虫の声が聞こえる。静かに寝息を立てているのがわかるほど静かだ。
時計は、夜更けごろを指している。僕は布団をかぶり中で携帯を見る。そろそろ時間だ。
メールに新着の知らせが出ていたけれど、確認する必要もなかった。
絶対に来てくれると言う、確信があるからだろう。僕はゆっくりと布団から出て、寝ている三人を起こさないように部屋から出ていく。
階段を降り、玄関を開ける。夜とはいえ夏に入ってきている今の季節では、寒くはなく、蒸し暑さを感じるほどであった。
音をたてないように玄関のドアを閉め、鍵をかける。そこから、公園へと歩いていく。
僕らの、思い出の場所へと。
思えば、こんな話をするなんて初めてかもしれない。ましてや、今から話すことでさえも経験なんてなかった。
どうしようもなく、心臓がはじけそうなくらい痛くなってくる。こんな真面目な話なんていつ振りだろう。
僕は少し思い出に耽る。足は止めずに歩いていく。
スクールアイドルになるといった頃だろうか。それとも僕が倒れた時?
それとも―――。僕の思い出は止まることを知らず、色々な思い出がめぐる。
そのうち、公園についてしまっていて。僕はベンチに座って待っていた。
時間は、十二時半。携帯を開いて時間を確認し、気持ちを落ち着かせる。
ふと、公園の入り口に目を向けると姿が見えた。
「いきなり呼び出してごめんね。穂乃果ねぇに海未ねぇ、ことりねぇ」
「ううん。大丈夫だよみーくん」
「海未ねぇは出ても大丈夫だったの?僕からメール送ったから、こんなこと聞くのもおかしいかな」
「ええ、苦労しましたけど、他ならぬ湊のためですからね」
「そっか。ありがと」
そう言って、三人にベンチへとエスコートする。僕は立つ形になってしまったけれど、それも予想の内だ。
息を整えるために、深呼吸をする。いつもと違って、あまり心臓は収まってはくれなかった。
まるで、爆弾の様にいつ爆発してもおかしくはないかのように、一触即発な僕の心臓を撫でるかのようにして落ち着かせる。
さて、どう切り出そうか。
「それで、湊。私達を呼んだ理由は何でしょう?何時もならこんな時間に呼び出したりなんてしないでしょうに」
「そうだよ、みーくん。穂乃果びっくりしちゃって、雪穂に可笑しそうな目で見られたんだから!」
「あー、うん。ごめん。ちょっとばかり聞きたいことがあって、さ」
「ん?どうかしたの?」
「みーくん?何かあったの?」
「うん。きっと、僕にしたらとても大切なことなんだ」
息を吸い込む。ここからだ。
占いだって、動かなくちゃいけないって出てたんだし。いつものようにひよってたんじゃ駄目なんだ。
「ここ数日のことなんだけど。皆、僕の家に来てくれてたよね。僕は最初あんまり意味は分かってなかったんだけど」
「ええ、確かにそうですけれど。―――それについて、何か?」
「あ、うん。そうなんだ。さっき、希先輩から理由について聞いたんだ。皆がスクールアイドルでいるために、僕が距離を取るのは違うってこと」
「うん。みーくん、私達に一言も相談しないんだもん。とっても寂しかったんだよ?」
「それで、穂乃果が皆に言って協力してもらったんだ!」
「……。そう、なんだ。僕は痛いぐらいに気付かされたよ」
「そのことを言いに来たのですか?嬉しいですけれど、何も今呼び出さなくても」
三人はとても嬉しそうな顔をして、僕に笑いかける。
でも、僕は笑うことは出来なくて。むしろ、ここからが本題なんだから。
僕は少し息を吸って、また話をし始める。
「……、痛いぐらいに気付いて、それでも僕には何かが残ってるんだ。ねえ、皆は少し昔から僕のこと隠し撮りしてたんだよね?」
「あ、うん。ごめんね。みーくん。また前みたいに倒れちゃったらどうしようって思って」
「穂乃果達も知ってて、止めなかったんだ。ごめんね」
「ごめんなさい。本来なら私が止めるべきでしたのに」
「僕が倒れた時からなんだね」
「うん。そうだけど……どうかしたの?」
「いや、なんでも。そう言えば、ここの公園も懐かしいね。僕が中学生の時、皆とここで待ち合わせしたっけ」
「え、うん。そうだね。穂乃果達が終わったらここに集合って言ったんだっけ」
「そうそう。皆と学校違ったから、よく先に来て待ってたんだ」
「どうか、したのですか?」
僕に疑問を持ったのか怪しむような目線で僕を見る。僕はなるべく笑って受け流す。
笑えているかどうか分からないけれど。
「うん。あのさ。どうしても繋がらないんだ。やっぱり。ことりねぇは僕が倒れた時って言ってたけど、凛ちゃんはもっと昔って言ってたんだ」
「え、む、昔の、小学生の時の写真とかだよ?」
「昔のみーくん可愛かったもんね。覚えてるよ」
「違うんだ。違う。僕の、中学生の時のデータが、残ってたんだ。よく遊んでたからとかじゃなくて、部屋の映像が残ってたんだ」
僕のパソコンで確認したから間違いない。データがいくつか残っていた。それもどれも、僕の中学生の時の映像だった。
どうみても、僕の部屋だった。僕はゆっくりと目を見る。そこには三人とも動揺が見て取れた。
「それにね。僕が未だに分からないことがあるんだ。穂乃果ねぇ達が泊まりに来た時。僕は学校から帰ってから記憶が曖昧なんだけれど、僕の頭に一つ残ってるんだ」
そう。曖昧な記憶に、残ってた物。それは、ことりねぇの声だった。
優しく、蕩けてしまいそうになる声が僕の頭に残ってたんだ。
「ことりねぇの声と、抱き締めてくれたような気がするんだ。堕ちてしまいそうなほど優しく」
「……。みーくんは気付いてたの?いたことに」
「うん。なんとなくだけれど。でも声が聞こえたんだ」
「湊。それは――」
「待って、海未ちゃん」
「っ、穂乃果?」
何かを言おうとした海未ねぇを穂乃果ねぇが止める。僕を見る目線は、とても力強く。何かを決意したような目だった。
僕は、少し固唾を飲むほどに、何かを感じていた。
「みーくんは、分かったんだよね。分かっちゃったんだよね。何かが在るってことに。それが知りたいんだよね」
「……。うん。きっと、僕が皆とまた元に戻るためにも、知らなきゃいけないことだから。だから―――教えてほしい」
そうだ。僕が決意したんだ。何があっても知らなきゃいけないことがあるんだと。
皆を想っているからこそ、知らなくちゃいけないことに。
僕がそう言うと、穂乃果ねぇは二人をみてアイコンタクトを取ったのか頷いて僕を見る。
「みーくんは、覚えてる?穂乃果達と遊ぶようになってから、中学生に上がる時のこと。穂乃果達は先に中学生になって――みーくんとあまり遊ばなくなった時のこと」
「え、どう、だったかな。ちょっと曖昧であんまり覚えていないけれど、でも確かその時はどう接していいのか分からなかったかなぁ」
靄ががかったように思い出せないけれど。小学生からしたら大人になってしまったようで。恥ずかしさと同時に遠くに感じてしまった気もする。
よくあることだ。きっと思春期の入りたてだったんだろう。
すると、今まで黙っていたことりねぇが喋り始めた。
「私達は、また遊べるんだって思ってた。みーくんが中学生になったらって。でもみーくんはあんまり私達と喋らなくなっちゃったよね」
「それは、僕は違う中学に行っちゃったし。それに、まだ覚えてるかどうかも分からなかったんだ」
きっと昔の僕のことだから、気にはなってたけど行く勇気はなかったんだ。まるで違う人の様に感じてしまっていたし、中学生ともなればそういう事にも敏感だった。
僕の悪い癖だ。直さなくちゃいけない癖が二つもできてしまった。
「それでね。私達が会いに行ったこと覚えてる?」
「そんなことあったっけ。なんか急に遊ぶようになったことしか覚えてないんだけど」
「そっか。その時ね、思ったの。ああ、また毎日遊べるんだーって。でもね、みーくんは思ってなくて。私達に言ったの。”またいつか遊ぼうね”って」
「え、それは言葉の綾なんじゃ」
「ううん。私達は壁を感じたの。まるで昔のみーくんじゃないみたいだって」
それは、どうなんだろうか。でも、僕にはそれを違うと言えるような確信はなくて。
昔の僕ならそう思ってたのかもしれない。疑心暗鬼な気持ちが僕を埋め尽くしていく。
けれども思い込みが激しい気もしていた。それを言葉にはできなかったけれど。
「それで、思ったの。元に戻ってくれるにはどうしたらいいんだろうって」
刹那、隣で俯いていた海未ねぇが僕のほうを向く。ことりねぇが微笑んで、話すのをやめる。
そうしてゆっくりと言葉を紡いでいく。
「私達はそれから、話し合って―――そうして、一つの答えを見つけたんです」
何だか、聞いてはいけないような気がした。聞いては戻ってこれないような気もする。
だけれどももう逃げることは出来なくて。僕は不安定な足場にいながら最大の問題に立ち向かうんだろう。
そうして、まるでスローモーションかの様に僕の耳に一言ずつ入ってくる。
「だったら、私達のことしか思えないようにしたらいいんじゃないでしょうかと」
「っ、そうなんだ。でも無理じゃないかな?僕にどうやって――」
「ええ。ですから、ある方法を利用したのです」
「ある、方法?何それ、どういうこと?」
僕は問いただすように聞く。すると三人がゆっくりと僕に向かって笑いかける。
けれどその笑みは笑っているように見えなくて。瞳が引き込まれそうなほど光を写して居なかった。
そうして、穂乃果ねぇが口を開く。僕に教えるかのように、一言一句をしっかりと。
「それはね。洗脳したんだ。みーくんを、監禁して」
「え、あ、え」
言葉が出ない。聞き間違いだと、僕の意思が言うけれど。それは本当のことで。
僕の理解が追い付かないうちに、次々と話し始める。
「みーくんは穂乃果達と急に遊ぶようになったって言ったよね?その間の記憶ってあるかな」
「ない、よ。昔の記憶だし、覚えてない」
「だよね。でもその時はね、学校にいる以外はずっと穂乃果達といたんだよ?みーくんのお父さんもお母さんもよく仕事で帰ってくることあんまりなかったもんね」
「その間に?僕が受けたって言うの?おかしいよ、僕が受けたならそのときだって覚えてたはずだし。それにどうやってそんなやり方仕入れたのさ」
「やり方はね、ことりちゃんのお母さんが持ってた本に書いてあったの。最初良く分からなかったけど、とっても効果があるものなんだって分かったし」
びっくりだ。ことりねぇのお母さんが?でも、そう言えば、ことりねぇの家に行った時も父親の姿を見たことがなかった気がする。
泊まりに行った時もそうだったかもしれない。でも言われないと気付くことなんてできない。
そんなこと分かる筈もなかった。
「それに、記憶がないのは穂乃果達がそう決めたからだよ。だから、穂乃果以外の人といると罪悪感とかいろいろ感じるようになって、ずっと一緒にいれるようになったんだ」
「そう、なんだね」
もう、聞いていられなくなりそうだ。まるで僕の存在が否定されるような気分になる。
このまま倒れてしまいそうになるけれど、話はまだ続くようだった。もう、聞きたくもないのに。
ことりねぇが僕の手をつかむ。びっくりして振り払おうとするけれど、体は動かなかった。
「ほら、みーくん今、私の手、振り払おうと思ったけど払えなかったね。ずうっと私達のことを思うようにしてたから拒否できないの」
「っ、そんなの」
「でも、ほんとはね。振り払うことも思わないはずだったの。ことり達は安心して、やめちゃったからかな。高校生になって、μ`sの活動を始めてから少しずつ元に戻って行っちゃったの」
「え?」
「みーくん、高校生になって。私達以外の友達、作っちゃったよね。協力してくれるのも私達じゃなくてμ`s皆のためだったよね」
僕が中学生の性格を変えたんじゃなくて、洗脳が切れ始めてたからそうなっただけってことなんだ。
もう、理解できない。感情がどうにかなってしまいそうなほど、動き回っている。
どうしたら良いのか分からない。分かりたくもない。
もう片方の手を、海未ねぇに握られる。僕はもう抵抗する気もなかった。
「私達はそれに気付いた時にはもう、遅かったのです。湊の言っていた悪い癖と言うのは、徐々に解けかけている合図でしたから」
「僕の、悪い癖?それって―――」
「そうです。現実逃避する癖。それは、元の意識が戻ってきているということです。いわゆるペンキがはがれ始めているという物でしょうか」
「あ、え」
僕の人格は作られたものってこと?じゃあ、僕の元はどこに行ったんだ。
そもそも僕は僕なのか。僕は―――。
「私達はどうにかしなければ、また離れてしまうと思っていました。現に私達が朝いかなければ会わない日だってあったのですから。でも嬉しい誤算もありました」
「誤算?どういうこと?」
「μ`sの皆さんが少なからず、湊に好意を抱いている。それは私達からしたらまたチャンスが出来たということです」
「チャンスって……皆が頷いてくれるわけないでしょうに」
そう自虐的に言うと、穂乃果ねぇが僕の胸に抱き着いてくる。満面の笑みはいつも見た穂乃果ねぇの笑顔で。でも、笑っていないようにも見えて。
僕は、どちらを信じればいいのかわからない。そう思っていると、ことりねぇにさらにきつく握られる。
「私達は皆に言ったの。しっかり昔のこともちゃんと伝えて。それで、皆が争っている間に、どこかに行っちゃうかもーって」
「どこかにって……。僕はそんな事しないよ」
「そうかなぁ。でも皆はそう思わなかったみたい。誰かに奪われるぐらいならって皆が協力してくれたの。でも、そうだよね。いなくなっちゃったら、私なら死んじゃうもん」
「ことりちゃんだけじゃないよ。穂乃果も、海未ちゃんも、皆そうだよ。みーくんがいなくなるなんてありえない。いなくなるなら、死んじゃったほうがいいよ」
「っ、じゃあ、あの僕の家に泊まる出来事も?」
僕の家に泊まる引き金になった出来事。僕が気を抜いていたからか分からないけれど、A-RISEの表紙を見てしまった時のことだ。
あれも協力して、仕組んでいたってことだろうか。
「かよちゃんに持ってきてもらったんだ。本当はきっかけなら何でもよかったんだよ?」
「そっか。通りで皆の反応が早いはずだ」
元々その日に決行することは決まっていて。僕がたまたま表紙をほめたからなんだろう。
と言うことは、どうやろうと逃げれなかったんだろう。
それを考えているうちに僕はどれが仕組んだものなのか分からなくなってきてしまった。
「ほんとはね。最初に泊まった時、みーくんを元に戻そうとしたんだ。でも失敗しちゃったから、皆にかわりがわりで来て貰うことにしたの」
「それって、僕がことりねぇに抱き締められた時の?」
「そう。直接、今まで通りで大丈夫かなって思ったんだけど。穂乃果が思うよりみーくんは離れてちゃってて。だから時間を決めて交代することで、刷り込む形に変えたんだ」
僕の中の穂乃果ねぇの像が壊れていきそうだ。もっとピュアなはずだったのに。
僕の知らないところで皆は変わってしまっているんだということを知ってしまった。
そう思っている間に、三人ともまるで宝物を扱うかのように、ぎゅっと握られてしまい。僕を上目遣いで見るかのような感じになってしまっていた。
僕は少し後ずさりする。体に必死で逃げようとしても動かなかった。
「ねぇ、みーくん。穂乃果、最初に言ったよね?ずっと傍にいるって」
「私達、もうみーくんがまた離れてほしくなんてないんだよ?」
「湊はどこにも行きませんよね?」
「っ、僕は」
今更、戻りたいと思うのは過ぎたことだろうか。希先輩の占いも仕組まれてたのかな。僕は僕何だろうか。皆は僕の何を知ってるんだろうか。僕は逃げたいのだろうか。
体は動いてくれない。感情がもう定まってくれない。頭が痛い。僕は元に戻りたいんだっけ。元に戻るってなんだっけ。
僕は、僕は、僕は。
僕はこんなこと望んでないのに。
「――――――」
「え」「うそ」「みーくん?」
「みーくん」「私の」「好き?」
「どうして」「どこに」「逃げ」
「どこ」「カエルの」「ミークン」「ネエ」
声がぶつ切りでしか聞こえない。認識できない。ここにいたくない。僕じゃない。僕のことが好きなんじゃない。
僕の姿をしたダレカを好きなんだ。死にたい。死ねば、誰かが肩代わりしてくれるのかな。
逃げたい。逃げたい。逃げたい。逃げたい。楽になりたい。
言えば楽になるのかな。じゃあ、言ってしまおうかな。
「ぼくはきらいだ。ぼくじゃないぼくがすきなら。ぼくはみんなきらいだ。きらいなんだ」
「そっか。残念」
「え」
後頭部に何か痛みが走る。立てなくなって、倒れる。意識が朦朧とする。
ぐらりと横になった世界に、うっすらと皆が見える。何か話している。聞こえてくる。
「穂乃果は焦りすぎなのよ」
「ごめんね、皆。失敗しちゃった」
「えりちはずっと心配してたもんなぁ。ばれるんやないかーって」
「凛もそう思うにゃ。わざと中学生の時の映像を残すなんて勘ぐられたら終わりにゃ」
「うう、そうかなぁ。みーくんのことだから大丈夫だと思ったんだけどなぁ」
「そ、それより。みーくん大丈夫かなぁ。け、結構強かった気も」
「大丈夫じゃない?死ぬような殴り方じゃないし。て言うか死なせるわけないじゃない」
「で、でも。真姫ちゃん」
「わかったわよ」
「てか、殴って倒すなんて結構野蛮よ。にこ、びっくりしたじゃない」
「し、仕方ないじゃない。希が私が一番運がいいからって」
「んー?そんな事いったやろかー?」
「ち、ちょっと!」
「にしても、湊はほんと可愛いわねぇ」
「もー絵里ちゃんがいなくなったから、あの時は焦ったよー。私急いでみーくんに電話したんだから」
「ごめんね。ちょーっと抜け駆けしちゃった」
「ほら、皆さん。喋ってないで湊を運びますよ。誰かに見られるかもしれません」
皆が返事をして、僕を持ち上げる。抵抗したいけれど、力が入らなくて。
僕は、そのまま気絶してしまった。
日差しがまぶしい。ゆっくりと目を開ける。いつものように、僕は目覚まし時計を見る。
時刻は七時を少し過ぎたぐらいだ。ゆっくりと目を開け、布団から出る。
眠気眼のまま、僕はリビングに向かう。そこにはいつもの様に料理をしている、穂乃果ねぇ達がいた。
「おはよう。穂乃果ねぇ、海未ねぇ、ことりねぇ」
「あ、みーくん。おはよう」
「おはようございます。湊」
「みーくん、おはよー!」
僕は席に座る。もう準備は終えていて、後は僕を待っていたみたいだ。
僕が席に着くと、すぐに三人とも席について。
いただきますと号令をしてから、食べ始める。ここから僕の一日は始まっていく。
会話をしながら食べ、片付けをして。歯を磨きに行く。
歯を磨いている際、何気なく洗面台を見る。
しっかりと色分けされた九つの歯ブラシがそろっていて綺麗だった。
全員で支度を終え、家を出る。
学校に行く途中の分かれ道まで、一緒に登校する。
僕達は皆と他愛のない話をする。
「あ、そう言えば、食材もうなかったっけ。真姫ちゃん達と買い物に行ってこなきゃ」
「それじゃあ、穂乃果達が伝えておくね」
「うん、お願い。早く終わったら迎えに行くって言っておいて」
「はーい」
「ねぇ、みーくん。私、お願いがあるんだけど……。今度の日曜日ショッピング付き合ってくれない?」
「いいよ、ことりねぇ。てか、多分海未ねぇと穂乃果ねぇも一緒でしょ?何か買うの?」
「水着買いに行くの!」
「ええ!き、聞いてませんよそんな事!」
「だって言ったら海未ちゃんこないじゃん」
「そ、それは……」
どうやら図星だったようで、言葉が尻すぼみになる。
それが可笑しくて、笑ってしまう。
すると、ことりねぇが僕をうるんだ目で見ている。なんだか嫌な予感がする。
「ねぇ、みーくん。キス……してほしいな?」
首をかしげる。その仕草に顔を赤くしてしまう。
僕は未だにこういうことは慣れていない。
「ずるいよー!ことりちゃん!」
「こ、ことり。その、人の往来がある場所では……」
「だ、駄目だって。そういうのは」
僕は声が裏返りそうになるが何とか押しとどめる。そう言うと残念そうに、従ってくれる。
何とか、助かったらしい。
僕らは、また歩いていく。学校との分かれ道が近付いて来たとき、穂乃果ねぇが僕に告げた。
「みーくん!これで元に戻ったね!」
僕にはどういう意味だか分からなかった。