ブラック・ブレット【閃剣と閃光】   作:希栄

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第八話

病院に着く頃には、蓮太郎は完全に意識を失っていた。だが、医師の話によれば命に別状はないとの事なので一安心。

 

病院の待合室で座っていると木更が息を切らしながらこちらに走ってきた。

 

そして水晶は全ての出来事を話した。蛭子影胤ペアが現れたこと、彼等にケースを持ち去られてしまった事を。

 

「そう…」と視線を落とす木更だが、明らか耳に入っていない。

 

察しはできる、蓮太郎が心配なのだろう。

 

「ごめんね。ケースも蓮太郎くんの事も…全部私の責任」

 

「う、ううん。水晶ちゃんが悪いわけじゃないわ。逆に……感謝してる。里見くんを助けてくれてありがとう」

 

水晶に頭を下げた木更は、八葉にも礼を告げて頭を撫でると足早に蓮太郎の元へと向かって行った。

 

その背を見つめる八葉は嬉しそうに撫でてもらった頭に手を置く。

 

「ありがとう。だって……えへへ」

 

と、小さく呟く八葉。

 

確かに感謝されたのなんて久しぶりだな。

 

そんな時、「あ!」と何かを思い出したように水晶が声を上げる。

 

「どうしたの?」

 

「菫先生の所に行かないと。そろそろ整備も終わったはずだし」

 

そう言い歩き出すが、少し歩いた所で八葉の足どりが遅いことに気がつく。更に、八葉は目をこすり小さなあくびを一つ。

 

水晶は携帯の画面を開くと今の時刻を確認。既に午後11時を回っていた。

 

眠たいのも無理はない。

 

「はい」

 

八葉に背を向け膝を折る水晶に、八葉も察しがついたのか黙ってその背中に体を預ける。

 

「…よっと」

 

水晶が背負うと、ものの数秒で寝息をたて始めた。

 

「お疲れ様、八葉」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

水晶達が立ち去ってから少し立った頃。

 

蓮太郎が意識を取り戻し、木更と話しをしていた。

 

「お帰りなさい、里見くん」

 

「………おう」

 

会話が長いこと続かない。僅かに蓮太郎の表情が曇っているのに、木更は気がついた。

 

「今回の事、里見くんだけの責任じゃないわ。私も考えがあまかった。それより、今は命がある事を喜ばないと。水晶ちゃんと八葉ちゃんにあとでお礼を言うの忘れないでね」

 

もしかしたら今も生死をさまよっていたかもしれないんだから。と冗談めいた木更の呟きであったが、正直冗談じゃすまないなと蓮太郎は冷や汗をかく。

 

そんな時、ふと水晶が助けに現れた時の事を思い出す。

 

「なあ、木更さんは神澪流剣術って知ってっか?」

 

蛭子影胤の斥力フィールドをも圧倒していた剣術が蓮太郎の意識の中でズームアップされる。

 

だが、木更は硬直するだけだった。

 

「何で里見くんがその名前を……」

 

「いや、さ。俺が殺されかけてた時に水晶がそんな流派を使ったのを聞いたから……。って、そんなに驚くようなもんなのかよ?」

 

蓮太郎にしてみれば、木更がここまで驚いていることの方が、驚きだった。

 

これでも一様自分も武道を極めている内の一人。それなりに他の武術や流派の知識もあるつもりなのだが、神澪流などと言う名前は聞いたことがないのだ。

 

黙っていた木更だったが、やがて諦めたように重たい口を開いた。

 

「……神澪流剣術。昔、私も助喜与師範から一度だけ聞いたことがあるわ。『継承する事を許されぬ神速の殺人剣』とね」

 

「なっ…!そんな物騒なもんを水晶が使ってるってのか!?」

 

「だから驚いたんじゃない。それにこの流派はすでに滅びているって聞いていたから…。でも、里見くんが言うのだから間違いはないでしょうね」

 

「マジか…」

 

確かにあの時の水晶の剣術は卓越したものだった。

 

洗練された剣技、流れるような体さばき。その全てが絶大な力を持っていた。あの影胤の斥力フィールドを一刀両断したのがそれを証明している。

 

故に信じられない。

どうして彼女のような強者が今まで無名だったのか。

 

「なぁ木更さん。水晶ってまだ民警になって日が浅いんだよな?」

 

その蓮太郎の問いかけに不思議そうに眉をひそめる木更。

 

「え、ええ。本人も言っていたし、ライセンスも新しかったから本当よ」

 

蓮太郎は木更の返答に疑問が浮かぶ。

 

確かにそれは知っている事だし、疑い様のない事実だ。だが、______本当にそうなのだろうか?

 

「どうしたの?里見くん」

 

沈黙している蓮太郎に木更は首を傾げる。

 

「………もしかしたら、あの二人は俺たちが思ってる以上にやばいかもな」

 

「やばい?…今までに多くの実戦経験があるってこと?」

 

木更の出した訝げな声に、驚きの色が混じった。

 

「ああ。なんつーか、雰囲気が、な……。影胤や小比奈は一目見て危険だ、って思えたんだけどよ、水晶たちは違うんだ。あれは幾つもの修羅場を乗り越えてきて地獄を知ってるような…そんな濃密な殺気を静かに纏ってた。……正直、勝てねえって思ったよ」

 

蓮太郎の声に混じっていた微かな戦慄に、木更は「そう…」としか返せない。

 

「まあ、でも今は先に怪我を治さないと。そういう細かい事は全部終わってから考えましょう」

 

「……わかってんよ」

 

天井を見つめたまま答える蓮太郎に「一度戻るわね」と声をかけて、木更は病室を出て行った。

 

一人残された蓮太郎は、なおも真剣な眼差しで、天井を見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

顔を引きつらせて立っているのは水晶。なぜそんな状態なのかと言うと___。

 

目の前で屍のように倒れ伏している知人の対処に困っているからである。

 

つい先ほど、いつも通りこの不気味な部屋に足を踏み入れると共に、グニャっとした不快な感覚が足に走った。聞き覚えのある「ぐえっ」と情けない声も聞こえ、恐る恐る下に視線を移すとぴくりとも動かない菫がいたのだ。

 

____とどめを刺したな。

 

そう水晶は直感した。

 

そして、今に至ると言う訳だ。

 

「……おーい、せんせー、しっかりー」

 

眠っている八葉をベッドに横たわせながら、生ける屍となった菫にそう述べる。

 

菫はやがて弱々しい表情で首だけゆっくりとこちらに向け、切れ切れな声を出した。

 

「き、禁断症状が、出てしまったようだ、水晶」

 

「禁断症状?」

 

「ああ。二日以上解剖出来ないと死に至る症状だ」

 

「………わあ、それは大変だー」

 

何一つ心のこもっていない言葉を告げる水晶を気にもせず、菫は更に言葉を重ねていく。

 

「ここは友を救うと思って、ぜひ君を解剖させてくれ。なに、心配はいらないよ。痛みを感じないまま、永久の眠りにつくだけのことさ。身体はばらばらだろうがな」

 

「ハハッ、そうですか。なら、私が死んだら友として先生があの世に来るようにお手伝いします。絶対に未来永劫呪い続けてあげますから」

 

絶対に、を強調しながらニコリと笑う水晶に、さすがの菫も危険と感じたのかスクッと立ち上がると後ろ頭をかく。

 

「冗談だよ。しかし、君ぐらいだぞ、私の冗談が通じない相手なんて」

 

降参だ。と言わんばかりにわざとらしく手を上げる菫。

 

「何言ってるんだか…。本当に拍車のかかった先生の冗談に勝る何て無理ですよ」

 

これは水晶の本音。

菫は日常茶飯事で冗談をつく。それも、拍車がかかればかかるほどたちが悪いのが難点だ。今では付き合いが長いので慣れてきたが、それでも時々音を上げるし、頭が痛くなる。

 

「ほら」

 

「えっ…?おわっ、ちょっ…!」

 

ポイっと粗末に投げつけて来た物を、水晶は危なげなくキャッチした。

 

「白桜に黒椿じゃん。終わってたんだね先生」

 

「ああ。斬れ味から錆び、ほころびまできっちり直してやったぞ」

 

「あれ?珍しく“完璧”って言わないんだ」

 

「当たり前だ。君の刀は名刀中の名刀だぞ?私の名誉の為に、不用意に手は出したくないね」

 

そんな事気にしない癖に。と、内心思いつつも声に出さない。整備し終えた愛刀を軽く何度か振っていると、菫がパソコンと向き合いながら手招きをする。

 

水晶は彼女の元へ行くと、パソコンの画面を覗き込む。

 

「さて、ここからもう一つの本題といこう。君や蓮太郎くんが何度も接触し、全ての元凶となっている蛭子影胤だが、ライセンス停止処分時の序列は百三十四位。更に彼は私を含む他二人を統括していた四賢人最高責任者、ドイツのアルブレヒト・グリューネワルト教授から斥力フィールドを授かっている。君は直接体験したからわかっているだろうが、斥力フィールドは攻防どちらにも使用できる厄介な代物だ。蓮太郎くんもだが…本調子ではないはずなのによく生きていたものだな」

 

「向こうの裏をついた、とだけ言っておくね。それで、向こうのぐ、グルュ…グリュ____」

 

「____グリューネワルトだ」

 

「そうそう!その教授は先生より凄い人なの?」

 

先ほどからグリューネワルト教授の説明を聞いているが、その言葉から見え隠れしている尊敬に近いものを水晶は感じていた。

 

「まあな。我々は四賢人などと呼ばれているが私と他二人と比べても、グリューネワルト翁は上だったよ。以前彼の機械化兵士計画のノウハウを盗もうと図面を見たが、一部、理解できないところがあったほどだからね」

 

やれやれ、と菫は顎に手を当てる。水晶はと言うと、そうなんだと逆に感心してしまっている始末だ。

 

「それで、その天才さんが作った斥力フィールドに欠点とかないの?さすがにアレを破り続けるのは疲れます」

 

「欠点何て簡単にあるわけないだろ。第一、アレは対戦車ライフルの弾丸は弾けるし、工事用の鉄球も止める事ができるんだ。それをいとも簡単に破った君が言うのは嫌味にしか聞こえないぞ」

 

「い、嫌味って…」

 

「……先ほど、聖天子様から伝えられたが、あのケースの中身は、ガストレアのステージⅤを呼び出す事ができるなんらかの触媒との事だ」

 

突如述べられた事に水晶は反応を示せないでいた。ただ、頬を汗が伝い落ちるのだけがわかった。

 

「ステージⅤって、世界を滅ぼした十一体のガストレアのこと?」

 

「そうだ」

 

ようやく話が理解できたのか水晶は驚くどころか、酷く落ち着いている。

 

「驚かないんだな」

 

「もう驚くのには疲れちゃいましたから…。でも、先生も人のこと言えないじゃないですか。どう見てもいつも通りの先生です」

 

「いや、何を言う。凄く驚いているよ、それも泣き叫びたいほどね。ただそれを表にださないだけでな」

 

この人は…。肩を竦める水晶だったが、「まあ、その心配も杞憂に終わるだろう」と言う菫の方に不思議そうに視線を移す。

 

「君がいるなら、心配は無用だからね」

 

ニヤリと意地悪そうに笑う菫に、水晶はただただ唖然としていた。ハッと我に返ると、

 

「……寝ぼけた事はあまり言わないで」

 

そうとだけ返答する。

 

「寝ぼけてなんかいないさ。____だが、もし“力”を使うならしっかりと考えて使うんだ。薬もちゃんと飲め、でないと…手遅れになる可能性もあるんだぞ」

 

「わかってる。先生は____」

 

「____いいや、わかってない」

 

心配し過ぎ、その言葉を言い終える事なく遮られ水晶は驚いたが、それ以上に菫の鋭い眼が本気だと物語っていた。異様な威圧感に思わず息を飲む。

 

「いいか?過去と今すぐ向きあえとは言わない。だが、変わろうとしなければ何も変わらないんだ。それに、もし君までいなくなれば八葉ちゃんはどうなる。彼女を一人ぼっちにさせるつもりなのか」

 

「………」

 

「なあ水晶。君が我々人間を許せないのはわかる。憎むのもわかる。だが、そろそろ前を向いて歩け、立ち止まってても何もないぞ」

 

水晶の中で様々な思いが交差し、やがて口を開いた。

 

「先生……私は別にそんなつもりはないの。ただ_____」

 

「ただ?」

 

首を傾げる菫に対し、水晶は微笑むと「…何でもありません」とだけ答えた。

 

そして、踵を返すと八葉を背負い、部屋の出入り口へと向かう。

 

その去り際、

 

「色々とありがとう、先生。心配してくれるのは嬉しいけど…本当にわかってるから大丈夫。八葉を残してはまだ死ねないからさ…」

 

じゃあ、と手を振りその場を後にする水晶。その後ろ姿を見送る菫はため息を吐くと、もう一度水晶が消えた出口へと視線を戻す。

 

「『まだ死ねない』か……」

 

どこか哀しげな呟く言葉に、部屋の静寂が更に追い討ちをかける。

 

「……何もわかっていないじゃないか」

 

 

 

 

 




久々の投稿となりました。

本当に遅くなってすみません…、ここ最近色々とありまして…。
ですが、感想を頂いていたので凄く嬉しかったです!

これからは地道に頑張っていきたいのでよろしくお願いします。

また、感想やアドバイスなどがありましたらそちらの方もよろしくお願いします。

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