落ちこぼれの拳士最強と魔弾の姫君   作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定

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第8拳「信じて送り出したキンちゃんが」

 

「ハァー!」

 

「シッ!」

 

 白雪の叫びと夏候惇の短い呼気と共に振るわれる大太刀と長剣。

 大上段からの唐竹割と抜刀による斬り上げ。激突しあう鋼は一度火花を上げて、弾かれ合う。

 当然二人とも即座に次の動きに繋げた。

 前進するのは夏候惇。振り下ろし、しかし弾かれたかち上げられた一刀を腕力任せでアジャスト。

即座に再度刀を振り下ろす。白雪を脳天から真っ二つに割ろうとする一閃に彼女も当然動く。

 足ではなく腕。迫る剣へと大太刀を掲げる。長剣と垂直の構えは夏候惇の一撃を受け流すためのものだ。

 激突。

 

「っぅ……!」

 

 顔を顰めながら――しかし受け流しきった。衝撃が腕を伝い痺れが生じるが凌いだのは確かだ。

 

「せぇい!」

 

 同時に踏み込む。大太刀は至近距離での受け流しのせいで満足に動かせない。だから右手を離して、放ったのは肘打ち。接触戦ともいえる距離なのだからその選択は当たり前だ。当然ながら彼女にも近接戦闘の心得はある。驚くほどに堂が入った一撃。コンパクトなそれは回避を許さずに命中した。

 

「チッ!」

 

 避けれなかったがしかし凌ぐことは可能だった。インパクトの瞬間に後ろに大きく跳んだ。威力が逃げてダメージはかなり削られていた。

 僅かな空間が開き――今度こそ白雪だ。

 懐から取り出した符。大太刀から離していた右手に挟んだ一枚。それを飛ばした。

 

「五法緋焔札ッ!」

 

 炎の塊が五つに分かれ夏候惇へと迫る。

 五つの炎が五角描いて飛翔する。今夜の一騎打ち用に町の各所に置かれた松明よりも数倍の光量と熱。直撃すれば大参事だが、

 

「このくらい……!」

 

 臆することなく夏候惇は長剣を振るう。放ったのは斬撃ではない。刃を立てずに長剣の腹で大気を打撃した。鈍い空気の打撃音を追いかけるように風の壁が生まれた。蒼一の『天蒼行空』には流石に劣るが確かな物理的威力を生み出し五つの炎を掻き消した。

 今度は互いに動かなかった。

 それぞれ長剣を構え直し、大太刀を納刀。

 

「ふぅぅ……」

 

  夏候惇が長く息を吐いた。疲労によるものではない。やる気がないとはいえ彼もまた曹魏の英雄の一人。戦闘力は尋常ではなくこの僅かな攻防で白雪の剣技が自分には及ばないのを理解していた。

 目は死んでいるが戦闘眼は生きている。

 そして思うのは、

 

「思ったよりやるなぁ」

 

 星伽白雪は特別(スペシャル)だ。

 普通(ノーマル)でも異常(アブノーマル)でも過負荷(マイナス)でも言葉遣い(スタイリスト)でもなく特別(スペシャル)だ。一芸特化が好まれる上位クラスの武偵では珍しいとも言えるし、実際チーム『バスカービル』の中では唯一の特別(スペシャル)である。

落ちこぼれ(ゼロ)である蒼一。異常(アブノーマル)であるレキ、キンジ、アリア、遙歌。過負荷(マイナス)の理子はそもそも絶対数が少ないとして。

 特別(スペシャル)という性質は決して武偵では珍しくもない。実際に平均的な十把一絡げの武偵は特別(スペシャル)普通(ノーマル)。いや、普通(ノーマル)の人間ならばまず武偵という致死率の高い職業になろうとも思わないのだから特別(スペシャル)はやはり多い。

 故にそれらの性質で言えば星伽白雪は特別(スペシャル)でありながら特別(スペシャル)ではない。

 けれど――それが彼女が弱いという意味ではない。 

 寧ろ逆である。

 

「星伽候天流、火炫毘!」

 

 言葉と共に瞬発、そして抜刀。開いていた距離を一瞬で詰めながら鞘走ったのは炎の刃だ。白銀の刀身に纏い、さらには溢れる炎が延長し刃となる。それは違うことなく夏候惇に届いた。

 

「うわっ、ぁちっ!?」

 

 炎の刃による延長に驚き彼の反応がわずかに遅れる。先ほどのような風による防壁は作り出せず、咄嗟に長剣で受けた。

 当然熱い。

 情けない悲鳴を上げるが、彼はそういったものを隠すキャラではなかった。

 なので大声で叫び、

 

 橋の下の川へと飛び込んだ。

 

「――!」

 

 迷いのない動きだった。川もそれほど深くはなかったらしく膝下まで水に浸かる。動きにくいが剣に籠っていた熱は消える。吹き上がった水蒸気を目にしながら、

 

「近中遠、卒がないというか隙がないというか。珍しいなぁ」

 

 バランスがいいというのが彼の白雪に対する評価だった。ある程度夏候惇と打ちあえる剣術や炎の巫術、それらをミックスした中距離での攻撃。

 王道というべき戦法だ。

 全距離に適応するといえば簡単が実現は難しいし、世界上位ランクで通用するもので体現しているものは数少ない。

 それでも白雪程度ならなんとかなるだろうと夏候惇は思った。

 彼女の属性は炎。

 そして足場はほぼ無制限の水場。若干動きを囚われるとしても彼ならば問題になる程度ではない。逆に彼女の扱う炎はかなり制限されるはず。相手の弱体化を狙うのは張遼あたりならば絶対に取らないだろうが夏候惇はそこらへんは気にしていない。

 勝てば官軍負ければ賊軍、だ。

 

「あ、でも降りてこないか?」

 

 自分の本領を発揮できない場に進んでくるか、とある意味では当然のことを思うがそれは杞憂だった。

 

「――っと」

 

「ありゃ?」

 

 躊躇うことなく白雪は飛び降りた。

 当然水に浸かる。袴という恰好だから夏候惇よりも服が吸う水分は多い。刀身からも大量の水蒸気が上がっている。その中で再び納刀する姿はこれまでと変わらない。

 いや、納刀するだけでは終わらなかった。

 

「星伽の巫女が、ここに帰依し奉る――緋々の眷属として我が真名を奏でることを赦し給へ」

 

 目を伏せながら小さく口ずさむのは赦しの言葉。同時に白の髪紐をほどいた。

 

 刹那――火焔が迸った。

 

「――『緋巫女』」

 

 小さく、しかしはっきりと。溢れる炎の中で告げた名は夏候惇に耳に確かに届いた。

 それが彼女の真名、彼女の本質。

 雪の空に舞う雪ではなく紅蓮に燃え上がる大焦熱。髪紐という封印を解いたからこそ彼女が身に宿していた異能が全て曝け出される。

 超能力(ステルス)

 炎を発生させるという単純極まりない、超能力としては基本としか言いようがないそれが極まったのが星伽白雪の真骨頂なのだ。

 

「ちょ、お前まじかよ!?」

 

 再び上げる悲鳴。けれどこの場合誰もが上げざるを得ないだろう。夏候惇は自分の身体から水分が消失していくのを感じていた。真夏の太陽の日差しを数十倍にしたような感覚。それが目の前にあり、

 

「川が……!」

 

 干上がっていく。

 白雪を中心とした場所から徐々に川の水が蒸発していく水嵩を減らしていく。既に白雪の周辺に水は無く川底が露出し、夏候惇がいる場所も足首辺りにまで嵩が減っていた。

 夏候惇でさえも声を荒げずにはいられない。

 

「お前、グレード幾つだ!?」

 

 夏候惇が知っている星伽白雪の超能力のグレードは十七だ。これははかなり強い。世界最強クラスとは言えないが世界有数とは言ってもいい。学生という身分で考えれば最高位だろう。

 けれど今目前の状況はそんなレベルではなかった。川一つ干上がらせるなどとんでもない。おまけにこれは封印解除の余波だけであり、彼女自身が能動的な動きを取っていないのだ。

 

「夏休み前にね。シャーロック・ホームズにアリアとレキがつかまってキンちゃんと蒼一君が追いかけていったんだよ」

 

「……はぁ?」

 

 聞こえてきたのは夏候惇への返答ではなかった。

 炎が吹き上がり、黒髪が舞っていて表情まではうかがえない。

 

「レキは友達だし、アリアだって知らない仲じゃない。だから助けに行くのを反対することなんてできなかったし、寧ろやる気満々のキンちゃんはこれまでで一番カッコいい思ったくらいだった」

 

「……ん?」

 

 なんか最後に変なのが混じっていたような気がした夏候惇だった。

 

「なのに」

 

「……なのに」

 

「――信じて送り出したキンちゃんが帰ってきたらアリアとやたらいい雰囲気だったんだよぉ!」

 

 熱量が爆発的に上がった。

 でも正直夏候惇には気にならなかった。

 今聞いた言葉を脳が拒絶するのに忙しかったからだ 

 

「……え」

 

「時間にすればたった一日分くらいなのに! なのになんで帰ってきたらあの二人はあんなにピンク色の空間を発生させてるわけ!? おかしいよ! もっと私が長い時間を掛けてキンちゃんを落とそうと思っていたのに、こんなにすぐキンちゃん落とされるなんてぇ!」

 

 強烈な私怨だった。

 星伽も宣戦会議も全く関係なかった。

 不思議なことにこれで彼女から発せられる熱量が上がっていたのである。

 

「あぁ……それで? なにが言いたいの?」

 

 全身が焼き付きそうな熱気の中であるが夏候惇の目は死んでいた。

 シリアスな一騎打ちだと思っていたら酷い話になったので再びやる気が消えていたのだった。

 ぶっちゃけ俺の相手外れだぁ、と思った。

 

「ウフフフ……キンちゃんにいいところ見せてNTRするため貴方を倒します! 見ててねキンちゃん! 貴方様の隣にふさわしいのは私なんだよ!」

 

 ようやく見えた彼女の顔は般若のようだった。お子様には見せられないレベル。これだけでも十八禁になってもおかしくない。夏候惇は十九なので見ていたが。できれば見たくなかった。

 

「あ、ちなみにグレードは最近上がって三十五です」

 

「……な、に!?」

 

 上がったのは悲鳴ではなく絶句だった。

 

 G35。

 

 そんな数字は前代未聞。砂礫の魔女パトラですらG25だった。そしてそのパトラは間違いなく世界最強の魔女の一角で間違いなかった。それを十も超える三十五。おそらくは人間としては確実に最高。

 

「……」

 

 超能力のグレードはそう簡単に上がるものではない。下位でも中々上がらないし、上位クラスともなればまず変動はない。けれどたった一か月程度での急上昇。思えば昨夜のレキもこれまでの情報とは一線を画する異能を発揮していた。

 

「……我らが王様が興味を示すわけだ……」

 

「? なにがですか?」

 

「別に、なんでもー」

 

 言葉と共に剣を構え直す。

 熱気にもそこそこ慣れてきた。呼吸を普通に行えばすぐに酸欠になるがそこらへんはちゃんと対処法を弁えていた。長時間の戦闘はともかく短時間ならば十全に戦える。

 超偵相手には長期決戦がセオリーではあるもの、

 

「ま、がんばろうかねそこら辺は。俺だって偶には真面目に動くさ」

 

 己を包む熱気のことは頭から捨てる。寧ろ、彼からすれば(・・・・・・)丁度いい。

 

「俺たちにも負けられない理由っていうのはあるんだ。恋心も馬鹿にするわけじゃないけどね、だから」

 

「はい。勝った方の想いが通るというだけのことですね」

 

「そうそう」

 

 返事は軽いが、しかし夏候惇から溢れる覇気は尋常ではない。炎上する世界の中で変わらずに剣を構える姿は到底凡夫のものではない。力ない、けれどほんの僅かに吊り上がった唇だけがその一片を垣間見せている。

 対する火焔の巫女もまた。夏候惇が炎から耐えきっているのではなく、彼女はこの場にある全ての炎を掌握している。視線指動刀術、あらゆる行為を以て全ての火焔を己の武器とすることができる。超熱を宿すそれは直近の大地を誘拐させるほど。川のない場所だったならば街が炎上してもおかしくないし、遠からずこの周囲もそうなるのだろう。

 

「いざ」

 

「参ります!」

 

 

 




まぁこの程度はインフレ基本(

感想とかで原作に違和感がwとか言われちゃうとニヤッとしちゃいますねぇ。
結構嬉しかったり。
自分はもうとりあえずの確認くらいしか読んでない。いや、読んでる時は楽しんでますけど

感想評価お願います

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