落ちこぼれの拳士最強と魔弾の姫君 作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定
確かにその日は気持ちのいい朝ではなかった。台風接近のせいで大雨。肌にまとわりつく気持ち悪い湿度。サボるか迷ったが、キンジをいじり、レキの可愛さを糧としてなんとか登校。そこで、テンションは低かった。
そして。バスに乗れず、徒歩でレキと相合い傘をしながら。俺たちが乗り遅れた武偵高行きのバスがジャックされたという連絡を神崎から受けた時気づいた。
あ、今日は厄日だ。
●
大雨の下の女子寮の屋上。そこに俺たちはいた。キンジと神崎はC装備──強襲用の攻撃型装備──を装備し、俺はブレザー無し、レキは防弾制服のままだ。神崎は無線を手にし何か怒鳴っている。
が、俺たちに視線を移し、
「ま、Sランクが三人に拳士最強がいるなら十分ね」
キンジがすごく嫌な顔をし
「どういう意味だ、アリア」
「そのままの意味よ、この面子なら
「アイツ……」
レキが首を傾げた。く……!
こんな場面じゃなきゃ抱きしめてる所なんだが……
「『武偵殺し』よ」
「おいおい、神崎。そいつは捕まったはずだろ」
「そいつは真犯人じゃない。真犯人は別にいるわ」
断言された。何か、知ってるいるようだ。そうでなければ返せないほどの断言。降り注ぐ雨足を断ち切るような断言だった。
「根拠は」
短く、鋭いレキの問いも。
「話してる時間は無いわ、バスには爆弾も積まれているはずよ」
取り付く島もない。まさしく『独唱曲《アリア》』
「やれやれ、どうする キンジ」
「どうするって言われてもな――」
続きは聞けなかった。より大きい音が屋上を支配したのである。
――へリの音だ。
車輌科《ロジ》のシングルローター・ヘリが女子寮に降り立とうとしているのだ。手際がいいな、おい。これじゃあ、話してる時間はない。ていうか。ヘリを使うという事は。すなわち上空からバスに跳び下りる……。
あ、ヤベ。
「キンジ」
俺が冷や汗を流している間。
「これがアンタとの最初の事件ね――期待してるわよ」
「や、やめてくれ、買いかぶりすぎだ」
「買いかぶりならそれはそれで安心しなさい。あたしが守ってあげるから」
キンジ。赤くなってんじゃねぇ。お前の方が最近赤面症だ。
レキたちがヘリで屋上を去った後。未だ俺は一人で女子寮の玄関前にいた。作戦から外れたというわけではない。
もっと単純な理由だ。もっと情けない理由だ。俺、那須蒼一は。なんと、パラシュートをまともに使えないのである。……いや、滑空するくらいならなんとかできる。だが、この大雨の中は無理である。それを言った時の神崎の顔は中々面白かった。残念ながら俺が乗れる乗り物は、自転車とバイクくらいだ。
他は絶賛練習中。
もっとも。
それを理由にして何もしないわけではない。インカムを装着し、通信を繋げる。
「えーと、オペレーターは誰だ ……なんだ、くーちゃんか。よかったよかった。え くーちゃんはやめろ つれない事言うなよ、くーちゃんはうちの嫁の数少ない友達なんだからさ。くーちゃんも友達少ないだろ ん、名誉毀損? はははは、そんなこと言うなよ。ホントのことだろ。つーか、オペレーターがくーちゃんで安心してるんだぜ」
言いながら構える。
足を平行に前後へと配置し、膝を落とし、腰を曲げ、上半身を軽く前傾させる――両手は抜き手の形で、肘を直角の角度に、これも平行に前後へと配置する。体重は前方にかけられているようで、若干、前のめりの体勢である。
顔は正面に向け――学園島の外の方向に向く。
今にも駆け出しそうな――動の構え。
「なにせ、レキとキンジ以外に――」
気で限界まで両足を強化して。
「――本気で走る俺をナビゲート出来るのはくーちゃんぐらいだからなっ」
よーい、どんっ。
地面を砕きながら、駆け出した。
●
状況は最悪だった。アリアは独断専行と言っていい判断と指示でキンジと共にバスの屋根上に着地。キンジはバス内に犯人がいないことを確認し、アリアは爆弾を発見。C4爆弾が立方センチメートル。爆発すればバスどころか電車ですら吹き飛ぶ。
犯人はドSらしい。
アリアが解体を試みた所で、後ろにいたスーパーカーが激突。直後に車内へ発砲。運転手が負傷し
キンジを庇ってアリアが被弾した。
「アリア、アリア!」
名前を呼んでも、彼女に反応をない。頭を銃弾が掠めたのだ。すぐに病院に連れて行かれなければ危ない。だが、まだ危機は去ってないのだ。再びスーパーカー――ルノーから発砲されたら。
思い、アリアの身体をキンジが抱きしめた瞬間に来た。
●
『あと5秒』
走る。
走る。
走る――走り抜ける。
雨で道路は濡れていて滑りやすいが、そんなことは障害にはならない。滑らないように道路を踏みしめ、滑るよりも早く駆け抜ければいい話だ、
『4』
封鎖されている道路故に他の車を気にする必要はない。
『3』
全速で走り、バスとルノーを視界に入れた瞬間さらに加速。
『2』
そして、跳んだ。
『1』
キンジが神崎を抱きしめているのを確認しつつ。前方三回転の踵落としをルノーに叩き込む
「セイッ」
固定されていた銃ごとルノーを破壊する。
『0』
その勢いでそのままさらに跳躍し、バスへと飛び乗る。
そして、
『到着です』
「すまん、遅くなった」
「遅ぇよ、この馬鹿」
おいおい。女子寮からここまで走ってきたんだぜもっと、褒めてくれてもいいだろうに。だが、まぁ。この状況なら仕方ない。
「どんな塩梅だ」
「息はしてる、けど頭に被弾したんだ。なにかあってもおかしくない」
「落ちつけ」
言いながら、神崎の傷口に触れる。どろりとした血液が指に触れるが気にしている場合ではない。彼女に自分の気を流しこむ。気には治癒力を回復させる力もあるのだ。量によっては致命傷でもある程度は回復で来る。もっとも傷のみなので、脳はどうしようもない。
「傷はこれでいい、さっさと病院だな」
「だが、爆弾を何とかしないと!」
「そいつは……どうしよう?」
「ちゃんと考えろ!」
考えてるさ。酷いなぁ。だいたい遠距離に関しては俺はできることないんだよ。
思った所で。
『那須さん、新たにバスに近づくルノーがいます!』
くーちゃんの声が聞こえた。そして見る。
「おいおい、そりゃあないぜ」
やはりルノーだ。いつのまにかいた。封鎖されていたはずの道路に。先ほどと同じ。それは対して問題ではない。載っているモノが問題だった。狙撃銃。アンチマテリアルライフル・バレットM82A1。1,5キロメートル先の敵兵も両断できる強力な対物戦車ライフル。それが載っていた。発砲され被弾すれば俺たちどころかバスの屋根も吹き飛ぶ。
そんな代物が今にも銃弾を吐きだす直前――!
ソレの存在を確認した瞬間に叫んだ。
「キンジ! 神崎連れて下に行け! ついでに中の連中を前の方に集めろ!」
叫びながら構える。両足は前後に広げ、左足は前、右足は後ろにしつま先はどちらも前に。腰を大きく捻って、右肩を大きく開き、右腕を後ろへ振りかぶる。左。腕は前へ突きだす。手はどちらも軽く広げる。右手を大きく振りかぶる動の構え。
それを見た瞬間、キンジは血相を変えてバス内に跳び込む。
コレの意味を理解できたからだろう。
これの、この構えの意味は――
●
「全員、前の方に来い!」
キンジは中に入った途端に叫んだ。
全員ともきょとんとしたが、
「蒼一が――」
続くキンジの言葉を聞き、
「――
反応は迅速だった。全員が転がり込んだ。もつれ合いながら、それでもキンジはアリアを庇う。そして。バアンという音を聞いた瞬間。
「――『
バスの屋根、前半分が吹き飛んだ。