落ちこぼれの拳士最強と魔弾の姫君   作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定

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第四曲 「――お夕飯下げますよ?」

 

 そこから数日間、この一年で最も平和な日々だったと思う。

 

「……俺はもしかして死ぬのかな?」

 

「どんな思考よ」

 

 桃ちゃんに突っ込まれるのが気にならないくらいにこの潜伏生活は平穏な日々だった。

 

「おはようございます、朝ですよ」

 

 朝になったらリサが優しく起こしてくれ、

 

「お食事をどうぞ。お口に合うと嬉しいです」

 

 俺の好み合わせてくれた朝飯を食べて、

 

「今日はどうしますか? 音楽やネットもいつでも使えますよ?」

 

 今では見なくなったレコードで音楽を聞きながらネットをし、

 

「お昼ご飯ですよー」

 

 昼にはリサが作ってれたご飯に舌鼓を打ち、

 

「ボードゲームをお持ちしました。桃さんのてーぶるあーるぴーじーという奴ですけど?」

 

 何故か桃が持っていたTRPGでGMやったら桃ちゃんが放火しまくったのでブチギレてリアルファイトに発展しかけたり、

 

「夕食はご主人様の好物ですよー」

 

 毎晩作ってくれる俺の好物を食べて、

 

「珈琲をどうぞ、寝る前ですからミルク多めですよ」

 

 就寝前にはリサ特性のカフェオレを飲んでお休み。

 いや素晴らしい日々だ。

 こんな日々がずっと続けばいい。

 朝起きる時に蒼一に蹴られたり、女子勢の大戦争が始まったり、何故か布団の中にランスロットが入り込んでいて蹴飛ばしたり、毎朝起きる度に漫画が一冊書けるだけの事件が起こるし、学校行けば行ったらでもう三冊くらい書ける分の事件が毎日起きる世界なのだ。こんな平和なのは全然なかった。

 いやはや侍女のリサさん万歳である。

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやいやいやいや待て待て待て。このままいたら人間駄目になるよ」

 

 三日目にしてついに我に返った。

 やばい、平和ボケし過ぎ。襲撃にあったらどーすんだ。

 恐るべしリサの侍女スキル。

 

「は? 今更何言ってるのよ。あんなにもよなよなリサをいろんな意味で鳴かせているというのに。女は楽器だ。俺に掛かれば至上の名器だ。お前も鳴かせてやろうか? なんてことを言っていたのに」

 

「事実無根だ。そんなことは言ってない。また俺とリアルファイトする気か貴様。絶対に日本帰っていうんじゃねぇぞ」

 

 何が大変って激怒して俺のことぶっ殺しに来るやつと、悪乗りして同じことをさせようと強要してきそうなのだ。そんなことになれば体がもたない。

 

「くすくす体がもたないというか貴方がモテるのが行けないのでしょ?」

 

「うるせぇ……てかお前なんだその恰好!」

 

「ビキニ」

 

「バカンス気分じゃなくてバカンスじゃねぇか!」

 

 リサが借りてきてくれた長屋は古風な煉瓦作りの家だった。実際古い家だったが、ちゃんとトイレはされていたし、家具や調度品の類も備え付けで一通り揃っていたので実にいい物件だったと思う。多分俺と桃ちゃんだけだったらそこら辺の草むらで野宿だったと思う。

 そしてそんな趣のある家で桃ちゃんはリサに買ってきてもらったビーチチェアに寝ころび、これまたリサに買ってきてもらったビーチパラソル差して、またまたリサに作ってもらったジュースを、セレブが使ってるような変な形のストローで飲んでいた。

 TPO考えろ。

 この女たまにリサにでっかい扇とかで扇がせているのだ。

 ふてぶてしすぎる。

 こいつがここまで態度でかいから、俺も釣られて豪遊していたのだ。

 多分。

 

「けどねぇ、じゃあどうするのよ。貴方外では喋れないお嬢様ってことになってるのよ? 女装して出ていく気?」

 

「ぬ、ぬぬ……」

 

 それは否定できない。

 俺ことクロメーテルちゃんは口の利けないどこぞのお嬢様で、リサや桃ちゃんに介護やボディガードをされているというのだ。なので潜伏中に素顔でるわけには行かないし、女装もしたくないので家に籠るしかない。

 

「くそ、なんだこりゃ……今の状況、あれだろ? 女に養ってもらって、家のこと全部して貰って、俺は何もせずに遊んでいるだけ? ……つまり、あの伝説の、男の夢でありながら日本男児にあるまじき職業、名状しがたき名前すらば憚れるあの……!」

 

「ヒモね」

 

「ぐあーっ!」

 

 今まで受けた言葉で最も心へのダメージが大きかった。

 ヒモて。

 日本男児、益荒男、男の矜持からかけ離れた言葉だ。遠山家は基本代々考えが古臭いので、その手の人間は基本的に糞野郎扱いしている。いつの間にか俺もそうなっていたとは。ご先祖様に顔向けができない。

 が、しかしだからと言って俺にできることはないのだが。

 

「……あー。何もできねぇって、儘ならねぇなぁ――――」

 

「ん? どうしたの、何もできない自分に絶望して死にたくなった? 何だったら苦しまない毒上げるけど」

 

「……いらねぇよ。こんなことで死ねるか」

 

「あっそ」

 

「……あー」

 

「何よ」

 

「……体が鈍る。筋トレでもしよ」

 

「あっそ。汗臭いから近寄らないでね」

 

 

 

 

 

 

「……ふっ……ふっ……ふー」

 露出した上半身から、汗がにじみ出る。腕立て、腹筋、背筋スクワット逆立ち腕立て伏せ。あまり物音を立てないような筋トレをひたすら繰り返していく。筋トレという反復行動は意外にも考えことをするのには打ってつけだ。ある程度慣れてしまえば、肉体が限界を迎えない限り永遠と続けられる。最近では色金の気によって肉体を強化することが基本だが、やはり元の肉体が弱ければ強化に耐えられない。

 強襲科でいつもやっていることだ。場所が変わったって別に疲労度が変わるわけじゃない。

 それでも鈍っている或は弱っていることを殊の外に実感する。

 三日滅茶苦茶休んだが、そのせいで体が鈍っているのだから世話がない。

 

「……あの、キンジ様? 大丈夫ですか? こんな寒い部屋で」

 

「ん、あぁ」

 

 呼ばれた声に、動きを止める。

 言われてから気づく。そう言えば夕方の明るい頃から始めてて、電気が付いておらず暗いし、寒い。動きを止めたせいで冷たい空気が肌を刺す。

 顔を上げればこちらを見つめるメイド服姿のリサだった。このメイドマスター、二日目に武偵高の制服を模したメイド服を自ら作成したものである。理子が喜びそうだ。

 

「そろそろお夕飯の時間なんですけど……凄いですね」

 

「そうか? っと」

 

 人差し指での逆立ち(・・・・・・・・・)腕立て(・・・)を切り上げて、自分の日本の脚で立つ。顔を赤らめながらリサがくれたタオルで体の汗を拭いていく。

 

「バランス訓練にはちょうどいいんだよこれ。ボールとかあればそこに手おいてやったりするんだけどな。ま、大したことない」

 

「私は腕立て一回もできないので……」

 

 まじかよ。

 まぁリサなら納得だが。

 よく解らないオランダ語とイラストの書かれたTシャツを手に取ってシャワールームへ向かう。

 

「シャワー浴びたら行くよ」

 

「かしこまりました。お背中流しましょうか?」

 

「勘弁してください」

 

 初日に風呂に乱入してきて大変なことになったのである。

 それはまぁ既に記憶から封印してあるので今後語られることはないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

「頂きます」

 

「頂くわ」

 

「えぇ、頂いてください。」

 

 夕食はパンやチーズ、サラダやローストビーフにスープだった。変わった味付けではないが、素朴でとても美味しい。些か米が恋しいという気持ちがないわけではないが、リサが日本人向けに味付けしてくれてるのでこっちもこっちで楽しみがある。

 

「しかしこれで三日か。外界から遮断されるとどーにもな。ネット通ってるからって普通に東京の皆に接続するとそれより先にリバディー・メイソンに捕まるしなぁ」

 

「まだ、三日よ。貴方もうちょっと落ち着きなさい。速い男は嫌われるわ」

 

「何の話だ何の」

 

「き、キンジ様は速いのですか?」

 

「こーらー変なこと吹き込むなー」

 

 机の下でリサの足を蹴りまくる。が、蹴り返されて鈍い音が連続した。

 

「くすくす、そもそもそんなに暇だったら外に出ればいいじゃない。外国は二回目なんでしょ? 外に出て見識を深めればいいわ、クロメーテルちゃん?」

 

「ははは、お前はどーなんだ桃ちゃん? お前名前的に中国出身とかだろ? ヨーロッパ楽しんだら?」

 

「残念だけど私はイ・ウーのメンバーとして世界中回ってたのよ? 行ったことのない国の方が珍しいわ? なんなら各国の旅旅行記でも聞かせましょうか? というかリサもリサで色々巡って国際事情には詳しいわね。あら? この中で一人だけ島国に取り残されて与論に疎いのがいるわね?」

 

「いいんだよ、そんなもん。日本男児は男に刃秘めてりゃ、それでいい。与論? なんだそりゃ美味しいのか? 目の前にあることが全てだ」

 

「馬鹿の発言ね。流石は馬鹿世界代表」

 

「おいこら何時の間に決まったそんなん」

 

「え?」

 

「え、じゃねぇよ」

 

「あ、あの……」

 

「どうかしら? この男が馬鹿というのは否定できない事実でしょ? いくらあなたってそれはうなずけるはずだわ」

 

「待て待て待て。確かに俺はそこそこ馬鹿ではあるが、世界レベルだと俺よりバカなんていくらでもいるからな? サードとかランスロットとか曹操とかシャーロックも大概だったし他にも沢山」

 

「それの馬鹿倒してきたアンタは超馬鹿ってことよね?」

 

「あ、あのぅ……」

 

「いやいやお前。そいつら全員俺のもうクレバーすぎる戦術の数々によって倒されてだなぁ」

 

「映像見たけど戦術も何もないでしょ」

 

「あ、あの!」

 

「リサ? 貴女はどっちの味方かしら?」

 

「リサ、ここは正直になってくれ」

 

「――お夕飯下げますよ?」

 

「ゴメンさなさい」

 

 即答する馬鹿二人がそこにはいた。

 

「はい、ご飯は楽しく仲良く食べましょうね」

 

 天使かコイツ。

 

「いやーでもなんだろうなーロンの時も思ったけどこういう仲良くていうのなんか慣れんわー。ほら、うちだと好き見せたらネタにされるからさー。あ、胡椒取ってくれ」

 

「イ・ウーもそんな感じだったのよねー、はい。そっちのパン取ってよ。ついでにローストビーフとサラダ挟んでサブ作って」

 

「自分でやらんか。リサ、スープのお代わりを頼む」

 

「はい、サンドイッチも私作りますよ。どうぞ」

 

「さんきゅ」

 

「ありがと」

 

 スープを貰って喉に流し込む。暖炉があるから室温は高いが外はやはり真冬なのだ。寒い部屋で筋トレしていた体には暖かいスープが体に染み渡る。やっぱり疲れたときは美味い飯を食べてエネルギー補給しなきゃいけない。あと一週間くらい、体が鈍らないように適度に動かしていれば大分回復するだろう。

 

「……にしてもちょっと暖房強くね?」

 

「スープ飲み過ぎよ」

 

「ちょっと弱くしてきますね」

 

 平和だなぁと、思う。

 

「……ふぅ」

 

 こんな時間がもっと続けばいいと思う。

 できれば、みんなと一緒に。

 きっとそれを――誰もが望んでいるのだから。

 望んでいる、はずなのだ。

 

 

 




特に何もないふつーのお話。
話題には困るけど、これが一番大切な、はず。

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