東方双夢譚   作:クジュラ・レイ

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11 厄病子

 霊夢は八雲紫の家の前まで来た。

 一般の人間や妖怪からはそう簡単には見つからないところにあるためか、家の前は森閑としていた。

 この家には紫の他に紫の式神である九尾狐の八雲藍、その式神である猫又の橙が住んでおり、このうちの藍が家事を担当している。それは何故なのかというと、主人である紫が寝ているかどこかを彷徨っているかのどちらかで、全く家の事をやろうとはしないうえに、家にいない事自体多いからだ。

 

(いるかしら紫……会えるかどうか全く見当つかないけど……)

 

 霊夢は若干の不安を抱きながら入り口の門をくぐり、敷地内に入り込んだ。

 その直後、何かの鳴き声が聞こえてきた。耳を澄まして聞いてみると、猫の鳴き声だった。

 どこかに猫でもいるのだろうかと辺りを見回してみると、中庭の奥の方に数匹の猫と紅い服を身に纏い緑色の少し小さめの帽子を被り、頭から猫の耳を、尻の辺りから二本の黒い猫の尻尾を生やした赤茶色の髪の毛の少女の姿があった。

 この少女こそ、八雲藍の式神である橙である。

 

(橙だわ。紫が居るか知ってるかも)

 

 霊夢は橙を見つけると早速橙に近付いた。

 橙も猫達も霊夢の気配を感じ取ったのか振り向き、霊夢を見つけた。

 

「あ、霊夢」

 

「橙、紫いる?」

 

 橙は頷いた。紫は今、家の居間で"何か"やっているそうだ。

 霊夢は橙の言う何かが何の事なのか疑問に思ったが、きっと橙には理解できない事だと思い、すぐに捨て去ると橙に礼を言い、紫の家の玄関口に来た。

 直後、藍が奥の部屋から出てきた。こちらに気配に気付いてやってきたようだ。

 

「どちら様かな……って霊夢か」

 

「藍、紫何してる? 紫と話がしたいんだけど」

 

 霊夢が尋ねると、藍は奥の部屋の方を見た。

 

「紫様なら、居間で書物を諳んずられていらっしゃる。なんだ、また何か大きな異変の前触れでも感知したのか?」

 

 藍が霊夢の方を向き直すと霊夢は靴を脱ぎ玄関に上がり込んだ。

 

「異変とかじゃないんだけど、とりあえず紫に聞きたい事があるのよ」

 

 霊夢は言うと藍に居間の方向を聞き、その方へ向かった。

 やがて居間に辿り着くと、藍の言うとおり、紫がテーブルの前の座布団に座って巻物を諳んじていた。

 

「紫」

 

 霊夢が声をかけると、紫はぱっと頭を上げて霊夢の方を見た。

 

「あら霊夢じゃない。珍しいわね貴方から私の家に来るなんて」

 

 紫はにこっと笑ったが、霊夢はそれに少し驚いた。

 いつもの紫ならば、ある人物が玄関口に来た時点でその人物が何者なのか悟るのだが、今のはまるで居間に来られるまで気付かなかったような口ぶりだ。

 書物に夢中になっていたのだろうか。それとも、本当は気付いていて、気付かなかったと嘘を吐いているのか……。

 

「丁度良かったわ。貴方に話したい事があったのよ」

 

 考えていたその時、紫は巻物をくるくると撒いてテーブルに置き、声をかけてきた。

 霊夢は腕組みをした。

 

「変な奇遇ね。私も話したい事があってここに来た」

 

 紫は「あら」と言った。

 

「そうなの。まぁとにかく座りなさいな」

 

 霊夢は紫とテーブル越しの位置にある座布団に腰を掛けた。

 直後、紫が口を開いた。

 

「貴方の話からでかまわないわ。と言っても何を話そうとしているか、筒抜けだけどね」

 

 紫は手を胸元の近くまで上げて人差し指を立てた。

 

「ずばり、同居生活中の懐夢についてでしょう?」

 

 霊夢は思わず驚いてしまった。

 

「ど、どうしてそれを?」

 

 紫は両掌を横に広げた。

 

「忘れたの? 私の役目は博麗大結界の監視と博麗の巫女の観察。貴方が世話をする事になった懐夢の事くらい、ばっちり理解してるわ」

 

 霊夢は言われて紫の役割を思い出した。

 紫はこの幻想郷に存在する六人の妖怪の大賢者達のうちの一人であり、今言ったように幻想郷を覆う大結界、博麗大結界の監視と、霊夢や霊夢の母親と言った博麗の巫女の選別と観察という重要な役割を任されている。

 紫は、いつも暇そうにしていながらも博麗の巫女の身に起きた出来事と博麗大結界を観察している。

 自分の事など、文字通り筒抜けなのだ。

 

「懐夢……見てて思ったけれどすごい子ね。あっという間に空を飛ぶ能力とスペルカードを取得した。普通の妖怪達の何倍もの速度で」

 

 紫は慧音とまるで同じような事を言った。

 どうやら本当に懐夢の能力の取得速度は桁外れらしい。

 

「そこまで知っているのなら話は早いわ。そのあの子の能力についての話なんだけど」

 

 霊夢は紫に慧音にも尋ねた事を、改めて尋ねた。

 それを聞いた紫は少し下を向き顎に手を添えた。

 

「博麗神社にいる時だけ能力が使えず、出ると使えるようになる……か」

 

 霊夢は頷いた。

 

「えぇ。慧音が言うからには神社に彼の能力の発動を妨げる何かがあるからこういう現象が起きるそうなんだけど……紫、これで正しい?」

 

 紫は顔を上げた。

 

「……えぇ。その推測はあってるわ。私が見る限りではあの子に不調は無さそうだから……それであってるわ」

 

 霊夢は少しだけ顔を明るくした。

 

「じゃあ、それが何なのか、あんたわかる?慧音に聞いてわからないって答えられたからあんたのところに来たんだけど」

 

 紫は首を横に振った。

 

「残念だけど、もっと詳しく調べないとわからないわ。博麗神社と彼の関係を……」

 

 霊夢はしょんぼりした。紫に聞けば分かるのではないかと思ったのだが、それも違ったようだ。

 

「そう……」

 

「あぁ、でも」

 

 紫が言いかけると、霊夢は即座に紫の方を向いた。

 紫は霊夢がこちらに顔を向けてきたのを確認すると口を再度開いた。

 

「はっきり言える事が一つだけあるわ」

 

 霊夢は少し首を傾げた。

 

「何よ。言って」

 

 紫は表情を険しくした。

 

「彼は……貴方にとって……疫病神よ」

 

 霊夢は思わず目を丸くした。

 

「……疫病神?」

 

 紫は頷いた。

 

「えぇ。これ以上懐夢と一緒にいたら、貴方は後々絶対に不幸になる。でも今ならまだ間に合うわ。今の内の縁を切って彼を博麗神社から追い出しなさい」

 

 霊夢は思わず呆れてしまった。

 懐夢が疫病神だの、縁を切れだのわけがわからない。

 

「彼が疫病神ぃ? まるで意味が分からないんだけど。何、雛か何かと同じなわけ?」

 

 霊夢が呆れたような顔をするが、紫は表情一つ変えず続けた。

 

「そうじゃないわ。彼は、"貴方に"大きな厄災を齎すって言ってるのよ。そして貴方は絶対に、その厄災に勝つ事は出来ない。乗り越える事なんてできない。貴方は……の……わい子だから」

 

 紫は最後の辺りを小声で言った。

 しかし霊夢はそんな事を気にせず、立ち上がって怒鳴った。

 

「ふざけないで頂戴ッ。あの子が厄災を私に? あり得ないわ! あの子のどこが疫病神だっていうのよ。あんなによく出来た、手間のかからない子が!?」

 

 紫は霊夢に落ち着くよう言った。

 しかし、霊夢はそれを跳ね除けて続けた。

 

「それにね、私はあの子との生活を幸せだと思えてるし、決めたのよ。私があの子の拠り所になるんだって、私があの子の家族のようなものになるんだって。

 ……はっきり言わせてもらうわ。私はあんたやあんた達大賢者に何を言われようが百詠懐夢を手放すつもりはない!」

 

 霊夢が力強く叫んだその時。

 

「うっ……くッ―――――!?」

 

 胸から背へ、激しくはないが強い痛みが走った。

 胸を内側から何かに噛まれ、そのまま食いちぎられるような痛みだった。

 息が詰まったような錯覚を覚え、胸を押さえ、霊夢は畳の上に膝を着いた。

 突然の事に紫は驚き、霊夢へ駆け寄った。

 

「ど、どうしたの霊夢!?」

 

 脂汗と冷や汗が全身に吹き出し、苦悶しているうちに、痛みはふっと消えて霊夢は思い切り息を吐き出して吸った。

 

「……治まった?」

 

 紫に声をかけられ、手を差し伸べられると霊夢はそれを振り払い、立ち上がって嫌な汗で濡れた顔を袖で拭うと紫の方を向いて口を開いた。

 

「紫、もう一度言わせてもらうわ。私は何が何でも、懐夢を手放すつもりはない!」

 

 紫は首を横に振った。

 

「そうじゃなくて、貴方、今どうしたの? 胸を押さえていたけど、痛かったの?」

 

 霊夢は紫から視線を背けた。

 

「あんたには関係ないわ。来るんじゃなかったわ……邪魔して悪かったわね」

 

 霊夢は歩き出すとそのまま家を出て、橙達にも目もくれず上空へ飛び去った。

 居間に取り残された紫は一つ溜息を吐いた。

 

(手放すつもりはない……か)

 

 

 

 

                 *

 

 

 

 霊夢は迷いの竹林の内部に入り込んだ。

 紫の家を出た時から心の中を、黒々とした泥のような不安が満たしていた。

 先程感じた痛みはあからさま只事ではなかった。近頃、胸の中を何かがうごめくような違和感を感じる事があって、気にはなっていたが、先程の痛みによって確信へ変化を遂げた。

 胸の違和感が、痛みへ変わった。―――どんどん、ひどくなってきている。

 

(私……病気……なのかな……?)

 

 まだ十七歳だと言うのに、重病を発症したのだろうか。

 だとすればそれは何の病気だろうか。胸の痛みだから、心臓病だろうか……?

 ならば、早急に永琳に診てもらった方が良さそうだ。

 自分が死んでしまったら博麗の巫女は次のが必要になるし、何より、懐夢をまた一人にしてしまう。

 それだけは、してはならないような気がする。

 だからこそ、こうして迷いの竹林の中に来たのだ。中にある永遠亭の医者、八意永琳に診察してもらうために。

 

(行こう)

 

 霊夢は心の中で呟くと竹林の深部にある永遠亭を目指して歩き出した。竹林の中は文字通り竹だらけで、ろくに飛べたものじゃない。永遠亭には基本的に歩いて向かう必要があるのだ。

 竹林の中は先程の紫の家の周りのように森閑としていた。妖怪も妖精も、動物達の姿も見えない。

 もっとも、迷いの竹林は元々あまり動物の住んでいる竹林ではないのだが。

 竹林の間を抜け続けていると、大きな屋敷が見えてきた。蓬莱山輝夜と八意永琳、二人に属している兎達の住まう永遠亭だ。

 

 霊夢は早速その門の前まで歩き、声を出した。

 流石に黙って入るわけにはいかない。

 

「ちょっとー誰かいないー?」

 

 大声を出して呼びかけてみたところ、屋敷の中から誰かが出てきた。

 見たところそれは、頭から兎の耳を生やし、薄桃色の服を身に纏った黒色のショートヘアの少女だった。

 

「あ、霊夢だ」

 

 この少女こそ、永琳に仕える兎の一人である因幡てゐである。

 霊夢はてゐを見つけるなり早速声をかけた。

 

「てゐ、永琳いない? ちょっと診てもらいたいんだけど」

 

 てゐはそれを聞いてさぞ意外そうに声を出した。

 

「へぇーっ。霊夢でも師匠にかかる事あるんだ」

 

 霊夢は目を細めた。

 

「当然よ。私だって生身の人間だもの。医者にかかる事があったって珍しくないわ。ところで、永琳はどっちにいるの?」

 

 てゐは右方向を見た。

 

「中の診療所にいるよ」

 

「そう。ありがと」

 

 霊夢は早速屋敷の中に上がり込むと、てゐの言う診療所を目指して歩き出した。

 月の姫君、蓬莱山輝夜の屋敷であるからなのか中は広く、道中数多数の兎と出くわしもした。

 そうしているうちに、霊夢は一つの扉の前に立ち止まった。

 扉のすぐ横の壁を見てみたところ、八意診療所と書かれた立札が付けられていた。

 どうやら、ここで間違いないようだ。

 扉を開けて中に入り込んでみると、薄らと消毒のような薬品の臭いが漂ってきた。

 部屋の中にはベッドと薬の入った棚とテーブルと二つの椅子が置かれており、その内の一つに銀色の長い髪の毛を三つ編みの一本結びにして、頭に赤十字の入った赤と藍色で構成された帽子を被り、帽子と同じ赤と藍色で構成された服を身に纏った女性が座っていた。

 この女性こそが、蓬莱山輝夜の家庭教師かつどんな病気も理解し、様々な薬を作り出せる名医である八意永琳である。

 

 永琳は霊夢の入室に気付いたのか、霊夢の方を見た。

 

「あら、霊夢じゃないの。どうしたの? どこか悪いの?」

 

「えぇ。貴方に診てもらいたくて来た」

 

 霊夢がすんなり答えると、永琳は霊夢に椅子に座るよう指示した。

 霊夢はそれに応じて椅子に座り、永琳は霊夢と目を合わせた。

 

「それで、どこが悪いの?」

 

 霊夢は手で軽く胸を叩いた。

 永琳は少し首を傾げた。

 

「胸?」

 

 霊夢は頷き、いつ頃から前兆が現れてどのような症状を引き起こしたかを永琳に全て話した。

 

「なるほど……二ヶ月前くらいから時折胸の中で何かが蠢くような違和感を感じ始め、ついさっき胸の中を噛まれて食いちぎられるような痛みに襲われた……と」

 

 霊夢は再度頷いた。

 永琳は目を数秒閉じて再度開くと、霊夢に声をかけた。

 

「わかったわ。早速診てみるわ」

 

 永琳は声をかけるなり突然霊夢の胸元に手を伸ばし、当てた。

 霊夢は突然の事に驚いて永琳を見た。

 

「ちょ、何すんのよ」

 

「何って? 診察よ」

 

 永琳曰く、体に特殊な波動を当てて、反射して返ってきた波動のパターンによって病気を判別する方法を今から試すという。これによってわかった病気に効く薬を渡してくれるそうだ。

 霊夢がそれに納得するや否、永琳は目を閉じ、掌から霊夢の体内へ向けて特殊な波動を放った。

 一瞬体の中を何かが通ったような感覚を霊夢が感じたのとほぼ同時に、波動が永琳の掌へ返ってきた。

 永琳は波動を感じ取ると目を開けて、首を傾げた。

 

「あれ……?」

 

「どうしたの?」

 

 霊夢が声をかけると、永琳は答えて目を閉じた。

 

「ごめんなさい霊夢、もう一度やらせて頂戴」

 

 永琳は言うと再び霊夢の体内へ向けて波動を放った。

 次の瞬間、波動が永琳の掌へ戻ってきたが、永琳は目を開けてまた首を傾げ、霊夢の胸から手を離した。

 霊夢は診察が終わったと思い、声をかけた。

 

「どう?」

 

 永琳は少し眉を寄せた。

 

「……霊夢……貴方の体は異常無しよ。貴方は、健康そのものだわ」

 

 言われて、霊夢は驚いた。

 あの時感じた痛みは普通ではなかった。

 体に異常が無いならばあんな痛みが突然襲い来る事などないはずだ。

 

「あんた、ちゃんとやったの?」

 

 永琳は頷いた。

 

「間違いなくちゃんとやったわよ。けれど貴方の体から返ってきた波動は、健康を示すパターンの波動だったの」

 

 永琳に言われて霊夢は眉を寄せた。

 名医である永琳が嘘を言うはずはない。やはり自分の体は、永琳の言うとおり健康体なのだ。

 ならば、あの痛みは一体何だったのだろうか。……全く見当が付かない。

 

「とにかく、また発症すると悪いから、胸痛に効く薬を出しておくわ」

 

 永琳は一言言うと、近くの薬棚から錠剤の入った小さな瓶を一つ取り出して霊夢に手渡した。

 永琳によればこの薬は今日と明日の寝る前に飲めばいいらしい。

 

「……わかったわ。今日はありがとう」

 

「もし、また発症するようなのであれば来て頂戴。再度診てみるわ」

 

 霊夢は永琳に礼を言うと、薬瓶を懐に入れて診療所を出て、やがて永遠亭からも出て上空へ舞い上がり、博麗神社へと飛び立った。

 

 

                 *

 

 

 一方その頃紅魔館では、レミリア、懐夢、咲夜の三人で先程のテラスにて話に花を咲かせていた。

 咲夜も懐夢がレミリアの正式な友達になった事にさぞ驚いており、「お嬢様にお友達が出来るのは、市街地に四足歩行の鋼鉄の巨大要塞が現れてそこから二足歩行の鋼鉄の巨人と空を飛ぶ鋼鉄の鳥と巨大昆虫が投下されて侵略が開始されるくらいの天変地異に等しい」などとわけのわからない喩を言ってレミリアを怒らせていた。……まぁ懐夢には全くわけがわからない喩なので、咲夜に苦笑するしかなかったが。

 

「そういえば紅魔館(ここ)って、女の人しかいないの? 男の人がいないみたいだけど」

 

 懐夢が一つ二人に問うと、そのうちの咲夜が答えた。

 

「仰る通りです。この紅魔館の従業員は女性だけになっております。男性はいません」

 

 懐夢は「へぇ~」と言った。

 その直後レミリアが若干上を向いた。

 

「でも……そろそろ欲しいかもしれないわ。男の従業員一人くらい」

 

 レミリアの一言に咲夜がピクリと反応して、レミリアの方を見た。

 直後レミリアは何かを閃いた用に人差し指を立てた。

 

「そうよ……執事よ! 執事(バトラー)が欲しいわ!」

 

 レミリアが叫ぶや否、咲夜は驚き、落ち込んだ。

 

「執事……あぁ……お嬢様……私では不満だと仰るのですね……」

 

 レミリアは咲夜の方を見て首を横に振った。

 

「そうじゃないわよ。私の相手と紅魔館全体の家事こなして咲夜きつそうだから、もう一人付け足してやりたいと思ったのよ。もう一人動けるのがいれば、咲夜少しは楽になるでしょ?」

 

 咲夜はまた反応を示すと、胸を撫で下ろした。

 

「あぁそう言う事でしたか。まぁ確かに、妖精メイド達とは違い、まともに動いてくれる男の人が一人来るだけでも、紅魔館の経営は今よりもずっと安定しそうですしね。私自身の手間も多少は減るかもしれません」

 

 咲夜がレミリアの提案に賛成しかけると、レミリアは「でしょでしょ!」と喜んだ。

 

「けれどお嬢様……そんな方、どこにいるのです?」

 

 咲夜に問われて、レミリアは硬直した。

 咲夜のためを考えて言ってみたものの、そんな都合のいい人物がどこにいるかなど知らない。

 そもそも、自分自身男友達などいない。いるとすれば、懐夢ただ一人だけだ。

 そう思ったその時、レミリアはピンと指を鳴らして懐夢の方を見た。懐夢はレミリアと目を合わせるなり鳥肌を立たせた。

 

「な、何?」

 

 懐夢がしどろもどろすると、レミリアはにっこりと笑った。

 

「懐夢、私の執事になりなさい!」

 

 レミリアの一言に懐夢と咲夜はその場にひっくり返った。

 その内の咲夜は起き上がるとレミリアに焦りながら声をかけた。

 

「お、お待ちくださいお嬢様。懐夢さんはまだ九歳ですよ? 紅魔館の家事ができるほどの年齢ではありません」

 

 言われてレミリアは「えぇ~」と言い返した。

 

「だって私の男友達は今のところ懐夢だけなんだもん。私の執事になる権利はあるわ」

 

 懐夢は首を思い切り横に振った。

 

「いや、その理屈はおかしい」

 

 懐夢の一言を聞くとレミリアは溜息を吐いて上を見上げた。

 

「ちぇっ。あぁでも本当にいないかしら。私の執事になってくれる人」

 

 その様子を見るなり、懐夢と咲夜は苦笑した。

 しかしその後すぐに、レミリアは咲夜の方を向いてある事を尋ねた。

 

「咲夜、今何時?」

 

 咲夜は咄嗟に懐中時計を取り出し、時計の針の位置を確認した。

 

「午後五時です」

 

 咲夜の答えに懐夢が反応を示した。

 五時と言えば、神社に帰らなくてはならない時間だ。

 

「もうそんな時間なんだ。帰らないと!」

 

 懐夢は椅子から立ち上がると、レミリアと咲夜に頭を下げた。

 

「レミリア、今日は本当にありがとう。楽しかったよ」

 

 レミリアは掌を軽く降った。

 

「礼には及ばないわ。また、来て頂戴ね」

 

 続いて咲夜が立ち上がり、テラスへの入口の前に立った。

 

「玄関はこちらです。案内いたしますね」

 

 咲夜が入口の戸を開けると、懐夢は咲夜の後を追った。

 そのうち、紅魔館の出口に辿り着き、懐夢は館の外に出て、咲夜は玄関口の前で立ち止まった。

 

「またいらしてね。お嬢様に友達が出来るなんて、滅多にない事だから」

 

 咲夜に言われて懐夢ははいと答えた。

 その直後、懐夢はふとある事を思い出した。先程のレミリアの話だ。

 レミリアは咲夜の為にと言って執事の雇用を提案して、やる気のようだったが、咲夜はどうなのだろうか。

 

「ねぇ咲夜さん。咲夜さんはさっきの話どう思いますか?」

 

 咲夜は軽く首を傾げた。

 

「さっきの話?」

 

 懐夢は頷いた。

 

「紅魔館に執事が欲しいっていう話です。咲夜さんもレミリアと同じように紅魔館に執事が欲しいとか考えてたりするんですか?」

 

 咲夜は「あぁ~」と言って軽く上を見た。

 

「そうねぇ……欲しいっていえば、欲しいわね。だってその人はある意味私の初めての真面な後輩になるわけだし、その人にこの館について、身のこなしについて色々と教えてあげられるしね」

 

 咲夜が視線を懐夢に戻すと、懐夢はびくりと反応を示した。

 その様子を見た咲夜は吹き出し、懐夢に言った。

 

「いやねぇ。誰も貴方に来てもらいたいなんて思ってないわよ」

 

 懐夢はそれを聞いて一安心した。

 直後咲夜がそっと微笑んだ。

 

「でもまぁ、年上の人だと教え辛いから、年下の人に来てもらいたいわね。出来れば十五歳くらいの男の子に」

 

 懐夢は「ふーん」と言った。

 やがて咲夜は懐夢に軽く掌を振った。

 

「長話してしまったわね。また来て頂戴」

 

 咲夜に言われると懐夢は一言はいと言って頷き、上空へ舞い上がり博麗神社へ飛び立った。

 

 

                 *

 

 

 懐夢は博麗神社へ戻ってきた。

 靴を脱いで神社の中へ入り、居間へ行ってみると霊夢が座布団に座って茶を飲んでいたが、霊夢は懐夢が返ってきたのを確認すると、懐夢の方を見て笑んだ。

 

「あら、懐夢お帰り」

 

「ただいま」

 

 懐夢もまた霊夢と同じように笑むと、霊夢の近くの座布団に腰を掛けた。

 直後、霊夢は懐夢に紅魔館はどうだったかと尋ねた。

 懐夢は様々な人がいてとても楽しかったと答えた。

 どうやら、紅魔館の住民とトラブルは起こさなかったようだ。

 

「それはよかったわね。さてと、ご飯の準備するわよ」

 

 言って立ち上がり、台所へ向かおうとしたその時、懐夢が霊夢を呼び止めた。

 振り向いてみると懐夢が心配そうな顔をしてこちらを見ていた。

 

「一緒にいてあげるって言ったのに、ごめんなさい。大丈夫だった?」

 

 そう言われた途端、霊夢の心の中で紫の言葉が鳴り響いた。

 

「彼は貴方にとって疫病神よ。

 これ以上懐夢と一緒にいたら、貴方は後々絶対に不幸になる。でも今ならまだ間に合うわ。今の内の縁を切って彼を博麗神社から追い出しなさい」

 

 しかしそれは、すぐさま霊夢の心から消え去った。

 こんなに自分の事を考えてくれる懐夢が疫病神であるはずはない。

 雛見たく人を不幸にさせていないし、厄を集めていたりもしない。一緒に住んでいて何の害も感じていない自分が証人だ。

 ……紫の言っていた事ははったりだ。信じる価値など全くない。

 

「……大丈夫よ。もしかして紅魔館にいる間ずっと私のこと心配してたわけ?」

 

 近付いて腰を少し落として懐夢と顔を合わせると、懐夢は頷いた。

 霊夢は思わず苦笑してしまった。

 

「全くもう。貴方は心配性なんだから。

 ……でもありがとうね。嬉しいわ」

 

 霊夢はそっと懐夢の頭手を伸ばし、髪の毛を優しく撫でた。

 そして手を離すと、立ち上がり、懐夢に声をかけた。

 

「さてと。懐夢、夕食の準備するわよ」

 

「うん!」

 

 二人は改めて台所へ向かった。

 

 


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