東方双夢譚   作:クジュラ・レイ

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9 飛翔

「ねえ、早く帰ろうよぉ」

 

 懐夢が言うと、先頭を歩くチルノが振り返った。

 

「まだまだ! 未確認妖怪を見つけるまで帰らない!」

 

 今、チルノ、リグル、ミスティア、ルーミア、大妖精、懐夢の六人は寺子屋の授業を終えた後、街からかなり離れたところにある森の中に来ていた。

 それは何故なのかというと、この前街にこの森で今まで確認された事のない妖怪が現れたという情報が流れ込んできて、それを聞いたチルノが自分達の手でその確認された事のない妖怪を見つけ出すために森へ行こうと言い出したからだ。

 その情報が本当なのかわからないため、リグル、ミスティア、ルーミア、大妖精は森に行く事に反対したがチルノは一度言い出すと中々聞かない上に、一度決めると一人で突っ走り始めるため、四人はチルノを危険から守るべく仕方なく随伴し、ついでに懐夢もチルノの提案で随伴する事になった。

 懐夢にとっては完全にとばっちりだったが。

 

「早く帰ろうよ……その妖怪がとても危険な妖怪だったらどうするつもりなの?」

 

 懐夢がおどおどした様子で言うと、リグルがその肩を叩いてきた。

 

「大丈夫だよ。もし未確認の妖怪に会ったら、皆でスペルカードを撃ち込んで追い払えばいいんだから。懐夢だってスペルカード使えるんだし、そんな怯える必要ないよ」

 

 リグルが笑みを浮かべて言うが、懐夢はそれを聞いても安心できなかった。

 未確認妖怪は、前に霊夢と魔理沙と文が戦ったらしいが、とても強かったらしい。

 霊夢と魔理沙と文という強者達が苦戦するほどの力を持つ未確認妖怪に、自分達が出くわしてしまったら、瞬く間に殺されてしまうだろう。

 

 しかも、自分はチルノ達と違って空を飛ぶ事が出来ない。チルノ達は危険がせまったら空に逃げればいいが、自分は走って逃げまわるしかない。けれど、未確認妖怪が足の速い妖怪だったら、逃げようがない。……瞬く間に追いつかれて殺されるだろう。

 腹の底から震えが湧いてくる。

 

「大丈夫大丈夫! 最強のあたいが居るんだから、心配事なんて何一つなーい!」

 

 チルノの声を聞いて懐夢は思わず呆れてしまった。

 どこからあの自信は来るのだろうか。どうすればこんな状況で自信が持てるのだろうか。

 未確認妖怪が自分の遥か上の力を持っているかもしれないのに。

 

「安心してよ懐夢。もし”みかくにんようかい”が強くて歯が立たなかったら、懐夢の事を抱えて空に逃げるから」

 

 その時、ルーミアが笑みを浮かべて言ってきた。

 確かに純粋な妖怪であるルーミアやミスティアやリグルならば自分を持ち上げて飛ぶ事など容易い事だろう。

 けれども、そうわかっても不安は消えない。

 心にどろどろとした不安がどこからともなく湧いて出て、心の中を埋め尽くしていく。

 

「でも何だか不安だなぁ……」

 

 ミスティアが苦笑した。

 

「心配性だなぁ懐夢は」

 

「だって……」

 

 懐夢が口答えしようとしたその時、チルノが大きな声を出した。

 一同の視線が一斉にチルノへ集まると、チルノが振り返って一同を見た。

 何とも、喜ばしい事を見つけたような表情をしていた。

 

「見つけた!」

 

 チルノが一同に手招きすると、一同は招かれるままチルノの元へ急ぎ、チルノは地面を指差した。そこには、獣の足跡があった。

 

「見てよ! 未確認妖怪の足跡だよ! やっぱりいるんだよ!」

 

 チルノが大喜びするが、他の四人は喜ばなかった。

 足跡の形は確かにどの動物のものでもない。

 間違いなく、未確認の妖怪のものだ。

 しかし問題はそこではない。問題は、その大きさだ。

 足跡は、自分達の靴が付ける足跡の二十倍も大きい。

 それだけで妖怪の大きさが想像でき、四人は震え上がった。

 

「ね、ねぇチルノ? やっぱりやめない?」

 

 リグルが苦笑してチルノに言うと、チルノは驚いた。

 

「何言ってんのさ! 今更やめられないよ!」

 

 リグルに続いてミスティアと大妖精も言った。

 

「だ、だってチルノ、これ、大きいよ? 大きすぎるよ?」

 

「足跡だけでこんなに大きいんだよ? これはつまり、実物はもっと大きいかもしれないって事なんだよ?」

 

 更に懐夢がチルノを説得しようと言った。

 

「ほら、皆言ってるじゃない。悪い事は言わないから、早く帰ろうよ。絶対危ないって!」

 

 その途端、チルノは大笑いした。

 何事かと一同が驚いていると、チルノは笑うのをやめて、一同を見た。

 

「皆腰抜けだなぁ。危なくなんかないよ。だってあたいがいるんだもん」

 

「いやいや、だから」

 

 チルノが胸を叩いて言い、リグルが反論したその時、森の茂みの方から獣の咆哮のような大きな音が聞こえてきた。

 一同はきょとんとして、音の聞こえてきた方向を見た。

 

「今の音は?」

 

 大妖精が音を気にすると、チルノがにやっと笑った。

 

「ほらいた! 未確認妖怪だ!」

 

 チルノは叫ぶと、走り出した。勿論、音が聞こえてきた方向に。

 

「チルノ!」

 

 ミスティアがチルノを呼び止めようと叫んだが、それは届かず、チルノはそのまま茂みの中に走って行ってしまった。

 

「全くもう! 追うよ!」

 

 リグルの言葉を皮切りに、五人はチルノの後を追って茂みの中に走った。

 その数十秒後、五人はチルノを見つけて立ち止まり、ゆっくりとチルノに近付いた。

 

「チルノ! やっと見つけた」

 

 ミスティアが声を出すと、チルノが振り返って唇の前に人差し指を立てて、シーッと言った。

 五人は首を傾げた。何故静かにしなければいけないのだろうか。

 

「どうしたのチルノ? 何かいるのかー?」

 

 不思議がったルーミアが尋ねると、チルノは小声で答えた。

 

「いたんだよ! 未確認妖怪!」

 

 それを聞いた五人は驚いた。

 

「ど、どこに?」

 

「あそこだよ!」

 

 チルノが屈んで森の奥の方を指差すと、五人とも屈んでその方向を見た。

 その方向には、こちらに後ろを向けた、とても大きな体をした何かが居た。

 形的に、トカゲのようだ。

 しかもその足の形を良く見てみたところ、先程の足跡の形とよく似ていたし、ほぼ同じ大きさだった。

 どうやら、あの足跡はあれが付けたものだと考えて間違いなさそうだ。

 

「本当だ……本当に見た事ない妖怪だ」

 

「こちらルーミア、妖怪です。未確認の妖怪を発見! ……大きいねぇ!」

 

 リグルとルーミアが少し驚いた様子で言うと、懐夢が一同に声をかけた。

 

「ねぇ帰ろうよ。あれに見つかったらやばそうだよ……」

 

 しかし懐夢の声は誰にも聞こえなかったらしく、一同は未確認の妖怪の姿を見るのに没頭していた。

 妖怪は、ずっと身体の後ろを向けていて、前の方を見せてくれない。

 

「あぁもう……顔が見たいのに……これじゃあ見えないよ」

 

「どんな顔をしているんでしょう」

 

 ミスティアは少し苛立ったように、大妖精は眼を細くして言うと、また懐夢が一同に声をかけた。

 

「ねぇってば、帰ろうよ。あれに見つかる前に……」

 

 懐夢の声はまた誰にも届かなかった。

 そればかりか、チルノが行動を起こした。

 

「少し角度を変えてみよう。そうすれば、あいつの前の方見えるかもしれない」

 

 チルノが動き出すと、懐夢は驚いて引き留めようと声をかけた。

 

「え! ちょっと待ちなよ! 迂闊に動くとあいつに見つかる」

 

 懐夢が声をかけたその時、チルノの足元からパキッという木の枝が折れるような音が鳴り響いた。

 チルノが足を動かした際、足元にあった木の枝を踏みつけてしまったのだ。

 それを聞いた六人はまるで心臓を掴まれたかのように硬直した。

 

 その直後、六人の耳の中に唸り声のような大きな音と、まるで足音のような大きな音が飛び込んで来た。

 チルノは真っ先にそれが妖怪の鳴き声である事を悟り、妖怪の方を見た。

 

「とうとう顔を見せたな妖怪! どれ、どんな顔……」

 

 妖怪の顔を見た途端、チルノは唖然とした。

 他の五人も妖怪の顔を見たが、同じように唖然とした。

 妖怪は、長い尾と藍色の鱗に身を包んだ胴体から七本の首を生やしている竜だった。

 六人はまさか妖怪が、竜だとは思ってもみなかった。

 そして竜の胴体から生える七本の首の先に付いている頭は全て、唸り声を上げながら鋭い眼孔で六人を見ていた。

 その眼孔に睨まれた六人は震え上がり、そのうちのチルノが口をわずかに開けた。

 

「に……に……」

 

 

「逃げろぉッ!!!」

 

 

 チルノが叫ぶや否、六人は一斉に竜に背を向けて、元来た道を全力疾走で戻り始めた。

 森の中を、出口目掛けて死にもの狂いで走った。

 その道中、ミスティアが叫んだ。

 

「何なのよあれ! あんなの聞いてないよ!!」

 

 続いてチルノが叫んだ。

 

「あたいだって知らないよ! なにあれ!!」

 

 最後に懐夢が怒鳴った。

 

「だから帰ろうって言ってたのに!!」

 

 その時、六人は大きな物音と地響きを感じた。

 何事かと振り返ってみてみたところ、六人は目を大きく見開いた。

 先程の七本首の竜が、こちら目掛けて走ってきているのだ。

 それも、巨体に似合わぬかなりの速度で。

 

「追いかけてきてる!!」

 

 ルーミアが叫ぶと、リグルが続けて叫んだ。

 

「拙いよ! 追いつかれる!!」

 

 その直後、大妖精がある事を閃いて皆に呼びかけた。

 

「飛びましょう! 空にさえ上がってしまえば、あれも追いかけるのをやめると思います!!」

 

 一同はそれにすぐに賛成した。もはや、それ以外にあの竜を振り切る方法はないだろう。

 

「よし! 皆、飛び上がって!!」

 

 チルノの掛け声を皮切りに、一同は一斉に森の木の間を抜けて空へ飛び上がった。

 そしてできる限り高い高度まで来ると、一同は一息吐いた。

 

「な、何とか逃げ切ったね」

 

 ミスティアが額を拭うと、ルーミアが胸元に手を当てた。

 

「空が飛べなかったら危なかったね。助かったぁ……」

 

「えぇ、全くです。あれに追いつかれたらどうなってた事か……」

 

 大妖精が溜息を吐くと、チルノが腰に両手を当てた。

 

「とりあえず皆無事みたいだね。よかったよかった」

 

 その時、リグルがある事に気付いて周りを見回した。

 

「あれ?一人足りなくない?」

 

 一同は首を傾げて周りを見回した。

 やがて五人は顔を真っ青にした。そして、叫んだ。

 

「懐夢!!」

 

 一方その頃、チルノ達と逸れた懐夢は死にもの狂いで走り続けていた。

 後ろを見てみれば、竜が木を次々と体当たりで薙ぎ倒しながら迫ってきている。

 そしてその眼孔は、ずっとこっちを睨んでいる。―――明らかにこっちを狙っている。

 

 逃げなきゃ。

 逃げなきゃ殺される。

 逃げなきゃあの巨体に撥ねられてバラバラにされる。

 逃げなきゃあいつに食べられる。

 逃げなきゃ。

 

 懐夢はただそう思って無我夢中で走り続けた。

 しかし、それはすぐに限界が来た。

 かなりの時間全力で走り続けたため、苦しさと疲れがどっと体に圧し掛かってきた。

 逃げる速度が徐々に遅くなり、竜との距離が詰まり始めた。

 懐夢はそれでも尚走り続けたが、ふと後ろを確認したその時、何かにぶつかったような衝撃を受けて立ち止まった。

 懐夢は目の前を見て呆然とした。目の前に大きな木が立っている。完全に行き止まりだ。

 そして後ろを見てみれば、そこにはずっと自分を追いかけまわしていた七本の首を持つ巨大な竜の姿が。あった。竜の七本の首は全て、懐夢を睨んでおり、その巨体はゆっくりと懐夢に迫ってきていた。

 

 懐夢は大木に縋り付いて腰を落としてしまった。いや、腰が抜けてしまったのだ。

 懐夢は思考を巡らせたが、どんなにやってもこの竜から逃れる方法を思い付けなかった。恐怖という感情が思考を潰してしまっている。

 

 もう助かりようがない。

 自分は死ぬのか?

 このまま、この竜に食べられて死ぬのか?

 はたまた、この竜の体当たりで死ぬのか?

 

 そう思ったその時、懐夢の頭の中に一転の光が差した。

 空を飛べれば……助かるかもしれない。チルノ達のように空を自由に飛べれば。

 今まで飛ぶ練習は何度もしてきた。だから、飛べるかもしれない。

 しかし、懐夢はすぐさま無茶だと思い直した。

 今まで練習して来て飛べた試がない。

 いきなり飛ぼうと考えたところで飛べる気などしない。

 

 その中、竜は一歩一歩地面を踏みしめて迫ってきた。

 その姿を見ただけで、心を恐怖が埋め尽くした。

 

 殺される。

 もうだめだ。

 僕はこの竜に殺されるんだ。

 

 懐夢は目をぎゅっと瞑った。

 その時だった。恐怖で埋め尽くされた心に、一点のぼんやりとした気持ちが浮かび上がった。

 

 死にたくない

 

 懐夢はその気持ちを感じると、目を開いた。

 ……死にたくない。

 僕はおとうさんとおかあさんが殺される夢を見たあの時、誓った。

 死んでしまったおとうさんとおかあさん、大蛇里の皆の分も生きると。最後まで生き続けると。

 それを思い出した途端、不思議と心を埋め尽くしていた恐怖は消えた。

 

 ……こんなところで、死ぬわけにはいかない。

 こんな奴にやられて死ぬわけにはいかない。

 

(僕は……死にたくなんかない!!)

 

 懐夢は心の中で叫ぶと、意識を上空へ向けた。そして、足に力を込めて、目を瞑り叫びながらジャンプした。

 

「飛べぇぇぇぇぇぇぇ!」

 

 その瞬間、体が一気に軽くなったような感覚を覚え、意識が一瞬ぼやけた。

 その数秒後、”下の方”で何かが何かにぶつかり、木が折れて倒れるような音が聞こえた。

 何が起きたんだと思って目を開けて、懐夢は呆然とした。

 

 目の前には茜色の空と遠くの山々が、眼下には先程の森が広がっていた。

 ……自分は空にいる。空を飛んでいる……!

 

「と……とべ……た……?」

 

 あまりに突然の事に呆然としていると、自分を呼ぶ声が聞こえてきた。

 その方向へゆっくりと向いてみると、そこには先程逸れたチルノ達の姿があった。

 皆驚いたような表情をしながらこっちへ向かってきていた。

 

「チルノ、リグル、ミスティア、ルーミア、大ちゃん……」

 

 一人ずつ名前を呼ぶと、皆目の前まで来た。

 そして、ルーミアが尋ねた。

 

「懐夢……飛んでるのかー……?」

 

 言われて懐夢はハッとした。

 その次の瞬間、体が急に落ち始めた。

 

「うわぁぁぁぁぁ!?」

 

 懐夢が急に落ち始めた事に五人は驚き、そのうちのリグルが慌てて懐夢に声をかけた。

 

「懐夢! 飛んで! 意識を私達の居る高さに向けて!」

 

 リグルに言われて、懐夢は余計な事を何も考えずただそれに従った。

 すると、体は落ちるのが止めて再び浮かび上がった。

 そして本当にチルノ達の居る高さまでやってこれた。

 懐夢は自分の体を見て、呟いた。

 

「と……飛べてる……」

 

 それを見た五人は感動したように懐夢に言った。

 

「やったじゃん懐夢! ついに練習が実った!!」

 

「やっと飛べるようになったね!」

 

「よかったぁ! 練習は無駄なんかじゃなかった!」

 

「よかった! よかった!!」

 

「おめでとうございます! ようやく飛べましたね!」

 

 チルノ、リグル、ミスティア、ルーミア、大妖精の順に言われて、懐夢は驚きながらも笑った。

 まさか、本当に飛ぶ事が出来るようになるなど、思ってもみなかった。

 これも、チルノ達のおかげだ。チルノ達が必死に空を飛ぶ方法を教えてくれたから、こうやって空へ舞い上がり、竜の追撃から逃れる事が出来た。

 懐夢はチルノ達を見回すと、頭を下げた。

 

「皆、ありがとう」

 

 皆のおかげで飛ぶ事が出来たと懐夢は言った。

 チルノは胸を叩いた。

 

「懐夢は飛べて当然よ。だって天才のあたいが指導してやったんだから!」

 

 チルノが自信満々に言うと、他の五人は苦笑した。

 そのうち、リグルが懐夢に飛び方の説明をした。

 向かいたい方向へ意識を向けて身体を動かせば、その方向へ飛べるそうだ。

 懐夢は頷き、軽く後ろの方へ意識を向けて後退するような動きをした。

 その次の瞬間、懐夢の体は一mほど後退した。

 懐夢は続けて、右方向へ意識を向けて右に動くような動きをした。

 先程と同じように、懐夢の体は右方向へ動いた。

 

「……すごい!!」

 

 自分は今、風を切って飛んでいる……気持ちがいい。

 空を飛ぶと言うのは、こんなに気持ちのいい事だったのか。

 懐夢は歓喜を感じて、びゅんびゅんと飛び回った。

 その様子を見て、ミスティアが苦笑して声をかけた。

 

「あんまり飛び回ると目が回るよー」

 

 懐夢はそれを聞かず調子に乗って飛び回ったが、やがてチルノ達の元へ戻ってきた。

 満足げな笑みを浮かべる懐夢に、ルーミアが尋ねた。

 

「空を飛んだ感想は?」

 

「最高だよ! 空を飛ぶのがこんなに気持ちよかったなんて、初めて知ったよ!」

 

「でしょう!」

 

 大妖精が言うと、懐夢はもっとびゅんびゅんと飛び回った。

 まるで飛べるようになった雛鳥が喜んで、空を舞っているようだ。

 その時、下の方からそれは大きな音が聞こえてきた。

 六人は飛び上がり、その方向を見てみると、そこで先程の竜が吼えていた。

 まるで空を飛べない事を悔しがり、降りて来いと言わんばかりに。

 

「……帰ろうか。いつまでもここにいたら危ない気がする」

 

 懐夢が言うと他の五人は頷き、眼下に広がる森から遠ざかった。

 やがて街の上空まで来ると、懐夢は止まって眼下に広がる街を見た。

 

「すごい……いつも見てる街があんなに小さく……」

 

 懐夢が目を輝かせると、チルノが話しかけた。

 

「寄ってく?」

 

 懐夢は首を横に振った。

 

「いかない。それよりも、早く帰って霊夢に飛べるようになった事言いたい!」

 

 懐夢はびゅんっと風を切って街から遠ざかり、博麗神社目掛けて飛び出した。

 五人は慌てて懐夢の後を追い、やがて追いついた。その時にはもう博麗神社のすぐ傍まで来ていた。

 

「すごい! こんなに早く神社に帰れるなんて……あれ?」

 

 間もなく博麗神社の石段に辿り着こうとしたその時、懐夢は体に異変を感じた。

 空を進む力が、どんどん小さくなっていっている。同時に、体も重く感じ出した。

 異変に気付いた直後、懐夢は神社の石段の上に着地した。

 

「懐夢―!」

 

 チルノ達もやがて石段の上に着地し、懐夢に近付いて声をかけた。

 何故、このような中途半端な場所で着地したのか、何故神社のすぐ前で降りなったのかと。

 

「わからない。急に飛ぶ力が無くなったみたいになっちゃって……ここで降りちゃった」

 

 五人は首を傾げ、飛ぶ力が急になくなったはどういう事かと懐夢に尋ねたが、懐夢はわからないと言って首を横に振った。

 五人はしばらく首を傾げて考えていたが、やがて考えるのをやめ、そのうちのリグルが博麗神社に向かう事を提案し、六人はひとまず石段をあがって博麗神社の前まで来た。

 直後懐夢は走って神社の境内に上がり、やがて居間の前へ向かうと戸を開けた。

居間には案の定霊夢がいた。

 

「霊夢!」

 

 霊夢は帰ってきた懐夢に一声かけた。

 

「おかえり。少し遅かったわね」

 

「霊夢、ちょっと来て!」

 

「え? 何よ?」

 

 懐夢は靴を脱いで居間に上がると境内へ霊夢を引っ張り出し、靴を再び履いて中庭に出た。

 霊夢は中庭に出されると、吃驚した。

 中庭に、チルノ、ミスティア、リグル、ルーミア、大妖精の五人がいるではないか。

 

「あ、あんた達どうして?」

 

 驚いている霊夢にチルノが答えた。

 

「重大発表!」

 

 霊夢は首を傾げた。

 

「重大発表ぅ? 何がよ」

 

「こっち見て霊夢」

 

 懐夢が言うと霊夢は言われるまま懐夢の方を向いた。

 懐夢は霊夢から視線を受けると、上を見た。

 

「いくよ。見ててねー……」

 

 そしてそのまま、先程と同じように足に力を込めて、意識を上空へ向けてジャンプした。

 懐夢の体は上空へ若干舞い上がり……落ちた。

 

「………………?」

 

 霊夢は首を傾げた。

 他の者達も、一斉に首を傾げた。勿論懐夢も。

 

「あれ……?」

 

 懐夢は再度足に力を込めて、意識を上空へ向けてジャンプした。

 体は上空へ若干舞い上がり、また落ちた。

 おかしい。飛べない。

 

「懐夢? 何がしたいの?」

 

 霊夢に問われて、懐夢は必死になってジャンプを繰り返した。

 しかし何度やっても上手くいかない。体が、空へ舞い上がってくれない。

 

「おかしいな……さっきは出来たのに……」

 

 懐夢は首を何度も傾げた。何故上手くいかないのだろう。

 さっきは、先程は宙をあんなに舞えたと言うのに、今飛び上がろうとしても、全然飛び上れない。

 これでは、霊夢に空を飛ぶ事が出来るようになった事を伝えられない。

 言葉で言ったとしても、信じてもらえないだろう。

 

「なんで……なんで出来ないの……?」

 

 懐夢が飛び跳ねるのを見ていたその時、霊夢の勘が働いた。

 懐夢は今、休日にチルノ達とよくやる空を飛ぶ練習の時と同じジャンプをしている。

 そして懐夢がジャンプを始める前に、チルノは重大発表と言った。

 もしかして、空が飛べるようになったとこちらに伝えたがっているのではないだろうか。

 

「懐夢」

 

 霊夢が声をかけると、懐夢は振り向いた。

 

「貴方、もしかして空を飛べるようになったとか言うんじゃないでしょうね?」

 

 その途端、周りにいた全員が吃驚して凍り付いたような反応を示した。……正解だった。

 霊夢は顎に手を当てて考え出した。

 短期間でスペルカードを取得したあの子の事だ、空を飛べるようになっても不思議ではない。

 恐らくある事が切欠で、空を飛べるようになったからあんなに喜んだ様子で神社に帰ってきて、それを見せてやろうと自分をこの場に引っ張り出したのだろう。そして飛ぼうとして、あんなにぴょんぴょんと 蛙のように飛び跳ねているのだろう。

 しかし何度やっても浮かび上がる様子はない。

 けれど、懐夢が嘘を吐いているとは思えない。

 

 もしかしたら……以前スペルカードを取得した時と同じなのではないだろうか。

 霊夢は思い付くと、蛙のように飛び跳ねる懐夢に声をかけた。

 

「懐夢、神社から離れたところでやってみせて」

 

 霊夢の言葉に一同は首を傾げ、その内のリグルが霊夢に尋ねた。

 

「神社から……え、なんで?」

 

「とにかくよ。とにかく、神社の石段を降り切った場所でやってみせなさい」

 

 霊夢はリグルの質問を跳ね除けて、神社から離れて石段の方へ向かい、やがて石段を降り始めた、

 懐夢、チルノ、リグル、ルーミア、ミスティア、大妖精の六人は慌てて霊夢の後を追って石段を下った。

 そして石段を降り切ったところをある程度歩いて、霊夢は立ち止まった。

 六人は石段を降り切って霊夢に近付いた。

 霊夢は、振り返って懐夢にまた声をかけた。

 

「懐夢、やってみなさい」

 

 懐夢は頷くと皆から少し離れて、足に力を込めて、意識をここからほんの少し上空へ向けて飛び跳ねた。

 その瞬間、懐夢の体はふわりと宙に浮き、やがて止まった。

 懐夢は体が再び宙に浮きあがった事に歓喜した。

 

「飛べた……やった!」

 

 それを見た途端、霊夢は二つの事に驚いた。

 一つは、自分の勘が当たった事だ。博麗神社から出れば飛べるのではないかと提案したが、まさか本当にそうなるとは思ってもみなかった。

 

(なんで?なんでこの子の能力は神社から離れると使えるの?なんで神社の中じゃ使えないの?)

 

 考えたが、一向に答えは見当たらなかった。

 知らないことが、わからない事が多すぎて、答えを見つけ出せないと言った方が正しいのかもしれない。とりあえず、その事について考えるのは後回しにした。

 そしてもう一つは、懐夢が本当に空を飛ぶ力を取得した事。

 まさか、こんな短期間で懐夢が空を飛ぶ力を取得するなどとは思わなかった。

 スペルカードの時といい今回といい……半妖とは特殊な力を身に付けやすいのだろうか。

 それにしても練習開始から取得まで随分と短いような……。

 もはや、わからない事だらけだ。

 慧音と紫辺りならば、これらの事について詳しいのだろうか。

 

(今度聞きに行ってみようかしら。何にせよ慧音には懐夢が空を飛べるようになった事を言わなきゃいけないし)

 

 霊夢は決めると、顎から手を離した。

 丁度その頃、懐夢は飛行を終えて地面へ降り、霊夢に声をかけた。

 

「霊夢、見た? 僕、飛べるようになったんだよ!」

 

 幼子のようにはしゃぐ懐夢を見て、霊夢は微笑んだ。とりあえず、驚いた事は隠した方が良さそうだ。

 

「よかったじゃない。休みの日の努力が実ったのよきっと。空の飛び方とか、色々教えてくれたチルノ達に礼を言いなさい」

 

 懐夢は大きく頷き、チルノ達の方を向くと頭を下げて礼を言った。

 チルノ達は笑み、懐夢にどういたしましてと言った。

 

「さてと、もうすぐ夕暮れよ。あんた達もそろそろ帰りなさい。懐夢も、帰るわよ」

 

 霊夢に言われると、チルノ達は一斉に「はーい」と言い、懐夢と霊夢に別れを告げて自分達の住処へ帰って行った。

 霊夢もまた、懐夢を連れて石段を上り、神社へと戻った。

 

 


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