落ちこぼれの拳士最強と魔弾の姫君   作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定

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第4曲「俺らしいだろ!」

 

「RUOOOOOOOOOOOO----ッッ!」

 

 震えていないものは何一つない。

 空気も海も大地も人も生物も。万象等しく俺たちの前にひれ伏している。この世に存在している限り双王の覇道を前にして膝を折らないはずもない。

 人の王と人を除く全ての命の王。

 故にありとあらゆるものは俺たちに対して絶対的に降伏している。

 最早発せられる咆哮はただの空気の振動ではない。生命がそれぞれ持つ全ての魂。最も奥深い根底部分を揺らがす概念の雄叫びだ。耳を塞ごうとヘッドホンや耳当てで音を遮ろうと防げるものではない。震わすのは鼓膜ではなく存在そのもの故に。

 同じ空間にいれば、その空間ごと揺らがすだけ。

 引き出すのはありったけの畏れだ。

 尊敬と敬意と恐怖と戦慄。

 ただそこにあるだけにも拘らず、絶対強者であるが故に弱者にはどうしようもない負荷となって世界に広がっている。

 事実咆哮一つだけで――世界が軋んでいるのを俺たちは理解していた。

 ぴしり、ぴしり。

 

「――」

 

 一歩を踏み出す。

 その歩みを邪魔するものはこの世に存在しない。向かう先を見据え、遅いとすら言ってもいい動きで足を踏み出せば――次の瞬間、百数十メートルという空間を跳躍していた。

 出現した箇所は竜の巣海岸線のほぼ中央。

 周囲に大量の火器が置かれ、それぞれに末端の魔女たちがいる。けれど出現と同時に俺とリサの存在強度故にほぼ全員が一瞬で意識が飛んだ。

 ぴしり――ぴしり。 

 そしてさらにもう一歩。竜の巣内に蔓延る水銀の波動は今しがた飲み込んだ。故にさらに領域を強化しに行く。向こうがどんな悪辣な手を伸ばし来るのか解らないのだ。だからこそもう一度狼王の咆哮を放つために息を大きく吸い、

 

『――だめ!』

 

 俺とリサの身体が分離していた。

 

「な――」

 

 弾かれ合うように砂浜に投げ出された身体は妙に息が上がっている。まるでフルマラソンを何回も重ねたかのように無様な呼吸を繰り返していた。

 原因はリサを通して理解してしまった。

 『子守歌・月光天導の星王狼』。

 リサと紡がれた緋想詩編はあまりにも強く――強すぎた。

 たった一度咆哮と前進だけで融合が解けてしまう程に。

 世界そのものの異物であるが故にそこに在るだけで負担を掛けている。あのまま融合を維持していたら空間や世界という概念そのものに深刻なダメージを与えていたはずだった。

 それをリサの、ジェヴォーダンの狼王としての本能がそれを察したのだろう。だから強制的に俺たちが分離した。だが強制故に体への負担が大きいのだ。見ればリサも滝のような汗を流し、荒い息を繰り返している。

 

「ごしゅ、じん様……!」

 

「はぁっ……はぁっ……くそ、こりゃもう使えねぇなぁ……っ!」

 

 絆を結んだ相手と融合し新たな姿と力を生み出す緋想詩編。

 それにこんなデメリットがあるとは思わなかった。今後融合する場合相手を選ばないといけないかもしれない。

 例えば、曹操とか。

 考えるのをやめておこう。

 そんな暇がないわけだし。

 

「……よぅ、戦友……元気だったか……?」

 

「け、け……元気に見えるかよ、くそったれ……」

 

 頭を乱暴に振り、ふらつきながらも現れたのは愛すべき親友カツェ・グラッセだ。ほとんどの魔女は気絶しているが、カツェは消耗しながらも意識を保っている。思い返せばドゴールの雪原で『覇気倒し』を使った時もカツェは意識を失わなかった。

 恐らく、代表戦士クラスでは威圧で戦闘不能にはできない。

 つまりそれは、

 

「……遠山、キンジッ……!」

 

 同じく代表戦士級の傭兵である『妖刕』原田静刃もまた折れていない。

 二刀を杖にしながらも、真紅の左目をぎらつかせながら俺とリサを睨みつけている。足取りは妖しいが、それでも魔眼の禍々しい光は健在だ。それ以上に、妙な敵意まで感じる。全くどこで恨みを買ったのやら。俺もこいつは好きじゃないけど。

 聖銃や魔剱の姿はない。

 意識を失わなかったのはこの二人――、

 

「……じゃないな」

 

 首の裏がチリチリ(・・・・)とする。

 微かに覚えがあるそれはセーラ・フットのものだろう。あれの能力に関してはジャンヌたちから聞いている。ただしそれに関しては現状では手の打ちようがないし、そもそもどこに潜んでいるかは解らない。ついでに言えば聖銃たちもすぐに駆けつけてくるだろう。

 

「ったく……ほんと大馬鹿野郎だなおめぇは……。いややるとは思ってたけど正面突破たぁな。それであたしの部下ら皆ノックダウンしてくれたんだから流石っていうかさっきのは……あぁくそ、まだふらつくぜ。何にしても――」

 

 指を刺しながらカツェは吠えた。

 

「決着の時にしちゃあ随分締まらないなぁ!」

 

「俺らしいだろ!」

 

 即答に彼女は口端を歪める。

 息も絶え絶えで、砂浜に膝を付き、未だ疲労から回復しきれなない俺はそれでもその緋の瞳は確かに燃やしていた。

 

「あぁそうだ! 決着だ! 正直なことを言おう! 欧州に来てから酷い目にあってばかりだ! 美術館行けば拉致られ! 怪しいゴスロリ集団に囲まれ! 軍隊に襲われて雪原を彷徨って! 女装もして! 夾竹桃に振り回され! つかの間のバカンスは邪魔されて! また魔女にはムカつく手で掴まって! 拷問させられて! ロケットで殺されかけて! くそぅ! 羅列して見れば頭が狂いそうだ! 何が笑えるって欧州来る前の人生にしたってこれと同じかそれ以上に酷かったってことだ!」

 

「どんまい」

 

「どんまい! どんまいだって!? そんな言葉で片づけるか!? ありがとう! 愛するカメラード! お前とも気づけば長い付き合いだなこんちくしょう! 勝率はどうだ!? 最初はノーカンとしよう! 二回目は俺の負けだな! 三回目は俺が勝った! 四回目は! 俺は引き分けとしよう! だったら! 今日が最後としよう!」

 

「…………お前、頭打ったか?」

 

「あぁ!? いや、それは! そうではない! そうではなくて……えーと……あぁー……ダメだ、口上が尽きた。まだか?」

 

『貧相な語彙ね、あったこと羅列しただけじゃない』

 

 

 

 

 

 

 

 

 響いた声は影からだったが、しかし変化が起きたのは空だった。

 上空に浮かんだ黄白の魔方陣は二つであり、

 

「!!」

 

 即座に雷が大地に突き刺さる。

 ただの落雷ではなかった。それがなんであるかはカツェの隻眼は正確に捉えていた。

 

「転移術式か!? いやあんなこと――あぁくそそういうことかッ! やってくれたな!」

 

 術式の原理はよく解らない。ただそれでも転移術式というのは非常な高度なものでそう簡単にはできないものらしい。周到な事前準備と複雑な魔術式と膨大な魔力が必要だとかなんとか。つまり現状にしても難しいはずだった。

 けれど――この空間は俺の領域だ。

 遠山キンジの覇道が支配しているからこそある程度の融通が利く。

 その上で、

 

『私に感謝しなさぁい? 私がいなかったからこんな策立てられなかったのだからぁ』

 

 影から静かに浮かび上がってきたのは十五歳ぐらいの姿のゴスロリ姿の吸血姫。自分の体の周囲にバチバチ(・・・・)と電撃を纏いながら出現したのは、

 

「ヒルダ――!?」

 

「久しぶりねぇ、カツェ。元気そうで何よりだわぁ」

 

 日傘の絵を指の中で回す『紫電の吸血姫』ヒルダ・シュペツだ。

 そしてそれだけではなく、

 

「……派手な登場結構なことね。クロメーテルちゃんから力を貰わなかったらそこまでの復活できなかったはずなのに」

 

 影からにじみ出るように煙管を手にした桃ちゃんが現れる。

 

「やかましいわよぉ?」

 

「クロメーテルちゃんいうな」

 

「今さらっと私の名前を酷いことに混ぜたことを私は忘れない」

 

 だって事実だし。

 影の中に桃ちゃんが潜んでいたわけではない。ただ別に用意しておいた待機地から影を通して転移してきた。

 なぜならば、

 

「決闘でしょう、これはぁ」

 

 ヒルダは気だるげに、甘い喋りと共に言葉を漏らす。

 

「同じ眷属だったとはいえ協定違反は面白くないわぁ。戦役に於いて雑兵の使用は禁じ手。魔女ともあろうものが定められた掟を無視するのは見過ごせないわねぇ?」

 

 ヒルダの嘲りにカツェは苦笑する。

 カツェ自身は誇りを重視するタイプだろう。俺と何度も決闘しているあたりそれは伺えるし、だからこそ俺もコイツと戦うのが楽しいのだ。

 だけどコイツの上司――イヴィリタ・イステルは違う。

 恐らく効率と結果を最重視し、最も他人の精神を抉るような策を立てる。一般魔女の動員もイヴィリタの策の一貫のはずだ。そういう意味では傭兵も使っていたローレッタにしても同類かもしれない。

 

「……そういうことね」

 

「見たいよぉ? ま、単純よねぇ――戦役は代表戦士同士の決闘でなければ始まらないし、終わらない」

 

 極めて単純な理屈、というよりも前提問題だ。

 先ほど連呼した災難にもう一つ付け加えるとしたらこれまでより集団だった戦闘が多かったということだ。一回目のカツェとの戦いも彼女を含めた魔女連隊全てとの戦いだったし、バカンス終幕は乱戦で、竜の巣からの脱獄後に至っては雑魚の傭兵軍団であり、曹魏のような決闘ではなかった。勿論奇襲や一対複数戦も反則ではないが、本質的には尋常な決闘が戦役の本質だ。

 この戦いはただの戦争ではなく――次の世代の覇者を決める戦いなのだから。

 カツェが耳に手を当てる。

 

「こほん、あー、聞こえてるか代表戦士諸君。今どーなってる?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「モーレツ、驚愕です!」

 

 無線に吐き捨てながら『魔剱』立花・氷焔・アリスベルは雷撃と共に現れた相対者を見る。

 転移魔法――アリスベルの時代に於いても相応に高度であり、そう簡単にできるものではない。にも拘らず敵陣、それも自分を目印にした強制転移。同じ術式使いとして戦慄せざるを得ない。

 或は、それを可能にさせた遠山キンジにか。

 

「ホホホ、我が義弟ながら恐ろしいものじゃなぁ。妾もこれにはびっくりじゃよ」

 

 『砂礫の魔女』――パトラ・遠山は義弟に苦笑しながら砂金を纏う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「決闘は契約外。追加料金を要求する」

 

「どういう契約を結んでいたんだお前は」

 

 静かに無線へ契約の追加を求めるセーラ・フットは乱入者へと弓を構えた。

 元より奇襲や狙撃によるサポートの契約だったから代表戦士としての決闘は契約の外にしておいたのだ。そうしたほうが、万が一の時、例外扱いで金を余分に集めることができそうだったし。

 

【誓いを此処に――ぶちのめす】

 

 『銀星の聖女』ジャンヌ・ダルクは勇者の影響が伺える言葉と共に己への誓いを立てる。

 

 

 

 

 

 

 

「……はっはー、ちとマニアックじゃね?」

 

 『聖銃』舩坂慧が海岸へ一人駆けつけてみれば立ち塞がった相手の前に呆れた言葉を漏らす。

 

「がるるるぅ……!」

 

 半人狼化し、獣の耳や尻尾を生やしたリサは姿勢を落としながら聖銃を睨みつける。先ほどの緋想詩編の負担が消えたわけではないがそれでも海岸の面子故に自動的に聖銃の相手はリサがするしかない。

 

「るおおおおおおおおおおおおお!!」

 

 『ジェヴォーダンの獣』リサ・アヴェ・デュ・アンクは主君への想いを胸に雄叫びを上げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

「またお前か……!」

 

 以前の経験から『妖刕』原田静刃は吐き捨てながら柄を握りしめる。

 左の魔眼――それを核として作りだされた静刃固有の術式は自動的に相手の能力を読み取っていく。そこから伺えるのは左手の爪に潜む猛毒。けれど同時に理解できない緋色の靄がある。

 

「煽りは得意よ。特に相手が痛々しい中二病ならばね。最近どこかの馬鹿で練習してたし」

 

 『毒舌遣い』夾竹桃はどこかの馬鹿を思い浮かべながら、不敵に口端を歪めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はいはいはい、こーなるんだな結局。ジャンヌが立てた策かぁこれ。まぁお前らみたいな少人数で目的考えればこれがベストだ。複数人でボコるとかできねぇだろうし」

 

 肩を竦めながら現状を分析するが、初手で自軍や張り巡らされた魔術結界の類を完全に無効化されたのは決定的だった。あんな風に積み上げてきたものを薙ぎ払われてしまえば、どうしようもない。事前準備がなくなってしまえば、使えるものは持ち前の能力と精神だけだ。

 それは、

 

「ケケッ、悪くない。なぁ楽しいぜカメラード」

 

「ははは、だろう? さぁ楽しい楽しい決着の時だぜカメラード」

 

 『絆の勇者』遠山キンジと『厄水の魔女』カツェ・グラッセが何よりも求むものだった。

 そうして決着は始まっていく。

 終わりに向かって、転がっていく。

 決着が付いた時、何を失うのかも未だ知らないままに。




毎回恒例、ただしちょっと早いタイミングでのタイマンバトル。
まぁこういうの好きなんです。

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ベルスーズ? 強すぎてリストラになりました(

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