東方双夢譚   作:クジュラ・レイ

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4 激突する巨獣

 

「さてと……これで終わったか」

 

 樹の壁が倒壊する中、結界を張って身を守っていた霊華は、崩れ落ちても尚燃え続けている巨木を見つめて呟いた。あれだけの数がいたにもかかわらず、誰一人として身を守れずに、樹の壁の倒壊に巻き込まれ、その下敷きになった。

 なんて弱弱しい者達だったのだろう――そう思って、霊華は武器を仕舞い込んだ。

 

「もう、私の邪魔はしてくれるな、人間、そして神達よ。私の作る世界は、お前達の生きられる世界なのだから」

 

 そう言って、あれほどの数を潰した巨木から目を逸らし、飛び立とうとしたその時だった。突然、倒れてぼろぼろになった巨木の下から何かが飛び出したように轟音がなり、巨木の破片が辺りに落ちてきた。

 何事だ。そう思って目を向けてみれば、そこには全身傷だらけの、背中から六枚の翼を生やした白い巨狼が、ふらふらになりながら巨木の中から起き上がっていた。

 巨狼から気を感じ取ったところで、霊華は呟くように言った。

 

「貴様、天津獣神か。そうまでして戦うつもりなのか」

 

 白い巨狼は何も答えないまま空高く咆哮した。指笛のように甲高い鳴き声が周囲に木霊した直後、白い巨狼を中心に爆発のような風が巻き起こり、霊華は思わず目を腕で覆い、その場に踏みとどまった。かと思えば、白い巨狼を中心に倒れた巨木が吹き飛び、下敷きにされていた一同全員が見える状態になった。それだけではなく、巨木の倒壊によって受けたであろう傷が、徐々に治っていっているのが見える。

 

「貴様、ここの全員に回復術を!?」

 

 白い巨狼は鳴き止むと、霊華と顔を合わせて強気な笑みを浮かべると、そのまま倒れている者がいないところへ倒れ混み、光に身を包んで人の姿へと変わり、動かなくなった。その直後に、霊夢、懐夢、レミリア、パチュリー、紫、藍の六人がゆっくりと起き上がった。

 そのうち、霊夢が呟く。

 

「神獣の声がした……紗琉雫が助けてくれたのね……」

 

 レミリアが首を横に振る。

 

「だけど、起き上がれたのは私達だけか。あまり余裕がなかったみたいね……」

 

 パチュリーが苦虫を噛み潰したような表情を顔に浮かべる。

 

「私達だけで霊華と戦うのは、いくらなんでも……」

 

 紫が歯を食い縛る。

 

「……駄目。もう少し回復を待たないと、術一つ撃てないわ」

 

 その最中、藍が呟いた。

 

「そうだな。あんな怪物に勝つのは、並大抵の方法では無理だ」

 

 紫が何かに気付いたような顔になる。

 

「まさか、藍貴方……駄目よ、それをしてしまったら! 貴方でも、あの子には勝てない!」

 

 藍は紫の顔を見つめて、笑んだ。

 

「はっ、なんという顔をしているのだ八雲紫。いつもの余裕綽々な顔はどうした。貴方にそんな顔をされたら、貴方に敗れて式神になった私は何なんだ。私は貴方のいつも余裕綽々な様子に惹かれたんだぞ」

 

 藍の口調に一同がきょとんとすると、藍はふっと笑った。

 

「貴方にそんな顔は似合わない。だから貴方にそんな顔をさせる者は、どんな手段を使ってでも排除する。それが式神の務めだ」

 

 藍はパチュリーに声をかける。

 

「そこの魔法使い、私に水を被せろ! お前なら動作もないだろう!」

 

 パチュリーはびくりとした後に頷く。

 

「出来るけれど、貴方何をするつもりなの」

 

 霊夢は紫と藍の関係について思い出した。藍はその昔、この世でもっとも強いと言い張れるくらいに強い妖力を持ち、他の妖怪を寄せ付けないくらいの大妖怪九尾だったと紫から聞いた。

 

 まぁ実際は最強の妖怪ではなく、紫に敗れたわけなのだが、紫はその強さを気に入って藍を式神にしたという。だから藍は、紫の右腕になれるくらいに強い力を持っているのだが、それは普段紫に式にされている事によって抑え付けられている。そしてその式は水を被る事によって解除される。

 

 藍はパチュリーに水をかけてくれるよう頼んでいる。即ち藍は紫の式を剥がして、元の力を取り戻そうとしている訳だが、紫はそれを拒んでいる。一体それは何故だろうと思った次の瞬間、紫が藍に言った。

 

「貴方がどんなに攻撃されても大した怪我をしなかったのは私の式の術が貴方を守っていたからなの! それを剥がした状態であの子と戦ったら、貴方はあの子に殺されてしまうわ!!」

 

 その言葉を聞いて、一同は驚きの声を上げる。

 そういえば、藍は八俣遠呂智との戦いに八俣遠呂智の隕石攻撃をもろに受けた事があったが、その後霊夢に治療されただけで何事もなかったように起き上がって戦闘を再開して見せた。

 あの時の藍の復活力が紫の術によるものなのだとすれば、納得がいく。しかし水を被ってその術の効力を失った状態で、霊華の攻撃を受けようものならば……!

 顔を蒼くして、霊夢が叫ぶように藍に言う。

 

「駄目よ藍!!」

 

 懐夢も頷く。

 

「そうですよ! それに、藍さんには橙がいるじゃないですか! 藍さんが死んじゃったら、橙はどうするんですか!」

 

 藍は傷が粗方治ったけれど、気を失ったままでいる橙に目を向ける。

 

「そうだな……橙の事は紫様に任せよう。紫様は大妖怪……橙もきっと私のように強くなる事だろう」

 

 藍はパチュリーに顔を向け直す。

 

「ほら、早くやってくれよ。私に水を被せてくれ」

 

 パチュリーがためらうような仕草をすると、隣にいるレミリアが言った。

 

「駄目に決まっているでしょう。ここは一旦引いて、体勢を立て直すべきだわ。それに一人でも欠けたら、戦力だって大幅に下降するわ」

 

 紫が藍の手を両手で握り締める。

 

「お願いよ藍。私は貴方ほどのいい子を……貴方ほどの式神を知らない。だからお願いよ、藍……」

 

 藍は紫の手をじっと見つめた後に、ふっと笑った。

 

「いいや、八雲紫よ。こう見えて幻想郷は広い。きっとまだ私達の知らない妖怪とかそういう物がいると思う。だから私がいなくなった後は……いや、そんな話は必要ないか」

 

 藍は紫の手を振り払い、立ち上がった。

 

「あの霊華は……ここで始末するのだからな。無事に戻ってきますよ、紫様」

 

 藍はパチュリーに軽く目を向けた。

 

「すまない。お前に水をかけてもらう必要はないよ。というか、お前は私に水をかけるつもりなどないのだろう」

 

 パチュリーから目をそらし、地面を見つめて、藍は溜息を吐く。

 

「……そういえば式が剥がれると頭が悪くなるんだっけか。今ある頭がなくなるってどんな感じなんだろうな。まぁ気にしている余裕などないか」

 

 藍はフッと笑うと、懐に手を入れて、何かを取り出して手に持った。それは、比較的大きい、外の世界の民が使っているような水筒だった。

 それを目にして、霊夢は驚く。

 

「あんた、それ!」

 

 藍は頷いた。

 

「前に香霖堂で売られていたのを見つけてな。紫様に危機が迫った時、いつでも式を剥がせるように、水を入れていたんだよ。ようやく使う時がやって来た」

 

 紫は藍に式神が剥がれないようになる術をかけようとしたが、先ほど言った通り、そんな術でさえ傷と疲労によって発動させる事が出来なかった。

 

 藍は水筒の蓋を開けて投げ捨てると、ばっと上にあげて中身を自らに開けた。

 水がバシャバシャと音を立てて流れ出し、藍の耳、髪、顔、そして身体を濡らした。

 そして、身体中を水に濡らした藍は空になった水筒を投げ捨てて、少し前方へ飛んで一同と霊華の間に入り込んだところで、地面に手を付き、四足歩行のような姿勢になった。

 

「さぁ、続きを始めるぞ、博麗の怪物よ」

 

 藍が叫んだ瞬間、藍の身体は瞬く間に黄金色の毛に包み込まれ、手と足が狐のそれに変化し、輪郭もまた狐のそれに変形、そして瞬く間に全高だけでも十五メートルはあり、九本の大きく、そしてとても長い尻尾を生やした、黄金の毛並みを持ち、身体に赤く、隈取のような不思議な模様を持った九尾の巨狐に、藍の姿は変わった。

 

 そう、紫に式神にされる前の、全ての妖怪の頂点に立つ最強の妖魔<九尾(キュウビ)>。その姿に、藍は戻った。

 それまで人に近しい姿をしていた藍の変わり果てた姿に一同は言葉を失い、霊華はふぅんと呟く。

 

「なるほど、それが貴様の本来の姿というわけか」

 

 <九尾>は大きな声で吼えて、地面を蹴って飛び上がり、上空にいる霊華と同じ高さまで上がったところで縦回転。遠心力を纏った九つの尻尾を霊華を叩き付けた。霊華の身体は刹那に地面へ落下し、轟音を立てて地面に激突した。もくもくと土煙が舞い、霊華の姿が隠れるや否、<九尾>はそこに狙いを定めて尻尾を開いた。直後、<九尾>の尻尾は五つに割れて人間の手のような形を作り、拳を握って霊華がいると思われる土煙の中へ伸びて、地面に次々と激突した。

 

 九つの拳が炸裂し、土煙が一層濃くなると、<九尾>は尻尾の長さを戻して、地面へ落下。轟音を立てて着地した後に、その巨体に力を込め始めた。そこから数秒も経たないうちに、<九尾>の周囲には巨大な青い火の珠が九つ出現し、<九尾>が首を振り回した瞬間に土煙の中へと飛び立ち、地面に激突、大爆発を引き起こした。瞬く間に霊華のいた場所は炎に包みこまれ、<九尾>から出ないと何も見えない状態に変わった。

 

 <九尾>の力をまざまざと目にして、霊夢は思わず息を呑んだ。

 

「あれが……藍の本当の姿……」

 

 懐夢が信じられないような光景を目にしているような、顔をする。

 

「あれが藍さん……あんなに強いなんて……」

 

 レミリアが紫に目を向ける。

 

「あんたの従者って……私のところの咲夜よりも強いんじゃないの」

 

 紫は何も言わずに、霊華を倒すためだけに暴れ回る<九尾>の姿をじっと見つめていた。

 その時、<九尾>の動きが突如として止まった。何事かと思って注視してみれば、<九尾>の目の前に霊華の姿があった。その身体には複数の傷が見られる。―-霊華が、ダメージを受けている。

 その光景に一同は驚きながらも希望を感じた。これまで霊華にダメージを与える事が出来なかったのに、藍がダメージを与える事に成功したのだから。

 霊華は<九尾>を見下ろして、呟いた。

 

「なるほど、その力は侮れないな。これほどの力を私に使わせるのだから」

 

 そう言って、霊華は札を三十枚取り出し、宙へ投げた。何事かと一同が首を傾げる中、札は宙で散らばり、やがて一枚一枚違う場所で静止する。

 

「なんなの、あれは……」

 

 思わず霊夢が呟いた次の瞬間、霊華は突然腕を振るった。その刹那に、霊華の背中に光で出来た人間の背骨のようなものが出現し、更にそこから霊華の左右の空中に浮かんでいる札に光が伸び、札に辿り着いたところで、札を覆うように肩の骨のようなものが出現、そこから今度は下方に光が伸び、腕の骨、手の骨のようなものが形成されていく。

 

 一方背骨から伸びた光は札に辿り着いて、肋骨、脊髄、腰の骨、足の骨のようなものを形成していく。そしていつの間にか、<九尾>の身長を超えるくらいに巨大な人間の骨格標本のようなものが出来上がった。

 

 <九尾>を含めた一同が目を疑っていると、光で出来た骨を覆うように、同じく光で出来た肉と皮が現れて、人間らしい特徴が出来上がる。光で出来た骨は姿を消し、更に頭部からは光で出来た頭髪のようなものが生え、赤い光を放つ球体が目の部分に出現する。

 

 一同は唖然とした。霊華がばら撒いた札が、瞬く間に光で出来た女性の巨人を作り上げた。雰囲気は龍や空狐の式神に似ているが、その大きさと威圧感は比にならない。

 

 更にその直後、どこからともなく光で出来た衣服のようなものが巨人に纏われ、その上から龍式神が纏っていた物と形状が似ている鎧が装着され、女神のようなその顔には口部を露出した、龍の輪郭に酷似した兜が装着され、小手に覆われたその手には<九尾>を一刀両断してしまえそうな剣が装備された。その時でようやく巨人の変化は終了した。

 

 突如として現れてみせた、白い光で出来た、ところどころに赤い模様を持つ女性型巨人。<九尾>とほぼ同じ高さであるが、普通の人間からすれば山のように大きく見えるその巨体に、霊夢達は呆然としたが、直後に、山のように大きくなった八俣遠呂智の事を思い出した。あの時もその大きさに圧倒されたものだが、霊華が出現させた巨人の威圧感は八俣遠呂智のそれよりも強く、恐ろしい。

 

「な、何なのよ、あれ」

 

 レミリアがか細く呟くと、紫が同じように呟く。

 

「あれは……式神……?」

 

 霊夢が驚いて、紫に目を向ける。

 

「あれも式神だって言うの!? そんな事って!!」

 

「間違いないわ。気を感じてみなさい。あそこから、龍式神や空狐式神と同じ気を感じ取る事が出来るから」

 

 言われて、霊夢は光の巨人の方へ目を向け、気を感じ取ろうとした。紫の言う通り、光の巨人からは式神達のそれと同じ気を感じ取る事が出来、霊夢は驚いて声を上げた。

 

「本当だわ……でも、あんな力があるなんて……」

 

 パチュリーが呟く。

 

「<災いの巫女>、博麗霊華……どれほど圧倒的な存在なの……!?」

 

 一同が呆然と見つめる最中、霊華の声が光の巨人より響いてきた。

 

「式神「龍人」……了」

 

 <九尾>は冷や汗を掻きながらもう一度、龍人式神に吼えた。龍人式神から声が届いてきた。

 

「さぁ続きを始めようぞ、古狐」

 

 <九尾>はがうっと吼えて、拳を作った尾を伸ばし、龍人式神に殴りかかった。

 龍人式神に拳が直撃すると、轟音と衝撃波が辺りに響き渡り、はるか遠方の山の木まで揺れたような音がしたが、そんな一撃を喰らっても尚、龍人式神は微動だにしなかった。

 

 <九尾>は驚きながらも攻撃を続行。何度も何度も龍人式神を殴り付けたが、やはり龍人式神は一切反応を見せなかった。拳に加えて、<九尾>は霊華の近くを火の海に変えた火の珠を周囲に出現させ、龍人式神へ放った。大爆発が引き起こり、轟音と爆風が周囲を吹き飛ばしても、肝心な龍人式神は吹き飛ばない。それどころか、傷一つさえ付かない。

 

 先程まで霊華を圧倒していた<九尾>。それの攻撃が通用しなくなっている事に、霊夢達は混乱せざるを得なかった。突然藍があのような姿になったと思えば、霊華を圧倒せしめて、霊華に初めて傷をつけることに成功した。かと思えば、霊華はあのような龍人式神を出現させて、逆に<九尾>を圧倒し始めた。もう何がどうなっているのかわからず、霊夢達はただ<九尾>と龍人式神の戦いを見つめる事しか出来なかった。

 

 その時、龍人式神が武器を構えて、飛んできた<九尾>の尾を斬り付けた。ずばん、という肉が切り裂かれるような嫌な音が鳴り、<九尾>の尾は鮮血を撒き散らしながら地面へと落ち、<九尾>は悲鳴を上げる。式神である<九尾(らん)>の尾が切り裂かれたという前代未聞の光景に紫もまた、悲鳴を上げる。

 

「藍!!」

 

 すかさず、龍人式神は<九尾>に掴みかかり、その首根っこを持ち上げた。<九尾>が力を入れてその手から離れようとすると、龍人式神は<九尾>を離し、そのまま剣を持った腕で<九尾>の身体を剣で、刺しては抜き、刺しては抜きを超高速で何度も繰り返した。瞬く間に<九尾>の身体が細い穴だらけになり、黄金の毛が紅く染め上げられ、地面が<九尾>の血で赤くなる。そして、何度も刺されて動かなくなった<九尾>の身体を龍人式神はもう一度掴み、持ち上げた。

 

「哀れだな古狐。果てろ」

 

 龍人式神は<九尾>の身体に刃を叩き付けて、遠方の山へと<九尾>を吹っ飛ばした。<九尾>は高速で空を飛び、やがて霊華が言った通りの遠方の山に轟音を立てて激突。山を崩して瓦礫の中に埋まり、動かなくなった。その光景を呆然と見つめていた霊夢は、思わず叫んだ。

 

「藍――――――ッ!!!」

 

 懐夢がその場に膝を付き、龍人式神に目を向ける。

 

「そんな……藍さんが負けた……」

 

 紫は龍人式神と<九尾>を交互に見まわして、虚空を見つめているようにか細く呟いた。

 

「藍、許して、霊華、許して、瑠華、許し、て」

 

 そう言って、紫はその場に倒れ込んだ。吃驚したレミリアが紫に声をかけたが、既に紫は気を失っていた。直後、龍人式神は溶けるように光へと変わり、札に収束。宙を浮いていた札は全て霊華の手元に戻った。

 

「これでわかっただろう。お前達が如何なる策を立てたところで私には通じない事を。これ以上私の邪魔をするならば、人間も神も許さない。私の敵になりたくないのならば、私の邪魔をしない事だ」

 

 そう言って、霊華は一同を見下ろした後に、空のどこかへと去って行った。

 残された一同はその場に立ち尽くす事しか出来ず、飛んでいく霊華の姿をただ見ているだけだったが、その中の一人である霊夢は震えながら確信した。

 

「霊華には……勝てない」

 


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