東方双夢譚   作:クジュラ・レイ

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13 世喰らう荊の大樹へ

 懐夢はすぐに起き上がって、皆の集まる境内へ行き、魔理沙から説明を受ける事で現状を知った。

 今、霊夢は『喰荊樹』という名の大樹の中に閉じこもったまま出てこないでいるらしく、しかも、その喰荊樹は幻想郷を破壊するべく、博麗大結界へと根を下ろそうとしているとの事。これだけでも十分な危機だというのに、霊夢がそれを操っているというのが、懐夢は信じられなかった。

 

 そして、喰荊樹を止めるには自分の力が不可欠であるというのにも、懐夢は酷く驚く事になった。魔理沙によれば喰荊樹は霊夢の心そのものであり、霊夢は懐夢が死んでしまったと勘違いをしてしまったためにあの喰荊樹を出現させて幻想郷を滅ぼそうとしているらしく、喰荊樹を止めて幻想郷を救い、尚且つ霊夢も助けるには霊夢の心に最も近付く事の出来た自分の力を使うしか方法がないらしい。

 そう言われて、懐夢は慌てたような仕草をする。

 

「そんな、みんなの力じゃ駄目なの」

 

 魔理沙は首を横に振った。

 

「私達は霊夢の心に近付く事が出来なかった。でもお前は、そんな私達の中でも唯一、霊夢の心に近付いて、霊夢の家族ともいえる存在になれた奴だ。多分だけど、霊夢が心を開いている奴は、お前だけなんだよ」

 

 その時、懐夢は心の中に嫌な気持ちが浮かび上がってくるのを感じた。

 確かに、霊夢とは仲良くした。霊夢と同じ苗字を持つ、家族になる事だって出来た。そんな事までは出来なくても、霊夢と仲良くなれる人はいたはずだ。なのに、誰も霊夢の心に近付かないで、いつも距離を開けて、霊夢の心に近付こうとしなかった。それが積み重なって、こんな事になったのではないのか。

 

「そうかもしれないけれど、何でみんなは霊夢の心に近付く事が出来なかったの」

 

 懐夢は辺りを見回した。総勢、七十人ほど確認できる……これだけの数がいるというのに、霊夢の心に近付く事の出来た人物は自分を除いて一人もいない。

 

「これだけの人がいて、みんな霊夢の事を知ってるし、霊夢と話をした事がある。でも、この中に一人も霊夢と仲良くできた人がいないってどういう事なの。どうして、ぼく一人だけしか、霊夢を助けられる人がいないんですか」

 

 一同は俯いたり、苦い表情を浮かべたりしたが、誰一人として、懐夢の言葉に答えを返そうとはしなかった。

 重い沈黙が辺りを覆ったが、それを童子が打ち破った。

 

「……博麗の巫女は、人や妖怪を拒絶するのだ」

 

 懐夢は童子の方へ顔を向ける。

 童子は続ける。

 

「博麗の巫女は、感情や記憶を制御されるだけではなく、他の者達を避け、深い関わりを築こうとはしなくなるようになる。そう、他者との関わりすらも制御された存在だったのだ」

 

 懐夢は首を思わず傾げた。

 

「えっ、でも、ぼくは霊夢と深い関わりを作ってますよ。そうじゃなかったら、ぼくの苗字だって博麗じゃなくて百詠ですし……」

 

 童子は腕組みをする。

 

「それはお前が、霊夢自身が興味を持った特異人物だったからだ」

 

 懐夢は更に首を傾げる。

 

「霊夢自身が興味を持った……?」

 

「そうだ。八雲紫によれば、お前は博麗の巫女になる前の霊夢に境遇がよく似ていたそうだ。お前の境遇が、霊夢がかつて体験した境遇と合致して、霊夢の心に揺らぎを作ったのだ。その結果、霊夢はお前を養いたいという思いを抱き、抑圧され続けていた霊夢の心の中に『人間』らしい心が少しずつ戻していったのだ」

 

 霊紗が懐夢の肩に手を乗せる。

 

「霊夢は今、記憶と感情を取り戻したが、失われていた記憶と感情、そして溜まりに溜まっていた自信とかつての博麗の巫女の邪な心の濁流に飲み込まれている。だが、霊夢の心は今『自由な人間』に戻っていて、どんな奴の声も心に届く状態だ。だがな、きっと届いたとしても、受け入れはしないだろう」

 

 霊紗は懐夢の両肩に手を乗せた。

 

「だがな、霊夢はお前の事を誰よりも信頼し、愛していた。お前があいつに声を掛ければ、きっと霊夢は受け入れる。そして、お前が霊夢の心を開いてしまえば、あいつはきっと他の者達の声も受け入れるようになるはずなのだ。お前が私達の筆頭となり、霊夢を『自由な人間』に戻すんだ」

 

「ぼくが……霊夢を『人間』に戻す……」

 

 大天狗が、きょとんとしている懐夢に声をかける。

 

「……ここに来る前に、博麗の巫女に術をかけて居た張本人である、最高権力を持つ大賢者が死亡したのを確認しました。大賢者の最高権力は、気を失い、治療を受けておられる八雲紫に委ねられます」

 

 懐夢は振り向いた。博麗の巫女に術をかけて居た張本人である大賢者と言えば、あの凛導だ。

 それが死んで、今は師である紫に権利が移行したというから……。

 

「紫師匠は、なんて言ってましたか」

 

 霊紗がそれに答える。

 

「紫は、博麗の巫女を『人間』に戻すという計画を成し遂げようとしていた人物なんだ」

 

 懐夢は顔を霊紗へ戻す。

 

「師匠が?」

 

「あぁ。紫に最高権力が移行したという事は、博麗の巫女を『人間』に戻す計画は成功したと言える。後は霊夢をこの場に連れ戻すだけで……霊夢は『人間』の博麗の巫女として暮らしていく事が出来る」

 

 童子が懐夢に声をかける。

 

「それが、我々に出来る霊夢への……かつての博麗の巫女達への償いだ」

 

 霊紗は腰を落とし、目の高さを懐夢と同じにした。

 

「頼む、懐夢。どうか霊夢のところへ行き、霊夢の心を開いてやってくれないか。これはきっと、お前にしかできない。師匠である私じゃなく、お前ならできる事なんだ」

 

 懐夢は俯き、頭の中で思考を巡らせた。

 きっと、霊夢は辛いだろう。助けられるならば、早く助けてやりたい。だってそれが、自分に課せられた使命なのだから。

 でも、それだけじゃ駄目だ。今回はきっと自分を含めたすべての幻想郷が悪い。皆、霊夢に頼り切り、霊夢の事を何もわかっていなかったから起きたような事だ。その辺りの事も、皆に伝えなければ。

 

「わかりました、霊紗師匠。でも、一つだけぼくは言いたい事があります」

 

 懐夢は身体を集まった一同の方へ向けると、力強く言い放った。

 

「霊夢はずっと苦しめられていました。誰でもありません、この幻想郷そのものに。この異変は、ひょっとしたら幻想郷が博麗の巫女に酷い事をし続けた竹箆(しっぺ)返しなのかもしれません。

 でも、ぼくはこの異変を、幻想郷に生きる者として放っておくわけにはいきません。これから、あの樹を止めに行きます。でも、それが終わったら皆さんにしてもらいたい事が一つだけあります」

 

 懐夢はすぅっと息を吸い込み、更に言い放った。

 

「帰ってきた霊夢と、沢山会って、沢山お話しして、仲良くしてください。これは、霊夢に守られてきた人達であるみなさんなら、出来るはずです。

 今まで霊夢を寂しくさせてきた罰として……みんなで、霊夢の友達になってください! どうか、お願いしますッ!!」

 

 懐夢の声は高らかに、境内の隅々まで渡り、同時にこの場にいる全ての者達の耳へ、心へと響いた。その言葉に答えるように、集まった者達は拍手を始め、瞬く間に博麗神社の境内は拍手喝采の大きな音に包み込まれた。

 やがて拍手が止むと、魔理沙が懐夢の隣に並び、一同に向けて笑んだ。

 

「どうやらみんなの心が一つになったみたいだな。今の隙に、喰荊樹突入作戦の作戦会議を――」

 

 魔理沙が言おうとした瞬間、突如として地面が下から突き上げられるような、衝撃が走った。

 いったい何事かと、一同は混乱を始め、その中の一人である早苗が呟いた。

 

「じ、地震ですか!?」

 

 揺れはいつまでたっても収まらない。まるで、地の底で巨大な怪物が蠢いているような揺れに、一同の中には倒れる者や、悲鳴を上げる者が現れ始める。

 その最中、霊紗がふらふらになりながら一同に声をかける。

 

「皆、落ち着け! 落ち着くのだ!」

 

 霊紗の声を聞き、ふと喰荊樹の方を見て、懐夢は目を点にした。

 ……空に穴が開いている。喰荊樹が空まで根を伸ばして、空に穴を開けて……空を食べている――!!

 

「しょ、喰荊樹が空を喰べてるっ!」

 

 懐夢の悲鳴のような声に、一同は喰荊樹の方に目を向け、同じように唖然とした。

 妖怪の山を呑み込んだ禍々しい黒い荊の大樹はとうとう空へ根を伸ばし、空を喰っていた。喰荊樹に喰われた部分は白い光を放つ穴となり、そこから亀裂が走って、硝子片のようなものが次々と空から地上へ降り注いでいる。元々この世のものとは思えないようなものが沢山ある幻想郷の中でも、とびっきりこの世のものとは思えないような光景に、一同は呆然として、その中で魔理沙は呟く。

 

「な、なんだよあれ……!」

 

 大天狗が顔を顰める。

 

「博麗大結界です……博麗大結界を……喰荊樹が侵喰(しんしょく)しているんです……!!」

 

 童子が歯を食い縛る。

 

「喰荊樹め……さっさと幻想郷を滅ぼしてしまいたいらしいな!」

 

 紗琉雫が叫ぶように言う。

 

「博麗大結界が壊されたら、幻想郷は終わりだ! おい餓鬼、今すぐに喰荊樹に行くぞ!!」

 

 懐夢が慌てながら答える。

 

「でも、あんなに侵喰が早いんじゃ、幻想郷が先に滅ぼされちゃいますよ!」

 

 霊紗が懐夢の肩を叩いた。

 

「博麗大結界ならば、心配いらん! 私が……博麗大結界の強度を増させ、侵喰を防ぐ!」

 

 更に、霊紗は不安そうな顔をしている懐夢に言った。

 

「それとだ、懐夢。お前に渡したいものがあるんだ」

 

「な、なんですか」

 

 霊紗は素早く博麗神社の中へと駆け込んだ。いきなり霊紗が消えた事に懐夢がきょとんとしたが、霊紗は一つの剣を持って博麗神社の中から現れた。

 

「これだよ」

 

 懐夢は少し首を傾げて、霊紗の手に持たれている剣に注目した。恵と刃の間に金色の輪のような装飾が付けられている、青色の美しい両刃の剣だった。一見すればただの武器だが、懐夢はこの剣がただの武器だとは思えなかった。

 

「霊紗師匠、これは?」

 

 近くで見ていた魔理沙が驚く。

 

「これ、草薙剣にそっくりじゃねえか。なんだ、これは!」

 

 霊紗は両手に剣を乗せた。

 

天羽々斬(あめのはばきり)。かつて八俣遠呂智を倒す際に、素戔嗚尊が使った神器で、私の一族の家宝だ。八俣遠呂智が再び姿を現した時から、既に封印を解いていたのだが、ようやく使う時が来た」

 

 魔理沙が驚いたような顔になって、霊紗を見つめる。

 

「どういう事だ? なんで霊紗の一族にこんなものが伝わってるんだよ」

 

 霊紗は何かを思い出したような表情を顔に浮かべて、魔理沙と目を合わせた。

 

「あぁそうだ。魔理沙、君は確か、私が四十九歳なのに、こんなに若々しいのがおかしいと前に言っていたな。その種明かしをしよう」

 

 霊紗は深呼吸をして目を閉じ、開いた。

 

「私は、素戔嗚尊の末裔なのだ。神と人間の間に一族の、な」

 

 懐夢と魔理沙は大いに驚き、目を点にした。

 そして魔理沙が言う。

 

「ま、マジかよ! あんた、まさかの半人半神なのか!?」

 

「そうだよ。だから私は普通の人間よりも寿命が遥かに長く、身体が老いるのも遅い。この見た目も、それが理由だ」

 

 懐夢は瞬きを何度もした。まさか、自分に技術を教えてくれた霊紗が、あの素戔嗚尊の末裔だったとは思ってもみなかった。しかし、素戔嗚尊の末裔であるという事がわかると、霊紗の異様なまでに高い戦闘能力や、歴代最強の巫女と言われるくらいに博麗の力と様々な技術を使いこなせているのに納得がいく。

 

「そう、だったんですか」

 

 懐夢が呟くと、霊紗は頷いて、手に持たれている天羽々斬を懐夢へ差し出した。

 

「さぁ、これを使うんだ懐夢。お前一人で霊夢の元へ行くのが難しくても、これがあればいけるはずだ」

 

 懐夢は霊紗の手元で輝く天羽々斬を手に取ろうとしたが、途中で止めて、霊紗に問うた。

 

「本当に、ぼくが使っていいんですか」

 

「よくないなら、差し出さないよ。さぁ、つべこべ言わず、使うんだ。金はとらない」

 

 懐夢はごくりと息を呑み、青色に輝く、八俣遠呂智を倒すために使われたと謳われる剣の、その柄を握った。そして、そのまま持ち上げてみたが、天羽々斬は全く重くなく、まるで羽毛のように軽かった。

 

「軽い……」

 

「お前は博麗の力という、聖なる力の使い手だからな。その剣は、聖なる力を使う者には羽毛のように軽くなる性質を持つんだ」

 

 続けて、霊紗は懐に手を入れて、何かを掴んだように手を動かし、引き抜いた。

 

「君にはこれを授けるよ、魔理沙。手を出してくれ」

 

 魔理沙は霊紗に言われるまま手を出した。その手に霊紗はぽんと自らの手を置き、掌を静かに開いて、退けた。

 魔理沙の手には、何かのかけらと思われる青い結晶のようなものが乗っていた。

 

「な、なんだこれ」

 

「天羽々斬の刃の欠片だ。かつて、この剣は欠けた事があって、後に修復された。その時に出た欠片だが、それだけでも強力な力を宿している。離さず持っておけば、君の力は普段よりも大きなものとなろう」

 

 霊紗は魔理沙の目を見つめた。

 

「君は火力が自慢だと紫から聞いている。その火力を持って、懐夢の事を援護してやってほしいのだ」

 

 魔理沙はにぃっと笑って、天羽々斬の欠片をポケットの中に突っ込んだ。

 

「わかった! ちょっとばかし、借りてくぜ!」

 

 霊紗が頷くと、魔理沙は目を懐夢へと向けた。

 

「お前の事は私が守るぜ、懐夢」

 

 霊紗は首を横に振った。

 

「戦うのは君達だけじゃない。喰荊樹の周りには沢山の<黒獣(マモノ)>達が侵入者が来ないかどうか見張っている。多分、あいつらがいては、喰荊樹に近付くのは難しいだろう。

 ここは霊夢の友人になる事を誓ってくれた全員に行ってもらう他ない」

 

 魔理沙はごくりとつばを飲み込んだ。

 

「そ、総力戦ってところか」

 

「あぁ。境内に集まっている者達を全員喰荊樹の元へ向かわせ、<黒獣(マモノ)>と戦ってもらう。その隙を突き、懐夢は喰荊樹の内部へ侵入するのだ」

 

「それしか、方法はないんですね」

 

 霊紗は頷いた。

 

「さぁ、行ってくれ懐夢。私はここで、博麗大結界を支え、喰荊樹の侵喰を押しとどめる」

 

 霊紗の顔に浮かぶ真剣な表情に、懐夢は頷いた。

 

「わかりました。行ってきます!」

 

 そう言って、皆に声を掛けようとしたその時、霊紗の後方から声が聞こえてきた。

 

「私にも手伝わせてください、霊紗さん」

 

 三人は振り返って、声の聞こえた方向に目を向けた。そこにいたのは、先程まで懐夢の看病を行っていた霊華だった。

 霊華は霊紗に歩み寄り、静かに声をかけた。

 

「私も、結界関連の術だったら、出来るみたいなんです。だから、手伝わせてください」

 

 霊紗は首を横に振った。

 

「私のやる事は常人に出来る事ではないぞ。君は博麗神社に隠れていても――」

 

「そんな事は出来ません。懐夢も、皆も戦っているのに、私一人だけ隠れているなんて、そんな事できません。

 お願いします。どうか私にもやらせてください。出来ます、から!」

 

 霊華の心から訴える目に、霊紗は軽く溜息を吐いた後に、言い返した。

 

「いいだろう。出来るんならやってみろ。ただし、まるで駄目だったなら退かせるぞ。それでいいな」

 

 霊華は表情を変えずに頷いた。

 

「構いません」

 

「わかった」

 

 全員の戦う準備が整ったのを確認すると、懐夢は一同の方へ身体を向け、言い放った。

 

「みなさん、戦闘用意です! これから喰荊樹へ向かいます! みなさんは、喰荊樹の周りを守る<黒獣(マモノ)>を倒してください!」

 

 懐夢の声はすぐさま一同の元へ届き、一同は「おぉっ」と声を上げた。

 それを確認するや否、懐夢は頷き、言い放った。

 

「それじゃあ、みなさん、いきましょう!! 霊夢を助けにッ!!!」

 

 懐夢は脚に力を込めて地面を蹴り上げ、上空へ舞い上がった。それに続くように魔理沙、境内に集まる霊紗と霊華を除いたすべての人妖が上空へと舞い上がり、博麗大結界を喰らう喰荊樹へと渡り鳥の如く飛び立った。

 

 

 

      *

 

 

 

 すっかり日は暮れて、時間帯は夜になっていた。にもかかわらず、<黒獣(マモノ)>達は活発化しており、既に街や博麗神社へと接近してきていた。その数は、百匹以上は確認された。

 そのため、飛び立ってあまり時間が経たないうちに懐夢達は<黒獣(マモノ)>の群れとの戦闘を開始。各自分散して、<黒獣(マモノ)>への攻撃を開始したが、<黒獣(マモノ)>は喰荊樹から次々と湧いて出てきて、全くと言っていいほどきりがなかった。始まって早々、長期戦に持ち込めないとわかるや否、懐夢は焦りを顔に浮かべた。

 

「これだけの数……皆の力があったとしても、全然持たないよ!」

 

 隣を飛ぶ魔理沙が、喰荊樹に目を向ける。喰荊樹そのものは大きくなり続けているので、近付いて内部に侵入する事は容易いように見える。しかし、喰荊樹の周りは<黒獣(マモノ)>だらけで、<黒獣(マモノ)>達を蹴散らさない限りは喰荊樹に接近する事すら叶わない。だが、このまま戦い続けては不利な消耗戦となり、こちらが先に力尽きる。霊夢がやったのかどうかはわからないが、完璧な布陣だ。

 

「やっぱり、さっさと喰荊樹を潰すほかなさそうだな」

 

「だけどどうやって、この<黒獣(マモノ)>の大群を突破するの」

 

 魔理沙は一枚のスペルカードを懐から取り出し、光に変えて、ミニ八卦炉に吸い込ませた。そして光を宿した八卦炉を箒に固定すると、懐夢の手を力強く掴んだ。

 

「ま、魔理沙!?」

 

 驚く懐夢に、魔理沙は言った。

 

「こうなったら、強行突入するぞ懐夢! 霊紗から借りた神器、しっかり持てよ!」

 

 懐夢が戸惑い始めたのを気にせずに、魔理沙は懐夢の身体を片手で抱き、もう片方の手で箒を掴んだ。同時に、箒に固定された八卦炉から強烈な光が溢れ出す。

 

「一気に、霊夢のところに行くぞ!!」

 

 魔理沙はにぃっと笑み、宣言した。

 

「彗星「ブレイジングスター」!!!」

 

 魔理沙の高らかな宣言の直後、八卦炉は猛烈な光を吐き出し、それを後部に備えた箒は流星の如し速度で前進を開始した。

 猛烈な勢いで空を切り裂き、<黒獣(マモノ)>の群れの隙間を縫い、突き進んでいく快感に魔理沙は高らかに笑った。

 

「ふはははっ!! やっぱ神器の欠片を持ってるせいか、力の入り方とか違うなぁ!!」

 

 魔理沙の胸に圧しつけられて、鼻は魔理沙の匂いで塞がり、耳は猛烈な風の音で塞がり、目の前の光景がわからない。

 身体に吹き付けてくる猛烈な風に、懐夢は思わず悲鳴を上げる。

 

「うわわわわわぁぁぁぁぁッ」

 

 どんな<黒獣(マモノ)>も追いつけない。そればかりか、あまりの速度を出している自分達に唖然としている。

 あれだけ強かった<黒獣(マモノ)>達が敵にならない速度に、魔理沙は狂喜しながら<黒獣(マモノ)>の間を、星の海を駆ける彗星の如く突き抜ける。

 少し遠くに見えていた喰荊樹も、もうすぐそこまでのところに来ていたが、懐夢は猛烈な風に魔理沙から離れられず、周りの状況を知る事が出来なかった。

 その時、懐夢の耳に魔理沙の穏やかな声が届いた。

 

「なぁ懐夢。私の匂いはどんな匂いだ?」

 

「え?」

 

「私の匂いはどんな匂いだって聞いてるんだよ。私の胸に顔埋めてるんだから、嗅げるだろ?」

 

 いきなり言われて、首を傾げながら、懐夢は目の前にある魔理沙の匂いを嗅いだ。様々な茸や薬品を混ぜ合わせたような、不可思議な匂いがして、懐夢は苦笑いした。

 

「茸と薬と……色んなのが混ざった匂いがするよ」

 

「そりゃそうだろう。私はそういう物を取り扱ってるからな。嫌な匂いか」

 

「そんな事ないよ。確かに変な匂いかもしれないけれど、嫌な匂いなんかじゃない。寧ろ、魔理沙らしくていい匂い」

 

「そっか。そういうお前の匂いは、暖かくて優しい、穏やかなお日様の匂いだ。いつまでも嗅いでいたくなる、いい匂いだよ」

 

 魔理沙の声色がさらに柔らかくなる。

 

「霊夢はきっとお前の匂いが大好きなんだろうな。なのにあんなところに閉じこもっちまって……さぞかし臭いだろうな。だからさ」

 

 魔理沙は懐夢の身体を力強く掴むと、目の前に聳える喰荊樹へ狙いを定めた。

 

「お前の匂いを、霊夢に届けて来い!!」

 

 そう言って、魔理沙は力いっぱい懐夢の身体を喰荊樹へ放り投げた。

 いきなり投げられて、懐夢は逆さまになりながら、魔理沙を見て大いに焦る。

 

「ま、魔理沙ぁ!?」

 

 魔理沙は急停止し、腕を上に突き上げた。

 

「行って来い、私の親友の弟! そして、必ずまた私にお前のお日様の匂いを嗅がせろぉ!!」

 

 懐夢はきょとんとしながら、魔理沙の言葉の意味を理解した。――霊夢を連れて必ず戻ってこい。そう、魔理沙は言ったのだ。

 

「わかったぁ!!」

 

 懐夢は素早く反転すると、霊夢を閉じ込める喰荊樹へ猛スピードで駆けた。無数の荊が蠢く壁面がすぐに見えて、背中に寒気が走ったが、懐夢は気にせずに師が与えてくれた神器、天羽々斬の柄を力強く握りしめた。

 

「霊夢――――――ッ!!!」

 

 天羽々斬を前方へ突き出し、懐夢はそのまま喰荊樹へと突撃。壁を形成する荊を切り裂きながら喰荊樹の中へと飛び込んだ。

 

 そして、懐夢が作った穴はすぐさま荊によって塞がった。

 


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