凛ちゃんを退ける事に成功して、リビングへと向かう。
どうしようもない気持ちが、僕を蝕んで行く。
自然と足並みが速くなってしまう。
リビングに置いてある麦茶の容器からグラスへと注ぎ込み、一気飲みする。味なんて到底分かるはずもない。
ただ、乾き切った口を潤すために飲み込む。何かに逃れるように。
予想はしていた。少々ながらもこんな感じなんだろうと思い込んでいた。もっと軽いぐらいに捉えていた。そんなに昔からなんてどうやって予想出来る?
僕の中をグルグルとその事実だけが回る。どうすれば元のように戻れるのか分からなかった。
元のように、笑って過ごしたい。みんなの事を好きでいたい。
ただそれだけだった。きっと、そう。
「なに悩んでんのよ?」
「っわ!」
すぐ後ろから喋りかけられる。びっくりして振り向く。
不思議そうに僕を見る真姫ちゃんの姿があった。
持ち場を終えたのだろうか。
「ああ、びっくりした。布団干し終わったの?」
なるべく、普段通りに装う。あの時を分析するなら、全員がそうである可能性があるため普段を崩してはいけない。
表情もいつものように明るく振る舞う。
「……そうね。終わったわよ」
「速かったね。かよちんの方はどうだった?」
「もう少しかしら」
そう言って僕の対面にあるソファに座った。僕もゆっくりとイスに腰掛ける。ふぅと溜め息を吐く。
「あ、真姫ちゃん何か飲む?麦茶と紅茶ならピッチャーに入れてあるけど」
「そうねぇ。紅茶を貰おうかしら」
「了解っと」
立ち上がって、冷蔵庫からピッチャーを取り出す。グラスに氷を入れて注ぐ。ガムシロップとフレッシュミルクを持って運ぶ。
「どうぞ。ガムシロとミルクは好みで入れてね」
「ありがと」
自分の席に戻る。ついであった麦茶を飲む。
あれ。こんな味しただろうか。それとも落ち着いたから?
まあ、いいかと思い飲み干す。
それと同時に真姫ちゃんが立ち上がってこちらに来る。
「どうしたの?真姫ちゃん。麦茶の方を飲む?」
「いらないわ。ねえ、湊」
僕に全体重をかけるかのようにしなだれる。きめ細やかな髪が舞う。
顔が僕の肩に置かれる。何とも言えない、女の子特有の甘い匂いが鼻をくすぐる。それと同時に程よい柔らかさが僕の感覚を襲う。
「湊。その麦茶、変な味がしなかったかしら?」
「え、そう言えばそんな気がしたような」
聞かれて答える。今の状況をはぐらかされた気がする。
慌てて聞こうとするが、できなかった。
「それ媚薬入れたのよね」
「は?媚薬?」
何言ってるのか分からない。でも冗談だとは思えないほど真剣だ。
もし、いや本当に入ってるのか?分からないままだ。
「どうやら信用してないみたいね。ほら、これよ」
瓶の中に入っている液体を見せてくる 。中は蛍光色の黄色のような色をした液体が入っていた。
どうやら本物らしい。それに真姫ちゃんは手に入れる事が出来る。
何だか体が熱い気がする。まずい、効いてきたかも。
「じゃあ、どいて?真姫ちゃん」
「いやよ。チャンスじゃない」
「ダメだって。真姫ちゃんが許しても、僕は僕自身を許せないよ」
こんな事で僕は彼女を傷付けたくない。僕の意思じゃないんだ。
彼女にそんな事させたくない。いや、彼女達にだ。
熱さがまして行く気がする。感覚が敏感になってるのか。
「関係な……」
刹那、電話のベルが鳴り響いた。真姫ちゃんは少し顔をしかめると僕から離れる。何が起きてるんだ。それと同時に電話は鳴り止んだ。
「はあ。もう少し緩くてもいいじゃない」
「え?何が?」
「何でもないわ。それと、媚薬は嘘よ」
何だそれ。嘘って、体が熱くーーってまさか。何処かで聞いた気がするなんだったかな。聞いた覚えがある。
「プラシーボ効果よ。前に教えたでしょ?」
確か、思い込み効果のような物だったろうか。詳しくは覚えていないけど。前にそんな会話をした気もする。
「それよりも。湊の言葉は裏を返せば、同意の上なら良いのね」
「そんな事言ったかな。忘れたよ」
惚ける。勢いもあったが、あの場の雰囲気ではそう言うしかなかった。その事が事実で有ったとしても。
真姫ちゃんはそう、と言って僕に近づく。
「何を悩んでいるのか知らないけど、私には関係ないわ」
「え、悩んでなんて……」
普段通りを装う。知って欲しくないし、知らないままでいい。
きっと、それが一番良いに決まってる。
すると、真姫ちゃんは僕の耳に口付けをする。そして、そっと耳打ちした。
「だって、そんな事考えなくても良いぐらい一緒にいればいいのよ」
僕のポーカーフェースは脆くも崩れ去った。