落ちこぼれの拳士最強と魔弾の姫君   作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定

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なんか、思い思いに燃えるBGMとかおすすめ。
私は我魂為君(kkkのOP)とかシェイド&ダークネス(怒りの日挿入歌)とか聞いて書きました。


第19拳「惚れた女の為」

 ――あぁ、これで死ねるのかな。

 崩壊した校舎の一つの中、瓦礫に埋もれながらそんなことを思った。

 有体に言って限界だった。

 昨夜の遠山との死闘。日没前の疾走。選抜生徒百人教師七人の打倒。それらによって肉体へのダメージを積み重なってそれだけでもうボロボロだった。にもかかわらず、身体の事を全く考えない気による強化。防御力を全て攻撃力に変換したが故の代償。そしてそんな体での握拳裂との戦闘。数百発と受けた零拍子の拳撃。周囲を破壊する超高速機動。

 そしてダメ押しの致命の一撃。

 あばら骨は全て粉砕され、五臓六腑にも深刻なダメージを受けた。いやそれ以前までの激闘で体中の骨で無事なところはない。こんな体で動けていたのが不思議でたまらない。 

 完了の証が俺を生かしていたのか。

 しかしもはや終わりだった。戦うことに完結した存在が戦っていないのならば最早存在意義は無いに等しい。

 だから命は終わっていく。

 走馬灯が走る。

 拒絶し、死んでしまった俺の妹。

 子供みたいな理由で、狂ったように殴り合って、でも俺のことを助けてくれた戦友。

 いつも付きまとわれて、疎ましく思いっていた少女。

 そして、どうしようもなかった俺を救ってくれて、今俺に留めを指した男。

 それ以外だと実家の糞爺共や結局全く仲良くなれなかった武偵高の生徒たち。幼い頃に修行にて立ち会った者たち。

 なにもしてあげられなかったのに、俺に色々な事を与えてくれた人たち。彼ら、あるいは彼女らの顔が浮かびは消えていく。もう何もできない。身に纏っていた蒼の着流しと髪は血でズッシリと重くて、指先一つすら動かすことはできなかった。ほんの少しでも動こうとすれば、口のから血が吐き出る。全身の骨に亀裂の入ったせいで激痛などという言葉すら生易しい痛みが走る。かろうじて耳に届いたのは血混じりの掠れた呼吸音。それだけでなく全身に刻まれたキズから血という命が流れ出ていく。徐々に体が冷たくなっていくのが分った。そしてそれは降り注ぐ冬の雨だけではない。

 脳裏に浮かぶのは――彼女の姿。

 彼女と同じように、俺からもまた命の滴は消えていく。

 

「…………っぁ」

 

 音が聞こえなくなる。痛みも感じなくなる。肌に伝わる雨水や瓦礫の感触も消えていく。口の中に広がる血の味もない。視界だって、曇天の空は真っ黒でまだ残っているのか判別できない。

世界から切り離されていく。

 落ちて、落ちて、落ちていく。

 消えて、消えて、消えていく。

 朽ちて、朽ちて、朽ちていく。

 壊れて、壊れて、壊れていく。

 死んで、死んで――死んでいく。

 死はすぐそこだった。

 元々精神的には死んでいたのだから。

 だからこれは最後の刹那。蝋燭の最後の揺らめき。死は今すぐ訪れるからこそ、今の間際の時間は永遠のように。引き伸ばされた感覚は無間。走馬灯をすでに終わって、俺の人生なんてものは案外短かったんだなとか思う。

 あぁ、短かった。あっという間だった。

 何もなかった。何もしなかった。ただあるがままに、何もかも妥協して生きていた。相対性理論だかなんだか知らないけど、なにもかも受け入れ続けた人生は薄っぺらくて、一瞬だった。つまりこれは、俺の人生は始まってすらいなかったということだったのだろう。

 本当に滑稽だ。

 なにが、自分のことは自分、他人の為に誰かが何かをすることなんてできない、だ。

 自分のことすら何一つできていない奴、そんな言い分笑わせる。こういうことは自分のことを確と抱いている人間しか言ってはならないことだろう。俺が言ったらただの中二病でしかない。

 どうしようもなくどうしようもなくどうしようもない――それが那須蒼一。

 そんな屑と一緒で彼女は幸福だと言ってくれた。俺みたいなのがよかったって。俺みたいなのが温かいって。俺みたいなのに恋をしたいって彼女は言ってくれた。

 馬鹿な女だ。

 そもそもが間違いなのだ。そういうのは遠山とかに役目だ。何を思って風とやらは俺を指名したのか今だに理解不能だ。俺みたいな屑じゃなくて、遠山みたいな益荒男をレキの相手にすればよかったのに。

 あぁ今ごろになって理解できるさ。

 俺はあいつに感謝すべきなのだ。あいつは、俺の為に命を懸けてくれた。馬鹿みたいに殴り合ったのに。あいつが戦う理由なんてどこにもなかったのに。認めよう。あいつはいい奴だ。那須蒼一の何倍もの価値がある。俺みたいな社会不適合者なんかよりもよっぽど社会とか世界の為には必要な人種だ。

 ほら考えてみろよ。俺のいたところに遠山を当てはめてみよう。

 レキが遠山に結婚を申し込んで。決闘してレキが勝って。案外遠山のほうが主で。四苦八苦しているうちに遠山がレキの感情を広げて。遠山の周りにはいろいろ女の影は多いから大変だろうけどレキだったら必ずあいつの隣にいるはずだ。それは俺が二か月間体験済み。

そうやって、そうやって。

レキが遠山に恋をして。人間になって。もしかしたら遠山が応える。

そんな未来。そんな物語。そんな欠片。そんな展開。そんな結末。

あったかもしれないイフ。むしろそっちのほうが王道で、考えれば考えるほどに明確で――、

 

「…………」

 

 心の中に形容し難いナニカが反発する。

 解らないことは多いけど。これはたぶんその中でもハイエンド。気づいたらずっと胸の中で燻っていて、居座っていて、でも全然解らなかったからずっと目を背けてきたナニカ。

 たぶん、これに触れた瞬間に全てが変わってしまう。

 これまでの、ただの屑の糞でしかない俺なんかは欠片も残さずに消え去って、なにもかも一変してしまうのが解ってしまう。理屈とかそういうのを抜きで本能で解る。

 

「――――はは」

 

 みっともない。今更なににすがっているというのだ。何度も言っているし、最早解りきっているだろう。那須蒼一は屑だ。どうしようもなくどうしようもなくどうしようもない。なるようにならない落ちこぼれ。那須家きっての失敗作。

 それが俺なのだ。

 だったら――何をためらう必要があるのだ。

 もう終わっていくのだから。

 だから最後に。 

 今の那須蒼一の最後の足掻きとして。

手を伸ばそう。

 目を開けよう。 

 耳を澄まそう。

 痛みから逃げずに受け止めよう。

 前を向いて。

胸を張って。

自分の足でしっかりと。

 俺なんかに恋をしたいって言ってくれた彼女のために。

俺の為に命を懸けてくれたあいつの為に。

 そして――

 

『――――、―――、――――――――――――』

 

「――」

 

 聞こえた。

聞こえたんだ。

幻聴だろう。

だってここに彼女はいないし、生きているのかすら俺には解らないのだから。

でもそれでも聞こえた。

 そして見えた。

 海のように深くて、空のように高い色。綺麗な、綺麗な瑠璃色。ほかの誰でもない彼女を思わせる色。それが体に染み渡る。届いてくる。傷ついた体に。最早終わっていく命に。

 頑張れ、頑張れ。頑張るから――頑張って。

 そんな想いが届いたから。

 

「あぁ。頑張るよ。だからお前も一緒に――」

 

 

 

 

 

 

「なに――!?」

 

 蒼一が沈んだ箇所が轟音と共に吹き飛んだのを拳裂は確かに見た。

 最後の一撃。己の最大威力。零拍子も用いた文字通り必殺技。失敗だったという失望さえ込めた一撃だった。どんな相手でも絶命ないし戦闘不能にまで至らせる拳撃だったという自負がある。

 長年の握拳裂の悲願は今回も叶うことなく己が勝ったと、これからも戦うだけの日々が続いていくのかと諦観のような想いを抱いたが、しかし。

 

「は、は、は」

 

 口からこぼれたのは嗚咽にすら似た笑みだった。ゆっくりと、しかし確かな足取りで歩いてくる少年を目にして。全身血にまみれ、見るからに死に体だった。

 しかしそんな様でありながら、拳裂の記憶は回帰する。

 かつて共に戦場を駆け抜けた戦友の一人。彼に少年の姿はどうしようもなく被った。

 着流しや指のバンテージが敗れて露わになった上半身を占める幾何学的な刺青。真っ蒼な髪と瞳。静かな、あまりにも静かすぎる闘気と覇気。なにも発せられていないわけでなく、全ての闘気も覇気も一切合財悉くが少年の体内に浸透し、循環していることを拳裂は知っていた。

 

「色金宿し……! そうか、至ったのか……!」

 

 声は小さく震えていた。摩耗していた感情が蘇ってくる。もうずっと過去のことだと、過ぎ去ってしまった日々の中。ただ戦うだけの己が戦場に意味を抱いた在りし日の記憶。

 その記憶が込みあがってきて、

 

「くは、ははは……はははははははははは!」

 

 泣き笑いにも似た爆笑。

 あぁ、これだけ笑ったのは何時ぶりだろうか。英国で同類と別れて以来か。一世紀前に出会った同類はしかし同類であるにもかかわらず拳裂よりもずっと短命だった。彼の死は近く避けられない。

そして己もまた。

 自殺志願になったのは、きっと彼らと共にいたから。

 イロカネというものに触れてしまったから。

 なあ、蒼一。お前はその輝きの意味をやっぱり解っていないんだろうな。お前は馬鹿だったしなぁ。覚えが悪いやつだったよ。教え甲斐があるのかないのか。 

 

 ――それは魂の輝きだ。

 

 イロカネは人の魂によって強く輝く。 

 八百年前の彼らのように。そして今のお前のように。

 それに魅せられたから、同類は死期を間近にし、己は自壊衝動を抱いたのだ。人から外れてしまったからこそ人間という存在に恋い焦がれたのだ。その輝きに触れてしまったから。

 

「ははは、はっ、はははははっ、ははっ」

 

 あぁ今自分はうまく笑えているだろうか。心から、魂から。人から外れ、外道を進む自分はその姿を礼賛できているのだろうか。

 なぁ誇れよ馬鹿弟子。胸を張れよ。完了なんて言って悪かったさ。

 確かにこれまでのお前は終わったけど。これからきっと始まるんだろ。

 あぁ、もう安心した。お前も、そして彼女も大丈夫だろうから。

 だから。そう、だから。

 

「超えていてけ、我が弟子よ。主の刀にして盾。その何たるかを私が教えてやるから来るがいい――これが、最後の稽古だ」

 

 それまで浮かべていた凄絶な笑みではなく。どこか、憑き物が落ちたような、さっぱりとした笑みで拳裂は言う。

 そして目の前の少年は、

 

「……」

 

 まるで嗚咽を堪えるように一度空を仰ぎ。

 視線を拳裂に戻した時、その瑠璃色の瞳の迷いはなかった。

 最早言葉で交わすことはない。どちらも口が達者というわけではないのだ。

 互いに構えはない。零拍子を体得する拳裂は言うに及ばす、今の少年にもそれは必要ないと知っていた。

 

「『ただ戦うだけの人外』握拳裂」

 

「『落ちこぼれ』那須蒼一」

 

 互いに最後の名乗りを上げて。

 終わりゆく人外と始まっていく人間の。

 最後の稽古が始まった。

 

「行くぞォォッッ!」

 

 

 

 

 

 

 先手の一撃はあろうことに蒼一だった。

 いや、正確にいうならば蒼一の拳よりも先に拳裂の零拍子の連撃は確かに蒼一に当たっていた。数にして百以上。現時点でこの動きができるのは彼をおいて他にはいない。

 しかしそれでも。

 

 会心ともいえる一撃を放ったのは蒼一のほうだった。

 

「が、はぁ……!」

 

 拳裂の鳩尾にこれ以上なく的確に。いつの間にか懐に沈み込むように現れた、蒼一の一撃。クリティカルヒットと言っていいほどの一撃が決まり、

 

「っ、お、お!」

 

 曲げていた肘を疾走の余波と共に思い切り伸ばす。跳んだ拳裂の体へと追い打ちの連撃。両手を使った高速打撃。右の肘打ちから左手での肝臓打ち(レバーブロウ)。その上で戻していた左手での掌底。再び吹き飛んだ拳裂の頭上から放つ両手を握りしめた振り下ろし。   

一撃毎がそれまでの蒼一の全力を軽く超越していた。

 流れるような連撃。

 一切の無駄のない高速コンボ。

 全身を蒼く変生させてから速度が遥かに上がっている。

 常時音速機動。場合によっては音すら上回る高速機動。

 後に瑠璃神モード、さらに後に瑠璃神之道理と名付けられる今の蒼一の真骨頂の一つであり、一連の動きは音速機動だけではない。

満身創痍からの損傷回復。

 全身の気を余すことなく浸透させることによる膂力の超強化。

 そして何より――ほんのわずかの動作すら見逃さない見切り。

 それら全てが合わさって、何もかもが絡み合って蒼一の力となって、今の彼がある。

 それを見て、

 

「は、ははは! いいぞ蒼一! 見事だ! くはは!」

 

 口から血が溢れるのにも関わらず、

 

「あぁ、本当に、見違えたぞ! 意外だよ、あそこでお前が立ち上がるとは! 私の知っている那須蒼一は、そんなキャラでも柄でもなかった。その変化、真に快なり!」

 

「うる、せぇ……!」 

 

 蒼一にだって解ってる。あそこで立つのは自分のキャラじゃなかった。そういう柄ではなかった。あそこで朽ちて砕けて終わっていくのが那須蒼一だった。

 生きる理由も戦う意味もなければ。

 

「確かに、キャラじゃねぇし、柄でもねぇよ」

 

 でも、でも、でも、それでも!

 

「惚れた女の為に命懸けられないわけがあるかァーーッ!」

 

 あぁ、そうだそういうことなんだよ!

 

「俺は、俺はアイツに惚れてんだ……!」 

 

 何時からとか、どうしてとか、そんなの解らないけど。それでも俺は。

 

那須蒼一はレキに惚れているんだ。

 

 あんな女に。

 四六時中風がどうたらこうたら言って、いきなり決闘吹っかけてきて、狙撃馬鹿で、放っておけばカロリーメイトとかしか食べなくて、感情とか意志とかまったく見せない、変な女だけど。

 

「人間になりたいって、言ってたんだ……! 恋をしたいって……!」

 

 リーフパイをおいしいって、缶コーヒー片手に一緒に食べた。麻婆豆腐食べさせたら意外にもちゃんと食べた。小説読ませたら興味深いって言っていた。驚くことにデカ盛りラーメンを完食していた。クリスマスイベントにだって参加した。他にも他にも他にも――。

 確かに、一緒にいた。

 いつから好きで、いつまで嫌いだったのかはもう解らないけど。

 はっきりとしていることはある。

 こんな俺でも明確にわかることがある。

 

「俺は――あいつと生きていたい」

 

 死にたいなんて嘘だ。きっとレキもそうだろう。生きて帰ってきてって、言ってくれたもんな。頑張れって言ってくれたもんな。

 頑張るよ。その想いがあれば、俺は頑張れる。

 

「……それがお前の理由か」

 

「あぁそうだ」

 

 脳裏に過ったのは数日前の馬鹿騒ぎ。頭のおかしい喧噪の中で頭のおかしい女だって言っていただろう。あぁ、今なら理解できるさ。

 

「人は、愛の為に生きるんだぜ?」

 

 これ以上なく解りやすい。俺みたいな落ちこぼれにはぴったりの生き様だ。使えない頭使うより、こういう理由で戦うのが、生きていくのがよっぽどいい。

 愛の為に。

 レキの為に。

 一緒に過ごした時間は別に特別なことがあったわけじゃなくて、穏やかな陽だまりのような日々だったって今なら思える。かけがえのない刹那。馬鹿みたい、子供みたいに文句言いあってけれど、今ならああいうのだって悪くなかったって思うことができる。時間が止まってもいいって思えるほどに。

 でもそれ以上に。 

 前に進みたいと思うから。

 立ち止まったり、寄り道したり、どこに向いてるかさえもはっきりとしていなかったけれど。だからこそ。

 一緒に、レキの隣で、歩いていきたいと思うから。

 

「だから――俺は」

 

 生きるから。

 

「俺の都合で――アンタを殺す」

 

 そして放つのは那須蒼一のオリジナル『蒼の一撃』。

 第一番 『乾坤一蒼』。

 第二番 『拳蒼発破』。

 第三番 『勇蒼邁進』。

 第四番 『螺旋蒼黒』。

 第五番 『支蒼滅裂』。

 第六番 『天蒼行空』。

 第七番 『翠蒼鎖縛』。

 第八番 『蒼刀開眼』。

 第九番 『豪快奔蒼』。

 第十番 『蒼風十雨』。

 第十一番 『疾風蒼雷』。

 第十二番 『蒼和雷同』。

 第十三番 『明鏡止蒼』。

 全十三種あるそれらを同時に放つ強制混成接続奥義!

 

「真・天下無蒼――――!」

 

疾走の加速を余すことなく乗せた正拳。瀑布の如き連続拳撃。暴走する機関車のような前蹴り。螺旋運動からの刺突。いわゆらない震脚。平手による大気の叩き付け。関節部へと叩き込む貫手。研ぎ澄まされた手刀の一閃。回し蹴りという単純であるがゆえに強力な一撃。十指、否十爪を振りぬく十。流星のような体当たり。首から落とす投げ飛ばし。相手の動きに乗ってから自らに乗せるカウンター。

 一つ一つが間違いなく必殺の奥義は余すことなく拳裂に叩き込まれ、

 

「はははははははははははははーーーー!!」

 

 それでも拳裂は哄笑を上げていた。これ以上なく、たまらなく嬉しいと、愉しいと言わんばかりに。この命の削りあいがなによりも素晴らしくてたまらないと言わんばかりに。

 やっぱりそれは蒼一には理解できなくて。

 それがどうしようもなく悲しくて。

雄叫びと共に最後の一撃の為に構えられる。ほんのわずかな一瞬の溜め。

 腰だめのそれは――拳裂も知っていた。

 構えは違う。予備動作も違う。何もかもが違うけれどソレ(・・)は間違いなくソレ(・・)だと拳裂は直観し、

 

「――あぁ大きくなったな」

 

 そんな言葉と共に、これ以上ないくらいに場違いな優しい笑みを浮かべて、

 

 両腕から神速の十字閃が放たれる。

 それは体育館を割砕させた振り下ろし、それと同等の横薙ぎの一閃。いや、それらの威力をはるかに上回る双撃。彼自身の両腕に亀裂が入っていくにも関わらずに放たれ、

 

 狙い違うことなく、蒼一に心臓を中心に十字の切創が刻まれた。

 

「……!」

 

 声にならない絶叫。背後の大地が砕け、海を割り、海を挟んだ浮き島にさえ亀裂を刻んでいた。背でまとめていた髪は弾け飛ぶ。超強化された今の蒼一でも掛け値なしの致命傷。即死していないのが奇跡。通常の蒼一ならば体が粉砕されてもおかしくはなかった。

 生へと向かっていた蒼一の疾走が一気に死へと近づいて、

 

『――蒼一さん』

 

「っああああああああああああああああああああああああああああああ!」

 

 脳裏の蒼一が惚れた、瑠璃色の少女の笑顔と声が過って、

 

 

「天上天下・蒼ォォ――ッ!!」

 

 

 零拍子。拳撃の極みが放たれる。

 決して回避も防御もできない究極の一。那須蒼一があこがれ続けた至高の一撃。

 それは速度に表せば光速にすら匹敵し、

 

 寸分たがわず握拳裂の胸へと叩き込まれ彼を即座に絶命させた。

 

 その最後。彼の口元には、まるで息子を誇るような父親のような笑みが浮かんでいた。

 




次話過去編終章。

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