落ちこぼれの拳士最強と魔弾の姫君 作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定
そこはなにもない部屋だった。
もちろん、なにも存在しないなんてことは実際にはありえなく、寮の部屋として最低限の家具と銃の整備道具とか銃弾等はあるのだろう。多分台所でも覗けばカロリーメイトとかの栄養食品や救急セットでもあるのだろう。
それでもそこにはなにもなかった。
家として機能していない。あるのは文字通りただの物の置き場でしかない。家というのは帰るための場所だ。帰ってくる人間を迎える人間がいて、温もりがある。一家が団欒するための場所であるべきなのだ。もちろん、単純に人間がいるかどうかという問題でもない。つまりはどういう風に認識しているか、どういう風に使っているかが問題なのだ。
だからここは家でない。
あるのはただの冷たい空気。
もっと解りやすく言えば生活感がまるでないのだ。
こんなことは誰だって見ればわかるだろう。こういう場合はよっぽど部屋そのものが使われていないか、部屋の主そのもの温かみが、人間味がないかどちらかだろうが。この部屋に限っては言うまでもない。
そしてその主レキは部屋に一つだけあるテーブルに座り、狙撃銃の整備をしていた。カチャカチャという無機質な音だけがある。そんな彼女の背中を、部屋の扉から俺は立ったままで腕を組み眺めていた。
俺はコンビニ弁当を、レキはカロリーメイトをそれぞれ食べ終わって、
「一度部屋に戻ります」
なんてことを言った。
戻るのならば勝手に戻って、そのまま帰ってこなければよかったのだが、残念ながら付いてくるように言われた。無視しようかと思ったし、無視したがあの無機質のガラスみたいな瞳にひたすら見つめられるのは鬱陶しい、俺が動くまで動かないだろうのはよくわかった。
それに負けたのは俺なのだ。
勝手に油断して勝手に負けたのは俺だったのだから従うのが筋だろう。その程度の矜持くらいはある。負けて、従えと言われた以上はとりあえず従っておく。後々にどうするかは別として。
部屋の中、無機質な灯りに無機質な音。そして無機質な二人。
「……ハッ、傑作だぜ」
「……なにがですか?」
小さい呟きだったが、聞こえていたらしい。こんな静かな音しかない部屋だったら響いても当然か。
「別に何も。それより、聞いてもいいか」
「どうぞ」
狙撃銃を分解する手を止めずにレキが答える。
「風、とか言ったよな。アレ、アンタの方からコンタクト取れないのか。電話とかネットとか手紙でもなんでもいいから」
「無理です。そういうものではありません」
「じゃあなんだよ」
「風は風です」
「……」
予想通り。碌な答えなんて返ってこない。期待なんかしてなかったからいいけど。ならば、何を聞くべきか。少し迷い、
「なぁ……」
「少し静かに。息もなるべくしないでください」
「あ?」
いつの間にか狙撃銃の整備を終えていたレキは机の引き出しからジップロックの袋を取り出した。その中には狙撃銃の実包が。
「呼気中の水分が銃弾に付着して影響する可能性があります」
息て。神経質だなおい。
よく見ればレキの机に上には天秤なんかがある。銃弾の火薬を計量するための物だろう。あんなの授業で一、二回しか見たことが無い。
レキが手袋をはめて、銃弾を一つ一つ並べていく。二十個を立てて並べて、眺める。
見て、視て、観て、診て、見取って行く。
その様子に、思い出したくもない事を思い出しかけ、
「なにしてんだ」
「
「……めんどうだなおい。だから銃は面倒だ。不発起こるし、弾込めるの面倒だし、当たったためしがない。殴ったほうが早い」
「それは貴方だけです。それに私は不発は起こしたことはありません」
「そうかい。そりゃすごい」
「――銃は私を裏切りませんから」
少しだけ得意気についでに強調するように言う。
多分これが初めて視る彼女の感情のようなものだった。ほんのわずかだけど。
銃。
俺が拳だけを信じて他のなにものも信じないように、彼女もまた同じだ。他人なんかどうでもよくて、目的なんかなくて、生きている意味も戦う理由もなくなんとなく生きていて。それだけでは辛いから縋るのだ。なんとなく生き続けるには辛いから銃や拳に依存するしかない。
拳を鍛え、銃を整備して絶対に裏切らないと信じる。
そうでなれば、きっと――俺たちは生きていけないのだ。
●
男子寮に戻ったらレキが脱ぎ始めた。目の前でスカーフを外しヘッドフォンを外して、
「……待て、お前に何をしている!」
「入浴の準備です」
ブラウスに手を掛けた所でレキに背中を向けるが、衣擦れの音が響く。
ぬおお。
沈黙が恨めしい。
「ふ、風呂場でやれ!」
「どこでも一緒ではないでしょうか」
「ちげぇよ!」
主に俺の精神的に! スカートのジッパーらしき音が耳に届いてくるが、耳を塞ごうにも聴力はいいから意味が無い。
「ほら! とっとと行けよ!」
「……わかりました」
去っていく。部屋を出てくれた。
「はぁ……」
頭が痛い。常識とか羞恥心は無いと思っていたが、まさかいきなり脱ぎだすのは予想外。あいつ、俺よりも酷いだろう。
「ぬああああああああああああああああ!?」
遠山の叫びが聞こえた。そして、ドタドタと慌ただしい音が響いて扉が勢いよく開き、
「那須! おい、れ、れれ、レキが!」
「うるせぇ、落ちつけ」
「……ぬ、ぅ……」
顔を赤くした遠山が百面相してるのを落ちつける。というか落ちつくのを待つ。
「おい、どうなってんだよアイツ!」
「知るか。というかこっちのセリフだ。勝手に脱ぎだしたんだよ、今さっき追い出したばっかだ!」
「というか、アイツ何時帰るんだよ。まさか止まっていくつもりじゃあ……」
「最悪な事にそのつもりのようだぜ」
「そ、それは拙いだろういろいろ!」
「解ってる。解ってるよお前に言われなくてもな……けど、アレに言ったて通じ無さそうだろうが」
「……」
遠山が頭を抱え込むが気持ちは一緒だ。俺だって頭抱えたい。だが、いい案が無い。追い出すのは無理だろうし、自分から帰るというのもないだろう。願わくば風とかいうのが全部縁切りするように指示してくれるのを祈るしかない。
「そうだ……那須」
「なんだ」
「リマ症候群だよ」
「……それか」
リマ症候群。
簡単に言えば人質を取った犯人が人質に同情したり仲良くなったりするということだ。人質が犯人に感化されるストックホルム症候群とまったく反対だ。たまにテレビのドキュメンタリーや映画とかを見れば目にする現象だろう。
普通に授業でも数度取りあげられたことだ。遠山がこれに思い当たるのも順当といえるだろう。
だが、
「無理だろ」
「なんでだよ」
「それは人間と人間で成り立つことだぜ。アイツには通じない」
「……」
遠山が露骨に顔を顰める。思い当たることもあるのだろう。今更言うまでもなくアレに人間味は欠片もない。先ほど少しだけ垣間見たが、それだけ。あんなのと人間同士の関係を作れるとは思えない。
「じゃあ……どうするんだよ」
そんなの俺が知りたいよ。
●
レキが風呂から上がり、遠山が部屋から出ていく。今日は久々に遠山と結構話した気がするが、まぁそんなことはどうでもいい。レキは風呂に入る前と変わらず制服姿。どうやら着回ししているらしい。先ほど女子寮に言った時に何着か持って来ていた。まぁ、私服とか持ってなさそうだ。風呂上がりの彼女は変わらず狙撃銃を抱えたまま部屋の片隅に腰かけて動かないまま。
そのまま俺も風呂入って、部屋着の着流しに着替える。中々珍しい格好だがレキは一瞥して何も言わない。遠山も最初のほうが驚いてたいたが、まぁそれほど会話することもないので突っ込まれる事もない。
結局変わらず本を開き、たまに携帯を見たりして時間が過ぎていき、
「消灯の時間です。部屋の灯りを消します」
九時ちょうどの宣言。それも消しましょうとか、消しますかとかの疑問や提案ではなく宣言。自主性はかなり薄いが主従関係は忘れていないらしい。
「あぁ、好きにしろ」
「はい」
電気が消える。部屋に窓が無いからかなり暗い。電子機器のランプの僅かな光だけが在る。手探りで近くにあった毛布をひっつかみ身体に被る。暖房を入っているのでそれほど寒さは感じない。下はフローリングでそこで雑魚寝になるわけだが慣れているから問題ない。その内絨毯でも敷こうかなこは思うがそのままだ。
部屋の中は僅かな呼吸音。かなり小さいがレキの呼吸音も聞こえる。
「……蒼一さん」
「……なんだよ」
「聞いてもいいですか」
「内容によるぜ」
「なぜ……あなたは私に従うのですか」
「……はぁ? アンタが人に銃弾ぶっ放して屋上から落としてくれたわけじゃねぇか。俺じゃなかったら最初の時点で死んでるぞ。まだ痛いし」
「あなたは私より強いです」
俺の恨み事に構わず、遮るようにレキは言った。
「……勝ったのはアンタだろう」
「あんなのは先にフェンスに細工して、飛び下りるパフォーマンスで動揺狙っただけです。実際に戦えば、いえ、今ここでもあなたは私を殺すのは容易いでしょう。なのに、どうして」
どうしてもなにも。
確かにレキは事前に仕込みがあった。飛び下りて動揺もあった。あの異常にも驚かざるを得なかった。
だから負けたのだ。
「負けたからだよ。仕込みとかパフォーマンスなんか関係ない。勝ったのはアンタだ。負けたのは俺だ。俺だって矜持があるんだよ、拳士としてな。敗者が勝者に従うのは筋ってもんだ」
アンタにはわからないだろう。
「矜持……」
「あぁそうだよ。それがアンタへの答えだ」
「……」
沈黙。それでもそれは無機質なものではなく、彼女が噛みしめているであろう沈黙だった。理解できるかどうかは知らないけど。
「俺からも質問がある」
「……はい」
「アンタ言ったよな。――
「はい」
「どういことだよ」
別に那須与一の子孫ということを隠しているつもりはない。那須という姓を見れば一目瞭然だ。俺が那須の系譜であるということを口にするのは当然だが――同時におかしい。
「那須の系譜を求めているのに、なぜ俺なんだ」
俺は落ちこぼれだ。那須与一のなにもかもを受け継ぐことなく生を受けた。才能とかは全部妹にあった。だからおかしい、不可解だ。那須の、英雄の祖先が欲しいのならば俺じゃあ駄目なのだ。拳士としては強くても那須家としては最底辺なのだから。それこそ遠山とかのほうが適任だろう。
なのに、なぜ。
「なんでアンタは落ちこぼれの俺を態々従者にした?」
「……」
答えはない。答える気が無い、というよりは答えを迷っているようにも感じた気がする。わからない、そんな風に考えるかも謎だ。
「……風が言ったからです。あなたであるべきだと。だから、です」
「……そうかよ」
だろうと思った。風。結局これなのだ。レキの全て。
無論、レキは源義経の子孫であり俺は那須与一の子孫だ。
それでも彼女は言わなかった。
風が言っていいと許可をしていなかったから。別に駄目だとは言っていなかっただろうけれども、言うべきか言わないべきか。風は指示を出さなかったから、レキは答えを言わなかった。無論この問いに答えたところでこの先の展開が変わらなかっただろう。些細な違いは出ただろうし、心持ちは大きくは変わっただろうけど、結局起こったことも、起こるであろうことも変わらない。
だから、コレはただ単に。俺とレキが噛み合ってなかった。
レキは自分を風の人形としか思っていなくて、俺はレキをそういうものとしか見ていなかったから。
愛も絆もないから。
なにも通じないのだ。
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最近感想なくてさびしいっす。