落ちこぼれの拳士最強と魔弾の姫君 作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定
「来たか」
そしてついに辿り着く。
武偵高校舎の屋上。
かつてレキと決闘し。
かつて遠山キンジと激突し。
そして今――握拳裂と対峙していた。
雨氷の中まるでそびえ立つ巨木かなにかのようにまったく動ずることなく腕を組み仁王立ち。降り注ぐ雨氷は随分と水分が多くなっているがそれにも全く頓着する様子もなかった。
六年。
七年前全てを失った俺を拾い上げてくれて、一年前に袂を別ったから六年間。何の才能を持たなかったから命を燃料にする気を教えてもらって、戦闘技術を学び、戦いに明け暮れてきた。その日々の中で俺がずっと見据えてきた背中はもはやない。今ここでは、正面から相対しているのだから。今のこの男の背を追うことは今の俺にはできない。
「私とお前とそして彼女の為だ」
前置きもなく言った。
「……」
「お前が私に聞きたいことはわかっているさ。なぜ、お姫様を私が傷つけたのか、だろう?今のが私の答えだ。私は私とお前と彼女の為に彼女に命へ至る傷を負わせた」
「蒼一よ。気づいていないかもしれないがな、お前は随分変わった。六年前とも、一年前とも。今のお前は随分違った。一年前の時点でお前は完成していたがな。それでも、私が求める境地にまでは遠かった。だからこの武偵高に入れさせた。そうしたらどうだ? 二か月前から私はずっと見ていたぞ? お姫様との今時流行りのラブコメも。昨夜の遠山侍との魂の決闘も。お前は変わった。あぁ、蒼一よ。師としてお前を誇りに思うぞ」
「……」
「完成した武人ならばこの世界にはいくらでもいるのだよ。だがな終わってしまった、突き詰めてしまったとなるとそうはいかないのだよ。完結し、終結し、終焉し、完了してしまった武人を私はずっと求めてきた。ずっと昔から、気の遠くなるような時間をかけて探してきた。しかし見つかることはなく、だからお前を育てたのだ」
「……」
「あぁそうだ。
「……」
「人間であり修羅であり外道であり正道であり善であり悪であり――そしてどれでもない。どうしようもなくどうしようもなくどうしようもない。なるようにならない最終。言葉で言い表すことのできない境地――喜べ蒼一。お前は今そこにいる」
「……」
「お姫様に関しては、単純だ。ここで、この私程度に殺されるならば
「……」
「ともあれそういうことだ」
「……」
「ほら――
「……」
「こんな理不尽に会ったら普通は激怒するだろよ。実際遠山侍はこのことを伝えたら激怒し満身創痍ながら立ち向かったぞ? なのにどうだ、蒼一。今お前はどう思っている?」
「……知るかよ」
口を開く。あぁもうそれすら億劫だ。
完了とか完結とかどうでもいいんだよそんなこと。何言ってるか全然理解できない。俺が終わってる? どうしようもなくどうしようもなくどうしようもない?
そんなにずっと前から知っている。何を言ってるか何一つ理解できないけど。那須蒼一が屑であることだけはずっと前から知っていたのだから。
「どうでもいいよもう。知るかよ、くだらねぇ。俺が聞きたいのは一つだけだ」
「聞こうか」
「結局あんたは何がしたかったんだよ」
「簡単だ」
言って、笑って、両腕を広げ、
「――私を殺せ。那須蒼一」
「――そうか」
そんな言葉を聞いて。俺はそれほど驚かなかった。あぁそういうこと、なんて風にしか思えなかった。これが終わっているということなのだろうか。あぁ本当にどうでもいい。ここで俺が何をすべきなのかも解らないんだ。
解らない。
「でも……それでも。俺がここに来た理由は一つだ」
「ほう」
「ぶっちゃけるとさ……キレてんだよ。怒ってるんだよ俺。生まれて初めてってくらいにさ。なぁおい。もういいや、言葉とか。俺とあんたがそんなんで話し合えるわけがないだろ」
拳を握る。
握りしめる。
「殺してほしい? ふざけやがってそれはこっちのセリフだよくそったれ」
俺だって。
もういいんだよ。
なぁレキ。
お前が死んだら。
俺はもう生きていけないよ。
どうしてか解らないけど。
俺はまだ何一つわからないけど。
お前が死ぬなら俺も死んでいい。
「だから――あんたが俺を殺せよ。俺を殺せるなんて、もうあんたしかいないだろう」
「違うな。お前が私を殺すんだよ」
そうして――俺は、俺たちは。
那須蒼一と握拳裂は。
互いが互いに殺してもらうために。
互いが死にたがる理由をまったく知ることもなく。
「殺せよ糞師匠!」
「殺してみろ落ちこぼれ!」
どうしようもなくどうしようもなくどうしようもなく――殺しあうのだ。
●
一歩踏み出し、
「がああーーッッ!」
全身を衝撃が襲う。
無拍子と呼ばれる技術がある。一定以上の強度を持つ武芸者からすれば割かしポピュラーな技術だ。基本的に強度が上がれば上がるほど個人個人のリズムというのは生じる。早かったり遅かったり、連続していたり不規則だったり、人それぞれにリズムというのは持っている。戦闘において相手のリズムを読んだりするというのは案外重要なことだ。
そういう
予備動作なしで放つ一撃。
無駄な消費を抑え、尚且つ最大限の威力を発揮するためには必須とも言えるスキルだ。
そしてそれこそが握拳裂の真骨頂――ではなく。
さらにその先。
『零拍子』。
無の先の零。
拳撃のという理の極点。極みの一。超高速で放たれる無拍子の拳撃は予測不可能にして回避不可能。攻撃所要時間零秒。攻撃した瞬間には終わっている一撃。
それが握拳裂の真骨頂。
「ふ、は、は――」
それが――零秒間に数十発。
本来なら、剣士であろうと、拳士であろうと。この絶大な威力を誇るこの奥義を発動するのには僅かな溜めが必要だ。ほんの一瞬であろうと溜めは溜めで、わずかな空白があり、厳密にいえば超高速の連撃は不可能である――はずであるが、
不可能を可能にしてこその『拳士最強』である。
「ははっはははっはははははっは!」
最初の連撃で全身を零拍子の一撃が襲い、屋上の踊り場を粉砕しながら吹き飛び、
「ふぬぁ!」
真上に跳んだ拳裂がさらに拳を叩き込む。
「ぐ、はっ……ッ」
背中がなにかを砕いた感触が四回ほどあり、一際固い下面に激突する。真上からの拳撃を受けてそのまま地面までぶち抜いたのだ。
「っ……あ、くそ、が……!」
血の塊を吐きだしたが、すぐさまその場から飛び退く。机やら椅子にぶつかったがかまっている暇はなく、
次の瞬間に
「っ、お、お!?」
コンクリや木材の破片が飛び散り、服や肌を切り裂く。顔の前の腕を十字にしてガードしながら、割砕された校舎の先に見たのは蹴り足を振りぬいた拳裂だ。
恐るべきごとに蹴撃の余波だけで校舎を割断させたのだ。
馬鹿げた威力。いや、そういう次元ではなく攻撃範囲が広すぎる。拳士である以上攻撃範囲が五体の駆動域に限定される。手のひらで掴んだ風を叩き付けたり、震脚の衝撃波で広範囲を攻撃することは俺にも可能だが、しかし単なる余波で校舎を砕くなんて理不尽すぎる。
それでも――。
跳躍する。削られた破片を強引に足場にして跳ぶ。
そして拳を振りかぶり、
「虚けが」
零拍子の拳が雨あられと降り注ぎ、
「っ、おおおおおおおおおおお!」
「ぬっ」
一切構わずに打撃を叩き込む!
避けられない、防げないのならば――避けない、防がない。溜めがない分全開の威力よりもわずかに低い。
故に、受けるのを覚悟していれば我慢できないことはない。
「死ぬ気か貴様!」
「アンタが言うなぁー!」
俺と拳裂の拳が激突する。
防御を計算に入れていないのは拳裂だって同じだ。お互いの全能力を攻撃に振るが故に、
「うおおおおおおおおおおおおおお!」
「ぬうううううううううううううう!」
拳による弾幕戦が発生する。
それぞれが岩を砕き、鉄板にすら風穴を開ける一撃が激突しあう。それの余波だけで周囲の校舎に亀裂は入り崩壊していくが、もはやそんなことは些細なことだ。
たった数秒で交わされあう拳撃は数百に。
そしてそれらはさらに加速していきながら密度を高め、
唐突に拳裂が打撃を停止した。
「――な」
「フンッ!」
俺の拳撃の間を縫うように拳裂の手が伸び、
「がっ、あ」
「覇ァ!!」
そのままぶん投げられる。視界と平衡感覚がぐちゃぐちゃになり、校舎を砕いていく。どこかに激突するたびに身を砕かれて
「三つ――槌不踏」
追いかけてきた拳裂の拳の振り下ろしが全身を莫大な衝撃として打撃する。
まるで巨大な
「あ、がああああああああああああああああああああああ!!」
細胞一つ一つを等しく打撃されたかのように万遍なく衝撃は叩き込まれ、さらに飛ばされて、
「あ、ぐ、っ」
ぶち込まれた先は強襲科の体育館。
全身を等しく打ち抜く衝撃に、思わず脱力しかげるが、
「ぬ、く……!」
地面を思い切り踏みしめることで活を入れなおす。
だって、
「待たないぞ。一つ――薙颪」
投げ飛ばされた時に生じた穴から右腕を高く掲げた拳裂の姿が見えた。
まるで薙刀のような、腕自身が長大な一刀のようにすら見えて、呟きと共に振り下ろされる。
そして体育館が割砕する。
校舎を割った一撃すら超える大斬撃。教室一つ分と廊下の空間ではなく、百人以上の人間が派手に動き回れるほどに巨大な建造物を一撃で粉砕するほどの威力。モロくらえば即死。かろうじて回避しても重傷は免れない。
だからこそ前に出る。
「おぉ……!」
拳裂の呟き瞬間には既に体育館内から脱出していた。行先は手刀を振り下ろした直後の拳裂の懐。眼前という超至近距離。近接戦どころか接触戦とすら言っていい間合い。俺の蒼の一撃では近すぎる間合い。
だから、
「っ、おおおおおおおおおおおおお!」
叫び、拳裂への鳩尾へ腰の回転をフルに活用した一撃を叩き込む!
「ぐ……!」
即座に逆の手で掌底を叩き込み、止まらない。拝むように合わせた両の張り手をぶち込み、跳躍。踵を斧刀に見立てた三回転かかと落とし。着地の瞬間にさらに跳んで膝頭を叩き込み、着地しながら広げた両腕も手刀をバツの字に。連撃の締めに五指を揃えた貫手を射出する!
「……!」
漏れたのはどちらの声か。
一連の拳撃で拳から血が吹き上がるが、
「くっ!」
確かに拳裂にもダメージを与えた。
しかし――
「六つ――業突棒!」
貫手を中心に世界が回転する、わけがなく。拳裂が貫手を掴み、そのまま一度持ち上げてから地面に叩き付けたのだ。
「がはっ!」
地面が放射線状に粉砕される。反応できなかった。気づいていたら投げられていたという状態。だから気づいて、叩き付けられた瞬間には動いた。
「ぜぁっ!」
叩き付けられた瞬間、その衝撃を使って右足を蹴り上げる。
拳裂が飛び跳ね間合い空いた。すぐに俺も立ち上がり、
「――」
まったく同時に疾走を開始する。
●
武偵高を縦横無尽に駆け巡りながら幾度となく俺たちは激突しあう。
各部の校舎を。体育館を。グラウンドを。拳が交わるたびそういう建物は激突の余波で崩壊していく。
そして建物だけではなく、一撃毎に俺の体のどこかも砕けていく。肉は裂け、骨は砕け、血は飛沫する。満身創痍で全身傷だらけ。どう見ても死にかけで、ほんのわずかに動くだけで命がすり減っていて死へと歩んでいくのが理解できる。歩くのも、走るのも、息をするのも。極々当たり前の行為がどうしようもなく苦痛だ。
なのに、拳撃という行為だけはどうしようもなく滞りなく遂行される。
拳を握って、振りかぶって、叩き込む。
壊れかけの俺が、人を壊すことにどうしようもなく特化していく。
これが――完了するということか。終わっていく。なるようにならない最終。
こんなことを。こんな様を。こんなあり方を。
この人は――望んでいたのか。
「なにが、あるんだよ」
気づけば、口からそんな言葉がこぼれていた。
「こんなところで……こんなところまで来て……!」
寒い。冷たい。寂しい。苦しい。この地獄でいったい何があるというのだ。俺もアンタも断崖に向かって駆け出していて。
その先に何が――
「解らぬか」
「解らねぇよ……!」
解るわけがない。この俺はなにも解らない。
「そうか」
場違いなほどに気の抜けた、意外そうな声だった。まるで俺の気持ちをまったく理解できないようで、事実俺たちは欠片も理解できていない。どころか理解することを放棄していたのだから。
この地獄を愉しめないから。
この地獄を愉しんでいるから。
ここは俺の居場所じゃない。
ここが私の居場所なのだ。
笑えない俺と。
笑える拳裂と。
終わりかけている俺と。
元々外れている拳裂と。
解らない。解らない。解り合えない。
だから――
「――結局、お前ではなかったのか」
そんな自嘲染みた呟きと共に致命の一撃が俺の胸へと叩きこまれた。
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