懐夢はリグルを連れて、博麗神社に帰ってきた。今のところリグルに異変は見られないが、いつまた異変が起きるかわからないし、何よりリグルには<
玄関の戸を開けたその時に、懐夢は驚いた。いきなり、魔理沙の姿があった。何やら変な笑みを浮かべている。
「懐夢、リグル、よく帰ってきたなぁ」
「あ、うん。いつまでもあそこにいるわけにはいかないって思ったから」
ちょっと鼻を利かせてみると、中からいい匂いが流れ込んでくるのがわかった。これは、霊華の作る料理の匂いだ。
「これ、霊華さんの料理の匂い?」
魔理沙が中の方へ顔を向ける。
「置き手紙に書いてあったはずだぜ。霊華が御馳走を作って待ってるって。お前も戦ってお腹空いただろ」
懐夢は腹に手を当てた。確かに、かなり強い空腹を感じる。
「うん。お腹空いた」
「だろう? だから」
魔理沙が言おうとすると、奥から声が聞こえてきた。
「魔理沙ー、いつまでも二人をいじってないで、早く連れてきなさいー」
アリスの声だった。声色から察するに、魔理沙がいつまでもやってこない事に少し苛立ってるようだ。
魔理沙は声を奥へ響かせる。
「あぁ、ちょっと待っててくれ。今連れてくからさ」
そう言って、魔理沙は振り向いた。顔には笑顔が浮かんでいる。
「さ、来いよ」
魔理沙は二人を置いて、居間の方へ歩いていった。懐夢は振り向き、リグルを見つめた。リグルは少し縮こまって、俯いていた。
「行こうリグル。霊華さんの料理はすごく美味しいよ」
リグルが不安そうな声色で懐夢に言う。
「私に、みんなの前に出ていい資格なんかあるのかな」
懐夢はリグルに近付き、その手を包むように取った。
「あるよ。リグルは<
リグルは懐夢の笑顔を見つめていたが、そのうち頷いた。
「わかった。いってみる」
「うん」
懐夢はリグルを連れて玄関に上がり、魔理沙が通った道を通って、居間へ入り込んだ。居間には霊夢、魔理沙、アリス、慧音、霊紗、霊華が揃っており、部屋の中央にあるテーブルには様々な具がところ狭しと敷き詰められた鍋が煮えていた。その鍋の匂いが玄関で嗅いだ料理の匂いだという事に気付いたその時に、霊夢が口を開いた。
「お帰りなさい、懐夢」
「ただいま、霊夢」
直後に慧音が立ち上がり、リグルの目の前まで来て、立ち止まった。リグルは何をされるかわかったような気がして、思わずびくりとした。慧音はあんなふうに化け物になって暴れまわり、みんなを襲った自分にひどく怒っているに違いない。そして今から、慧音の頭突きという制裁が下る。自分のやった事は、宿題を忘れたり、授業中に居眠りをしたなどよりもひどく、恐ろしい事だ。さぞかし痛い一撃が下るだろう。
目をぎゅっとつむって、痛みと衝撃を待っていたが、やって来たのは顔に何か柔らかくて暖かいものが当たり、鼻と口が少し塞がった不思議な感覚だった。何が起きたと思って目を開き、顔を横に向けたところで、リグルは慧音に抱き締められている事に気付いた。
てっきり頭突きが来ると思っていたリグルはきょとんとして、顔を上に向けた。今にも泣き出してしまいそうな、慧音の顔があった。
「慧音先生?」
慧音は小さく答えた。
「リグル、無事か、どこも悪くないか」
リグルは頷いた。
「どこも悪くありません」
慧音は強くリグルの身体を抱き締めて、リグルの頭に額をつけた。
「よかった……お前は暴妖魔素に呑み込まれて死にかけた事があったから、今度こそ駄目なんじゃないかって思って……お前が死んだりしたら、私は……」
リグルは慧音が怒っていない事に驚いて、尋ねる。
「慧音先生は、怒ってないんですか」
慧音は頷いた。
「当たり前だ。もし、この戦いでリグルが死んでしまったらって、不安で、心配で……」
リグルは目を見開く。
「あんな事をした私を、心配してくれてた……?」
「……大事な教え子があんなふうになって、心配しない教師がどこにいるというのだ」
慧音は更に強くリグルを抱き締めた。
「おかえり、リグル。よく私の元に戻って来てくれた」
恐れていた頭突きではない、優しくて暖かい抱擁を受け、リグルは全身が熱くなるくらいに嬉しくなり、やがてそれは涙となって瞳からぼろぼろと零れた。慧音の温もりに包まれたまま、リグルは慧音の胸にむしゃぶり付くように顔を埋めて、大きな声を出して泣いた。
「ごめんなさい慧音先生、ごめんなさい」
慧音はうんうんと頷き、胸で大きな声を出して泣く学童の髪の毛を何度も撫でた。その様子を、他の一同は何も言わずに見つめていたが、どの者の顔にも微笑みが浮かんでいた。
少し経ってリグルの声が小さくなったその時に霊華が立ち上がり、慧音に抱き付いているリグルに声をかけた。
「リグル、だっけ」
リグルは慧音の胸から顔を離して、振り向いた。その顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっていた。そんなリグルの顔を見ながら、霊華は笑んだ。
「思いきり戦って、お腹空いたでしょう。一緒にご飯を食べましょう」
リグルは頷き、慧音から離れて懐夢の隣に座った。直後、懐夢がリグルの目の前にあった器に手を伸ばして拾い上げ、立ち上がって鍋の傍に置かれている箸とたまも手に取り、鍋の中へと箸を伸ばし、鍋の中で煮えた肉や魚、白菜や葱といった具を手に持った箸でいくつか器の中へ入れて、最後にたまを使って湯気を放つ汁を器の中へと軽く流し込んだ。それらの動作を終えると懐夢は座り込み、隣できょとんとしているリグルへ器を差し出した。
「ほらリグル、食べて。霊華さんの作った料理はすごく美味しいんだから」
リグルは嬉しそうな表情を浮かべて懐夢に「ありがとう」と礼を言うと、器を受け取り、箸を手に持って具を口の中へと運んだ。直後、リグルは目をまん丸くして、箸を一旦止めた。座った霊華がリグルに声をかける。
「お口にあったかしら?」
リグルは頷き、かき込むように器の中に盛られた鍋の具材を食べ始めると、懐夢がびっくりしたような顔になった。
「ま、待ってリグル! そんなに慌てて食べたら……」
懐夢が言ったすぐそば、リグルは顔を真っ赤にしてむせ、口に食べ物を入れたまま悲鳴を上げるように言った。
「ちょ、これ、あつ、あつ、あつつっ!!」
こんなにぐつぐつと煮立っている鍋の具材を口の中に放り込めばそうなる、と一同が思って苦笑いすると、懐夢が目の前にあった水の入ったコップをリグルへ差し出した。
「リグル、水!」
リグルは懐夢からコップを受け取ると、慌てながら中の水を口へと流し入れた。コップの中と口の中を空にすると、リグルは溜息を吐いた。
「あ、あつかったぁ……」
懐夢が少し心配そうな表情を浮かべる。
「大丈夫?」
「大丈夫だよ。口の中火傷するかと思ったけれど……このお鍋、すごく美味しい!」
同じ時に魔理沙が鍋の具材を口にして、感激したような声を上げる。
「本当だ、美味い! こんな美味い鍋料理食ったの初めてだよ!」
その隣にいるアリスもまた、鍋の具材を口にして驚いたような顔になる。
「ほ、本当だわ。すごく美味しい……一体どうやってこんな料理を?」
霊華が首を横に振る。
「美味しいって言ってもらえるのは嬉しいけれど、どうやってこのつくり方を覚えたのかはわからないの。多分、私の失われた記憶の中にあるんじゃないかな」
霊紗がゆっくりと鍋の具材を口にして、おぉと声を出す。
「いい味だ。このような味を引き出すのは簡単な事ではない。霊華は料理の修業をしていたのかもしれないな」
霊華が首を傾げる。
「料理の修業かぁ……全然記憶にないわ」
その時、懐夢は周りを見回して、この場に幽香の姿がない事に気付いて、霊夢に声をかけた。
「霊夢、幽香さんはどこに行ったの?」
「幽香なら帰ったわ。花畑で体力を回復する方が気持ちいいんですって」
懐夢は残念そうな表情を浮かべた。
「こんなに美味しい料理があるのに……」
「あいつは気ままな奴だから、放っておけばいいのよ。役に立つ時も、ああいう時みたいな非常時ばかりだからね」
そう言ってやると、懐夢はふぅんと言って空になった器に、鍋の具材を盛り始めた。霊夢はそのまま気付かれないようにリグルへと目を向けて、考えに耽り始めた。
リグルは独占欲の<
そんなことを考えていると、鍋を見つめながら霊紗が呟くように言った。
「この鍋を食べ終わったら、残った汁を雑炊にして食べてもよさそうだな」
魔理沙がぱぁっと表情を明るくする。
「おぉ! それも美味しそうじゃないか! といか、この鍋多分何にしても美味しいよ」
アリスは顎に手を添える。
「私はこの鍋料理をどうやって作ったかが気になるわ。ねぇ霊華、後でレシピとか教えてくれないかしら」
霊華が頷く。
「私はもともと頭の中にある情報を頼りに料理を作ってたんだけど……いいわ。食べ終わったらレシピとして書き出しましょう」
霊華が笑みを浮かべる。
「こうしてみんなでご飯を食べれて、なんだか嬉しいわ」
慧音が頷く。
「そのとおりだ。皆で食べる料理は美味しい。普段一人で食べていると尚更な」
霊夢も同じ気持ちだった。懐夢がやってくるまで、一人で料理を食べる事がほとんどだったが、一人で食べる料理というのは美味しく作ったとしても美味しくないように感じる時が多かった。懐夢がやってきて、一緒にご飯を食べた時に、味が一人で食べた時とは比べ物にならないくらいに美味しく感じた時はとても驚いた。その時からだ。料理というものは皆で食べるからこそ美味しいと感じるものなのだと知ったのは。それを教えてくれたのは、隣にいる懐夢だ。
そう思って、懐夢に目を向けて、霊夢は少し驚いた。懐夢は左手に器、右手に箸を持ったまま目を閉じて、頭をこくん、こくんといわせていた。鍋を食べながら、寝かけているらしい。
「懐夢?」
声をかけてやると、懐夢はうっすらと瞳を開いて、手元の器に目を向けて、その中身を箸で口に運んだ。そして軽く噛むと、また目を閉じて頭をこくんこくんと言わせた。料理を口に入れながら寝かけている懐夢に、アリスが呆れたかのような表情を顔に浮かべて声をかける。
「懐夢、ご飯を食べながら寝るのは行儀が悪いわよ」
アリスの言葉に懐夢は目を開き、口の中のものを呑み込んで、一つあくびをしてから、小さな声で答えた。
「ごめんなさい」
魔理沙が続けて懐夢に声をかける。
「どうした。眠いのか?」
懐夢は首を横に振る。
「寝てないよ起きてるよ、ちょっと目を瞑ってるだけで……まだ食べられる……」
霊華が微笑む。
「きっと疲れたんでしょう。お腹いっぱいになったら、寝室に行ってお昼寝しなさい」
アリスが頷く。
「考えてみれば、貴方はこの中で最年少の十歳だったね。そんな子があんな戦いをしたら、疲れて眠くなるに決まっているわ」
懐夢が眠たそうな顔をして首を傾げる。
「そうでしょうか」
霊夢が頷き、懐夢に声をかける。
「貴方は少し無理をし過ぎたのよ。だから今はもう休んだ方がいいわ。鍋ならまた霊華が作ってくれるから」
リグルがすまなそうな表情を浮かべて、懐夢に言う。
「ごめん懐夢。私があんな事をしたせいで……」
懐夢はリグルに眠そうな顔を向けて、首を横に振った。
「大丈夫だよ。リグルは何も悪くない」
懐夢は器の中のΞをあっという間に食べると、器を置いて立ち上がった。
「ごちそうさまでした、霊華さん」
「お粗末さまでした。でもあまり長い時間寝ない方がいいわ。あまり長く寝てしまうと、夜寝る時に支障が出てくると思うから」
懐夢は霊夢へ目を向ける。
「霊夢、目覚まし時計借りていいかな。一時間くらい寝ようと思うんだけど」
霊夢は振り返り、懐夢と目を合わせて頷く。
「好きに使って頂戴。ゆっくりお休みなさい」
懐夢は頷いて、皆の集まる部屋を出て、寝室へと向かっていった。懐夢が出ていく際の扉が閉じられる音が鳴って、一呼吸おいてから、リグルが皆に声をかけた。
「ご、ごめんみんな。私も……懐夢と一緒にいたい」
リグルが次の言葉を発しようとした瞬間に、霊夢はリグルの手に自らの手を置いた。きょとんとしたリグルからの視線を受けると、霊夢は首を横に振った。
「悪いけどリグル、あんたはここに残って頂戴。あんたには聞きたい事が色々あるわ。それは、今幻想郷を襲ってる異変を解決するための重要な鍵になるかもしれないのよ」
「私の話が、重要な鍵?」
「そうよ。今の異変は、私一人だけじゃどうにもならないような異変だからね。どんな些細な事でも、重要な情報になる可能性を秘めている。だからあんたは、<
リグルが困惑したような顔になる。
「ま、まもの? まものって?」
慧音がリグルに声をかける。
「詳しい事は後で話す。まずは目の前の料理を食べる事に専念するんだ」
リグルは戸惑ったような表情を見せてから、ひとまず慧音に頷いて、器に盛られた鍋の具材を食べた。
霊夢もまた同じように、何も言わずに料理を食べ続けた。
*
一同は霊華の作った鍋料理を食べ尽くし、後片付けを速やかに済ませて居間へ戻ってきた。畳の上に座り込んで、魔理沙が呟く。
「結局、鍋の汁だけ余ったな」
霊華が小さな紙に文字を書きながら頷く。
「このまま貴方達が夜までいてくれるのであれば、あれを使って雑炊でも作ろうと思うけれど、どうする」
霊紗が腕組みをする。
「私は残ろうと思う。霊夢と懐夢と、そして霊華と話をしていきたい」
アリスが座布団の上に腰を下ろす。
「私も残っていくわ。霊華が作る夜食っていうのも見てみたいしね」
魔理沙が挙手をする。
「私も残っていくぜ。霊華が作る夜食も食べてみたい」
霊夢が溜息を吐く。
「あんた達、霊華の作るご飯にしか興味がないのかしら」
慧音がリグルの隣に座る。
「私はリグルと共にいようと思う。今のリグルは心配だ」
慧音の言葉のすぐ後に、霊夢はリグルの方へ顔を向けた。これまで、<
「さてとリグル。あんたに話があるんだけれど……」
リグルは少し怯えたような顔をして、霊夢と目を合わせる。霊夢はリグルが怯えている事を察して、思わず苦笑いする。
「大丈夫よ、あんたに何かするわけじゃないんだから。そんなに怖がらなくたっていい」
霊夢は表情を少し険しくして、リグルに再度声をかけた。
「リグル、いきなりこんな事を頼むのは何だけど、ちょっと服を脱いでくれるかしら」
リグルは吃驚して、顔を赤くする。
「な、なんでいきなり!?」
「あんたが<
リグルが顔を青くする。
「そ、そうだよね……でも、そんな事をされてたなんて」
「だからあんたの身体には傷痕とかがあるかもしれないの。そういうものがあるかどうか、見せてくれるだけでいい」
リグルは辺りを見回して、頬を赤らめた。
「……懐夢は起きてこないよね?」
魔理沙が首を傾げる。
「なんでそこで懐夢が出てくる」
「懐夢に身体を見られるのは、恥ずかしいから……」
霊夢は思わず頭を抱えた。実はリグルが暴妖魔素に感染して凶悪な妖怪と化し、そこから元に戻った時に、懐夢はリグルの裸体をばっちり見てしまっている。実はもう懐夢はあんたの裸をばっちりと見た事があるだなんて、口が裂けてもリグルには言えない。霊夢は気を取り直し、リグルに声をかける。
「大丈夫よ。懐夢はぐっすり眠ってるみたいだから、あと三十分は起きない。懐夢に裸見られたくないなら、さっさと脱いでさっさと着なさい」
リグルは辺りを頻りに見回しながら、衣服のボタンを一つ一つ外していったが、途中で手を止めて、霊夢に尋ねた。
「全部脱がないと駄目?」
「いや上だけでいいわ。あんたが<
リグルは衣服のボタンをすべて外して、上半身裸になった。霊夢は<
「慧音、そっちは? 何か怪我とか傷とかない?」
慧音はリグルの身体をじっと見てから、首を横に振った。
「ないよ。リグルの胸にも腹にも傷らしきものは見つからない。この子の身体には、傷はない」
霊夢は回り込んで、慧音のいるリグルの前の方へ来て、リグルの身体を舐めるように見た。慧音の言うとおり、リグルの身体には一切の傷がなく、綺麗な肌のままだった。禍々しい角が生えていた頭の方を見ても、そのようなものは見受けられず、標準通りの触覚が生えているだけだった。リグルには、<
「ないわね……もういいわ。リグル、早く服を着なさい」
リグルは頷くと、ささっと脱ぎ捨てた上着を再び身に纏い、溜息を吐いた。
「き、緊張したぁ……懐夢が来るんじゃないかって、ひやひやしてた」
アリスが呆れたような顔になる。
「心配性ねぇ、貴方は」
その横で、霊夢はいつもの考える姿勢になって、考えに耽った。見ての通り、リグルは標準のリグルに戻っていて、<
(なんで……なんでリグルは傷を負ってないの?)
<
(いや、待てよ?)
一つだけ、ある場所にいながら攻撃を避ける方法がある。それは紫が使っているスキマだ。紫は時にスキマを開いてその中に隠れ、迫り来る攻撃を回避するという戦法を使う。もし、あの時のリグルが<
(だけど)
このスキマの仮説には問題点がある。それは、紫以外にスキマを使える者が基本的に存在していないという事と、本当にスキマなのかという事だ。<
霊夢は考えをまとめると、リグルにもう一度声をかけた。
「ねぇリグル、あんたは<
リグルが首を傾げて、困惑したような表情になる。
「ま、<
霊夢は気付いた。そういえば、リグルにはまだ<
「あぁ。<
霊夢は今まで集めてきた<
「人や妖怪の、悪い感情が高ぶった時に、人や妖怪が変異して現れる存在……」
「そうよ。あんたはこの<
霊夢はリグルの新緑色の瞳を見つめる。
「……少し辛いかもしれないけれど、その時の事を話してくれるかしら、リグル」
リグルは俯く。
「……その時考えてた時とかも、話さなきゃ駄目なの」
霊夢は頷く。
「一応ね。<
リグルは一度霊夢と目を逸らして、黙った後に霊夢ともう一度目を合わせた。
「……昨日の夜だった。懐夢が帰った後に、もっと懐夢と話がしたかったって思ってたら、目の前に私が現れたの」
魔理沙が目を見開く。
「もう一人のお前が現れた?」
リグルは続ける。
「正確に言うと、私によく似た形の化け物。最初は私そっくりの姿をしてた」
アリスが腕組みをする。
「それで、どうなったの」
「そいつは私に迫ってきて、懐夢を幸せにできるのは私だけとか、何とか言って……それで、胸から上が全部口になってる真っ黒い化け物になって、私を食べたんだ」
霊紗が呟くように言う。
「その化け物が、リグルと融合したという事だな」
霊華がアリスのように腕組みをする。
「というよりも、その化け物が、<
慧音が険しい表情を浮かべる。
「その化け物が<
リグルがぎゅっと目を瞑る。
「あの時は……どうしたらいいのかわからなくて、苦しかった」
霊夢はリグルの肩に手を当てた。リグルは目を開き、霊夢の瞳を見つめる。
霊夢は続けてリグルに尋ねる。
「それで、その後はどうなったの」
「その化け物に食べられた後は、よく覚えてない。意識が、すごくぼんやりしてて……ただ、懐夢やみんなを襲ってた事だけは覚えてる。懐夢に無茶苦茶言って……みんなを襲って……」
リグルが自らの身体を抱いて震える。
「そのまま……みんなを殺しちゃうんじゃないかって……不安で、怖かった」
霊夢は震えるリグルから手を離した。直後、霊夢の後ろにいた慧音がリグルに寄り添い、震える身体に優しく手を当てた。
「大丈夫だ。私達は死ななかった。だからもう怯えなくていい」
リグルは頷いて、やがて身体を震わせるのをやめた。
霊夢はリグルから聞いた情報をすべて頭の中でまとめ上げると、ひとまず考えを回すのをやめて、リグルに礼を言った。
「ありがとうリグル。あんたのくれた情報は、間違いなく重要なものだわ。確実に、異変の解決に近付いた」
「本当に?」
「本当よ。あんたは今日の夜までここにいなさい。ここなら懐夢もいるし、ゆっくりと休めるはずだから」
リグルは霊夢の笑顔を見つめながら、頷いた。