東方双夢譚   作:クジュラ・レイ

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完結編 第拾壱章 神女覚醒
1 過去からの声


「うわあぁぁぁぁぁぁぁぁん!!」

 

 遠くから声が聞こえる。――泣き声だ。また、あの子が泣き出してしまったらしい。

 全くもう、おねえちゃんのはずなのに、妹よりも泣き虫なんだから。

 家から外に出て辺りを見回す。あの子達は外で遊んでいたから、きっと外で何かしらの出来事に遭ってしまったはず。

 

「れいか―、るか―?」

 

 私の声が周囲に木霊する。ここら辺は木があまりないから、声は結構遠くまで響き渡って行く。いつもここから叫ぶだけで、あの子達は私の声を聞いて戻ってくるから、今回もそれと同じなはず。

 階段に目を向けたその時に、階段の方から人影が上がってくるのが見えた。黒くて短い髪の毛で、藍色の目の、四歳くらいの女の子……るかだわ。

 

「るか!」

 

「あ、おかあさんだ、おかあさ――ん!」

 

 るかはこっちに駆け寄ってきて、慌てた様子を私に見せつけた。

 

「おかあさん、大変なの! れいかちゃんが、階段で派手に転んじゃって、 怪我しちゃったの!」

 

 れいか。髪の毛がるかと正反対で長くて、赤茶色の瞳をしているのが特徴の、るかの双子のお姉ちゃんだ。

 れいかはよく転ぶ子だ。でも、不思議な事に何度転んでも怪我をしたりしないから、れいかが転んだって聞いてもあまり気にはしないんだけれど、階段で転んだなら話は別だ。階段で転んだら、全身を階段に打ち付けてしまって、大人でも大怪我をするし、打ち所が悪ければ、最悪死に至る……!

 

「れいかは今どこに?」

 

「階段の真ん中の広いところ! 付いてきて、おかあさん!」

 

 そう言って、るかが再び階段へと走り出す。私も少し慌ててその後を追い、境内を出て階段に足を下ろす。その時に、見えた。階段の下の方にある広い場所で、蹲って泣いている、るかの双子のお姉ちゃん、れいかの姿が。

 

「れいか!」

 

「れいかちゃん、おかあさん連れて来たよ!」

 

 るかは慌てて階段を駆け下りた。そんな事をしたら貴方まで転んでしまうよと私が言う前にるかは階段の中腹にいるれいかの元に辿り着いて、れいかに寄り添った。その後を追うように私も階段を駆け下りて、蹲るれいかの元に寄り添う。

 れいかは大きな声を出して泣く子だけれど、今はその泣き声すらもかなり小さく聞こえる。いや、もしかしたら声を出して泣いていないのかもしれない。もしくは、声を出す事が出来ていないのか……。

 

「れいか、れいか!」

 

 れいかの名を呼びながら、私はれいかの小さな身体を抱き起した。

 れいかの服は泥んこになっていて、顔や腕には数か所傷が確認できる。多分転んだ際に、階段で切っちゃったんだわ。切り傷だけじゃなくて、青あざもいくつかみられる。でも一番は、抱きかかえているのにあまり反応を示してくれない事だわ。

 

「れいか、大丈夫、れいか?」

 

 慌てて声をかけて、れいかの身体を揺すったその時、れいかが弱弱しくその口を開いた。

 

「おかあ……さん……」

 

「れいか!」

 

「れいかちゃん!」

 

 れいかはゆっくりと瞼を開いて、赤茶色の瞳を私に見せつける。

 

「いたい……いたいよおかあさん……」

 

 苦痛でれいかの顔が歪む。多分だけれど、全身を強く打ちつけてしまったんだわ。

 一刻も早く休ませてあげないと。いや、これは回復術を使った方がいいかしら。

 そう考えていると、 るかが慌てた様子で話しかけてきた。

 

「おかあさん、れいかちゃん、どうしよう!」

 

 そっと、るかの頭に手を伸ばして、髪の毛をそっと撫でた。

 

「大丈夫よるか。れいかはすぐによくなるわ」

 

 きょとんとするるかを横に、私は懐に手を入れて、四枚の札を取出して、ぐったりしているれいかの身体に次々貼り付けた。そして、胸の前に手を添えて人差し指と中指を立てて、本来ならば私達じゃ使えないはずの癒しの術を唱えた。

 

「……活」

 

 私の宣言の直後、れいかの身体に貼り付けられていた札は柔らかい光に姿を変えて、れいかの身体に吸い込まれ、溶け込むように消えた。れいかの傷や青痣は瞬く間に消えてなくなり、苦痛に歪んでいたれいかの顔も元に戻った。

 

「……れいか」

 

 声をかけてあげると、れいかは吃驚したような顔になって自分の身体を見つめた。

 

「あれ、いたくない……」

 

 そりゃそうよ。癒しの術を使って傷を治したんだから。と思っていると、るかがひどく驚いたような顔になって私の着物の裾を掴んできた。

 

「す、すごいおかあさん! 今の、どうやったの!?」

 

「内緒よ。それよりもるかにれいか。何をしていたらこんな事になったのかしら」

 

 るかはしょんぼりとして、肩を狭めた。

 

「かけっこしてたの。そしたら……れいかちゃんが階段で転んで……」

 

「れいかが転びやすい子だって事を、知ってたのに?」

 

 るかは頷いた。

 

「ごめんなさいおかあさん、ごめんなさ」

 

「違うよ。悪いのはれいかなの」

 

 れいかが私の胸元の裾を引っ張った。

 

「れいか、かけっこしたままお家に帰ろうって言ったの。そうすれば、早くお家に着けると思ったから。そしたら転んだ。だから、悪いのはれいかなの。るかは悪くないの。だから、るかを怒らないで、おかあさん。ごめんなさい」

 

 思わず顔を顰める。この子達は悪戯をしたりしない、他の子供達と比べればいい子の部類に入るんだけれど、たまにこうやってやったら危ない事をしたりする。だから他の子供達と同じように叱らなきゃいけないんだけれど、そういう時になるとどっちかがどっちかを庇おうとし始めるものだから、どう叱ればいいのかわからなくなる。他の子供達なら、そのうちどちらかが片方を庇おうとしなくなったりするんだけれど、この子達はどっちもどっちかを庇おうとする。おかげでいつも、素直に叱る事が出来ない。

 

 今日もそうだ。るかはれいかよりも足が速いから、調子に乗って走り回るし、いつも遊んじゃいけないって言ってる階段で遊んでしまう事だってある。反面、れいかはるかよりも運動が得意じゃないし、ちょっとの事で転ぶ。でもれいかは頭の回転がるかよりも早くて、どこをどうすればいいか、どうすればよりよい行動が出来るかどうかを考える事が出来る。多分、かけっこしながら帰ろうという提案は、れいかが早く帰る方法として思い付いたものなのだろう。でも、何も階段で走る事はなかったはず。

 頭の中でぐるぐると思考を回した後に、私は二人を交互に見つめた。

 

「じゃあね、れいかにるか。聞いて頂戴」

 

 れいかを立ち上がらせて、るかの身を抱き寄せる。

 

「階段はすごく危ないところなの。れいかだって、大事にはならなかったけれど、もし運が悪かったら、大怪我をしていたかもしれないの。だからね、早く帰らなきゃと思っても、階段では走っては駄目。おかあさんは、階段を歩くのに時間がかかっても、怒らないから。

 約束して。れいか、るか。もう階段では走らないで」

 

 るかが頷いた。

 

「わかった。もう階段で走らない。約束する」

 

 れいかが同じように頷く。

 

「れいかも、もう階段で走らない」

 

「よろしい」

 

 そう言ってから、ちょっと空を眺めて、気が付いた。もう、すっかり夕暮れ時だ。夕食の支度をしなければ。それに、この子達にも手伝ってもらわないと。

 

「もう夕飯の時間ね。今から準備しなきゃだけど、れいかにるか、手伝ってくれる?」

 

 二人は頷いて、にっこりと笑んだ。流石双子、顔もそっくりだし、笑顔も等しく可愛い。

 そのうち、るかが口を開く。

 

「今日は何にするの」

 

「そうねぇ、肉じゃがにしようかしら」

 

 れいかが喜びの声を上げる。

 

「やったぁ! 肉じゃが大好き!」

 

 私は右手をれいかと、左手をるかと繋げて、ゆっくり立ち上がった。

 

「さぁ、帰りましょう」

 

「うん!」

 

 私は愛する子供二人と手を繋いで、石の階段を上り始めた。

 二人の手は、とても柔らかくて暖かく、心地の良いものだった。

 

 

 

 

 目を開けると、そこには天井が広がっていた。見慣れた木の天井だ。先程まであった夕焼けの空もない。

 ぼんやりとした意識で首を動かしてみれば、そこはいつも使っている寝室だった。先程までいた、二人の姿もない。そうなって初めて、紫はあれが夢だった事に気付いて、溜息を吐いた。

 

「……また、あんな夢か」

 

 身体を起こし、髪の毛をぐしゃぐしゃと掻いた。最近あの二人の夢を見てばかりだ。もうあの二人はいないし、そもそも二百年近く前の出来事だというのに、時折はっきりとした形で夢として現れる。

 

「……私、弱くなったかしら」

 

 そういえば、藍はどこにいるのだろう。いつも目を覚ますと、比較的高い確率で藍がいるのだが、今は藍の姿は寝室にない。台所にいれば、調理をしている音が聞こえてくるものだが、台所の方からは何の音もしてこないため、藍は台所にはいないと思われる。出かけているのだろうか。

 ゆっくりと立ち上がったその時、寝室と居間を繋ぐ廊下へ続く扉が突然開いた。何事かと目を向けてみれば、そこには橙の姿があった。

 

「御目覚めですか、紫さま!」

 

「えぇ今目覚めた。藍は今どこに?」

 

 橙が慌てた様子を見せる。

 

「大変ですよ! 紫さまが眠ってる間に、街が滅茶苦茶になって、紫様の代理で藍さまが大賢者の皆さまのところに行っちゃって!」

 

 紫は顔を蒼くした。

 

「なんですって!?」

 

「だから紫様、早く、早く、えっと、何をしてもらえばいいんだっけ」

 

 あたふたする橙を無視して、紫は街の方角に目を向けた。街は自分の管轄内、それが滅茶苦茶にされたなど、二百年ほど前以来だ。それに、もし異変によって街が滅茶苦茶になったのならば、霊夢が出ているはずだが、霊夢に怪我はなかっただろうか。

 

「教えてくれてありがとう橙。すぐに街に向かうわ!」

 

 紫は寝間着を脱ぎ捨てると、枕元に置いておいた、いつもの服をぱぱっと身に纏い、自宅を出て、空へ駆けた。その鼓動は、いつにもなく早かった。

 

     *

 

 能美は河童の里の治療施設に送られた。

 懐夢の刀の斬れ味がよかった事と、斬り落とされた足と手の斬り口が綺麗だった事によって、全ての部位を縫い合わせてちょっと術をかければ元通りになるという治療施設の河童達の言葉を聞いた霊夢は安心を覚えた。もしも能美があのままだったならば、誰かの付き添いがなければ生きていく事が出来ないからだ。何より、能美をそんな形にしてしまったという罪を、懐夢が被ってしまう。それを回避出来た事が、霊夢は何よりも嬉しかった。

 治療施設の前で、にとりが呟くように言う。

 

「まさか、そこの懐夢があんな怪我を一般人にさせるなんてね」

 

 懐夢が首を横に振る。

 

「悪いのはあの人だ。あの人は、霊夢の事を殺そうとしたんだ。だからぼくはあの人を攻撃したんだ」

 

「何事にも加減ってのがあるよ。懐夢のは明らかに、やりすぎだって」

 

 にとりが溜息を吐きながら、視線を治療施設の方へ向ける。

 

「まぁ、胴体を斬ったり、首をすっ飛ばしたりしなかっただけはマシだとは思うけれどさ」

 

 霊夢も同じ気持ちだった。懐夢のやった事は確かに防衛としてはやりすぎだが、同時に僥倖であった。もしあの時懐夢が能美の首を斬り飛ばしたり、胴体を真っ二つにしていようものならば、懐夢は十歳という歳で殺人を犯す事になっていたところだ。それしなかっただけ、本当にマシだったと言える。

 ……だが、あの時の懐夢は明らかに能美を殺すつもりに見えた。まるで獣のような咆哮を上げて能美の右手と両足を斬り落とし、最後は能美の持ち込んだ刃物で能美の顔を突き、そのまま殺害しようとした。あのまま能美の顔に刃物を突き刺して能美を殺害していたらと考えたら、背筋が凍るような悪寒が走る。本当に、あの時間に合って、よかった。

 しかし、あの瞬間を目の当たりにして、霊夢の中に一つだけはっきりした事がある。――懐夢は自分を守るためならば、自分に危害を加えようとして来るものには容赦をせず、殺す事すらも躊躇わない。今まで、それは<黒獣(マモノ)>や大型の妖怪にしか向けられていなかったが、今の懐夢は、妖怪であろうとそこら辺の人間であろうと、自分に危害を加えて来ようとすれば、殺害対象と見なして襲い掛かる。多分、自分の親しい友達であろうとも、それは変わらないだろう。懐夢は、明らかに変わってしまった。

 

(……違う)

 

 懐夢は変わったのではない。元に戻ったのだ。今の懐夢は、霊紗との修行を終えて、誰にでも力を振るっていた時の状態に非常によく似ている。能美に襲い掛かった時の懐夢なんか、まさにその時の懐夢ではないか。

 だがあの時と決定的に違うのは、懐夢が自分が化け物に戻っている事に気付いていないという事だ。いや、もしかしたら懐夢はもう自ら化け物になる事を選んでしまったのかもしれない。博麗の巫女である、自分を守るために。

 にとりが視線を懐夢と霊夢へ戻し、腕組みをする。

 

「だけどどうすんのさ。あの能美って人、懐夢と霊夢の話じゃ、廃人になってるよ。もうまともに生きる事さえできないと思う」

 

 霊夢は頷いた。能美は愛する子供と職場を失い、狂いに狂って、廃人のようになっている。自分に襲い掛かって来た時なんか、もうまともに生きていける人ではないと思わせるような言動を取っていたものだ。

 もはや、一つの手段を除いて、能美がまともに生きていける方法はないだろう。

 

「方法なら一つだけあるわ。慧音の力で記憶を消してもらうのよ」

 

 にとりが首を傾げて、不安そうな表情を浮かべる。

 

「記憶を消す、だって?」

 

「えぇ。慧音は今夜、街中の人々の記憶を消去して、異変に関する出来事を全てなかった事にする。夜までに能美さんを慧音の元まで運んで、子供とか死んだ旦那さんの事とか、全て消去してもらうしか、能美さんをまともな人間に戻す方法はないわ」

 

 にとりが顔を顰める。

 

「そんな方法が……酷いやり方だけど、それが一番現実的だね」

 

「……本当は博麗の巫女である私が何とかしなきゃいけないんだけど、今回ばっかりはどうにもできない。ただ、慧音に何とかしてもらうしか……」

 

 にとりが首を横に振る。

 

「そりゃそうさ。博麗の巫女だって何でもできるわけじゃないよ。霊夢は引き続き、異変への対応に尽くした方がいいよ。街みたいな悲劇が繰り返されないようにね」

 

 にとりは街の方へ顔を向けた。

 

「さてと……今夜までに慧音のところに能美さんを運んでおく、だね。治療藩の連中に言っておくよ」

 

「えぇ。お願いねにとり。治療藩の人にも私がお礼を言ってたって、言っておいて」

 

「わかったよ。霊夢こそしっかりね」

 

 霊夢は頷くと、懐夢と共に河童の里を出て、霊華の待つ、博麗神社へと向かった。

 博麗神社に辿り着き、境内に降りると、早速中から心配そうな顔をした霊華が出てきた。

 

「おかえりなさい、二人とも。能見さんの方はどうだった」

 

 霊華に近付き、霊夢は事情を話した。

 それを聞いた霊華は、安心したような表情を顔に浮かべて、胸を撫で下ろした。

 

「そう……一応大事には至らなかったのね」

 

「えぇ。懐夢の切り口がよかったんですって。だから部位を繋げてちょっと術をかければ修復できるんですって。不幸中の幸いっていうか、僥倖っていうか」

 

 霊華の顔に影が落ちる。

 

「でも、どうするの。あの人は貴方を殺そうとした……意識を取り戻したら、また襲って来るんじゃないかしら」

 

「そんな事がないように、今夜慧音のところへ運んで、街の人と一緒に記憶を消してもらう」

 

 霊華が驚いたような顔になる。

 

「記憶を消してもらう……? そんな事が出来るの」

 

 霊夢が頷き、慧音の能力と、慧音が行った今までの事を全て話した。

 霊夢の話を聞き終えて、霊華が腕組みをする。

 

「そうだったんだ……だから街の人は異変が起きてもそんなに怯えたりしなかったのね」

 

「そうよ。慧音が街の人から異変の記憶を消して、異変を「無かった事」にしてるわけだからね。おかげで街は平穏極まってたんだけれど」

 

「街があんなに壊れて多くの人が亡くなった。これを無かった事にするのは難しいんじゃないかしら」

 

「そうでしょうね。でもあの人はやるわ。それがあの人の使命みたいなものだからね」

 

 霊夢は視線を下に落とし、胸の前で指を組んだ。

 

「能美さんもこれで旦那さんの事も、子供の事も忘れて、元通り生きられるようになるわ。街の人の記憶からは<黒獣(マモノ)>は消えて、街は災害によって壊れたという記憶にもなるでしょうね」

 

 霊華が悲しげな顔を浮かべる。

 

「何だかもの悲しいわね。死んだ人は忘れ去られてしまうなんて」

 

「もっと悲しいのは慧音よ。周りの人間が死んだ人間を忘れてる中で、一人街の人々の死を覚えていなければならないのだから。あれは、まいるわよ」

 

 霊夢は姿勢を戻して、空を眺めた。

 

「私達が街のために出来る事はない。出来るのは、この異変を終わらせて、幻想郷に平穏を取り戻す事だけよ」

 

 霊華は頷いた。しかしその直後、霊華は驚いたような顔になって、霊夢の後ろを指差した。

 

「れ、霊夢後ろ!」

 

 霊夢と懐夢は振り返った。背後の空間に、無数の目の模様が蠢く、奇妙な裂け目がいつの間にか出現していた。

 しかし二人は驚きもせず、霊夢は腰に両手を当てた。

 

「全く、ようやく現れたのね」

 

「ようやく現れて……って」

 

 霊華の言葉のすぐ後に、奇妙な裂け目「スキマ」からぬっと人影が姿を現した。

 その人物は、これだけ被害が街に出ているというのに一向に出てくる気配を見せていなかった、街の管轄者である、幻想郷の大賢者の一人、八雲紫だった。

 

「紫」

 

 霊夢の言葉に懐夢が続くように言う。

 

「紫師匠(せんせい)

 

 紫はスキマから出てくるなり、霊夢に駆け寄った。

 

「霊夢、街の状況はどうなの」

 

 霊夢が呆れたような表情を顔に浮かべる。

 

「自分で見てきたらどう。全く、肝心な時にいなくなって……どこで何してたのよ」

 

「ごめんなさい。ちょっと眠りに就いていたのだけれど……」

 

 そっと、紫は霊華の方に目を向けた。

 霊夢は「あっ」と言って気付き、紫に説明を施した。

 

「あぁそういえば、あんたにはまだ紹介していなかったわね。この人は……」

 

 霊夢が言おうとした瞬間に、紫は静かに口を動かした。

 

「……霊華」

 

 霊夢と懐夢は驚いて、紫に目を向けた。

 その顔には、これまで見た事がないくらいの、ひどく驚愕して凍り付いたような表情が浮かべられていた。


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