 

 霊夢は目を丸くして紫を見た。

 

「何も意識せずに作ってあんなのになったの? あんな騎士みたいなのに?」

 

 紫は辺りをぐるっと見回した後、答えた。

 

「えぇ。あの子は歴代博麗の巫女の中で一番の実力者だったから、何も意識しなくても高性能で強い式神を作る事が出来たのよ」

 

 紫はある方向を指差した。

 

「見てごらんなさい」

 

 紫に言われて霊夢はその方向を見た。そこには、弓を持った軽装の式神と大きな剣を担いだ重装の式神と、大きな槌を持った同じく重装の式神が辺りを見回しながら徘徊していた。

 霊夢はそれらを見るなり、呟いた。

 

「装備の違うのがいるわね。あれらも、同じ式神なの?」

 

 紫は頷いた。

 

「この神殿は数種類の式神を配置する事によって守られているの。彼らは侵入者に、式神は一種類しかいないと思わせて油断させておいて、後々数種類の式神で叩くって戦法をとるわ」

 

 霊夢は少し驚いたように言った。

 

「あいつら、ちゃんと作戦まで立てれるの!?」

 

「えぇ。人語を喋る事は出来ないけれど一体一体高い知能を持ち合わせているわ。まぁ私の藍や橙には及ばないけれどね」

 

 霊夢は思わず息を呑んだ。既存の生き物などを式神にするならば高い知能と強い力を持つ式神は実現可能だが、術で『無』から強い力と高い知能を持ち合わせている式神を誕生させるのはそう簡単に、尚且つ誰でもできるような事ではない。それこそ、猛者の集う幻想郷の中で抜きんでた力を持つ者でなければ、出来ないだろう。

 

「八俣遠呂智を封印した博麗の巫女……一体何者なのよ。あんなものを作り出したり八俣遠呂智を倒して見せたり……」

 

 霊夢は紫と目を合わせた。

 

「そして、大罪とやらを犯してあんた達に封印されたり、語る事すら禁じられてたり」

 

 紫は霊夢から視線を逸らし、目の前の通路を見た。

 

「どの道、貴方が知るべき話ではないわ。……そう。あの子は誰にも知られない方がいいのよ……」

 

 紫の顔が悲しげになり、目に暗い影が浮かんだ。

 それを見て、霊夢はしばらく黙ったが、やがて口を開いて小さく溜息を吐いた。

 

「わかったわよ。あんたがそう言うなら、少し気になるけど、気にしない事にするわ。これ以上深入りしないでおいてあげる」

 

 紫は霊夢と目を合わせて、少しきょとんとしたような表情を浮かべたが、やがて微笑んだ。

 

「……ありがとう」

 

 霊夢はぷいっと紫から視線を逸らし、言った。

 

「さ、さっさと最奥部まで行くわよ。紫、案内を続けて頂戴」

 

 紫は頷き、案内を再開した。

 

「最奥部への道はこっちよ」

 

 霊夢は隣で歩く紫の言葉を聞きながら、歩き続けた。

 

 

     *

 

 

 辺りを徘徊する式神達を見ながら歩き続けていると、紫が話しかけてきた。

 

「ねぇ霊夢。少し話があるんだけど」

 

 霊夢は歩きながら視線を動かさず答える。

 

「それはここでするべき話?」

 

 紫は頷いた。

 

「えぇ。私と霊夢の二人きりだからできる話」

 

 霊夢は足を止めて、紫を見た。

紫もまた足を止めて、霊夢と視線を合わせた。

 

「何なのよ。言ってみなさい」

 

 霊夢が言うと、紫は静かに霊夢に尋ねた。

 

「懐夢との生活は、楽しい?」

 

 霊夢は首を傾げた。

 

「なんで? なんでそんな事を聞く必要があるの?」

 

 紫は答えず、再度尋ねる。

 

「答えて霊夢。懐夢との生活は楽しいの? 貴方は今、幸せ?」

 

 霊夢はどこか腑に落ちない気を感じたが、やがて答えた。

 

「えぇ楽しいわ。毎日幸せよ。っていうかこれ前に言ったような気がするんだけど」

 

 紫は表情を変えずに言った。

 

「そう。もう元の生活に戻るつもりはない?」

 

 霊夢は少し首を傾げた。

 

「元の生活? 何よそれ」

 

「貴方が博麗神社で一人で暮らす生活の事よ。懐夢が来る前の生活」

 

 霊夢は首を横に振った。

 

「戻るつもりはないわ。私はこれからもあの子と暮らしていくつもりだから」

 

 その後霊夢は紫を睨んだ。

 

「何よ。まだ懐夢を手放しなさいとかいうわけ? まだあの子を疫病神扱いするわけ?」

 

 紫は首を振った。

 

「そういうわけじゃないわよ」

 

 紫は更に霊夢に尋ねた。

 

「続けて聞くけど、貴方にとって懐夢は何なの?」

 

 霊夢は眉を寄せた。

 

「何なのって……どういう事?」

 

「貴方にとって懐夢はどんな存在なのかって聞いてるの」

 

 霊夢は顎に手を添えて考える姿勢をとった。

 自分にとって懐夢はどのような存在なのか。あまり深々と考えた事はなかったが、割と簡単に答えを出せる問だった。

 霊夢はすぐに考える姿勢をやめて、紫と目を合わせた。

 

「……守りたい子よ。そして、弟のような子」

 

 紫は表情をわずかに険しくした。

 

「本当にそう思っているの?」

 

 霊夢は頷いた。

 

「本当にそう思ってるわ。っていうか、この場で嘘を吐く必要なんてあるの?」

 

 紫は少し俯き、黙った。

 霊夢は突然黙った紫を不思議がり、声をかけた。

 

「紫? どうかした?」

 

 紫はゆっくりと顔を上げた。

 

「懐夢を手放すつもりは、ないのね?」

 

 霊夢は紫を見たまま答える。

 

「手放すつもりはないわ」

 

 それを聞いた紫は目つきを少し鋭くして、更に尋ねた。

 

「彼を……失いたくない(・・・・・・)のね?」

 

 霊夢は少し目を丸くして眉をピクリと動かしたが、やがて言った。

 

「えぇ。あの子を失いたくなんかない。これからもずっといてほしいと思ってるわ」

 

 霊夢は紫と同じように目つきを鋭くした。

 

「というか、あんたはどうしてそんな事ばかり言うの? 私が懐夢と居ちゃ何か都合が悪いわけ?」

 

 霊夢は更に鋭い目つきで紫を睨んだ。

 

「それに、あの時聞きそびれたけど、あんたの言う懐夢が私に齎す災厄って何なのよ。どんな災厄をあの子が私に齎すって言うのよ。私が乗り越える事の出来ない災厄って、一体何なのよ?」

 

 その時、紫の顔が一気に緩み、明るくなった。

 

「……素晴らしいわ」

 

 霊夢はきょとんとする。

 

「え?」

 

 紫は瞳を輝かせて霊夢と目を合わせた。

 

「貴方……こんな短期間でそこまで他人を思えるようになるなんて! 大きく成長する事が出来たのね!」

 

 霊夢は思わず首を傾げてしまった。

 

「え、え? どういう事?」

 

 紫は微笑んだ。

 

「今まで貴方を試していたのよ。彼の事をどこまで思っているか、図るために」

 

 霊夢はきょとんとした。

 

「え? 試してた? 私を?」

 

 紫は頷いた。

 

「えぇ。貴方に色んな嘘を吐きかけてね。貴方はいつも、助けた人に諸事情あれば即座に突き放していた。簡単に見捨てていた。でも今回、貴方は彼を手放すとは言わなかった。そして、今もこうして彼との生活を楽しいと言っている。これって、大きくて素晴らしい成長じゃない?」

 

 霊夢は目を丸くした。

 

「え? っていう事は、あの子が私に災厄を齎す疫病神っていう話は……」

 

 紫はにっこりと笑んだ。

 

「みんな嘘よ。あそこまで言われれば、あの子を手放すんじゃないかって思ってたんだけど、霊夢、貴方はそんな予想を見事に裏切ってくれたわ」

 

 霊夢は少し眉を寄せた。

 

「そうだったの……全く回りくどい事をするものね」

 

 紫は苦笑いをした。

 

「回りくどくやらなきゃ試にならないでしょう。さてと、いろいろわかったところだし、さっさと八俣遠呂智の封印の場所まで行きましょう」

 

 紫はそう言うと、再び通路の奥へ向けて歩み出し、霊夢もその後を追って歩いた。

 そして紫に追いついたその時、ふと耳に小さな音が聞こえてきた。

 

「……もう……くれ……か……」

 

 霊夢は思わず立ち止まった。聞こえてきたのは声で、しかも紫の声だった。

 上手く聞き取れなかったが、紫は今何かを呟いた。

 

(なんて言ったんだろう……今確実に何か言ったような気がしたけど……)

 

 直後、紫は振り向き、不思議がるように霊夢を見た。

 

「霊夢? どうかしたの?」

 

 霊夢はハッと我に返り、紫に尋ねた。

 

「紫、あんた歩いてる時に何か言った?」

 

 紫は首を傾げた。

 

「何も言っていないけれど?」

 

「あんたから声が聞こえてきたような気がしたんだけど」

 

 紫は苦笑いした。

 

「きっと気のせいよ。ほら、早く奥まで行くわよ」

 

「あ……うん」

 

 霊夢は頷き、紫の隣に並ぶとそのまま歩き出した。

 

 しばらく歩き続けていると、大きな水場の上に伸びる道が見えてきた。

 二人はそのまま歩き続け、やがてその道の上に到達すると霊夢は深呼吸をした。

 水場があるおかげなのか、空気が少し澄んでいるように感じた。

 

「まさか水場があるなんて……童子さんも考えて作ったものね」

 

 紫は苦笑いした。

 

「そうでもないわよ。彼はそんなに手を込めて建物を作る人じゃないから」

 

 霊夢はふぅんと言った後、紫に尋ねた。

 

「そういえば結構歩いてるけど、最奥部はまだなの? まさか道を間違えたとか?」

 

 紫は首を横に振った。

 

「そんな事は無いわ。もうすぐ、最奥部へ続く階段が見えてくるはずよ」

 

 紫に言われて、少し歩き続けてみたところ、本当に下へ続く階段の前に辿り着いた。

 階段はどこか博麗神社の石段に良く似ていた。

 

「本当に階段があったわね」

 

 霊夢が呟くと紫が微笑んだ。

 

「ほら、道を間違えてなんかなかったでしょう? さ、早く降りましょう。この先に封印の場所があるわ」

 

 紫が階段を降り始めると、霊夢もその後に続いて階段を降り始めた。

 階段を降り切ると、そこには紅魔館のヴワル魔法図書館を軽くに越えてしまうほど広い部屋があった。

 近くの壁や、床を見てみてみたところ、色はこれまでと同じように雪のように真っ白で、壁には入口の扉と同じような蛇の模様が彫られている。そして、何よりとても静かだった。

 霊夢は部屋の広さに軽く驚きながら部屋を見回し、呟いた。

 

「随分と広い部屋に出たわね……ここが八俣遠呂智が封印されている場所?」

 

 紫は頷いた。

 

「そうよ。ここが、八俣遠呂智の封印の場所。奥を見てごらんなさい」

 

 紫は部屋の奥の方を指差した。

 その方向を見てみたところ、そこには新緑色に光る何かがあった。

 具体的な形は遠すぎて把握できない。

 

「何かあるわね」

 

 霊夢は呟いた後その光に向かって走り出した。

 その次の瞬間、霊夢の目の前に大きな何かが突然降ってきて、ドスンと大きな音を立てて床に着地。霊夢はそれが落ちてきた時発生した風圧によって大きく後退し、目を瞑った。

 

「霊夢!?」

 

 吃驚した紫が隣へやって来た頃に霊夢は目を開き、目の前に降ってきた何かを見た。

 霊夢は、思わず驚いた。

 

「え……ドラゴン……!?」

 

 霊夢と紫の目の前に現れた何か。それは、霊夢の身の丈を遥かに越える巨体を持ち、ほぼ全身に白と赤を基調とした西洋式の甲冑のような鎧を身に纏い、背中に鎧に覆われた巨大な翼を生やし、手に大きくて長い槍を持った、紅い目の西洋のドラゴンのような姿をしたものだった。勿論、霊夢にはこれが何なのかわからなかったが、鎧の形や色がこれまで見てきた神殿を守る式神達のものによく似ていた。

 

「紫、こいつは?」

 

 霊夢の問いかけに紫は答えた。

 

「こいつもこの神殿を守る式神よ。一番妖気や妖力に敏感で、神殿を守る数々の式神の中で強い力を持つ式神。簡単に名前を付けるなら『龍式神』といったところかしら」

 

 紫の答えを聞いた後、霊夢は目の前にいる龍式神を見た。

 龍式神は何やら敵を見るような眼で霊夢をじっと見ていた。今にも、あの槍をこちらに振り回してきそうな気すら感じる。

 

「なんかこっちに敵意を抱いているような眼で見てくるんだけど……」

 

 紫が少し笑みを浮かべながら答えた。

 

「大丈夫よ。これもそこらにいる式神と変わりなくて、博麗の巫女と大賢者には攻撃を仕掛けようとはしないから」

 

 その次の瞬間、龍式神の手が突然動き、槍の切っ先で霊夢を突こうとしてきた。霊夢は驚き、素早く左方向へ回避行動をとり、間一髪龍式神の槍を避けた。

 

「ちょっ! 何で攻撃してくるのよ!?」

 

 霊夢が攻撃を避けると、龍式神はまるで追い打ちをかけるように霊夢へ更に攻撃を仕掛けた。

紫も驚いた様子で龍式神を見た。

式神は原則として博麗の巫女と幻想郷の大賢者を襲ったりはしないはずだ。だのに、今龍式神は博麗の巫女である霊夢に攻撃を仕掛けている。まさか霊夢を博麗の巫女と認識できていないとでも言うのだろうか。

 考えたその時、霊夢の怒鳴り声が聞こえてきた。

 

「紫! こいつ一体どうなってんのよ! なんで私に攻撃を仕掛けてくるのよ!?」

 

 紫は霊夢に答えを返した。

 

「わからないわ!」

 

 龍式神の槍を避けながら、霊夢はもう一度怒鳴った。

 

「なにそれ! っていうか、こいつどうすりゃいいの!? このままじゃ封印の場とかいうところに行く事できないんだけど!」

 

 紫は答えた。

 

「倒すしかないわ! 障害を取り除くのよ!」

 

 霊夢は懐から大幣と札を取り出し、身構えた。

 

「仕方ない。やったるわ! 紫、手伝って!」

 

 霊夢は紫に伝えるとジャンプして上空へ舞い上がり、紫もそれに続いて上空へ舞上がった。

 


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