ブラック・ブレット【閃剣と閃光】   作:希栄

4 / 11
第四話

「なんでこんなとこにいるんだろ……私……」

 

目の前に立っている真っ白な建築物を見上げながら水晶はそう呟く。

 

建築方法はネオ・ゴシックというのだろうか。水晶はそういう美術関係はからっきしダメなのであまり感動を受けることはなかった。

 

何故ここにいるのかというと、今朝の事だ。

いつものように全ての日課を終え、学校に向かおうと家を出た時______そこには黒服の男性がいた。

 

「失礼ですが、神澪水晶さんですか?」

 

「はいそうですけど…なにか…?」

 

そして、(半ば強制的にだが)黒塗りのリムジンに乗せられてここまで連れられて来たのだ。

 

あの時、リムジンに乗せられた瞬間を目撃していた八葉の唖然とした顔が忘れられない。

 

「ほら、行きますよ」

 

黒服の男性に先導され、聖居内に入る。

 

レッドカーペットが敷かれ、壁に高価そうな絵がかけられた廊下を進む。悪いと思うが無駄にお金をかけすぎだと水晶は心の中で呟く。

 

数分歩いただろうか、先導していた男が立ち止まり「ここで聖天子様がお待ちです」と言って扉の脇に気を付けの姿勢で立つ。

 

水晶は黒服の男を横目にドアノブを回して部屋に入る。

 

部屋は小さく、壁紙は雪のように真っ白。部屋の中央に大理石でできた机と、柔らかそうな高級ソファーが置かれており、そこに一人の純白の少女が座っている。

 

黒い瞳。真っ白いウエディングドレスのような服装。

近寄りがたいほどの美貌の持ち主は、水晶が今いるこの東京エリアの統治者である。

 

「お久しぶりです、水晶さん。立ってないで座ったらどうですか?」

 

聖天子は微笑みながら水晶に着席を促す。

 

水晶は少し緊張しながら聖天子に対面する位置でソファーに腰かける。

想像以上にソファーが柔らかい、まるで雲に座っているような感じだ。

 

「えっと……聖天子様?」

 

「なんですか?」

 

座って早々、水晶は気になった事を聖天子に問う。

 

「私を呼んだのはなぜですか?」

 

嫌な予感しかしないが、恐る恐る尋ねてみると___。

 

「あなたにやってもらいたい依頼があります」

 

「私に……依頼?」

 

「はい」

 

予感的中。そんな事だろうとは思っていたが、即答されると胃に悪い。気のせいか、頭痛もしてきた。

 

「なぜ今頃私に?いや、なんで私何ですか?私が辞めてもう一年は経ちますが、それまで音信不通だったのに今更……」

 

「あなたのような引退した人を呼び戻してでも、成し遂げなければいけない事態にまで陥ってしまったのです。今回の事件は」

 

目の前の自分と同じ年の国家元首は張り詰めた表情をしていた。静まる空間に凛とした声が響く。

 

「あなたが仲間と共に命を賭して守ったこの東京エリア。それが今、“大絶滅”の危機に陥っているのです」

 

「えッ!?」

 

突然の事に思わずソファーから立ち上がる。信じられないと言わんばかりに水晶は目を見開く。

 

「あなたのような人材が今は一人でも必要なのです。もし、あなたが依頼を受けなければ…」

 

聖天子は一度言葉を切り、深呼吸してから続けた。

 

「東京エリアとその市民は地球上から消えてしまう恐れがあります」

 

「………………」

 

「お分かりいただけたでしょうか」

 

わかってる。頭の中では。

 

だが____。

 

「……私は戦えない」

 

「なぜです?」

 

首を傾げる聖天子に水晶は真っ直ぐ視線を向ける。

 

「なぜ?じゃあ、はっきり言いますが今の私が戦いに貢献できるとは、到底思えません!あれから筋力トレーニングは欠かさずやってきましたが、戦闘の方はからっきしです。技量が錆びついてるなどあなたにも目に見えてることじゃないんですか!?」

 

「その事を考慮した上で依頼しているのです」

 

迷いのない真っ直ぐの瞳が、水晶を映し出す。

 

「……あなたは私を買いかぶりすぎなんですよ。昔からずっと…」

 

聖天子はいたずらっぽく笑うと続ける。

 

「あなたの実力はよく知っていますから。その胸の内にある優しい心も」

 

「……………」

 

「それとも、まだ許せないのですか?ご自分の事が」

 

「許すも何も、私の中の時間はあの時のままです」

 

その言葉に聖天子は悲しそうに瞑目していた。やがて、聖天子が次の言葉を発するより先に思わぬ言葉が重なる。

 

「____お受けしますよ」

 

聖天子が驚きに目を見開き、水晶に理解出来ないと言うように視線を向けてきた。

 

「だから、依頼を受けると言っているんです」

 

「もう後戻りはできませんよ?それでも____」

 

「仲間と共に守ったこのエリア、私は何としてでも守りたい。そう思っただけです」

 

「それに、誰か様のご期待にも答えてみたいですしね」と、水晶はニッと微笑む。

 

しばらく聖天子は水晶に呆気をとられて口を開いていたが嬉しそうに微笑むと、すぐに傍らに置いてあったタブレット端末を操作して画像を表示する。

 

「あなたにこれを回収していただきたいのです」

 

そこには銀色のジュラルミンケースが写っていた。

 

「これを?なぜですか?」

 

水晶が質問すると聖天子は目を鋭く細めた。

 

「今、詳しいことは…。後ほど、防衛省まで来てください」

 

と、分厚い封筒を手渡される。中には依頼内容の書かれた紙やリストアップされた数多の民警の名前の紙が。

 

「……一つ質問いいですか?」

 

「どうぞ」

 

「これはつまり、私にどこかの民警に所属しろと?」

 

ヒラヒラと、確認するように民警の名前が載ってある紙を揺らす。

「はい」

 

「……私そういうの苦手なんですが」

 

「水晶さんなら大丈夫です」

 

何を根拠に言ってるんだ、この人。

 

その時、ふとした疑問が生まれる。

ジュラルミンケースを回収する程度の依頼なら、わざわざ自分を呼び戻さなくていいだろう、と。

だが、あえて彼女は自分を呼び戻したのだ。一体何の為に?

 

「聖天子様、ケースを他に狙っている者がいるのではないのですか?」

 

「……………」

 

その質問を聞いたとき聖天子はばつが悪そうに目を伏せる。

どうやら、当たりのようだ。

 

そして、隠しきれないと観念したのか、聖天子は顔を上げ水晶の瞳を見つめ口を開いた。

 

「____蛭子影胤。元民警です」

 

「蛭子……影胤?」

 

その名に思わず眉をしかめる。聞きたくない名を聞いてしまったものだ。

 

「どうかしましたか?」

 

「その人、昨日の夜に会いました」

 

「何処でッ!?」

 

突然の水晶のカミングアウトに聖天子は机から乗り出し、顔を近づけてきた。

水晶はその迫力に気圧されあさっての方向を向きながら頬をかく。

 

「あー……確か、昨日の夜八時頃だったかな。学校帰りに色々あって遅くなった時に背後から声をかけられたんです」

 

「それで?」

 

「私の仲間にならないかって…」

 

「……あなたはその問いに何と答えたのですか?」

 

「断りましたよ。あなたの仲間になるつもりはない。と、はっきり」

 

安心したのか、聖天子は再び落ち着きを取り戻し椅子に座る。

 

すると、扉越しから「聖天子様、そろそろお時間です」との声が聞こえ「わかりました」と聖天子は応えた。

 

視線をこちらに戻すと、表情を引き締める。

 

「私はこれから民警の方々に今回の依頼を述べにいきます。水晶さんはただちに防衛省へ向かい、そこでお渡しした紙に載っている民警から候補を選んでみてはどうでしょう?」

 

普通なら「いや」の二文字で断る所だが、依頼を受けた以上民警の現状を把握する事も大切なこと。

 

「わかりました」

 

水晶は渋々了承した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

聖天子との対談の後、水晶は防衛省まで送ってくれるというリムジンの場所にまで向かう。

 

リムジンが見えてきたと思うと、そのドアの前に荷物を抱え、仁王立ちしている少女に気がつく。

 

「八葉…」

 

水晶の八葉を見つめる瞳が揺れる。民警をやめると言っておいて再びその職務につくと言えば彼女は何ていうだろう。

水晶は複雑な気分になっていた。

 

だが、そんな心配も無用だと言わんばかりに八葉はニッと笑いながらVサインをしてくる。

 

「準備ならバッチリだよ!まあ、体はなまってるかもしれないけど、私は戦える。このエリアを守ってみせる。

水晶、私はとっくに戦う覚悟決めてるよ!」

 

その言葉は張り詰めていた気持ちを和らげた。自然と口角が上がる。

 

「_____ありがとう。なら、もう一度私と戦ってくれる?」

 

「もちろん。私は死の果てまで水晶と一緒にいるよ」

 

二人は笑い合いながら手を繋ぎ、一緒にリムジンの中にへと乗り込む。

 

「えっとー…ブランクは一年くらいだっけ?」

 

「一年と数ヶ月ね。錆びついた技術でどこまで出来るかはわからないけど」

 

昨日の戦闘が不意に脳裏をよぎる。

 

あの時、八葉が来てくれなかったら今頃自分はここにいないだろう。それに蛭子影胤、彼は何かを隠している気がしてならない。

 

水晶は胸ポケットに入れていたものを取り出す。

 

材質はプラスチックで大きさは手のひらサイズ、形状は長方形。

表には水晶の顔写真と細やかな情報が記載されている。水晶が依頼を受けることを承諾した際に聖天子が手渡してきたのだ。

 

なつかしいな、と眺めていると八葉が何かを思い出したように「あ、そうだ!」とこちらに視線を移す。

 

「私たちの序列っていくつになったの?」

 

「確か……八万台からスタートだったような…」

 

「やっぱり、かなり落ちちゃったね」

 

残念と言わんばかりに八葉は短いため息を一つ。

 

「何でもいいわよ。序列なんて、ただ誰が上か下かをはっきりさせておくためのものだし…私たちには関係ないもの」

 

「うん…、そうだよね!」

 

水晶は目の前に置いてある荷物に視線を落とす。

 

そこにあるのは白銀の細長いアタッシュケース。すぐさま開き、中身を確認する。

 

中には衝撃吸収用のクッション、ハンドガンそれと二本の刀が入っていた。

とりあえず水晶はハンドガンを取り出し、銃弾を装填する。手に懐かしい重みが蘇り、ポーチに収納。

 

その後、水晶は二本の刀を手に取る。

先程のハンドガンは苦手な遠距離を補う為の物、これが水晶の得物であり愛刀だ。

 

もう一度…私に力を貸して白桜、黒椿。

 

水晶はケースから刀を取り出すと、右手で柄を握り抜刀しようとするが_____。

 

「あ、あれ?抜けない?」

 

もう一度力を込めて抜こうとするが、ロックがかかっているのか錆びついているのか、うんともすんとも動かない。

 

「抜けないの?しょうがないなー、私に任せなさい!」

 

えへんと胸を張る八葉は刀を受け取ると赤目になり、引き抜く。

メキメキと鈍い音が聞こえたが、それは一旦置いておこう。

 

僅かに錆びついているが、太陽の光に照らされた刀身は白桜なら美しく輝き、黒椿なら妖しく輝く。

 

試しに軽く振る。

 

以前は自分の手が延長したような感覚だったのに……。

 

水晶はため息をつくと、刀を再び鞘に収める。わかりきっていた事なのに情けない限りだ。

 

とりあえず、防衛省から帰ったら整備しよう。

 

 




次回は、木更や蓮太郎が出てくる予定なのでお楽しみに!

聖天子様と水晶の細かい関係はおいおい明かして行きたいと思います。

感想などありましたらよろしくお願いします!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。