初めては会ったのはいつだったか忘れてしまったけど。私がみーくんに初めて会った時、抱いていた感情は怖いだったと思う。
まるで、カモの中に白鳥がいるような。何というか浮いているとかじゃなくて、周りの男の子たちと違う雰囲気が出ていた。
あんまり難しい事はことりには分からなかったけど――でもどう接していいか分からなかったかな、なんて。
それから、穂乃果ちゃんや海未ちゃん達と出会って。それから、毎日のように遊ぶようになってから、少しずつ分かっていった。
みーくんは和菓子が好きなこと。じゃんけんが強くないこと。中で遊ぶほうが好きなこと。いつもことり達を見守ってくれてたこと。
笑うと可愛い事。友達思いなこと。ちょっとだけ意地悪なこと。それから、それから、それから――――。
一杯在りすぎて数えきれないほど、みーくんのことを知って。いつの間にか”怖い”だなんて感情はとっくに消え去っていて。
みーくんは私の……、ううん。私たちの中で欠けてはいけない存在になっていってたのかな。
風邪で学校に来なかった時も私達は心配でしょうがなかったと思う。みーくんは来ないー、どうしようー、なんて。
そんな心配性の、南 ことりのお話です!
がらりと、穂むらの扉を開ける。もう、海未ちゃんは来てるのかな。ちょっと遅れちゃったし。
「いらっしゃいませー!って、ことりちゃんだぁ!」
「あ、穂乃果ちゃん。お邪魔するね」
「うん!」
「あれ、穂乃果ちゃんのお母さんは?」
「うう、それがね。折角、みーくんが来たのにお店番してーって!」
ぷくりと、頬を膨らませる。その可愛らしい動きに自然と笑みが漏れてしまう。
扉を閉めて、中に入る。
「そうなんだ。でもしょうがないよね」
「うー、そうだけどー」
「私にも出来ること、ある?」
少し穂乃果ちゃんが寂しそうに見えたから――なんて、そんな事じゃなくて。
ただ、困っている顔を見るとどうにかしてあげたくなって。そう、多分。そういうことなんだと思う。
「あ……ううん、ありがと、ことりちゃん。でも大丈夫!」
「それに、お母さんもうすぐ帰ってくると思うし。みーくんが上にいるから私の部屋に行ってて?」
穂乃果ちゃんが上を指す。そういう事なら、先にお邪魔してしまおうかな。
「そっか。じゃあ先に上がるね?」
「うん!どうぞどうぞ!」
階段を上がって、穂乃果ちゃんの部屋へと向かう。
かたりと少し静かに開ける。そこには少し寛ぎながら座っているみーくんが見えた。
「ん?あ、ことりねぇ。早かったね」
「うん、ちょっと急いできたからかな?」
「そっか。そんなに急がなくてもいいのに。まだ皆そろってないし」
そう言って、微笑を浮かべながらノートパソコンを操作している。
荷物を入り口のそばに邪魔にならないように置いておく。そのまま、みーくんの隣へと座る。
―――若干、離れたよね。みーくん。
少し、ほんの少し。離れたのを見逃さなかった。でも、この事を言うべきじゃない。
みーくんがどう思ってるかわからないから、だと自分でも思う。意識してくれているのか、それとも―――。
そう思っていると、操作してたみーくんが声をかけてきた。
「ことりねぇ、どうかした?」
「え?」
「いや、なんだか。考え事してたみたいだから。なんか悩みがあるのかなって」
「あ……ううん、大丈夫だよ。ちょっと衣装のことで考えてただけだよ」
「……そう。手伝えることあったら言ってね?」
「うん。その時はお願いね」
多分、嘘ってことばれてる。でも、みーくんは昔から深く聞いてこない。
でも、薄情とかそういうことじゃなくて。私達が悩みを打ち明けたら、真剣に相談に乗ってくれるし。
どう言えばいいのかな。うまく言葉にできないけど、見守ってくれてるような気がする。
みーくんはそれだけ聞くと、またノートパソコンに向かう。
「でも、ほんと早いね。まだ誰もログインしてこないから家に帰ってないんじゃないかな」
「ほんと?ちょっと急ぎすぎちゃったかなぁ」
「あ、いや。そんなことないよ。もうそろそろ皆来るから。急ぎすぎじゃないよ」
カタカタとキーボードを打つ音が心地よく聞こえる。みーくんの真剣な横顔を見てるだけで、早く来た意味があったかななんて。
じっと見つめていると。少し困った顔でみーくんがこっちを向いた。
「そんなに見つめられるとやりにくいよ、ことりねぇ」
「あ、ごめんね?」
「いや、いいんだけど」
困ったように笑う。その顔も可愛らしくて。
みーくんは息をついて、操作してる指を止めた。そのまま傍らに置いてあった携帯をとって見ていた。
「休憩っと。もうすぐ集まりそうだしね」
と言って自分のカバンを漁っている。ノートとペンを取り出して、ノートパソコンの上に置く。
「でもまだ早いんじゃないかな。穂乃果ちゃん、店番してたし」
「んー?そんなことないよ。多分だけど―――もう来るね」
そう行ったと同時に穂乃果ちゃんと海未ちゃんが話しながら入ってくる。
少しびっくりしてみーくんを見る。悪戯な笑みを浮かべてこっちを見ていた。
「言ったとおりでしょ」
「そうみたい。でもどうして分かったの?」
「携帯だよ。さっき海未ねぇが着くって送ってきてたから。ことりねぇにも行ってると思うよ」
携帯を取り出す。確かに海未ちゃんから来てた。ちょっと、ううん。結構びっくりしたかも。
「なになに?何の話ー?」
「穂乃果ねぇ達がいつ来るかなって話。さてと、じゃあ始めよっかな」
ノートパソコンを見ると皆ログインしていた。慣れた手つきで会議通話を立ち上げる。
穂乃果ちゃんと海未ちゃんが座る。なんだかいつもの空間のようで落ち着いていく。
「それじゃあ、μ`s会議の始まりだよー!」
「あいあいさー」
「それじゃあ、PV撮影の場所はここでいいかな」
『ええ、異論はないわ』
「それじゃ、業者の人に頼んでおくね」
そう言って、携帯を取り出す。みーくんは私達に、電話してくると言って外に出ていった。
見送ってから、私達は話し始める。
「ねぇ、穂乃果ちゃん、海未ちゃん」
「うん、分かってるよことりちゃん」
「ええ、私も分かっています」
二人ともわかってるみたい。それに皆もきっと。
「ねぇ皆。みーくんのことなんだけど」
『言わなくても分かるで。みーくんのことやし無茶するんやないかーってことやろ?』
「そう、なんだけど」
『確かに心配ね。また無茶して倒れたりしたら』
『そうね。前みたいなことはもうごめんだもの』
「うん。私もそう思う」
穂乃果ちゃんの声が張っている。きっと強く思ってるから、かな。
でもそれは、穂乃果ちゃんだけじゃない。私も、皆も、同じ。
『でも、どうするにゃ?凛達が練習してる時にしてるなら、確認することが出来ないにゃ』
『そ、それに、みーくんにばれない様にしないと…』
『そうよ。あいつ、意外とそういうとこ鋭いから、ばれない事は大事よ』
どうしようか。心配と言うことだけが前に出てきてしまって、考えてなかった。
皆、考え始める。どうしたら、安全に、みーくんにばれないだろう。
『ねえ、いいかしら』
そう、思っていたら絵里ちゃんから、声がかかった。
『PV撮影の場所は学校よね。だったら、明日は練習がないってことを湊に伝えるの』
『もちろん、嘘だけど。そしたら―――』
話を聞いていく。皆も聞いた上で、どうやら異論はないみたい。
後は、みーくんに実行するだけ。
帰ってくるのを待っている。少し、鼓動が早くなる。罪悪感から来るものか、それとも――みーくんを、そばで監視することの喜びなのか。
分からない。それでもいい。
階段が少し軋む音が聞こえる。どうやら、帰ってきたみたいだ。
「よっと。ただいまー」
「おかえり、みーくん」
「おかえりなさい。湊」
「おかえりー」
パソコンの前に座る。さて、どう切り出して行こうかな。
「ああ、PVの設備だけど。明日から着工するみたい。完成は明日の夕方ぐらいだって」
「そうですか。その間学校は出入り禁止になるのですか?」
「ううん。撮影に使う場所だけだから大丈夫。それに理事長に許可もらったし出入り禁止はないと思うよ」
『そう。それじゃあ予定通り、明後日がPV撮影ってことでいいのかしら』
「ええ、そうです。天気予報も晴れでしたし、何かなければ明後日で」
ふぅと、息を吐く。少し言葉を出すのに躊躇してしまう。
「ねえ、みーくん。明日の練習なんだけどね」
「あ、ごめんね。明日は行けないかも」
「ううん。そうじゃなくてね。明日練習なくなったの」
「あれ、そうなの?」
「そうなんだー。皆予定が合わなくなっちゃって。私は練習したかったんだけど」
「あはは…。穂乃果ちゃんには悪いんだけど、そういうことになっちゃって」
上手く、出来てるはず。表情を取り繕うことが出来てるかどうか確認できないけど。
「そっか。じゃあしょうがないね」
みーくんが残念そうに笑う。きっと騙せたのかな。
分からないけど、みーくんを見る限りそう思える。
『なぁ、みーくん?みーくんは明日なんか用があったん?』
「ああ、いえ。そんな大した用じゃないんですけど。少し行くところがあって」
『そうなんか。まぁ、丁度よかったってことやな』
「ええ、そうですね」
苦笑する。みーくんが携帯を取り出して時刻を見る。
少し、目を細めた。
「っと。それじゃあ僕は帰るね」
「え?」
「明日、早く出なくちゃいけないんだ。ごめんね」
「そう、なの?」
「うん。明日行くところがちょっと遠いから早めに済まそうかなってね」
パソコンの前から立ち上がって、鞄を持って行く。
肩にかけて、私達に振り向く。
「それじゃあ、皆。お先に」
そのまま部屋を出ていく。何というか急いでいるみたいな。そんな感じだった。
見送ってから、話し始める。
『なんだか、急いでる感じね。湊のやつ』
にこちゃんがそう言い放つ。でもみんな同じことを思ってるみたいで。
『にこちゃんの言う通りね。なんだかそんな感じがするわ』
「うん……。そう、だね」
『私も、そう、思う。この間あった時も』
『凜も、何だかそう感じるにゃ』
『何だか、嫌な感じがするわ……。前に倒れたときみたいな、そんな感じ』
そう言われて、思い出がフラッシュバックする。
空いていたドア。物音しない部屋。肌寒くなるような空気。横たわっている体。青白い、顔。
まるで、しんで、しまった、ような。わたしは、どうしていいか、わかんなくて。
ただ、こわれてしまったかのように、なまえをよんで。
はっと、我に戻る。やめよう、こんなこと思い出すの。みーくんだって、二度としないって。
ほんとに、ほんとに、そうなのかな。
「や、やめてよ。絵里ちゃん。みーくんだってそう約束したよ?」
『そうかもしれないけど……』
不安が募る。どうしてこんなこと思うのだろうか。
刹那、海未ちゃんの気付いたような声が聞こえる。
「穂乃果、ことり。そう言えばこのパソコン、湊のですよね?」
「あ……」
「もしかして、ですけど。この中に何かあるかも……」
「で、でも。それはよくないんじゃ」
『でも、確認できる一番の近道かもしれんよ?』
「の、希ちゃんまで」
『少し、少しだけなら。湊も許してくれるんじゃないかしら』
「うう、そう、かなぁ」
罪悪感が芽生える。とっくに消えたはずなのに。
でも、誘惑には勝てなかった。
穂乃果ちゃんがパソコンの中を見ていく。PV撮影の案や、構成がたくさん残されていた。
私達が知らないような物までも残されていて。
「凄いね……。これ、皆、みーくんが作ったんだ」
「ええ、本当に……」
その中に無題と書かれたメモ帳が幾つもあるファイルを見つけた。
これは、なんだろう。
「これ、なんだろう」
『何か在ったの?』
「ちょっと待ってね」
開いてみる。どうやら日記のような走り書きが残されていた。
言葉がつらつらと並んでいるだけの様な。
そんな感じだった。
「日記、かな。なんだかそんな感じみたい」
『そ、それ。気になるね』
『読んでほしいにゃ!』
「う、うん」
目を走らせる。どうやら、倒れた時から書いてるみたいだった。
少し手に力が入る。
「今日から、日記と言うか走り書きみたいなのを残すことにする。自分のことを振り返るためでもあるから。それに、もうあんなことごめんだ。
女の子に泣かれるのはもう味わいたくない。自分が招いたことでもあるけど、こんなに心配されていると分かったから」
「一週間ぶりに書くことになる。何というか、今まで以上に心配されている気がする。でもこの状況に甘んじているわけにもいられない。
皆が皆、先に進んでいく。僕も必死に食らいつかなきゃいけない」
「μ'sが一つにまとまっている。そんな事僕が言えるわけじゃないんだけど、そんな感じがする。僕も皆を輝かせるために頑張らなくては。
今日はそういう目標を立てた日だ」
「ことりねぇが留学するらしい。僕はその事実が理解できなかった。穂乃果ねぇには伝えないで欲しいと言われた。ライブで一生懸命だからと言うことだ。
僕には何と言っていいかわからなかった。何を声をかけていいかわからない。僕はなんて言ったらいい?
行かないでほしい?やりたいことをすればいい?何も浮かばない。後悔ばかりが浮かんでくる。僕は役立たずだ」
「穂乃果ねぇが倒れた。どうやら無理が祟ったらしい。何年もそばにいて、近くにいたのに気付かなかった。雨の中も練習をしていたらしい。
僕のせいだ。近くにいて、最近頑張ってるなぐらいしか思ってなかった。自分のことばかり嫌悪して周りに目も当てられない。希先輩が僕のことを気遣って優しく慰めてくれた。
本当は僕が気にするところなのに。馬鹿みたいにまた後悔ばかりして眠れない。それでも構成も思いつかない。僕のいる意味って何だろう。今日も眠れずにいる」
「皆がお見舞いに行く。ラブライブのエントリーは取り消しと言われてしまった。僕はお見舞いに行く勇気もない。でもずるずると来てしまった。
まるで、流されているように。皆が皆、自責を感じている。絵里先輩達はそういうけれど、僕はそれが苦痛にしか感じなかった。僕が出来たことなのに、僕が気付けたことなのに。
真姫ちゃんは自分に出来ることして少しでも安らぐようにしている。皆も穂乃果ねぇのことを案じている。僕も同じだ。でも僕は何ができるんだろう。
雪穂ちゃんから、穂乃果ねぇが泣いていたとメールが来た。僕はどうすればいんだろう。慰めることをして、それが良いことになるんだろうか」
「廃校取り消しになったらしい。よかったと思う。一応の目標を達成できた。でもまだ問題はある。僕はとりあえず話を聞いてあげることしかできない。
言葉が紡ぐのが怖い。正しいとかそういうことじゃなくて。どう答えたらいいのかわからない」
「μ'sがバラバラになっていく。ことりねぇの留学が伝わったらしくて。そこから穂乃果ねぇは辞めると言ったみたいだ。μ'sは休止になった。
皆からメールが来る。絵里先輩からいつかはこの問題に直面する時が来ると書かれていた。そして今まで舞台の構成やPVまでありがとうと。
僕はこれでいいのだろうか。答えは出ない。にこ先輩の誘いにはどうしても答えが出せなかった。練習をしているから見に来なさいと言われた。
そこには、にこ先輩と凜ちゃん、かよちんがいた。皆は先に進んでいるんだろう。本当に凄い。僕には踏み出す勇気がない。こんな性格、嫌になる」
「留学のことを海未ねぇとことりねぇで話す。海未ねぇは行って欲しくないみたいで。でもことりねぇには届いているのかわからなかった。
僕も同じだ。行ってほしくなんかない。ずっと、皆で今を過ごしたい。でもそれはことりねぇのためになるのかはわからない。海未ねぇはしっかりと自分の言葉で話す。
言葉が出ない。のどに詰まる。僕は思ったままのことを言えない。僕はその場を濁すようにやりたい事をすればいいと言ってしまう。こんなこと伝えてどうするんだ」
「穂乃果ねぇが戻ったと、海未ねぇから電話がきた。わがままかけるけどなんて、と笑っていた。穂乃果ねぇはすごい。人を動かす力があるんだ。ことりねぇも待ってた。
皆が皆、先に進んでいく。僕はライブの準備をしながら思う。皆が僕にまた一緒に行こうと話しかけてくれる。僕はまだこの場所から動けないでいるのに。
どれだけ追いかけたら皆の様になれるのだろうか。僕の悩みはどんどんと沈んでいくばかりだ。とは言え。皆がまた一つになった。嬉しいことだ。僕ももう二度とこんなことにならない為にも
しっかりしなければ」
日記はここで終わっている。穂乃果ちゃんが読み終わった後、涙を流していた。ううん、穂乃果ちゃんだけじゃない。私も、海未ちゃんも、皆も。
誰も、みーくんのことを分かってあげられなかった事が悔しくてしょうがない。昔から一緒にいたのに。私はあの時から、みーくんがそばにいてくれるだけでいいと思ってた。
留学のことだって。みーくんに止められたら行かないつもりだった。勿論、穂乃果ちゃんも同じだけど。ちゃんとみーくんが私を見てくれているか心配だったの。
これから一緒にいるためには、しか考えてなかった。涙が、出てしまう。
「っく、ごめんね。みーくん。私、知らなくて。そんな事わからなくて」
「っ……、違うよ、私が自分の事を分からないから倒れてっ……」
「ごめんなさい、湊。私がもう少しあなたのことを……」
皆の泣いている声も聞こえてくる。私達はきっとみーくんが見守ってくれていると思ってた。
思い込んでいた。ひとしきり泣いてから、心の中に思いがあふれてくる。
「ねえ、皆。私、みーくんのことが好きなの」
穂乃果ちゃんを見る。びっくりしてしまう。皆が皆思っていることだろうから。避けていたことだ。
「みーくんのこと好きだから。傷ついている姿なんか見たくない。ずっと笑ってほしい」
決意した目が光っている。涙が頬を伝う。
「だから、聞かせてほしいんだ。皆がどう思っているか」
答えなんて決まっていた。