落ちこぼれの拳士最強と魔弾の姫君   作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定

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第3曲「実際バカンスといって差支えないと思うわよ」

 

 

 イ・ウーにて会計を任されていたというリサの手腕はアムステルダムに一度降りてから見せつけられた。武器弾薬や生活用品を手に入れるために立ち寄ったのだが、はっきり言って期待はしてなかった。俺や桃ちゃんを合わせて五百ユーロ程度だ。リサもそこまでの大金は持っていなかったのだ。言うまでもなく正規ルートを使わずに武器類などを購入すれば金額は跳ね上がる。緋々の気を使えば弾丸費は節約できるが、長期間潜伏するとしたら金は使えない。

 とか思っていたら、

 

「……渡した金の半分も使われてないんだが」

 

「言った通り、リサは買い物が得意ですので」

 

 切符や薬、変装用の服が予算の半分で集まっていた。

 それも粗悪品などではなく、一定の品質の確かなものだ。勿論領収書もあって、ちゃんと取引されたものだ。領収書に店主の割引のメモも書いてあった。値引きの交渉なんかもしていたらしい。

 素直にすごいと思う。

 

「いつもこんな感じだったのか?」

 

「えぇそうね。一回原潜の燃料八割引きで諸葛静幻の笑みを引きつらせたという伝説の持ち主よ」

 

「何それ凄い」

 

 そこまで行くともう確かな能力だ。

 異常(アブノーマル)能力(スキル)は無くても特別(スペシャル)な性能《スペック》は誇るらしい。白雪みたいな特別(スペシャル)側の人間らしい。

  戦闘面では異常や過負荷にスポットライトが当たることが多いが――過負荷(マイナス)はそもそも数が少ないのだが――一方面に特化している者が多いから、今みたいな状態ではリサのような人間は貴重だ。仮に俺と桃ちゃんだけだったらこんな風にスムーズに物資調達はできなかったはずだ。

 

「リサがいてマジ助かったわ」

 

「い、いえそんな……リサはこんなことしかできませんし……」

 

「こんなこと俺にはできないからな、ありがとよ」

 

「――はい」

 

 それからリサに先導され電車とバスを半日ほど乗り継いでアムステルダムから離れた田舎町のブーダンシェという場所に来た。着いた時は夕方前だったが、それでも随分と暗くなってきた、気温も低い。

 

「この街はオランダでもマイナーですが、リバディー・メイソンも都市型でない街には手も伸びないですし、かつては要塞として栄えた街でもあるので潜伏にはうってつけかと」

 

 日本で田舎というと人が少なくて寂れた町の印象ではあるが、この街はそんなことはなく煉瓦作りの建物が多くて治安も悪くなさそうだ。街の中心にある教会らしき塔が見えるカフェに一度腰を据える。

 

「空き家が幾つかあるはずです。いい物件を探してくるので、少しここでお待ちください」

 

「悪い、頼んだ」

 

「風呂付きでトイレはウォシュレットあり、冷暖房や床暖房ケーブルテレビにWi-Fi完備の物件を頼むわよ」

 

「おい、おい」

 

「頑張ります!」

 

「頑張らなくていいよ!」

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅー……いいバカンスね」

 

「お前いい加減にしろよ」

 

「くすくす」

 

 女装がバレるといけないので大きな声が出せないので、桃ちゃんに文句もいいにくい。それを理解してか、素知らぬ顔で煙管を吹かしている。睨み付けながら、言葉は喋れないから注文は全て指さしで行う。何か言われると思ったが、特に何事もなく二人分の珈琲が運ばれてきた。

 とても美味しい……が、普段缶コーヒーしか飲まないのでどう美味しいかは謎だ。

 

「けれど、実際バカンスといって差支えないと思うわよ」

 

「……どういう意味だ」

 

「リサがいる以上、生活面には支障はない。例え外国の地であっても、家に籠っていれば暮らしていけるでしょうしね。そして私たちは当分身動きは取れない。そう考えるとほら、何も問題はないでしょう? 寧ろ、貴方はここらで一度休んだほうがいいわ。貴方今自分がどれだけ消耗しているか解ってる?」

 

「む……」

 

「ルーブルではカツェや妖刕たちに出し抜かれた? 魔女たちに捕まってから脱出してカツェをなんとかジャンヌと倒した? おまけに慣れない土地での逃避行? 凄いわ、並の人間ならばどうしようもない。流石ね勇者様。それで? 我らが勇者があとどれくらいの力を残してるのかしら?」

 

「……気づいていたのかよ」

 

「弱い人間は、弱さには敏感なのよ?」

 

「……五割、かな。精々そんくらいだ。昨日がっつり爆睡したからマシになったけど」

 

「ジャンヌの協力があったとはいえ、それでカツェを倒すのだから驚きね」

 

 傷自体が治るのにはそれほど時間は必要ない。色金による気やワトソンの薬もあるし、曹操戦の痕は藍幇の医療班がきっちり治療をしてくれた。けれど、それで俺の身体が十全であるかと言われればそうではない。

 肉体の損傷は治っている――だが全快状態であるかどうかはまた別という話だ。

 そもそも曹操戦では本当に十割近く死にかけて、それから日本帰ってから碌に休憩する間もなく欧州へ来て、かと思ったらルーブルからのカツェ戦だ。

 コンディションとしては最悪に近かった。

 ジャンヌがいたからこそなんとか、ギリギリの勝利だったが、

 

「そも貴方が十全であれば勝負にもならなかった。勿論、カツェだって策を巡らしていたとしても、結果は同じだったんでしょうね」

 

「……俺を疲弊させたのはカツェに他ならねーけどな。今思えば、何時間も拘束具で動き止めたり、牢獄に入れてたのだって俺を消耗させる策だったんだろうなぁ。逃亡した後も寒さでかなり疲弊したし」

 

「くすくす、お優しいことね」

 

「……」

 

 仮に、なんて意味はないけれど。

 俺がコンディションが万全だったとして、カツェと戦ったのならば。

 多分それは、香港でのリプレイになったのだろう。

 

「ま、だからこそ今はあの万能メイドにあやかって休養することね。いつまでも張りつめたままで戦い続けていたら、いつか切れるわよ? 私が言えた義理じゃないけどね」

 

「……ほんとだよ」

 

 しかし一理あるのは確かだ。ここまで連戦続いたことは今までなかったのだから、休息が必要なのは間違いない。

 

「……はぁ、解ったよ。お前のいうことも一理ある。何か起きるまでバカンス気分でくつろがせてもらうさ。冬休みなんだしな。しばらくは問題ないだろ」

 

「えぇ、私を崇めなさい」

 

「ふざけんな」

 

 と、なにやら店内が騒がしくなって、お爺ちゃんたちがカップを片手に外に行き始めた。

 

「なんだ?」

 

「空」

 

「は?」

 

「見てみなさい?」

 

 示され、空を見上げる。それまで曇っていて暗かった空に夕日が差している。

 

「オランダはね、冬は曇りが多いのよ。だから、子の国の人たちは日が差すたびに有難がって外に出る。そういう風習があるらしいわ。『オランダの空(ダッチ・ウェザー)』なんていうらしいわ」

 

「へぇ……俺もちょっと言ってみるか」

 

「好きにしなさい」

 

「んじゃ、休息一回目だ」

 

 

 

 

 

 

 風が吹いている。 

 冷たい風だけれど、日差しには温もりはある。

 パリでは街並みを眺めている時間がそんなになかったが、改めて見てみるといかにもヨーロッパな感じの街並みだ。日本のコンクリートや木造とは違った味が煉瓦にはあっる、一つ一つの建物が凝っている。建築には詳しくないが、それでも十分見ていて楽しい。

 女装していることさえ忘れれば文句ないが、それにしたってこういう時間は最近なかったと思う。

 

「……あぁ、ほんと疲れてたなぁ」

 

 こうしてただなんとなく歩くだけのことえ気持ちが安らいでいくのが解る。

 さっき言われていたように、張りつめていたものが緩んでいった。

 

「うん、良い風だ」

 

 東京のそれとは違う。

 それは多分街から発せられる雰囲気や人の営みの音とか、そういう所だ。どう違うか、と考えると答えは出ないが、しかしそれでも悪くない。

 ふらふらと何も考えずに、時折強く指す夕日に目を細めながら散歩する。そうしてしばらくしたら、気付けば村の外縁部まで来ていた。そこには俺がオランダと言われれば思い浮かべるような風車があった。リサの話では昔ながらの風車は大分姿を消していて、今では電気で動くプロペラ式のソレになっているらしい。

 風車自体はそれほど大きくないし古びているが、ちゃんと設備されていて、今でも使われているようだ。

 

「キンジ様」

 

「ん」

 

 風を浴びながら呆けていたら背から聞き覚えのある声があった。こんな場所で該当するのは二人だけだし、

 

「ちゃんとあるんだこういうのも。プロペラよりこっちの方が俺は好みだね」

 

「くすっ。リサもですよ」

 

 様つけなんてリサしかいない。

 

「長屋のいい物件を見つけました。リサの手持ちでも一か月は滞在できますし、桃様の要望にもtyなと応えたものかと。キンジ様も気にいると思いますよ」

 

「さんきゅ。……あー、ほら。これ」

 

 差し出したのは現時点で俺の持つ全財産が入った財布だった。

 

「これは……?」

 

「金だよ。俺の有り金全部。お前に預ける」

 

「……い、いいんですか?」

 

「俺が金持っててもしょうがないし、リサならちゃんと使ってくれるだろ? 俺は頭悪いし、頭悪いバトルとかしかできねーからさ。お前に任せるよ」

 

「――」

 

「情けないことに、今の俺はできないことばかりだからお前の力に頼りきりになると思う。だから、頼むよ。俺を助けてくれ。まー、代わりと言ったらなんだけど、俺の力が及ぶ限り俺はお前を守ろう」

 

「――あぁ」

 

 リサが長く息を吐く。

 頬を赤く染めて、胸に手を当てながら。

 風が髪を靡かせ、夕日に煌めている。風車の風を浴びる彼女は驚くくらいに絵になった。

 

「――」

 

「リサ……ん?」

 

 リサの背後の空、ずっと向こうに木の葉みたいなものが沢山舞っていた。一つや二つじゃなくて、もっと沢山の影。

 

「なんだありゃ……?」

 

「――ケロケットマダラ」

 

 リサの口から名前が呟かれた。

 

「冬になるとイギリスに渡って、春になるとまた帰ってくる。多くの蝶は道半ばで息絶えますけれど、それでも確かに生き残った蝶が次の世代を生み、その子らがまたオランダに帰ってくる渡り蝶ですよ」

 

 オランダの風物詩、という奴らしい。

 新たな世代を作ろうとしていく蝶たちをリサは見上げながら、長く息を吐く。

 まるで、ずっと望んでいたものにようやく巡り会えたみたいに。

 

「――シャーロック卿はこの光景も見えていたのですね」

 

「……なに?」

 

「イ・ウーでずっと運命に出逢えなかったリサは、シャーロック卿に相談しました。その時かれは言ったのですよ。いつかちゃんと巡り会えると。その人は――女たらしで根暗で目つきが悪くて女たらしで無自覚フラグ量産機でラノベやエロゲの主人公のような境遇でそのくせ片っ端からフラグを回収するハーレム系主人公とそれはもうベタ褒めで」

 

 アイツそれどこでも言ってんのか。

 

「――リサを守ってくれると彼は言いました。渡り蝶が見える時に、リサは私を迎え入れてくれると」

 

 海の向こうに消えていく渡り蝶を見上げながら彼女は言う。

 感極まって涙を静かに流しながら。

 

「遠山キンジ様。――貴方のことだったのですね」

 

 リサは俺に近づき、汚れに構うことなく膝を付いた。

 

「お願いします、キンジ様。リサをそばに置いてください。リサにできることはなんでもします。料理も選択も掃除も夜伽も家に関する何もかもをリサは行いましょう。だから、守ってください。リサは傷つきたくありません。リサは戦いたくありません。だから私の代わりに戦って下さい。リサを苦しめる悉くからリサを守ってください」

 

「……お前を守ることはいいよ。そりゃ男なら女守るのなら当然だけど」

 

「ならば……!」

 

「だけどな」

 

 だけど。

 

「そんなんでいいのか? 俺とお前は昨日会ったばかりだぜ? なのに、そんな簡単に決めていいのか?」

 

 リサの言葉はその場しのぎのものじゃない。

 言葉の通り、自分の全てを俺に捧げようとしているのだ。嘘偽りなく、彼女は覚悟している。

 

「構いません」

 

 案の定、答えは即答だった。

 

「キンジ様。貴方を置いて他に勇者がいるとは思えません。リサは貴方を慈しむ母になります。貴方を励ます姉となります。貴方を支える妹になります。貴方に微笑む娘となります。貴方の望む全てに私は答えます。だから、リサを貴方の侍女にしてください。リサ・アヴェ・デュ・アンク。この身は主に捧げる揺り籠にございます。どうか、どうか」

 

「……」 

 

 ――こうなる気はしていた。

 求められたら断れない。

 それも居場所を持たない誰かならより一層。延ばされた手を掴まずにはいられないのだから。

 もっと言えば、リサは強くもなければ弱くもない。家事が得意な女の子。そんな子が傷つきたくないって涙を流しながら求めている。

 ――断れるわけがなかった。

 

「あぁ――解ったよ。元よりそのつもりだ。俺の力の及ぶ限りでお前を守ろう。だからお前も力を貸してくれよ」

 

「は、はい、はい……! これからお願いしますご主人様……!」

 

 深々と、リサは涙を流しながら首を垂れる。

 畏まれて困った俺が彼女の手を取って立ち上がらせる。

 それが遠山キンジとリサ・アヴェ・デュ・アンクの最初の契約だった。

 

 

 ――繋がりは、生まれない。

 

 

 

 

 

 

 

 




祝200話目―……とかいいつつ番外編で70くらいあるので実はとても中途半端。

まぁ当分平和な話が続く……の……かな……?(

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