東方双夢譚   作:クジュラ・レイ

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3 天狗の里

 翌日、博麗神社。

 霊夢と懐夢は妖怪の山へ行く準備をしていた。

 何故懐夢が一緒に行く事になっているのかというと、いつもどおり寺子屋に行ってみたところまたまた妹紅がいて、慧音の熱が下がらないから授業は無いと言って学童達を追い返していて、懐夢もまた妹紅に追い返されてしまい、仕方なくチルノ達の元へ寺子屋がない事を告げて帰ってきたところ、霊夢が妖怪の山へ向かう準備をしていたので、ついて行く事にしたのだ。

 準備を進めながら、懐夢は霊夢に尋ねた。

 

「ねぇ霊夢。妖怪の山って早苗さんの神社のあるところだよね? またいつもどおりあそこにいけばいいの?」

 

 霊夢は首を横に振った。

 

「確かに妖怪の山は守矢神社のある場所だけれど、石段に続く道の他に登山口があったでしょう? 今日はあそこに行って、山の中に入るのよ」

 

 妖怪の山は複数の里で形成されている広大な山だ。粗方山中を進んで沢の方へ降りれば河童の里があり、頂上を目指して進めば文達の故郷、天狗の里があり、奥の方へ進めばかつて鬼の里があった地に辿り着く。そしてその更なる奥に八俣遠呂智の封印の地があるという。

 今日行くのはこの天狗の里で、大天狗に会い、八俣遠呂智の封印の地の扉を開き、八俣遠呂智の封印の地を確認するのが今回の目的だ。

 この事を話すと懐夢はうんうんと頷いて軽く上を見た。

 

「天狗の里……文ちゃんの故郷かぁ。どんなところなんだろう」

 

「私も天狗の里に足を運んだ事はないから、今日行くのが初めてだわ。一緒に観光でもする?」

 

 霊夢がちらと懐夢の顔を見ると、懐夢はうんと頷いて笑んだ。

 やがて準備が完了すると、玄関の方から戸を叩く音が聞こえてきて、直後に声が聞こえてきた。

 

「霊夢ー!」

 

 二人はほぼ同時に玄関の方を見た。聞こえてきたのは、これまでに何回も聞いた事のある声だった。

 その声を聞いた懐夢が、軽く呟いた。

 

「……今の声って」

 

 霊夢が軽く溜息を吐く。

 

「えぇ。何回も聞いた声よね」

 

 二人は立ち上がり、居間を出て玄関に向かった。

 やがて玄関に着くと、そこには魔理沙の姿があった。どうやら声の主は魔理沙だったようだ。

 懐夢は魔理沙を見るなり、軽く驚いたような表情を浮かべて声をかけた。

 

「魔理沙! どうしてここに?」

 

 魔理沙もまた懐夢を見て少し驚いたような表情を浮かべる。

 

「って、懐夢じゃん。お前今日寺子屋じゃなかったのか?」

 

 魔理沙は目を細めた。

 

「まさか……サボりか!?」

 

 直後霊夢が溜息を吐いて答えた。

 

「懐夢はそんな不真面目な子じゃないわ」

 

 霊夢が事情を魔理沙に話すと魔理沙は腕組みをした。

 

「はぁ~あの慧音が熱出して欠席か。学童じゃなくて教師が欠席とはねぇ」

 

「だから今日お休みなんだ。それで、これから霊夢と一緒に妖怪の山行くんだけど、魔理沙は何でここに来たの?」

 

 懐夢が問いをかけると、魔理沙はそれに答えた。

 何でも、萃香から霊夢が妖怪の山の八俣遠呂智の封印の地へ向かうと聞いて、八俣遠呂智の封印の地の事を知りたいという知識欲が湧いて来ていても経ってもいられなくなり、霊夢と共に封印の地へ向かおうと考えてここまでやって来たという。

 

「なるほど……八俣遠呂智の封印の地知りたさに私について行こうと」

 

 魔理沙はにかっと笑った。

 

「八俣遠呂智の伝説を聞いたんだ、封印の地も知っとかないとな!」

 

「へぇ、そうなの」

 

 突如、どこからともなく声が聞こえてきた。

 何事かと三人が辺りを見回すと、魔理沙の背後の空間が裂けて穴が開き、そこから何かが姿を現し、その姿が明確になると霊夢と懐夢は驚き、気配を感じて振り向いた魔理沙は驚きのあまり飛び上がった。

 空間を裂いて現れたのは紫だった。

 霊夢は驚いた表情のまま紫の名を呼んだ。

 

「紫……!」

 

 紫は穏やかに笑って魔理沙と懐夢を見た。

 

「なるほど……今日は私と霊夢だけになると思ってたけど、賑やかになりそうね」

 

 魔理沙は紫を睨むように言った。

 

「い、いきなり現れんなっつーの! 吃驚したじゃないか!」

 

 紫は苦笑いする。

 

「あらら、ごめんなさい」

 

 霊夢が紫と目を合わせた。

 

「紫、あんた、なんで来たの?」

 

 紫は霊夢と目を合わせるなり、少しきょとんとしたような表情を浮かべた。

 

「何でって……貴方を迎えに来たんだけど? 童子が昨日言ってたでしょう?」

 

 言われて、霊夢は昨日の童子の言葉を思い出した。

 童子は今日妖怪の山に行く時刻になったら紫と共に神社へ迎えに来ると言っていた。が、来たのは紫だけで童子の姿は無い。

 

「でも童子さんも迎えに来るって言ってたわよ。なんであんただけなの?」

 

 紫によると、童子は急用が出来て行けなくなり、紫に鍵を預けて、妖怪の山への同行を任せたという。

 事情を聴いた霊夢は腕組みをしてほぅほぅと言って頷いた。

 

「なるほど。だからあんた一人なのね」

 

 紫は頷いた後、尋ねた。

 

「ところで霊夢、妖怪の山へ行く準備はできたの?」

 

 霊夢はふっと笑った。

 

「ばっちりよ。いつでもいけるわ」

 

 紫は笑む。

 

「そう。それじゃ、さっさと行くわよ」

 

 紫はそう言って、神社の石段の方へ歩き出し、霊夢は神社の玄関の鍵を閉めると懐夢と魔理沙を連れて紫の後を追い、合流すると石段を下り、下りきったところで上空へ舞い上がり、妖怪の山の方角へ飛んだ。

 その途中で、魔理沙が霊夢に提案をした。

 

「なあ霊夢、どうせ妖怪の山に行くんだから、早苗を誘ってみたらどうだ? あいつも幻想郷の歴史とかに興味津々だったろ?」

 

 言われて、霊夢は考えた。

 確かに先程も言ったとおり妖怪の山の麓には守矢神社があり、更に魔理沙の言うとおり早苗は外の世界とは全く違う幻想郷の歴史に大きく興味を抱いているし、この前の八俣遠呂智の伝説もさぞ面白そうに聞いていたように思えた。もし天狗の里の大天狗に会い、更に八俣遠呂智の封印の地へ行くと声をかけてやれば喜んでついてくる事だろう。

 

「そうね。早苗も多分暇そうにしてるだろうから誘ってやりましょうか」

 

 そんな話をしながら飛んでいるうちに霊夢達は妖怪の山の麓に到達、守矢神社の石段の前に降り立った。

 しかし、そこで一同は少し違和感を感じた。

 守矢神社の前は森閑としており、動物の気配はない。普段ならばここは守矢神社の前は鳥のさえずりが至る所から聞こえてきて、賑やかなこの場所だが、その賑やかさはどこへ行ってしまったのかと言いたくなるくらいに静かだ。

 

「妙ね……動物の気配が全くしないわ」

 

 霊夢が周囲を見渡した後に呟くと、それに続くかのように魔理沙が言った。

 

「鳥の声も聞こえてこないぜ。守矢神社の前ってこんなに静かだったかな?」

 

 霊夢は首を横に振った。

 

「もっと騒がしかったはずだけど……まぁ今気にするような事じゃないでしょうし、さっさと守矢神社に行って早苗に声かけるわよ」

 

 霊夢の言葉に魔理沙、紫は頷いたが、その時霊夢はある事に気付いて辺りを見回した。

 ……懐夢がいない。

 

「あれ……懐夢……?」

 

 魔理沙と紫は首を傾げ、そのうち魔理沙が霊夢に声をかけた。

 

「ん? どうしたよ霊夢」

 

 霊夢は辺りを見回しながら言った。

 

「懐夢がいないの。どこいったのかしら」

 

 霊夢に言われると魔理沙と紫もそれに気付き、辺りをきょろきょろと見回し始め、やがて魔理沙が呟いた。

  

「あれ、本当だ。あいつ、いなくなってる」

 

 続けて紫が見回しながら言う。

 

「どこに行ってしまったのかしら。さっきまでは一緒にいたはずだけれど……」

 

 霊夢は大きな声を出した。

 

「懐夢! どこよ懐夢!」

 

 続けて魔理沙が叫ぶ。

 

「懐夢! どこだ!?」

 

 紫が続けて叫ぶ。

 

「懐夢ー? 出てらっしゃーい?」

 

 三人の声は森閑としたこの場に鳴り響いたが、辺りから懐夢の返事が返って来ることはなかった。

 どうやら近くに懐夢はいないらしい。

 霊夢は少し不安げな表情を浮かべて呟いた。

 

「どこかではぐれちゃったのかしら……?」

 

 魔理沙が顎に手を添える。

 

「でも、間違いなくさっきまで一緒にいたぜ?」

 

 紫が腕組みをする。

 

「えぇ。魔理沙の言うとおり、さっきまで一緒にいた。いなくなったのは多分ここに来る直前だと思うから、大きな声で呼んであげれば、来るかもしれないわ」

 

 紫の提案に霊夢は乗り、さらに大きな声を出して懐夢を呼んだ。

 

「懐夢! 懐夢!!」

 

 霊夢に続いて魔理沙も大きな声で懐夢を呼ぶ。

 

「懐夢! どこだ懐夢!!」

 

 二人で叫んだその直後、石段の上の方から声が返ってきた。

 

「どうしたんですかー?」

 

「何かあったんですかー?」

 

 三人でその方向を見てみれば、守矢神社の方から人影が二つこちらに向かって降りてきているのが見えた。人影をよく見てみたところ、それは今から誘いに行こうと考えていた早苗と文だった。

 早苗と文は三人の姿を見て、驚いたような反応を示した。

 

「あれ、霊夢さんに魔理沙さんに紫さんではありませんか」

 

 早苗と文は石段を下り、霊夢達の目の前まで来ると、そのうちの文が霊夢に尋ねた。

 

「何かを呼ぶような声が聞こえたので来てみたんですけど、どうしたんですか?」

 

 霊夢は二人に尋ね返した。

 

「早苗、文。貴方達のところに懐夢来なかった?」

 

 早苗が首を傾げる。

 

「懐夢くん……ですか?」

 

「あぁ、実はな……」

 

 魔理沙が状況を一通り説明すると、早苗と文は「あらまぁ……」と言った。

 

「森の静けさに気を取られていたらいつの間にか懐夢くんがいなくなっていた、と」

 

 紫がまた腕組みをする。

 

「えぇ。ここに来るまでは確かに一緒に飛んでいたのだけれど……いつの間にかいなくなっていてね」

 

 霊夢が少し悔しげな顔をする。

 

「少し目を離した隙にこれよ……全くどこに行っちゃったのやら……あぁでもね」

 

 霊夢が言いかけると、全員の注目が霊夢に集まった。

 霊夢は続けた。

 

「あの子、鼻が効くから、一番よく覚えてる私の匂いを追って戻ってくると思う」

 

 早苗が「あ!」と言った。

 

「それもそうですね。懐夢くんの事ですからきっと今頃私達の匂いの結集してるこの場所を見つけて」

 

 早苗が言いかけたその時、西の町に続く道の方から声が聞こえてきた。

 

「おぉーい! 霊夢ー!」

 

 何事かと振り返ってみたところ、そこには行方をくらましていた懐夢の姿があり、胸に何かを抱えて、こちらに向かって走ってきていた。

 霊夢は懐夢を見つけるなり手を振って大きな声を出した。

 

「何してんのよー! 早く来なさいー!」

 

 霊夢の声が届いたのか、懐夢は足を急がせて霊夢達の元までやってきた。

 戻ってきた懐夢に、早速魔理沙が声をかけた。

 

「どこ行ってたんだよ。いきなりいなくなっちゃってよ」

 

 懐夢は謝り、事情を話した。

 なんでも、飛んでいた時に田圃の辺りにきらりと光るものが見えて、何かと思って霊夢達から離れて取りに行ってたそうだ。

 それを聞いた紫は少し首を傾げた。

 

「きらりと光るものねぇ……それはなんだったの?」

 

 懐夢は霊夢達に「これだよ」と言って胸に抱えていたものを差し出した。

 それは、懐夢の背丈を超える大きさで、鳥のそれによく似た形の、陽の光を浴びて虹色に輝く白銀の羽根だった。

 一同は懐夢の持っている羽毛を見るなり目を丸くし、そのうち霊夢が呟いた。

 

「な、なにこれ……!?」

 

 魔理沙が続く。

 

「なんだこりゃ……鳥の羽根か?」

 

 懐夢は付け根の方を両手で握り、まるで剣を構えるように羽根を持った。

 

「僕よりも大きな鳥が落としていったみたいなんだ。まるで大剣みたい!」

 

 文が首を傾げた。

 

「鳥ですかぁ……でもこんな巨大な翼を持つ鳥なんかこの幻想郷にいましたかねぇ……?」

 

 文は早苗に声をかけた。

 

「早苗さん、どう思います? この羽根……」

 

 早苗の顔を見て、文は少し驚いた。

 早苗はいつにもなく真剣な眼差しで、じっと懐夢の持つ羽根を見ていた。

 

「早苗さん?」

 

 文が声をかけようとしたその時、早苗が割って入るかのように口を開いた。

 

「これは鳥の羽根じゃない……これは……」

 

 早苗が言いかけたその時、紫が口を開いた。

 

「……神獣の羽根よ。なるほど、だからこの辺りの動物達は姿を消していたのね」

 

 霊夢、懐夢、早苗は紫を驚いたように、魔理沙と文は首を傾げて見た。

 そのうち、霊夢と懐夢が紫に声をかけた。

 

「神獣ですって?」

 

「神獣って……あの絵本に出てくるあの神獣ですか?」

 

 紫は頷き、ある事を説明しようとした。

 

「そうよ。この辺りの動物がいなくなっているのは」

 

 直後、早苗が割って入るように言った。

 

「やっぱり、いるんですね!? この幻想郷に神獣様が!!」

 

 紫は早苗と顔を合わせて、早苗を不思議がるような表情を浮かべた。

 

「えぇいるけれど……貴方、神獣を知ってるの?」

 

 早苗は俯いた。

 

「知ってます……だって神獣様は……」

 

 早苗はそのまま黙った。紫もまた、早苗の様子を見て黙り込んだ。

 直後、早苗が紫に声をかけた。

 

「ねぇ早苗?」

 

 早苗は顔を上げて霊夢と目を合わせた。霊夢は続けた。

 

「私達これからこの山の天狗の里に行って大天狗に会って、八俣遠呂智の封印の地に行くんだけど、ついていかない?」

 

 魔理沙と懐夢は霊夢の言葉に思わず驚いてしまった。

 突然、霊夢が話を切り替えたからだ。

 中でも魔理沙と文は神獣という聞いた事のない言葉が飛び出し、そしてそれについて何も語られない事が気に食わず、霊夢と早苗に声をかけた。

 

「いやいや、霊夢。神獣ってなんだよ。この羽根、その神獣とかいうのの羽根なのか?」

 

「それで、なんで早苗さんはこんな反応してるんですか? 早苗さん、神獣と何か関係が」

 

 その時、懐夢が魔理沙と文の服の裾を引っ張った。

 二人がそんな懐夢と目を合わせたところ、懐夢は背伸びをして魔理沙と文の耳元でヒソヒソ声で話した。

 

「魔理沙、文ちゃん、早苗さんの前で神獣の話をしちゃいけないんだよ」

 

「えぇっ。なんでだよ」

 

「何でですか」

 

「早苗さん、神獣との間に何か辛い事あったみたいでさ。神獣の話はそれを思い出させちゃうみたいなの」

 

 魔理沙と文は謎が解けたような表情を浮かべ、やがて少し悲しげな表情を浮かべた。

 

「……そうなのか。だからあいつあんな……」

 

「なるほど……どんな事があったのかはわかりませんが……そういう事だったんですね」

 

「だから、早苗さんに神獣の事聞いたりしないで。霊夢が話を切ったのも、そのためだと思うから」

 

「なるほど……早苗に辛い思いさせないためか……わぁったよ」

 

「わかりました。取材欲を抑え込んでおきましょう」

 

 懐夢は二人の耳元から離れ、魔理沙は文はじっと早苗と霊夢のやり取りを見た。

 

「八俣遠呂智が封印されている地……ですか」

 

 早苗の言葉に霊夢は頷く。

 

「そうよ。あの童子さんの話に出てきた八俣遠呂智が封印されている場所。そこにこれから行くの」

 

 霊夢は続ける。

 

「あんた、前から幻想郷の歴史には興味あるって言ってたでしょ。今回、幻想郷についてかなりの勉強が出来ると思うけれど……どうかしら?」

 

 早苗は胸に軽く手を当て、物事を考えているような表情を浮かべ、やがて表情を元に戻して霊夢に答えた。

 

「行きたいです。それで幻想郷の歴史が知る事が出来るのならば、行きたいです」

 

 霊夢は微笑んだ。

 

「わかったわ。それじゃあ、一緒に行きましょう」

 

 霊夢はそう言うと一同に声をかけた。

 

「皆、妖怪の山の天狗の里に行くわよ」

 

 霊夢が言った直後、文が霊夢の目の前に躍り出て、待ってましたと言わんばかりに目を輝かせて皆に言い放った。

 

「でしたら! この射命丸文に付いて来てください! 天狗の里への近道(ショートカット)を使って、皆さんを瞬く間に導いてあげますから!」

 

 霊夢は意外そうな表情を浮かべた。

 

「へぇーっ。そんなのがあるの。じゃあお願いしようかしら。天狗の里には早くいきたいところだし」

 

 文はびしっと敬礼のような仕草をとって、皆に言った。

 

「わっかりましたぁ! ではみなさん、上空へ舞い上がってください!」

 

 文はそう言うと上空へ舞い上がった。

 その時、霊夢の中で鋭い勘が働き、文の言っていた近道(ショートカット)の正体が何なのか、わかったような気がした。

 それはもしかしたら、空から直接里の中へ入るという事なのではないだろうか。

 

「なるほど……そりゃ山道歩くより短時間で行けるわよね」

 

 霊夢が呆れ顔になると、隣に魔理沙がやってきて、上を見ながら呟いた。

 

「しっかし文はハイテンションだよな。あいつがハイテンションじゃないところ、見た事ないかもしれない」

 

 その時、霊夢はある事思い出した。昨日の、八俣遠呂智の話を聞いて怯えた文だ。

 「八俣遠呂智の封印されている場所に行くんですか……?」と聞いた時の文の顔は尋常ではなかった。いつもの明るい笑顔がまるでベールが剥がれるかのように消え去り、青白くなったあの時の文の顔はあまりに衝撃的だったため、今でもしっかりと憶えている。

 あの時、文は何故あんな表情をしたのか教えてくれなかったが、天狗の里に行けば教えてくれるかもしれない。どうしてあんな顔をしたのか、どうして八俣遠呂智の恐ろしさを知っているような事を言ったのか、どうして八俣遠呂智の伝説を聞いている時は何ともないような表情をしていたのか、八俣遠呂智について何を知っているのか、全て……。

 

「魔理沙、懐夢、紫、早苗。文を追いかけるわよ」

 

 霊夢は一同に声をかけた後、文の後を追って上空へ飛び上がった。

 

       *

 

 文の言っていた近道(ショートカット)とは霊夢の思った通り、『上空から直接天狗の里の中へ入り込む』だった。

 霊夢達は天狗の里に入るや否、初めて見る天狗の里の姿に軽く驚いた。

 立ち並ぶ家々は全てツリーハウスで、木の上を文のような背中に黒い翼を生やした沢山の天狗達が飛び交い、地上の方でも沢山の天狗達が行き交っている。その光景は、街の光景と全く変わらなかった。

 

「ここが……文の故郷……」

 

 霊夢が呟くと、魔理沙が辺りを見回しながら呟く。

 

「すげぇや……こんなに沢山の天狗のいる場所、見た事ないぜ」

 

 先頭に立つ文が振り返り、苦笑を浮かべた。

 

「そりゃそうですよ。幻想郷でこんなに沢山の天狗が集まっている場所はここくらいですから。ちなみに沢の方に行けば河城にとりさんみたいな河童が沢山居ますよ」

 

 懐夢と早苗が「へぇ~」と呟くと、文の存在に気付いた一人の女性の天狗が文の元へやって来て、声をかけてきた。

 

「あれ、文じゃないの」

 

 文はその方向へ振り向き、天狗に軽く頭を下げた。

 

「ただいま戻ってきました」

 

 天狗はさぞ珍しそうな表情を浮かべ、両手を腰に当てた。

 

「普段夕暮れまで幻想郷を飛んでるあんたがこんなに早く戻ってくるなんて、何かあったの?」

 

 文は頷き、霊夢達の方を向いた。

 

「この人達を大天狗様の元にお連れするために戻って来たんですよ。なんでも、大天狗様に用があるらしく」

 

 天狗は物事を疑うような表情を浮かべて霊夢達を見た。

 

「そうなのか。でもその人達なんか怪しいよ? 大天狗様のいる場所に行こうとすれば、御殿の前にいる近衛(このえ)に確実に止められると思う」

 

 その時、紫が歩き出し、やがて文の隣に並ぶと女性の天狗と顔を合わせた。

 

「その心配はないわ。だって私がいるのだから」

 

 紫が言うと、天狗はきょとんとしたような表情を浮かべた。

 紫は振り返り、霊夢達に声をかけた。

 

「さぁ皆、大天狗のいる御殿へ行きましょう」

 

 紫は女性の天狗に軽く一礼するとそのまま里の中へと歩き出した。

 文もまた女性の天狗に軽く一礼し、その後を慌てて追った。

 

「ま、待ってください! 私が案内しますからぁ!」

 

「あ、こら! 待ちなさい!」

 

 霊夢達も慌てて後を追い、里の中へ走った。

 しばらく走ると紫と文と合流し、文の案内を受けて木々の間や行き交う天狗達の間を抜けながら歩いていると大きな建物が見えてきた。

 その建物の前で一同は立ち止まり、そのうち霊夢がそれを見ながら呟いた。

 

「ここが大天狗のいる御殿?」

 

 その時、魔理沙は奇妙な視線を感じて、御殿の入り口付近を見た。そこで、槍のような武器を持った二人の男の天狗が入口の両脇に立っていて、こちらをじっと見ていた。どうやらあれが、先程の天狗の言っていた近衛らしい。

 

「……なんか、こっちを睨んでる天狗がいるんだけど。もしかしてあれが近衛か?」

 

 魔理沙の呟きに文が苦笑いした。

 文によれば魔理沙の言うとおりあの二人の天狗は『近衛』と呼ばれる大天狗を守る隊の一員で、御殿に迫る不審者などを追い払う役目を持っているらしい。

 それを聞いた早苗が納得したようにうんうんと頷いた。

 

「なるほど……大天狗を不審者から守る役目を持つ兵士ですね」

 

 懐夢がそろそろと霊夢に話しかけた。

 

「どうするの? あの人達の睨み方からして、通してくれそうにないよ」

 

 その直後、紫がにこっと笑んだ。

 

「大丈夫よ。通してくれるわ」

 

 そう言うと、紫は近衛に向かって歩き出した。

 近衛は紫の接近を確認すると、手に持った槍で御殿の入り口を塞ぎ、険しい表情を浮かべて紫に話しかけた。

 

「何者だ貴様。ここから先へは大天狗様より呼ばれた者と天狗しか入れぬ」

 

 紫は静かな声で答えた。

 

「私は幻想郷の賢者、八雲紫。同じく賢者である大天狗と今後の幻想郷の事について話し合いたい」

 

 紫の言葉に近衛達は驚いたような表情を浮かべて槍を元に戻し、紫に頭を下げた。

 

「賢者の方であられましたか。失礼いたしました。どうぞ、お入りください」

 

 近衛の二人はそう言って、入口の戸を開けた。

 紫は振り返り、霊夢達を見て手招きをした。

 

「開いたわ。早くいらっしゃい」

 

 紫が御殿の中に入ると、霊夢達は紫に後を追って御殿の中に急いだ。

 近衛に止められるのではないかと思ったが、近衛達は止めずに霊夢達の進入を許してくれ、やすやすと入り込む事が出来た。

 御殿の中は少し薄暗く、まるで仏像のない御堂のような作りだった。匂いを嗅いでみれば、お香のような匂いが鼻をついてくる。どうやらどこかでお香を焚いているらしい。

 

「……ここが大天狗の御殿?」

 

 霊夢が部屋の中を見回しながら呟くと、文が頷いた。

 

「そうですよ。大天狗様が住んでいる場所であり、有事の時多くの天狗が集う場所です。まぁようするに集会所ですよ」

 

 文の説明を受けながら一同が辺りを見回していると、懐夢がある事に気付いて一同に声をかけた。

 

「ねぇ、あそこ。誰かいる」

 

 懐夢が指差す方向を霊夢達は見た。そこには背中から他の天狗とそれと比べて大きい黒い翼を生やし、腰まで達するほど長く、美しい黒髪を持つ天狗がこちらに背を向けて座っていた。

 その天狗の姿を見て、早苗が小声で言った。

 

「私達の他にも大天狗さんに呼び出された人がいたんでしょうか」

 

 紫がニッと笑った。

 

「いいえ違うわ。あの人が」

 

 紫が言いかけたその時、文が一歩前に出て割って入るように言った。

 

「大天狗様、ただいま帰りました」

 

 その一言に紫以外の一同は思わずきょとんとしてしまった。

 そのうち、霊夢が口を開いた。

 

「え……あの人が大天狗?」

 

 直後、大天狗と思わしき天狗はゆっくりと立ち上がり、霊夢達の方を向いた。

 

「いかにも……私が大天狗です」

 

 その姿を見て、紫と文を除いた一同は唖然としてしまった。

 大天狗は白と黒を基調とした巫女装束にも似た衣装を身に纏い、手には文も持っている葉の団扇を持った若草色の瞳の女性の天狗だった。だが、一同が驚いたのは大天狗が女性だったとか若草色の瞳をしていたとかではなく、顔の形であった。

 大天狗のその顔を見て、霊夢、魔理沙、早苗、懐夢はほぼ同時に呟いた。

 

「あ、文にそっくり……!?」

 

 大天狗の顔つきは、瞳の色や髪の毛の長さを除けば、文に酷似していた。

 


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