落ちこぼれの拳士最強と魔弾の姫君   作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定

212 / 225
第14曲「また呑気に過ごそうぜ」

「――!」

 

 意識の覚醒は一瞬で行われた。

 心臓は確かに止まっていた。肺を水が満たし、血流も停滞して生命機能もまた停止していたのだ。即ち遠山キンジは事実上死亡していた。水位が檻を満たした時点で息の根は止まっていたのだ。通常ならば数分くらいは息を止められていただろうが、拷問後状態では数十秒も持たなかった。

 しかし今、意識は覚醒を果たし、止まっていたはずの生命活動が再開する

 そしてそれは単なる復活ではなかった。

 全身の傷が一瞬で修復される。残らず砕かれた骨が繋ぎ合わされ、ぶちぶち(・・・・)に千切れていた筋線維も結束し、内出血の後は全て消え去り健康的な肌に。そして変化は外見上の治癒だけには留まらない。

 損傷と消耗は別の話。

 今更言うまでもない話だが、欧州に来た時点では損傷の方はほぼ回復していたが、消耗は大きかった。それが数日間の余暇にて損傷消耗共に大体治癒された。それも拷問のせいで極限まで損傷し消耗していが。

 ――その全てが消えていく。

 損傷は消え去り、同時に消耗もまた霧散する。摩耗した体力と精神力、それは時間を掛けなければ元通りになはならない疲労のはずだった。なのに、総ての疲労もまた消失する。

 一瞬にも満たない刹那で俺の身体は完全回復し、

 

「――――これ、は」

 

 さらにその先があった。

 回復治癒所の話ではない。損傷消耗が消え去った時点で俺の身体は平常通り、つまりは問題ない領域にまで癒されていた。けれど、同時のそこから肉体の変化は止まらない。

 足先から頭の先まで、細胞の一つ一つ、全身六十兆個一切合財残らず遠山キンジという全存在が活性化し、力が漲っていく。これまで生きていて、ここまでの好調なんてことはなかった。平常通りなんて話じゃない、遠山キンジという人間のフルパフォーマンス。

 それは単なる勢いやテンションじゃない。

 存在と魂が最善状態まで昇華されているのだ。

 

「――――リサ」

 

 この変化が何を基にしているか、変化の瞬間と同時に気付いていた。

 だって、繋がった心を感じたから。

 今まで、届かなかった旋律が耳に届いたから。

 そこに込められた(イノリ)が――緋色の交響に奏でられたから。

 

「――今行くよ。約束したからな、守るって」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ッ……!」

 

 色金の気を全身から放出する。

 その純度はこれ以上にない領域だ。規模だけで言えば曹操戦の時の流出の方がはるかに上回るだろうが、しかし質だけで言えば劣らないかもしれない。故に発現した色金の気は周囲の檻や鎖に刻まれていた術式を残らず粉砕し、

 

星の王子様(プチ・プランス)――!』

 

 念動力を全方位に振るうことで拘束も檻も一瞬で粉砕する。

 だが、危険はそれだけではない。周囲に海水が満たしているのは相変わらずだし、同時に大きな振動を感じる。ミサイルが起動しているのだろう。恐らく数秒も必要とせずに三千度の炎が空間を埋め尽くすのだろう。

 それは御免蒙りたい。

 だから迷いはなかった。

 色金の気を足を浸透させることで超強化。それは普段の俺だったら一度使えば尋常ではない負担を強いることになるが、リサの(イノリ)により最善状態となった身では気に掛ける必要がない。

 直後、頭上から三千度の噴射炎が放出し、

 

「――うぉおおおおおおおおおおおおおお!!!」

 

 それよりも早く海上へと飛び出した。

 一瞬で海水を蒸発させる超高熱、余波がないわけではないが白雪とジャンヌとの絆を併用すれば問題になどなるはずもない。直上へと高く飛び出したから、一時的にミサイルの側面に着地し、

 

「――ほら、だと思ったぜ戦友(カメラード)

 

 聞こえてきたのは呆れたような、戦友の苦笑だった。

 同時、水の多頭蛇が襲い掛かる。発動の余波や術式が組まれた気配はなかった。それは事前に用意されていたものであり、つまる所はトラップ。この愛すべき戦友は俺が脱出することを見越してこんな準備をしていたのだ。

 

「あぁ――だと思ったぜ」

 

 そしてカツェが何かをしてくるだろうと思っていたのは俺も同じだ。

 

「だらっしゃーーッッ!」

 

 気合い咆哮。

 色金の気を拳に一瞬で可能な限りかき集めて――ミサイルに叩き付ける。

 覇道とは即ち陣取り合戦だ。己の渇望を周囲に押し付け、染め上げることであり、曹操戦に於いて開始された流出はいまも尚続いている。この欧州ではそういう鬩ぎ合いという意味に関してはかなり滞っていた。多分、大魔女連中の存在が大きいのだろう。正直そのあたりは実際の所よく解っていないのだけれど。

 事実として、この場は俺じゃない誰か(・・・・・・・)の覇道の占領下だ。

 だから――この場において自らの渇望を周囲に流し込む。

 最善状態故に練り込まれた高純度と空間掌握の為に放出された大量の覇道。それは湾内を一瞬で埋め尽くし、

 

「――!」

 

 この場の全ての異能を破壊し、遠山キンジの領域とする。

 

「―――ヒルダァッ!」

 

『――鬼使いが荒いわねぇ!』

 

 故に、魔女共に切られていたヒルダとの接続を取り戻す。ゆっくりと話している暇はなかった。意図は一瞬で理解、というよりも半ば叩き付けることで意思疎通を完了させ、彼女もまた一瞬で答えてくれた。

 必要なのは周囲の配置だ。

 時間がなさ過ぎる故に誰がどこにいるかの情報が最も必要で、そのためににもヒルダの電気能力に於けるソナーがこの場にいる全員の場所を瞬時に把握し、

 

「――――イヴィリタ・イステルーーッッ!」

 

 彼女への激昂を押さえきれなかった。

 この女、本当に悪辣だ。ふざけんなよコイツ、よくもまぁ人の嫌がることばかりしやがって。

 絶対に許されない。

 けれど、怒りのままに動くことはできなかった。時間が足りない。胎動しているミサイルが発射するまで五秒もない。

 

「――ワトソン、静幻!」

 

 二人の絆を同時に用い空間把握と超高速思考を同時に発動させる。通常時に行えば脳に過剰な負担を掛けただろうが未だに最善で固定されている今ならば滞りはない。故にこの刹那に勝機を見出そうとし――、

 

 

 

 

 

 

 

 

 「あぁそう、ベアト――そういうこと」

 

 「然り、中々の見世物だろう?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 どくん(・・・)――世界が胎動する。

 俺の覇道は元々あったもう一つとも違う、全く別のものでありながら、しかし同時に世界を押し潰しながら染め上げるような絶対的な圧力。分子の一つ一つが轢殺されるのではないかと錯覚するほどであり、そのせいで世界が一瞬停止したのは錯覚ではない。

 その場の全員が彼女(・・)から目を背けずにはいられず、だからこそその変生を誰もが目撃した。

 

「――ぁ、ぁ……」

 

 変貌には時間が掛からなかった。そういう物理的な概念を超越して行われるものだったから。

 その狼毛は名前通り夜天に煌めく星々のように金色に輝き、体高五メートル近いその四肢は一切の無駄を感じさせない美しさだ。

 それが何なのか俺は知っていた。超加速思考状態だったらこそ、これまでの記憶の中にあるピースが一瞬で嵌り真実を導き出す。

 それは生物の王。

 怪しく異なる王ではなく。

 生きている物の王。

 人類種を除く生きとし生ける全てを統べる星の狼。

 

「――ジェヴォーダン」

 

「■■■■■■ーーーーーー!!」

 

 変生を完了させた星狼が高らかに雄叫びを上げる。リサの面影はそこにはないが彼女が着ていたドレスの切れ端が人間だったことを示している。

 

「これは……!?」

 

「モーレツ、意味不明ですけど……!?」

 

「おいおいやべーんじゃねぇのこれ?」

 

「……矢、刺さる?」

 

「長官!」

 

「……これは困ったわねぇ」

 

 その場にいた六者が六様の反応を示し、

 

「■■■!!」

 

「ガァッ――!?」

 

 何もかも置き去りにして俺に激突した。

 

「がっ……ごほっ……! リ、サ……!」

 

 互いの距離は数十メートルくらいに離れていたにも関わらず一秒もない。

 ミサイルの壁面に俺ごとめり込み、亀裂が入る。衝撃でアバラが罅だけで済んだのは最善固定の能力の余波だろう。しかし今彼女が星狼として変生してしまった故に(イノリ)が消え去っているのだろう。

 ――だがこれは好機だ。

 

「■■■!」

 

「ぐ、おお……!」

 

 吠えるジェヴォーダンの顎と右前脚を両手で掴み、同時に両足を無理矢理にめり込ませ、

 

「――!」

 

 ついにロケットが発射した。一連の動作は俺がロケットの側面に着地してから僅か数秒のことだっただろう。これどたったの数秒で状況は一変する。発射時に襲い掛かるGで一瞬だけ俺とジェヴォーダンがその場に固定され、ミサイルは空へ飛び立つ。加速が切れつつある思考の中で、眼下に呆然とした妖刕たちや呆れ顔のカツェ、無表情のイヴィリタがあり、

 

「――カカッ」

 

 哂う鬼。

 それらを置き去りにして、天へと昇っていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っづ……!」

 

「■■■■ーーー!」

 

 超高速で飛翔する故に迫るGと叩き付ける風の壁が俺たちを襲う。今はまだ身動きが取れないほどではないが、しかしあまり飛びすぎるとそうなってしまう結果も遠くはないだろう。

 けれど同時にチャンスなのだ。

 これに乗って距離を取れば、逃亡ができるから。

 問題は、逃げるまでこの星狼に殺されないかどうか。エメラルドに輝いていたリサの瞳は、色は変わらずしかし獣性を宿し俺をにらみつけている。理性が残っていない、暴走状態だ。この星狼化がどういうものなのかは解らないが、思えばジェヴォーダンの祭りの時に若干言いよどんでいた。あの時は些細な変化だったから気づかなかったが、こうして変貌を見るとあれが伏線だったと今更ながらに思う。

 この姿が、リサの抱えていた傷だった。

 俺が主で、彼女が侍女となり、俺が守る代わりにリサが俺に傅くという契約を交わした際に繋がりが生まれなかったのはそのせいだ。しかし繋がりが生まれるには互いの心が全て融け合わなければならないのだ。

 

「別に隠し事が悪いなんて言わねぇし、そりゃそんな姿になっておまけに暴走するっていうのは言いづらいだろうけどよ、水臭いじゃねぇか。俺はお前を守るって約束したんだぜ?」

 

 語り掛けがしかし星狼は唸り声を上げるだけだ。完全に意識が飛んでいる。

 いやそれだけではない。

 

「――思い出した」

 

 リサに、ジェヴォーダンの星狼からにじみ出る嫌な気配。纏わりつく様な、ざらついた粘度を持つ水銀の波動。彼女の背後に詐欺師染みた影法師の笑みが見える。

 そいつはかつて一度だけ対峙したことがある。エコールの地下牢で捕えられた時のあの枯れ木の女。陸に上がってしまった深海魚。場違いだらけの、何も見えない水銀の影。

 

「何がなんだか知らねぇけどよ。そいつは俺のメイドなんだ。渡さねぇよ」

 

 ザザッ(・・・)とまるで俺の言葉に応えるように思考にノイズが走り、

 

「■■■ーー!」

 

 星狼が吠える。超至近距離の咆哮は鼓膜を揺るがし、物理的な衝撃を与える。思い返せば香港での戦いの後にコイツのイミテーションが現れた。それは俺、蒼一、曹操、猴で瞬殺される程度だが、しかし目の前のこいつはそうはいかないであろうと直感する。

 有体に言えば存在の質が違うのだ。

 あの時の体力の生物を無理矢理に合成させたツギハギの化物ではない。

 それでもこうして目の前にいる星狼はそうじゃない。理性を失い血走った眼で睨みつけ、今にも俺を噛み殺そうしんばかりに歯を晒しているのに。

 その姿は、あまりにも美しい。

 

「リサ、お前はその姿が嫌いだったのか? なんか辛いことがあったのか? そのせいで俺から拒絶されると思ったのか? あぁ、おい。あんま見縊るなよ。カッコいいじゃねぇか。綺麗じゃねぇか。俺はこんな素敵な生き物を見たの初めてだ」

 

 だから、

 

「また呑気に過ごそうぜ」

 

 夾竹桃が好き勝手にやって。

 俺がそれに突っ込んで。

 リサが二人を困りながら眺めている。

 そして偶にリサがたしなめたり。

 と思ったらリサが俺に過保護だったり。

 そういう日々が、俺にとって堪らなく愛おしい宝石だから。

 

「星狼のこと以外にもなんかあるならこの際全部ぶちまけちまえよ。安心しろよ、俺は器の広さには自信があるんだ」

 

 あ、でも――まだ一人足りないよな?

 




リサの夢:自分を守ってくれて、リサが勇者と認めた相手を最善最高の状態に固定させる。
そんな感じのサムシング。
前話までのキンジがHPMPが1/1だったけど、この話ではHPMP倍で全能力最大上昇全状態異常完全無効な感じ。

感想評価お願いします。
さぁ記念すべき感想500目は如何に

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。