ブラック・ブレット【閃剣と閃光】   作:希栄

6 / 11
第六話

『楽にしてくださいみなさん、私から説明します』

 

誰一人着席する者はいなかった。

いや、当たり前か。このエリアの統治者を前に座る度胸のある奴はいないだろう。

 

『依頼内容はとてもシンプルです。みなさんに依頼するのは、昨日東京エリアに侵入して感染者を一人出した感染源ガストレアの排除です。もう一つは、このガストレアに取り込まれていると思われるケースを無傷で回収してください』

 

そう言うと同時に、パネルの一角にジュラルミンシルバーのスーツケースが映し出され、横には成功報酬が表示さらていた。

だが、その報酬額の高さから周囲がざわつく。

 

全て先程聞いた話と同じだ。でも、やはり気になる点も幾つかある。

 

「回収するケースの中にはなにが入っているか聞いてもよろしいですか?」

 

挙手をするのは天童民間警備会社、社長の天童木更であった。

 

思わず水晶は感心する。よくこの中で聞けるものだ。

 

『おや、あなたは?』

 

「天童木更と申します」

 

一瞬、聖天子は驚いたような表情を見せたが、すぐに切り替える。

 

『……お噂は聞いております、天童社長。ですがそれは依頼人のプライバシーに当たるので当然お答えできません』

 

「納得できません。感染源ガストレアが感染者と同じ遺伝型を持っているという常識に照らすなら感染源ガストレアもモデル・スパイダーでしょう。その程度の敵ならウチのプロモーター、一人でも倒せます」

 

「……多分ですけど」と不安げにボソッと呟く木更に、蓮太郎の頬は引きつっていた。

 

水晶は木更に視線を移す。

どうやら、彼女はこの中でもかなり頭が切れる人物のようだ。聖天子を目の前にして一歩も引かない度胸も中々である。

 

そこで水晶は突然眉を寄せた。微かだが、血と硝煙の臭いがするのに気づいたからだ。

 

「水晶」

 

隣にいる八葉も気づいていたのか険しい表情のまま、ある一点を睨みつけていた。

彼女の鼻や聴覚、視力の良さは尋常ではない。その彼女が察知している時点で全てが明確であった。

 

____この部屋に邪魔者がいるという事が。

 

水晶は今だ言い争っている二人の間に割って入るように静かに手を上げた。

 

さすがの聖天子も驚きで目を丸くしていたが、気にせず声を上げる。

 

「お二人共、一旦落ち着いて下さい。今はこの場に居るべきでない侵入者をどうにかしましょう」

 

そう言い終えると同時に、腰のホルスターから拳銃を抜き、八葉の睨みつけていた空席に向けて躊躇なく引き金をひく。

 

しかし、銃口から放たれた銃弾は明後日の方向へ跳んでいった。

わかっていた事だったが、無意識にチッと舌打ちをする。

 

突如甲高い笑い声を上げる赤黒い燕尾服のシルクハットを被った仮面男が空席であった椅子に座っていた。

 

「いやはや、気づかれてないと思っていたが……やはり君には無理だったようだね。こんにちは、神澪さん」

 

影胤はシルクハットを抑えながら、体を反らせて跳ね起きると卓の上に立つ。

 

そんな男を誰もが唖然としながらそれを見守っていた。

 

影胤は卓の中央で立ち止まり、聖天子と相対する。

 

「お初にお目にかかるね、無能な国家元首殿」

 

そう言うと、彼女に対しシルクハットを取って深々と頭を下げた。

 

「私は蛭子、蛭子影胤という。端的に言うと君たちの敵だ」

 

不気味な笑みを浮かべて述べる影胤に対して、蓮太郎はXD拳銃を構えて、銃口を影胤に合わせる。

 

「お前ッ……!」

 

「おお、元気だったかい里見くん」

 

その一言で前に二人が何らかの形で接触していたことが分かった。それと同時に学生服の男が室戸菫の話によく出てくる、里見蓮太郎である事が推測出来た。

 

この人が噂のロリコンなのかな…。

 

色々考えていると蓮太郎の声で現実に戻される。

 

「どっから入ってきやがった!」

 

「フフフ、ちゃんと正門からお邪魔したよ。ただ……寄ってくるうるさいハエみたいなのは、すべて殺させたけどね。おお、そうだ!この機会に私の娘も紹介しておこう。おいで、小比奈」

 

「はい、パパ」

 

蓮太郎が振り返るより先に蓮太郎と木更の脇を少女が小走りで走り去っていく。

ウェーブ状の短髪、フリル付きの黒いワンピース。とても見覚えのある少女の腰に交差して差された二本の小太刀の鞘口からは血が滴っていた。

 

「………やっぱりあの子だったか」

 

水晶は頭を抱える。ここに来るまでにあの子は人を殺してきたのだ、それが何故か悔やまれた。

 

卓の上に難儀しながらも登った小比奈は、影胤の横に来てスカートをつまんで辞儀をする。

 

「蛭子小比奈、十歳」

 

「私のイニシエーターにして娘だ」

 

小比奈がこちらを見ると不気味に笑う。どうやら八葉に気がついたようだ。

 

「パパ、八葉がいるよ。斬っていい?」

 

「よしよし。だがまだダメだ、我慢なさい」

 

「うぅー…」と残念そうな顔を浮かべる小比奈に対し、八葉も八葉で今にも飛びかかりそうだった。

 

「水晶、どうする?殺るならいつでもいいよ」

 

確実に殺れる自信があると言わんばかりに八葉は戦闘態勢に入る。

 

「こらこら。そんな物騒な事言わないの」

 

コツンと頭を軽く叩くと続けて言葉を重ねた。

 

「それに、全力で戦うのは禁止してるハズだよね?」

 

静かに呟く水晶の言葉に八葉はビクリと体を震わせ「はい…」と反省の色を見せる。

 

「ここになんの用だ…ッ」

 

「ああ、挨拶だよ。私もこのレースにエントリーすることを伝えておきたくてね」

 

「エントリー…?」

 

不意に、水晶は呟いていた。

 

「『七星の遺産』は我らがいただくと言っているんだ」

 

『七星の遺産』という単語に、先に依頼を聞いていた水晶でさえ顔をしかめる。

 

聖天子も観念したように目を伏せた。

 

「おやおや、本当に何も知らされないまま依頼を受けさせられようとしていたんだね。簡単に言えば“大絶滅”を引き起せる封印指定物だよ」

 

予想もしていない事に目を見開く。ただの仕事ではないと思っていたがこういう事だったのか。

 

そんな時、一人の男の怒声と金属音が空気を変える。

 

「黙って聞いてりゃあごちゃごちゃとうるせぇんだよ!!テメェが死ねばいいんだろ?」

 

声の主である伊熊将監はバスターソードを握り直したと思うと、瞬時に影胤の懐に潜り込んでいた。

 

「ぶった斬れろや」

 

影胤に向かって振り下ろされるバスターソード。

 

その眼前に、水晶が割り込んだ。

将監の巨剣と水晶の腕が交差する。辺りに巨剣の鈍い音は鳴らず、代わりに生じた音は床を鳴らす落下音。

 

何が起こっているのかを確認するように周囲の人間が見たもの。

 

それは、投げ落とされうつ伏せにひっくり返された将監の右手首を摑み、肩口を抑え込んでいる水晶の姿だった。

 

「もう少し冷静になりましょうよ。相手との力の差が分からないわけじゃないでしょ?」

 

水晶は将監を組み伏せたまま、そう述べる。

 

「ってぇなテメェ!何邪魔してくれてんだよ!あぁ!?」

 

「落ち着けって言ってるんです。考えなしに突っ込んでも痛い目を見るだけだとね」

 

「はあ?おもしれぇ……望み通り先にテメェから相手してやるよ!!」

 

激昂した将監が腕を乱暴に振り払い、拳を繰り出そうとしたまさにその時。

 

「下がれ二人共!」

 

その一喝で全ての意図を理解する。

 

___何やってるのよ!バカッ!

 

止めたいものの、全員が引き金を引く手前であった為に後退した。

 

直後、一斉に放たれた銃弾はドーム状のバリアに当たると雷鳴音と共にあさっての方向に弾き返される。

 

全ての弾丸を吐き出し尽くした後には硝煙のきついにおいだけが漂っていた。

数人、運悪く跳弾が当たった人間の姿も確認できる。

 

だから冷静になれと言ったのに。水晶は嬉しそうに両手を広げる影胤に視線を移す。

 

「斥力フィールド。私は『イマジナリー・ギミック』と呼んでいる」

 

「………バリアだと?おまえ本当に人間なのか…!?」

 

恐る恐る尋ねる蓮太郎の言葉に影胤はニヤッと笑いながら答える。

 

「人間だとも。ただこれを発生させるために内臓のほとんどをバラニウムの機械に詰め替えているがね」

 

機械?もしかして…。

 

「改めて名乗ろう里見くん、神澪さん。

私は元陸上自衛隊東部方面隊第787機械化特殊部隊『新人類創造計画』蛭子影胤だ」

 

ガストレア戦争が生んだ、対ガストレア用特殊部隊。その一人が今自分の目の前にいる。

ざわめきは瞬く間に広がった。

 

「おや?君はあまり驚かないようだね」

 

欠片の焦りも動揺も顔に浮かべることなく、平然とした表情の水晶は、

 

「こんなご時世に今さら驚く事なんてないわよ」

 

平坦な口調で答える。

 

影胤は「ほう」と仮面の奥に覗かせる口角を僅かに上げた。

 

「まあ、今日はこれで失礼させてもらうよ。あぁ、そうそうこれはキミにプレゼントだ」

 

影胤は手品の要素で一つの包装された箱を取り出し、蓮太郎の前に置く。

 

「絶望したまえ民警の諸君、滅亡の日は近い。それでは、ごきげんよう」

 

二人は何事もないかのように窓の外へと飛び出した。

 

痛いほどの静けさの中、凛とした声が空間を支配する。

 

『みなさん、私から新たにこの依頼の達成条件を付け加えさせていただきます。あの男より先にケースを回収してください。でなければ、あの男の言った通り東京エリアに大絶滅が引き起こされます』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、全ての民警が帰って行く中、水晶と八葉は二人の人物に声をかけられていた。

 

「あのー…何か用ですか、蓮太郎くん、天童社長」

 

黒髪の少女は少し顔をしかめる。

 

「天童と呼ばれるのは好きじゃないの、木更って呼んでもらえる?」

 

「あ、はい。じゃあ、木更たちは何が聞きたいのかな?」

 

その水晶の言葉に二人は互いに顔を見合わせて目をぱちくりしていた。

 

「_____蛭子影胤のこと…だよね?」

 

驚愕する蓮太郎、だが木更は真剣な面持ちになるとこう切り出してきた。

 

「情報を提供してもらえないかしら?」

 

「その情報を提供して、私たちに何かメリットはあるの?」

 

あちらもさる事ながら、水晶もかなり頭が切れるようでタダで情報を売る気はないようだ。

実際、東京エリアに危機が迫ってるこの状況であえてそれを逆手にとっている。

 

「んーそうねぇ、見たところあなた達はフリーの民警よね?なら、私たちの所で働かない?」

 

「新人を勧誘ですか…足手まといになるかも知れませんよ?」

 

「新人!?あの強さでまだ成り立てって事なの!?でも、それにしては随分物知りだった気が…」

 

木更に詰め寄られて水晶は目を泳がせた。

 

「ま、まあ…色々あって引退してたんだ」

 

疑り深いのか、木更はこちらをじろじろ見てくる。深い事まで聞かれないのは嬉しいがこれはこれで嫌なものだ。

 

「はい、これ」

 

八葉は成り立てだと証明する為に書類の入った袋を見せる。_____と、

 

目にも留まらぬ早さで木更が奪い取り、その全てにサインを行う。

 

蓮太郎、水晶、八葉は口を半開きの状態で固まっていた。

 

書類のサインを済ませると満面の笑みで「これからよろしくね」と力強い握手を。

 

「有能な社員ゲット〜」

 

はしゃぎながら夕陽に消えていく木更の後ろ姿と、可哀想にとでも言いたそうな蓮太郎の瞳が忘れられない。

 

「じゃあ、これが会社の住所と俺たちの連絡先。……まあ、何はともあれよろしくな」

 

そう言い残し、木更の後を追う蓮太郎。

 

「「……………」」

 

残された二人はただただ黙って、風にもて遊ばれるメモを見つめていた。

 

 

 

 

 

 




遅くなって申し訳ありません!

最後は若干無理矢理な木更でしたが、ようやく木更と蓮太郎とからめました。

感想やアドバイスなどありましたら、よろしくお願いします。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。