朝。
目覚ましが耳障りなアラームを響かせようとした時、時計の上部にあるスイッチに向かって力強く平手が振り下ろされた。
「んっ。んん〜〜〜ッ、ふあッ」
間抜けな声と共に布団がもぞもぞと動き、栗色の髪の少女がはい出てくる。
水晶だ。
隣りでまだ寝ている八葉を起こさぬよう、寝ぼけながら眼をこすり、洗面所へ行き顔を洗う。
タオルで水滴をふき取ってから鏡を見た。
覇気のない瞳、不幸しか呼ばないであろう表情。ニッと笑ってみるが、明らかに作られた笑顔だ。
そういえば、心の底から笑ったのはいつ頃だったかな?そう思いながらリビングに行くとテレビを付けた。
いつものように今日の天気を確認。夕方から雨との事だ。
すっきり目が覚めた所で日課である、ランニングをするためマンションの外に出る。
階段を降り、入り口でストレッチ。入念に足の筋肉をほぐす。
ストレッチが終わったところでいつものコースを巡回するために動く。
町中は、やはり朝が早いという事で通勤する人々や、公園でラジオ体操を行うお年寄りの方々が多い。
呼吸音と、規則正しい足音が水晶を思考の彼方へ誘う。
昨日、菫の所へ行ってから少しずつだが、色々とかみ合わなくなっている。
ガストレア、弾痕、微かな火薬のにおい。この全てが、血塗られた過去をえぐり出す。
すごく不安なのだ。体を動かしていればすぐに忘れるだろうと思っていたものの、一度思い出せば脳からは消せない。芋づる式に思考は加速する。
自分はまた、あの地獄の日々に戻らなければならないのか。また、全てを失うのだろうか。また________。
僅かに呼吸音が乱れ、心臓がはね上がる。
そんな時だ。考え事をしていたせいだろうか、前方に対する警戒が薄れていたらしく前方の自転車に対して反応が遅れた。
「きゃぁっ」
「うおっ、あぶねっ!」
はねられる寸前ではっと気がつき、左側に飛び込んでなんとかかわす。
「す、すまん。怪我はないですか?」
自転車に乗る黒いブレザーを着た高校生が後ろを振り返って謝罪してくる。
「大丈夫です。ちょっと考え事をしてて……」
あはは、と苦笑すると少年は安心したのか、強張らせていた頬を少し緩ませた。
「蓮太郎、蓮太郎!何してるのだ?早くいかないと遅れるぞ!」
「うん?ああ……やべっ!それじゃ!」
自転車の後ろに乗っていたツインテールの少女に急かされ、少年は再びペダルをこぎ始める。
彼らが下って行く坂道を見れば、こちらに向かって走ってくる人影が。
「み、水晶!まだ走ってるの?早くしないと遅刻しちゃうよ!!」
「え…?」
焦る八葉に呆気をとられながら、ズボンのポケットから携帯電話を取り出し画面を叩く。
時刻は午前七時。走り始めて九十分も経っていた
「っ!!!?」
延珠は何かを感じ取ったのか、突然後ろを振り返る。
「ん?どうかしたのか、延珠」
「……いや、何でもないのだ。気にするでない」
「あ、そう」と踵を返す蓮太郎を他所に、延珠は今来た道を見つめていた。
何だったのだ今のは……、異様な気配がしたような…。
坂が視界から消えるまで、延珠は目で追っていた。
終業のチャイムが鳴って、水晶は足速に自宅まで歩く。天気予報通り、空模様が悪くなり始めていたからだ。
しばらく歩いていると、ビルとビルの間にある裏路地の暗がりで複数の人影が集まっているのが見えた。
何してるのかな?
ちょっとした好奇心により、家へと動いていた足を路地に向け進んで行って後悔する。リンチだ。
それもただのリンチではない。『呪われた子供たち』を標的とした集団リンチだ。
リーダーと思わしき筋肉質の男と取り巻き三人が、罵詈雑言を浴びせながら少女を蹴ったり殴ったりしている。
関わりたくないのが本音だが、さすがに傍観していられなくなり、水晶は不良たちへ歩みよりながら、リーダー格の男の肩に手を置く。
「こんばんは。何してるの、あなたたちは?」
「あぁん?何だよ姉ちゃん。見ての通りゴミの始末だよ、用がなかったらさっさと消えな。それとも____」
男が左手を伸ばして水晶の肩を掴み「遊んでやろうか?んん?」と脅し文句のように述べる。
肩をつかまれ、少しイラッとくるが、なるべく平静を装う。
「そうね、少し遊ぼうかな。ただし____」
水晶は男の手を取り、背後に手を回すと関節をきめる。
「喧嘩でね」
男の関節からみしみしという鈍い音が聞こえ「ぐぁぁぁぁぁッ」悲鳴をあげた。
「て、てめぇ!」
取り巻き達の顔色も変わり、たちまち武器を取り始める。バラニウム製のナイフに拳銃、スタンガンのような物を男たちが一斉に構えるものの、完全に素人の構え方。
特に拳銃を持つ男など、こちらを全く狙えていない。
「撃ちなよ」
「は?」
「拳銃を向けるって事は…人の命を奪う覚悟があるんだよね?なら、撃ってみなさい」
水晶の凛とした声が男たちに緊張を与える。拳銃の男はおびえるようにガタガタと震えていた。
「……覚悟がないなら中途半端なことしないでよ」
リーダーの首根っこと右手首をつかみ、足払いをかけ、男たちへ投げ飛ばす。
「うおっ!」
「ちょっ…おまっ」
運よく一番前にいたスタンガン野郎にリーダーがぶつかり二人とも壁に頭を打ち付け気絶する。
そして、慌てる男たちを尻目に拳銃の男の懐に潜り込み、掌底をあごに叩き込む。
「ごぁッ」とうめき声を残し、白目をむいて男が倒れる。
「て、てめぇ」
ナイフ男が突きを繰り出すが単調かつ、遅い。近くに置いてあった金属製のパイプを手に取り、難なく受け止める。
「動きも遅いし、無駄が多すぎる。そんなんじゃ、私を倒すには至らないよ」
男が驚きで目を見開く。
「な、うそだろ…」男の口から小さい呟きが漏れる。冗談だろ、と言わんばかりにこちらを見てくる男に対し、
「いいえ。これは現実」
耳元でそう呟くと、首筋に手刀を振り下ろす。前のめりに倒れた男を見下ろし、気絶しているのを確認するとすぐにリンチされていた少女のほうをむき膝をつく。
「あなた、大丈夫?」
声をかけるとともに、カバンの中から応急処置セットを取り出す。昔の癖でいつも持ち歩いているのだ。
「あなたは……な、んで、助けて…くれるの?」
胸を蹴られて息がしにくくなっているのだろう。呼吸も荒い。
「私が助けたいと思ったから助けただけ」
そっけなく返答しながら、少女の傷を見渡す。擦り傷が多いが、どうやら大きな怪我はないようだ。
消毒をほどこし、絆創膏又は包帯を巻き処置は完了。
「よし、これで大丈夫。騒ぎになる前に早くここから立ち去りなさい。家まで帰れるでしょ?」
水晶は立ち上がり、少女に背を向ける。
「あ、あの…」
呼びかけられ水晶は後ろを振り向く。
「お名前を聞かせてもらっていいですか?」
急に名前を聞かれ戸惑ってしまう。だが、その戸惑いも一瞬だったようで。
「神澪水晶。これが私の名前だよ」
「あ…私の名前は十文字晴華(じゅうもんじ はるか)です。あの……一つ聞いてもいいですか?」
「……何?」
晴華はしばらく迷っているようだったが、覚悟を決めたのか水晶の目を見つめながら口を開いた。
「あなたは民警さんですか?」
その言葉を聞いて水晶の顔に緊張が走る。
「どうして?」
「私を殴ったり蹴ったりしていた人たちを簡単に倒していらっしゃったので…そう思ったんですけど…」
言葉が終わりに近づいていくにつれ、晴華の声量が下がっていった。どうやら、引っ込み思案なところがあるらしい。
そんな少女を見ると、自然に頬が緩んだ。
「鋭いんだね」
「えっ?」
「でも、半分正解で半分間違い。私は元民警なんだ。じゃあね、晴華ちゃん」
そう言い残し、家に向かう。
その途中、ある事に気がつく。手には金属製のパイプを握りしめていたのだ。
このまま帰れば、近所から白い目で見られるのは確実。だからといってその辺に捨てる事も出来ない。
頭を抱え悩んでいると、背後からぞっとするような声がかけられた。
んー…何だかグダグダになってきたような…。
次回は、影胤とかが出てくる予定なのでよろしくお願いします!
感想やアドバイスがあればお願いします。