リョウマの死から2週間、初の四人一組の任務や仲間からの慰めによってハヤトはようやく本来の調子を取り戻すことができた矢先、第一部隊全員が集められた。どうやら噂の補充要員が来たらしくツバキのそばには一人の少女が控えていた。赤い帽子に銀色の髪、整った顔立ちが印象的だ。
「紹介するぞ。今日から仲間になる新型の適合者だ。」
ツバキの前振りに少女が名乗る。
「アリサ・イリーニチナ・アミエーラと申します。本日よりロシア支部からこちらに配属となりました。よろしくお願いします。」
「女の子ならいつでも大歓迎だよ。」
アリサの挨拶が済むやいなや、美少女に目がないコウタがすかさずアピールしたが、
「よくそんな浮ついた考えでここまで生き永らえてきましたね。」
と、冷たい一言で一蹴され顔を引きつらせた。
「彼女は実戦経験は少ないが演習成績は抜群だ。追い抜かれたくなければ精進するんだな。」
ツバキが苦笑しコウタも
「…了解です。」
と返す。
「ではアリサはリンドウに付いて行動するように。リンドウ、資料の引継ぎがあるので私と来てくれ。」
「はいよ。」
「了解しました。」
二人の返事が区切りとなりブリーフィングが終わるとコウタはめげずに再アタックした。
「ねえ君、ロシアってとても寒いんでしょ。あ、でも最近はー」
「あなたですか?私と同じ新型は。」
コウタを無視してアリサが話しかけてきた。心なしか挑戦的な眼差しを向けられた気がしたハヤトは慎重に切り出す。
「ああ、伊吹ハヤトってんだ。まだアンタと一緒のルーキーだよ。」
軽い感じで握手をするとアリサはコウタと見比べ
「ふうん、どうやらあっちの人よりはマシみたいですね。近いうちにアナタの実力を見させてもらいますから覚えておいてください。」
と言ってほかのメンバーを一瞥し、ロビーを去っていった。コウタがその背中をジト目でにらみ続ける。
「何だよ、偉そうにしちゃってさ。オレ、ああいう奴苦手なんだよな。…あれ、ハヤトどうかした?」
「え?ああ、いや、何でもねえよ。」
気のせいだろうか。なぜかアリサからは張り詰めた空気を感じた。まるでつつけば崩れてしまいそうな…。
市街地エリアで待機していたハヤトは憂鬱な気分を味わっていた。理由は簡単、隣のいけ好かない同行者だ。コミュニケーションをとろうとあれこれ話しかけたのだが、ええ、まあ、ぐらいの返ししかしないので次第に口数が減ってしまい任務が開始されるのを渋々待っていた。
「お、今日は新型二人とお仕事だな。足を引っ張らないように気をつけるんでよろしく頼むわ。」
リンドウがいつもの軽口を叩きながら到着する。だがアリサは
「旧型は旧型なりの仕事をしていただければいいと思います。」
と、差別じみた言葉を発した。まただ。この少女の言動はいちいち突っかかる。しかしリンドウは少しも怒る様子を見せずアリサの肩に手を置いた。
「ハハッ、せいぜい頑張ってみるさ。」
「キャア!?」
何に驚いたのかアリサが飛び退く。これにはリンドウも呆気にとられ、しばし固まった。
「あ~あ、こりゃずいぶんな嫌われようだな。」
「い、いえ。何でもありません。大丈夫です。」
アリサは慌てて否定したが明らかに戸惑っていた。
「冗談だよ。ん~そうだなあ。」
少し考え込んだ後、リンドウはアリサに耳打ちすると、アリサは顔を紅潮させ
「な、何で私がそんなこと…」
「いいから黙って探せ。な?」
それでも反対したアリサだったが結局言いくるめられて遅れてくることになった。
「アイツのことなんだがな、色々とわけありらしい。」
歩きながらリンドウはぼそりと呟いた。
「おかげで危ない面もあるみたいなんだが同じ新型のよしみだ。お前ならあの子の力になってやれる。頼んだぞ。」
ちらとハヤトに含んだ視線を向けたが気がつくとリンドウは既に獲物を探して前を向いていた。
目標のシユウの滑空をかわすと猛烈な風が髪をなびかせる。神機使いの隠語で師匠とあだ名されるこのアラガミは人型のせいか拳法に似た動きで距離を詰めてきた。リンドウによると自分はコイツに勝ったらしいが記憶にない経験は当てにしないほうがいい。まずは飛行手段を奪うためにハヤトは硬い表皮に火花の散るレーヴァテインの刃を無理やり押し込んでいた。
「硬えっ!オレ本当にコイツを倒したんですか?」
「先輩の目を疑うのか?じゃなきゃお前を前に出すわけないだろう!」
それも道理だ。内心で呟き腕力を総動員させて振りぬき翼を両断する。付け根から盛大に血が噴出しよろめくシユウをさらにアリサが狙撃し頭部を削ぎ取った。たまらず倒れたシユウにリンドウが神機を流れるように斬りつけるのを確認したハヤトも続こうと踏み込んだとき、背後から銃声が響きすぐ横を薙いだ。アリサが味方がいるにも関わらず撃ったのだ。
「どいてください。死にたいんですか?」
「そりゃこっちのセリフだ!味方が見えねえのか!?」
詫びもしない態度にハヤトも怒鳴り返す。しかしアリサは反省する様子もなく、
「ちょうど撃つタイミングでアナタが出てきたんです。そっちこそ周りが見えているんですか?」
「お前ー」
「よそ見をするな。来るぞ!」
リンドウの注意にはっとしたがそれはシユウの拳を顔面にくらった後だった。衝撃で視界が歪み世界が爆発する。そのまま宙を舞ったハヤトは壁に背中を打ちつけ動かなくなった。障害を一つ排除したシユウはもう一つの標的に叫びながら駆け出した。リンドウは無駄のない動きで飛んでくる火球をかわし脆くなった頭に神機を一閃した。分断した頭が地面を転がるがシユウは止まらない。勝てる相手ではないと判断したのか今度はアリサに狙いを定めてきた。
「まったく見境がないですね!」
アリサも同時に走り深紅の大剣を脚部に振り下ろす。しかしどこかに引っかかったのか神機が抜けなくなってしまった。
「そんな…!」
いくら引っ張っても神機はビクともしない。そして敵もその隙を見逃してくれるはずがなかった。
「逃げろ、アリサ!」
リンドウが警告するが間に合わない。シユウの拳は真っ直ぐアリサに吸い込まれる。思わず顔を背けたが予期していた衝撃は来なかった。恐る恐る目を開くを目の前を踏ん張る白い背中があった。
「よう、怪我はねえかよ?」
オレンジの頭が振り返り不敵に笑う。その顔は左半分を血で濡らしていた。
「アナタ、まともに攻撃を受けたはずじゃ…」
「受けたさ。おかげでまだ頭がグラついてるよ。分かってんならさっさとどいてくんねーかな。パンツ見えてるぞ。」
いつの間にか尻餅をついていたアリサは慌てて体勢を立て直す。その隙にハヤトがスタングレネードを投げシユウを後退させた。
「何で…」
「ん?」
「何で助けたんですか。あの場合は個人の対処に任せたほうがいいに決まってるじゃないですか。」
まったくもってナンセンスだ。みっともない姿を見られたことが恥ずかしくてつい言い返してしまう。するとハヤトはきょとんとした顔を急に吹き出させた。
「な、何がおかしいんですか!」
「だって対処たってアリサコケてただろ。あれじゃフォローするしかねえって。それに…仲間を助けるのに理由が必要なのか?」
そう言い残すとハヤトは応戦するリンドウの加勢に向かった。アリサは自分の耳を疑った。今までそんな言葉をかけてくれた人はいなかったからだ。仲間という取り留めのない言葉にアリサはしばらく動けなかった。
翌日、アリサはハヤトの部屋の前で立ち往生していた。先日の礼をするためなのだが性格上中々素直になれず、10分行ったり来たりを経てようやくベルを鳴らす決心がついたときエレベーターから本人がコウタと談笑しながら降りてきた。
「ん?アリサじゃんか。オレの部屋がどうかしたか?」
「い、いえ。アナタに用があって…その、怪我はどうなんですか?」
「見りゃ分かるだろ。顎にヒビが入っちまった。」
ハヤトが赤く腫れた口を指差す。隣でコウタが苦笑して診断結果を話した。
「全治2日だってさ。物は噛めないからその間はかわいそうだけど飲料パックだけなんだよな。」
「ホント、勘弁してくれよ。こうやって喋るのもキツイってのに。」
ハヤトがうんざりした面持ちでため息をつくとアリサは持っていた物をぎこちなく差し出した。
「何だこれ?」
「…ロシア製の湿布です。特殊なジェルを含んでいるから早く治ります。…昨日はすいませんでした。」
最後は小声で喋り半ば押し付けるようにしてアリサはうつむきながらさっさと退散した。よく分からずにいるとコウタがにやけ顔でハヤトを見ていた。
「何見てんだ?気持ち悪いな。」
「別に。気にすんな。」