ブラック・ブレット【閃剣と閃光】   作:希栄

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第十話

「いやー、危なかったね」

 

そうにこやかに話しつつ、相手の傷口を治療しているのは水晶。ちなみに、相手とは相棒の八葉ではなく千寿夏世である。

傷口を見やると、すり傷が多いものの致命傷に至るものがないので一安心。この程度の怪我なら彼女たちは数分もかかる事なく治癒するだろう。

 

あの後、爆発の影響で森のガストレアが全て起き出してしまい近くにいた夏世を連れて逃げているうちに八葉や将監とはぐれてしまったのだ。

 

「よし、これで終わり。他に怪我した所とかない?大丈夫?」

 

「…はい、ありがとうございます」

 

夏世は小さく笑みを浮かべるものの、明らか無理をしているのがわかる。彼女の事だ、先ほどの事に責任を感じているのだろう。

 

焚火の為に拾ってきた枝を放り入れながら、水晶は夏世の隣に腰を下ろした。

 

「今回の事、あなた達のせいじゃなわ」

 

「!!」

 

「あの発光パターンも、腐臭も、人間を誘い込む為の罠だった。あそこまで特殊進化した個体がいる可能性だってここなら十分ありえたのに…。ごめん、私も侮りすぎてた。今回はガストレアの方が一枚上手だったね」

 

頬をかきながら苦笑いする水晶に、夏世はしばらく何も言わなかった。だが、やがて緊張が解れたのか頬を緩ませる。

 

「それにしても、水晶さんは落ち着いていらっしゃいますね。八葉さんの事は心配ではないのですか?」

 

「え?あ、ああ。心配は心配だけど八葉なら大丈夫。あの子は一人でも十分強いから」

 

それを聞いた夏世は少し驚いていたが、すぐに視線を落とし音を立てる焚火を見つめていた。

 

「……信頼、と言うことですか」

 

「まあ、そんなとこかな。……けど、どうして?」

 

首を傾げながら水晶はさりげなく問う。微かに「いいですね…」と呟きが聞こえてきた気がした。

 

「………イニシエーターは殺すための道具です。私はそう思ってきましたから」

 

「……そう」

 

「実はあなた達と出会う前、私は途中で出会ったペアを殺害しました」

 

冷静な口調で話す夏世だったが、水晶は驚くどころか顔色一つ変えず何事もなかったように焚火に枝を加えていた。ぱちぱちと鳴る焚火の音だけが重い空気を漂わせる。

 

不信に思った夏世がたまらず言葉を発しようとするが、それより先に水晶が重たい口を開けた。

 

「知ってた」

 

「えっ…?」

 

思いも寄らない言葉に夏世は無意識の内に聞き返してしまう。

 

「知ってたの。あなた達と出会った時、一目見た瞬間にね。けど、私はそれを黙認していた…私にはあなたを叱る事も、将監くんを止める資格もないと思ったから…」

 

「……あなたも殺人に手を染めた事があるんですか?だから水晶さんは優しい瞳をしているのに、時々哀しげな…怖い瞳をしているんですね」

 

「…………。一つだけ聞くわ。あなたは、人を殺した時何も感じなかったの?」

 

「いいえ、怖かったです。それに手が震えました」

 

その返答に、水晶は焚火に向けていた視線を夏世へと移す。

 

「なら、良かった。そう思えたのならそれを忘れてはいけないわ」

 

夏世は水晶の言葉に静かに頷いた。水晶はそれを見ると言葉を重ねる。

 

「いい?今回、あなたは取り返しのつかない事をした。あなたの本意ではないにしろ、プロモーターからの命令にしろ、手にかけたのはあなた自身。決して許される事ではない」

 

「……はい」

 

「殺人の怖い所は慣れてしまうこと、罪の意識を持たなくなってしまうこと。それを忘れてしまった時、人は本当の意味で“化け物”になってしまうわ。…けれど、その点あなたなら大丈夫だね」

 

わけがわからない、と言わんばかりに不思議そうな瞳で水晶を見上げる夏世に、水晶は優しく頭を撫でる。

 

「怖い、と思ったからよ。そんな感情、あなたの言う道具が抱くものなのかな?いいえ、ただの道具ならありえないわ。つまり、あなた達は私達と同じ“人間”なの。イニシエーターでも、呪われた子供たちでもなくあなたはあなたよ。千寿夏世と言う、一人の人間なんだから」

 

迷いのない瞳で夏世を真っ直ぐ見つめる水晶の言葉には優しさがあふれていた。

 

「……それは綺麗事です」

 

「はは、分かってる。…けど、そんな事でも言わないとやっていけないでしょ?」

 

燃え盛る火をどこか儚げに見つめる水晶の横顔を見て、夏世はただ首を縦に振った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

場所は移り、こちらは八葉と将監。

 

「………水晶、どこにいるの?」

 

一本の高い木の頂上から辺りを眺めているのは八葉。無論、水晶たちを探しているのだが姿どころか人の気配すらない。走り回って探したい所だが森の中はひどく暗い上に起きてしまったガストレアがうじゃうじゃいる。最後の希望、携帯で連絡を試みる、

 

______つながらない。

 

完全な手詰まりに陥っていたのだ。

 

「おい!行くぞガキ。いつまでもうろちょろしてんな!」

 

下から怒鳴ってくる将監に対し、木から降りて来た八葉の表情は歪んでいた。

 

「心配じゃないの!?仮にもあなたのペアが行方不明なんだよ!てか、私はガキじゃなくて“桜咲八葉”っていう名前があるって何回言えばわかるのよ!?このッ単細胞!!!」

 

「ああ?こっちの通信機だってつながんねぇんだ。だったら本来の目的を優先するのが当たり前だろうがガキ!!」

 

二人は火花を散らしながら激しく睨み合う。

 

「ったく、てめぇと言いてめぇのプロモーターと言い…めんどくせぇ奴らばっかだぜ」

 

その言葉にピクリと八葉が反応を示す。そして、八葉の雰囲気が一転。

 

「…私だけじゃなくて水晶の悪口を言うのは許さないよ」

 

深紅の瞳が森の暗闇で怪しく光る、その八葉の迫力に将監は思わず息を飲んだ。暫くして、平静を装いながら将監が口を開いた。

 

「けっ、仲良しこよしの家族ごっこでもしたけりゃ帰えるんだな。どうせてめぇのプロモーターだって俺たちと同じでてめぇらを道具としてしか思ってねぇんだよ」

 

踵を返してそう言う将監の背中に僅かに影が射し込む。

 

___違う、違う!水晶のこと、何も知らないくせに。

 

自身の拳を見つめる八葉の意識は、遥か昔の時を遡っていた………。

 

 

 

 

 

 

冬。

大雪…と言っても薄っすらと路面に雪が積もる程度なのだが、この東京エリアにも雪が降っていた。

 

その中、傘もささず、防寒着も付けず___いや、それどころかこの寒空の下で薄着と言えるであろう服装をしている一人の少女がいたのだ。

顔は俯いておりよくは分からなかったが、元気がないのは明確だった。そばを通る人々が心配そうに振り向くのは、少女がまだ十歳にも満たず一人で公園のベンチで座っているからだろう。

 

そんな視線を気にもせず、少女……八葉はただ自身の拳を見つめる。

 

『この化物!!』

 

「______ッ!!」

 

突然、ビクリと身体を震わせて八葉は頭を抱え込む。もちろん、寒さが理由ではない。

 

『お前らが俺の家族を殺したんだ!!』

 

『この人殺しが!くたばれ!!』

 

思い出される言葉や、人々の厳しい視線に八葉は苦しんでいた。

 

自分が一体何をした。笑って楽しくすごしたいだけなのに、どうして差別されなければならないのだ。ただ“普通”の女の子として____、

 

『家族を返して!!』

 

____……………それって…私のせい……?

 

そこまで考えて八葉は頭を横に振る。まるで全てを否定するかのように。

 

世界で初めてガストレアが現れ始めたのとほぼ同時期に、その忌まわしいガストレア因子を宿した赤い眼の子供たちが誕生した。___呪われた子供たちの誕生だ。

普通ならば祝福される我が子の誕生なのだが、その誕生に歓喜の声はなく逆に悲痛な叫び声しか上がらない。

 

それもそのはず、人々に恐怖と絶望を与えたガストレアと同じ赤い眼をしているのだから。これは大戦経験世代『奪われた世代』が『呪われた子供たち』の存在を恐れ、忌み嫌う理由の一つでもある。つまり、この世界で彼女たちの味方になる者は非常に少なかった。

 

彼女…八葉もその一人。物心つく前に両親に捨てられ、外周区で育った。今は色々訳あってエリア内で住む事が出来ている。

 

そんな彼女は今、大きな壁にぶつかっていた。

 

____違うよね。そんなの私のせいじゃない!全てガストレアがやった事だもん!

 

先ほどまでとは打って変わり、八葉はガッツポーズにも似た構えを取りながら顔を上げ真っ直ぐ前を見据える。しかし、思い出すのは奇妙な物でも見た眼をしている大人たちだった。

 

全てガストレアがやったこと。頭では理解しているが、ならそのウイルスの宿主である自分たちはどうなのか。“普通”の人間ではなく、奴らと同じ“化物”なのでは………。

 

すると、突然雪が止んだ。いや、その表記には若干誤りがある。止んだのではなく、八葉の辺りだけ降らなくなったのだ。

 

「………やっと見つけた」

 

聞き覚えのある声が背後から聞こえ、顔だけ振り向く。

 

そこには、八葉の頭上を覆うように傘をさし、ロングコートに身を包みマフラーを巻いた水晶が不機嫌そうな顔で立っていた。肩が上下している事からどうやら彼女は走っていたらしい。

 

「………水晶」

 

「こんな所で何やってるの?しかもそんな薄着で……」

 

そう言いながら、自身のマフラーを八葉に巻き更にロングコートまで着せる。大きさはぶかぶかだった。

 

「これでよし、じゃあ……帰ろっか」

 

水晶の問いに八葉は黙って頷いた。だが、ぶかぶかのコートの影響で歩きにくい。そんな八葉を見かねてか、水晶は何も言わずにそのまま八葉を背負った。

 

辺りを見ればすっかり日が傾き始め、帰路につく人々が視界に入る。大通りを通れば沢山の話し声や店の賑やかな音が聞こえてきた。しかし、一方で水晶と八葉に会話はない。これでも会話はするようになったのだが、続かないのが今の現状。

 

二人は国際イニシエーター監督機構(IISO)で出会ったのではない。水晶が倒れていた八葉を引き取ったのだ。そして、保護者となり、今では民警としてペアを組んでいる。ただ、それだけ。でも、水晶はいつも八葉から話しかけるのを待っているような気がする。

 

八葉は背負われながら、水晶の服のしたから覗く包帯を見つめていた。

 

「私のせいだよね…………」

 

「…………何が?」

 

とぼけているのか、それとも気を使っているのか定かではないが、水晶は少々わざとらしく問い返す。

 

「その怪我、私を庇ったからでしょ…。あんなの私なら平気なのに、嫌われるのだって慣れてるのにさ」

 

「……………そう」

 

「うん、そう。だけど…水晶が怒ってくれたのは嬉しかった…。まあ、私はあの時何も出来なかった私自身のことをすごく嫌いになっちゃったけれど…」

 

「……………そう」

 

昨日のこと、街中でリンチされていた同じ呪われた子供たちを見かけてしまい、つい間に割って入ってしまったのだ。それにより、自分の正体がばれて同じ目に。暴力だけでなく石や、ガラス瓶などが飛び交う中、怒りを露わにした水晶が八葉を庇うように立っていた。怪我はその時のもの。

 

「うん、そう。水晶……痛かったよね…。私……馬鹿じゃん……」

 

「……………そう。でも私は、昨日までは考えたこともなかった他人の気持ちを、そんな顔になるまで必死に想像してるあなたのことが……」

 

ぎゅっと背中の服を握る小さな手。それは僅かに震え、温かいものが落ちてくる。

 

「好きになったけど」

 

グスッとすすり泣きが微かに聞こえた。

 

「……………そう…」

 

「うん、そう」

 

再び沈黙が訪れる。だが、今回の沈黙は今までと違っていた。

 

「一つ言うけど、色々とあなたは考えすぎなの」

 

「えっ…?」

 

「八葉ってさ、わがままで怒りっぽくて泣き虫で、それでいて人の話を聞こうとしないでしょ。ほら、あれだよあれ。んー…天真爛漫?とでも言うのかな?そんな感じなんだよね」

 

「!ちょっ…!!」

 

全く予想外の展開に、八葉は声を上げそうになる。急に何を言い出すのだろうか、この人は。

 

「でもさ、それがいいんだよ」

 

今まで表情が確認出来ずにいたが、振り向いた水晶はとても優しい笑みを浮かべていた。八葉は大きく眼を見開き、唖然とした顔をしている。

 

「その全てが八葉でしょ。遠慮なんていらないの。私たちは家族なんだから、これからは嬉しいこと、悲しいこと、もちろん嫌われるのだって一緒だよ。……もう、一人で何でも背負わないで」

 

「………うん」

 

ほんの僅かだが、首に手を回している八葉の手が強まる。

 

「さ、お腹も空いたし早く帰ろう。そうだ、今日は寒いし鍋にでもしよっか?」

 

「私、キムチ鍋がいい」

 

「キムチ?八葉って辛いの好きなんだね」

 

「甘いのも好きだよ?あ、でもすっぱいのは嫌いかなー」

 

「ほほう…。じゃあ今度はすっぱい物パーティーでもする事にしよーっと」

 

ニヤリと怪しく笑う水晶に対し、八葉は冷や汗をかく。

 

「や、ややややめてよ!完全なる嫌がらせじゃん!」

 

「えー?何の事かな?私は何も知らないよー?」

 

そこで互いに顔を見合わせると、同時にぷっと笑い出す。二人の笑い声が夜の街をこだました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、意識は覚醒する。

 

____フフッ。

 

突然八葉が漏らした笑い声に、先に進み何やらしていた将監は目を向けた。将監の訝しげな視線を受けて、顔を上げた八葉が決まり悪そうに首をすくめる。

 

「……ごめんね、やっぱりあなたの言う事に賛同は出来ない。水晶は私の家族だもん」

 

「ッハ、言ってろ」

 

すぐさま視線を戻す将監に、八葉は微笑んでいたような気がする。

 

「じゃあ、今度は私の質問。この作戦が終わったら教えてよ」

 

その質問を聞いた時初めは不思議そうな顔をしていた将監だったが、それも一瞬のことですぐにいつもの仏頂面に。

 

「忘れないでね」

 

 

しばらく進むと将監が足を止めた。よく辺りを見渡せば10組弱の民警ペアが集まっている。

 

「何ですか、これ?」

 

「あ?見ればわかんだろ。奇襲するんだよ」

 

「奇襲?」

 

八葉は首を傾げる。その行動は言葉そのものの意味が分からないわけではなく、一体どこの誰にするのかを示していた。

 

「さっきてめぇが考え込んでた時に見つけたんだ。仮面野郎をな」

 

その言葉に八葉の顔が引き締まる。

 

「夏世とも連絡は取れた。だが、待ってられねぇ。………気に入らねぇが他の奴らと先手をとる」

 

背中のバスタードソードを背負い直し、他の民警を引き連れ歩き出す将監。

 

「待って!」

 

出鼻を挫く声の主の方へ一斉に視線が集う。

 

「ダメだよ!こう言っちゃ悪いけど…このメンバーじゃ力が足りない、返り討ちに合う!せめてもう少し人数がそろってからでも…」

 

そんな八葉の訴えにその場にいた民警たちの顔が歪む。当たり前だ、自身の序列より低い相手にそう言われて気分が悪くならないわけがない。

 

「チッ、今ごろ怖じ気ずいたのかよ!戦う気がねぇならここで待ってろ!行くぞ!!」

 

「あ!」

 

将監の言葉を合図に、全員が走り出す。一人取り残された八葉は途方に暮れていた。こんな負け戦に自分は手を貸すべきなのか。今の自分は万全な状態ではない、影胤たちを相手に他の民警を庇いながら勝てるとも思っていない。先ほどの将監の言葉が本当であれば夏世と一緒にいるであろう水晶も時期にここに来る。

 

____待ってるべき?それとも……。

 

戦闘が開始された合図でもある爆音を聞きながら、八葉は静かに戦場へと視線を移した。

 




ようやく投稿できました…。

遅くなりましたが、評価をつけて頂きとてもありがたいです。これからもよろしくお願いします。

さて、今回は八葉が多めですね。少し二人の過去話もいれてみました!ちなみに、二人の出会いにもまだ秘密があるんですよねー。まあ、この秘密はまたいずれ…。

次回は影胤ペアが再び登場ww
そこで、少しは水晶の秘密も明らかに出来ればなと思っているんですが…。

感想などありましたらお願いします。

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