落ちこぼれの拳士最強と魔弾の姫君   作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定

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大分お待たせしたんじゃ。
スレが楽しすぎていかんのじゃぁ


第6曲「――もう、手遅れだ」

 

 

 風切りと剣撃と氷結の音が森に響く。

 小高い森丘には氷の結界が生じ、その中でジャンヌ・ダルクとセーラ・フッドは弓矢と大剣にて斬り結ぶ。

 

「フッーー!」

 

 短い呼気と共にセーラが矢を放つ。一息に最低でも三矢、多ければ十。今彼女は普段使っている長弓ではなく腕に装着した近接戦用クロスボウを使っている。矢も通常のそれよりも短いもので、連射により適している。

 セーラ・フッドは弓の名手だ。

 

【魔弾の姫君にだって負けないし――最高峰(ハイエンド)の自負がある】

 

 言葉にし、その上で行動する。

 小柄な身体故に身軽で、それを利用したアクロバティックな動き。氷付き、常人ではまともに立っていられない氷の大地でも問題なく飛び跳ね、鋭い矢を見舞う。それらもただ無暗に放たれるわけではない。眉間、額、両目、喉、心臓、手首や太ももといった急所ばかりを狙い、意識の隙間や死角を縫うように射出されるのだ。

 無論簡単に終わる相手ではないのが、

 

【この矢――いつか必ずお前に届く】

 

 宣告し、また矢を番え狙い打つ。

 その言葉を実行する為であるが、

 

「……ん、なんだって?」

 

 ジャンヌは可愛らしく、小首を傾げた。

 

「すまんすまん、ほら耳に無線嵌めててな。ほら、大事だろ? こういう作戦の時。何を聞いてるかって? うちの学校でアイドルユニット組んで作ったポップソングだ。キンジがフリフリのアイドルのドレス来て最高だったんぞ? ちゃんと聞こえてるか? ん? すまん、お前の台詞も聞こえないんだが」

 

「……ちっ」

 

 無線機に音楽を流して聴覚を潰す――それは本来ならば、戦場に於いて致命的な行いだ。

 けれど、この場、セーラ・フッドが相手ではそれは有用である。

 

「聞こえてるか解らんが語らせてもらうぞ『流言使い』。お前の言葉、それは自己に関する流言飛語を実現させるというものだ」

 

 魔弾の姫君に匹敵するという噂を聞かせれば、聞かせた相手に対してのみながらも限定的にそれだけの力を発揮できる。

 最高峰の自負を聞かせれば、同じく最高峰の技量に。

 いつか届くと聞かせれば、いつか必ず届く。

 いうなれば聞かせたはったりを実現させる、嘘を真に変換させることができるのがセーラ・フッドという言葉使いだ。どこの勢力にも付かない傭兵タイプにはぴったりの言葉だろう。傭兵として色々な勢力を渡り歩いて活躍して、噂に尾ひれを付ければその分だけ彼女の力になるのだから。

 

「だから、お前の噂を聞かなければいいし、信じなければいい。ついでにいうと私からすればお前はただのブロッコリーキチだ。栄養が偏るからそんな胸が小さいんだ」

 

「やかましい。お前だって別に大きいわけじゃないだろう」

 

「ん? 聞こえんなぁ……?」

 

 セーラはイラッとした。

 この女、やはり大分性格が変わっている。

 イラっとしたから、

 

「……『誓言使い』。己の誓いを果たすために、誓言に応じて自己強化をされる言葉。……イ・ウーで一番自身のないお前が持つとは笑える」

 

「ははは、良く聞こえないがなんかムカついたわ」

 

 最も、何を言いたいかはよく解る。

 ジャンヌ自身、思っていたことだし。

 『誓言使い』だが、それは自分自身が心から思い、誓ったことでなければ言葉は発動しない。相応のプライドや己への自信がなければ言葉として発動しない。

 シャーロック・ホームズの残した言葉はどれも強力であり、どれもそれぞれのキャラクター、異常性、過負荷性に応じたものである。

 雁字搦めの性質を持つ理子には『弄言遣い』。

 毒舌家の夾竹桃には『毒舌遣い』。

 金を使うパトラには『金言遣い』。

 傭兵のセーラには『流言遣い』。

 魔術を使うカツェには『詠唱遣い』。

 小夜鳴の『暴言遣い』もカナの『正言遣い』も、イ・ウー残党は皆そうだ。長所伸ばす、短所を補う、他ならぬシャーロック・ホームズが選んだ故に間違いがあるはずがない。

 けれどジャンヌ・ダルクは自らに自信を持てなかったから。ジーサードの時のように学校のような自分以外のものを護る為にしかまともに使えなかったし、自分の為の宣言はできなかった。だからほとんどまともに使ってこなかった。

 それが変わったのは、

 

「……遠山キンジ」

 

「――」

  

 セーラの呟きに、ジャンヌはにやりと笑う。

 聞こえてないはずだが、言いたいことは解るのだろう。

 紛れもなくその通りだから。

 彼が認めてくれたから、ジャンヌは己の誇れるし、アイスブルーの氷に混じる緋色がその証だ。

 

「…………割りに合わない」

 

 本当に、心の底からセーラはそう思う。

 実際の所、セーラ本人は歴史の興亡とかはどうでもいい。日々の金とブロッコリーあればそれで十分。眷属の仕事は金になるし、連隊のイヴィリタ・イステルは金払いもいい。大魔女連中は気に食わないが、関わらなければいいだけのこと。

 だが、やはり今回の仕事は本当に割に合わない。

 そもそもの話、ここでジャンヌと戦っていることすら不本意である。先刻零したように決闘は契約外、本来の役目は妖刕たちのサポートである。それにしたって彼らと交友があるわけでもない。今この場の彼女には他の三人がどうなってるのかは解らないが、少なくともそれすらジャンヌ相手では果たすのは難しい。

 もっと言うならば。

 

「……詰んでる気がする」

 

 遠山キンジが、その仲間を連れて乗り込んで来た。

 かつてイ・ウーでシャーロック・ホームズを間近に見ていたセーラとしては、そのシャーロック・ホームズを倒した遠山キンジが正面から来たという時点でもう正直頭を抱えたい気分である。

 なにせ、遠山キンジといえば何をどれだけやっても死なないなんていう噂が広まっているし、実際ミサイル処刑でも死なないのだ。

 比較的感性まともで、噂を扱う言葉遣いのセーラだからこそそういういった噂には敏感なのである。

 本当の所をいうと、キンジが来た時点でちょっとトンズラしようかと思った。

 傭兵事業は信用が第一なので流石にやめたけど。

 一番怖いのは、ここでジャンヌを倒して、他の三人をサポートしても、カツェやイヴィリタがキンジに倒されれば意味がない。

 お金も入らない。

 それが最悪。

 そしてかなり在りそうだから困る。

 さらにさらに言うと、

 

「ん? どうした?」

 

「……ちっ」

 

 目の前のジャンヌも斃すのが難しい。

 腹立つくらいに自信の生まれたこの女は癇に障るが、しかし強敵だ。言葉による自己強化は超能力にも応用されている。恐らくグレードにすれば三十代だろう。なんとか凌いでいるが、まともに戦うのが得意ではないセーラからすれば強敵過ぎる。

 勿論、ジャンヌも正面から戦う相手でないにしても、絆の勇者と接続して発揮される絆の力は大きすぎる。

 まぁつまり、何が言いたいのかというと。

 

「それっぽく、全力で、全てが終わるまでジャンヌをやり過ごして仕事を果たしたことにする……!」

 

 これならイヴィリタ負けても役目やり遂げたことで報酬もそれなりに要求できるだろうし。

 セーラ・フッド、実に現実的な女である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「参った、俺の負けだよ」

 

 『聖銃』船坂慧はリサが飛びかかろうとした瞬間に、即座に両手を上げて降伏を示した。

 ただ腕を上げただけではなく、その拍子に自分の武器である装飾銃すら地面に投げ捨てて戦意も敵意も一切発生させない完全降伏だった。

 

「……は?」

 

 戸惑ったのはリサの方だ。この戦いに於いてリサ自身の覚悟は並々ならぬものだった。それまで戦闘といえば爆弾やバズーカ等を抱えて特攻自爆しながらジェヴォーダンを宿す故の生命力で生き残り続けてきた。しかし所謂戦闘は行ったことは無く、やはりまたジェヴォーダンを宿す故に他人に指示されない限り傷つくことを避けてきた。

 けれどキンジと出会って、ただ逃げるのではなく立ち向かうことを覚えた。

 忌避していた狼王の姿もキンジと夾竹桃は美しいと褒めてくれた。

 だからこそ船上においてヒメルクライジェンに立ち向うこともできたのだ。

 今回にしても戦うことは未だに怖いが、数日前のブリーフィングでキンジに語った通り、直前の融合する時の通り。彼と彼らとならば戦える。

 そして『聖銃』舩坂慧と相対した。ふざけた恰好と口癖の神父もどき。『魔剱』や『妖刕』と同じく欧州にて猛威を振るった傭兵の一人。勝てる自信はなかった。

 それでも立ち向かった。

 にも拘らずの即座降参である。

 拍子抜けもいい所だ。

 さらに言えば意味が解らない。

 どうして舩坂はリサを前に降参するというか。

 

「……どういうことですか」

 

「どーもこーも。俺としちゃああの勇者様と喧嘩するのは元々乗り気じゃなかったし? いやはや最初は静刃とアリスベルもいるし、鵺にパワーアップしてくれたから行けるんじゃねとか思ってたけどありゃ無理だわ。少なくとも俺には絶対無理だ。絆の勇者様あっぱれだぜ。こりゃあ宇宙人やら異世界人追い返したとかいう話も信じざるを得ないなぁ」

 

 ついでに言うと。

 

「アンタに勝てる気がしねぇんだよなぁ」

 

「……?」

 

 また意外な言葉が飛び出る。聖銃といえば眷属を裏切る前から、裏切った後も何度も話しに聞いている。目の前の男はこの地にて猛威を振るっている傭兵である。

 なのにそんなことを言う。

 それはこっちの台詞なのに。

 

「お前さん、神様信じる?」

 

「私は唯一絶対ご主人様主義ですが」

 

「はっはー、だよなー」

  

 真顔で答えたリサに、破顔しながら肩をすくめる。

 煙草を指で弄りながら、

 

「さっきの感じからしてもやっぱ相性が悪そうだし? だから止めとくよ。いやぁ獏から貰ったこの力基本使いがっていいし、都合のいいように作られてるだけどそれでも偶に例外があるから困るぜ」

 

 相性――やはりそこだ。

 別の場所にて行われている魔剱や妖刕と同じで、能力の性質による相性差。それにより異能を発揮できず一方的な敗北。協力強制は協力を強制できなければ発動しない。

 リサには詳細は不明だが、舩坂の能力は彼女と相性が悪いらしい。

 だから戦わない、なんて。

 

「……ご主人様とは違うんですね」

 

「ははは! そりゃあちげぇよ! ていうかあの勇者様みてーな奴がこの世に二人といるもんか。あいつはマジモンの勇者様で、伝説とか神話の人間だぜ? もう俺みたいなチンピラからすれば神様みたいな奴だ。ま、そのあたり静刃は眉唾だと思って敵視してたけど」

 

 そこで舩坂は笑みを引っ込め、

 

「だからこそ、どうにかできるならどうにかしたかったんだけどなぁ」

 

「……?」

 

「歴史の改変は本来ならばタブーだ。いや、そもそも不可能なんだよな。歴史と時間には抑止力があり、過程はどうあろうと結果は収束する。或は勝手無軌道な行動は時間の破滅を齎す。けれど俺たちのような不連続体、人為的な時空の特異点ならば時空に干渉できる。または遠山キンジのように不連続体を保有し、自身が不連続体であり時空の創世者でありながらその覇道は現在進行形で改変中だ。ある意味において不安定である今ならば、存在強度において酷く劣っている俺たちでも、彼らの歴史に干渉できるはずだった。元の時間軸に戻ることが第一目的だとしてもそれでも可能ならばその歴史を書き変えられるかもしれなかったけど――」

 

「な、何を言ってるんですか!?」

 

「だけど」

 

 意味不明な言葉の羅列に声を上げたリサに構わず舩坂は言葉を止めなかった。 

 空を仰いで、紫煙を長く吐き出し、

 

「――もう(・・)手遅れだ(・・・・)




次回、帰ってくる蒼いアイツ。

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