落ちこぼれの拳士最強と魔弾の姫君   作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定

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第8■「滅尽滅相……!」

「――殺す」

 

 宣告と共に人外は瞬発する。

 その肉体はとうの昔に死滅している。本来であればまともに動くはずもなく常人であればその身を軋ませる激痛が精神を発狂させるし、なまじ痛みに耐えることができたとしても肉体そのものは動くことができない。

 しかしそれらの理を喪白の人外は悉く拒絶する。

 身体が動かない。

 知るか。

 精神も狂っている。

 知るか。

 存在が壊れている。

 知るか。

 

「―――殺す」

 

 そう、ただそれだけの為に。

 ただ鏖すだけの人外は、その為だけに亀裂だらけの魂を稼働させ、疾走する。痛みをこらえるとか気合いで意識を繋ぐとか最早そんなレベルに彼はいない。何もかもが壊れて崩れて、しかしそれでも残った復讐心だけが人外を突き動かす。

 

「殺す――ッ!」

 

「カカカカカッッーー!」

 

 人間大の殺意として疾駆する人外を、しかし鬼は下らぬと言わんばかりに笑い飛ばす。

 

「噴……!」

 

 鬼が鉄槌を振るう。それは音速の数倍の速度を以て空間を砕きながら進撃する。特別な技巧はない。ただ、鬼としての尋常ならぬ膂力が物理法則を超越し、概念領域にまで高められた一撃が人外へと迫り、

 

「―――――」

 

 あっけなく、白の半身を消し飛ばした。

 右半身消失。

 致命傷であるなどと判断するまでもない即死級ダメージ。

 故にただ皆殺すだけの人外は死亡し、

 

「――――治せ、■■■■■■■■(エヴァンジェリン)

 

 一瞬で全ての損傷が修復された。

 その刹那背後に浮かんだのは吸血鬼の童女だった。反転した瞳から血を流し、白魚のようにみずみずしいはずの肌は全身が火傷したかのように焼けただれている。発達し過ぎた犬歯が背後から人外の首筋へと突き立て、幻影の血しぶきが舞う。それは祝いではなく、純粋なる呪いであり、

 

「――」

 

 無造作に振り払いながら前に出た。

 

「――殺すぞ、()

 

 背後に浮かんだのは人外に背中を向け、天を仰ぐ赤髪の少女だった。傷だらけの獣のような彼女に寄り添うものは誰もない。天涯孤独のような彼女への愛を叫ぶ者はなく、天下に彼女はただ一人。 

 それでもただその武威のみが、人外へと投影され、

 

「――ゼァ!」

 

 拳撃が叩き込まれる。

 

「ほぉう……? なんだそれは! 面白い物が背後にいるなぁ! 一体何を使っている!? カカカ!」

 

「死ね」

 

 跳ね上がった武威に鬼すらも対応はしきれなかった。鬼の耐久力を以てしても天下無双の武威は無視できるものではなく、

 

「好い好い! それでこそ我が手柄も上がるというものよぉ!」

 

 一度大きく飛び退き、そして棍棒を高く掲げた。

 少なくないダメージを受けているにも関わらず、それでも呵呵と嗤い、己の勝利を一瞬たりとも疑っていない。

 故に、その強度は際限なく、ただ信じるのみで上昇し、

 

「――――ハァ!」

 

 振り下ろされた。

 大地が砕ける、地盤に亀裂が入る。砂浜も海水も消し飛び、空間に亀裂が生まれながら破壊の概念となって人外を塵殺せんと迫る。

 

「―――――」

 

 当たれば、今度は半身と言わず全身が消滅するだろう。

 だから、

 

「―――穢せ、■■(喜美)。穿て、■■■(シノン)

 

 ただ力を引き出したのは人外を憐れみ見下す二人の女だ。

 『言葉(スタイル)』により引き出されるはずの平行世界の能力。それは別の世界の那須蒼一の愛の発露であり、それを認め合うからこそ世界を超えた魂の鼓動として使用できていた。

 だけど、今はもう違う。

 能力として便利だから。戦闘に――鏖に有用だから。

 別の世界の愛など知らない。ただ彼女の復讐を果たし、波旬を塵殺せんが為だけに別の世界で愛したはずの女を凌辱し、力だけを奪うのだ。

 高嶺に咲き誇る女は何も言わない。ただ、狂う人外を見て黙するだけ。

 地獄に生きた女神は何も言わない。ただ、狂う人外を見ず黙するだけ。

 

「――」

 

 ただ、打撃した。

 されどそこに付与されたのは概念打撃と概念強化。

 故に、鬼の破壊の一撃を割砕音と共に殴り抜き、天下無双の武威を以て一瞬を以て接近し、

 

「――死ね」

 

「カカッ――!」

 

 拳と棍棒が激突し、周囲の世界に亀裂が走る。

 それは既に互いに物理法則を完全に超越している。

 ただ鏖すだけの人外は、ただ己の復讐の為に全てを鏖殺するだけの虐殺器官。肉体は死体に等しい切創が刻まれているが、それでもただそう願い、自らが復讐を果たすまでは死にきれないと誓った。誓ってしまった。

 なるようにならない最終(イフナッシング・イズ・エンド)

 いつかどこかで至りかけ、あるいはどこかの世界では至ってしまった煮えたぎる冷血の地獄。

 かつて彼が涙すら流すほどに悲嘆に満ちた世界に今、白の人外はいる。

 そして化外もまた理外の存在だ。

 人理の超越存在。この世の生きとし生けるものが平伏するはずの物理法則に対して正面から喧嘩を売っている。我がこう考えているのだから、そちらが従え。その都合など知らぬ存ぜぬ心底どうでもいい。

 緋鬼羅刹はただ己が意思をまかり通す為だけにその暴威を振るう。

 その為に力を望み、どこかの誰かが際限なく閻へと力を注ぎ込む。

「ーー!」

 

そして生まれるのは拮抗だった。

いや、あるいはそんな言葉すら生易しいのかもしれない。

方や防御などせず攻撃を受けるたびに半身が消し飛び、即座に修復されあらゆるものを殴り砕く。

方や人外と殴り合いながらされどその眼に映るのは勝利する己。あらゆる損傷も最終的に勝つのは自分なのだからどうでもいい。

煮えたぎる冷血の地獄。

されど人外と鬼は寒さなど感じることなく、相手を殺すことのみに没頭している。

互いが互いのことを敵とすら認識していない。ただ鏖すべき塵であり、ただ糧にするだけの塵なのだから。

そんな様を少女たちは見ている。

最低でありながら最高であろうと望んだはずの少女は這いつくばるように呪詛を吐く。

全知全能の人外は己の同類となった人外をただ下らないと言わんばかりに傍観する。

ありとあらゆることを可能とする天衣無縫を超えた化物の少女は同じ化物の誕生に歓喜し、悲嘆し、発狂する。

時代を間違えた聖女はただ何も言わずに魂を犯されながら祈りを捧げていた。

 

「ーー殺す」

 

そして喪白の人外にはその誰も見えはしない。

いつかどこかで、別の自分が愛したはずの女たちを、ただ鏖殺のための道具としか見ていないから。

彼にはもう、何も見えない。

 

「ーー殺してやる」

 

目蓋の裏に焼きついたのは腕の中で光に消えた最愛の姫君だけ。

今、瞳に映るのは彼女を殺した大欲の天狗。

 

「絶対に、お前を殺すぞ波旬……!」

 

誓いは血に塗れ、魂は穢れきった。

生きることに誇りなどどこにもなく、全てを失った白はただ断崖へと墜落する。

彼はもう死んだのだ。

レキを失ったその瞬間から那須蒼一は死んだ。

だからそれはただの残り滓で、残滓が集まった人外だ。

彼がちゃんと死ぬにはハビを殺さねばならない。

それは、かつてある人外が行ったように。

けれど彼の人外のように愛など無く。

 

「滅尽滅相……!」

 

那須蒼一だったはずの男は血色の涙と共に全てを鏖すのだ

 




海外あるので更新再開じゃ
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