東方双夢譚   作:クジュラ・レイ

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何回目かわからない、グロ注意回。


15 襲い来る狂気

「すみません。博麗霊夢さんはいらっしゃいますか」

 

 玄関に出てみると、そこには白と青の着物を身に纏った、黒く、頭の両端から下方にかけて尖っている不思議な形のショートヘアをした、若い女性が立っていた。

 女性は霊夢が出てくるや否、にこりと笑った。

 

「あぁ博麗さん、いらっしゃったんですね」

 

 霊夢はぎこちなく答える。

 

「はい博麗ですが……どちら様でしょうか」

 

 向こうの様子から察するに、向こうはこちらを知っているようだが、こちらは全くと言っていいほど向こうを知らない。一体、何者かと思って女性の顔を見たその時に、霊夢は頭の中に光が走ったような衝撃を感じた。

 この女性の事は見た事がある。いや、見たどころではない。会った事さえある。それも、街でだ。これだけは間違いないが、どこで、どこで出会ったのか……。

 

「覚えていませんか、博麗さん」

 

 霊夢は考える姿勢になって、思考を巡らせたが、そのすぐ後に女性の事を思い出した。そうだ、この女性は、街に新しく出来ていた装飾品店で働いていて、前に早苗と一緒に訪れた時に商品の紹介や、商品が天志廼の鉄でできている事を教えてくれた、若い店員だ。

 

「思い出した! 貴方はあの装飾品屋さんで働いてた人!」

 

 女性は頷いた。

 

「はい。博麗さんには初めて名を教えますね。私は能美(のうみ)と申します」

 

「能美さんかぁ。それで、能美さんは何の御用件で私のところに?」

 

 能美はにこっと笑った。

 

「ちょっと博麗さんにお話ししたい事がありまして、出向かせていただきました。二人で話せる場所は、ございませんか」

 

 霊夢は本堂の方へ顔を向けた。ひとまず客間として使えるのは本堂だ。普通ならば居間に客を招くが、居間は懐夢と霊華がいるから使えない。

 

「わかりました。こっちに付いてきてください。そこでお伺いします」

 

 そう言って、霊夢は能美を神社の中へ招き入れて、本堂へ導くと、居間の方へ戻って懐夢と霊華に居間で待機しているよう指示。二人が指示を承ったのを確認した後に本堂へ戻り、能美の前に座った。

 

「ごめんなさい、お茶もお茶菓子も出せなくて」

 

 能美は首を横に振った。

 

「結構ですよ。こうして二人で話せる場所を確保してくださっただけで、十分です」

 

 霊夢は「そうですか」と言った後に、能美に問うた。

 

「それで、話ってなんですか能美さん」

 

 能美は表情を暗くして、俯いた。

 

「……博麗さんは今の街の現状をご存知ですか」

 

「街ですか。はい。とんでもない事になりましたね……」

 

 その時、霊夢は思い出した。そういえば、能美の働いている装飾品店は無事なのだろうか。

 

「能美さんの働いている店は無事でしたか」

 

 能美は首を横に振った。

 

「……いいえ。店は爆発に呑み込まれて、なくなっちゃいました」

 

「……ごめんなさい。悪い事を聞いてしまいました」

 

 直後、能美は再度口を開いた。

 

「私には、二人の子供がいました。双子の、子供が」

 

「子供? それも二人も? って事は、貴方は今いくつなんですか」

 

「私の歳なら、今年で二十六です。子供は二十一歳の時に授かりました」

 

 霊夢は「へぇ」と言った。

 能見は続けた。

 

「夫は私が二十二の時に病に冒されて先立ちました。だから子供は、私が女で一人で育てていたんです」

 

 霊夢は俯いた。夫に先立たれたりして、女手一つで子供を育てる女性というのは珍しくないが、そういう女性は普通の家庭を気付いている女性と比べて陰りがあったり、無理をしていたりする。この能美は、双子を育てていくために、あの装飾品店で働いていたのだ。……それがなくなったのだから、さぞかし苦しかった事だろう。

 

「って事は貴方、大事な働き場所を」

 

「どうでもいいんです。そんな事」

 

 霊夢はきょとんとした。働き場所がなくなったのがどうでもいいはずない。何故なら、働き場所がなくなったら双子を育てる事が出来なくなる……。

 そう思った直後、能美はまた口を開いた。

 

「ねぇ博麗さん。何で、あんな事なったんでしょうね。街の人達も沢山死んで、私の職場もなくなって……何でこんな事になったんでしょうか。博麗さんは、私達街の人を守ってくれるんじゃなかったんですか」

 

「ま、守ろうとはしました。でも、被害を出してしまったんです」

 

「いいえ違いますよ。貴方は私達を守ろうとはしなかったんです。だからあんなに沢山の人々を死なせて……街の人を守ろうとしなかった貴方が……」

 

 能美はぎょろりと目を見開いた。

 

「「しの」と「かずと」を殺したんです……!!!」

 

 霊夢は突然能美の表情が豹変した事に驚き、思わず後ろに下がった。

 

「しの? かずと?」

 

「えぇ。私の子供の名前です。昨日の夜……私の目の前で爆発に呑み込まれて……死んだんですよ」

 

 

 霊夢は顔を蒼くした。まさか、能美があの夜に子供さえも失っていたとは思ってもみなかった。

 

「そ、それはお気の毒に……」

 

 能見はゆらりと立ち上がり、霊夢にゆっくりと歩み寄った。まるで別人のようになった能美に霊夢は戦慄し、思わず後ろに下がり続けたが、能美もまた、霊夢に幽霊の如く歩み寄り続けた。

 

「貴方が守ってくれなかったから、しのとかずとは死んだんですよ……貴方が、しのとかずとを殺した……」

 

 違う、貴方の子供を殺したのは<黒獣(マモノ)>だ。そう言ってやりたいところだが、今の能美にはただの言い訳にしか聞こえないだろう。というよりも、もうこちらの言葉に耳を貸す事すら考えてはいない。子供を失ったショックで狂気に呑み込まれ、自我はほとんど崩壊している。

 能美がまともでないと気付いたその時、能美は腰に手を回して、すぐに戻した。戻ってきた能美の手には、刃渡り四十センチはあるであろう、刀と呼ぶには短すぎるし、短刀と呼ぶには大きすぎる歪な刃物が握られていて、その切っ先は真っ直ぐに霊夢の方に向いていた。

 霊夢はぎょっとして、思わず能美の名を呼ぶ。

 

「能美さん!?」

 

 能美は不気味な笑みを浮かべて、刃物の絵を握り締めた。

 

「貴方はしのとかずとを死なせました。だから、罪滅ぼしとして私の代わりにあの世に行って、あの子達の世話をしてください。二人とも五歳で、黒い髪で、しのが女の子で、かずとが男の子です。二人とも同じような顔をしていますからすぐにわかると思いますよ。それにあの子達は仲が良かったから、仲のいい双子で探せばすぐに見つかります」

 

 やはり、こちらの話など聞いちゃいない。完全に狂って、こちらに殺意を見せつけている。

 <黒獣(マモノ)>が貴方の子供を殺したのに、自分が殺したなんていうのは理不尽だと怒鳴りつけてやりたいところだが、能美の耳にそんな言葉は届かない。きっと能美は、どんな異変が起きようとも博麗の巫女が自分達を守ってくれる、救ってくれると思っていたのだ。自分も出来る限りはそう考えて、異変に臨んでいるが、自分だって元はと言えばただ一人の人間。やれる事には限界があるし、あまりに唐突過ぎる出来事には対応できない。

 今回の<黒獣(マモノ)>の襲撃は完全に予想外だった。<黒獣(マモノ)>に、街を破壊されてしまった。でも、自分が街の人々を殺したわけではない。博麗の巫女が殺したわけではないと、冷静に考えればわかるはずだが能見は子供を失ったショックで、そんな判断さえもできないくらいに錯乱して、<黒獣(マモノ)>と自分をごっちゃにしている……!

 能美は光のない瞳で天井を眺めて、虚無へと話しかける。

 

「しの、かずと、二人でそっちに行っちゃって寂しいでしょう。でも大丈夫。今からそっちにお姉ちゃんが一人行くわ。このお姉ちゃんは優しくていい人だから、きっと貴方達とも仲良く出来る……貴方達を、よくしてくれる……だからもう大丈夫……」

 

「能美さん! そこに貴方のお子さんはいないわ!!」

 

 霊夢が叫んだ瞬間、能美はぎょろりと目を霊夢へ向けた。装飾品店で丁寧に商品の説明をしてくれた能美が、光のない、まるで<黒獣(マモノ)>のような目をしてこちらに殺意を向けている事に霊夢は戦慄し、腰が抜けて動けなくなった。<黒獣(マモノ)>との戦いの時にはこうはならないのに、人に襲われると忽ちこうなってしまう。

 

「能美さん、能美さん!」

 

 能美は大きな刃物を右手に、一歩ずつ霊夢に歩み寄る。

 

「しの、かずと、しの、かずと、しの、かずと、しの、かずと、しの、かずと」

 

「能美さんっ!!」

 

 一心不乱に子供の名前を連呼する能美が目の前まで来て、刃物を突き刺す構えを取り、霊夢へその凶刃を突き刺そうと、右手を突き出したその時だった。

 突然、背後から大きな音が聞こえてきて、能美と自分の前に人影が現れ、一瞬空気が裂けるような音が耳に届いてきた。一体何が起きたのかわからず、頭の中が麻痺したが、その刹那に聞こえてきた金切り声にも等しい大きな声で霊夢は我に返り、目の前の光景に唖然とした。

 自分と能美の間に現れたのは、懐夢だった。しかし懐夢は刀を抜いて目の前の何かを斬ったような姿勢をしており、懐夢の目の前にいる能美は、右腕を左手で抑えて悲鳴を上げていた。その悲鳴が自分を我に返した時と同じ悲鳴だった事に気付いて、能美の方へ視線を向けたその時に、霊夢は目を見開き、呆然とした。

 大きな刃物を持っていた能美の右手が能美の身体から離れ、刃物ごと床に突き刺さっており、能美の右腕は手首より先を失って鮮血を噴き出させていた。

 

「か……いむ……」

 

 まさか、懐夢が能美の右手を斬り落としたのかと思ったその直後、懐夢はぐるりと身体を回して、遠心力を纏った刀の刃を能美の両足に叩き付けた。天志廼の良質な鉄で作られた強靭でしなやかな刀は能美の皮膚、筋肉、骨を容易く断ち切り、能美の身体は両足から離れて後方に倒れ込んだ。

 

「――――――――ッ!!」

 

 まるで絹を裂いたような能美の悲鳴が本堂に響き渡る。その悲鳴を上げさせたのは、人を斬る事なんてなかった懐夢。霊夢はそれが信じられなくて、じっと懐夢の事を見つめていたが、懐夢は姿勢を低くして床の刃物を左手で拾い上げるや否、低い唸り声を上げて、能美目掛けて走り出した。

 

「がぅぅぅ――――――――――ッ!!!」

 

 懐夢は倒れて動かない能美の首根っこを右手で掴むと、そのまま走り続けて、本堂を出て玄関を突き破り、境内まで出たところで、石畳に能美の身体を叩き付けた。能美は声にならない悲鳴を上げようとしたが、懐夢は激しい怒りを込めて能美の首を握り潰すかの如く絞め、能美の息を詰まらせる事で悲鳴をやめさせた。

 すぐさま、懐夢は左手に持った大きな刃物を振りかざし、ぎちぎちと音が鳴るくらいに首を絞められて、喘ぎと苦痛が混ざり合った声を出す能美の顔に狙いを定めた。

 

 いきなり来て霊夢を殺そうとした。 

 霊夢を殺そうとするやつは絶対に許さない。

 許さない。

 許さない。

 

 心の中で叫び狂って、現実で叫びを咆哮として吐き出しながら、懐夢は許してはならない女の顔に、女が持ち込んだ凶刃を叩き付けた。

 懐夢は凶刃を素早く振り下ろしたつもりだったが、まるで周りの時の流れが遅くなってしまったかのように、凶刃が進む速さは非常にゆっくりに感じられた。しかしそれでも、女の顔目掛けて凶刃が進んで行っているのには変わりはなかった。刻一刻と、速度を遅くしながら女の顔へ少しずつ近づき、そして、女の顔に凶刃が入り込もうとしたその時だった。

 

「懐夢、駄目ぇッ!!!」

 

 すとん、という音と共に刃物が何かに突き刺さった。女の顔に刺さったのかと思ったが、人を刺した時の、肉を裂く嫌な感触は来ない。寧ろ石か何かを指したような、硬い手応えが手に残っている。

 どういう事だ、と思いながら目先を刃物へ向けてみたところ、刃物は女の顔の左隣の石畳に刺さっており、女の顔に傷はなかった。女は息をしないで、時間が止まってしまったかのように、じっと懐夢の事を見つめていた。おかしい、確かにこの女の顔を狙ったはずなのに――その時に、懐夢は刃物を持っている左手に温もりがある事に気付いて、そこへ目を向けた。いつの間にか、自分の左手の上に、見慣れた両手が覆いかぶされていた。鼻には嗅ぎなれて、一番気に入っている匂いが流れ込んできている。……これは、霊夢の匂いだ。そして、左手を包む手は、左方向から伸びてきている。

 首をゆっくりと動かして、懐夢は左方向に顔を向けた。汗を垂らしている霊夢の横顔が、そこにあった。

 

「れ……れい……む……」

 

 霊夢はゆっくりと懐夢の左手を刃物から離させ、そのすぐ後に懐夢の身体を抱き締めて、能美から離させた。

 直後、能美の目の玉がぐるりと上に回り、瞼が閉じた。そのまま、能美は動かなくなった。

 霊夢は懐夢の身体を抱き締めたまま動き、力を無くしたように動かない懐夢を引きずりながら能美から離れ、博麗神社の玄関先まで来たところで止まり、懐夢の身体を強く抱き締めた。

 

「ごめんなさい……ごめんなさい懐夢」

 

 何故謝られているのか、理解できなかった。

 ただ、霊夢を守っただけなのに。霊夢の事を、<博麗の守り人>として守ったのに。

 どうして霊夢は謝るの。霊夢は何も悪くないのに。

 

 懐夢の疑問は尽きる事がなかったが、何故かそれを口にする事は出来なかった。

 そんな様子で、懐夢は境内に横たわる、両足と右手を失って、着物を鮮血に染めている女をただ見つめていた。




これにて、完結編 第拾章 黒獣襲来は終了です。
次回からはいよいよ、物語は真のクライマックスへと動き出します。<黒服>のいう真実とは。<黒獣>を生み出す元凶とは。この異変の真の姿とは。これまで引っ張り続けてきた謎が、ついに明かされる章となるでしょう。
ここまで読んでくださった皆様に、心から感謝いたします。もう少しだけ、この物語にお付き合いください。
感想や評価もお待ちしておりますので、どうぞ。
本当に、ありがとうございました。

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