落ちこぼれの拳士最強と魔弾の姫君   作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定

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第10曲「誰も助けられない――」

 

 

「――リサァァッッ!!」

 

 鮮血が舞ったのと同時に引き金を引いた。秘められた激情が銃弾の威力を爆発的に高め、カツェの降水をぶち抜いたのと同等の威力を秘めた緋弾が魔女へと放たれる。

 

「あはっ」

 

 ――だが、それは呆気なく弾かれた。

 色金の異能破壊なんて関係ないどころか、そこに秘められた物理的な威力すらも無視して、子供みたいなフルスイングで俺の緋弾を弾き飛ばしたのだ。それがどれだけ異常なことであるか今の俺には思い至らなかった。

 それよりも――リサだ。

 全く通じなかったとはいえ、しかしそれでもリューンレーナをリサの傍から退かすことはできた。今は、魔女に構っていられない。

 

「リサ!」

 

「っ……はぁっ……あぁっ……!」

 

 地面に倒れ伏したリサへと走り寄り、抱きかかえる。袈裟にざっくりと切り裂かれている。水浸しになった周囲に血が混ざり赤く染めていく。それは一見して致命傷だ。数度呼びかけるが反応はなく、全身が痙攣している。

 

「っ……!」

 

「あはは、致命傷だねぇ。大体、三分もあれば死んじゃうねぇ」

 

「っ!」

 

 三分――たった三分。

 これが俺ならばこの状態でも動けなくもないし、色金の気で治癒力を高められるし、死にたいの状態で体を動かすのは慣れている。だけど、彼女は違う。闘う経験や能力がないのだ。或は三分よりも短いかもしれないし、重大な後遺症が残るかもしれないのだ。

 治癒系のスキルは俺にはほとんどない。

 

「リューンレーナ郷!? 一体どういうつもりで――」

 

「うるさいよ」

 

 声を上げたカツェに、しかしリューンレーナは一切取り合わなかった。

 

「誰が好きに喋っていいって許したかな、かな。一介の魔女如きが、大魔女である私に許可なく勝手にしていいと思ってるの?」

 

「……っ……失礼、しま、した……っ」

 

 カツェを視界に入れようとすらしない。彼女を道端の虫けら程度、否、それ以下にしか思っていないかのように。周囲の戦闘もリューンレーナの介入により動きが止まっている。否、止められているのだ。

 それほどまでにリューンレーナ・クリュセラートは禍々しい(・・・・)

 曹操のように存在感が大きいのではなく、ただ気持ち悪い、歪んでいる。空間の異物がそこにあるかのように。

 

「さてと、遠山卿……あぁ、面倒だね。キンジ君? リサちゃんはそのままでは大体三分程で死にます。けどね?」

 

 哂いながらゴスロリ服から取り出したのは小さな小瓶だ。

 

「――これ使えば一瞬でリサちゃんの怪我を治せるよ、よ」

 

「!?」

 

「エリクサーって知ってる? 日本だとよくゲームとかあるよね。RPGラスボス戦用に取っておくけど結局使わないアレ。それの本物だよ、だよ」

 

「……どう、いうつもりだ……?」

 

 手の中で転がすその瓶は確かに妙に光っているし、ざっくりとした感覚ではあるが力も感じることができた。本当にエリクサーかどうかは解らないが、マジックアイテムであることは確かだろう。

 しかし、それを今取り出すということは、

 

「単刀直入に言うけど――あげるから投降してくれないかな、かな?」

 

「――て、めぇ!」

 

 意図は、一瞬で理解した。

 そのために、リサを傷つけたのだ。

 俺はリサを助けないわけにはいかない。

 

「っ…………!」

 

「考える時間はないよ?」

 

「――桃!」

 

 叫んだのは桃ちゃんの名前だった。考える時間も誰かに助けを求める時間もない。治癒術式が使えるであろうメーヤもリューンレーナの存在故に期待できない。だから、

 傷口にを手で押さえるがいかんせん傷の範囲が広すぎる。色金の気を流し込む、というのは危険すぎてで無理。白雪からの繋がりで応急処置で数分くらいは延命できるかもしれないが根本的な解決にはならない。

 今隣にいる彼女しか呼べる相手がいなかった。

 

「っ、な、なに――」

 

「治せ! できるだろう!」

 

「えっ、な……!?」

 

「薬毒使いなんだろう!? だったら、毒を薬に転用すれば、致命傷から回復するくらいには――」

 

「――無理よ」

 

「無理じゃねぇ! 苦手だとしても、何もしないよりは――」

 

「できないのよっ!」

 

「――」

 

 リサから顔を上げる。

 そして見たのは夾竹桃の顔だった。

 左手で押さえ隠されたその表情は、どうしようもなく崩れていた。

 

「わ、私は……私の能力は――私の過負荷は――誰かを癒すことができないのよ……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『花さかりの壺蠍(アンブルーム)』。

 それが夾竹桃という過負荷(マイナス)を示す能力(スキル)だった。

 左手の五爪から自在にあらゆる毒を創造する――そういう能力だ。俺が知っている中ではエルの『薬毒奸浄(ポイズンケア)』に似ている。正確に聞いたわけではなかったが、しかし夾竹桃が毒使いというのは小耳に挟んでいたしそういう風だと思っていた。

 似ているけど、違った。 

 毒使いであることは、即ち毒薬使いであると俺は思いこんでいた。

 身内のエルが薬と毒を体内にてどちらも自在に生み出せるという能力者であり、その恩恵をこれまで幾度となく受けていたのだから。エルの能力は戦闘用の猛毒や治療用の麻酔、はたまた日常用の整腸剤まで作れるである故にその等式を当然のように思いこんでいた。

 いやそうでなくても、毒という成分は量さえ調整すれば薬にも転用できるというのはよく聞く話だ。猛毒で有名なフグのテトロドトキシンは、極微量であれば実際に医療に使用されている。

 だから、夾竹桃がそういう使い方が苦手であってもできないことはないという固定観念が生まれていた。

 今まで何度も夾竹桃が治療を拒んだときは、彼女のキャラクター性故に、仕方ないと思い流してたけれど――

 

「私の、毒は、調整して傷を治すなんてことはできないのよ……! 誰かを、犯し、毒することしか、できやしない……!」

 

 出血毒は生み出せる。神経毒は勿論、麻痺毒や精神を歪めたり、自白剤のようなものも作れるし、媚薬のようなものも可能だ。

 でもそれは、誰かを癒したり、怪我や病気を治す目的には使えない。

 だから―― 『花さかりの壺蠍(アンブルーム)』夾竹桃は過負荷(マイナス)に他ならない。

 荒野に一輪咲く花は誰も見ないし、例え見たとして摘むことはできやしない。

 もしも触れてしまえば、毒され犯されるのだから。

 

「私は、誰も助けられない――」

 

「なんかシリアスやってるところ悪いけどもう一分も持たないよ、よ?」

 

「かはっ――」

 

 そう、時間がない。

 腕の中のリサの大きな血の塊を吐きだす。失血の量が多すぎて、逆に止まってきてしまっている。夾竹桃の狼狽を意に介さないリューンレーナのふざけた物言いも間違っていない。一分もせずに、彼女は死んでしまう。

 

「っ……くそ、ったれ、が……!」

 

 選択の余地はなかった。

 俺には無理、夾竹桃も、他の仲間たちも無理。

 見捨てるのも絶対無理。選べるのは――一つだけ。

 

「リューンレーナ……!」

 

「呼び捨て?」

 

「――リューンレーナ、卿」

 

「はい、なにかな?」

 

「エリクサーを……俺にくれ……ください」

 

「あれれ、頼むのにそんな態度なの? 日本人には日本人なりのやり方があるんじゃなかったっけなぁ、私は誠意が見たいんだけどな、な」

 

 奥歯が砕けそうになった。けれど、リューンレーナのとぼけた声には抗えない。抱きかかえていたリサを静かに横たわらして魔女に向かい、

 

「お願い、します。エリクサーを、使わさせてください」

 

 膝と額を濡れた地面にこすり付ける。求められたのは誠意、ではない。

 この魔女が見たかったのは明白だ、俺が無様に土下座をして願い請うことだったのだ。

 

「おっけー、最初からそうやって頼んでくれればよかったんだよ、だよ?」

 

 小首を傾げながら一切悪びれずに魔女は笑う。そして軽い動きで小瓶を投げつけてきた。それが特級の霊薬であることなど感じさせない、小石でも放るかのようにだ。おまけに投げつけた飛距離では俺の手にまで届くことはなく、飛び出して体を地面に投げ出しながらキャッチするしかなかった。

 

「……!」

 

「あはは、ナイスキャッチ。まぁ、とりあえず適当に傷に振りかければ治るよ、よ」

 

 嘲りに構う暇はない。リサの下へと戻って小瓶の中身を傷口にぶちまける。微かな燐光を有するその光はリサの傷口へと注がれ、エリクサーの名の通りに一瞬で傷口を修復させる。傷が治るだけではなく血の量までも戻ったらしく、顔色も良くなり呼吸も整っている。

 

「……ぁ……」

 

 意識は戻らないが、安定している。

 思わず一息ついて、

 

「さぁーて、それじゃあ私たちに付いてきてもらおうかな、かな」

 

「ッ!」

 

 拒絶の魔女が軽い足取りで歩いてい来る。既に手には鉈がなく戦闘の気配すら見えない。いや、そもそもコイツは現れた時から戦闘者特有の戦意はなかった。

 あるのはただありったけ悪意だけ。

 

「あはは、久しぶりに外に出たらこんな楽しい目に合うなんて。あみだくじに勝ててよかった。ねぇ、キンジ君? 大魔女ってね――君みたいな主人公を這いつくばらせる姿をお茶菓子にするのが大好きなんだよ、だよ?」

 

 あはは。

 くすくす――げらげら。

 口端を三日月のように大きく歪めながら、魔女は哂う。

 

「ま、楽しんでばかりだとベルンに怒られるんだよねぇ。今更だけど、薬貰って言うこと聞かないなんて、不義理なことしないよね、よね?」

 

「……あぁ」

 

 横たわらせたリサに制服のジャケットを被せてから立ち上がる。

 そういう不義理は俺にはできないから。

 

「連れてけよ、煮るなり焼くなり好きにすればいいさ。だけど、他の奴らは……」

 

「あ、駄目だよそれ。悪いけどリサちゃんは連れていく。夾竹桃ちゃんは……あー、どっちでもいいけどそこにいるならついでに連れてこうか。なんか使えるかもしれないし?」

 

「なんでっ……!」

 

「はいうるさーい、気付いてよキンジ君。私は君の意見なんて聞いてないんだよ、だよ? 君はただ私の言うことに奴隷のように従っていればいいだけなんだから」

 

 ぱちん(・・・)とリューンレーナが指を鳴らす。そして俺、夾竹桃、リサを中心に大きいのが一つ、リューンレーナ、カツェ、妖刕と魔剱、聖銃の足元にそれぞれ魔方陣が生じる。光が発生し、俺たちを包み込む。恐らく転移用の魔方陣だ。

 

「じゃあ行こうか。お茶会はもう終わったから――次ははらわた貪る晩餐会にね」 

 

 

 




花さかりの壺蠍(アンブルーム)
とても悩んだけどとても気に入っている。
スレやり過ぎて文章力落ちていて悲しみ。

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