落ちこぼれの拳士最強と魔弾の姫君   作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定

66 / 225
第2拳「落ちこぼれに、なりますよ」

 放課後、扉を開けた先に彼女はいた。

 

「……」

 

 吹き付ける秋の海風は冷たく、思わず細めた視線の先。夕焼け色に染まる世界の中。屋上の扉に背を向けていた。その姿には見憶えがあった。あったけど、明確な名前は出てこなかった。だから、扉を閉め屋上に出る。肌寒さに眉を顰めつつ、それでも屋上の外を眺めているのか、それともこちらに背を向けているだけかどちらかの彼女へと足を向ける。それほど距離は離れていない。向こうだって、俺が来ているのに気付いているはずなのに。呼び出しておいて、反応しないとはなんてやつだ。

 決闘だったら正面から待ち構えていればいいものを。

 女、だった。先ほどから彼女とは言っているが、すこし驚く。さすがに女を殴るというのは忌避感がないこともない。できないわけでもないけど。肩に長袋をかけていたので、長物の武器かライフルかなにかだろう。

 

「おい」

 

 声をかける。

 そして、彼女がゆっくりと、振り返る。

 目に飛び込んだのは、澄んだ翡翠の髪。抱きしめたくなるような矮躯。アンバランスな少しボロいヘッドホンですら少女の魅力の手助けとなっている。触れれば、壊れそうな儚い雰囲気を纏う少女。

 そして、無機質な、何も意思の欠片も感じさせない琥珀の瞳。

 

「――」

 

 言葉を失う。時が、空間が止まったかのと思えるほどの美貌。人間離れして、人形染みていた。

 そして思いだす。彼女の名前を。というよりもかなりの有名人だろう。武偵高の専門科目の内の一つである狙撃科(スナイプ)のお姫様にして最優(エース)。絶対必中、百発百中と名高い少女。さらには無口、無表情、無感情という三点セット揃った際物。

 レキ。

 それが彼女の名前だった。だったはずだ。確証はないが。苗字も覚えていない。あったかどうかも謎だ。いや、現代日本で、いや古代だろうか今だろうか名前だけというのはまずないのだから単純に俺が忘れているだけだろう。いやはや我ながら人の名前を覚え無さ過ぎだろう。

 

「――那須、蒼一、さんですね」

 

「……あ、ああ」

 

 一瞬、彼女が声を発したと気付かなかった。鈴の音がなるような澄んだ声、それどころか雑味も欠片もない、無機質な音だった。

 

「それで、なんの用だよ。こんなところに態々呼びよせてよ」

 

「……」

 

「おい」

 

 帰って来たのは沈黙。そう、確かに彼女は無口なのが特徴だった。教務科(マスターズ)からの任務(クエスト)で数回、共に仕事をしたことがあるが、その時もろくに喋らなかったはず。声だって今思い出したくらい。

 

「蒼一さんは……」

 

 いきなり名前か。

 

「なんだよ」

 

「貴方には……パートナーはいますか?」

 

「はぁ?」

 

 パートナーと言ったのかコイツは。パートナーって言ったらあれだろ。仲間とか相棒とか。そういう隣に立つ相手の事だろう。馬鹿な。そんなのは、いない。

 

「いるわけないだろう。アンタと一緒だよ」

 

 質問の答えを否定しつつ、相手の事も否定するという高度な俺の返しだったが、しかし、

 

「それに準ずる人は」

 

「……いないよ。これもお前と同じだ」

 

 難なく返され、若干イラっとした。なんだこいつマジで人形みたいだ。感情が欠片も感じないし、理性で自分を律してるわけでもなさそうで。本当に伽藍堂のようだった。

 だから――反応が遅れた。

 これでも、気配や他人の動きには敏感なつもりだった。相手の動きを先読みするなんてのは拳士としては基本スキルで、無意識に相手の筋肉の動きとかを察知しているとかそんな次元での観察眼を俺は有しているはずだった。それなのに――

 

「――」

 

 キスを、されていた。

 キス。口づけ。接吻。唇と唇を重ね合わせるということ。好意の行為。

 それを、俺が、レキからされていた。

 キスをしているのにも関わらずレキは目を閉じていなくて彼女の琥珀の瞳と驚きで見開かれた俺の瞳とが合う。   

 ほんのわずかに香るミントのような香り。

 

「――!?」

 

 全力で後ずさった。力を入れ過ぎて、思わず扉にぶつかって軋みの音が上がるが、構っていられる余裕はない。口元を手で覆うけれど、唇の感触は残ったままで。

 

「え、ちょ、な」

 

「私が貴方のパートナーになります」

 

「……はぁーー!?」

 

 何言ってんだこの女は。

 

「待て! なんだお前が、俺なんだよおい! 意味わかんねぇぞ!」

 

「……? わかりませんか」

 

「あぁ! 全く、これっぽちも! 徹頭徹尾解らんね!」

 

「そうですか」

 

 言って、彼女は軽く首を傾げてから、

 

「――私と結婚してください、ということです」

 

「は、え、えぇ!?」

 

 え、なんだこれ、どういう状況だ今は! この会話で数日分も叫んでる気がするけど、まぁそれはいいけどどういうことだこれは!

 

「私が貴方にプロポーズしたということです」

 

「いや、言わなくていいから!」

 

 告白だったよ。

 決闘じゃなかったよ。

 なにこれ現実か? ゲームやりすぎたか? 確かに寮だと遠山と会話するのが面倒臭くて、空き部屋を勝手に俺専用のゲーム部屋として作って籠ってるけど。

 

「……いや、待て……おかしいだろ。俺は今さっきアンタの名前を思い出したんぞ……? アンタだって、さっき俺のこと確認してたじゃねぇか」

 

「ええ、ですが問題ありません」

 

 あるだろ。絶対あるって。むしろ問題しかない。なんだこの女頭おかしいだろ。

 こんなの関わりたくない。頭おかしいのは師匠だけで十分だ。

 

「……あぁ、まぁいい。好きに言ってろ。悪いが俺はまだ、結婚もする気も、プロポーズされるつもりもない。帰らせてもらうぜ」

 

 言って、視線を逸らし踵を返そうとした。いや、踵を返すというか正確には背中が扉に激突していたので、一歩前に出ようと足を上げようとした、が――

 

「何を勘違いしているのですか」

 

 ――できなかった。ほんの一瞬、扉へと意識を向けレキから意識を外した一秒にも満たない刹那だった。

 その刹那に、レキは――俺の眼前にライフルの銃口が突きつけられていた。

 

「――!」

 

 身体に力が入るが、遅い。銃口は目と鼻の先。鼻に指す硝煙とガンオイルの匂い。

 動けない。

 

「なってください、なんて言ってません。なります、と言ったでしょう。貴方のパートナーに私はなる」

 

 そして、彼女は言う。そんな細い身体のどこにそんな力があるのかは謎だが、ライフルの銃身は全く動かず、黄昏色に照らされていた。

 繰り返すように言う。

 

「結婚、してください」

 

 続く言葉は、後々に聞けばレキなりの精いっぱいのジョークだったらしい。ジョークというか、自分でも無茶を言っている自覚はあったらしくて、感情がないなりに、俺について知っていることを言ったらしい。

 全く笑えないけど。

 ともあれ、これが。

 このまったくかみ合わない邂逅が、全ての始まりだった。

 後の『拳士最強』と『魔弾の姫君』。色金の守護者と巫女。恋人にして主従。愛と恋の絆で結ばれた永遠の二人(エンケージリンク)。惚れた少年と惚れられた少女。惚れた少女と惚れられた少年。生きる理由と闘う意味を見出した二人。少年の死ぬ日は少女の死ぬ日で、少女の死ぬ日は少年の死ぬ日。

 そんな二人は――こんな、最悪の邂逅から始まったのだ。

 

「でないと――落ちこぼれに、なりますよ」

 

 

 

 

 

 

「どういう、ことだ」

 

 落ちこぼれ。

 その単語は最早耳にタコができるほど聞いた。生まれた時から、ずっと。幼い頃、那須家がほぼ断絶することになった七年前から。握拳裂に弟子入りしてからも変わらず。この武偵高に入ってからも陰で囁かれているのも知っている。

 那須蒼一の呪いとも言える体質。

 飛び道具が全く使えない。弓に矢を番えることがてきない。番えられても飛ばない。飛んでも1メートルも飛ばない。銃ならば、弾を込めれない。込めようとするとこぼれ落ちる。引き金を引けば不発。最悪の場合は暴発。弾詰まりは当たり前。弓に銃だけではなく。投げ槍も投石でもブーメランでも投げナイフでもダーツでも輪投げでもスーパーボールでも砲丸でも十字架でも巻き微志でも手裏剣でも苦無でもなんであろうと関係ない。あまねく投擲物を俺は使えない。

 那須家の、那須与一の直系であるはずなのに。

 だから――落ちこぼれ。

 それが那須蒼一という存在なのだ。

 

「落ちこぼれに、なる……?」

 

 なにを、今更。

 

「私が、なってしまうんですよ。私と貴方は結ばれなければならない、そうならなければ私もまた落ちこぼれになる」

 

「アホか、なんでそんな……」

 

「そうすれば貴方もウルスになれますから」

 

 ウルス。

 どこかで聞いた覚えがあるような、ないような。半年前くらいに武偵高に入学する前までは、あの人に付いて回って世界中回っていた。だから、その間に聞いたことがある気がしたのだが……思い出せない。

 

「『家族』という意味です」

 

 駄目だわからない。そんなの記憶にない。家族。そりゃ結婚したら家族だろう。

 いや、そうだとしても。

 結局理解できない。ここに至るまで、結局話がかみ合っていない。

 

「なんで、俺が」

 

 そう、なんで俺なんだ。もっと他にいるだろう。遠山とかがこういうのの出番じゃないのか。あの女たらしだったら、卒が無くこなしてくれるはずだ。なのに、なぜ、俺だ。

 その答えは、

 

風が(・・)貴方だと(・・・・)言っている(・・・・・)貴方で(・・・)なければ(・・・・)ならないと(・・・・・)那須の系譜(・・・・・)である(・・・)貴方(・・)でないと(・・・・)

 

「――!」

 

 始めて滲みでる意志というより強迫観念染みたもの。

 意味がわからない。なんだコイツ。気持ち悪い。

 

 これでは風が結婚しろと言っているから俺と結婚するということではないか。

 

「なんだ、お前……」

 

「弾丸ですよ。ただの一発の弾丸」

 

 絶句するしかない。もうどうしようもない。本当に弾丸だ。俺と結婚すると言いながら俺の事なんか見ていない。その風とやらが俺を指名したから、俺を相手にしているだけで、コイツは誰が相手でも一緒なのだろう。それこそ遠山だろうが誰だろうが。今と同じ展開になるはずだ。

 

「相手にしてられるか。この話は忘れてやるから、とっと銃口を」

 

「だから。話云々ではないです。異性とは――奪うものなのですから」

 

 中々に過激な恋愛観だが、しかしこの女が言うと違和感極まりない。

 気持ち悪いとさえ言える。

 

「まぁ、私もそう簡単に了承を得られると思っていません」

 

 当り前だ。誰がこんな気持ち悪い女。

 

「勝負をしましょう」

 

「あん?」

 

「勝負です。範囲は武偵高、時間は十五分――ルールは先に一発当てた方が勝ちで。無論私は弾丸、貴方は拳で」

 

「……へぇ」

 

 つまりそれは、

 

「俺が勝てば、金輪際俺に関わらないと誓うか?」

 

「少なくとも今の会話は取り消しにしましょう」

 

「あぁ、ならいいぜ。どっちにしろこっちは決闘のつもりだったんだ。とりあえず銃口は下ろせ」

 

「はい」

 

 意外にも素直に銃口は下ろされた。そのまま数歩後ろに下がる。目の前から銃口がなくなって少し息を吐く。やはり眼前に銃口というのは心臓に悪い。

 そして、

「では。婚前試合『拳弾比べ(クイック&ブロウ)』――開始です」

 

 




我ながら拳弾比べはあれだったが、他に出てこなかった。

あと各話タイトル整理予定です。byとか消そうかと。

感想評価お願いします。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。