落ちこぼれの拳士最強と魔弾の姫君   作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定

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第10拳「これは……辞書ですか」

『那須さん、五人が裏口に回りました』

 

「了解」

 

 インカムから聞こえてきたはっきりとした声に応えを返しながら、正面にいた男を殴り飛ばす。

 

「うぎゃ!」

 

 顎の骨を砕かれ、悲鳴を上げながら転がって気絶して動かなくなる。

 廃工場だった。

 往来の刑事ドラマや学園青春ドラマでクライマックスで出てきそうな伽藍とした工場跡。周囲には同じようなやつが二十人近く転がっていた。身体のどこかしらの骨を折られたり、腹を殴られたりだれしもが悶絶していた。銃火器は散乱していたが今では扱うものはいない。

 そんな光景は無視しながら、足に気を込めて跳躍する。十数メートル飛び上がり、二階の手すりに足をかけて再度跳躍。窓ガラスへ飛び込みながらぶち破る。

 

「ひっ……!」

 

 ガラスの破砕音が夜の港町に響き、それに呼応するように眼下、いくつかのトランクケースを抱えた男たちが悲鳴を上げる。身体を回して速度を調整しながら着地。周囲は似たような工場がたくさんある港の工場街だ。逃走しかけた五人の正面に。

 

「……最後通告だ。銃を捨てて投降」

 

「う、撃て!」

 

 降服勧告が途中で遮られる。リーダー格ぽい小太りのオッサンが拳銃を構えながら叫び、お付きの四人も同じ様に拳銃を構えるが、

 

「遅ぇ」

 

 引き金を引くよりも先に距離を詰め、一番手前にいた男の鳩尾に掌底を叩きこむ。悲鳴を上げながら吹き飛び背後にいたもう一人を巻き込んで工場のコンクリの壁に激突。即座に方向転換しながら身体を地面すれすれに沈めた。

 

「このっ!」

 

 直後に頭上を弾丸が通り過ぎた。そのまま身体を沈めながら前に出て、

 

「フッ!」

 

 飛び上がりながら、中央にいた小太りのオッサンの顎へと膝をぶち込む。短い悲鳴を上げるが構わなかった。着地と同時に残りの二人にそれぞれ回し蹴り。手に持った拳銃を弾き飛ばしながら、駄目押しに掌底を撃ちこんで黙らせる。

 それで終わりだ。

 

「……こんな近い間合いで銃使うとかアホか」

 

 嘆息しながら首を鳴らす。

 

『お疲れ様です。那須さん』

 

「あぁ。探偵科(インケスタ)鑑識科(レピア)に連絡頼む。……それと、一応救護科(アンビュラス)にもな」

 

『はい。那須さんはこのまま御帰宅ですか』

 

「あぁ、任務終了の報告は携帯でしておく」

 

『了解です……それと、レキさんが工場外の屋上で未だに警戒中なのでお迎えにどうぞ』

 

「そーかい」

 

 そこで言葉を区切り、僅かに迷うが、

 

「なぁ」

 

『なんでしょうか』

 

「アンタって名前なんだよ」

 

『……』

 

 問いに帰って来たのは沈黙だった。少しだけ後悔。我ながららしくない質問だった。このかなり優秀なオペレーターは任務の時によく世話になっていて、声自体はよく聞くが、事務的な会話しかしたことがない。それなのにいきなり、名前を聞いてきたら驚くだろう。

 

「あぁいや、やっぱなんでも……」

 

『中空知美空です』

 

 短く、しかし変わらずはっきりと名前を名乗り、同時に通信が切れる。

 

「なかそらち、みさきね……」

 

 漢字がわからないがある程度は想像できる。情報科(インフォルマ)の名簿でも見せてもらえればすぐに行きあたるだろう。ちょいと協力してもらいたいことがあるから数日以内に訪れる必要がある。

 

「ま、それはまた今度だな」

 

 今はいい。時計を見れば七時少し過ぎ。工場の裏口から外を回って表に出る。表と行って細く、薄暗い通路があるだけだが。既に周囲に待機していた鑑識科(レピア)救護科(アンビュラス)の連中が工場の中に入っていく。現場検証やけが人の搬送だろう。

 ご苦労な事だ。

 

「お疲れ様です。蒼一さん」

 

「……あぁ、アンタもな」

 

 影から唐突にレキが現れる。この気配の無さももう慣れた。

 

「帰るぞ」

 

「はい」

 

 

 

 

 

 

 

 夜の帰り道は相も変わらず無言だ。

 十一月半ば。レキに従僕にさせられてから二週間だ。早くもというべきかやっとといべきか二週間も立っていた。今夜は久々に大きな任務(クエスト)だった武器麻薬の密売だった。夕方からよくやるなぁとも思うが、こちらとしてはこの時間帯のほうが有難い。徹夜とか早起きとかしなくても済むし。小規模な取引で、かなり質の低い連中だった。取引中に真正面から突っ込んだが余裕だったのがその証拠だ。

 レキも周囲の工場の屋根の上から狙撃準備をしていたらしいが、撃たなかったらしいし。

 つまらない。

 

「あ、コンビニで飯買っていくぞ」

 

「はい」

 

 いつも使うところによって夕食を買う。今日はカップ麺を買った。普通の焼きそばを買った。レキも同じものだ。レキの餌付けは中々に難航していた。というのも、コイツ本当に好き嫌いが特にないらしく、なんでも食べられるのだ。どれも食べてもおいしいという答えがでるのはいいと思うが、なにか嫌いなものの一つでも知ってみたい。まぁ、それはおいおいだ。

 

「じゃ、帰るぞ」

 

「はい」

 

 なんだかかなり慣れてきた。最初の方からかわらず無言の方が多いが、少しは会話が増えてきた。それでも二言、三言というレベルだけど。背後二、三歩分に後ろにいるレキをチラリと視線を送る。

 

「なんですか」

 

「……いや、別に」

 

 ただ、慣れというのは怖い。二週間もあれば四六時中そばにいられても違和感はかなり減っていた。勿論、なくなるわけじゃないけど。

 寮に辿りつく。

 鍵を開けて中に入れば、

 

「ん?」

 

 話声が聞こえてきた。二人分。一人は遠山で、もう一人は女だ。星伽辺りだろうか。思い、リビングに足を踏み入れ、

 

「おー、おかえり! そーくん! レキュ!」

 

「あぁ、おかえり。那須、レキ」

 

 遠山は当たりだった。だがもう一人は星伽ではなかった。レキとそう変わらないくらいの小柄。ただし胸だけはレキと違って発育が良い。ツインテールの金髪の少女。

 

「……峰か」

 

「そーだよ! 理子だよーん!」

 

 探偵科(インケスタ)の峰理子。武偵高一年にして俺でも知っている有数の変人。というか数少ない知人。峰自身がかなりのゲーマーなのでたまに情報やゲーム自体を借りたりする。

 だが、それもそれほど頻度は多くないし、普段から喋るわけでもない。任務の一貫で稀に会議する程度だ。当然ながら寮の部屋で出逢う事のは初めてだ。

 

「なにしてるんだよ」

 

任務(クエスト)の打ち合わせだ。武器密売の取り締まりだな」

 

「最近多いからねー。そーくんたちも今日そんな任務だったでしょー?」

 

「まぁな」

 

 どこのマフィアもヤクザもやることは変わらない。年がら年中そういう類の任務はあるが他にやることないのだろうか。

 

「というーかそーくん、レキュ! おかえりにはただいまだよ!」

 

「は?」

 

「だから、おかえりーっていったらちゃんとただいま!」

 

「あ、あぁうん。ただいま?」

 

「……ただいま、です」

 

「うんうん。よろしい」

 

 何様だお前は。

 いや、しかし。ただいまか。これも随分久しぶりに言った気がする。普段から遠山に使う事は無いし、レキはずっと一緒だから言う機会もない。最近おはようとかおやすみくらいは言うようになったが、まぁ、やっぱり人間としてどうかと思う。まぁ、余裕があったら。

 

「ま、いいや。あんま騒ぐなよ」

 

「はーい! りょーかいだよー!」

 

「悪いな、気を付ける」

 

 とか言っていても峰が静かになるとは思えないが。任務の話なのか世間話なのかよくわからない二人の話を聞き流しつつ、鍋に水を張って火を付けてお湯を張る。料理は苦手というかまったくできないがお湯を温めるくらいはできる。カップ麺は料理とは言えない。

 台所でお湯が出来上がるまで暇だが他にやることもない。例によって数歩分後ろにいるレキも無言だ。

 水だったものが沸騰してお湯になる。

 

「……」

 

「……」

 

 お湯を注ぐ。

 三分待つ。

 

「……」

 

「……」

 

 湯切りをする。

 この時ばかりは真横にレキがいた。流し台にお湯を捨てて、麺にソースを混ぜる。青のりみたいなふりかけのをかけてみる。

 

「あ、そーくん、レキュ。さっき中華街で肉まん買ってきたんだよー。食べる?」

 

「……もらう」

 

 部屋に戻ろうとしたけど、理子が手にしていたビニール袋の中の肉まんのために変更。テーブルに焼きそばはおいて肉まんを受けとる。まだ少し暖かい。レンジで温め直す必要はないだろう。

 肉まんといえば、肉まんのことを中華まんと言ったり、中華まんの種類に肉まんの一つとしたりするがどっちが正しいのだろうか。昔コンビニで店員と喧嘩しているチンピラを見たことがあった。そのときはどっちでもいいと思った。今もどっちでもいいけど。

 大事なのは味だ。

 

「ほら」

 

「どうも」

 

 レキに手渡して、彼女の向かい側の椅子に座って食べ始める。まず、肉まんとやらにかぶりつく。弾力のある皮の中から、表面よりも温かいあんが顔を出す。肉にたまねぎ、それにしいたけ、たけのこだろうか。俺ではそれくらいの基本的な材料しかわからない。勿論、一口食べておもしろリアクションや材料やら調味料を当てるのは無理だ。

 だから問題は、

 

「うまいな」

 

 その一言が言えるかどうかだった。

 

「おいしいです」

 

 レキも同じ様に言う。ここ一週間で随分スムーズにその言葉が出るようになった。微妙に口の端が緩んでいるようにも見えた。多分だけど。

 

「へーへーへー!」

 

「……なんだよ」

 

「いやいやいや! 意外にそーくんとレキュが仲良くやってってびっくりしたよー。二人して全く無言かと思ってた」

 

「……さあな」

 

 まぁ間違っていない。ちょっと前までそういうのだったのは確かだし。それに別に今も会話が多いわけではないのだけれど。

 

「じゃあーもしかしてーもうヤることヤっちゃってるのかな!? あんなことやーこんなことー!?」

 

「なっ! そ、そんなわけないだろ!」

 

「おおー! そーくんが赤くなるとか珍っしいー! ヤっちゃたの!? ヤっちゃたのかなー!?」

 

「っーー! ええい黙れ! 無駄な話してるならとっとと帰れーっ!」

 

「あはははーー!」

 

 なんだこの女は! 

 痴女か変態か!

 遠山も赤くなってないで止めろ!

 

「蒼一さん」

 

「なんだっ」

 

「あんなことやこんなこととはなんでしょう」

 

「……」

 

「おおっ、なんて答えるのかなー!?」

 

「理子、そろそろ落ちつけお前は」

 

 遠山遠山。そっちじゃなくてこっちをどうにかしてほしいのが正直なところなんだが。いや、やっぱいい。お前は峰を相手しておけ。

 面倒というか大変なのはこっちなのだから。

 

「……?」

 

 首を傾げるな。ミリ単位の解るか解らないかくらいの動きが解ってしまうのが恨めしい。

 しかし解った。 

 コイツはとりあえず知らないのだ。感情も意志も常識も非常識も正気も狂気もなにもかも知らない。無知で無垢で潔白すぎる。魂に色がない。渇望もないから意志もない。飽きもせず、餓えもせず、さりとて満たされようともしない。両手に何も持っていない。持とうとしない。

 だから人形なのだ。

 人の形。

 人と人の間に存在しない、風に吹かれ操られるだけの人形。

 人間を殴る機能しか持ち得ない俺とは何が違うのだろう。

 

 

 

 

 

 

 なんとかあんなこととかこんなことの追求を回避して、峰を追い返して静寂を取り戻す。あの女泊ろうとか言い出したので即座に追いだした。結局任務の話をしていた様子もなかったし何しに来たんだあの女。遠山もやたら疲れたような顔をしていたし。珍しく遠山と親近感がわいたぞ。さらにあの女、これから先も迷惑かけてきそうで怖い。というか実際に数か月後からは色々迷惑かけられるのだが。この時は残念ながら変な女としか思えなかった。

 

「……」

 

「……ぬぬ」

 

 この部屋の光景はずっと変わらない。部屋着の俺は本を読み、レキは隅の方で狙撃銃を抱えながら肩膝を立ててひらすら俺にガラスの視線を送ってくる。

 変わらないが、さっきあんなことがあったからどうにも気まずい。勿論レキの方はそんなことかけらも考えていないだろうが。

 しかしどうにかしたい。居心地が悪い。今に限った話ではなく、コイツのずっと視線はどうにかしたかった。四六時中監視されるというのはストレスだ。これだけは慣れない。元々視線苦手だし。

 どうにかできないか考える。考えて、

 

「なぁ、レキ」

 

「はい」

 

「お前、本とか読むか?」

 

「いいえ、あまり」

 

「そうか」

 

 まぁだろうな。

 だと思った。

 立ち上がって、散らばってる本の山や本棚を漁って目当ての本のシリーズ十冊ちょっとを集める。

 

「ほら、ここら辺読んでみろよ。ずっと座ってるのも暇だろ」

 

「……」

 

 座りこんでいるレキの前に置いてやる。結構重いので持つのは大変だろう。

 

「……蒼一さん」

 

「なんだ」

 

「これは……辞書ですか」

 

「違う。小説だ」

 




これが嫁レキ誕生の序章である……!(
始まりは些細なことなのさ。


感想で主人公がデレるを楽しみにしてますとか言われました。
ヒロインのデレより主人公とか言っちゃうあたり訓練されていてうれしかったわらったり。

最近知っている人とか絵を書いてもらってうらやますぃー。
こういうのは作者側としては言いにくいんですよね(チラッ
というか私がみたいのはあれだよ。
瑠璃神モードの蒼一と緋裂緋道のキンジが血まみれで肩並べてるとことかそんなんだよ!(ホモォ
ダレカイナイカナー

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