東方双夢譚   作:クジュラ・レイ

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皆様明けましておめでとうございます。
一日遅れましたが、私からのお年玉です。


9 喰らえ潰せ幻想の世を

 午後一時半。

 身体の感覚が妙になり、頭の中も心の中もぐちゃぐちゃになりつつある中で、霊夢は天志廼へやってきた。天門扉は相変わらず自分の事を呼んでおり、近付いただけですんなりと開いてくれ、中に入る事が出来たのだが、霊夢はそこで軽く首を傾げた。……天志廼に人がいないのだ。

 

 天志廼と言えば街のように人間や妖怪が行き交うところであるのだが、その行き交う人々や妖怪の姿が極端なまでに少ない。一体どうしたのだろうと思うよりも先に、霊夢は丁度いいと思った。これだけ人がいないのならば、凛導と激戦を繰り広げようとも被害が出る事はない。いや、被害こそは出るかもしれないが、人や妖怪がいないならば犠牲が出ない。――何の犠牲も出す事なく、あの忌まわしき天狐を狩る事が出来る。

 

 あの忌まわしき天狐がいなくなれば、幻想郷はあいつの支配から解き放たれて、次の博麗の巫女は『人間』として生きていく事が出来るようになる。もう自分のような存在を出す事は、無くなる。

 

「早く……消さないと」

 

 そう言って、霊夢は忌まわしき気を感じ取った。天志廼の奥から来ているらしい。

 この方角は、霊紗のいる神殿のある方角だ。凛導はそこに隠れている……。

 霊夢は凛導の顔を思い出して、歯を食い縛った後に、凛導のいるところへ向けて歩みを始めた。天志廼は空が飛べなくなる結界で覆われているため、目的地まで徒歩で行かなければならない。少し面倒だが、あいつのいるところへ行けなくなるよりかはましだった。

 

 人のいない街を通り抜け、農道を通り抜け、博麗神社のそれに酷似した階段を上り、霊夢は神殿の前にやっていたが、そこで目を見開いた。母を殺し、博麗の巫女を人形に変え、幻想郷を支配する狂った天狐の姿が、神殿の境内と思わしき場所にあった。人の姿に似てはいるものの、セミロング程の長さの銀色の髪の毛で、頭から狐の耳を生やし、白と赤と金色が特徴的な、平安貴族が纏うそれと同じような形の服装を身に纏い、手に錫杖を持ち、頭髪と同じ色の毛に包まれた四本の尻尾を生やした、整った顔立ちの、翠色の瞳の男性の姿をした、忌まわしき天狐、伏見凛導。

 

「凛導」

 

 呼びかけてみると、凛導は振り向いて、翠色の瞳で霊夢を見つめた。

 

「霊夢、か。随分と博麗の巫女からかけ離れた姿になったな」

 

 霊夢は首を傾げた。今は服を着ているから、例の模様は見えていないはず。

 

「お前、私の身体に何が見えるの」

 

 凛導は懐から一枚の手鏡を取り出して、霊夢の顔に鏡面を向けた。

 

「自分の顔を見てみるがいい」

 

 鏡に映った自分の顔を見て、霊夢は驚いた。あの模様が、桜の花のような形をした黒い模様が、いつの間にか顔にも現れていた。そればかりか、左目が血のように紅い色へ変色している。――まるで、<黒服>の目か、八俣遠呂智に寄生されていた時の懐夢のようだ。

 だが、これもまた凛導のせいだ。凛導が博麗の巫女を『人形』にしていたせいで、博麗の巫女の中には邪な心が生まれ、この世界の崩壊を望む『種』が生まれ、ついには『花』となって、それが決行されてしまったのだから。

 

「もう、ここまで来たのね」

 

「何が起きたのかはわからんが、とても博麗の巫女には見えんな」

 

「元はと言えば、誰のせいだと思ってるのよ。お前が博麗の巫女に記憶の消去やら感情の抑制やら書けまくってたおかげで、博麗の巫女にはあってはいけないものが生まれて、こうなったのよ」

 

 凛導はふぅんと言った後に、再度口を開く。

 

「ならば、お前を消して新しい巫女を生み出さなければならんな。この幻想郷を維持していくためにも」

 

「それを、私は終わらせに来た」

 

 凛導の顔が若干歪む。

 

「どういう事だ」

 

「お前から幻想郷を解き放ちに来たのよ。もうお前の支配から、幻想郷は解き放たれなければならない。そして、みんなが、博麗の巫女が暮らせる世界に、変える。それが、過去から受け継がれてきた博麗の巫女達の願いよ」

 

 凛導はフッと鼻を鳴らした。

 

「それは困るな。お前達博麗の巫女はこれからも幻想郷のための守護神でいてもらわなくては。だから、お前の言うそれを、我は呑み込む事は出来ん」

 

 凛導はしゃんっと錫杖を鳴らした。

 

「しかしまぁ、お前は本当に数奇な運命ばかり辿る出来損ないの巫女だな」

 

「出来損ない……ですって?」

 

「そうだ。お前はこれまでの巫女と比べてどれよりも博麗の力に適合しており、幻想郷を護って行く存在としてはうってつけだった。しかしお前はあまり心が強くなく、これまでのどの巫女よりも強い記憶消去と感情抑制をかけなければ巫女として生きていく事も出来ない娘だった」

 

 凛導は髪の毛を掴んだ。

 

「それなのに、お前はこの幻想郷を誰よりも恨み、その都度我の術で記憶を消去された。更に作ってはいけない友人も作り、博麗の巫女の禁忌を次々と犯し、ついには博麗神社に巫女以外の者を住ませるなどという暴挙にまで出た。

 それがどういう運命だったのか、我と天志廼の民で壊滅させた村の生き残りだったとは少々驚きだったがな」

 

 霊夢は目を見開いた。近頃壊滅した村と言えば……大蛇里だ。

 そしてその生き残りは、自分の中ではただ一人、懐夢だけだ。

 

「えっ……お前と天志廼の人達で壊滅させた村の生き残り……?

 それってまさか、大蛇里の事!?」

 

 凛導は霊夢の方へ目を向けた。

 

「そうだ。今後の幻想郷を作っていくには、あの村の存在は余計だった。だから我は天志廼の民に、大蛇里という邪悪な村民の住む村があるから滅ぼさなければならないと吹き込んだのだ。天志廼の民達は実によくやってくれた」

 

 まさか、凛導と天志廼の人々が大蛇里を滅ぼしたなんて。

 あんな無害な村を有害な村だと嘘を言って、凛導は大蛇里を滅ぼさせた。理由も、無しに。

 

「なんで、何でそんな事を」

 

 凛導は首をこくりと傾げた。

 

「あの村には八俣遠呂智の真の伝説が残っており、村民のほぼすべてが八俣遠呂智の事を知っていた。しかし、八俣遠呂智はいずれにせよ完全に消滅する運命にあった。八俣遠呂智という存在を完全に潰すには、それを知る者も潰さなければならなかった。そして大蛇里が滅び、その後八俣遠呂智が滅び、八俣遠呂智は完全に幻想郷から滅却された」

 

 そんな。そんな事のために、大蛇里は滅ぼされたというのか。

 

 懐夢は大蛇里が滅んだ事を、愛する両親を殺された事を悲しみ、苦しんでいた。そのトラウマから立ち直るにも苦労した。しかしこれは全て、大蛇里が滅ぼされてなかったら、なかった事のはずだ。大蛇里があったなら、懐夢だって今頃両親から愛情を受けながら、友達や知り合いと楽しく暮らす事が出来ていただろうに、八俣遠呂智の伝説が残っていたという理由だけで滅ぼされ、全てを失い、<博麗の守り人>という危険な役職に身を置いて、危険な戦いに身を投じるようになってしまった。

 

 そんな懐夢に悲しみを、苦しみを、過酷な運命を与えたのは、凛導。

 

「そんな事のために……懐夢の里を……懐夢のご両親を……」

 

「今後の幻想郷に八俣遠呂智は必要なかったのだ。だからその全てを滅却した。博麗の巫女や我々大賢者ではなく一般の者達に知識がある事が問題だったのだ。

 相手は存在そのものが異常な八俣遠呂智……将来知識を持つ者達の手で復活してもおかしくはないのだ。だから我は禍根を取り除いただけだ」

 

 馬鹿を言うな。現れたならまた倒せばいいではないか。それに、そんな事があり得るというのか。いや、あり得ない。

 こいつは自分の妄想のために天志廼の民を使って、大蛇里を壊させた。懐夢の全てを奪い、懐夢に深い傷と悲しみと苦しみを与えた。

 全部、こいつのせいだ。全てが、こいつのせいで起こった事だ。

 

 母もこいつのせいで死んだ。

 懐夢もこいつのせいで苦しんだ。

 そして私も、こいつのせいでこんな事になった。

 全部こいつのせいだ。

 

 許せない!!

 

「おまえ……お前……おまえ……お前……」

 

 霊夢は喉が切れるような声で、叫んだ。

 同時に身体の奥から何かが迸った。

 

「お前ぇ――――――――――――ッ!!!!」

 

 

       *

 

 

「懐夢、懐夢!」

 

 聞き慣れた声で、懐夢は意識を取り戻した。すっと身体を起こし、辺りを見回してみれば、そこは博麗神社の寝室だった。

 

「あれ……」

 

 いつの間に気を失っていたのかと思ったその直後、もう一度聞き慣れた声が耳に届いてきた。

 

「懐夢、大丈夫」

 

 声のする方向へ目を向けてみたところ、そこには心配そうな表情を顔に浮かべたリグルの姿があった。

 

「リグル……?」

 

「よかった、無事だったんだね。急にいなくなったから、心配したんだよ」

 

 言われて、懐夢は気を失う前に何が起きたのか、頭の中を探し始めた。

 リグルが続ける。

 

「でもよかった。博麗神社から霊華が来てくれたおかげで、霊夢が博麗神社に戻ったってわかったから、きっとそこに懐夢もいるってわかって……」

 

 霊夢。その一単語を聞いた瞬間に、懐夢の頭の中に気を失う前の記憶が鮮明によみがえった。

 そうだ、紫と早苗が「幻想郷のために霊夢を殺す」と言っていたのを聞いて、霊夢を逃がすために、霊夢の反応のある博麗神社へと戻ったのだ。

 だが霊夢は逃げようとしてくれず、全てを諦めてしまったような声で「生きて幸せになりなさい」と言い残し、自分を気絶させたのだ。あの時守矢神社にいたリグルがここにいるという事は、あの時から相当な時間が経っているという事……!

 

「リグル、霊夢は!?」

 

 いきなり懐夢が顔を向けてきた事にリグルは驚いた。

 

「れ、霊夢なら天志廼にいるって、天志廼から来た霊紗が言ってた。それでみんな……天志廼に行って……紫が、扉を開けるとか言って」

 

 懐夢は青ざめた。紫は霊夢を殺すと言っていた。恐らく、それがあの時守矢神社にいた者達全員に行き渡たり、目的が<黒服>の討伐から霊夢の討伐へと変わったに違いない。

 このままでは、霊夢が皆の手で殺される。――頭の中に、この前の悪夢がよみがえる。あの時はただの夢でしかなかった、皆に霊夢が殺される光景。それが今、現実になろうとしている。

 

「霊夢ッ!!」

 

 リグルを押しのけて立ち上がり、懐夢は靴も履かずに飛び出すや否、上空へ舞い上がり、天志廼の方角へと猛スピードで駆けた。

 

 急がなきゃ。

 急いで、霊夢のところに行かなきゃ。

 霊夢はぼくが守るんだ。

 急がなきゃ。急がないと、急がないと、

 

 霊夢が殺されちゃう――――――――――!!

 

 

      *

 

 

 凛導が全ての元凶だった。

 私と母さんだけではなく、最初を除く博麗の巫女、そして懐夢の不幸の原因も、凛導だった。

 それを知ってから頭の底から全体に向けて猛烈な怒りが湧いて出てきて、瞬く間に頭の中がいっぱいになって、それと同時に、身体の感覚が少し変になった。

 まず腕が、何本もあるような感覚になっている。普通は腕は二本で、ちゃんと二本の腕を持っている感覚があるのに、今はまるで腕が倍以上に増えたような感覚がある。目の前を見てみれば、凛導が驚いたような目で私を見ている。何をそんなに驚いているのかわからないが、そんな事はどうでもいい。

 あいつは、絶対に許さない。絶対に、殺す!

 

「凛導―――――――――ッ!!」

 

 いつもどおりに夢想封印を放とうと腕を振るい、自分の目にも見えるところに動かした瞬間、私は少し驚いた。

 腕が、腕じゃなくなってる。これは、荊かしら。指くらいの太さの黒い荊が、十本ほど私の肩から生えている。……そうか、これが腕が何本にもなったような感覚の正体か。でも、これなら丁度いい。

 あいつを殺すには、十分すぎるくらいの腕だ!

 

「……どこまでも出来損ないの巫女だな。その姿、如何にも出来損ないらしい!」

 

 相変わらず凛導はほざき、錫杖を横に構えて術を放つような姿勢を取り、同時に四本の尻尾が逆立てる。

 そうだ、あいつだって大賢者……強力な術の一つや二つ持っていたっておかしくないし、一般の人なら即死させられるだけの力もあるだろう。でも、そんなものに怯えている場合じゃない。こいつだけは絶対に許さない。何が何でも、許さないんだから。

 

 私は十本の<黒荊(いばら)>を、凛導に向けて振るった。<黒荊>は私の思いに応じたのか、ぎゅんっと伸びて凛導へと向かって行った。予想外だったのか、凛導は驚いて術の詠唱をやめて大きくバックステップ。私の攻撃を回避しきったところで、その隙を突くように詠唱を再開し、留めていた術を発動させてみせた。

 

「狐火「陰我滅却」!!」

 

 凛導の発動させたのはスペルカードだった。てっきり大賢者だけが使えるすごい術を使うんじゃないかと思ったけれど、凛導も結局はスペルカードを使うんだ。

 

 そう思っていると、凛導の周囲に轟々と燃える業火の巨大な弾が出現し、私目掛けて飛来してきた。だけど、私はそこで気付いた。凛導の飛ばしてきた業火の弾の挙動は、まるで私が放つ夢想封印の時に出る光の珠の挙動によく似ているのだ。

 

 どうやら、あいつは博麗の巫女のスペルカードを参考にして、自分のスペルカードを生成したクチらしい。支配する博麗の巫女と同じ術を使うなんて、酷い趣味だわ。

 

 ぶんっと音を立てて、腕から生える<黒荊>で目の前を薙ぎ払うと、飛んできた業火の弾が<黒荊>に弾かれて軌道を逸らし、私の左右を通り抜けて行った後に林の中に突っ込み、木に激突して大爆発を引き起こした。術を弾き飛ばされた事が余程予想外だったらしく、凛導は「なっ」という情けない声を上げた。

 

 その隙を突くようにして、私は再度<黒荊>を振るい、凛導へ伸ばした。そんな簡単に捕まる凛導でもないらしく、先程と同じようにすぐに意識をしっかり持って回避行動に移った。やっぱり、そう動いた。

 右腕の<黒荊>を回避した凛導に、続けて私は左腕の<黒荊>を伸ばした。回避行動のすぐ後に出来た隙を突かれるのは予想できていなかったのか、凛導は私の<黒荊>に絡みつかれて、動きを止めた。

 

 やっと、捕まえた。私達を苦しめる為だけに存在する、忌まわしき天狐。

 やった。やったよ。ついに、やったんだ。そう思っただけで顔がほころんで、お腹の底から笑いが来た。

 

「やった、やったよぉおかあさん、やっと、おかあさんの仇を取れるよぉ」

 

 そうだよ。やっとおかあさんの仇が取れる。おかあさんだけじゃない、懐夢の両親も、大蛇里の人達も、今まで散々苦しめられてきた博麗の巫女も……全ての仇だ、こいつは。

 

「ぐぅ……霊夢……お前……お前ならば……」

 

「え、なにきこえない」

 

「お前ならば……あの子の生きる世界を……守っていけるものだと信じた……それを……お前は……」

 

 あの子? あの子って誰?

 まぁいいや。だってこいつのせいで皆苦しんだんだから。こいつはこの場で死ななきゃいけない。

 

「今、お前の野望を打ち砕いてあげる」

 

 八俣遠呂智の時と同じ言葉を吐いて、凛導を思い切り近付ける。そうだ、こいつは八俣遠呂智と同じだ。寧ろ、八俣遠呂智よりも凶悪で、邪悪な存在。幻想郷を支配して博麗の巫女を『人形』にしておいた狂人。これで、こいつは終わる。幻想郷もこいつの支配下から外れて、次の巫女は『人間』として生きていける。

 そのためにも、この瞬間は絶対にやり遂げなきゃ。こいつを完全に殺して、完全に消滅させる……。

 普通のスペルカードじゃ駄目。もっと高い力で、高い出力のを……ぶちかましてやらなきゃ。

 

「これで最後よ、凛導」

 

 <黒荊>の一本を操って懐から一枚のカードを取り出し、光に変換して私の中に取り込む。同時に、私の周囲に光を放つ七つの陰陽玉が出現する。

 八俣遠呂智を倒した時と同じ要領でやれば、こいつだって一溜りもない。

 さぁ、幻想郷が解放される瞬間だ。全ての仇が討たれる瞬間。

 

 この忌まわしい天狐から、ついに解放される!!

 

「……夢想天生」

 

 宣言の直後、私の身体から博麗の巫女が元来持つ霊力、神通力、調伏の力が閃光と共に放出され、魔を滅する大爆発が巻き起こり、捕まえていた凛導を呑み込んだ。

 




ついに明かされた、大蛇里を滅ぼした存在。

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