全てが一瞬だった。
ガストレアと呼ばれる未知の生命体による侵攻に、人類は敗北。国土はほぼ侵略され、人口も激減、まさに壊滅的と呼べる状況に陥っていた。
少女は力なく座り込み、世界の終わりのような光景を目の当たりにしていた。
いや、世界は終わったのだ。
周りには崩壊した建物、命を落とした者、そして絶望的なまでの夥しい数のガストレア。
そのガストレアも以前までは自分たちと同じ『人』だったのだから驚愕を通りこして何も感じられない。
ふと、自身の腕の中で眠るように気絶している相棒を横目で見る。
少女はあふれ出る涙を拭うことなく、悔しそうに唇を噛む。
ヒュゥンと、風により舞っていた広告には『呪われた子供たちを根絶やしに!!』と大きく書かれていた。
ふざけるな。
このエリアを守っているのは紛れもなく彼女たち…“呪われた子供たち”のおかげだ。
なのに、なぜそれを理解しようとせず、こんな事が出来るのだろうか。
「……狂ってる」
この世界も、人も、全て。何もかもが狂ってしまっている。
結局、自分は何を守りたかったのだろうか。何のために戦っていたのだろうか。
それさえ、少女は見失っていた。
ただ、冷たい雨が少女をなぐさめるかのように降り続けていた。
_______それから、一年。
日本には四季がある。その中でも、春はその単語を聞くだけでも心が穏やかになるものだ。
だが、そんな柔らかい朝の日差しの中、自転車を二人乗りしている少女たちには不穏な空気が流れていた。
前方でペダルを漕ぐのは、高校生くらいであろう。栗色の髪を風でなびかせ、大きめの黒いパーカーの中にはオレンジ色の長袖にミニスカート、少し長めの前髪は赤いヘアピンで止められていた。
顔立ちは整っているのだが、その表情は曇っており、冷や汗が頬を伝っている。
一方で後方に座る少女は、淡い黄色の長袖の上にグリーンの袖のないロングパーカーに短パン。空色のような髪は短めのポニーテールになっていた。
こちらは、逆にイライラしているような顔で黙っている。
「いい加減、機嫌直してよ」
神澪水晶(しんれい みずき)は、相手の顔色を伺いながらそっと述べた。
「いや、絶対無理ッ!」
全力で拒否するのは、桜咲八葉(さくらざき やつは)。先ほどから「絶対に許すもんか…」と、背後で物騒な事ばかり呟いているのは気にしないでおこう。
やっちゃったなぁと思いながら、これまでの経緯を頭の中で整頓し始める。
今日の朝の事だ。
爽やかだった朝の目覚めは、八葉の悲鳴に似た叫び声によって一転した。
彼女が録画していたはずの“天誅ガールズ”というアニメが消えていたのだ。_____いや、自分が消してしまった。
昨晩、寝ぼけながらリモコンのボタンを押したのは覚えている。だが、その際誤って電源ではなく消去のボタンを押していたのだ。
その事実を知った瞬間、八葉の怒りは爆発。そして、今に至るという訳だ。
水晶は短くため息をつく。
「ねえ、八葉?」
「……なに」
「今日の用が終わったら、帰りに最近出来たっていう“天誅ガールズコーナー”に行ってみよっか?」
その言葉に八葉は僅かに反応を示す。
お、これはいけるかもしれない。
「好きな物買ってあげるからさ。見に行かない?」
これが最後の人押しとなったのか、八葉は目を輝かせながら「行くッ」と元気よく返答をくれた。
よし、と心の中でガッツポーズし、自転車を疾走させる。
水晶と八葉は勾田公立大学附属の大学病院の薄暗い地下室に顔を出していた。
「解剖だッ」
部屋に入れば、第一声がこれだ。
嬉しそうに振り返ったのはこの部屋の主でもあり、今回呼びつけた人物である室戸菫。
部屋の中は、ツンと鼻にくる芳香剤のにおいが漂っている。薄暗くて不気味なのでもちろん彼女以外誰もいない。
いや、居るのには居るのだが全く見知らぬ男だ。しかも死体の。
「いやー、悪い悪い。つい嬉くてな」
「あ、相変わらずだね、先生」
伸び放題の髪をかきながら、身の丈に合っていない白衣の裾を引きずる。
彼女はこの法医学教室の室長にしてガストレア研究者。普通にしていれば美人なのだが、重度の引きこもりだ。滅多に外に出てこない。
「それで、わざわざ呼びつけたのは自慢の恋人の話をするため?」
「ふむ、そうだな。ならば君の期待にお答えして、じっくり丁寧に話をしてあげよう」
「結構です」
即答する水晶に菫は「残念だなー」と心にもない事を呟く。
「それで、先生はどうして私たちを呼び出したの?」
八葉が首を傾げ、椅子に座っている菫に尋ねると「ちょっと着いて来てくれ」と手招きをする。
突然の事に水晶と八葉は顔を見合わせるが、大人しく後を追う。
その先には手術台があり、目を凝らせば大きな物体が寝かされていた。
「先生……これって…」
水晶の言いたい事が分かったのか、菫は涼しげな顔でゆっくり頷く。
「……ガストレアだ」
八葉のその言葉を聞き、水晶の顔が引きつる。
____ そういえば、解剖だ。って先生、喜んでたっけ。
手術台には足を縮こめた独特の体色をした蜘蛛が置かれていた。体には多数の弾痕があり、ガストレアの特徴である赤い目からはすでに命の灯は消えている。
いつ見ても不気味で、なれない。
菫は手に持っていたレポート用紙を投げ渡す。その目は、読めと促している。水晶はため息混じりに、目を通し始めた。
ステージⅠ、モデル・スパイダーと書かれた用紙。ガストレアにはステージがあり、最終的にはⅣで完全体となる為、今回はまだ可愛げのある方だ。
ふと、視線を用紙の端に向けると倒した民警のペアの名前が書かれている。
これに書かれていた名前は_____里見蓮太郎、藍原延珠。
詳しいことは知らないが、彼は菫と知り合いである事はわかっている。
「水晶」
「何?」
菫が指差す方を見れば、そこには弾痕が多数あった。
「どう見る?」
「どうって____」
「純粋に、この射撃の評価を聞いてみたい」
出来る事なら関わりたくなかったが、うーん…と水晶は右手をあごに当て弾痕を見つめる。
「中の下って所かな?」
「どうしてそう思う」
背を菫と八葉に向けたまま、ガストレアに近づき弾痕を指差した。
「まず、着弾の衝撃で肉が痛んでる。それに命中弾が4・5発。弾痕から見て射撃距離はおよそ10mから20m。プロなら命中率はもっと上げないと」
冷静に分析をする水晶に、菫は「ほう…」と口角を上げ、八葉はどこか誇らしげに聞いている。
「流石だな、水晶」
「そうでもないよ先生、私は誰も守れなかった」
「_____もう一度あの仕事をするつもりはないのか?」
菫の方を向くと、研究用のビーカーにコーヒーを注いでいた。
「今の所は……ない」
「そうか…、悪いことを聞いてしまったな、すまない」
それだけ言うと菫が持ってきたコーヒーを受け取り、立ち込める湯気を見つめている。
「もう一年なんだね……」
八葉は小さい呟きを漏らした。
ブラック・ブレットが好きすぎて思わず作ってしまいました…。
初作品なので、未熟な部分も多いと思いますが、アドバイスなどしていただければ嬉しいです。
気軽にコメントなど頂ければ幸いです。