落ちこぼれの拳士最強と魔弾の姫君 作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定
引き金は同時に引かれる。
今更言うまでもなくレキの
百発百中どころか百発万中。彼女が認識していればなにがあっても何かに当たる。これまで対処されても外れたことは一度もない。それは不変の異常。あらゆる異能を無効化する蒼一でさえもその関係性から無効化できず、あらゆる異能を凌駕するキンジも当たるという結果自体は凌駕できない。
だからこの相対戦。顔を会わせて会話ができるという距離に於いては弾丸が当たらない理由がない。彼女からすれば十メートル先も二千メートル先も変わらないのだから。極論、ライフルを構えずとも適当に引き金を引いても狙ったところに当たってしまう。
それは夏侯淵も同じだ。
昨夜の狙撃がなんらかのスキルによるものなのかは解らないにしても二キロ以上離れた距離で正確無比な狙撃を行った。曹操の口ぶりからすれば昨日のレキの『砲撃』を凌いだのは彼女の能力らしいので狙撃自体は単なる技術だろう。
つまり。
レキと夏侯淵。
この二人にとって射撃とは必中が前提なのだ。
故に――問題はどういう風に命中させるかだ。
「――!」
「……ッ」
二人とも意図せずしてそれが起きた。互いに碌に構える時間はなく、実際にレキは構えておらず中途半端な態勢のままで引き金を引いていた。夏侯淵は対照的に肩で構えている。伏射姿勢でも立膝でもないが最低限の姿勢は整えていた。周囲に飛び散った二人が放った弾丸都合十六発。それらが弾かれ合い、地面や建物、木々に当たり破砕音が生じた。
その中でレキはほんの僅かに目を見開き、夏侯淵は苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
二人の顔にあったのは驚きだ。
夏侯淵がレキの何かに驚き、そのこと自体にレキが僅かな驚愕を滲ませていた。
夏侯淵のソレがなんなのか明らかにする暇もなく、
レミントンの黒い銃口が再び火を噴いた。
「!」
避ける。元々視力や動体視力に優れたレキだ。ライフル弾であろうとも弾道を見切るのは容易いし、そうでなければ
例えそれが正確無比にこちらの急所を狙った狙撃をだとしても避けるのは不可能ではなかった。
だから結果的見れば避けきった。
体を逸らし、ステップしながら横転。それで十分であり同時に弾倉の装填も完了させる。
驚くべきは彼女のその技量であり――
在りえない、とレキは思考する。
例えどんな能力を保有していても銃を用いる以上その構造に従わざるを得ない。最近になってレキやキンジ、アリアのようなイロカネの契約者は装弾数というものをある程度無視できるようになったがそれでも精神力の限界がある。現に今のレキは『砲撃』の為にイロカネによる銃弾形成を行わない。だからこそ今のレキは一見すれば解らないが全身にかなりの数の弾倉を仕込んでいる。
なのに夏侯淵は装弾という至極当たり前の動作を行わない。
レミントンM700はボルトアクション式だ。つまり発砲の度に手動で装填を行うのだ。いくらなんでも限界がある。
「!」
再びの
「……これは」
「……ちっ」
装填しながらの小さな呟きには確信、同時に夏侯淵の舌打ち。
言うまでもなくこの現象こそが夏侯淵の能力であるとレキは理解した。
夏侯淵が自分では認識できない速度で装填を行っているとは思わない。
「それくらいのプライドはありますからねぇ」
蒼一が『拳士最強』であり『魔弾の姫君』レキの従僕であることを何よりも誇りに思っているように。
レキもまた『魔弾の姫君』にして『拳士最強』の主であることに誇りを持っている。
こと狙撃に関しては世界においての
だから、
「見極めさせてもらいますかね」
ドラグノフから手を離す。肩に掛け直し、無手に。不審に思った夏侯淵がさらに発砲。やはり装填行為も、さらに改めて無手でレキが確認すれば照準を定める行為も行っていない。そして自分に迫る弾丸に目を細めながら、
「装・填・用・意――」
腕を振る。両袖の中から滑り出たのがビニールに包まれたコイン状の金属。
「――発射」
短い呟き。
それと同時にレキは親指で包み事弾き飛ばす。
「はぁ!?」
驚愕する夏侯淵が見たのはそのコイン状の金属をレキの親指が弾き、銃弾と激突する光景。二つの金属が高速で激突し拉げながらも弾かれ合い、コンクリートの壁やガラスを砕きながら飛散していく。
「それは……!」
動きを一瞬だけ指摘したのはレキの手の平の中にあるもの。それを指して夏侯淵は声を荒げる。
コイン状の金属。
というか――五百円玉だ。
「ええ、所謂羅漢銭というやつですね。『魔弾姫君《スナイプリンセス》』応用編その二とでもいいましょうか」
「いや、そんな棒金どこに。というかもったいな!」
「最近暗器術を覚えましたから。狙撃銃の弾倉共々大量に仕込んであります。あと――こう見えても私お金持ちだから」
ブチッという音と共に発砲されたが羅漢銭で弾いた。
金に余裕があるのは事実なので仕方ない。元々
暗器術も夏の間に覚えた新技の一つだ。
最初期に『砲撃』を覚え、それからはそれを補うための技術を学んだ。ソレの一つが物量で押し切るために弾倉や羅漢銭用の小銭のための暗器術。
「まぁこの程度基本でしょう」
「……否定できないわね」
遙歌や、それに後輩の風魔陽菜などはごく普通に行っている技術だし、夏侯淵だって同じことができるだろう。大体新技といえば白雪が一番酷いとレキは思う。
夏休み終わりかけにいきなりG35になったとか言い出して大変なことになった。普通にいつもの面子で朝食を取っていたのでなおさら。具体的には言い出した瞬間に口に含んでいたものが向かい側に座っていた相手に飛んだ。衛生的な意味で問題だった。ちなみにお互いに米と味噌汁をぶっかけ合った蒼一とキンジが乱闘を発生させたがこれはいつも通りなので割愛。
「というわけで。貴女の能力これで見極めさせてもらいます。なに、当たり所が最悪でクリーンヒットすれば死んでもおかしくないでしょうが大丈夫でしょう」
「大丈夫じゃないわよー!」
弾き飛ばされた鋼はそれぞれがぶつかり合い、乱反射して複雑怪奇な軌道を描く。当然跳弾の度にそれ自体がひしゃげるもレキの異常の前では問題にはならない。
それ自体がコンクリートの壁に亀裂を入れ、レキの言葉通りに当たりところが悪ければ即死。頭部に当たれば半分くらい吹き飛んでもおかしくない。それが棒金二十本十万円分、それが二つ分。都合四十発の硬貨弾。跳弾させたことで全方位から迫る。代わりに周囲の光景が一瞬で蜂の巣のようになったがレキは気にしない。
どうせもう二度と来ないだろうし。
被害額請求は政府とか曹操軍にどうぞ。
「――この電波女がッ」
吐き捨てながら夏侯淵は引き金を引く。
引き金を引いただけしかレキには見えなかった。最初の態勢から動いた様子もなく本当に指を動かしていただけ。
完全に銃身を動かさずに多数の弾丸を弾くのは困難だ。レキだって発砲の瞬間にわずかに揺らしたりして軌道を修正している。今回のように全方位からの攻撃で不動はできない。
そして、
「装填、していませんね。やはり」
ボルトアクションが飾りかと言わんばかりに彼女は連続して引き金を引いていた。
「……」
さらに棒金を袖から滑り落とし発射。
先とは少しだけ角度を変えた乱反射弾幕。
これも――すべて弾かれる。
目視と耳に届いた音から判断して夏侯淵が放った弾丸は十八。四十の硬貨弾をそれで捌くということは
けれどそれがない。
「
呟くが確信には至らない。だから代わりに棒金を再び連射。
全自動で常に装填状態を保持できるというのが候補として生まれるがそれは違う。
昨夜レキの『砲撃』を避けるのには足りない。
アレに異能で干渉するのは不可能なので、自分かその周囲に関わる能力のはず。
さらにボルトアクションの装填手順を無視できる。
今現在でレキが持っている夏侯淵の
「ふむ」
思考を巡らせながらも体は勝手に動く。ほとんど最初の位置からは変わっていないままだ。レキは横転した分動き、夏侯淵はそもそも動いていない。二人とも全て撃ち落すつもりだから、下手に動いて隙を作る方がまずいという判断だ。
そして実際に二人はそうしている。
「随分と、見栄えがありませんねぇ」
「他でやってくれるわよ」
それはそうだろう。
白雪が全力を出せば被害は最も大きいだろし、キンジもキンジでやることが派手だ。
そしてレキの愛する男は、
「なにやら戦う場所を崩壊することを愉しんでる気配がありますし」
清水寺は大丈夫だろうか。
多分駄目だろう。
世界遺産破壊するとか条約とか色々問題があるはずだったがそこら辺どうなるのだろう。一応星の趨勢を決める戦いなどと言われているので配慮してほしい。
頑張れ日本。負けるな日本。
「ちょっと、アンタ。気配がどす黒いわよ」
「おっと失礼」
軽口をたたき合う間にも硬貨と弾丸は激突を続けている。それらが拉げてそこらじゅうに転がって売る。周囲の地面や壁は見るも無残であり、台風もかくやという現状だ。
レキも人のことを言えない。
そして周りが云々は問題ではなく、今大事なのは勝利。それの為にも夏侯淵の能力の種明かしをすること。
こういう時どうするべきか。
かつての自分だったら不確定要素が多いから撤退するか、
「自決覚悟で特攻していましたかねぇ」
きっとそうしていただろう。それがあの雪の中で死んだ人形の少女だ。死を恐れず、生を求めないどうしようもない女の子。
無感の姫君はずっと昔に死んで、今ここにいる自分は生きている。あの日彼と誓ったことは決してなくならない。
この先も、これからずっと彼と共に生きていきたいと思う。
だから――
「勝ちますよ蒼一さん」
ここにいない大好きな少年の名前を、誰にもわからないくらいに小さく笑いながら、
前に出る。
「正気!?」
「無論」
弾丸の雨に身を晒す。一歩踏み出すことに鎬を削る密度は濃くなっていく。当然、一方向に進むせいで体に受ける傷が増え始める。致命的なものではないが掠るものが多く出始めた。防弾制服でも万能ではない。
「……チッ」
夏侯淵もまた――前に出る。
それに対してレキも笑みを濃くした。
「さすが英雄ですね」
「言ってなさい」
二人は互いに受ける傷を増やしながらも前へと出ていた。
正気の沙汰ではないが――言うまでもなくこの二人が正気であるわけがない。
歩み寄りにより距離は一瞬で詰まった。
間僅か数センチ、文字通り目と鼻の先にまで。
近すぎてライフルは構えられない距離。
その極至近距離で、
「心を魔弾に――『
「――『臆スルモ進ミ往コウ』」
引き金は引かれた。
狙撃主二人の至近距離とかむずくて困った
あと世界遺産とは多分ランバンとか政府が弁償してくれるよ。それか修復系の能力持った人たちがさ、多分(
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