落ちこぼれの拳士最強と魔弾の姫君   作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定

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第7曲「ただ鏖すだけの人外」

 

「はぁっ……はぁっ……!」

 

「ぜぇーっ……ぜぇっ……!」

 

 キスが出来そうな距離で肩で荒く呼吸する。

 額を付き合わせながら超至近距離で隻眼を睨みつけるが、彼女も思い切りガン飛ばして来る。まつげとか数えられるのだから頭の片隅で数えながら、

 

「ぐっ……このっ……離れろ……っ!」

 

「けけ……っ! 密着出来てうれしいだろぉ……!?」

 

 密着は嬉しくないわけではないが、現状は全然嬉しくない。

 俺の右手は拳銃を握ったカツェの左手首を鷲掴みにし、俺の左手はカツェの右脇腹に当てられながら上腕部が青い鎖で雁字搦めに絡められ、カツェの右手はその右手を握りしめている。ついでに言うと鎖で固められているのは右手だけではなく、両足や腰、両肩等々、全身高速されておりそれらもまたカツェの身体と繋がっている。

 それにより互いに全く身動きができない状況へと陥っていたのだ。

 勿論好き好んでこんな状況に陥ったわけではない。

 今の俺は武器を持っていない。銃もナイフも刀もイヴィリタに没収されたままで完全な丸腰だ。武器を新しいのに新調することもできたが、今更別の武器を使うくらいなら素手の方がよかった。今の俺がなまじ本気で色金の気を用いればただの鉄くれを使えば自壊してしまうかもしれないわけだし。

 だから徒手空拳。正真正銘の丸腰。

 元よりミサイルを使った突貫だったのだから、あまり武器も持ち込めなかった。

 最もステゴロは嫌いではない。

 寧ろ、我が愛する戦友に対してならば、これもまた良い。

 

「ははは……!」

 

「けけっ……!」

 

 結果として見れば、現在の遠山キンジとカツェ・グラッセはギリギリ互角状態であった。このあたりかなり複雑な要素が入り乱れてて拮抗が実現してる。先ほどのリサとの緋想詩編の疲労が残ってたとかやはり武器がないのは辛いとか用意してた罠の術式が使い物にならなくなったとか。色々ある。

 いずれにしても拮抗、互角だ。

 困ったことにカツェ相手だと、普段好きじゃない殴り合いもかなり楽しい。

 が、同時に現状では千日手に近い。

 

「んぎぎぎっぎ……!」

 

「ぁががががが……!」

 

 力を籠めるも、完全に初動が止められている。桜花やそこから派生するスキルはどれだけ小さな初動でも部分加速させることで大きな力とするが、その分初動を押さえられるとどうしようもない。色金の波動で全て吹き飛ばせいいかもしれないが、カツェのことだ。その瞬間に銃の引き金を引かれると拙い。残らず吹き飛ばせばいいかと思ったが、また別の罠とかし掛けられてるかもしれないと考えると迂闊に動けない。カツェは俺の色金についてかなりの研究をしているのだ。

 千日手だから動けないというよりも、下手に動いたらどうにかなるのかが解らないから困るのだ。

 

「カツェさんカツェさん。俺が今から鎖全部吹き飛ばしたらどうするつもりかな……っ!?」

 

「マルチタスクで用意してある罠が十一な……っ!」

 

「まじでか!?」

 

「鯖読んだ五だ!」

 

 でも五もあるのか。

 どうするべきか、一瞬考えて、

 

「めんどくせぇ!」

 

 考えるのは苦手だ。

 だから、

 

「だぁらっしゃーーッ!」

 

 全身から緋々の気を発しながら拘束する鎖を吹き飛ばす。

 縛鎖は割砕音を響かせながら粉々に砕け散る。そのままカツェも一緒に吹き飛ばされ、距離が開き、

 

【解き放たれる勇者を矮小たる我が身は許さない!】

 

 バック転しながら姿勢修正、中空に新たに生み出した鎖に着地しそのまま後ろ向きで器用にダッシュ。その上で口は止まらず、

 

【この地に勇ましきものを望む声はなく! その輝きを疎む怨嗟の声! その色は五つ! 虹となりて引きずりおろせ!】

 

 瞬間、周囲に五つのそれぞれで五色を構成する方陣が出現する。即ち赤、黄、緑、青、紫。

 

「――いや虹は七だろ!?」

 

「馬鹿めドイツじゃ五色だ世間知らず!」

 

 俺を中心に五角を描く方陣は光輝を生み出し――レーザービームとして射出される。一本一本が急所に向けられ、当たれば肉体を焦がし尽くされるだろう。

 加えて言えば言葉による異能では色金では消すことができない。

 だから避ける。

 

「――っと!」

 

 地面を桜花で踏みしめる。衝撃が直下に炸裂し、同時に直上に反発させる。そのまますれば色金で強化された肉体でもダメージを追うだろう。

 故に自らが生み出した反動を、絶牢を用いて大跳躍。

 超加速過ぎて、全身への負荷が大きすぎるので橘花で余分を散らしつつ、

 

「――名前考える余裕はないが新技ァ!」

 

 自分に桜花で衝撃を発し、絶牢を使うことで行う超速回避術。絶牢の性質上、ブラックアウトしそうになるがそこは気合いだ。回転により中空で逆さになり、髪の数本や文字通り目の前を閃光が通りすぎる。

 再び橘花で、姿勢を修正し大地に着地する。

 

「って、お前策五つ嘘だったろ! その場で言葉で作ってたじゃねぇか!」

 

「このお馬鹿! 駆け引きと言う言葉を知らねぇのか!」

 

「知らん!」

 

「だよなぁ!」

 

「わはは!」

 

「けけっ!」

 

 一しきり笑い合い、

 

『――楽しそうね、カツェ・グラッセ』

 

「!」

 

 その場に声が響いた。

 

「長官!?」

 

「イヴィリタ・イステルッ!」

 

 聞くだけで腸が煮えくり返る声だ。

 何かしらの魔術なのだろうか、どこからともなく彼女の声が続き、

 

『まぁいいわ。撤退しなさい』

 

「な――」

 

『練兵場が使える。そう言えば貴女にも解るでしょう』

 

「――ヤヴォール」

 

「ちょ、待……、っ!?」

 

 止める間もなく、カツェの足元に魔方陣が浮かぶ。彼女自身が何故か意外そうな顔を一瞬浮かべ、

 

「――一番下だ、カメラード」

 

 その姿が光と消える。

 微かな魔力の残光があるがそれだけだ。俺たちがここに来る時に使ったのと似たような転移術だろう。元から準備される式は壊したが新たに行使されたものまでは当然防げない。

 イヴィリタが行ったのだろうか。

 

「ちっ……カツェの奴も反応早いのは当然だろうけどあの感じ……またぞろなんかあるのか? 仮にも魔女共の本拠地だし奥の手くらいあってもおかしくないだろうけど……」

 

 周囲を見回せば気を失った魔女は起きる様子もないし、転がった機器は使い物になるのか一見ではいまいち解らない。戦闘音があまり聞こえないのが気になるが、

 

「ま、大丈夫だろ」

 

 息を吐き、踵を返す。

 海岸線沿いで戦っていたが、練兵場で一番下というのだから『竜の巣』の最下層なんだろう。罠かもしれないが今更だし、イヴィリタを放っておくわけがない。

 そう思い、足を踏み出して――

 

「―――――カカッ!」

 

 ソレ(・・)は現れた。

 

「――!?」

 

 本能的な行動だった。

 今までの戦闘経験、度重なる死地が直感としてれたからこその回避。思考を排除した反射行動。何十、何百の生死のやり取りをこなして来た今までの全てが俺の身体を動かしていた。先ほどカツェの言葉を回避したのと同じ技で避ける。

 或は。

 そんなもの全然関係なくて。

 俺に宿る何かソレを知らせていたのかもしれない。

 

「カ――カカ――カカカ――!」

 

 哄笑の主が誰なのかよりも、それと共に振ってくる鉄塊が問題だった。

 飛び退いた直後の場所に、文字通りの鉄塊が落ちてくる。所謂鉄の棍棒というやつであり、しかし同時に莫大な衝撃を纏いながら振り下ろされるそれはまさしく一つの暴風だ。当たれば人間は一瞬でミンチと化す。

 

「ッ――!」

 

 避けた。

 回避はできたが、

 

「!?」

 

 海が割れた(・・・・)

 暴風は俺ではなく砂浜に命中し、そのまま海岸とそれに続く海を両断する。モーセの十戒の話に海が真っ二つに割れるなんてものがある。まさしくそれだ。莫大な、それこそ山すら砕くほどの衝撃。大量の海水を押しのけ、大地も削りながら、爆音を轟かせた。少なくとも、一見しただけでは果てが見えない程に海は割れている。

 

「カカカカカカッ! おうおうっ! 我とも遊んでくれんかのぅ――遠山侍ッ!」

 

 赤・黄・緑の色に梵字らしき模様のカラフルだがすり切れた和服に赤銅色の髪、筋骨隆々の傷だらけの身体。怪しく光金色の瞳。額から突き出た角。

 明らかな異形、化外でありそれは紛れもなく鬼だ。

 だけど、あぁ、それでもしかし。

 そんなことは(・・・・・・)どうでもいい(・・・・・・)

 絶対に認めてはいけない存在がそこにいた。

 

「――閻」

 

「是ッ! 我こそ閻であるぞ! カカッ! カカカ! 先ほどの犬との身震い心地よいものであった! 遠山侍! おぉ遠山侍! 緋鬼の系譜として放うておくわけにはいかんのう!」

 

 棍棒を肩に背負い、鬼の閻は哄笑する。

 大地を割るほどの馬鹿げた膂力を発揮したにも関わらず、その様子はあまりにも自然体。何が面白いのか狂ったように嗤い続ける。

 

「遠山の侍の首ともなれば! 我が名を上げるには十分であろうぞ!」

 

「……っ」

 

 言葉が、でない。

 何故か解らない。哄笑を上げる鬼を前にして、自分でもよく解らない嫌悪感が止まらない。胸がざわめく。敵を目の前にしても無視できない吐き気を催す。肌がざわつき、鼓動が速くなる。心臓が、血が、目の前の化外を討滅せよと叫んでいるかのように。

 

「ぐ、あ、あ……っ」

 

「カカッ――どうした? そちらが行かぬならこちらが行くぞ?」

 

「――!」

 

 血の疼きに、行動が遅れる。

 無造作に振り上げられただけのはずの行動は、そうであるにも関わらずよどみなく素早い。武術があるように見えず、ただ振ろうとしているだけなのに極まっている。

 我が一撃前に諸共消え失せるがいい。

 何もかもどうせそうなるのだから。

 そう言わんばかりに棍棒は振るわれる。当たり前の結果を当たり前に引き出そうとしているのだから気負いがあるはずもなく暴風は再び振るわれ――

 

「――――――――――――――――――――見つけた」

 

 真っ白な影(・・・・・)が鬼を殴り飛ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 那須蒼一を語る上で意外に重要なのが彼の髪と目の色である。

 色金の影響の解りやすいものとして俺やアリア、レキ、蒼一も変化があるがそれ以上に彼の髪型と髪色は解りやすい物がある。

 黒髪を少し伸ばして首裏で適当にまとめいてたかつての那須蒼一。

 その長さは己が拒絶した妹のことを引きずってのことだった。

 蒼髪をレキと同じように切りそろえた少し前の那須蒼一。

 その色と長さは愛する主君との繋がりを示す色だった。

 俺の知る限るその二色だからサンプルとしてはいまいちなのかもしれないが、それでも多分、きっと髪色と髪型というのを意外に気にしている。あれはかなり単純な男だから好きな女の子と同じとかにしたがったりしているのだ。

 実際馬鹿にできないのだと思う。

 蒼は言うまでもないだろう。海よりも深く、空よりも高く鮮やかな蒼。那須蒼一とレキの絆を示すものとして解りやすく、その愛を何よりも誇らしげに語る彼らしい。

 黒もまた解りやすいと思う。黒という染まらない色は何もかもを拒絶し、受け入れない在り方を示しているのだろう。

 蒼は愛の証。

 黒は拒絶の証。

 だったら。

 だったら――何もかも失ったような()は、何を意味するのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………そう、いち?」

 

 それは、白かった。

 乱雑に伸びた髪は白く、生傷が絶えないのか血が流れている肌は白く、ボロボロになった袴だけは血が固まったせいか赤黒いがそのせいで露出した上半身や他の白が際立っている。

 後姿だけ見れば、少しだけ変わっている那須蒼一だった。

 数週間ぶりに見る親友を見間違えるはずがないのに、彼が蒼一であることが許容できなかった。直前に割り込み閻を殴り飛ばし、割れた海底の先に吹き飛んだことは頭になかった。

 目の前に立ち、背中を向ける男が――怖かったから。

 掛けた声に、反応しないその背中が、何かどうしようもなく、取り返しのつかないことがあると教えていたから。

 だけど、聞かずにはいられなくて。

 

 

 

「――レキが、死んだ」

 

 

 

 白はそんな、理解できない言葉を零した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前が欧州に立ってからすぐ後のことだった

「東京が襲撃された

「玉藻の結界を正面から壊して

「正面から全部破壊して

「アイツと俺たちは戦った

「アリアも白雪も理子もエルもランスロットも玉藻もあかりちゃんもライカちゃんも志乃ちゃんも麒麟ちゃんも陽菜ちゃんも蘭豹も高天原も綴も南郷もチャンも矢常呂も

「あの時あの場所にいた誰もかもが

「アイツと戦った

「そして負けた

「馬鹿みたいだよな。言葉にすれば結局そんなことだ。今まで何度も負けてきたみたいに、今回も俺たちは負けたんだ。あぁいつも通りといえばいつも通りだ

「だけど――いつも通りじゃないこともある

「レキが死んだ

「魔弾の姫君、源義経、チンギス・ハーンの末裔。瑠璃色金の姫君。静けさと道理を極めた者。俺の――俺の誰よりも愛する人、那須蒼一が惚れた女

「そのレキが死んだ

「死んだ

「死んだ

「――死んだ

「アイツはアリアたちとはまともに戦わなかった。それでまるで相手にならなかったけどな

「アイツに撫でられただけで、致命傷で、もうどうしようもなかった

「立ち向かった全員、まともな戦いにならなかった

「狙いは、レキだったんだろう

「アイツはいきなり現れて、途中にいるアリアたちを全部倒して、そのまま俺とレキの前に現れた

「俺たちも戦った

「そして負けた

「手も足も出なかったわけじゃない

「でも負けた

「そして――殺された

「アイツの手で、微塵も残らず彼女は消滅した

「笑えるよな、俺は何もできなかった。アイツが振り回した手が、彼女を消滅させるのを這いつくばって見てただけだった

「何が、色金の守護者。何が拳士最強だ

「惚れた女すらも守れずに――無様に生き残っている

「レキが死んだ

「死んだ

「死んだ

「――死んだんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………………………………………」

 

 理解が、できなかった。

 何を言っているのか解らない。だって、そんなことがあるはずがない。

 彼が、那須蒼一が。

 レキを失うなんてそんなこと。

 

「なぁ、キンジ」

 

 白が、振り返る。

 その顔は、少しだけ笑っていた。でもそれは面白いからじゃなくて、どんな顔をすればいいのか解らない自嘲に過ぎなかった。

 血色の瞳からは、血の涙。

 正面から見れば、彼は今にも死にそうなくらい満身創痍で、血涙を流しながら全身を赤く染めていた。

 

「ぁ……ぁぁ……っ」

 

「俺はさ、別に特別なことは望んでいなかった。お前やアリアたちがいて馬鹿みたいに騒いで、眩しいけれど俺とレキはそこにいて。遙歌はあかりちゃんたちと楽しく遊んでて。そんな当たり前の日々。何気ない日常。暖かな陽だまり。それでよかった」

 

 血涙は、止まらない。

 

「果てしなく広がる蒼穹の下で一緒に駆け抜けていこう。一日の終わりに包んでくれる黄昏の中でお互いを抱きしめ合おう。先も見えない無明の暗闇では少しずつ、確かめ合いながら進んでいこう。始まりの夜明けには朝日に向かって歩いて行こう。これからずっと。これまでよりもっと。お互いを好きなって、愛し合って――生きていこう。彼女こそが俺の生きる理由で、戦う意味なのだから。――――それでよかった。それだけが、俺の願いだった」

 

 そう、それが彼の願いだ。

 世界の興亡も、求道も覇道も彼はどうでもよかった。

 事実、彼は全部俺に預けてくれたのだから。

 

「ちっぽけな願いだよな。他人から見れば、どうでもいい祈りかもしれない。だけど、なぁだけどよぉキンジ!」

 

 血涙は止まらない。けれど、表情は変わる。

 泣き笑いから――抑えきれない激情を秘めて。

 

「認められるか! ふざけんな! 何をしたっていうんだ! どうでもいい祈りだったかもしれない! ちっぽけな願いだったかもしれない! お前らの横にあるには足りなかったかもしれない! だけど! だけどなぁ! 俺にとっては何よりも掛け替えのないものだったんだよ! それを……! それを……っ! あんな風に! 羽虫の如く潰されるなんて、俺は絶対に認めねぇッ! こんなことあってたまるか!」

 

 怒り狂っている。

 頭を振り乱し、喉から血を吐き、全身を掻き毟り、その白は慟哭する。

 狂っているのだ。

 文字通り、その白は発狂している。

 いきなり現れて、いきなり語りだして、いきなり絶叫する。

 そんなこと、那須蒼一がするはずなかった。

 

「ふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなよッ! あぁ――あぁ――ッ! レキの死ぬ日が俺の死ぬ日だった! 俺の死ぬ日がレキの死ぬ日だった! アイツが明日死ぬのならば俺の命も明日まででよかった! だけどだけど、このまま塵のように死ねるか! 死んだっていい! 命なんてどうでもいい! それでもこのままでいられるかよ!」

 

 そして――その名を告げた。

 

 

「――波旬ッ!!」

 

 

 名を告げた瞬間、それは爆裂した。

 それは殺気や殺意と呼ばれるものであり――今までの那須蒼一ならば絶対に生まなかったはずのもの。

 

「大欲界! ハビ! 第六天! 波旬! 波旬! 波旬! 波旬ッッ! 殺す! 殺す! 殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す――鏖すッ!!」

 

 殺害宣告は呪詛となる。

 俺に語っていたはずの言葉は、もう違う。白の中で完結し、溢れる嚇怒が空間を侵食する。常人ならばそれだけで意識を殺されそうになるほどの濃密な殺意。

 

「薄汚い塵が! 畜生が! 滅尽滅相だ! お前の総てを! 奪って潰して殺して消してやる! 貴様の赤子、細胞の一片一つ残さず! 俺が全部殺してやる! 何も生かして帰さない! 許さない! 絶対に許さない! 波旬! 波旬! その臭い! その気概反吐が出る!」

 

 叫び、

 

「――――行けよ、キンジ」

 

 吐き捨てた。

 

「お前には、お前のやることはあるんだろう。それを果たせばいい。お前の女や仲間は無事なんだから。今まで見たいにやっていけばいい」

 

 どうせ、俺たちの道はもう分かれたのだから。

 

「そ、そういち……」

 

「違う。那須蒼一は死んだ。レキと消された瞬間に、その名前の男はもう消えたんだ」

 

 俺のことを、もう彼は見ていなかった。

 そもそも初めから見ていない。彼が見てるのは天狗とその細胞だけ。

 

「カ――カカ――カカカ――カカカカッ!」

 

 割れた海を哄笑を上げながら閻は迫って来る。

 

「負け犬がおるなぁ! あぁまぁよいよい! 落ちこぼれも同じく打ち取ろうて! どうせ、我の手柄になるだけなんだからのぅ!」

 

 俺と彼を同時に相対しながら、己の勝利を疑っていない。この世の何もかもが己の為とそれは信じ、天狗の理を垂れ流しにしているだけ。

 

「だから死ね。だから殺す」

 

 白は鬼へと向き直る。

 そして名乗った。

 それはかつてのように相対の誉れを誇るものではない。

 そんなこともう今の彼はどうでもいいのだから。

 那須蒼一は、死んだ。

 誰よりも人であることを誇っていた人間はもうここにはいなくて。

 

「ただ鏖すだけの人外――那須蒼一」

 

 かつて否定したはずの地獄に身を落とし、人外の化物となった男はそこにいた。

 

「カカカ! だからどうした落ちこぼれぇ!」

 

「その落ちこぼれに――塵のように殺されろ」

 

 

 


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