あの一言が引き金になってから、すぐに周りの態度が急変した。
持っていた雑誌は取り上げられるだけでなく、僕の鞄に入っている携帯を取り出される。携帯が帰ってきたときには、他の女の子のアドレスはすべて消えていた。
また、すべてにおいて距離が近くなった気もする。今にいたってもそうだと言える。
いつもの帰り道、僕の両手は穂乃果ねぇと、ことりねぇに取られている。すぐ後ろには海未ねぇが監視をしているかのように、ぴったりとくっついて歩いている。
他の皆は、部室を出るとき何か相談しながら帰って行ったが何だったのだろうか。
いつまもならば気にもしないのだが、あんなことがあった手前どうやってもそう考えるのは無理があった。
そう、まだ僕の頭は困惑している。いつからあんな好意を持たれていたんだろう。そんな素振り一切なかったのに。
「ねぇ、みーくん」
穂乃果ねぇが語り掛けてくる。耳元に近い為か、ゾクゾクしてしまう。
顔だけを向けると、満面の笑みで言葉を紡ぎ始める。
「お泊まりするの久しぶりだね!穂乃果すっごく楽しみ!」
いつの間にそうなったのだろうか。記憶を思い出してもそんな会話一つもしていない。
普段なら別に良いのだが、今のまま家に上げるのは危険だと思う。きっと、いやそうに違いない。
だけども、そんな反論もできないほど凄みのある笑みを向けられる。穂乃果ねぇの笑みが初めて怖いと思った。
少し気を紛らわすために、話でもしよう。そうしなくてはこの雰囲気に耐え切れない。
「そう、だっけ?そんなに久しぶりだっけ?」
成るべく普段通りに。そう心がける。
怖がっているとばれたら、さらに何をされるかわからない。
すると、後ろにいた海未ねぇが微笑みながら答える。
「ええ、とても。27日7時間24分18秒ぶりだと思います」
「え?」
「海未ちゃんさすがだね!ことりそう言う計算あんまりできなくて……」
「あまり気にしなくても良いかと思いますよ、ことり」
「そうだよことりちゃん!いつもお世話になってるし!」
「そうかなぁ……、えへへ」
マテ。待ってくれ。何だ今の。そんな会話聞いたことないぞ。
体が固まる。歩く足並みが止まりそうになる。今は平常心を装うので精一杯なのに。
少し遅くなった足並みに、海未ねぇが不思議そうに問いかける。
「どうしましたか?湊。食材の心配なら必要ありませんよ。3日と1時間13分7秒前、買い物に出かけたでしょう?何なら中身を教えましょうか?」
「い、や。大丈夫」
「そうですか。なら速く行きましょう。今日は私達3人で作りますから」
「期待しててね!」
「穂乃果ちゃん料理できたっけ?」
「あー!ひどいよことりちゃん!最近はお母さんに教えてもらってるんだから!」
頭が痛い。これ以上僕の周りのことを聞いたらどんどんと出てきそうだ。
逃げ道なんかなくて、これも運命だと受け入れたほうがいい気がしてきた。
もうすぐ、家についてしまう。3人とも楽しそうに笑いあう。
僕は、笑えそうになかった。
家に上がるとすぐに料理の準備へと取り掛かっていた。鞄を部屋に置き、リビングへと向かう。
穂乃果ねぇがふざけて、海未ねぇに怒られていて。ことりねぇはそれを楽しそうに見ている。微笑ましい空間がそこには広がっていた。
あんなことがあった後とは思えない。僕はこのままでいいのだろうか。
降りてきた僕にことりねぇが気付いた。ゆっくりと僕の隣に座る。
「どうかしたの?みーくん」
優しく、語り掛ける。今思っていることをぶちまけてしまいたいけど、それは出来なくて。
なんでもないよ、と笑おうとする。けど、それは出来なかった。ふわりと抱きしめられている。
「そうだよね。皆変わっちゃって怖かったんだよね」
思っていたことを言われてしまう。少しどきりとした。それと同時に優しく頭をなでる手つきが心地良い。
涙が、でてしまう。本当に怖かったんだ。知らない人になってしまったようで。
「どうして、なんだろ。僕なんかじゃなくても」
「ううん。それは違うよ。みーくんだからだよ。それ以外の人になんかに触れて欲しくないし、他の子に目移りしても欲しくない」
「……」
「だからいつでもみーくんのこと、見てるよ。笑顔も、涙も、普段の顔も、寝顔も。ずっとずっと」
なんだかどうでもよくなってくる。嫌なことなんて忘れてしまう。そう言えば、子供の時もこんな感じに慰めてもらった気がする。
霧がかかったかのように、あたりが見えない。どんどんと海に沈んでいくように、意識が落ちていく。
「だから、ことり達を愛して。怖くないから」
言葉が、ぼくのなかに、しずんで、いく。
気が付くと、ちょうどご飯を並べている穂乃果ねぇ達が目に入った。
体を起こす。伸びをすると、僕の目がうるんでいることに気付いた。はて、泣くことなんてあっただろうか。
可笑しなこともあるもんだと思って、立ち上がる。
「手伝うよ」
「大丈夫だよ、みーくん。穂乃果達の料理楽しみにしてて!」
そう言って、色とりどりのおかずを並べていく。キッチンの奥では海未ねぇとことりねぇが4人分のご飯を盛り終わった後だった。
やることもなくなってしまったので、とりあえずテーブルに座る。目の前に広がる和食に中華。どれもおいしそうだった。
3人が同時にテーブルにつく。何というか、幸せだ。いただきます、と4人同時にする。さて、どれに手を付けようか悩む。
とりあえず、餃子に手を伸ばす。もっちりとした皮に、肉汁があふれ出る。絶品だ。あれもこれもと手を伸ばす。まずいものなんて一つもない。
「うわ、どれも美味しいや」
「良かったぁ……」
「でしょー!」
「穂乃果、調子に乗っては駄目ですよ。まだまだここからです」
「うう……相変わらず海未ちゃんは厳しいなぁ」
唇をとがらせる。その可愛らしい行動に笑みがこぼれる。さて、と食べることを再開しようとしたときに気付く。
「あれ、3人とも怪我なんてしてたっけ?」
と、聞く。3人共々指に絆創膏が貼ってある。慌てて隠しているが、血が滲んでいるのが見えた。
大丈夫かと聞くが、心配しなくて良いと帰ってくるので心配するのはやめにする。
でも、アイドルだ。傷なんかないほうがいい。
「気を付けてね。傷なんか残しちゃだめだよ?」
「ありがとうございます、湊。ですが本当に大丈夫ですので」
「そう。ならいいけど」
何気なく、テレビのリモコンを手に取る。
一応、点けても良いかどうかは聞いておこう。
「テレビ点けてもいい?ニュース見ておきたいし」
「ことりはかまわないけど……」
「穂乃果も平気だよー」
「ええ、かまいませんよ」
「ありがと」
テレビの電源を点ける。画面にはスクールアイドル特集とテロップが出ている。ゆっくりと画面を見ると、綺羅 ツバサの姿があった。
刹那、頭が痛くなる。まるで地響きのように頭の中で反響し続ける。次々に今日の出来事がフラッシュバックしていく。
座れなくなって、そのまま地面に倒れこむ。誰かが近寄ってくるけど、認識できない。そうだ。今日はあんなことがあって。どうして忘れていたんだろうか。
そう思うと同時に、また意識が遠のく。でも今度は沈んではいかなかった。
目が覚めると、僕の部屋で寝ていて。両隣に穂乃果ねぇとことりねぇが寝ていた。さらにその奥には海未ねぇがぐっすりと眠っていた。
少し整理しようと思い出そうとするけど、どうにもこうにも家に帰ってから、ご飯が出来るまでの記憶が抜け落ちていた。
でが、その間に今日の出来事を忘れさせてしまうような何かをされたのは事実だ。
……見当もつかないが。寝ている穂乃果ねぇの顔を見る。どうして、こうなったんだろうか。
顔を見ていると、ゆっくりと寝言を放った。
「みーくん……行かないで……」
すとんと、言葉が僕に落ちる。僕も覚悟を決めるしかない。
また笑顔で元に戻れるようにと。