落ちこぼれの拳士最強と魔弾の姫君   作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定

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ノリで書いた殺シノンのまとめです
前話が過去編最終話です


終わる人外と始まる人間 「私は微妙よ」

 

 

――あぁ、なんて綺麗なんだ。

 

 彼女を知った時そう思った。 

 最初はかつて自分が愛した、好きだった少女に似ていると思っただけだった。髪の色や武器が狙撃銃とかそんなある程度の確率さえあれば当てはまってしまうようなことが、どうしようもなくあの子に似ていたから。我ながら未練がましく、こんなところまで来ても忘れられず、忘れらぬからこそ彼女の存在を意識した。それでも、ただ似ているだけだったら、ただの器の、このポリゴンで構成された偽りの肉体だけに限って言うならばここまで心惹かれる事は無かっただろう。

 でも俺は知ってしまった。

 彼女の在り方を。その魂の輝きを。生の閃光を。薄氷の刃のような、硝子細工のようなどうしようもなく危ういその心を。

 知ってしまった。触れてしまった。

 彼女は言った。

 

「人を殺した重荷はどうしたら消えるの?」

 

 無くならない。誰かが誰かを殺めるということは、どんな理由が合っても赦されてはならない。罪の十字架を一生背負わなければならない。

 

「どうしたら背負えるだけ強くなれるの?」

 

 知らない。俺は強くないから。父を殺し、主を好きだった女の子を死なせて、独りだけのうのうと生きているだけの俺はかつての罪を背負えてなんかいない。

 

「なら――貴方はどうしたの?」

 

 壊れればいい。

 俺は、そう彼女に応えた。かつて全てを失い――俺はここまで来た。

 SAOもALOも、このGLOに至るまでずっと。壊れて壊れて壊れてここまできた。何もかもどうでもいい。何にもかも面倒臭い。何もかも知ったことか。そうやって不感症になりきって、全ての痛みに鈍化してここまできた。それでやって来れた。剣の浮遊城も偽りの妖精郷も。それでよかった。

 なのに――この硝煙と血風の世界で君と出逢った。

 君の輝きに魅せられた。

 かつて人を殺し、その罪に溺れ続ける君に。

 そんな自分を嫌い、強くあろうとする君に。

 弱さから目を背けて強さだけを求める君に。

 一人ぼっちで周囲の全てを敵だと思う君に。

 あぁ、なんて綺麗なんだ。あぁ、なんて美しい。君みたいな存在に俺は出逢ったことが無かった。今にも壊れそうなその在り方をどうしようもなく美しいと感じたのだ。

 だからこそ――

 

 

 

 

 

 

 拳を振う。

 固く握りしめられた拳は鋼の如く。それはシステム的な攻撃力だけではない。纏った拳は蒼い光を宿している、それは基本のシステムを超越し、通常のルールから逸脱した証明。狂気にまで達し、幻想であるはずの電脳世界すら認めぬという執念染みた意志。正負の関係なくある一定の地点まで達した場合のみ発現する心の光。現在電脳世界においては使いこなせるのが五人とおらぬ埒外のスキルを迷わずに振り下ろす。

 それを前にし蒼髪の少女は欠片も臆さなかった。手には少女の身の丈以上もある黒光りする狙撃銃。しかしそれは本物ではなく仮想の物質。耐久力が存在し、それを超過すれば破砕されるしかなく、今目の前に迫る鉄拳はそれだけの威力を優に保有していた。もし蒼の鉄拳が命中すればその狙撃銃は一瞬で光の欠片となるだろう。

 

 その狙撃銃にもまた蒼の光が宿っていなければ。

 

「――!」

 

 鉄拳の蒼よりもより鮮やかな蒼だった。

 鉄拳が狙撃銃に振り下ろされる。しかし狙撃銃は砕けなかった。激突の瞬間に狙撃銃に纏われていた光が輝きを増し、接触部より波紋を生み衝撃を覚散させる。水面のような光はそのまま鉄拳にまとわりつき、拳を滑らす。

 

「ハッ――!」

 

 それを人外が笑い飛ばす。蒼の和装の男だった。二十前後程度。乱雑に伸ばした髪を首のあたりで括っていただけの男。開いた和装の胸元には十字傷があった。口元は――凄惨なまでな笑みが。

 

「くははっ! あぁそうだぜ! 祈れ! 欲しろ餓えろ願え狂え渇望しろ! それが源泉だ! それが力になる! 魂の輝きこそ心意の光だ!」

 

「言われ、なくてもーー!」

 

 叫ぶ男に抗うように少女は叫ぶ。手にした狙撃銃を指の動きで回転させる。システム的にも当然ながら重量というのは存在し、本来ならば指だけで対物狙撃銃を回転させるは不可能だ。

 だが少女の祈りが不可能を可能にする。

 

「フッーー!」

 

 心意の光を得て、破壊という概念を放棄した狙撃銃は壊れることを知らない。主が不滅であると信じる限り、冥界の女神の名を冠した魔砲はそういう風にあり続ける。

 故に破壊不可能の長物は破壊不可能の鈍器となる。

 振る。

 勿論シノンに打撃武器の心得は無い。GGOは銃の世界であり、近接技能はほぼ皆無だ。

 だが、それがどうしたというのだ。

 相手は戦うという事象を極めた、人すら外れた人外だ。例え、シノンが高位の戦闘技能を保有していても意味が無い。生半可な技術では対抗しうるのは不可能なのだ。

 だから、

 

「くたばれ、人外」

 

 鈍器として仕様するのと同時、狙撃銃の銃口を人外に向ける。

 

「あぁ殺してくれよニンゲン!」

 

 人外は嗤う。目の前に蒼光の銃口が迫るのをまったく意に介さず、上等だというよううに嗤う。

 

「ほら思い出せよ。辛かったんだろ? 苦しかったんだろ? 人殺しの罪背負って、誰にも理解されずに、理解できずにあがいてんだろ? あぁ喜べよ。それが正しい。それが人間の在り方だ。そして歓喜しろ。今お前の前にその罪をすべて帳消しできる、倒すべき人外がここにいるぞ!」

 

 ただ戦うだけの人外が。

 お前と同じように、お前以上の罪を背負った俺が。人を外れた者を殺し、同じ人外に至った俺がここにいる。ほら、俺を殺せれば英雄だぜ。昔から化け物倒せば英雄の仲間入りって相場が決まってるだろ? そして英雄の人殺しは罪じゃあない。

 

「人外一体殺せば、一人殺してても英雄だぜ」 

 

「英雄とか馬鹿じゃないの」

 

 シノンが引き金を引いた。照準を定めたわけではない。俯瞰した銃口と人外の位置、風や大気の動きを経験に基づき予測し、それら全てを心意で強化する事でほぼ零距離での狙撃が可能となる。

 爆音と共に弾丸が吐き出される。

 それは最早ポリゴンで構成された銃弾ではない。シノンの心意によって構成された冥界の波動だ。音速超過のそれは、

 

「それで死ねるかぁーー!」

 

 首の振りにより人外が回避する。

 もしこれが。仮に人外が人間だったのならば。人外が心意の力を持たねば。仮想のヒットポイントは大半が消失していただろう。そして仮にこれが現実世界だったのならば。電脳世界だとしてもシノンが心意を持たねば。この人外にただの鉛弾は何の痛みを与えなかっただろう。

 だか、しかし。人外は人外であり。少女は少女であり。彼と彼女は心意を保有し、ここは仮想世界だった。

 だから、光弾は人外の肩の肉を抉るだけで留まる。

 システムを超越しているが故にヒットポイントに意味は無い。心意による傷であるが故に本来曖昧な流血表現は明確で、痛覚は鋭敏だ。

 

「足りねぇよ。こんなんじゃ俺は死なねぇんだよ、この程度これまでいくらでもあったんだ。だからもっと来いよ。お前じゃなきゃダメなんだ。お前以外にありえない。お前しか、お前だけしかいないんだ!」

 

 キリトもヒースクリフは違った。

 世界樹のガーディアンなどいうまでもない。

 Pohやザザ、ジョニー・ブラックだってどうでもいい。

 死銃とか知ったことか。

 お前なんだ。お前なんだよ。

 その無謬の輝きはお前しかいない。

 

「なぁおい。シノン――朝田詩乃、お前が俺に幕を引いてくれ。唯一無二を終焉を俺に見せてくれよ」

 

 あの日俺は終わり損ねた。死んで終わることもなく。生きて始まることもなく。好きだったあの子もあの人も死んで、俺だけが生き残って。死に場所求めて彷徨ってようやくお前に出逢えたんだ。

 お前だったらいい。お前殺されたい。お前で最後がいい。

 あぁ、あの人もこんな気持ちだったのだろう。あの人はこんな気持ちを何百年も何千年も抱いてきたと言うのか。俺には無理だ。十年やそこらで限界だよ。

 

「さぁほらだから来い。お前の輝きで俺を終わらしてくれ」

 

「――」

 

 人外の告白に。

 シノンは、

 

「リリース――」

 

 小さく呟く事によって応える。

 

「――リコレクション」

 

 それは解放だ。冥界の女神。少女の相棒。彼女の数年間の葛藤と共に在った魔銃だ。

 たった数年間と言うものもいるだろう。だが、想いと言うものは年月の問題ではない。大事なのは深度だ。どれだけ悩んだのか。どれだけ苦しんだのか。どれだけ願ったのか。それは本人しか知らず、理解されない。

 しかしその想いは本物だ。真実であるが故にその意志の寄り代となったヘカートに余すことなく込められている。

 それを解き放つ。 

 武装記憶完全開放。

 SAOにおいてキリトとアスナとヒースクリフ。

 ALOにおいてリーファ。

 GGOにおいてザザ。

 それぞれの世界のそれだけしか使えなかった心意の秘奥を氷蒼の少女は遣う。

 銃身が氷結していく。銃口に暗闇が集う。銃身は氷結地獄(コキュートス)、銃口は深淵冥府(タルタロス)。ヘカートという名を抱いたが故のシノンの想像が、闘争のための現実として世界を塗り替える。銃身に触れた者は全て凍らせ、銃弾に触れた者は消滅させる。

 

「――ははは」

 

 それを目のあたりにし人外は――尚嗤う。

 

「それで俺を殺せるのかよニンゲン」

 

「ええ、殺してあげるわ人外」

 

 そしてシノンもまた。

 

「アンタはここで終わるべきよ」

 

 一人と一体は凄惨な笑みを浮かべ、

 

「ははははははっはは! 嬉しいなぁおい! これでようやく終われるぜ!」

 

「えぇ、ええ! 喜べ化け物! アンタを殺して私はやっと始まるのよ!」

 

 

 

 

 

 

 弾丸が放たれる。

 それはシステムの枠を完全に超越していた。最早弾丸などと呼ぶのも生易しい。放たれたの氷結を纏う暗黒。シノンのイメージが現実を塗り替え顕現する。放たれたのは音速を優に超えていた。鮮やかな蒼のライトエフェクトを纏った弾丸は文字通り目にもとまらず速さで大気を疾走し、

 

「かはははっはは!」

 

 哄笑する人外へと飛翔する。迸るライフエフェクトに僅かでも触れれば至る末路は氷漬けの屍だ。しかし人外は欠片も恐れず前に出る。かつて人外が人間であったころ保有していた奥義は最早全て忘却の彼方だ。名の付いた技はないが、しかしないからこそ全てが必殺の域にまで高められている。

 殴る。殴って。打ち抜く。

 ただそれだけ。最早この人外にはこれだけしかないのだ。

 愛する師も、主も、戦友も失った今人外には戦う事しか出来ない。

 

「おいおい……足りないぜ?」

 

「でしょうね」

 

 弾丸が外れ少女へと拳を叩き込んだ人外は僅か物足りなさげに呟き、しかし少女は笑みを濃くし、

 

「――ハッピーターン」

 

 外れ、しかし中空で切り返した弾丸が人外の背中に命中する。

 

「!?」

 

「甘いわよ。このGGOもSAOから芽吹いた種ってアンタ自身が言ったじゃない――だったらそこからソードスキルとやらを引き上げればいい」

 

 思わず人外が呆れる。無茶苦茶だ。そんなことが出来るわけがない。そう思いつつも、目の前の少女はそれを為している。

 ありえないなんてありえない。

 こんなふざけたことを為し得る彼女に対し笑みは濃くなるばかりで、

 

「……惚れるね、どうも」

 

「ありがと」

 

 言いながらシノンは動く。背中が氷結した人外へ銃口を向ける。

 

「――デストラクト・ライン」

 

 短く深い呼吸の後に引き金を引く。動作は一回分。しかし放たれたのは二十の弾丸。氷結した人外の背の全面へと牙をむく。着弾は一か所。二十全てが寸分の狂いもなく人外の胸へと激突し、

 

 人外が氷の棺に閉ざされる。

 

 荒野に人外を閉じ込めた氷棺が起立し、一瞬だが静寂が訪れ、

 

「ははははははは――!」

 

 哄笑と爆音と共に氷の棺が爆砕する。

 身体の各所に凍傷はあった。肌や髪は未だに凍っている所は多い。しかし五体は満足であり、その両目は爛々と輝いている。服に張り付いた氷を強引な肉体の駆動で砕き、動く。

 動きは当然ながら拳撃だ。

 深海のような暗く深い蒼。かつてSAOにおいて二万人の剣士たちの信仰を受けた神聖なる十字楯の武装完全記憶解放すら打ち砕き、黒の剣士と閃光に繋いだ破城鎚の如き一撃。いや城壁を砕くどころか城そのものを完全に粉砕してもおかしくは無い鉄拳。それがシノンへとぶち込まれる。

 

「――ヴェロシティ・ブレイカー」

 

 吐き出されたのは蒼ではなく黒紫。それは冥界の焔。熱を持たない深淵。叩き込まれる鉄拳に放たれる。

 それは百にも届く極細の散弾だった。速度は無い。遅すぎると言ってもいい。だがそれは音速超過を当然としていたこれまでの領域では妙手とも言ってよかった。なにより極細の極遅の弾丸が百だ。つまりそれは、

 

 弾丸の壁に他ならない。

 

「っ、おおおおおおお!」

 

 構わず殴る。

 

「っーー!」

 

 心意の弾丸により人外の心意も大半が削がれ威力が削られる。削られたが消えたわけではない。拳は少女の腹部へと叩き込まれ、短い悲鳴と共に少女の身体が飛ぶ。

 確かに少女を吹き飛ばしたが、しかし心意の弾丸の壁を殴って人外の拳が無事な訳が無かった。鮮血にまみれた肉が削がれポリゴンの肉体の内部構造すら覗いている。

 

「くはっ」

 

 思わず笑いが零れた。

 

「くははっは! 痛いな、痛ぇなこのやろう! 久々にすげぇ痛いぜ、拳潰されたとか何年ぶりだろうなぁ!」

 

「そんなんで止まらないでよ」

 

「当り前だろうがぁ!」

 

 拳潰されたぐらいで今更止まるわけがない。拳が潰れたなら、潰れた拳で殴ればいい。心意の力で直せなくもないがしない。この痛みを享受する。これこそ俺が求めていたものだから。

 

「はははははははははははっはははっははははははははっははっはははっははっははーーーーーー!!」

 

 笑う。嗤う。哂う。喉が裂けんばかりに、枯れんばかりに哄笑する。あぁ狂え、狂えよ。もっともっと狂って――

 

「俺を満たしてくれよ」

 

「ならこれはどう?」

 

 体勢を立て直し、片膝立ちの体勢でシノンが狙撃銃を構え、引き金を引く。

 

「――コラプト・エネミー」

 

 蒼の閃光が放たれる。一発。通常の弾丸と速度も威力も変わったようには見えない。しかしここに至って彼女が意味の無いことをするべきではない。

 だから避けない。とりあえず無事な左手で弾き、

 

「お?」

 

 弾いた手から力が抜ける。勿論人外自身が脱力したわけではない。心意を弱めたつもりもない。にも関わらず込める力の最大値が減っていた。

 つまり、

 

「着弾部位の弱体化か」

 

「趣味じゃないけどね」

 

 いいさ、と人外は嗤う。

 

「人外相手に真っ向から挑むなんて馬鹿だろう。大昔の英雄だって、神話の英霊だって、不死身で無敵の化け物にあの手この手で弱らせてぶっ倒してんだぜ? ウチの国の神話読んでみろよ。酒で酔わせて首切ってんだから弱らせるとかむしろ常道だぜ」

 

「だったら私は馬鹿でいいわ」

 

「……あぁまったくお前マジでいい女だなぁ」

 

「別に、私は私を始めるためにアンタを殺すのよ? なのになりたくない自分がやるようなことはしたくないわよ」

 

 うん、やっぱ止めた。

 そう言いながらシノンは肩を竦め、同時に人外の左手に力が戻る。少しだけ呆れるが、しかし胸にあるのは歓喜だ。溢れる想いはどうしたってどうにもできそうにない。いやはや本当に。この女は一々俺の心の琴線に触れてくる。惚れた弱みだろうか。人外になってもこういう所は変わらない。

 

「あぁ……なぁシノン」

 

「なに?」

 

「愛してるぜ」

 

「知ってるわよ」

 

「そっか」

 

「えぇ」

 

「なぁ」

 

 俺はもう疲れたよ。もう、戦うのも争うのも飽きたよ。あの日は終わるはずだったのに、あの日始まるはずだったのに。終わるでもなく始まるでもなく、俺の時間はあの日のまま止まったままだ。もう、いいんだ。もう、これ以上は辛いんだ。

 

「だから……俺を殺してくれ」

 

「……」

 

 その告白に、少女は今度は応えた。

 

「ええ。私がアンタを殺すわよ。二言は無い。言ったでしょ? アンタを殺して私は始まるって」

 

「あぁ、そうだったな。わりぃ、ラリってて頭動かねぇや」

 

 互いに苦笑して。

 

「愛してるぜ――詩乃」

 

「私は微妙よ――蒼一」

 

 つれない少女の応えに苦笑を濃くしながら。

 『ただ戦うだけの人外』那須蒼一は生涯最後の疾走を開始した。

 

 

 

 

 先ほど吹き飛ばされたシノンは蒼一でも大体十歩分の距離を空けていた。無論人外であり、心意で強化された蒼一の速度ならばまさしく一瞬である。だが、それでも十歩分は確実に必要だった。

 

「――ハ」

 

 右足を踏み出した瞬間に左肩が消し飛んだ。

 心意は心の力だ。

 幻想である仮想世界ですら、現実を認めれず狂気にまで至った想いが世界を塗り替える。世界に対する上書き(オーバーライド)。それはつまり狂気に至るまで純化された想いでなければ心意に至らない。だからこそ心意は自由自在、千変万化であり百花繚乱なのだ。心意の可能性は無限大で無制限だ。

 しかしだからこそ、本心に反する事は出来ない。

 

「――ハ、ハハ」

 

 二歩目で右腕の肘から先が吹き飛んだ。

 三歩目で左腕の付け根から消え去った。

 四歩目で左の脇腹が消し飛ぶ。

 

「――ハハ、ハハッ」

 

 終焉を求める人外と新生を求める人間。

 そんな一体と一人の決闘なんて、最初から終焉は見えていたのだ。終わろうする者が、始まろうとする者に勝てるわけがない。

 だからこれは至極まっとうな展開だった。

 

「――ク、ハハハ、ハハ」

 

 五歩目と六歩目で腹に穴が開き、頭の右半分が吹き飛ぶ。

 それでも足を止めなかった。痛みは最早ない。いや元々痛覚はあっても痛みは感じなかった。それくらい心はずっと前から摩耗していた。それでも、どれだけ削れても、そう簡単には終わるわけにはいかなかったのだ。未練があるわけでもないし、後悔だらけだったけれど。それでも、そんな簡単に死んだら、あの日死んでしまった二人に悪いと思っていたから。

 

「――あぁ……」

 

 七歩目と八歩目で胸に穴が開き、右膝から下が飛んだ。

 九歩目は踏み出せず崩れ落ち、左の太ももに穴が空いた。身体から離れなかったのは奇跡だ。

 そして十歩目は――踏み出せることなく崩れ落ち、

 

「――あぁ、ありがとよ」

 

 シノンに抱きとめられていた。

 酷い有様だった。

 両腕は無く、腹に穴は空き、両足もぐちゃぐちゃで頭部は半分吹き飛んでいる。まさに死に体だった。これで終わりだ。もうあと数舜で人外那須蒼一の生は幕を引く。

 

「……アンタ、ホントに馬鹿よね」

 

「男なんて、そんなもんだよ。……好きな女の子前では格好つけたくなるもんだ」

 

「……ほんとに、馬鹿」

 

 抱きとめられ、脇下から差し込まれ、背中に回ったシノンの指先に力が籠っていくのを感じた。そして朦朧とする視界の中で血にまみれた彼女の目元に光る物を見た。

 

「なんだ……泣いて、くれてるのか?」

 

「うるさいっ……そんなわけないでしょ」

 

「だよなぁ」

 

 泣かれると困る。女の涙には弱いのだ。あぁこれは人外だろうと人間だろうと変わらない那須蒼一の性質の一つだ。

 周囲の荒野は蒼一の震脚や拳撃の余波にシノンの心意によって氷漬けだったり亀裂入りまくりの大地だ。なるほど、地獄みたいな所は幾つも通り抜けていたけど、

 

 こここそが地獄だ。

 そして地獄の女神はここにいる。

 

「は、はっ……あぁ、クソッ、笑いすぎた、上手く笑えねぇ。喉痛ぇ、つか全身クソ痛ぇ」

 

「知らない、わよ」

 

「あぁ……そうかい」

 

 苦笑する力も最早ない。命の滴が零れ落ち、消えていく。『ただ戦うだけの人外』那須蒼一の全てが消えていった。

 これで本当に終われる。

 そしてこれでいい。

 化け物は人間に打倒されて終わらなければならないのだから。

 

「んじゃ、まぁ……頼むわ」

 

「……っ」

 

 シノンの手が動く。蒼一の背に回っていた手から彼女の腰に装備されていた拳銃へ。

 『黒星』。

 彼女の全ての痛みの源泉。向き合う事も出来ず、しかし完全に離れることもできずシノンが抱えていた痛み。しかしそれは同時に今かくあるシノンを形成した元凶でもあるのだ。だから――その小さな銃口に集うか細くしかしまぶしい閃光はシノンの、朝田詩乃の魂に他ならない。

 震える手でそれを握り、抱えた蒼一の心臓へと付きつける。

 

「ねぇ」

 

「ん」

 

「さっきのアレ……嘘よ」

 

「そうかい」

 

「えぇ」

 

 引き金を引き、

 

「愛しているわ――蒼一」

 

「俺もだぜ――詩乃」

 

 『ただ戦うだけの人外』那須蒼一はその生に幕を引いた。

 

 


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