落ちこぼれの拳士最強と魔弾の姫君 作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定
その日の洛陽は朝からやけに静かだった。
この街を治める董卓の政は悪くない、寧ろ大陸の中でも有数の治安のいい街だ。皇帝のおひざ元であるからこそ色々な人材が集まっている。少し前までは文官や武官の腐敗があったが、数か月前に董卓と賈クが人員統制を行って不正を行うような武将は軒並み死刑、または追放処分になっている。黄巾の乱が終わった今、さらなる発展のために洛陽を中心とした漢帝国は進んでいこうとしていた。
それでも――、
「……やれやれ」
城壁の上に吹く風は嫌な臭いがした。あくまで勘だ。ともすればただ寝起きが悪かったと思えるような些細なもの。きっと普段の俺ならば気にしなかっただろう。だがそれを感じてたのは俺だけではなく、
「……蒼一」
恋もまた同じことを感じていたから。いや、恋だけではなく、
「おとーさん」
「……くぅーん」
我らが忠犬赤犬と我らが愛娘の愛もまた不安げにこちらを伺っている。この二人と一匹が不安を感じているというのならば間違いない。恋の天賦ともいえる超直観は言うまでもなく、愛もその才覚を余すことなく受け継いでいる。赤兎も犬は犬だがぶっちゃけそこらへんの武将よりもずっと強い。多分張遼や華雄とそう変わらない程で、動物の勘の強度は言うまでもない。
もう一度街を見直す。
静かだ。静かだが、それでも言いようのない気配があった。
頬を掻いて、
「こりゃあそろそろ腹決めなきゃなぁ」
●
「どういうことや!」
軍議室に張遼の怒鳴り声が響いた。普段の酒と戦いを好むお調子者の姿はない。普段の様子とは違い怒りを露わにしている。そしてそれは彼女だけではない。広い部屋にいるのは僅か四人。
張遼、華雄、賈詡、そして董卓。
今現在漢帝国の官軍の中核を為す四人だ。今現在の帝国においては彼女たちが政を行っているといっても過言ではない。
その中核のうち三人。張遼、華雄、賈詡の三人は激情を隠さず、董卓は悲しそうに目を伏せていた。
話のタネは――
言の始まりは黄巾の乱。 乱世の幕開けとなったそれは官軍では無く、諸侯の力によって終わりを迎えた。 その功績により、曹操が西園八校尉に、劉備は平原の相にそれぞれなり。南方の孫策は独立に向け計画を進めた。もっとも頭であった張三姉妹は曹操が保護したのだが。
そうして、平和が訪れた矢先に、第十二代皇帝劉宏が崩御。
権力の中枢は董卓・仲頼に握られた。
そして袁招・本初から各地有力諸侯に伝令が飛ぶ。
曰く、都で悪政を布く董卓を討伐せよ。
董卓たちに送られたのは投降勧告だった。黄巾の乱を修めたほぼ全ての諸侯が集結すれば総数十万は下らない大軍になるだろう。対して自分たちがすぐに動かせる軍は最大でも二万超えるかどうかという程度。黄巾の乱のせいで自分たちの疲弊は大きい。まともに戦えば確実に負ける。
「……っ」
それが解っているからこそ誰もが歯を食いしばり、怒りに身を震わせる。
「……攻めてくるのは何時になるのだ」
感情を押し殺した声で華雄が言う。猪武者と呼ばれている彼女もこんな場合で荒ぶるほど考えなしではない。いや、怒りの沸点が通り過ぎて感情が裏返っているのかもしれない。
「……もうすぐに来てもおかしくないわ。実際汜水関手前で既に集結が始まっている……たぶん、一週間ないわ」
「早すぎるで……!」
最低限の布陣をこなすだけでも精一杯だ。時間も戦力も何もかもが足りない。
「……詠ちゃん」
「……っ。とにかく! まずは反董卓連合への使節。それに軍の構成を。それにどんな手段を使ってもいいから連合結成への時間稼ぎを!」
董卓軍の軍師である賈詡の指示にも普段のキレはない。いくら何でも状況が悪すぎる。武将二人に軍師が一人。官軍の肩書があっても人員の乏しさに関しては各諸侯にすらも下回ってしまう。おそらく大陸の中でも下位の軍事力しかない。いや、それだけ力が弱まっているからこそ官軍であるはずの董卓たちに各諸侯が立ち上がったのだろう。
帝国の弱体化は言うまでもなく、前皇帝の崩御が決定的だった。もうどこの将もかつての王を見向きもせず董卓討伐のその先を見ている。
それを董卓たちは解っていた。
だからこそ空気はどうしようもないくらいに重く、
「おーい、どうしたよ。空気悪いなぁ」
現れた那須や呂布はどうしようもなく場違いだった。
●
「はっはー、いやぁ大変なことになってるなぁ。朝から嫌な空気だなとか思ったら大陸全土が敵とか笑えてくるなぁ」
「那須……!?」
扉が開き入って来たのは那須と呂布の二人。一応この二人も董卓軍の武将であるからこの軍議に参加するのはおかしくはないが、この二人は限定的な士官であるから参加が強制されていなかった。だから外されていたが、今二人は――那須に至っては笑みすら浮かべて――軍議室へと足を踏み入れていた。
「何しに来たのよ」
「なにってそりゃあ、お手軽とはいえ俺たちもここの武将だぜ? 恋といろいろ相談してて遅れたけどそりゃあ会議参加させてくれよ」
相談、という言葉に董卓たちの顔が強張った。
現状那須と呂布の戦力は軍一、いいや大陸でもぶっちぎりの最高位だ。この二人が戦を決定づけるとは言わないが、それでも確実に左右しかねない。
少なくとも――今董卓軍から抜けられれば勝算が見る目もないほど消えてしまう。
勿論言葉通り、今二人にこの街を捨てる気はない。この洛陽に来て数か月は経ち、愛着は湧いているし、知り合った人たちもいる。それらの絆を蔑ろにすることは彼らにはできない。
だから、那須と呂布は、
「董卓」
「……はい?」
声を掛けたの自分たちの主ともいえる少女。小柄な体。儚い銀髪。とても各地に噂として流れる悪逆非道の王などではない。寧ろ、ここにいる誰よりも優しい少女であることをこの場も誰もが知っている。
知っているからこそ、
「聞かせてくれ、アンタはどういう王様になるんだ? この先、反董卓連合とかいうのを退けたその先にさ」
那須は問う。
「覇道の兆しは他に三つ。
曹操と劉備と孫策。
それらの王の素質を持った少女たちを那須は知っていた。黄巾の乱において何度か、遠目に見たり、少なからず言葉を交わしている。だから知っていた。己の性質と正反対だからこそ敏感に感じ取っていた。
「曹操は言うまでもないわな。あれの王様素質は大陸の中でもぶっちぎりだ。劉備は頭お花畑だが、それに率いられているのは本物ばっか。孫策のところは絆で言えば一番だし、後ろには妹と
三国志と呼ばれる物語があった。
もう摩耗して、記憶のほとんどが消え去ってしまったかつての世界の知識。そこからの判断ではなく、実際の人間として向き合って得た確証だ。いずれ彼女たちの誰かの世界が流れ出し大陸を統べるのだ。
そしてもしこの三人に匹敵することができるとしたら――、
「董卓、アンタくらいだろう」
「私、ですか」
「そ。だから聞きたいんだ。アンタがどういう世界を望んでいるのか。それに如何で俺と恋が魂を掛けられるかどうか変わってくる。だから心して答えてくれよ」
「――」
問いかけに董卓は目を伏せた。
彼女には武威があるわけではないし、知略に優れているわけでもない。それでも彼女が今洛陽の主となっているのは右腕たる賈詡や剣である張遼や華雄の存在が大きくともそれだけではないはずだ。彼女自身の仁徳があってのこそ。
そうであると那須も呂布も理解していた。
だからこそ、
「私は……」
董卓は一度言いよどみ、けれど続く言葉は迷いなく、
「――私はただ大切な人が笑顔でいられればそれでいいです」
曹操のように野望を語るわけでもなく。
劉備のように理想を嘯くこともなく。
孫策のように先祖からの誇りのためでもなく。
ただ自らの周囲の人たちに笑顔があるだけで構わないと彼女は言う。ともすればただの我が儘のように聞こえてもおかしくない言葉。決して王の言葉ではない。
けれどそれが彼女の本心。
董卓――月としての真実だった。
質問してきた那須も背後に光る呂布も自分の本心を聞きたいということが解っていたから。この場には賈詡たちもいて、或は王として見限られていてもおかしくない。体裁にいい言葉でも吐けばよかったのかもしれないが、そんなことができるほど彼女は器用ではない。
だからこそ迷いなく応え、
「はっ、いい答えだ」
「……うん」
那須も呂布も笑みを浮かべて頷いていた。董卓たちが目を見張って驚く中、二人は彼女の前に跪いた。
「性は那須。字と名はなし、真名を蒼一だ。その月の祈りに忠誠を誓おう。最優先は恋と愛だとしても、それ以外の最上位が貴女だ。今より俺は貴女の刀となって全てを切り払おう」
「……呂布奉遷、真名は恋。これから、一緒。恋が貴女の槍になる」
それは臣下の礼だった。数か月前に初めて訪れた時はざっくばらんな言葉でいい加減に終わったことを確かなものとして二人は行っていた。
「どうして……?」
「どうしてって、そりゃあそんなこと本気で言えるやつなんて今時そうはいないし? それにそういうのは俺も同じだ。俺も恋と愛が笑顔でいてくれればそれでいい。皆が皆がそうやって考えてくれればいいだろう?」
「でもこれは理想論じゃないですか。私だってそれくらいは解っています」
「理想だろうと偽善だろうと貫き通せば真実だ。そんなこと気にしないで、貴方はただ勝てとか倒せとか言ってくれればそれでいいんだよ」
「……恋たちは、負けない」
「そういうこと。だからさぁ、俺らを受け入れていくれるかどうか、答えてくれ」
会話の間、二人とも膝をついたままだった。真名を名乗っている以上、それだけ本気なのだ。大陸二強の武威が董卓の前に傅いていた。彼女は僅か戸惑い、賈詡たちに視線を向ける。呆れや苦笑、期待の顔には嫌悪はなかった。断る理由などない。
だからこそ董卓もまた答える。
「よろしくお願いします。蒼一さん、恋さん」
「委細承知」
「……ん」
頷きは一度、しかし確かに。真名の交換こそ、魂の契り。こうして交し合った以上憂いはない。二人が立ち上がり、賈詡や張遼、華雄とも真名を交し合う。華雄だけは名乗らないが生まれの習慣らしいので仕方ない。預け、受け取るということに意味がある。
軍議室の空気は随分変わっていた。
蒼一と恋という二人の存在に少しずつだが希望が見えてきたから。
「んで? 奴さんの総軍はどれくらい?」
「多分……十万超えてるくらいじゃないかしら」
「そっかー」
絶望的な数に蒼一は軽く頷き、
「じゃあ俺と恋で最低五万は減らすから」
「え」
「百姓の力を見せてやろう! ふははは!」
「……大地の力」
「そんな百姓はいない!」
五万で自重したほうじゃないかなー(棒
簡易戦闘力
蒼一≧恋>>>超えられない壁>>>愛紗、雪蓮、春蘭、華琳>その他みたいな
陽の十一が蒼一、十が恋。
愛紗たちで七とか六ですかねー