東方双夢譚   作:クジュラ・レイ

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温泉回。


9 地下温泉の一時

 翌日。

 霊夢は八俣遠呂智の伝説の真相を知るべく、紫とその式神の藍とそのまた式神の橙と懐夢と萃香と霖之助、いつの間にか付いてくる事になった魔理沙、アリス、チルノ、大妖精、ルーミア、ミスティア、早苗、文、レミリア、咲夜、パチュリー、慧音、妹紅、輝夜、永琳、白蓮、銀髪のセミロングヘアで頭に黒いリボンを付け、白いシャツと新緑色のベストとスカートを身に纏った少女、桃色の少し癖のかかったセミロングヘアで青と白を基調とした衣装を身に纏い、衣装と同じ色の帽子を被った女性、あたかも虎の毛のような金色と黒色が混ざった髪の毛で頭に連を模したような飾りを付け、赤と白を基調とした衣装を身に纏い、虎柄の腰巻きをつけ、背中には白い輪を背負っている少女と共に地底へ向かって歩いていた。

 このうち、桃色の髪の毛の女性は西行寺幽々子。

 この幻想郷に存在する冥界に建てられている白玉楼に、今から千年以上前から住んでいる亡霊の女性で、以前幻想郷の春の訪れを遅くし、冬を長引かせるという異変を起こし霊夢に一度退治され、それ以降は霊夢と知り合いになっている。

 更に、銀髪のセミロングヘアの少女は魂魄妖夢。

 西行寺幽々子の元に仕え、白玉楼の庭師と西行寺幽々子の警護役を務め、幽々子の剣の指南役をやっている人間と幽霊のハーフ、『半人半霊』の少女だ。

 以前幽々子の起こした異変にて主人である幽々子を守るべく立ち向かってきた霊夢と戦ったが、幽々子に同じく倒され、霊夢と知り合いになっている。

 そして、虎のような髪の毛の少女は寅丸星。虎の妖怪で、かの有名な武神『毘沙門天』の弟子で白蓮の仏道の弟子の一人だ。今白蓮に連れられて、温泉へ行く事になったらしい。

 

 その時、懐夢は初対面となる藍達や妖夢達や輝夜達に挨拶し、特徴的な人々におっかなびっくりしながらも会話をして歩いたが、最中魔理沙が霊夢に言った。

 

「懐夢の奴、妖夢とかに会えて嬉しそうだな」

 

 霊夢は苦笑いした。

 

「そりゃそうよ。だってこれから友達になれるかもしれない人達だもの」

 

 魔理沙は「ははっ」と笑った。

 

「それもそうか。それにしても、何でこんな数の人が集まったんだ?」

 

 魔理沙の疑問にはアリスが答えた。

 ここへ皆を呼んだのは萃香から話を聞いた文らしく、文本人に尋ねてみたところ幻想郷中を飛び回って誘えるだけの数誘ってきたらしい。

 だから、この場にちぐはぐな人々が集結しているという。

 

「なるほど。お前が誘ったのか」

 

 文はにこっと笑って頷いた。

 

「温泉自体は萃香さんに教えてもらったんですよ。

 とても広い温泉だと聞きますし、皆さんと入れば楽しいでしょう?」

 

 魔理沙はまた「それもそうだな」と言った。

 しかし、霊夢は逆に顰め面をした。

 

「風呂ってのは静かに入るのがいいのに……騒がしいのは嫌ね」

 

 そんな霊夢に萃香が駆け寄った。

 

「そんな硬い事言うなって。話し相手がいて楽しいじゃないか。それに、飲み相手もたっくさんいるぞ!」

 

「あんたはそれでいいかもしれないけれど……はぁ、わかったわ」

 

 霊夢はくるりと身体を翻して皆の方を見た。

 

「今日それぞれ自腹になるけど、皆で温泉をゆっくり楽しみましょう」

 

 一同はおぉー! と声を上げた。

 その中、霖之助が少し悲しそうな顔を浮かべた。

 

「はぁ……君達が羨ましいよ。男湯は僕と懐夢の二人きりなんだから」

 

 妖夢が霖之助を見た。

 

「ここに私の師匠でもいれば、三人になるんですけどね」

 

 霖之助は妖夢を見て苦笑いした。

 

「それでもたったの三人だよ。そっちなんか二十四人もいるじゃないか」

 

 直後、初対面の者達との会話を終えてきた懐夢が霖之助の元へ駆けてきた。

 

「霖之助さん、今日も薀蓄聞かせてくれますか?」

 

 霖之助は相変わらずの懐夢に苦笑いしてしまった。

 

「君は通常運転か……わかったよ。のぼせる寸前まで薀蓄を話してあげよう」

 

 懐夢はにっこりと笑った。

 が、その様子を見たチルノは霊夢と似たような顰め面をした。

 

「つまんなーい。懐夢も一緒に入れるかと思ってたのに」

 

 大妖精が苦笑いした。

 

「仕方ないよチルノちゃん。私達は女の子だけど懐夢さんは男の子だもん。一緒には入れないよ」

 

 慧音が続いた。

 

「混浴でもあれば入れるだろうが、そんな気の利いた物が地底の旧都にあるとは思えない。我慢する事だ」

 

 慧音の言葉にチルノは残念そうな顔をした。

 その最中、早苗が懐夢に尋ねた。

 

「そういえば、懐夢くんは博麗神社に来る以前、温泉に入った事はなかったんですよね?」

 

 懐夢は頷いた。

 

「うん。でも村には大きな温浴場があって、そこで入ってたよ。友達と一緒に入って、楽しかったなぁ」

 

 途中懐夢は俯いた。

 

「……皆無くなっちゃったけどね。友達も村も……」

 

 懐夢の言葉に皆は沈黙してしまった。

 しかしその時、魔理沙が懐夢の頭を人差し指で押し、押された懐夢はふらつき、思わず魔理沙の方を見た。

 

「これから楽しいところに行くのにそんな辛気臭い顔するんじゃない。お前には霊夢だっているし私もいる。それにもう友達沢山いるじゃないか」

 

 懐夢がきょとんとすると、レミリアが歩み寄ってきた。

 

「懐夢? 忘れたなんて言わせないわよ? 私と友達になった事」

 

 続けてまた何かが突いてきて、懐夢はまたよろけた。

 その後そこを見てみたところ、そこにはチルノと大妖精とルーミアとミスティアが居た。

 きょとんとする懐夢に、チルノが腰に手を当てながら言った。

 

「あれだけいっぱい遊んでんのに、まさかあたい達とは友達じゃないとか言うつもりじゃないよね?」

 

 大妖精が続く。

 

「もう一度確認させていただきますけど、私達は貴方の友達ですよ?」

 

 さらにルーミアが続く。

 

「そんな悲しい事言わないでよ。私達がいるじゃないの」

 

 最後にミスティアが言った。

 

「だから辛気臭い話はもう終わりにしようよ。これからせっかく楽しいところ行くんだから、わくわくしようよ」

 

 四人に言われて、懐夢は表情を戻し、やがて笑んで答えた。

 

「うん。みんなありがと」

 

 四人もまた笑み、周りの者達は軽く溜息を吐いたり微笑んだりして見せた。

 その中、魔理沙がある事に気付いたように言った。

 

「って……あれ? リグルはどうした? いつもチルノ達と一緒だったよな?」

 

 慧音が答えた。

 

「リグルはその……行方不明だ。私にもチルノ達にもどこに行ってしまったのかわからない状態なのだ。もしもそんな事になっていなかったらこの場にいたのだが」

 

 魔理沙は目を丸くした。

 

「マジかよ。意外な事もあるもんだな」

 

 霊夢が続いた。

 

「そうね。意外な事もあるものよ……」

 

 ふと紫の方を見て霊夢はきょとんとした。

 紫が何やら険しい表情を浮かべて何かを見ている。

 

 霊夢は紫が何を見ているのか気になり、ふとその方向を見た。

 そこには、チルノ達と話す懐夢の姿があった。

 どうやら紫は懐夢を注視しているらしい。

 

「……紫」

 

 霊夢が声をかけても紫は反応を示さない。

 

「……紫ってば」

 

 再度声をかけても紫は反応を示さない。

 声が届いていない事を悟ると、霊夢は藍に声をかけた。

 

「藍、紫を気付かせて」

 

 藍は霊夢からの頼みを承ると、紫に声をかけた。

 

「紫様、霊夢が呼んでます」

 

 藍の声によって紫はようやく気付き、瞬く間に穏やかな表情を取り繕って霊夢を見た。

 

「何かしら霊夢」

 

 穏やかな表情を浮かべる紫に霊夢は鋭く言い返した。

 

「懐夢の事を見てたみたいだけど、懐夢に何かあるの?」

 

 紫は首を横に振った。

 

「別に、特に何もないわよ。ただ見てただけよ」

 

 霊夢はすぐに紫が嘘を吐いている事に気付いた。

 懐夢を監視するように見ていた紫の表情は尋常ではなかった。明らかに、紫は何かしらの目的や計画を持った表情で懐夢を見ていた。

 この前の言葉と言い、やはり紫は懐夢について何かを知っているのではないのだろうか。

 彼是(かれこれ)四ヶ月懐夢と過ごしてきた自分すら見つけていない何かを、紫は知っているとでも言うのだろうか。

 

 あれこれに気になってしまったが、霊夢はとりあえず紫の事を考えず先に進む事にし、紫から視線を逸らすと後ろの方を向き、皆に言った。

 

「皆、温泉は行った後どうする? 旧都をぶらつく?」

 

 一同はきょとんとした様子を見せた。

 誰一人として、温泉に入った後の予定など決めていなかったのだ。

 

 その時、早苗が提案を持ちかけた。

 

「温泉に入った後は自由行動と自由解散でいいんじゃないですか? きっとご予定のない方々ばかりだと思いますし」

 

 早苗の提案に霊夢は頷いた。

 

「それでいいかも。んじゃ自由行動と自由解散で決定ね」

 

 霊夢の言葉に一同もまた頷き、歩みを進めた。

 

 そうしているうちに一同は地底へ続く洞穴の前に辿り着き、その中を通って地底へ進入。

 奥へと進みやがて洞穴から出ると、旧地獄の跡に建てられた大都市、旧都が見えてきた。

 陽の光の届かない地底で明るく光る旧都を初めて見る懐夢は颯爽感動を覚えて口を開いた。

 

「地の底に街がある……あれが旧都!?」

 

 霊夢が頷いた。

 

「そうよ。あそこが旧地獄に建てられた都市、旧都」

 

 萃香が続いた。

 

「正確には鬼が立てて鬼が統治する街だよ。さぁさぁ! 旧都に来るの初めての懐夢を鬼の街へご案内~!」

 

 萃香は懐夢の腕を掴むとそのまま旧都の方向へ走り出した。

 

「ちょ、萃香待ってよ!!」

 

 懐夢は驚き、萃香の手を離そうとしたが萃香の力は思ったより何倍も強く、離れない。

 懐夢はその時咄嗟にルーミアと初めて会った時を思い出した。あの時も確か、こうやって引っ張られて目的地へ連れられた。あの時とほぼ同じ状態だ。

 

(僕って……誰かに引っ張られやすいのかも)

 

 懐夢は呟くと萃香の走行ペースに合わせて走り出した。

 それを見ていたチルノは吃驚して、叫んだ。

 

「懐夢が誘拐されたぁぁ!!」

 

 チルノは萃香の後を追ってびゅんっと飛んだ。

 それを見た大妖精が続けて言った。

 

「誘拐じゃないだろうけど……追いかけないと! 待ってよチルノちゃん!」

 

「温泉まで競争だぁー!!」

 

「いいねそれ! よぉーし! いっくよぉー!!」

 

 大妖精、ルーミア、ミスティアはそれぞれ叫ぶと、チルノの後を追って飛び立った。

 それを見ていた他の者達は思わず苦笑いし、そのうちの妹紅が顔を少し顰めた。

 

「やれやれ。元気だなぁおい」

 

 輝夜がそれに相槌を打った。

 

「あんたが元気ないだけよ。精神だけ歳取っちゃってお婆ちゃんになっちゃった?」

 

 妹紅はキッと輝夜を睨んだ。

 

「じゃあお前は餓鬼のまんまだな。身体と精神の成長が餓鬼のまんま止まってんだろ」

 

「餓鬼ですって? 婆に言われたくないわね」

 

「婆だぁ? 餓鬼に言われたくないな」

 

そのうち魔理沙が割って入った。

 

「お前達喧嘩するんじゃない。これから温泉行くんだぞ」

 

 魔理沙に言われて妹紅と輝夜はフンと言って視線を逸らし合い、そのうちの妹紅は慧音に視線を向けた。

 

「慧音、輝夜なんか構わず温泉に行こう」

 

「わかったよ。やれやれ」

 

 妹紅は歩き出し、慧音も苦笑いしながらその後を追って歩き出した。

 一方輝夜も妹紅のように永琳に視線を向けた。

 

「永琳、妹紅なんか放っておいて温泉行こう」

 

「はいはい」

 

 輝夜が歩き出すと、永琳も苦笑いしてその後を追うように歩き出した。

 その様子を、一同は苦笑いしながら見ていた。やっている事、言っている事が二人とも大して変わらないからだ。

 そのうち、早苗が口を開いた。

 

「あの二人っていつもあの調子ですけど……」

 

 霊夢が答えた。

 

「案外仲良いのか、似た者同士なんでしょうね。さ、私達も行くわよ」

 

 霊夢の言葉に一同は賛成し、旧都に向かって歩き出した。

 

 

       *

 

 

 一同は旧都の中に入り込んだ。

 旧都は陽の光との届かない地底にあるにもかかわらず、人間の里の街のように明るく、道行く妖怪達で賑わっていた。

 道行く妖怪達を見て歩きながら、魔理沙が呟いた。

 

「相変わらず賑やかなところだな」

 

 早苗が辺りを見回しながら続いた。

 

「地上の街と大差がありません。ここが地底だという事を忘れてしまいそうですね」

 

 その中、レミリアが辺りを見回し、軽く溜息を吐いた。

 

「……それはどうでもいいとして、あの子達はどこへ行ったのかしら」

 

 レミリアに言われて、一同はハッとした。 

 そういえば、旧都の中に入ったはいいものの、先に向かって行った萃香達を見つけてはいない。

 

「あっれぇ……あの子らどこいったんだか……」

 

 目を細めながら霖之助が呟くと、星が続いた。

 

「来て早々いきなり迷子探しですか……」

 

 一同が少し呆れる中、周りを見渡しながら霊夢が口を開けた。

 

「萃香ー? 懐夢ー?」

 

 二人の名を呼んでも、どこからも応答が帰って来ない。

 続けて慧音が口を開けた。

 

「チルノー? ミスティアー? ルーミアー? 大妖精ー?」

 

 四人の名を呼んでも返事は帰って来なかった。

 慧音は軽く溜息を吐いて腰に両手を当てた。

 

「教師の私の声にも反応しないとは……よほど遠くの方へ行ってしまっているらしいな」

 

 妹紅が呆れたように言い返した。

 

「冷静に言ってる場合かよ。どうするよ」

 

 輝夜が答えた。

 

「放っておけばいいんじゃない。私達だけで温泉に行きましょうよ」

 

 藍が輝夜に言い返した。

 

「そんなわけにはいかないだろう。彼女らはまだ小さい。放っておけば厄介事や犯罪に巻き込まれる可能性だって十分ある。橙も私から離れるんじゃないよ」

 

 藍に言われて橙は頷いた。

 その後、妖夢が辺りを見ながら言った。

 

「そうですね。とりあえず早いところ見つけ出さないと。けれど、こう賑わってちゃどこにいるんだか……」

 

 一同は顔を顰めた。

 都の至る所に人混みや賑わいが出来ていて、もはや鳥が頻繁にさえずり、林や森に等しい状態になってしまっている。

 この中からあの六人を見つけ出すのは非常に難しそうだ。

 

 霊夢は重々しく溜息を吐いて辺りを見回した。

 

「全く……本当に悪いタイミングでいなくなったものね……萃香ー、懐夢ー、どこー?」

 

 霊夢がふと大きな声を出したその時、前の賑わいの中から声が返ってきた。

 

「霊夢――――――――ッ!!」

 

 一同の注目が声の方向へ向き、目を凝らしてみると、奥から人混みを縫うように何かがこちらへ向かってきているのが見えた。

 向かってきている何かを注意深く見て、霊夢は呟いた。

 

「……萃香?」

 

 一同が目を細めてみている中それは瞬く間に一同との距離を詰め、やがて一同の目の前へ現れ、止まった。

 それはまさしく、先に旧都に向かって行方知れずになっていた萃香だった。

 霊夢は萃香が目の前にやって来ると、驚きながら怒った。

 

「どこ行ってたの。捜したわよ」

 

 萃香は頭を掻いて苦笑いした。

 萃香は曰く、旧都に辿り着いても中々霊夢達が来なかったので、懐夢の腕を掴んだまま旧都を走り回っていたらしい。

 

「街周われてよかっただろ懐夢……って、あれ?」

 

 萃香は目を点にしてしまった。

 さっきまで一緒に走っていたはずの懐夢は、うつ伏せになって地面に倒れ動かなくなっていた。

 

「か、懐夢?」

 

 萃香が声をかけると、懐夢はゆっくりと立ち上がり、ふらつきながら辺りを見回した。

 

「あれ……止まってる……?」

 

 目の焦点が合わずふらふらの懐夢に妹紅が声をかけた。

 

「おい大丈夫か坊主?」

 

 懐夢は妹紅の問いに答えずふらふらし続けた。

 どうやら萃香に引っ張られて走らされたせいで目を回してしまっているらしい。

 

 その直後、萃香と懐夢の背後から声が聞こえてきた。

 

「待て待て―――――!」

 

 一同の注目がそこへ向くと、それは瞬く間に飛んできて一同の目の前で止まった。

 

「やっと……追いついたぁ……」

 

 それは勿論、萃香を追いかけて旧都へ向かったチルノ、ルーミア、ミスティア、大妖精の四人だった。

 四人は息を切らしてその場に座り込み、一同はそれを見て溜息を吐いてしまった。

 

「……なるほど、萃香をずっと追いかけていたのだな」

 

 慧音の言葉にチルノは頷いた。

 一同はチルノ達に呆れてしまったが、その後霊夢が一同を見回して言った。

 

「これで全員揃ったわね。さぁ、温泉を探すわよ」

 

 直後、萃香が都の奥の方を指差して答えた。

 

「温泉? 温泉ならあっちだぞ」

 

 一同は萃香に注目し、そのうちの幽々子が萃香に声をかけた。

 

「え、どうしてわかるの?」

 

 萃香によると、萃香と懐夢は霊夢達を待って走っている最中に何度か立ち止まり、道行く妖怪達に新しく出来た温泉の所在を尋ねたそうだ。

 そして聞き出した場所へ実際に行ってみたところ、本当に新しく出来た温泉施設があったという。

 それを聞いた霊夢は少し感心した様子で萃香に言った。

 

「偉いじゃない萃香。それじゃ、そこへ向かおうじゃないの」

 

「案内するよ。付いといで」

 

 萃香はくるりと身体を翻すと都の奥の方へ歩き出した。

 霊夢達はふらふらの懐夢とへとへとのチルノ達を何とか導きながら萃香の後を追った。

 

 萃香の後を追い、都の賑わいの中を歩き続けていると、一際大きな建物が見えてきた。

 建物は旅館のように大きく、その背後には大きな岩山が(そび)え立っていた。

 

「あれが温泉ですか?」

 

 文が尋ねると、萃香は頷いた。

 

「そうだよ。あそこが、この旧都に新しく立った温泉施設だ」

 

 一同は建物の目の前まで来た。

 確かに建物の裏の岩山から硫黄のような臭いがしてきているし、岩山から湯気が湧き立っている。

 

「ここが温泉か……随分とでかいな」

 

 魔理沙の呟きに萃香が答える。

 

「今旧都の妖怪達に大人気の温泉だ。定食屋もあるし宴もできるそうだよ」

 

 早苗が辺りを見回して首を傾げた。

 

「大人気……ですか。それにしてはお客さんがいないような気がしますけど?」

 

 萃香は答えた。

 この温泉が混むのは夕方と夜で、今は午前中だから混んでいないらしい。

 

 それを聞いた霊夢はにっと笑った。

 他に客がいないのならば、ほぼ貸し切りで湯に浸かる事が出来る。

 のびのびと、羽を伸ばす事が出来るだろう。

 

「それは好機ね。さぁ、入りましょう」

 

 霊夢が言うと一同は賛成し、新しく出来た温泉の施設の入口へ向かって歩いた。

 

 

 

       *

 

 

 入口で会計を済ませ、懐夢と霖之助と別れた一同は脱衣所で服を脱ぎ、浴場へ出た。

 そして驚いた。

 脱衣所を出て早々、目の前にとてつもなく広大な湯池が広がっていたからだ。

  

 温泉を目の当たりにした霊夢は、きょとんとした様子で呟いた。

 

「すっご……何この広さ」

 

 その広さは妖怪の山の麓の温泉の比にならず、首を動かさずに湯池全体を見渡す事が出来ないほどだった。その広大な湯池より立ち上る湯気で、浴場全体が靄に包まれているようにも見える。

 

「温泉だぁぁぁ!!」

 

「やっほーい!!」

 

「わっはーい!!」

 

 チルノ、ルーミア、ミスティアが叫び、湯気を裂くように湯の中へ飛び込んだ。

 その後、他の者達も続々と湯池へ入り、それぞれの人とそれぞれの場所で浸かり始めた。

 

 その中、湯に浸かりながら白蓮と星が呟いた。

 

「はぁ……ほっとしますね星」

 

「そうですね……気持ちが非常に和らぎます。ナズーリン達も連れてくれば良かったですね」

 

 星に言われて、白蓮は軽く皆を連れて来れなかった事を後悔した。

 文に誘われた時、白蓮は命蓮寺の弟子達全てに「金を出すから一緒に温泉へ行かないか」と声をかけ、誘った。しかし皆「白蓮に金を払わせるわけにはいかない」と言って乗ってくれず、結局星だけが警護役としてついてきたのだ。

 

「皆……謙遜しなくたってよかったのに」

 

 白蓮が残念そうな顔を浮かべると、星が笑んだ。

 

「いいじゃないですか。私達で彼女らの分も楽しみましょう」

 

 星に言われると、白蓮もまた笑んだ。

 

 

「はぁ……実にいい湯じゃないか」

 

 こちらは慧音と妹紅。

 二人は輝夜と永琳の方から離れて、ゆったりと湯に浸かっていた。

 

「そうだな……普段の疲れが湯に溶けていくようだ。とても心地よい……」

 

 慧音が呟くと、妹紅が返した。

 

「この湯がそんなに心地よく感じるお前は働き過ぎなんだよ。そんなんじゃ寿命縮まるどころか、そのうち過労死するぞ。毎日辛いだろ?」

 

 慧音は苦笑いした。

 

「そうでもないよ。私はこの仕事に生き甲斐を持ってるんでね、毎日楽しくて仕方ないよ」

 

 慧音は肩をぐるんぐるんと回した。

 

「あぁでも……肩が凝るな。妹紅、揉んでくれないか」

 

 妹紅は顰め面をした。

 

「そんなでかい胸持ってるからだよ。ちょっと私に分けろ。そうすりゃ肩も凝らなくなる」

 

 慧音は思わず吹き出してしまった。

 

「分けれるならお前に分けてるかもな。それで、揉んでくれるかい?」

 

 妹紅は軽く溜息を吐くと慧音の背後に付き、両肩に両手を乗せ、そのまま慧音の肩を揉み始めた。

 

「ったく……慧音(おまえ)といい向こうの永琳(あいつ)といい、なんでそんなに胸でかいんだか」

 

「知らないよ。勝手に大きくなったのだから」

 

 妹紅はむすっとした。

 

「胸の小さい私への嫌味にしか聞こえないんだけど?」

 

 慧音はまた苦笑いした。

 

「あぁすまないすまない。お、そこだそこ。いいぞ」

 

 

「あぁぁぁぁぁ~~~~~いい気持ち! ゲームで群がる巨大昆虫を凶悪光線銃で吹き飛ばした時並みに気持ちいいわ!」

 

 こちらは輝夜と永琳。

 輝夜は今酒を呑みながら湯に浸かっており、永琳は出てくる輝夜の話に腕組みをしていた。

 

「たまには外に出たらどうなの? このところ貴方ずっと室内にいるじゃない。それでこの星守るゲームに夢中になってる」

 

 輝夜は答えた。

 

「だって外出ると暑いし日焼けするし蚊に刺されるんだもん。これなら室内にいた方が得じゃない?」

 

 永琳は目を細めた。

 

「それが嫌なのね? じゃあ、メントールによる清涼効果プラス虫除け効果プラス日焼け止めの薬作ってあげるから、それ塗って外に出なさい」

 

「外になら出てるじゃない。妹紅との決闘の時とか」

 

「それ以外の時にも外出しなさいって言ってるの。全く、ぐうたら我儘なんだから」

 

「いいじゃないの。別に誰も文句言わないんだし。っていうか、この温泉景色ないわね。どこもかしこも岩山ばかりで。温泉って普通絶景付きじゃない? 渓流とか紅葉とか桜とか」

 

 あぁだこうだと文句を言い出した輝夜に永琳は思わず溜息を吐いてしまった。

 輝夜はかつては自分の教え子で、天才に等しき才を持ち日々勉強に励む子であった。自分の授業も喜んで聞いてくれたし、自身も勉強が好きだと言っていた。永琳もまた、そんな輝夜に喜んで勉強を教え込んでいたのだが、罪を犯してこの星にやってきてからというものの、『あの時の輝夜はどこへいったのか』と言いたくなるくらいぐうたらで我儘になってしまった。

 

(なんでこうなっちゃったのかしら……)

 

 永琳には輝夜がぐうたらで我儘になってしまった理由はわからなかった。

 

 

「んーっ……いい湯」

 

「本当にいい湯ですね……」

 

「あぁ~……こんなにいいお風呂に入るの久しぶり」

 

 こちらはレミリア、咲夜、パチュリー。

 三人は湯池のはずれの方で浸かっていた。

 

「この温泉紅魔館まで引けないかしら。そうすれば毎晩この温泉に入れるのに」

 

 レミリアが湯を見ながら言うと、パチュリーが答えた。

 

「無理ね。紅魔館の近くに温泉はないもの。今この時をしっかり楽しんでおく事ね」

 

 レミリアはちぇっと言った後、咲夜に言った。

 

「咲夜、しっかり休んでおきなさいよ。貴方ほぼ二十四時間働いてるんだから」

 

 咲夜は苦笑いした。

 

「大丈夫ですよ。私は時間を止めてその間に休んでたりしますから」

 

 レミリアは表情を若干険しくした。

 

「それでも働き過ぎよ。今回のお誘いも働きっぱなしの貴方の為に乗ったんだから、休まなきゃ許さないわよ」

 

 咲夜はきょとんとした。

 

「そうだったんですか……あ、ありがとうございます」

 

 気持ち申し訳なさそうに咲夜が頭を下げると、レミリアは上を見た。

 

「……ほんと、どこかに丁度いい男性いないかしら。私の専属執事になってくれて咲夜の手助けもしてくれる人……」

 

 パチュリーが答えた。

 

「いっそ街で募集してみれば?」

 

 レミリアは両掌を肩の高さまで上げて首を振った。

 

「無理よ。街で募集したところでいいのが来るわけない」

 

 咲夜は苦笑いした。

 

「確かに……女性ばかりの館に下心無しで来る男の人なんて人間の里の街にはいないでしょうね」

 

 レミリアは大きく溜息を吐いて両手を後ろ頭に回した。

 

「はぁ~ぁ。どっかにいい男の人いないかしら」

 

 

「あぁ~、いい湯。妖怪の山よりも質のいい温泉ね」

 

「そうですね。お湯が柔らかくて心地がいいです」

 

 こちらは幽々子と妖夢。このうち幽々子は他の者達と同じく酒を呑みながら湯に浸かっていた。

 

「ある人のペットの力の出し過ぎでこんなにいい温泉が湧き出るなんて、すごい偶然があるものなのね」

 

「えぇ。御師匠にも入らせてやりたいくらいです」

 

 妖夢がふと呟くと幽々子は妖夢を横目で見た。

 

「妖忌……ね?」

 

 妖夢は頷いた。

 幽々子が口にした妖忌とは、先代の白玉楼の護衛兼庭師、『魂魄妖忌』の事だ。

 妖忌は妖夢の祖父で、妖夢の剣の師匠をやりながら幽々子の元に仕えていた半人半霊だった。

 厳格な性格で、『技は盗むもの』という思想を持ち、弟子であり孫である妖夢に何か聞かれようとも一喝するだけで何も教えないという傍から見ればおかしい指南をしていた。

 しかし、その指南に間違いはなく、その指南のおかげで妖夢は強く成長する事に成功した。

 妖夢は自分を強くしてくれた祖父を敬い、その背中を目指して修行に明け暮れた。いつかあの人のように強くなってみせ、驚かせてやろうと思いながら。

 だが、妖忌幽々子に仕えてからの年数が三百年に達した年のある日、突然悟りを開き、妖夢に役目をほぼ無理矢理継がせてそのまま行方をくらましてしまった。

 それ以降、妖夢と幽々子は妖忌と会っていない。

 

「私は苦手だったけど……あの人、今頃どこで何をしているんでしょうね」

 

 幽々子の呟きを聞いて、妖夢は上を見た。

 

「きっと修行に明け暮れてくたくたになっているはずです。もう若くないのだから、こうやって温泉に入ってゆっくりしてもらいたいものですよ。お爺様には」

 

 幽々子は「そうね」と言った。

 

「またいつか、会える日が来る事を願いましょう」

 

 妖夢は頷き、笑んだ。

 

 

「あははあ! どこもかしこもネタだらけ! 情報屋の血が騒ぎますぅ!」

 

「文さん、ちょっとゆっくりしたらどうでしょうか」

 

 こちらは早苗と文。

 文は相変わらずカメラを手に立ち上がって写真を撮りまくっていた。

 なんでも、見た事もない光景と広大な湯池に情報屋の血が騒いでしまって抑え込めないらしい。

 文とじっくりと話をしてみようと考えていた早苗は、大興奮してカメラのシャッターを押しまくる文に少し戸惑っていた。完全に、じっくりと話が出来そうな状態ではない。

 

「文さん、せっかく温泉に来たのですから、今くらいお仕事お休みしましょうよ」

 

 早苗が苦笑いしながら言ったその時、文はくるりと早苗の方を向いてシャッターを押した。

 写真をいきなりとられた事に、早苗はきょとんとしてしまった。

 

「ちょ、文さん!? 何で撮ったんですか今」

 

 文は満面の笑みで答えた。

 

「いいですねぇ! 女子高生の裸体ッ!! これ新聞に載せれば大人気間違いなしです!

 いや待てよ……今撮った写真全部乗せた写真集を作れば、更なる人気が見込めるかも……!?」

 

 早苗は思わず焦った。

 

「ちょ、やめてくださいよ! 勝手に写真集なんか作らないでください!」

 

 早苗が顔を赤らめると、文はギラリと目を光らせ、もう一度早苗をカメラに収めた。

 

「良いねぇその顔! 恥ずかしがってる表情もまた人気を呼べますよ!!」

 

「だからやめてくださいってばぁ!」

 

 恥ずかしがる早苗を気にせず文は写真を撮りまくり、写真の数が十数枚目に到達すると、カメラから目を離して鼻息をした。

 

「むふー。早苗さんのはこれだけあれば十分です。後はここにいる皆さんの写真です!」

 

 早苗は湯池に身体を完全に潜らせた。

 情報収集能力だったら幻想郷一の文ならば神獣の事について何か知っているのではないかと思い、聞き出してみようと画策していたのだが、それは丸潰れした。

 文は写真を撮る事に夢中になってて、話を聞こうとする姿勢を一向に見せない。もはや文と話をするのは不可能のようだ。……それに加え、裸体を散々撮られてしまった。

 

「……文さんだったら神獣様の事何か知ってると思ったのにい……」

 

 

「ほら見てよ大ちゃん、ルーミア、みすちー。水死体ー」

 

 こちらはチルノ、大妖精、ルーミア、ミスティアの四人。

 四人はいつもと変わらない様子で、温泉を楽しんでいた。

 ちなみに今チルノは湯池に仰向けになって浮かんで水死体と言っており、それを見た大妖精は思わず顔を赤らめた。

 

「やめてよチルノちゃん。そんな身体広げなくたっていいじゃない」

 

 湯池に浮かびながらチルノは答えた。

 

「えー、なんでー」

 

「何でって……もう少し恥ずかしがろうよ。私達女の子なんだよ?」

 

 そのうちルーミアが「私もやる」と言ってチルノの隣に並んで仰向けになって浮かんだ。

 

「ありゃ、意外と気持ちいいかも。大ちゃんもやってみるといいよー」

 

「ルーミアさんまで……」

 

 大妖精はまた顔を赤らめたが、直後大妖精にミスティアが声をかけた。

 

「そういえば大ちゃん、チルノってお湯に入ってて大丈夫なの?」

 

 大妖精は答えた。

 チルノは氷の妖精で身体も氷のように溶けやすいと見られがちだが、実はチルノの身体は摂氏百度以上の熱でないと解けないほどの強度を持っている。だから、この温泉の熱などへっちゃらなのだ。

 

「チルノちゃんの身体はああ見えて溶けにくいんだよ。だからこうやって温泉を楽しむ事が出来てるの」

 

 ミスティアはへぇーと言った。

 その時、話に出てきたチルノが呟いた。

 

「よぉく見ろ。こんな綺麗な水死体は地獄に行っても天国に行っても見られんぞ」

 

 ルーミアが続いた。

 

「これは……敵の巧妙な罠です! 水死体が喋ってます!! 死んでいません!!」

 

 大妖精とミスティアはぽかんとしてしまった。

 チルノとルーミアが何か言ったが、全く意味が分からない。

 その時、チルノが悔しそうに叫んだ。

 

「むぁー! なんでここに懐夢いないんだー! 懐夢がいれば何かしらのツッコミくれるのにー!」

 

 それを聞いた大妖精とミスティアは苦笑いしてしまった。

 懐夢はチルノが何かふざけた行動や所謂『ボケ』をすると高確率でツッコミを入れる。

 しかし、今はその懐夢はいないためチルノの『ボケ』が独り歩きしてしまっていて、懐夢がいない事をチルノは悔しがっているようにも見える。これから察するに、チルノは懐夢にツッコまれるのがもはや習慣になってしまっているらしい。

 

 その時、大妖精はふと昔の事を思い出した。

 懐夢がこのメンバーに加わる前、チルノがボケるとリグルがツッコミを入れていたし、その時はチルノもリグルに突っ込まれることを習慣にしていた。

 もしこの場にリグルがいたのであれば、リグルが容赦なくチルノとルーミアのボケにツッコミを入れていたところだが、今この場にリグルはいない。

 

「懐夢さんがいなくても、リグルさんがいればツッコミを入れるんでしょうけど……」

 

 ミスティアが少し悲しげな表情を浮かべた。

 

「本当にどこ行っちゃったんだろうねリグル……」

 

 

「あぁ~、やっぱ温泉はこうじゃないとねぇ」

 

 こちらは魔理沙とアリス。

 魔理沙は頭にタオルを乗せて湯に浸かり、アリスはそれを少し呆れた様子で見ていた。

 

「……貴方、頭にタオルなんか乗せちゃって、親父っぽいわよ?」

 

 魔理沙は笑った。

 

「私は女だぜ。それ言うなら親父じゃなくて御袋だよ」

 

「そういう意味で言ったんじゃないんだけど」

 

 アリスはそう言うと、近くの岩の上に置いてある盆の上のティーカップを手に取り、中の紅茶を啜った。

 この紅茶は、温泉に入る際に飲み物などの注文を承っている受付でアリスが注文したものだ。

 酒ならまだしも風呂に入りながら紅茶を啜るアリスに魔理沙は不思議そうな顔をした。

 

「それにしてもお前はほんと不思議な事をする奴だな。温泉に紅茶だって」

 

 アリスは答えた。

 

「受付にあったから注文しただけよ。それに、温泉に入ってるときだって汗掻くんだから、ちゃんとそれに見合った水分補給をしないと」

 

「それ冷水でよくね? 何も紅茶でやらなくなっていいだろ」

 

「だから、たまたま紅茶があったから頼んだだけよ」

 

 魔理沙はふーんと言った。

 

「そういや、私達文に誘われてここに来たわけだけど……霊夢はそうじゃないっぽいな」

 

 アリスは魔理沙を見た。

 

「日頃の疲れを癒しにじゃないの?」

 

 魔理沙は首を横に振った。

 霊夢は異変の時や戦いの時は普段からは考えられないような真剣な表情を浮かべる。まるで霊夢の意志がそのまま顔に現れ出ているような、独特の表情。

 霊夢はこの温泉に来る時、その表情を浮かべていた。

 それから察するに、霊夢はただ温泉の楽しみにここへ来ているわけではなく、何か別な、大きな目的を持ってこの場にやってきている。自分達にはわからない、何か重要な目的を持ってここへやってきている……。

 魔理沙はそんな気がしてならなかった。

 

「何か裏があるぜ」

 

「そうかしら」

 

 そう言ってアリスはまた紅茶を啜った。

 

 

「あの紫様……」

 

 こちらは紫、藍、橙、霊夢、萃香。

 このうち、萃香は酒を呑み続け、霊夢は辺りをきょろきょろと見回し、紫はじっと霊夢を見て、藍と橙はのんびりと湯池に浸かっていたが、藍はある事が気になって紫に声をかけた。

 紫は霊夢から視線を逸らして藍の顔を見た。

 

「どうしたの藍」

 

 藍は答えた。

 

「私達平気で温泉に入っていますが、大丈夫でしょうか?」

 

 藍が気にしていた事は、自分達が温泉に入る事が出来ている事だ。

 自分達式神は水に濡れるとその式が剥がれてしまい、ただの妖怪へ戻ってしまう。

 そのため、風呂に入る事もないのだが、今回は紫が風呂に入る事を許可してくれ、入れと言ってくれた。

 藍は橙と紫に言われるまま風呂に入っているが、どうして入って良かったのか気になって仕方がない。

 

 その問いかけを聞いた紫は笑んで答えた。

 

「水に濡れて大丈夫かですって? 大丈夫よ。貴方達に気付かれないうちに、一定時間だけ式が剥がれないようになる術を貴方達にかけたから」

 

 藍は吃驚した様子を見せた。

 

「い、いつの間に……」

 

 紫はふふんと笑った。

 

「今日はサービスデーよ。思う存分温泉を楽しみなさい。あ、これ命令ね」

 

 藍は頷き、橙と共に体を伸ばしてゆったりと湯に浸かった。

 直後、紫は霊夢に声をかけた。

 

「霊夢。何をきょろきょろとしているの? もしかして懐夢が心配?」

 

 霊夢は首を横に振り、紫と目を合わせた。

 

「紫。伝説の真相を知る人ってどこ? 今のところそれっぽい人はここにいないみたいだけど」

 

 霊夢は温泉に入ってからずっと辺りを見回していた。紫の言っていた、八俣遠呂智の伝説の真相を知る人を探して。しかし、どこを見てもそれらしき人物はいなかった。どんなに全体を眺めても、自分達以外の人物はいない。

 

 霊夢の問いかけに、紫は答えた。

 

「あぁ、それなら」

 

 紫が言いかけたその時、割り込むように背後から声が聞こえてきた。

 

「あら、貴方がたは……」

 

 霊夢と紫、藍と橙は思わずその方向へ振り返った。

 そこには深紅の瞳を半分しか開けておらず、髪の毛がやや癖のある薄紫のボブの髪型にカチューシャを付け、複数のコードで繋がれている目のついた球体を胸元に浮かべた少し体の小さい裸身の少女が立っていた。

 

「さとり……!」

 

 霊夢は少女に言った。

 この少女の名は古明地さとり。

 旧地獄の中央にある地霊殿という屋敷の主で、前の異変の時に霊夢と戦った事のある人物だ。それに、この温泉を作ったとされる霊烏路空の飼い主でもある。

 

 さとりは霊夢達を見て穏やかな笑みを浮かべた。

 

「あらあら、今日は皆で温泉旅行ですか」

 

 霊夢はその時閃いた。

 もしかしたら、紫の言っている八俣遠呂智の伝説の真相を知る者とはこのさとりの事ではないだろうか。さとりはこう見えて読書を好み沢山の書物を読み漁っているから、八俣遠呂智の伝説の事を知っていても不思議ではないかもしれない。

 

「皆は旅行がてらだけど、私はちょっと別な用事があって来たのよ。さとり」

 

 霊夢が言いかけると、さとりが割り込むように言った。

 

「なるほど……八俣遠呂智の伝説の真相を知る人に会いに来た……ですか」

 

 霊夢はさとりの能力を思い出して苦笑いした。

 さとりには他人の心を読む能力がある。さとりの胸元に浮かぶあの目のついた球体が、人物を見る事によって心を読み取り、さとりの頭の中に映すという。

 だから物事を考えても、隠し事をしてもすぐに気付かれてしまうし、相手が一方的にこっちの考えている事を言い当ててくるものだからコミュニケーションもとれない。

 しかし、場合によっては会話をスムーズに進める事が出来る。

 

「そうなのよ。さとり、それが誰なのか、そしてその人が今どこにいるのか、わかる?」

 

 さとりは頷いた。

 

「えぇわかりますよ。その人は今……」

 

 

 

     *

 

 一方その頃男湯

 

 こちらは懐夢と霖之助。

 二人は、時折背後の岩山の向こうから聞こえてくる女性達の声を聞きながら森閑とした浴場で会話をしていた。

 

「二人だけだと静かだね……」

 

 懐夢が呟くと霖之助が腕組みをした。

 

「いいじゃないか。風呂は静かに入るものだろう」

 

「そうかな」

 

 懐夢は軽く上を見てかつて大蛇里の温浴場の事を思い出した。

 温浴の時間になると、村中の子供達が集まって湯池に入り、騒ぎながら身体の汚れや垢を落としたりした。大人達にやかましいと言われるくらい騒ぎながら入る風呂が、懐夢は大好きだった。

 そのせいなのか、霖之助の言葉が腑に落ちず、わいわい騒いでいる女湯が羨ましかった。

 

「今頃チルノがふざけてるだろうなぁ……僕が女の子だったら一緒に入ってツッコミ入れられるのに」

 

 霖之助は苦笑いした。

 

「そんな事言うなよ。男には男しか楽しめない事が山ほどあるんだぞ。もっと男に生まれた事を誇れって」

 

 懐夢はむぅーと言って顔を半分湯に潜らせた後、口を出して言った。

 

「でも僕、やっぱり大勢で入る方が好きだな……もっと人いないかなぁ……」

 

 懐夢が言ったその時、湯気の向こうから声が聞こえてきた。

 

「……そうか。お前は大勢で入る風呂の良さを知っているが、一人で静かに入る風呂の良さを知らぬのだな」

 

 懐夢と霖之助はきょとんとした。

 そのうち懐夢は、声の聞こえてきた方を向いて声を出した。

 

「だ……誰?」

 

 その時、湯気が薄くなってよく見えなかった湯気の向こうが見えるようになった。

 そこには自分達に声をかけてきたであろう人物の姿があり、その人物は、深紅の瞳で赤茶色の長い髪の毛で筋肉が隆々とした肉体を持ち、頭の左右から二本の捻じれた角を生やした見た目三十歳くらいの男性だった。しかも手には酒が並々と注がれた漆塗りの大きな酒器を携えている。

 

 懐夢は、その男性の頭から生える角を見て、男性が何なのかすぐに理解した。

 鬼だ。萃香と同じ、鬼。

 

「鬼……」

 

 初めて見る男性の鬼に懐夢は釘付けになってしまったが、そのうち霖之助が言った。

 

「随分と面白い事を言う鬼だな。それにかなりの酒豪のようだ」

 

 鬼はフッと鼻で笑った。

 

「お前達、地上から来たようだな」

 

 懐夢はハッとして、頷いた。

 

「そうです。女湯の方に僕の友達がいて、その人達に連れられて来たんです」

 

 鬼は懐夢に尋ねた。

 

「そうか。ところでここに来るのは初めてか?」

 

 懐夢は頷いた。

 鬼は続けて懐夢に尋ねた。

 

「地底は狭いだろう? 居辛くないか?」

 

 懐夢は首を横に振って笑んだ。

 

「そんな事ないです。地上とは違う良さのあるところだって、わかります」

 

 鬼は笑った。

 

「そうか。それはよかった。せっかく地底へやって来たのだ。ゆっくりしていってくれ」

 

 懐夢は頷き、安心した。

 この鬼に話しかけられた時、どんなに恐ろしい鬼なのかと思っていたが、実際は全然恐ろしくない、柔らかな雰囲気を持っている穏やかな人だった。全然、怖くないし、人間と変わりない。

 

「はい。ゆっくりしていきま……」

 

 鬼に言い返そうとしたその時、懐夢の目にあるものが映った。

 それは鬼の持っている大きな酒器の中を満たす酒だった。

 

 ―――お酒なんか嫌い。お酒の匂いなんか大っ嫌い。

 懐夢はずっとそう思っていた。実際、神社の台所にあった自家製の酒の匂いを嗅いで嫌悪感を抱いたくらいだ。

 

(あれ……?)

 

 なのに何故か今、鬼の持つあの酒が非常に輝いて見える。

 大嫌いなはずの酒が、とても美味しそうに見える。

 不快感でしかなかった匂いを嗅いでみれば、それもまた美味しそうな匂いに感じた。

 

 匂いといい見た目といい、酒が美味しそうに見えて仕方がない。

 何故だかはわからない。

 でも、酒がとても美味しそうに見える。

 

 飲みたい。

 

 音を立てて、飲みたい。

 

 お酒は飲んでは駄目って言われてるけど……なんかもうどうでもいい。

 

 あの酒器の中を満たすお酒を、飲み干したい。

 

 今、飲みたい。

 

 がまんできない。

 

 

「ん? どうした」

 

 鬼は首を傾げて懐夢を見た。

 

 懐夢はゆっくりと鬼に近寄り、言った。

 

「……そのお酒、ください」

 

 




異変、発生?

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