落ちこぼれの拳士最強と魔弾の姫君 作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定
ここ最近の俺に対する扱いには正直色々複雑だ。
そもそもの始まりとしてRランク武偵への承認というのは正直俺には過ぎた身であるという思いは変わりない。武偵としての最高峰であるRの称号を持つには俺はまだまだ武偵としては未熟なのだから。
単純な戦士、戦闘者としてはそれなりだという自負がある。いや、曹操を降した今、それなりだなんて言えないだろう。拳銃の扱いに関しては覇王様のお墨付きだし、剣に関しても教えてくれているのは最後の円卓の騎士のランスロットだ。色金の気も相まって個人戦闘能力に関しては世界トップクラスであるというのは否定しきれない。
いや世界トップクラスなんて自分で言うのも馬鹿らしいけれど。
しかし武偵として求められるのは単純な腕っぷしだけではないのは言うまでもないことだ。そういうこと言い出すと『バスカービル』のメンバーはまともな武偵なんていないと言えるだろう。
何より武偵として大事なのはスキルじゃないのだ。
武偵憲章第一条。
仲間を信じ、仲間を助けよ。
第二条。
依頼人との契約は絶対守れ。
第三条。
強くあれ。但し、その前に正しくあれ。
第四条。
武偵は自立せよ。要請なき手出しは無用の事。
第五条。
行動に疾くあれ。先手必勝を旨とすべし。
第六条。
自ら考え、自ら行動せよ。
第七条。
悲観論で備え、楽観論で行動せよ。
第八条。
任務は、その裏の裏まで完遂すべし。
第九条。
世界に雄飛せよ。人種、国籍の別なく共闘すべし。
第十条。
諦めるな。武偵は決して諦めるな。
それが俺たちの戦の真。それがなによりも求められるものであり、抱かなければいけないものなのだ。そういう意味では、俺はどうなのだろう。幾つかは満たしているとは思う。けれど、足りないものもきっとあるのだ。遠山キンジという男はこの十の真を体現しうる益荒男であるかどうかという点に関して、絶対の自信を持てない。
なればこそ、それでは足りないのだろう。
大事なのは渇望であり、夢だ。
こうありたい、こうしたい。それが絶対無二の原動力。
振りかかる不条理を打ち砕きたい。
皆の居場所になりたい。
それが遠山キンジの渇望ではあるけれど、しかし武偵である意味がそこにはない。Rランク武偵としての夢がそこに込められていなければ俺がその頂に立つ意味がないのではないだろうかと思うのだ。『絆の勇者』なんて呼ばれて求められて、それに応えたいと思ってはいるけれど。
しかし何か大事なものが欠けているのではないかと思わずにはいられないのだ。
その何かが解らない緑松校長を始めとした武偵高の先生たちが支援してくれているのに、なんて情けないのだろうか。
忸怩たる思いが尽きないのが正直な所だが、今後の俺個人の課題なのだろう。
閑話休題。
結局過大評価というのが一番困るのだ。先達から受ければむずがゆかったり、それに応えようと思えるが、しかし敵からやられた場合は手に負えない。
有体に言えば、嵌め殺しにされるのだ。
こちらを実力以上に警戒しているから、施される対策も実力以上の過剰なものになってしまう。実際欧州に来てからそのせいで嵌められまくっている。超えられたのは思えばジャンヌの祈りやヒルダの助けによるもので、俺単体ではどうしようもなかったのだと改めて思う。
これもまた今後の課題だ。遠山キンジは一人では何も為し得ない。
つまり遠山キンジ個人の強度の問題。
アウェイである欧州の地に、限られた絆を結んだ仲間。何度も失敗を重ねて、反省しまくっている旅だったが、しかしこれは認めないと駄目だろう。いや、いい加減そろそろそのあたりの反省は飽きたんだけど、修正しきれてないのだから反省が足りないわけだ。
この欧州に来てから魔女連隊を初めとしたカツェたちはどうも俺を化物とかと勘違いしているようで、不死身とでも思っているのか戦闘の度に周到な策と少なくない物量をつぎ込んでくる。当たり前だが俺は不死身でもなんでもない。普通に、殺されれば死ぬ人間だ。色金由来の耐久力やら異常のよる超反応にて死地を超えているが、しかしそれは逆説的に越えなければ死を意味する。
銃弾で頭を撃ち抜かれれば死ぬし、尋常ではない衝撃が全身に直撃すれば死ぬ。
人間は死から逃れられない。いや、例え人間ではなく、人を外れた人外だとしてもそれは同じだ。『ただ戦うだけの人外』握拳裂も『ただ知っているだけの人外』シャーロック・ホームズも。他にも色々な誰かの大事な人たちが。
どんな凄い奴だって、殺されたりすれば死ぬのだ。
それを、俺たちはよく知っているだ。
喪失の悲しみを、身に染みている。
それが理由でぶつかりあったことも何度もあった。
人は死ぬ。
そこにどれだけの大事な想いや意思、願いがあったとしても。
殺されれば死ぬ。
まぁつまり何が言いたいのかというと。
イヴィリタ・イステルの策は――これ以上なく俺を追い詰めていた。
●
「――っぷは!」
沈んでいた意識が冷水をぶちまけられたことで無理矢理に覚醒させる。
「ごほっ、ごほっ……っ……!」
鼻に水が吐いて、おまけに気管支にも入ったのか噎せて派手に咳き込む。そしてその咳き込んだ際の衝撃で、全身の砕かれた骨に痛みが走る。
「……ぅ、く……っ」
どこが折れている、なんて考えるのも億劫だった。足の指先から頭の先まで。背骨のような命に係わる重要器官以外、例えば指やら腕やら足やら鼻やら。ご丁寧に骨の一つ一つまで砕かれている。トンカチだったり、ペンチだったり、無理矢理に腕力任せに折られたりとやり方は様々だったがとりあえず全身文字通りバキバキだ。さらにもう何十時間も――時間間隔がかなり曖昧になってる来たが多分二、三日くらい――背に手首を縛られているのでそっちの理由でもバキバキだ。あと特筆すべきな所といえば、まぁ全身殴られたりして内出血が酷過ぎて全身の肌が紫になったり、血をかなり抜かれて体力がほぼすっからかんだとあたりか。
ここまで言えば解ると思うが、つまるところ遠山キンジは拷問に掛けられていたわけだ。
「…………ぉぉ、気分は……どうだよ、カメラード」
他ならぬ、愛すべき戦友カツェ・グラッセによって。
「……」
俺の意識を覚醒させるのにぶっかけた水の入ったバケツを薄暗い牢に放り投げて、対面に於かれていた椅子に乱雑に座る。
「ふんっ」
隻眼を歪めながら、これまた乱暴に煙草を咥え火を付ける。
しばらく何も言わずに紫煙を曇らせ、
「………………決まったぞ、お前の処刑方法」
ぼそりと言った。
「へぇ、教えくれよ。あの美人長官様は一体どんな方法で俺を殺してくれるんだ? ギロチンか? 絞首刑か?」
「
「…………はぁ?」
今一理解しえなかった。
ミサイル――つまりどっかに俺を放置してミサイルぶつけるのか、どっかに直撃させるのに俺を括り付けたりするということか。
「お前は
「……やり過ぎじゃありませんかね」
「いや曹操の全力の一撃よりましじゃねぇの」
「……」
そう言われると答えに困る。アイツの全力の一撃ってつまりそれで街一つぶっ飛ばすという頭のイカれた威力だったし、最終的にどこまで跳ねたのかあまりよく覚えていない。
「…………いやいや流石にそこまでされたら俺死んじゃうよ?」
「長官はお前殺したいんだよ」
「そりゃそうだ」
「それに、長官はこの程度で終わらせる気はないぜ?」
「はぁ?」
「明日オランダのアムステルダムのリバディー・メイソンの基地にカイザーやらノックスやらが集まるんだよ。それを前から短距離ミサイルで――あぁ、化学物質とか乗っけて精々五十メートルくらいしかばら撒かないやつなんだけど――それが前から計画にあったからな。とりあえずまずはそれでお前殺してみようかって話だ」
「とりあえずっておま……」
「他にも九通りの処刑方法が並行して準備中だ」
「…………」
ドン引きだよ。どれだけ俺のこと殺したいんだ。
普通に一回目で死ねると思うだが。
「おいおい……いよいよ俺も年貢の納め時かぁ?」
「……」
どうしようもなさ過ぎて逆に笑えてきた。
だが、しかしカツェは此処に至るまでにニコリともせずに煙草を床に捨てる。
「おっ、始めるのか?」
「…………」
何も言わず、殴りつけられた。
●
鈍い音が連続する。
それはカツェ・グラッセが遠山キンジを殴りつける音だ。拳を使うこともあれば、平手もあり、或は鈍器を雑に叩き付けることもある。現状殴りすぎて全身紫色状態だが、この男、どういう体をしているのか、放っておくと一晩で治ってしまうでの明日処刑が行われるとしても念入りに体を痛めつける必要があった。
拷問をカツェがやっているのはイヴィリタの命によるものだった。
異性恋愛罪を拭うには相手の殺害が払拭方法だが、遠山キンジの処刑はイヴィリタによって進行されている。故にカツェにキンジを直接殺す機会はあまりない。だからこそ、処刑前、可能な限り極限まで痛めつける為の拷問をカツェが行っていたのだ。
――笑えない。
戦場で遠山キンジとまみえた時は何時だって、自分は笑っていた。
楽しく、面白くて、愉快で、爽快で。これ以上にないくらいの逢瀬の時間だった。
けれど、これはつまらない。
この益荒男を一方的に殴りつけて、痛めつけるなんて、興覚めにも程がある。
遠山キンジとは対等に殴り合ってこそ楽しいのだから。
ならば――この拷問を止めて、遠山キンジを解放させるか?
興覚めだから、つまらないから、こんなの自分のやりたいことじゃないのだから。しがらみを疎み、この場では遠山キンジを逃がして改めて尋常な勝負を付けるのか?
――できるわけがない。
カツェ・グラッセはイヴィリタ・イステルを裏切れない。
彼女は魔女にすらなれなかった自分に生きる意味と戦う理由をくれた。厄水の魔女は彼女の為に戦うのだから、他ならぬイヴィリタからの命に刃向うことはできないのだ。
だから、今こうして遠山キンジを痛み付けている。
そしてそれは止めない。
カツェ・グラッセにとって遠山キンジとの戦場の絆よりも。
イヴィリタ・イステルとの服従の絆の方が重い。
彼女にとって絶対の理であり何があろうとも揺らぐことはない誓いだ。
遠山キンジが神崎・H・アリアを裏切らない、那須蒼一がレキを裏切らない。それと同等の意思を秘めた絶対不変の真だ。
何があっても――カツェ・グラッセはイヴィリタ・イステルを裏切らない。
というわけでインターバルは終わりで次回からクライマックスですぜー