翌日の朝。
あの後早苗がどうなったのか、博麗神社に情報が回ってくる事はなかった。
しかし、早苗の鞄と絵本は博麗神社に残されたままだった。
霊夢はさすがにこれはいけないと思い、懐夢に早苗の置いて行った絵本の入った鞄と魔除けの札の入った自分の鞄を持たせ、西の町を越えた先の妖怪の山の中にある守矢神社に向かわせた。
懐夢自身も西の町、妖怪の山、守矢神社に行くのは初めてなため、張り切って博麗神社を出て、西の町を目指して道を歩いていた。
田圃が近くにある道のあちこちには泥が落ちていた。どうやら、昨日降った雹によって田圃から跳ねて飛んできたようだ。田圃の方を見て見れば、田んぼにいくつもの穴が開いている。
更に近くにある畑の方を見てみれば、農作物の葉にいくつもの大きな穴が開いていて、酷いものは上半分が無くなっていた。雹に直撃されて折れたのだろう。雹が農作物に齎した被害は、甚大なようだ。
人里の人々や友達、チルノ達は大丈夫だっただろうか。
……気にするのは後にしよう。今は早苗に鞄と絵本を届けるのが先決だ。
懐夢は自分の鞄の中から霊夢からもらった地図を取り出し、開いて諳んじた。
地図は大雑把に書いてあったが、十分に西の町、妖怪の山、守矢神社への道が書かれていた。この道をこのまま真っ直ぐ行けば、西の町に辿り着けるみたいだ。
(行こう。早く行って、早苗さんにこの鞄と絵本を届けなくちゃ)
早苗はこの絵本を大事にしていると言っていた。今、それがなくて困っている頃だろう。
懐夢はそう思いながら、まだ見ぬ道を進み続けた。
まだ見ぬ道を進んでいると、道に変化が出始めた。道に撥ねた泥と田圃の泥の穴が無くなったのだ。
どうやら、この辺には雹が降らなかったらしい。
それらを見ながら更に進んでいると、町が見えてきて、懐夢は町に入り込んだ。
(ここが……西の町……)
懐夢は辺りをきょろきょろと見回した。町並みは人里の街と全く違ったが、雰囲気はよく似ていた。
人と妖怪が楽しく話し合い、共に店を営んでいたり、遊んでいたりしている。
是非ともこの町をもっとよく見ていきたいと思ったが、懐夢は首を横に振った。
今はこの町を抜けた先にある妖怪の山に建造されている守矢神社に向かい、早苗にこの絵本の入った鞄を返すのが先決だ。これを達成するまで寄り道している余裕などない。
懐夢は思うと地図を再度諳じて、現在地から妖怪の山の守矢神社までの道を把握するとその方向に向かって歩き始めた。
人々と妖怪達の賑わいを聞きながら歩くとあっという間に町を抜けれ、妖怪の山の入り口に辿り着いた。
妖怪の山の入り口には二つ道があった。
一つはよく見る形の登山口。もう一つは博麗神社のものによく似た石段だった。
懐夢は再び地図を諳じてどちらに進めばよいのか確認した。―――地図には妖怪の山の入り口にある石段を登ればよいと書いてあった。
懐夢はこの石段を登れば守矢神社に辿り着けるのを確認すると地図を閉じて自分の鞄の中へ仕舞い込み
、石段を一段一段登り始めた。
石段は博麗神社のものと比べて傾斜が緩やかで、登っていてもあまり疲れなかった。
その二分後、鳥居が見えてきた。更に石段を上がって鳥居をまじまじと見てみると、鳥居の上部の中央に取り付けられている石板には、「守矢」と彫られているのが見えた。間違いない、あれの奥に守矢神社はある。
懐夢は石段を駆け上がり、鳥居の奥を見て驚いた。
鳥居の奥には大きな広場があり、その奥に神社が建っていた。
神社の大きさは博麗神社と同じくらいだが、その前にある広場と神社の周りの庭の大きさは桁違いだった。懐夢はこれに驚いてしまった。
「ここが早苗さんの家の守矢神社……」
懐夢は庭と広場を見回しながら、広場に敷かれた守矢神社へ続く石畳を歩き、守矢神社の玄関口まで来た。
懐夢は玄関口の前まで来ると、叫んだ。
「すみませーん! 東風谷早苗さんいらっしゃいますかぁー?」
懐夢の叫び声が通じたのか、玄関口の戸が開き、中から人が出てきた。
懐夢は早苗がやって来たのかと思ったが、それは違った。
中から出てきたのは、髪の毛が紫がかった青色のサイドが左右に広がったボリュームのあるセミロングで、頭に楓と銀杏の葉の装飾の付いた注連縄の冠を付け、背中に複数の紙垂の取り付いた大きな注連縄を 輪にしたものを付け、服装は上着は赤色の半袖と白色のゆったりした長袖の服の二枚着で、裾が紅く、梅の花のような模様が描かれている臙脂色のロングスカートを履き、裸足に草履を履いた、赤茶色の瞳の 女性だった。
女性は懐夢を見るなり若干の笑みを浮かべた。
「おや、ぼっちゃん、早苗の友達かい? それとも早苗のファンか何かかい?」
懐夢は少ししどろもどろしながら答えた。
「あ……はい。東風谷早苗さんの……友達です。早苗さんに用があってきました。早苗さんいらっしゃいますか?」
女性は頭を掻きながら答えた。
「ごめんねぇ。早苗のやつ、全身打ち身の怪我しやがってさ。ここ三日間は寝たきりにしておかなきゃいけないんだ。残念だけど合わす事は出来ない」
懐夢はしょんぼりとしてそうですかと呟いた。
その時、女性が懐夢の持ち物を見て、何かに気付いたように懐夢に話しかけた。
「あれ、ぼっちゃんのそれ、早苗の鞄じゃないか。どうしてそれを?」
懐夢は女性に話しかけられるなり肩から鞄を外し、女性に差し出した。
「昨日早苗さんが置いてったんです。中に早苗さんが大事にしてるものがあったから、届けに来たんです」
女性は懐夢から鞄を受け取ると、手触りだけで中に何が入っているかを把握し、苦笑した。
「……これ"あいつ"の絵本か。早苗ったらあんたのところまでこれを持ってたんだね。読んだかい?」
懐夢は頷いた。
「面白かったですよ。早苗さんが大事にして、
女性はまた苦笑した。
「そりゃよかった。なぁ、ぼっちゃん名前を教えてよ。早苗に言っとくからさ」
女性が名を尋ねてくると、懐夢は両手を腹の前で合わせた。
「僕は……百詠懐夢と申します」
「懐夢か。覚えておくよ。それと私の名前だが、私は八坂神奈子っていう。早苗の……家族みたいなものだよ。覚えておいて損はないと思うし、あんたが早苗の友達なら私と会う事もそれなりに多くなるだろうから、よろしくね」
「そうなんですか。よろしくお願いいたします」
懐夢は頭を下げて、すぐに上げた。
「そろそろ帰ります。寄り道しないで帰ってきなさいって言われているんで」
神奈子はまたへぇ~っと言った。
「言いつけをしっかり守るなんて、律義な子だねぇ。感心感心。それじゃ、気を付けてお帰りよ」
懐夢は神奈子に言われると一礼し、元来た道を引き返し始めた。
石段を降りる中、懐夢はふと神社の方を振り向いて、神奈子の事を思い出した。
八坂神奈子……変わった人だ。
あんなどでかい注連縄を背中に付けている時点でもう変わった人だと言えるが、
そうではない。
彼女と接した時、妖怪のものでも、人間のものでもない、特殊な"気"の流れが彼女から流れ込んできた。これはつまり彼女が人間でも妖怪でもない事を意味する。
更に彼女は神獣の絵本を差し出されるなり"あいつ"の絵本だと言った。まるで神獣を知り合いのように。
……彼女は一体何者なのだろうか。早苗の家族のようなものだと言っていたが。
妖怪でも人間でもなければ、一体何なのだろうか。
まぁ、あまり深く考えても仕方ないし、今更聞きに戻るのも時間の無駄だし、失礼だ。
(今度早苗さんに神奈子さんの事聞いてみよう)
懐夢はそう思うと石段の方を向き直し、すたっ、すたっと石段を降りた。
やがて妖怪の山を下り、西の町まで戻ってくると、懐夢はまた賑わいの中に入り込んだ。
先程と違ってゆっくりと町中を歩いていると、人々の話す声が聞こえてきた。
「なぁ、守矢神社の早苗さんの話聞いたか?」
「聞いたわ。早苗さん、怪我して寝込んじゃってるそうね。お気の毒に……」
「天狗の新聞によると早苗さん、昨日氷を降らせる入道雲の中へ飛び込んだそうじゃないか。何でそんな事をしたんだろう?」
「わからないわ。あ、そうそう、入道雲で思い出したけど、さっき東の街から来た人から不思議な話を聞いたわ」
「東の街? 昨日入道雲に見舞われた街じゃないか。どんな話だい?」
「なんでも、嵐の中真上を見たら、入道雲の中を翼を持った大きな何かが飛んでいくのが見えたらしいわ」
「翼を持った大きな何か? なんなのそれ?」
「知らないわ。雲に邪魔されて具体的な形は見えなかったそうよ。でもそれが見えた直後、指笛のような大きな音が入道雲の中から聞こえてきたんですって」
「入道雲の中から?それの鳴き声か何かかな?」
「わからないわ。でも何だか繋がり過ぎていない?」
「何が?」
「早苗さんよ。早苗さん、そんな得体の知れないものがいる入道雲の中に飛び込んでいったじゃない。普段はそんな危険な事をしない人のはずなのに」
「もしかして入道雲の中にいたのは入道雲を操るくらい強くて悪意を持つ妖怪で、早苗さんはそれを討伐するために入道雲に飛び込んでいったんじゃないかな?」
「それで討伐に成功したけれど怪我をして寝込む羽目になってしまったと。なるほど、それはあり得るわ!」
「でしょう?早苗さんがその妖怪を討伐してくれたからこっちの町には入道雲が来なかったんだよ」
「そうに違いないわ! あとで守矢神社にお参りに行きましょう。町を護ってくれた早苗さんに感謝して、怪我が一日でも早く治るよう祈りに」
「うん。そうしよう」
話し声は聞こえなくなった。
(……違う。早苗さんはそんな事をするために入道雲に飛び込んでいったんじゃない)
指笛のような大きな音を聞いた早苗の顔は、大切な人を求めているようなものだった。
霊夢によれば母親を求めた時の懐夢の表情によく似ていたらしい。
(早苗さんは……早苗さんはきっと)
あの入道雲の中に本当に神獣がいたのかはわからない。
あの入道雲の中から聞こえてきた指笛のような大きな音は本当に神獣の鳴き声だったのかもわからない。
けれども早苗は指笛のような音を神獣の鳴き声だと思って、音の聞こえてきた雹を降らせる危険な入道雲の中に飛び込んでいった。
早苗はそれほどまでに神獣に会いたかったのだ。……それが何故なのかは何も聞いていないので分からなかったが。
早苗が元気を取り戻したら聞いてみようと懐夢は思うと西の町の出口に向かって歩き、やがて西の町を出ると先程通った道を再度通り、東の街まで戻ってくると、道なりに歩いて博麗神社に戻ってきた。
懐夢はそこで思わず首を傾げてしまった。
神社の境内に、誰かいる。
見た事のない誰かが境内に座っている。
「誰だろう……?」
見つからないように近付いて、よく見てみたところ、頭に白い帽子を被り、それと同じような洋服とスカートを身に纏い、瞳の紅い、藍色のセミロングヘアの自分と同じくらいの身長の少女だった。歳も恐らく自分と同じくらいだろう。
しかし、懐夢はますます首を傾げてしまった。
少女の背中から、蝙蝠のような翼が生えているからだ。
あの翼は何だろうか。そして彼女は何者だろうか。
霊夢の友達か何かだろうか。
そして霊夢はどうしたのだろうか?
彼女の様子を見る限り、霊夢の事を待っているような感じがするが。
考え事をしながらじっと少女を見ていたその時、少女がこちらに目を向けてきた。
懐夢は少女と目が合うなり飛び上がるように驚いてしまった。
「あ、え……あぅ」
見つかってしまった事にあたふたとしていると、ある事に気付いた。
少女がこちらを見て微笑みながら、こっち来なさいと言わんばかりに手招きをしている。
懐夢は思わずきょとんとしてしまって、その内手招かれるまま少女に近付いた。
懐夢が丁度少女の数歩手前まで来ると、少女はぽんぽんと自分の右の境内を手で叩いた。座りなさいという仕草だ。
懐夢は少女に従って、少女の隣に座った。
少女は口を開いた。
「貴方……懐夢ね?」
懐夢は吃驚した。見ず知らず少女がいきなり自分の名前を呼んできたからだ。
懐夢は恐る恐る頷いた。
「そう……だけど……どうして君は僕の名を……?」
少女は笑んだ。
「一昨日、霊夢から聞いたのよ。暇つぶしに神社に来て霊夢に会ってみたら、貴方の事を話し始めてね。だから貴方がどんな人物なのか、どういう経緯を辿ってここに住む事になったのかも、全部知ってるわ」
懐夢は納得した。
どうやらこの少女は、自分が寺子屋に行っている間に神社に来て霊夢と話をする者のようだ。
と、その直後少女は懐夢に顔を近付けた。
「けれど、少し意外だったわ。貴方がこんな綺麗な顔をしている子だったなんて」
懐夢は少女に顔を近付けられて思わず赤面した。
少女は赤面する懐夢を見るなり笑い、顔を顔を近付けるのをやめた。
「そういえば、まだ私の事を教えていなかったわね。私はレミリア・スカーレット。霊夢の知人よ」
「へぇ。僕は知ってると思うけど、百詠懐夢。よろしくねレミリア」
それぞれ自己紹介をすると、懐夢はレミリアに尋ねた。
「そういえばレミリアはどうして神社にいるの? 霊夢、いないみたいだけど」
レミリアは溜め息交じりに言った。
レミリアは、いつも通り霊夢と話をするために来たそうだ。
しかしレミリアが来た時には霊夢はおらず、神社の中はがらんとしていたという。
神社を開けたままどこかへ出かけて行ってしまったそうだ。
それを聞いた懐夢は驚いた。
「え! 霊夢ったらまた鍵も何もかけずに出かけて行ったの!? 困るなぁ。出かける時は鍵を閉めて行ってよって、何度も言ってるのに!」
懐夢の言葉を聞いたレミリアは吹き出した。
「貴方、霊夢よりしっかりしてるのね。てっきり霊夢よりそういう事を気にしない子だって思ってたわ」
懐夢は顔を顰めた。
「だって、大事なものを泥棒されたら嫌じゃない。なのに霊夢ったらそういう事を全然気にしてくれないんだ。しっかりしてるんだかしてないんだかわからないよ」
レミリアは苦笑した。
「しっかりしてるわよ霊夢は。貴方が思っている以上にね」
懐夢は首を傾げてレミリアを見た。
レミリアは続けた。
「霊夢は、幻想郷に起こる異変を解決して幻想郷の平和を守っているのよ。貴方がこうして毎日平和に暮らせているのも霊夢が平和を維持する努力をしてくれているからよ」
レミリアは目の前に拡がる中庭を見た。
「かつて私が起こした異変も、霊夢によって解決されたわ」
懐夢は驚いた。
「レミリアって異変起こした事あるんだ」
レミリアは苦笑し、自らが起こした異変の事を話し始めた。
かつてレミリアはある目的のために幻想郷のほぼ全土に紅い霧を張って日光を届かなくするという異変を起こした。
突然の事に人々、妖怪達は慄き、誰一人としてレミリアに反抗しようとはしなかった。
誰にも邪魔される事なく、計画が進むと思っていた矢先、それはレミリアの本拠地である紅魔館にやってきて、紅魔館を守る者達を全て薙ぎ倒し、ついにレミリアの元へとやって来た。
それは、紅白の衣装に身を纏った黒色の髪の毛の巫女だった。それこそが、幻想郷を守る博麗の巫女、博麗霊夢であった。
レミリアは己の誇りをかけて、計画を止めにやって来た霊夢と戦った。
しかし、レミリアは霊夢に勝つ事はなかった。霊夢の弾幕と力の方がレミリアの弾幕と力を上回っていたのだ。
レミリアは霊夢に勝てない事を悟ると、計画を自ら倒し、幻想郷中に広めていた紅い霧を消した。―――レミリアの起こした異変はこうして幕を閉じた。
以来レミリアは霊夢と知り合いになり、度々霊夢の住む博麗神社に遊びに、話しに、やってくるようになった。
レミリアはとりあえず説明を終えると、一息吐いた。
「まぁざっとこんなもんよ。少しだらしなくしているところもあるけれど、霊夢は決してしっかりしてない人じゃないから、その辺り誤解しないでね。」
レミリアに言われて懐夢は頷いた。
直後、懐夢はレミリアのある部分を指差した。
「ねぇ、レミリア。背中に生えてるそれ、何?」
レミリアは自らの背中に生える翼を見て、バサバサと軽く動かした。
「これ? これは私の翼。体の一部よ」
懐夢は首を傾げた。
「なんでそんなのが生えてるの?」
レミリアはきょとんとして懐夢を見た。
「なんでって……それは私が吸血鬼だからよ。吸血鬼だから、この翼が背中に生えてるの」
レミリアに言われて、懐夢は慧音の話を思い出した。
この幻想郷には沢山の種族が存在していて、その中には吸血鬼と言われる、人の血を吸う事を生業とする種族がいるという。
その吸血鬼は、人の何倍もの寿命と下級の妖怪を超える力を持ち、背中から蝙蝠のような翼を生やしているらしく、前述のとおり人の血を吸って飲む事を好んでいるそうだ。
「って事は……レミリアも人から血を吸うの?」
懐夢が尋ねるとレミリアは困ったような表情を浮かべた。
「吸うわ。でもあんまり得意じゃなくてね。多くの血は吸えないのよ」
懐夢は不思議がる表情を浮かべた。
"吸血"鬼だというのに血を吸う事が得意じゃないなど、変わった吸血鬼もいるものだと思った。
すると、レミリアが少し恥ずかしそうな表情を浮かべて懐夢を見た。
「ふ、不思議がらないで頂戴。血をあまり吸えない事に、結構コンプレックス抱いてるんだから……」
懐夢は思わず苦笑してしまった。
その時、懐夢はある事を思い出して、レミリアに再度話しかけた。
「あ、そうだレミリア、さっきの話だけどさ」
レミリアは首を傾げた。
「さっきの話? 私の起こした異変の事?」
懐夢は頷いた。
「そうそう。その時のレミリアの言ってた”ある目的”って何なの?」
懐夢が言った途端、レミリアは懐夢の方から目を逸らして俯いた。
その次の瞬間、懐夢は自分が今何を聞いてしまったのか、把握した。
きっと今、レミリアの触れられたくない事を自分は触れようとしてしまった。
だから、レミリアは今俯いてしまったのだ。
(いけなっ……まただ。また余計な事聞いちゃった)
自分は他人の私情にすら興味を持ってしまう。……悪い癖だ。
懐夢は俯くレミリアに頭を下げて謝った。
「ごめんね。話したくないなら……話さなくなっていいよ。本当に、ごめんなさい」
懐夢が謝ると、レミリアは顔を上げてすっと懐夢の方を見た。
「……貴方は、私を警戒していないのね」
懐夢は「え?」と言って顔を上げてレミリアの方を見た。
「だってそうじゃない。貴方、私と今日初めて会うのに私の事をちっとも警戒しようとせず、私の事をもっともっと知ろうとして来る。貴方のような警戒心のない人は、初めて見たわ」
レミリアは苦笑しながら言うと立ち上がり、中庭に降りて懐夢の方を改めて向いた。
「ねぇ懐夢。紅魔館に遊びに来ない?」
懐夢はまたきょとんとした。
レミリアは続けた。
「貴方の事をもっと知りたいのよ。霊夢から粗方聞いたけれど、詳しい事はあまり聞いてないから、貴方の口から是非とも聞きたい。もし来てくれるんだったら貴方の事を内の皆に紹介して、紅茶とお菓子をご馳走した上で、私の事も話してあげるわ。貴方、他人の人生に興味があるんでしょう?」
懐夢はまたまたきょとんとしてしまった。
確かに、レミリアの事はもう少し知りたいし、レミリアの家である紅魔館というところにも行ってみたい。
けれども、紅魔館の場所などわからない。どこにあるのか、ここからどのくらい遠いのか、何一つ知らない。
「いいけれど……紅魔館って
レミリアは右の方へ目を向けた。
「そうねぇ……ここからだと結構な距離あるかも。でも空を飛べばすぐに着くわ」
懐夢はまたまたまたきょとんとしてしまった。
自分は空を飛べない。霊夢や魔理沙やチルノ達のように飛ぶ事はできない。
紅魔館は空を飛べばここからさほど遠くないそうだが、自分の場合はそうではない。
歩きで行けばきっと西の町よりも遠いだろう。
「ごめん……僕空飛べないから、そんな早く行けないよ。今から行ったら帰りも遅くなりそうだし……悪いけれど……まあ今度……」
また懐夢が謝ると、レミリアはぴくっと反応したように懐夢の方を見た。
「そう……なら、来週の今日の午前中にもう一度誘いに来るわ。午前中なら、帰りも遅くならないでしょ」
懐夢は頷いた。
レミリアはそれを見るなり笑った。
「よし決めた。来週もう一度誘いに来るから、その時は絶対に紅魔館に来なさいね」
レミリアに言われて、懐夢は思わずはいと返事をしてしまった。
「よろしい。それじゃ、私は帰るわね。霊夢いないし」
レミリアはそう言うと背中の翼を羽ばたかせて、向こうの空へ飛んで行った。
懐夢はやれやれ複雑な事になったものだと思いながら、神社の中へ戻って行った。