落ちこぼれの拳士最強と魔弾の姫君   作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定

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第12拳「一緒に、帰ろう」

 那須遙歌。

 俺、那須蒼一の妹。

 肩まで伸ばした濡れ色の髪。 陶磁の如き白い肌。 俺と対になるような紅い瞳。 日本人形のような少女。 豪奢な十二単を二重に重ねた服装。兄という立場を抜きにしても美少女だろう。

 

 そして、その彼女と俺とが生き別れたのはーーーー七年前。

 そう、俺と遙歌の関係は七年前に一度切れてしまったのだ。

 七年前の十二月二十六日。

 事は当時俺たちが住んでいた那須家本家で起きた。人里離れた山奥の山村に那須家はあった。結構寂れた村だったが、わりかし大きな家だった。一応かつてーー源平合戦の時代では源義経の家臣として『扇の的』やらで名を馳せていたのだから名家だったのだろう。

 それでも俺は当時から那須家では厄介者だったんだけど。

 俺自身は記憶にないのだが、なんでも俺の両親は駆け落ちしたらしい。その上で二人とも遙歌が生まれてから死んでしまった。正直顔も覚えていない。

 

 とりあえずそんな親のせいで俺たち、特に那須家の射撃スキルを遺伝しなかった落ちこぼれの俺、に対しては特に風当たりが強かった。所謂村八分。爺や婆、叔父やら叔母という那須家の中心メンバーから無視が当然で、相手にしてくれたのはお手伝いの人や庭師の人それに----たまに遊びに来るよくわからない人だけだった。

 

 それ自体に文句はなかった。

 自分の非才さはすでに理解でしてたし、なにより妹の遙歌はそのスキル『業見取(アイキャッチコンタクト)』によりその異常さを発揮しており、俺に比べたら扱いは大分ましだったこともあった。

 だから俺は、そのまま俺の人生は変わらないと思っていた。齢九にしてそんなことを思っていたのだ。

 笑えるよな。変わらないものなんてないのに。

 

 そして十二月二十六日の夜。

 俺はその日少しやらかした(・・・・・)

 そのせいで、少し、いや結構酷く大人たちに痛い目にあわされたのだ。なにをしたか、というのは、まあとりあえず置いておいて、俺が酷い目に合わされた、ということを分かって貰えればいい。

 

 ----大丈夫、大丈夫だ。遙歌は心配ないって。

 

 泣きながら、俺のことを心配する遙歌に何度もそう言って諭したのをよくおぼえている。

 その日は確かにそれで終わった。

 俺も考えることがあってその日はすぐに寝てしまったのだ。もっとも九歳という年齢を考えれば、大人に怒られて寝てしまうというのは珍しいコトではなかっただろう。

 

 でも珍しいことではなくても、その日に限っては失敗だった。或いは、その時に二人で那須家から逃げ出していれば、もしかしたらどこかの組織にでも拾ってもらえたかもしれなかった。

 

 それでも俺は問題を引き伸ばしにした。

 明日から、なんとかすればいいと思ったのだ。

 

 --その明日、全てが終わるとも知らずに。

 

 

 

 

「レキはどうした?」

 

「生きてますよ、ちゃんと。胸の傷も塞いであるので問題なしです」

 

「さよけ。ならいいんだよ」

 

 静かに、ゆっくりと前を向く。肩まで伸ばした濡れ色の髪。 陶磁の如き白い肌。 俺と対になるような紅い瞳。 日本人形のような少女。 豪奢な十二単を二重に重ねた服装。 

 キンジと神崎を挟んだ俺の向こうにいた。

 

 俺の妹--那須遙歌。

 

「蒼一っ!」

 

 カナが焦ったような声を上げる。こんなところで遙歌が現れるとは思って射なかったのだろう。甘い。こいつは昔から有言実行を地で行ってるのだ。パトラを倒したら来ると言っていた以上は、どうせ来ると思っていた。

 

 焦ったようにカナは鎌を構え、

 

「……キン、ジ?」

 

 カナを止めたのはキンジだ。 神崎をお姫様抱っこして抱えながら、

 

「あと数分で沈むぞ」

 

 それだけ言って遙歌に背を向け俺の方へ歩いてくる。

 

「行こうカナ。これはあいつの喧嘩だ」

 

「けど……」

 

「ああ、いいんだよカナ。先行っててくれや。すぐ追いつくからよ」

 

「……………わかったわ」

 

 僅かに迷いながらもカナは頷いた。パトラの入った棺を背負いながら、俺の背後--即ち出口へと歩いていく。

 

「勝ちなさいよ」

 

「おうよ」

 

 そして、キンジはなにも言わずに俺とすれ違う。それに俺は苦笑して、キンジも苦笑して、

 

「悪いな」

 

「いや」

 

 

 

 

 

 

 

「あんな別れ方でよかったんですか、兄さん?」

 

「ああ、いいんだよ。どうせすぐ会えるんだしよ」

 

「ふうん? でもあの人死んじゃいますよ? 教授《プロフェシオン》もなにか企んでましたし」

 

「誰だよソレ」

 

「イ・ウーのリーダーですよ。多分……いいえ、きっと私以上の人外ですよ」 

 

「マジか。そんなヤツいるのかよ」

 

「ええ……だから、死んじゃいますよ、あの人」

 

「死なねぇよ。あいつは死なない。俺の親友だぜ?」

 

「…………そうですか。そうですか。まあ、いいですよ。ええ、どうせ死ぬ人ですから……」

 

「だから死なないって」

 

「…………………ねえ、兄さん。一つ聞きたいことがあるんですけど」

 

「なんだ?」

 

「私のために死ねますか?」

 

「死ねるよ」

 

「…………」

 

「家族のためなら、妹の、お前のためなら死ねるさ」

 

「なら、レキさんのためなら?」

 

「死ねない」

 

「--」

 

「確かに俺はレキのためなら命を賭けられる。でもそれは死んでいいってわけじゃない」

 

 レキの命が明日までなら、俺の命も明日まででいい。

 でも。

 

「俺はレキと生きたいんだ」

 

 レキは生きたいって言ったんだ。

 レキは今が愛しいって言ったんだ。

 明日も生きていこうと約束したんだ。

 だから、

 

「レキが明日を生きていこうとする以上、俺も明日を生きる」

 

 だから、死ねないんだ。

 

「俺はまだ、死にたくない」

 

「私は死にたいです」

 

 遙歌は笑っていた。

 遙歌は泣いていた。

 

「私の行くところなんてもうどこにもありません。私みたい化物に居場所なんかどこにも、ないんですよ」

 

「いいんだよ、どこにもいかなくても」

 

 黒かった髪は蒼く染まっていく。 着流しの下の上半身には幾何学的な蒼い模様がはしり、胸の十字傷も蒼く染まる。 瞳はさらに爛々と輝く蒼に。

 『瑠璃神モード』。

 俺とレキの絆の証。共に生きていこうとする俺たちの意志。でもなあ、遙歌。お前とだって俺は生きたいんだよ。どこにもいかなくてもいい。俺も、もうどこにも行くつもりはないから。

 だから、

 

「家に帰ろう、遙歌」

 

 俺がいて、レキかいて、キンジがいて、神崎がいて、白雪がいて、理子がいて、カナがいて、他にもいろんな奴がいて----お前がいるところに。

 

「一緒に、帰ろう」

 

「いやです、私はここで死にます。兄さんに殺してもらいますから」

 

 そうして。

 俺たちは。

 那須蒼一と那須遙歌は。 

 七年ぶりに----兄妹喧嘩をするのだ。

 

 


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